壊却のオフィウクス   作:唯尊

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第十九話 約束

 

 プロキシオン騎士団に拘束されたアイレンは、祖国、プロキシオン王国首都・ゴメイサの王城に連行された。

 

 手錠をかけられたまま両脇を近衛師団所属の騎士に固められ、赤いカーペットが敷かれた廊下を歩かされる。タクティカルベストとアサルトライフルで完全武装した騎士達は皆、ユクスキュル王家の直属にある近衞騎士であり、総人数約50万人を誇るプロキシオン騎士団の内、最上位1%未満に属する最精鋭である。チラと視線を向けると、彼らの動きには全く隙が窺えず、此方の自由を完全に封じていた。全身から放つ鋭い雰囲気を前に、只者ではないと確信する。如何にアイレンとて、この場で彼らから束になってかかられでもしたら、全力を出す前に打ち倒されるだろう。

 

 やがて、王城内に無数と呼べるほど存在する部屋の一つ、他の部屋と比べて一段と豪奢な造りが目立つ扉の前に立たされる。

 

 アイレンの右脇を固めていた近衛騎士が一歩前に出ると、「アーベントロート一等軍曹!アイレン・H・ユクスキュル少尉を連行しましたッ」と大声で吼える。

 

「入れ」

 

威厳に満ちた短い一言が扉越しに発せられると、近衛騎士がゆっくりと丁寧な所作で扉を開く。

 

 前に進み入ると、部屋の中心に1人の男が待ち構えていた。

 

「……………」

 

プロキシオン騎士団・団長、バルトロメウス・フォン・ユクスキュル・プロキシオン。金の刺繍が施された黒の礼服姿のまま、無言で此方を睨み据えている。睨み返す。

 

 ここは彼の私室だ。一国の第一王子に相応しい部屋だろう。

 

 バルトは手の動きで騎士達を退がらせると、そのまま扉を閉めさせる。2人きりとなった室内で、押し潰されそうな重苦しい空気が満たされる。

 

「……ユーリー・イヴニョーリの件、ご苦労だった」

 

不意に沈黙を破ったのはバルトの方だった。

 

「ズュートゼー海のチェルノボーグは全て掃討された。未だに奴がどうやってチェルノボーグをコントロールしていたのかは不明だが、奴の統制が失くなった後のチェルノボーグは烏合の衆と化し、残敵の掃討には大して---------」

 

「全て貴方の計画通りですか…」

 

会話の途中でアイレンが唐突に遮る。

 

「……なんだと?」

 

「俺の情報を他国にリークし、ユーリー・イヴニョーリをヘスペリデスに侵入させ、第7号トゥルリスを破壊し『ゾーエの末日』を引き起こそうと画策した挙句……あろう事かチェルノボーグ殲滅にかこつけてヘスペリデスを壊滅させたのは、貴方だって言ってるんですよッ」

 

アイレンが鬼の形相でバルトを睨みつける。その瞳には形容しがたい憤怒が宿っていた。それに対し、バルトの反応は冷ややかな物だった。

 

「……何故そう思う」

 

「ッ!否定しないのですか?」

 

「して欲しかったのか?」

 

「いえ……」

 

本音を言えば、否定して欲しかった……。

 

「プロキシオン騎士団を総括する俺がどうして国益を損なうようなマネをする必要がある?」

 

冷たく鼻を鳴らすバルトを前に、アイレンはこみ上げる激情を必死に抑えながら、慎重に言葉を紡ぐ。

 

「近年、ヘスペリデス内でリュージョン連合からの完全な自治独立を唱える声が大きくなっていました。時間が経てば経つほど、ガイストは成長するし数も増える。当然その分発言力を増すッ。【精霊武装】をはじめ、ここ数年のガイストの進化は計り知れない。リュージョンにはガイストの反政府・反革命勢力が未だに存在している。いずれ力を付けたガイスト達が反逆を起こし、希少資源の産出地であるヘスペリデスとガイストを独占するかもしれない。そうなれば人類との立場は逆転する!」

 

