壊却のオフィウクス   作:唯尊

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第十二話 開戦

 

 午後1時。アジール島上空、高度100m程度の空中に討伐隊の少女達の姿がある。

 

 彼女らは滞空しながら、各々の『精霊武装』を展開した状態で演習開始の合図を待っていた。

 

 開始の時刻が近づくにつれ、少女達の間に緊張が走る。

 

 そんな彼女達の中に1人------明らかに異なる色が混じっていた。

 

「…今更なんだが……君達そんな格好で動くつもりか?」

 

 6人の少女達の中に混じる青年------アイレンはこれから演習だと言うのに、白と青を基調とした制服のままの少女達に問う。

 

「大丈夫ですよ。この制服は魔術礼装の一種で、ヘスペリデスの気候に合わせた通気性の他にも、高い耐久力や運動性、防護補助の機能まで備わっている一級品ですから」

 

 リナが己の制服姿を見せつける様にくるりとその場で一回転してみせる。

 

「それに、連合軍の連中が着ているACU(戦闘服)よりも、コッチの方が可愛いしね!」

同意を示す由花が、丈の短いスカートをつまみながら元気たっぷりにウィンクしてくる。

 

 アイレンからしてみれば、どう考えても目立ちまくる色調の可愛らしい制服を着た彼女達は、戦場ではあまりにも異質な存在に見えた。

 

『精霊武装』と呼ばれるどこかメルヘンチックな雰囲気の武器を手にしている事もあって、昔アイレンが友人から見せられたラノベ(詳しくは知らないが日本で人気のある地球の小説シリーズらしい)に登場するヒロイン達の様だった。

 

 今までアイレンが経験してきた戦場ではまず見ない------奇抜とも言える服装に驚いたのもあるが、指摘しているのはそこじゃない。

 

「いや…スカートのままで空中機動するつもりか?」

 

 ヒラヒラと風に踊らされる短いスカートを指差しながら、アイレンは微妙そうな顔をする。

 

「え?スカートの方が動きやすいですし、履き慣れているので…」

 

 キョトンとした顔の有栖から「何か問題が?」といった調子で返される。

 

 自分としては、動いている最中に盛大に捲れ上がるだろうスカートの中の事を配慮したつもりだったのだが…。

 

「……あぁ…そう…」

 

これ以上指摘したら、自分が変態扱いされそうだったので、曖昧に頷きながら納得する事にした。

 

 すると、それを見ていた由花が何かよからぬ事を考えたのか、ニマリ…と意地悪く笑い------。

 

「あ〜!先生もしかして空中戦の最中、どさくさに紛れて私達のスカートの中覗くつもりでしょ〜〜!!変態〜」

 

その場にいる全員にハッキリ聞こえる大声量で、最悪な事を口にし始めた。

 

 今まで男の存在がなかったからか、完全にその辺りの考えに至らなかった少女達がバッと手でスカートを押さえ、アイレンから警戒する様に距離を取る。

 

「ひ、卑劣ですわ!真剣な場でそんな下劣な奸計を…!」

 

「先生……最低です」

 

「最初はあんなに優しかったのに……アレは嘘だったんですねッ」

 

ユリーナが顔を真っ赤にしながら憤慨し、アイリーンが汚物を見る様な目で蔑み、優雨が涙目で悲痛そうに糾弾してくる。

 

 事態がややこしくなりそうな事をギャーギャーと叫ぶ少女達を前に、叫びたくなるアイレン。そんな中、唯一冷静だったのが最年長の有栖だった。

 

「お前たち、少し落ち着くんだ」

 

そう言ってアイレンを前に向き合うと、若干顔を赤らめながらコホンッと咳払いする。

 

「その……ですね。ユクスキュル先生は男性ですし、私達もそれは理解しています。こんな状況だから色々と我慢させてしまってるのは申し訳なく思っていますし、先生ばかりに負担をかけるのは道理に合わないとも思っているのですが……」

 

「…………」

 

「その……ガイストの能力を失う訳にはいきませんから、あまり…その………すごい事は出来ませんが……えと……私のでよければ、あとで幾らでもお見せしますので、ここではちょっと…」

 

目を泳がせモジモジしながら妙な提案をしてくる有栖。どうやら1ミリたりとも理解されていない様だった。

 

 アイレンは俯き、片手で顔を押さえる。

 

「あのなぁ……別に俺はそんなしょうもない事企んでいた訳じゃ…」

 

「え、じゃあ……もっとエッチな策略をッ?」

 

「違う」

 

