壊却のオフィウクス   作:唯尊

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第十四話 曇天

 

 アジール島から3000m程離れた海域にて、優雨と由花はチェルノボーグの群れにひたすら攻撃魔法を叩き込んでいた。

 

 いや、群れというより"波"だった。海面から見える赤い光は全て、チェルノボーグの目だ。

 

「『闇よ射抜け、世の理と偽りを滅ぼす矢よ--------バルドル』!」

 

海面に突き刺さった闇色の矢が海水ごとチェルノボーグを消滅させる。『ヴォイド・アロー』と比べて単純な威力こそ劣るが、射程距離が長く魔力の消耗を抑えられる点においては優っている。大型のトラルテクフトリを20〜30体ほど仕留めたが、すぐさま後続の群れが抜けた穴を埋めてしまう。

 

「『土よ断て、大地の怒りは万物を滅ぼす--------ブレイズ・オブ・フューリー』!」

 

海底火山が噴火するかの如く、爆発的な勢いでマグマが天を貫く。こちらもまた、大した効果は見られなかった。

 

「ハァ……ハァ…」

 

既に2人の魔力は切れかけていた。意識が朦朧とし、視界が眩む。不意に、優雨は鼻の下辺りに熱を感じた。手で拭ってみると、手に血潮が付いていた。

 

 鼻血だ。急激な魔力の消耗により身体中に張り巡らされた魔力回路に異常が生じているのだ。

 

「優雨……大丈夫…?」

 

同じく息切れを起こした由花がこちらを気遣ってくる。目の下には黒いクマが出来ており、全体的にドス黒い顔をしている。血の巡りを感じない死人の肌に近い色だ。

 

 どちらも魔力欠乏症の危険領域に入っている。このままでは生命に関わるレベルだ。

 

「へい……きです。けど……攻撃魔法は、さっきので終わりです…」

 

「私も……これ以上は無理……かな。そろそろユリ達も補給を済ませてるだろうし、後退した方が--------」

 

瞬間、正面からレーザーの光が迫る。放たれた4本の光が2人を焼き尽くす直前に、優雨と由花は防壁を張る。

 

「ぐぅぅッ……!」

 

「ッ……ァァアアアアア!!」

 

気合いを迸らせながら必死で防壁を維持する。レーザーが消滅するまでなんとか防ぎ切るが、攻撃が終わった直後に、高空から急降下してきたアクイラが巨大な顎を開いて吶喊してくる。

 

 魔法で迎撃する力はもう残ってない。飛行魔術を用いて全力の回避を試みる。

 

 凶悪な牙を覗かせる顎が擦過する中、由花と優雨は紙一重で躱わす事に成功するが、チェルノボーグ梯団との距離は縮まりつつある。このままではアクイラの大群が一斉に斬り込んでくる。アイリーンと違い接近戦を得意としない彼女らが魔力の尽きた状態で戦えば、瞬時に惨殺されるだろう。

 

「潮時だね……優雨!そろそろ退くよッ、このままじゃ飛び続ける事も出来なく--------」

 

 優雨の方を見て叫んだ直後、驚愕のあまり硬直した。

 

「ハァ…………ハァ……」

 

 優雨は己の腹部を押さえていた。押さえた箇所からは黒ずんだ血液が流れ、重力に引かれて地上へと落ちていく。かなりの出血だ。まさか、さっきのアクイラの攻撃を躱し切れていなかった…ッ!?

 

 既に彼女の目は虚であり、身体は小刻みに震えている。呼吸が浅く口をパクパクさせながら酸素を求めて喘ぐ姿は、由花の声すら届いていないように見えた。

 

「ハ……ァ…」

 

意識が一瞬途切れたのか、優雨が瞼を閉じる。刹那、優雨の飛行魔術が解けた。

 

「…ッ!優雨!!」

 

危うく落下しそうになる彼女の元に飛び、両手で抱えて抱き留める。

 

「優雨!?ねぇ、私の声聞こえてる!?」

 

由花の呼びかけにかろうじて瞼を開き、弱々しく目を動かす。

 

「ァ………」

 

由花を弱々しく見つめる彼女の瞳、もはや声すら出ない様子だった。

 

------早くユリーナ達と交代しなければ……!