 特にプロキシオンのような資源貧乏国はヘスペリデスからのミスリル輸入に依存しているし、コールダー粒子の確保に必要なガイストも近年不足している。仮にヘスペリデスが独立を果たし、同胞の保護という名目で世界中の収容区からガイストを集めて国家に匹敵する自治組織を設立すれば、国家(くに)の存続に関わる大打撃を受ける。

 

「金や銀のように、世界中に存在する凡ゆる資源は地域によって偏在している。ヘスペリデスはリュージョンに流通しているミスリルの5割を産出しているから、価格設定で大きな影響力を持つ。それこそ多少高めな値段に設定されても、ミスリルのない国は買うしかない。それはコールダー粒子も同じだ。だからヘスペリデスの独立派には消えてもらう必要があったッ!」

 

「だからといって、俺がやる理由はないだろう?」

 

「『ガイスト復員法』」

アイレンが口にした一言にピクリと反応する。いつの間にか敬語が消えていた。

 

「過去の負傷や魔力回路の異常で力を失った元ガイストの社会復帰を支援する法案だ。先月に可決され今月に施工されたばかりだが、それと同時にプロキシオン国内でガイストの人権を回復させる法案が提示された。現状は反対多数で議会の通過は見込めていないが、時代は確実に変わりつつある。このままじゃいずれガイストと人間は同等の立場になる。アンタは戦時中に敵国のガイスト部隊に妻を殺されている。そんな社会を受け入れられる筈がない………だからテロリストと手を組んで意図的に『ゾーエの末日』を引き起こしたんだ。最終的には神域魔法で証拠ごと全てを消し炭に出来るからなッ!!」

 

 直後、部屋の隅に立てかけられていたミスリル大剣が閃き、刀身の腹で殴られる。胴体に伝わる衝撃に内臓が揺さぶられ、後方まで吹き飛ばされ扉に叩きつけられる。顔を上げると大剣の切先を突きつけられた。

 

「もう一度言ってみろッ!」

 

「何度でも言ってやる!アンタは完全な私怨でヘスペリデスを滅ぼしたんだ!!筋金入りの反ガイスト主義者のアンタは国益よりも復讐心を優先したんだ!その為に関係のない人間を大勢殺しやがってッ!」

 

「あぁそうだとも!!」

 

憎悪に駆られた瞳で此方を睨む。

 

「ガイストは獣だ!チェルノボーグとなんら変わらない人類の脅威だッ、我々が首輪を繋げなければリュージョン史上最悪の魔女となる。そんな連中に人権を与えろだと?巫山戯るなッ!利用価値があるから仕方なく生かしているというのに、同等の立場で我々の生存を脅かそうだと?プロキシオンの王族として、1人の騎士として、あの悪魔どもを許す事など断じて出来ないッ!!」

 

アイレンは右の拳に魔力を宿らせ、大剣の腹を粉々に打ち砕く。飛び起きた瞬間にバルトの腹に前蹴りを放ち、奥の壁に叩きつけた。

 

「彼女達は人間だ!俺となんら変わらない……一つの人格と想いを兼ね備えた人間だッ!俺は騎士としてガイストを殺せと命じられ、それが正義だと信じてきた。その先に救いがあると信じてきた。だが何も変わらなかった!今も昔もこの世は地獄のままだ!!戦う意味を見失いつつあった自分に、彼女達は人の想いの優しさと、温もりを思い出させてくれたッ。アンタの言う騎士道は何かを憎んだ果てにこの世の全てを破壊するッ。だから何も変えられないんだ!誰も守れないんだ!誰一人………」

 

途中で嗚咽が込み上げ、言葉に詰まる。バルトは黙ったまま此方を見上げている。

 

「誰一人……救えないんだよ。そんなんじゃ……ダメなんだ…」

 

 この終わらない憎悪と殺戮の繰り返しじゃ、いつまで経っても未来など訪れない。優雨達は……自分達の出自が原因で理不尽に追い詰められても、家族との絆を忘れなかった。彼女達は最後まで隣の仲間を守る為に戦っていた。

 

「……お前と俺は同じ道を歩んでいると信じていた」

 

「そうさ、俺とアンタは同じだった……。同じように世界を憎み、人を呪った。だがその先に希望がないと知った今、俺は彼女達の側につく」

 

「なんだと…!」

 