「まさか……私たち全員を妊娠させる魂胆じゃ……寝込みでも襲う気ですか!?」

 

「人を犯罪者扱いするんじゃねえ!俺を一体なんだと思ってるッ」

 

 アイレンが噛み付くと、他の少女達が次々に口を開く。

 

「下半身の欲求に正直な人〜」

 

「最ッ低のケダモノですわッ、畜生と変わりませんの!」

 

「性犯罪者、レイプ魔、女の敵。早く死んで下さい」

 

「女を性的な目でしか見れないの?救いがないクソ野郎だね…」

 

「い、今までずっとそんな目で私達を……?ひ、酷いです!下衆の極みです!信じていたのにッ!!」

 

「私のせいだ……先生に欲求不満を溜め込ませ過ぎたんだ……私がもっとしっかりしていれば…!クッ…」

 

女性陣から口々に罵詈雑言が飛んでくる。面白半分で言う者もいれば、半ば本気で罵倒してくる者もいる。あまりの言われたい放題に怒りで体がワナワナと震えてきた。

 

「このッ……ガキども……!!」

 

 その時、討伐隊の全員が耳に着けていたイヤホン型の通信端末から冬華の声が入る。

 

『これより、連合軍との共同防衛を想定した実弾演習を行う。各自、状況を開始せよ!繰り返す------状況開始!!』

 

むっ……と意識を切り替えると、少女達に向き直る。

 

「聞こえたな!作戦通り散開し、各個に敵を撃破しろ!」

 

「「「了解!!」」」

 

真剣な表情に戻った少女達が風を逆巻き、散り散りに飛んでいく。

 

 高等戦術を悠長に教えている余裕はない。よって、実際に動き回る彼女達を補佐しながら身体で戦闘を覚えてもらうしかない-------。

 

「『Barriereeinsatz(防壁展開)』!」

 魔術で自身の身の周りに球体状の不可視の障壁を構築する。これは単なる防御措置だけではなく、高速で空を駆ける際、正面から襲い掛かる風圧を防ぐ目的がある。

 

 この障壁は強度を上げれば上げる程魔力を消耗するし、構築の仕方を誤れば無駄に魔力を消費するハメになる。

 

 何より、あらかじめ障壁内に酸素を満たしておかないと、高度によっては酸欠……最悪の場合は窒息死する上、窒素との配合率を間違えると悲惨な末路を迎える事から、この完成状態のまま戦える魔術士は少ない。

 

 実際、討伐隊の少女達は酸欠の心配がない低高度で戦っている。障壁も常時展開していない。

 

------とりあえず、まずはあいつらの動きを見ないと。

 

 高度を上げ、高空から少女達を観察する。

 

 敵役の艦隊は予定されていた数よりも動いている艦艇が少ない。おそらく財政難による整備能力の低下により、海軍戦力全体の稼働率が下がっているのだろう。

 

 戦闘隊列をとる艦隊は12隻------その中から駆逐艦がミサイルを発射してくる。しかし、ミサイルが不足しているのか、それとも不発したのか------明らかに少な過ぎる量のミサイルが飛んでくる。

 

「『闇よ射抜け、世の理と偽りを滅ぼす矢よ------バルドル』!」

 

 優雨から放たれた闇色の矢がミサイル群と接触する寸前------突如、矢から発生したワームホールに5発のミサイルが呑み込まれ、消失した。

 

 しかし、正面ばかりに集中していた為、背後から迫るもう1発のミサイルに気付いていない。

 

「ッ…しまッ…!?」

 

気付いた時には、キルゾーンに入る手前まで接近しており------。

 

「蒼部式戦闘術、参の型十五番------『燕窩双輪』ッ!」

 

 突如、銀の輝きがミサイルを一閃------切り倒された丸太の様に切断され、爆発した。

 

 訓練用のミサイルは爆発しても潰れて煙を生み出すだけの代物だが、優雨は反射的に防壁を展開して爆風を防ぐ。

 

 今回の演習の勝敗は至って単純------。

 

 時間内までに放たれたるミサイルを全て迎撃、あるいは回避すれば討伐隊の勝ち。

 

 逆に飛来したミサイルのキルゾーンに入られると、撃墜判定を喰らって討伐隊側の敗北となる------。

 

 危うく撃墜判定となる所だった優雨を救ったのは、自分より高い空を飛んでいる鋭い雰囲気の男、アイレンだった。

 

 いつの間にか彼の右手には、銀色の手裏剣らしき物が収められていた。掌に収まるサイズの円盤の外側には、鋭利な刃が鮫の歯の様にビッシリと並んでいる。

 

 もしや、先程のミサイルはアレを投擲して落としたのだろうか?

