アジール島の船着場は丸太を用いた粗末な物で、いざ足を踏むとギシギシと嫌な音がする。
輸送船から降りた皆は、底が抜けそうな丸太橋を少し不安そうに歩いていく。元々は演習で砲弾を撃ち込む標的程度にしか見られなかった島である。人間が頻繁に出入りする事を想定していなかった為、接地スペースは必要最低限となっていた。
「なんか、ここに来るの久しぶりだな〜…」
アイレン達が船着場から砂浜の開けた場所に移動している時、リナが目の前のハゲ山を見て呟く。三つ編みにした彼女の赤毛が陽光で輝く。
「普段は地下演習場で訓練してるからね。ここは演習で使われた不発弾があるかもしれないから、基本立ち入り禁止だし。……まぁ、こんな殺風景な所に来たいとは思わないけど…」
由花が短い茶髪を揺らしながら苦笑する。
「ですが、何故わざわざこんな小島に…」
日焼けするのが嫌そうにユリーナが言う。
休憩する場所は勿論トイレすら備え付けられていない無人島は、緑が消え去った岩と砂と土しか見えない枯れた惑星と化しており、この地域の平均気温の中で訓練するのは、やはり潔癖症な少女達には不評な様だ。
これからキャンプ地を設営する為、適した平地に向かっている。テント等は収納魔法で手軽に持ち運ぶ事が出来るし、気温も魔術で軽く風を操れば熱中症にならずに済む。
「キャンプ予定地までは歩いて15分もかからない。少し早めに行くぞ」
有栖が先頭を早めのペースで歩く。
その時、高空から轟音が響き、皆が一斉に空を見上げると同時、ジェット戦闘機がマッハを超える速度で駆け抜け、優雨達の周りを突風が坂巻き、彼女らの髪とスカートを豪快に翻す。
「キャァァァァッ!?」
「ヒャッ…!?」
「ンッ!」
「ワワッ!?」
彼女達は慌てて捲れ上がるスカートを髪と一緒に押さえるが、最後尾を歩いていたアイレンからは艶かしく除く綺麗な足と、色とりどりのショーツが目に飛び込んでくる。
ユリーナはコバルトブルー、優雨は白と黒のストライプ、アイリーンはライトグリーン、由花は白だった。
やがて突風が過ぎ去り場が落ち着くと、1番近くにいたユリーナが顔を紅潮させながらキッとこちらを睨んでくる。
「み…見ましたわねッ!?」
「見てねぇから安心しろ…」
羞恥に染まるユリーナ達の視線から逃げながら、彼女達の下着の色をバッチリ網膜に焼き付けたアイレンは適当な嘘を吐いた。紳士的な優しい嘘である。そうじゃなくてもバカ正直に言う奴はいない。
「それより、今の戦闘機……リュージョン連合軍の機体か?」
さっさと話題を変えるかの様に、アイレンは水平線の彼方に飛び去っていく先程の機体群を見遣る。複座式で全長19mはある無塗装の大型機の腹には、複数のミサイルや爆弾、巨大な増槽を抱えていた。
「第7方面軍所属のF-15E『ストライク・イーグル』ですね。こんな朝早くから飛ぶなんて……スクランブルでもかかってるのでしょうか」
髪に付いた砂を払いながら優雨が呟く。
「あの方角……ティーターン大陸の近接航空支援だろう。でなきゃあんな風に爆装したりしない」
既に見えなくなるまで飛んでいった方向を見ながらアイレンが言う。
「……本当に戦争になるんですね。私達の居場所が…」
アイリーンが不安そうに独りごちる。
「「「…………」」」
空気が重苦しくなる中、アイレンは何とか彼女達を元気付ける事が出来ないかと思考を巡らせるが、残念ながら何も思いつかない。
情け無い話だが、数万規模のチェルノボーグ梯団を相手にあの力を使わずにやり合うのは不安だった。ましてや戦闘が殆ど素人の少女達を連れて戦うなど経験がない。
「…とにかく、キャンプ地を目指そう。何か打開策が見つかるかもしれない」
やがて、辿り着いた平地にアーミーグリーンの軍用テントを設置し終え、ブリーフィングに用いるテレビ端末と、それを使うための電気を引く。テレビ端末の前には冬華とアイレンが立ち、2人の前には折りたたみ椅子に座る優雨達がいる。
「この暑い中すまない。今回の訓練は本島ではどうしても実施出来なかったんだ」
