※津波の描写があります。苦手な方はご注意下さい。
粉々になった仮面の破片と、全身を巻いていた包帯の切れ端を残し、ユーリー・イヴニョーリの撃滅を確認したアイレンは、ゆっくりと高度を落とし、アジールの砂浜に着地する。
「せん……せい…」
背後を振り返ると、ひどく消耗した様子の優雨がフラフラとおぼつかない足取りでこちらに歩いてくる。
「優雨ッ」
危うく倒れそうになった小柄な少女を抱き留めると、優雨は腕の中でアイレンを見上げる。
「先生……スコーピオンは…?」
「大丈夫だ、たった今倒した。……お前のおかげだ」
優雨は安堵した表情を浮かべると、途端に全身から力が抜け落ち、アイレンに支えられる。
「おいッ…」
「……すみません、安心したら……急に…」
「…少し疲れたんだろ。あとは俺に任せて、暫く休んでろ」
「でも…」
「ユリーナ達なら心配ない。俺が介抱する。だから休め」
「……はい…」
それを最後に、優雨は今度こそ意識を失った。
半壊状態となった補給キャンプからブルーシートを引っ張り出して砂浜に敷くと、優雨達をそこに寝かせていく。
「『光よ癒せ、彼の者に癒しの息吹を---------ヒーリング・ブレス』」
光属性の回復魔法を行使し、優雨達の身体から見る見る内に外傷が消えていく。
「う……ぐッ…!」
ただ一人、アイリーンだけが苦しげな声を出す。彼女の身体的ダメージは深刻だ。おそらく魔力回路にも異常を来しているだろう。仮に回復したとしても、ガイストの力を失う可能性がある。失った右腕も元に戻る保証はない。
彼女がどこの国の出身かは分からないが、人間に戻ったガイストの社会復帰は容易ではない。それらを支援する制度が不十分なのもあるが、一度『人外の化け物』というレッテルを貼られた手前、周囲からの偏見の眼差しはそう簡単には消えないだろう。
ガイストは、ガイストでなくなった後も孤独なまま一生を終える-------。
ヘスペリデスが消滅すれば、彼女達の後ろ盾はなくなる。
「…させるかよッ」
必要な救護処置を終えると、司令部が置かれた本島の方角を見据える。散発的ながら砲撃やミサイルの発射音がするあたり、なんとか持ち堪えている様だった。
ユーリーとの戦闘で体力を相当消耗した。ゾディアックの力を以ってしても、チェルノボーグ化した人間を含めて、残り数万の軍勢を相手に、果たして勝てるのだろうか?……否、勝つしかない。選択肢は潰えた。もはややるしかないのだ。
もう一度『アドラー・フリューゲル』を展開しようとした、正にその瞬間------。
天からの轟音とともに、巨大な光の柱がヘスペリデス本島を呑み込んだ。
*
竜巻に直撃した様な、強烈な爆風と衝撃を喰らい、アイレンは後方に吹き飛ばされる。
「ぐッ…!!」
瞬時に防壁を張り、自身と後方で横たわっている少女達を守る。爆風と同時に目が潰れそうな程の閃光をカットしようと試みるが、単純な視覚防護の術式ではどうにもならず、ひたすら目を瞑り、この眩しさに耐えるしかなかった。それ以上に、大地が揺れる激震と、それによって引き起こされた津波の迫る音が、こちらの精神を削る様な重圧を恐怖をもたらす。
防壁をより強固に展開し、飛んでくる瓦礫や熱波、押し止まる事を知らない高波から教え子たちを必死に守る。このまま地盤が割れ崩壊でもすれば、今すぐにでも高空へ優雨達を飛ばすしかない。そう身構えていたが、やがて地鳴りは収まり、光が徐々に弱まっていく。
念のため、周囲の空気に異常が起きてないか探知魔術で確認するが、有害物質は検知されなかった。慎重に防壁を解除すると、砂塵の混じった煙と何かが焼ける様な不快な臭いが鼻腔を撫でる。
「一体……何が…」
状況が理解できず、周囲に視線を巡らせるが、土埃が舞っているせいで視界は最悪と言える程不良だった。
やがて、海風が澱んだ帷を吹き晴らすと、視線を向けていた方向の景色が見えてくる。
ソレが明瞭かつ、明確になった瞬間---------アイレンは瞠目した。
「馬鹿………な…」
掠れた声が喉から漏れる。信じられなかった………予想なんて出来る筈もない、あり得ない状況が、目の前で作り出されていたのだから。
ヘスペリデス本島が、焼き尽くされていた。
島の表面全てが炭の様に真っ黒に焼かれ、動植物系は全てが死滅。建造物は地下に設営された空間ごと抉り取られ、丁度学園の校舎が置かれていた位置には、地獄の底にまで繋がってそうなクレーターが穿たれていた。
周辺海域に群がっていたチェルノボーグは一匹も見当たらず、海水は蒸気を上げながら気泡を立てていた。
「なん……ですの、コレは…?」
震える声が聞こえて振り返ると、いつの間にか目を覚ましていたユリーナが茫然と立ち尽くしていた。残りの討伐隊メンバーも、先程の衝撃で叩き起こされたのか、愕然とした表情でこちらと同じ方角を見ている。
「冬華……先生、みんな…」
優雨の口から溢れた言葉を皮切りに、絶望が少女達を襲う。
「いやッ……」