 

「前ばかり見るな!飛んでいる限り全方位から撃たれるんだぞッ」

 

「は、はい!」

 

 そう言いながら飛来するミサイルの嵐を回避する優雨。

 

 その後も、空を飛びながら一人一人の動きを見ていく。

 

「ユリーナ!ミサイル1発落とすのに力を使い過ぎだ!威力よりも数を撃て!弱い攻撃でもいい、手数がなきゃやられるぞッ」

 

「了解ですわッ」

 

「リナ!味方ごと吹き飛ばすつもりか!?もっと周りをよく見ろ!!」

 

「す、すみません!」

 

「アイリーン!お前も接近し過ぎだ!!遠距離攻撃は他に任せろッ」

 

「くッ…!」

 

 少女達を援護しながら、実戦さながらの殺伐とした雰囲気で指導するアイレン。ここで鍛えなければ実戦ですぐさま生命を落とす。妥協も手抜きも出来なかった。

 

 やがて、艦船だけではなく、戦闘機からの攻撃も混じる。

 

 空母が最後まで使えなかったらしく、結果、シュッツァー島から直接離陸したF-15Cが6機------こちらに向かってくる。

 

「気流が乱されるぞッ!注意しろ!!」

 

突撃してきた無塗装のF-15Cは、2基の大推力ターボファンエンジンを噴かし、こちらの陣形の近くを飛び去り、空を揺らす。

 

「ぐッ…!」

 

近くを飛ぶだけで気流が乱され、空中姿勢を崩しかける。

 

 吹き飛ばされまいと必死な優雨達に、人造の鷲が襲い掛かる。

 

 初期のモデルと比べて、TWS能力がサポートされ、複数の目標を同時に補足・追尾できる事から、一度狙われれば逃げ延びる術はない。

 

 巨大な翼から切り離された空対空ミサイルが音速を超えて迫り来る。数は6発------。

 

「有栖!」

 

「『炎よ息吹け、神が創造せし神秘の真髄------アグニ・ブレス』ッ!」

 

 アイレンの指示に素早く反応した有栖が双剣の『精霊武装』を構え、切先をミサイルの方に向けると、その先から巨大な火球が生成され、そこから盛大に火炎が噴き出される。

 

 炎に包まれたミサイルは全て爆散したが、戦闘機群はすぐさまその場を離脱し、易々と背後をとると、さらなる攻撃を仕掛けてくる。

 

「『光よ穿て、その一撃は重く深く------サンダー・スピア』!」

 

ユリーナが反撃するも、ミサイルを撃ち落とされるや、既に空の彼方だった。

 

「あ〜もうッ!これじゃジリ貧ですわ!」

 

ユリーナが叫ぶ通り、このままではいつ何処から飛んで来るミサイルに対応できない。いつか隙を突かれて落とされる。

 

 ガイストの火力は強過ぎるので、安全性の問題上、こちらから連合の艦や戦闘機は攻撃できないルールとなっている。

 

 向こうも流石に戦闘機で格闘戦は挑んでこないが、距離を取られると、電子機器の恩恵のある向こうが有利となる。

 

「ユリーナ!遠視の魔術使えるか!?」

 

 アイレンの言葉にユリーナはギョッとする。

 

「は…はあ!?無茶言わないでほしいですわ!あんな高等魔術……これだけの距離じゃ見えませ--------」

 

「なら俺がやるッ!ミサイルが来る方向を教えるから、お前たちで何とかしてみろ!」

 

最後まで言わせず、アイレンが両眼に術式をかける。

 

「『voraus(この先よ)』」

 

 薄茶色の瞳が幻想的な紫色に変わり、彼方遠くの世界が己の眼に映り込んでくる。

 

 確認できたのは、直上から降り注がんとするミサイルの群れ------。

 

「------上だァ!!」

 

 アイレンが叫ぶと同時、頭上の厚い雲の層から6発のミサイルが襲来する。

 

 杖を構えたリナが詠唱した。

 

「『水よ凍つけ、爆ぜる氷の嵐を呼べ------アイス・レイジング』!粉々になれッ!!」

 

烈火の気合いと共に大小様々な氷の礫が大量に生成され、上空に向かって撃ち放たれる。氷の嵐が巻き起こり、それに呑まれたミサイルは次々と爆散------無力化されていった。

 

「よし、良くやった!この後も油断するなよ。まだまだ来るぞッ」

 