 

 優雨を抱えたまま戦域を離脱しようと試みるが、真下から突起物が射出される。演習で連合軍の駆逐艦から放たれたミサイルと同レベルの脅威だったが、演習の時とは数が違う。五十発以上の大小の突起物が炎と煙を噴きながら迫ってくる。

 

「ッ……!邪魔だぁッ!!」

 

 全身の魔力回路が焼き切れるのを無視して、飛行魔術を最大出力で展開する。上昇しながら敵の暴風雨を縫うように躱していく。強烈なGが体に圧し掛かり、意識が飛びそうになる。

 

 突起物に混じってレーザーや火炎まで撃たれ、回避が間に合わない攻撃は防壁魔術で防ぐが、スカスカの魔力で構築できる防壁なんてすぐに貫通される。手足に集中して魔力を込めて強度を高めるが、完全には防げない。攻撃を受け止める度に手足の皮膚が焼かれ、衝撃で骨が折れそうになる。

 

 そして、この時の由花は致命的な過ちを犯していた--------。

 

 チェルノボーグとの戦闘は、高度を取れば取る程、地上からも高空の敵からも攻撃されやすくなる。その為、戦闘機や攻撃ヘリと同様に、一定の高度まで上がらないように訓練で何度も指導されていた。アイレンからも「海面に近づき過ぎない程度の高度を維持しろ」と言われていたが、魔力欠乏症の影響で脳の機能が低下していた上に、攻撃の回避だけで既に精一杯だった。

 

 さらに、最悪な展開は続いた。高空のアクイラの群れが想定以上に早く距離を詰めてきたのだ。

 

「…ッ!しまっ!?」

 

瞬時に包囲され、一斉に斬り込まれる。

 

 真っ先に突っ込んできたのはオオワシをスケールアップしたようなアクイラだった。見た目こそサイズ以外に特異な点はないが、巨大な嘴を開いた奥には咽頭顎がカチカチと歯を鳴らしていた。

 

嘴に挟まれそうになる寸前に、どこからか飛んできたミサイルに当たり、アクイラが落ちていく。間一髪で危機を逃れたが、一瞬の油断を突くかのように、グリフォンに似た個体が背後からの肉薄してくる。

 

 死ぬ気で回避を試みるが、跳ね上がった巨大な尾が由花を捉える。

 

「ガッ…!!」

 

尾にぶち当たった由花が空高くまで飛ばされる。衝撃で背骨がずれた。

 

「ぐッ……アアアアアアアアア!!!!」

 

激痛を飲み込み、落ちそうになった優雨の手を掴むと、残った魔力を全て飛行魔術に注ぎ込む。生成された暴風が2人を包囲網から無理矢理弾き出した。

 

チェルノボーグの魔の手から逃れる事には成功したが、すぐにまた追いつかれる。今にも魔力が尽きて落下しそうだ。目の前の視界が狭まり、ブラックアウトしそうになる。

 

「ハァ、ハァ……ユリ、達に、連絡を……」

 

フラフラ飛びながら、耳元の通信端末に手をやるが、そこに収まっているはずのイヤホンがなかった。どうやら戦闘中に紛失したらしい。魔術での通信も試みるが、魔力が足りないせいか、術式を形成するだけで限界であり、通信までは出来なかった。

 

「由花……」

 

不意に、手を掴んでいた優雨が目を覚ます。滅茶苦茶な回避機動に揺さぶられたせいだろうか。

 

「ごめん……起こしちゃった……ゲホッ、ゲホ!」

 

突然、由花が咳き込むと、血の混じった吐瀉物を吐き出す。魔力回路の酷使と強烈なGの反動で内臓にまで深刻なダメージが及んでいた。

 

「ゆ、由花…!?」

 

 優雨が心配そうに目を見張るが、無理矢理笑みを作って誤魔化そうとする。しかし、あまりにも引き攣ったソレは返って由花の深刻さを物語っていた。

 

「だ、大丈夫……じゃ、ないかな…」

 

アイレンやユリーナ達とも連絡がつかない。既に満身創痍の状態であり、正直、今にも気を失いそうだった。

 

「由花、私なら大丈夫です。私も戦えますから…」

 

気丈に振る舞いながら、治癒魔術で腹部の傷を治そうとする優雨、僅かな魔力を掻き集めて組み上げた回復術式は、とりあえず出血を止められた。しかし、失った血や魔力までは戻らない。

 

「ハハ……私も、もう少し頑張れると思ったんだけど………ゴメン。そろそろ限界かも…」

 

「そんな事ありません…!由花は私より強いんですから、諦めたらダメですッ…」

 

 優雨の表情は、まだ戦いを諦めてはいなかった。そんな彼女の強かさを見て、由花は苦笑を見せる。

 

「…やっぱり強いね、優雨は…」

 

「もうすぐユリーナさん達が異常を察して来るはずです。それまで頑張って耐えましょう!2人なら大丈夫ですッ」

 

「……うん、そうだね。親友の君がいれば、きっと--------------------」

 

 直後、由花の身体を閃光が消し飛ばした。

 

「え……?」

 

由花の胴体から順番に、上半身から首までの全てと、下半身が焼き尽くされる。後方から放たれたアクイラのレーザーが命中したのだ。

 

 最後に残ったのは、繋いでいた右手だけだった--------。

 

 曇天の空の上で、優雨の絶叫が響き渡る。  

 

 悲痛な叫びと共に、優雨がズュートゼーの海に堕ちていく。異形が蠢く地獄と化した楽園の海に、雨が降り始める。

 

 チェルノボーグの侵攻は、止まる気配がなかった--------。

 

 

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