キャンプの設営作業で一汗かいた冬華はタオルで額を拭っている。
「先生。お疲れ様です」
ユリーナが魔術で風を送る。控えめな涼を受け取った冬華は魔術師でもなければガイストでもない。この常夏な島々の気温の中、暑苦しいスーツ姿で作業するのは酷だろう。
一応テント内には扇風機があるが、'あるだけマシ'程度のものだった為、ユリーナに風を貰っている方が涼しそうだ。
「ありがとうユリーナ。さて…」
居住いを正してコホンッ…と咳払いをすると、
「今回はリュージョン連合軍第7方面軍の戦列部隊と合同で総合火力連携演習を行う!!」
冬華が言い放った瞬間、周囲にどよめきが走った。
「ま、待ってください!連携って……私達と連合軍がですかッ?」
有栖がらしくなく狼狽する。その表情には驚愕と強い不安が見て取れる。
「すまない。突然言われて驚いてるだろうが、何分時間がなかった為に君達への連絡が遅れてしまった。今回のチェルノボーグ侵攻に対して、我々『討伐隊』だけでは戦力が足りない。よって、現時点で運用可能な戦力を効率的に展開するべく、急遽このような形で合同演習を行う事になった」
「し、しかし…!」
事後報告同然の台詞に有栖も他の皆も理解が追い付いていない様だった。
無理もない。彼女達の反応は至って当然の物だ。
ヘスペリデスの防衛に就くリュージョン連合軍は、建前上は『ヘスペリデスへの外部勢力の干渉・武力侵攻を防ぐ為』だが、それと同時に『ヘスペリデスのガイスト達の反乱を鎮める』という役割も与えられている。
国際組織であり多国籍軍という特性から大国の諜報活動や政治的駆け引きの場と化して久しいリュージョン連合と連合軍は、ガイスト達を'保護'という名目で飼い慣らすのが主な目的であり、事実上エネルギー資源を生産する為の経済動物と見ている(ヘスペリデス学園設立時点で反対を唱えていた国家群にはその様に説得し、承認もしくは黙認を得ている)。
彼らはガイスト達が家畜として従順に機能する事だけを望み、反逆でもしよう物なら即殺処分だ。
実際、過去にはヘスペリデスと似たコンセプトで各国政府や有力組織によって幾つかのガイストの居住区が設けられた事があったが、大抵が劣悪な生存環境に耐えかねて居住区からの脱走、あるいは住人総出で反乱を起こしたりする場合が多かった。
…後者の場合は悲惨だ。
地上のエリアなら砲弾やミサイルの雨が降り注ぎ、地下に備えられた施設なら致死性ガスで満たされる。もしくは『神域魔法』でこの世から完全に消滅するか……だ。
現在、幾つか存在するガイストの生存エリア…保護区…特区…軍事組織…収容所……名称や創設目的は様々だが、爆弾付きの首輪をされたり、アルコールの静脈注射や麻薬漬けにされないだけヘスペリデスは間違いなく楽園と言えるだろう。
騎士団に居た頃、居住区で蜂起したガイストのニュースを何度か見た事がある。燃え尽きるまで広がり続ける炎の海は、連合や世界各国が唱える『自称、ガイストの生存と保護を支援する人道主義』の醜い本音の一端に見えた。
外界と徹底的に隔絶されているヘスペリデスの住人たる有栖達もまた、噂という形で耳に届くのだろう。彼女達の連合軍に対する不信感は簡単に拭える物ではない。場合によっては、背後からでも撃たれる可能性があるのだから。
「冗談ではありませんわ!!」
ガタッと椅子を鳴らしてユリーナが立ち上がる。その表情には明らかな憤りと拒絶の感情が浮かんでいた。
「わたくし達を人間として見ていない……バケモノ扱いする組織と共闘するなんてッ…!」
「先生、私もユリーナに同意します。仮に連合軍がまともに連携したとしても、『反ガイスト主義者』が潜んでいる危険がありますッ」
有栖が切実に訴える。『反ガイスト主義者』とは文字通り、ガイストの存在を根本的に否定し排除を唱える勢力である。基本的にリュージョンの国家はほぼ全てが反ガイストを掲げており、その中でも過激な手段に走る個人や組織が多々ある。