常に相手の行動だけでなく、周囲の優雨達を評価しながら冷静に状況を分析する観察力と洞察力------。

 

 どんな場面でも臆する事なく思考し、判断し、行動する実行力------。

 

 更には修得出来る者が極端に限られる高等魔術に加え、多彩な武器を難なく使いこなす武術の練度------。

 

 その動きは完全に、常人の範囲を超えていた。

 

------強過ぎる、なんなのだあの力は。

 

 戦闘中、時折チラチラとアイレンの方を見ていた有栖は、目の前の男の戦闘力に戦慄を禁じ得なかった。

 

 アイレンの使う武術は見たことも無い動きだった。魔術との複合武術なのか、何もない空間から武器を取り出しては、手にした武器に魔力を込め、流れる様な動きで戦場を支配している。

 

 それも、自分達を観察し、評価するという余裕さえ見せている。

 

 有栖が確認しただけでも、拳銃、手甲剣、短剣、短槍、手裏剣、さらには素手の拳まで用いて戦っている。

 

 自分達の様に、『精霊武装』を使った高威力の魔法など使っていない。彼は最低限の動きだけで十分な様子だった。

 

 素人目でも分かる。あれは正に、歴戦の猛者だけが可能な動きだった------。

 

(アイレン・H・ユクスキュル………一体、彼は何者なんだッ?)

 

 

 有栖が疑問を口にする暇もなく、その後も演習は進み、陽が落ちる頃には終了していた。

 

 有栖達、討伐隊は全ての攻撃を耐え抜き、この演習において勝利を飾ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 演習終了後、ヘスペリデス学園に帰投したアイレン達は、明日の決戦に備えて、各自英気を養っていた。

 

 リュージョン連合の見解曰く、チェルノボーグがヘスペリデス領海に殺到するのは、明日の午後12時------つまり真昼だという。

 

 すでにアジール島には討伐隊が消費する物質が続々と運び込まれている。これらの大半は魔力を補給する回復ポーションとなる。

 

 ガイストには精霊が宿主を守る為に、体内の有毒物質を排出し、怪我や病気などを治癒する性質------『精霊の加護』と呼ばれる物を備えている。

 

 その為、負傷しても大抵の傷は一瞬で塞がるし、感染症にかかる心配もない。

 

 …と言っても、ガイストとて不死身ではない。飲まず食わずでは餓死し、当然衰弱もする。脳か心臓を破壊されれば即死するし、出血や特定の薬品などでも生命を落とす。

 

 以前、アイレンがいた戦場では、ガイストを捕らえた際、アルコールや麻薬を注射して弱らせ、レイプする事によりガイストの力を喪失させる行いが数多く見られた。

 

 性交や妊娠により能力を喪失するガイストに対し、レイプなどの性加害は非常に有効な手段だった。

 

 戦地で戦う兵士達は、毎日の様に猛烈なストレスを抱える事が多い。指揮官からしてみれば、ガイストのレイプは、敵の脅威的な力を無力化出来るだけでなく、兵士達の欲求を簡単に解消できる。正に一石二鳥だったのだ。

 

 アイレンが渡り歩いた戦場には、そういった経緯で能力を喪失した元ガイストが大勢いた。難民キャンプで腹を大きくしたり、子供を抱える少女の大半がそれだった。

 

 自分はガイストとの戦闘において、捕虜にしたガイストのほぼ全てが能力を喪失する過程で生き地獄を味わった事を知って以降は、捕虜を取らずその場で殺害する事が多くなった。

 

 もっとも、自分がトドメを刺す前に、輪姦されるのを恐れて自決される事も多くなったが。

 

 そんな不快な記憶が脳裏をよぎるが、頭を振ってかき消す。

 

 夕食を済ませ、風呂から上がったアイレンはベッドに寝転がりながら、上司である冬華に提出したレポートのデータをタブレット端末で読み返していた。

 

 そこには、PDFとして保存してある今回の演習結果の自分なりの評価と、優雨達の実力の分析結果が記されている。

 

 ------ユリーナは頭の回転が速いが、魔力の消費が激しい。

 

 ------リナは空間認識能力をもう少し鍛える必要がある。

 

------由花は攻撃こそ上手いが、防御が甘い。

 

 ------優雨は体力が不足気味。

 

 ------アイリーンは遠距離戦が苦手で協調性が欠ける。

 

 ------有栖は比較的優秀だが、使えるかどうかは実際に試してみないと分からない。

 

 練度不足、実戦に投じるにはまだまだ鍛える必要がある------というのが、アイレンの出した結論だ。

 