リナが力無くその場にへたり込むと、両腕で頭を抱え込む。
「いやあぁぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁぁぁッ!!」
夕陽色の髪を振り乱しながら、リナの慟哭が鳴り響く。他の少女も皆、喪失のあまり表情から生気が抜けていた。くず折れる者、乾いた涙を流す者……それぞれが目の前の残酷かつ、非常な現実に打ちのめされていた。
やがて、ユリーナがふらついた足取りで前に出る。どこかへ進もうとする彼女の細腕を掴むと、その場で引き留める。
「どこに行く気だ…」
「学園の地下にはシェルターがありますわ。皆さんきっと、そこに逃げて……」
気の強いユリーナとは思えない、空虚な言葉だった。
「……あれじゃ誰も生きていない」
「そんな事!直接確かめなければ--------」
「シェルターごと燃え尽きてるんだぞ!もう……何も残っちゃいないッ」
「…ッ」
ユリーナは唇を噛み締めると、悔しそうに俯きながら震える。やがて、膝をついたままの優雨に駆け寄ると、彼女を抱きしめる。
「ユリーナ……さん?」
「……ごめんなさい。今の
「私……は…」
「仲間が辛い時、励ますのは当然ですわ。……一人で泣くのが耐えられないなら、私も共に涙を流します」
その時、まるで堪えていた何かが決壊するかの様に、優雨の瞳から大量の涙が零れ落ちる。
「う……ああああああああああああああああああああぁぁぁぁッ…!!」
悲痛な叫びと共に、ユリーナが嗚咽を堪えながら涙を流す。それは、失った悲しみであり、奪われた憤りであり、守れなかった者達への罪悪感であり、全てを守るという己の誓いを果たせなかった事による無念の叫びだった。
そんな彼女達を見た後、アイレンは消滅した学園の方に視線を移し、その後に空を見つめる。先程までの曇天の空は、今となっては不気味な程晴れ渡っている。天空を埋め尽くしていた雲の中心、丁度ヘスペリデス本島の真上にポッカリと大穴が空いており、そこから蒼穹が覗いていた。
誰だ……一体誰がこんな事を…。いや、それよりもあの光、どこかで見覚えが--------。
「……ッ!」
刹那、アイレンの脳内で彼方の記憶が呼び起こされる。リュージョン大戦時、故郷であるウルサで同じような光景を目の当たりにした。
「神域魔法………『碧空の弩弓』」
「え…?」
いつの間にか隣に来ていた有栖が呟く。
「戦時中、ラーフェンが運用していた超長距離射撃を可能とした巨大レーザーシステム……いや、だが……」
アレは前大戦で破壊されたと聞いている。それに、当時の記憶が確かなら、あの兵器には、たった今ヘスペリデスを焼いた光のような威力はなかった筈だ。
ならば一体、あの光の正体は何だと言うのか……。
アイレンが思考に耽っている最中、ふと妙な魔力を察知し、速やかに視線を地面に向ける。--------足元に大規模な魔法陣が展開されていた。
「--------逃げろッ!」
隣の有栖を突き飛ばした直後、魔法陣から雷轟の如く電流が流れ、アイレンの身体から自由を奪う。
「ガァァァァァァァァァッ!!」
全身の血液が沸騰したかのような熱と激痛に襲われ、為す術なくその場に倒れる。
これは……麻痺術式かッ。
「…!?先生ッ!」
「い、一体なんですの!?」
突然の事態に、優雨とユリーナが顔色を変えて近づこうとした直後、周囲の風が乱れ、鼓膜を突き破らんばかりの騒音が戦場を支配する。独特な形状のプロペラとエンジンユニットを持つプロップローターを両翼に配置した機体、
機体側面には、所属先を示す『
『こちらはプロキシオン王立騎士団・第1近衛師団所属のウルリヒ・フォン・ヴァイツゼッカー大佐である!』
複数のオスプレイに取り囲まれながら、完全に包囲される。その内の一機のスピーカーから男性の大声が聞こえてくる。
------プロキシオン騎士団だとッ?
訳が分からず麻痺で動かない身体のまま、スピーカーからの声を聞く。
『アイレン・H・ユクスキュル少尉に告げる!現在、貴官にはリュージョン憲章第3条2項並びに【ディーリアス条約】違反の疑いがかけられている。無駄な抵抗はやめ、直ちに投降せよッ!』
機体後部のランプドアや側面ドアから隊員達が次々と懸垂降下し、地上に素早く展開する。
「ま、待ってください!その人は…」
有栖が抗議の声を上げる間もなく、最新のタクティカルベストとヘッドギアに身を包んだ騎士達にアサルトライフルを突きつけられ、行動の自由を封じられる。
うつ伏せの状態のアイレンに対し、騎士達は容赦なく飛びかかり、左腕の関節を極めるように取り押さえられる。もはや抵抗は意味を持たなかった。
------畜ッ…生…。
口の中で短く呟き、アイレンは騎士団に拘束された。後ろ手に手錠をかけられたままオスプレイに乗せられると、ほんの僅かな間にアジール島から引き離されていく。
優雨達はそれを、黙って見ているしかなかった---------。