特に危険なのが【ISL(イスラム・リュージョン国)】、【アステリア精霊教過激派】、【ペンタス・フラッグ】である。
ISLはリュージョン圏におけるIS(イスラム国)であり、地球やリュージョンのイスラム圏国家から支援を受けており、中でもリュージョンにおける最大のISLである【スハイル・イスラム共和国】の【ISIS(地球のISISと区別する為'ISISL'と表記される場合もある)】は地球圏でも武力闘争やテロ紛争に加担している。
アステリア精霊教はリュージョンの主流な宗教のひとつで基本的には地球のキリスト教とよく似た一神教と博愛主義を唱える平和な宗教だが、一部の過激派は国の極右勢力としてガイスト迫害政策に深く関与している危険な面もある。
1番恐ろしいのがペンタス・フラッグであり、単純にガイストを根絶するべく凡ゆる場で活動している。反ガイスト主義団体の中で最大規模の組織であるペンタス・フラッグは政財界だけではなく、犯罪組織や各国正規軍、リュージョン連合、そして連合軍等に構成員を潜伏させ、その数は計り知れない。過去10年で起きている反ガイストテロや事件の大半がこの組織による物だと言われている程だ。
「連合軍に潜伏したペンタス・フラッグ派の将校が軍事作戦と偽ってガイスト達の難民キャンプに毒ガスを散布した事例だってあるんですよ!?最悪、チェルノボーグより危険な脅威にッ…」
「彼らにとって、お前達はリュージョンの存続を担う最後の望みだ。無意味に手を出す程愚かではない」
「しかし…!」
「島を守る為にはそれしかないッ!」
「ッ…」
突如、冬華から放たれた大喝に有栖が思わず口を閉じる。
しんと静まり返ったテント内で、やがて冬華は小さく息を吐く。
「……分かっている。お前達の不安は仕方のない物だ。ガイストを憎む者達がこの世界には溢れかえっている。大戦で世道人心が乱れ、誰もが戦前の頃の安寧を求めて、奪い、殺し、憎み合う…。お前達ガイストがこの世から拒絶されるのは、恐れられているからだ。かつて魔法が世界を照らし、導いていた時代、強過ぎる力を得ていく魔法使い達が住む土地を追われ、時に処刑の嵐が吹き荒れたのは、権力者達が己の支配者たる立ち位置を、魔法の才に恵まれた者達に奪われるのを怖れたからだ」
後に『新厄の時代』と呼ばれた一連の魔法使い狩りは、それまで魔法に依存しきっていた人類文明を激的に衰退させた。その隙を突かれ、新大陸の魔族が人類の生存エリアに侵攻。数百年に及ぶ【魔王戦役】時代へと突入した。魔族を率いる魔王とリュージョンに召喚された勇者に導かれた人類の全面戦争は過去に9度勃発。40年前の【トライデント戦争】を最後に魔族が完全敗北するまで、人類と魔族の間には血で血を洗う闘争が繰り広げられた。
「これは連合からの正式な命令だ。我々が連合の管轄下にある以上、従うほかない。…どのみち、我々だけで数万のチェルノボーグに立ち向かう事など出来ない。この指示を無視、あるいは非協力的な行動をとった場合、連合軍はヘスペリデスの安全を無視した焦土戦術を執るとも仄めかしている…」
それはもはや協力ではなく脅迫ではないか。アイレンの知るシュッツアー基地司令のローやクリス達はともかく、どうやら連合軍の大半はガイストの生活への影響など興味がないらしい。
最初から自分達を守る気などさらさらない。連合が守るのはあくまで資源としてのヘスペリデス島なのだと…。
改めて世界から向けられる悪意に表情を凍らせる少女達に、冬華は慎重に言葉を続ける。
「討伐隊のレギュラーメンバーが有栖を除いて全滅し、現在は候補生止まりの君達を駆り出さざるを得ない状況となっている。我々大人には君達を守る力はもはやない。……すまない」
冬華が深く頭を下げる。
「本来なら、こんな役目を君達が負う必要はないんだ…。これは……我々大人の犯した過ちなんだ……そのツケに君達子供を巻き込む事を、どうか許してほしい…」
大の大人が頭を下げたまま握る拳を震わせる姿に、かける言葉を持つ者はいなかった。