 他国のガイスト部隊とは比較にならないのが現状である。

 

「……文句言っても仕方ない」

 

端末を近くのソファに放り、眠りにつこうと部屋の電気を消す。

 

 明日のヘスペリデスは、おそらく地獄と化す。そうさせない為に、やれる事をやるしかないのだ------。

 

 幸いか否か、こういう状況には慣れている。特に重圧や緊張を感じる事もなく、すぐさま目蕩みの中に入りかける。

 

 ------パタパタ…。

 

 その時、廊下から足音が聞こえてくる。

 

 消灯時間は当に過ぎているというのに、誰かが宿舎内を歩き回っていた。

 

 ここにはアイレンの他には有栖しか住んでいない。生真面目な有栖がこんな時間にウロウロするとは考え難い。一体誰が…?

 

 ------コンコン…。

 

「あの……ユクスキュル先生、起きていますか?」

 

控えめなノックと共に、控えめな声が扉の向こうから聞こえる。

 

 扉を開けると、髪を下ろした寝巻姿の優雨が立っていた。薄ピンクのワンピースの上にカーディガンをかけている。

 

「優雨?こんな時間にどうした?」

 

この時間帯なら女子寮に居なければならない小柄な少女が、少し不安そうな瞳でこちらを見上げていた。

 

「ごめんなさい。こんな時間に……少し、付き合って欲しい事があるんです」

 

「…俺が?」

 

無言のままコクリ…と頷かれる。

 

「私達にとって、すごく大事な事なんです。お願いします。私について来てくれませんか?」

 

「………」

 

何やら深刻そうな雰囲気だったので、首を縦に振った。

 

「ありがとうございます。では…こちらへ」

 

優雨は魔術で小さな光源を掌の上に灯しながら、案内を始めた。

 

 完全消灯した宿舎内は僅かに入り込む月明かり以外の光がなく、思いの外暗かった。

 

 階段を踏み外さない様慎重に降りると、一階の談話室から光が漏れていた。

 

「どうぞ…」

 

優雨に促されるまま扉を開けると、テーブルを囲む様に椅子に座って寛ぐ討伐隊の少女達がいた。

 

「あ、先生こんばんわ〜」

 

Tシャツ短パンというラフな格好のまま、由花がゆるく手を振ってくる。

 

テーブルの上には紅茶の入ったカップ、ティーポット、幾つかの小さなケーキが並んでいた。

 

「何してんだ?お前ら…」

 

「見ての通り、お茶会ですわ」

 

「というより、パジャマパーティーですね」

 

ユリーナとリナがこの状況を説明するが、アイレンにはイマイチ理解できなかった。

 

「なんでそんな事…」

 

「皆んなで英気を養っているんですよ。明日は本当の戦いになる……皆んな不安だから、こうして励まし合ってるんです。もしかしたら………明日は生きていないかもしれないですから……今のうちに皆んなと過ごしたいのもあって…」

 

有栖がそう言うと、それまで和やかで温かった雰囲気の彼女達が表情に陰を落とす。そのか細い手は微かに震えていた。

 

 そこでようやく、アイレンはハッとする。

 

 本来この子達は守られるべき子供なのだ。

 

 冬華が言っていた様に、彼女らがこうして戦場に身を投じなければいけない世界が異常なのであり、心の内側が不安と恐怖でいっぱいなのは当然の事だ。

 

 それなりに戦場を渡り歩き、残酷な現実に慣れてしまったのか。時折、その"当たり前"を忘れて気にも留めなくなる自分がいる------。

 

 その事にアイレンはゾッとする物を感じたが、気を取り直して、彼女達のメンタルケアに努めようと決意する。

 

「------俺もお邪魔していいか?」

 

「もちろん。その為に呼んだんですから」

 

 優雨が笑顔で迎え入れてくれる。

 

 空いている席に腰を下ろす。右隣は優雨が座り、左隣にはアイリーンがいる。

 

 アロマキャンドルを焚いているのか、落ち着いた香りがほんのりと漂い、自然とリラックスできた。

 

 すると、正面に向かい合うユリーナがポットからお茶を注ぎ、注いだティーカップを差し出してくれる。

 

「どうぞ、ハーブティーですわ。疲れがとれますわよ」

 

「ありがとう」

 

素直に受け取ると、独特の香りが湯気と共に鼻腔を撫でる。隣で静かにお茶を飲むアイリーンを見た後、自分もカップを口に運ぶ。

 