「俺はアンタとは違う道で世界を変えてみせるッ、こんな状況でも、まだリュージョンは救える筈だ!俺は……あの島で出会った人達と共に生きれる未来が欲しいッ」

 

「アイレン……貴様という男は…」

 

 やがて、騒ぎを聞きつけた騎士達が泡を食った様子で飛び込んでくる。バルトが手で騎士達を制すると、ゆっくりと立ち上がる。

 

「……貴様は終戦後に世界各国で結ばれた【ディーリアス条約】の内容を知っているか?」

 

「神域魔法や核……或いはそれらに匹敵する戦略兵器の保持・製造・運用を禁ずる、でしたか」

 

他の騎士達の手前、口調を敬語に戻す。

 

「そうだ。明記こそされていないが、そこにはゾディアックも含まれる。【リュージョン憲章】でも同様の記載があるが、ゾディアックの存在は公にはされていない。故に貴様を法で裁く事はできない……よって…」

 

バルトはアイレンに対し、静かに告げる。

 

「貴様を北部戦線に配置転換させる。おめでとう、アイレン・H・ユクスキュル中尉(・・)。貴様は今日付けで原隊復帰し、ユーリ・イヴニョーリ撃退の功績を鑑みて昇格する事が決まった」

 

「ッ……!」

なるほど、そういう事か……。と納得する。

 

「自分の情報を漏らしたのは、あの時の神域魔法を使う為ですね。幾らチェルノボーグを焼き尽くす為とはいえ、貴重なガイストを設備ごと破壊するなんて、連合は勿論、多額の資金を拠出している連合理事国は黙っちゃいないでしょうから…」

 

一体どんな物をどうやって使ったのか、アイレンには知る由もない。だが、リュージョンの国々がおいそれと世界を破滅に誘う強力な兵器の使用を認めるとは考えづらい。ともなれば、相応の理由が用意されるに決まってる。

 

 例えば………条約で密かに禁じられているゾディアックの力を、封印を破って行使した者を排除する為、とかだ。

 

 他国にはそんな大義名分をけしかけ、黙認させたのだろう。

 

「力を封じた状態とはいえ、準軍事組織であるプロキシオン騎士団にゾディアックの自分がいると知られたら、世界各国から条約に基づきヘスペリデスでの徹底的な隔離・監視が求められる。だから自分がヘスペリデス行きになるよう、意図的に情報を流した訳ですか……。そして用が済んだら、今度は政府の中枢から一番離れた北部戦線に島流し……口封じのつもりですか?おそらく国王陛下も真実に気付いていますよ」

 

「だろうな、だが証拠がない。如何に陛下とてどうにもならない」

 

連れて行け、と顎でしゃくられ。再び両脇を騎士達に固められる。

 

「あぁそうだ、お前の婚約者が会いたがっていたぞ。なんなら予定を早めて来月にでも式を挙げればいい」

 

視線を後ろに向けると、バルトがそんな事を言ってくる。

 

「……実の妹を敵対する相手と結婚させるんですか?」

 

「俺が何か言った所で、アレが聞くと思うか?」

 

「…………ですね」

 

自分が知る誰よりも可憐で、芯の強い彼女ならば、王位継承権を放棄してでも自分について来るだろう。

 

「さて、これで暫く会う事もないだろうが………これからどうする気だ?あの島のガイスト達は元いた国々の収容区に戻される。お前と生きて会う事はまずないだろう」

 

「彼女達は強い、いつかまたヘスペリデスを復活させますよ。いずれ世界が彼女達ガイストを受け入れる日が必ず来る。共に手を取り合えなければ、どちらとも滅ぶだけだ。その時は-----------」

 

アイレンは一旦言葉を切ると、改めてバルトを見据える。

 

「俺が-----------彼女達と世界の架け橋になります。俺はガイストと、この世界を必ず救ってみせるッ!!」

 

 

 俺が全てを守る-----------優雨達と交わした約束を、まだ果たしていない。

 

 まだ-----------何も終わっちゃいないッ!!

 

 





 これにて第一章【精霊使いの楽園】編は終了です。次回から第二章に突入します。引き続き、応援よろしくお願いします。
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