 熱い液体を嚥下した瞬間------身体の芯が解きほぐれた感じがした。

 

「…美味しい」

 

自然と言葉が漏れた。こんなに落ち着いて茶を飲んだのはいつ以来だろう------。

 

「それは何よりですわ。本来なら、この場は女性限定のお茶会ですが、特別に先生を招待しましたのよ?」

 

「まぁ……そうだろうな」

 

周りを見て、むさい男が乙女のリラックスタイムを邪魔している様に思えて苦笑してしまう。傍から見れば、美少女6人の中に自分が混じっているのはかなり異様な光景に映るだろう。

 

「とはいえ、ありがとうな。こうして招いてもらったのは、本当に嬉しいよ」

 

 素直に感謝の気持ちを伝えると、何故かユリーナは慌てた様に狼狽する。

 

「べ、別に!貴方の為に呼んだわけではありませんわッ、ただ、共に戦う仲間である以上、先生だけを外すマネはできませんの。そ、それだけですからねッ!」

 

何かの意地を張るように、ビシッとこちらに人差し指を突きつけてくる。

 

「ユリ、なんかラノベのツンデレヒロインのテンプレみたい〜」

 

由花が面白そうに揶揄る。それを聞いたユリーナはキョトンとしていた。

 

「つ、ツンデレ?な…なんですのソレ?」

 

「こんな感じの子ですよ」

 

リナがどこから取り出したのか、私物の小説をユリーナに渡す。

 

 なんだか妙に可愛らしい少女のイラストが描かれた表紙だったが、それ以上に気になったのは『変態王子と笑わない猫』というなんとも内容の察しがつかないタイトルだった。

 

「ほら、このヒロインがね…」

 

「え?えと……」

 

暫くリナに解説されながら読んでいくと、やがてユリーナは顔を羞恥にそめると、勢いよく立ち上がる。

 

「わ、わたくしこんな恥ずかしい女と思われているんですの!?」

 

「シーッ、静かにしろ。夜だぞ」

 

有栖から小声で注意され、慌てて口を両手で押さえるユリーナ。

 

 やがて、落ち着きを取り戻したユリーナはコホンッと軽く咳払いすると、わざとらしく話題を変える。

 

「ま、まぁ?ユクスキュル先生も中々に紳士的な殿方ですし、わたくしは同じガイストとして、先生をそれなりに評価していますわ」

 

「……俺、卑劣で下劣で最低なケダモノで畜生と変わらないって言われたんだが?」

 

「そんな昔の事、忘れてしまいましたわ」

 

「いや、まだ今日の昼の事だぞッ?」

 

「そんな昔の事、忘れてしまいましたわ」

 

「…何でもいいが、とにかく明日はよろしく頼んだぞ」

 

考えるのが面倒臭くなったので、そのまま話を終える事にした。

 

「------そう言えば」

 

ふと、それまで静かに佇んでいたアイリーンが口を開く。ティーカップを手にお茶を楽しむ姿は、テーブルマナーがしっかりしており、ユリーナと同じ類の優雅さを感じた。

 

「ユクスキュル先生は、確か一般市民の出身でしたか?」

 

「あぁ、そうだが?」

 

以前、有栖から質問された時と同じ様に回答するが、アイリーンは少し怪訝そうな目を向けてくる。

 

「いえ…その……平民出身者にしては、カップの持ち方とか、ケーキの食べ方とか、すごく綺麗で……まるで誰かに習った様な…」

 

アイレンは少し驚いた。普段から口数が少なく、無口に思えた彼女からは大して興味を持たれてない印象があったが、そんな細かい所を見ていたとは。

 

「------まぁ、騎士団でテーブルマナーは必ず教えられるからな。俺以外にも平民出身者は多い。というかプロキシオン騎士団の大半はそれだ」

 

元々は、約300年前にプロイセン王国から勇者として召喚されたドイツ人騎士が、プロキシオン王国建国と同時に、それらを統治する為に設立したのがプロキシオン騎士団である。

 

 ナチスと手を組んでいた時代もあり、解散の危機に陥った事もあったが、現在は内務省附属機関である国家騎士院の管轄組織として、国家警察、修道会、準軍事組織など、一般的にはこれらを纏めてプロキシオン騎士団と呼ばれる事が多い。

 

「そう言うアイリーンも、随分教養がありそうだな?」

 

「私は……家が裕福だったので、そこで…」

 

 その時、アイリーンは触れられたくない過去を思い出したのか、表情を消すと、再び沈黙する。

 

 ガイストの大半は碌な過去を持たない者が多数を占める。リュージョンに存在する国家の大多数がガイストの生存を認めていない。結果、ガイストを産んだ家庭は大抵悲惨な事となる。

 

 ガイストだけではなく、ガイストの家族もまた、国家や民衆からの迫害・弾圧の対象になったからだ。

 

 国によっては、『悪魔の一族』として追放、最悪の場合は一家まとめて処刑された事件もある。

 

 その為、ガイストの大半は捨て子となる。

 

 仮に家族から切り捨てられなくとも、国の政策によってガイストは国家の所有物として家族から没収、引き離される。

 

 それでも、ヘスペリデスでは一応の人権が認められているだけ遥かにマシである。

 

 ヘスペリデス以外のガイスト収容区の場合、一度入れば成人になる前に生命を落とす『死の収容所』も存在するのだから…。

 

「…あの、私からも聞きたい事が…」

 

空気が重苦しくなるのを避けようとしたのか、今度は有栖が質問してくる。

 

「ユクスキュル先生の…」

 

「名前で呼べ」

 

「-----え?」

 

突然、遮る様に言われ面食らう有栖。

 

「明日から互いに生命を預け合う仲だ。戦場では信頼関係が1番重要なんだ。俺はお前たちを名前で呼ぶし、お前たちもそうしてくれ」

 

名前で呼び合う事は信頼を築く上での第一歩だ。

 

 …というより、ユクスキュルと呼ばれるのはあまり好きじゃないのだ。

 

「…分かりました、アイレン先生」

 

有栖は快く頷く。

 

「で、でしたら私も…」と優雨。

 

「はいはい〜!私も〜」と由花。

 

「と、殿方を名前で呼ぶなんて……まぁ、特別に呼んで差し上げますわ!わたくしの事も、ユリーナと呼ぶ事を許しますッ」とユリーナ。

 

「よろしくお願いしますね。アイレン先生」とリナ。

 

「私も、アイリーンと…」とアイリーン。

 

「あぁ、改めてよろしくな。皆んな」

 

最後に自分が占め括ると、有栖に向き直る。

 

「で?何を聞きたい?」

 

「アイレン先生の使う武術の事です。あの時、色々な武器を使いこなしていましたよね?見慣れない動きでしたが、アレは一体…」

 

アイレンは少し考えてから、口を開く。

 

「有栖は『勇者』って知ってるか?」

 

 有栖は頷く。

 

「人類が魔族と争っていた頃、魔王討伐の為に地球から召喚された戦士の事ですよね?」

 

「そうだ。過去に9回行われた魔族との戦争の時代------『魔王戦役』時代の『第7次魔王討伐遠征』に参加した日本人勇者の蒼部治四郎が100年前に生み出したのが『蒼部流武術』なんだが、魔力で身体や武具を強化して戦うのが特徴的なんだよ。『魔王戦役』が終わってからは、治四郎が護身術としてリュージョンと地球の両方に広めたんだ。まぁ、魔力なんて物がない地球じゃ割と普通のマイナー武術らしいけど…」

 

蒼部流には主に合気術、大剣術、龍槍術…と様々な武術があるが、アイレンが修得しているのは、治四郎が現役時代に最も使っていた戦闘術である。

 

「蒼部式戦闘術は打撃技を主体とした徒手格闘の壱の型、短剣術や短槍術を主体とした弐の型、手裏剣や投擲を主体とした参の型の3つで成り立っていて、人間だけじゃなく魔族との戦闘を想定した殺傷力の高い攻撃技が多いんだ。壱の型を修得すると初段、弍の型修得で弐段となり、参の型の修得で参段。参段で一応の戦闘術の完全修得者……つまり師範代となる」

 

「先生は何段なんですか?」

 

「参段。四段より上に行くには、3つの型の技全てをより高度にこなす必要があるし、新しい技を1つ自分で作って、それを免許皆伝の師範に認めてもらってようやくなれる」

 

今の所、戦闘術の師範を務めているのは、リュージョンでは1人のみとなっている。極端な話、四段以上を目指せる人間がいないのだ。参段位の人間だけでも、自分を含めて数える程度しかいない。『今後、蒼部式戦闘術の免許皆伝修得者は、もう生まれないかもしれない』と自分の師範も嘆いていた程だ。

 

「なんか……厳しそうですわね…」

 

ユリーナが引き気味に反応する。

 

「まぁな…、壱の型の技を全て修得して初段になるだけでも大体5〜6年はかかるし、マイナー流派な上に天性の才がないとモノにならないっていう…」

 

 

 

 

 

 

 

 

------------ドゴォォォォォォォォォォォォォォッ!!

 

 

 

 

 

 突如、猛烈な轟音と地揺れが起きる。

 

「な、なんだ!?」

 

思わず有栖が叫んだ直後、腹の底まで響くサイレンの音が唸りを上げる。

 

 

『非常戦時態勢発令------非常戦時態勢発令------防衛態勢レベルをデフコン1へと引き上げます。生徒ならびに非戦闘員は地下シェルターへ退避して下さい。繰り返します------非常戦時態勢発令------』

 

 戦時態勢……防衛態勢レベル……。

 

 ただならぬ単語を発するアナウンスはどこか無機質で機械的な響きを感じた。

 

 全員が呆気に取られる中、各自が所持する携帯端末が着信音と共に震える。

 

『全員聞こえるか!?』

 

端末を通話状態にすると、冬華の切羽詰まった声がスピーカーから発せられる。

 

「冬華先生ッ、一体何が!?」

 

『ユクスキュル。直ちに討伐隊のメンバー全員を招集しろ------チェルノボーグの大侵攻が始まった』

 

アイレンだけでなく、それを聞いた全員の思考が凍り付いた。

 

------バカな……まだ12時間以上あるはず…。

 

 おそらく全員の脳裏をそんな思考が過ったのだろう。一瞬、あまりの事態に脳が理解を拒みかけるが、立ち尽くしている場合ではないと、アイレンはすぐさま己の心を臨戦態勢に切り替える。

 

『幸い、アジール島への物資運搬は全て完了している。現在、チェルノボーグは海中の機雷源の突破を試みている』

 

「連合軍はッ?」

 

『既にアジール近海にて邀撃行動に入っている。ヘスペリデスからも毒ガスやミサイルによる反撃を行う。君達は準備が完了次第、アジール島に向かえ!』

 

「了解!」

 

アイレンは通信を切ると、寝巻姿の少女達に向き直る。

 

「全員、自室に戻って着替えろ!戦闘準備だッ」

 

「え…あ……」

 

どこか呆けている有栖に、アイレンは近づき両肩を強く掴む。

 

「しっかりしろ有栖ッ!お前が現場指揮官だろ!!」

 

アイレンが怒鳴ると、有栖はハッと我に帰る。

 

「準備が完了次第、この宿舎の屋上に集合------。全員でアジールに向かうぞッ」

 

「は、はい!お前たち、聞こえたな!?急いで着替えろッ」

 

 有栖の鶴の一声で、それまで茫然自失になりかけていた少女達が慌てて談話室を飛び出していく。

 

 無理もない、心の準備を整えている間にいきなりの大侵攻なのだから。

 

「アイレン先生……私達は…」

 

不安そうにこちらを見てくる有栖。普段から気丈に振る舞う彼女でも、初陣で仲間を率いて戦うのは相当な重圧を感じるだろう。

 

「大丈夫だ!演習通りにやればいいッ」

 

アイレンは安心させる様に言うが、今回の戦いは不安しかない------出来れば彼女達は戦わせたくはなかった。訓練も経験も不足している少女達をいきなり実戦に連れ出すのである。

 

 だが、アイレンは知っていた------戦いを放棄すれば、最後に迎えるのは敗北と死であると。

 

 どれだけ絶望的な状況でも、戦う事以外で、自分達が生き残る術はないのだ------。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイレンはスーツ姿に、優雨達は制服姿に着替え、アジール島を目指し空を全速力で駆けていた。

 

「しかし、一体どういう事でしょうかッ?どうして明日の昼まで来れない筈のチェルノボーグが…」

 

たまらず優雨が疑問を呈する。

 

 その時、強烈な向かい風がアイレン達の飛行を遮る。

 

------強風?

 

 アイレンは視線を下の海上に移す。強く吹きつける風に波が煽られ、まるで嵐の前兆の様に荒れ狂っていた。

 

 その時、アイレンは悟る。

 

「そうか------気候だ!」

 

魔術と科学が発展してきた神星歴1901年においても、正確な気象を予測する事は難しい。

 

 おそらく、チェルノボーグは海流と気流の流れを上手く利用して、最速でヘスペリデスに辿り着く算段を立てたのだろう。

 

 連合の連中は見誤ったのだ、ヤツらの驚異的に進化した知性を------。

 

 

 

 

 

 こうして、後にヘスペリデス史上最悪と呼ばれた激戦------『第1次ズュートゼー攻防戦』が始まった。

 

 

 





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