幕間の物語・第二章プロローグ 再会の兆し
『我々ガイストは人間である。たとえ世界に拒絶されようとも、必ず生き抜いてみせる---------』
【神星歴1904年------特別行政自治区・『ヘスペリデス』初代主席、シルヴィア・V・ユースティス】
『第1次ズュートゼー攻防戦』によるヘスペリデス壊滅から、3年の月日が経過した---------。
この地上で唯一、自分達が人間として生きる事を許された大切な居場所---------それを理不尽に奪われた後も、式織優雨の人生は苦難の連続だった。
祖国である『神国ウルサ・マヨール』に強制送還された優雨を待ち受けていたのは、ガイスト専用の収容所への再収監と、周囲からの際限なき罵声だった。
鬼子……悪魔憑き……魔女……憎悪に満ちた群衆からの罵詈雑言と蔑みの視線は、容姿なく自分を締め上げた。一番辛かったのは、自分と同年代の少女からも、同様の言葉を投げつけられた事だ。
『私の父と母は戦争で死んだ!なのにどうしてお前が生きてるッ、人殺しの生物兵器……人間もどきのガイストがッ!!』
ガイストと人間の違いなど、せいぜい体に【精霊紋】があるかないかくらいのものだ。確かに自分達が持つ力は強大だし、恐怖を感じられるのも仕方がないのかもしれない。けれど、それだけでガイストを---------自分達の生を根本的に否定されるのは、決して我慢できなかった。
優雨が放り込まれた特別収容所は、奇しくも自分が小さい頃に生活していた場所だった。
両親から引き離され、日々の強制労働に耐えながら、死にたくない一心で生きてきた。
ここから出る方法は2つ。死ぬか------、看守にレイプされて能力を失うかだ------。
劣悪な環境下での生活に耐えられず、後者を選んだガイストは少なくない。処女を棄てるだけで一応の人権が回復され、人間社会に戻れるのなら、見ず知らずの男に抱かれる方がまだマシだった---------。
もっとも、倒錯したブタ野郎に全身をズタズタにされ、惨たらしい最期を迎えたケースもあった為、その後、変な気を起こして近づいてくる看守には、皆命懸けで抵抗した。
同じガイストでも、全員が味方ではなかった。閉鎖的な空間ではたびたび暴力が繰り返され、同房のヤツに殺された者もいる。一番最悪なのは、自分が迫害から逃れる為に、看守と共謀して他のガイストを虐待するヤツもいた事だ。
収容所内に満ちたやり場のない苦痛と絶望が、ガイスト達の精神を蝕んでいたのである。
自分達を教え導く大人も、支え合う仲間もいない---------。
そんな自分を救ってくれたヘスペリデスも、もはや存在しない。
何度も心が折れそうになった。生きる上で必要最低限の食事を与えられながら、孤独と恐怖を相手に必死に戦っていた。かつてのクラスメイト達も、今頃同じ様な仕打ちを受けている最中だろう。いずれ皆んなと再開する為だと思えば、なんとか耐える事ができた。
そして、収容所への再収監から半年が経った頃---------。完全に生きる希望を失って、何もかも諦めそうになっていた時。突然、収容所が解放された。
訳も分からず、久しぶりに収容所の外へ足を踏み出した瞬間、見覚えのあるスーツ姿の女性達が自分達を出迎えた。
そこで伝えられたのは、衝撃の事実の連続だった。
ガイストの人権が正式に認められた事------。人権の回復と引き換えに、能力に目覚めたガイストは精霊の力を喪失するまで、ヘスペリデスでの隔離生活を送る事------。
『コールダー粒子』の生成と『ミスリル』の採掘といった生産義務は課されるが、以前と違うのは、リュージョン連合の管理下から離れ、完全な自治独立組織として再結成された事だ。
今までの様な支援は受けられなくなるし、防衛や治安維持、行政全般も含めて全てを独力で行わなければならないが、それでもガイストの自由は、ヘスペリデス領内に限って完全に保障されるとの事だ。
同時に、ヘスペリデス学園も復活する事が決まり、自分達は壊滅した楽園を甦らせ、そこに戻る事を許された---------。
これらの背景には、世界中で増大しつつあるガイストのコントロールが、各国で困難になりつつあった事と、監視と隔離という名目で、ガイスト達を一般社会から引き離し、希少資源確保を目的に有効活用する為……らしい。
それに加え、かつてヘスペリデス学園の責任者を務めていたシルヴィア・V・ユースティスをはじめ、ガイストの身内や関係者が『ガイストの権利回復』を声高に社会に訴え続けた努力が身を結んだのもあったらしい。
ガイストは人間の生活を求め、人間は『資源』を求めた----------。
その結果、解決策として実施されたのがヘスペリデスの再建だったという訳だ。
内心は色々と複雑ではあったが、少なくとも今までの様な弾圧は行われなくなる----------。それだけでまだ希望が持てた。
世界中から精霊の力を宿した少女達が保護され、ヘスペリデスへと送り込まれた。
何者かの悪意により、消滅したヘスペリデスを再興するのは簡単ではなかったが、自分達の居場所を取り戻す為だと、かつての仲間と共に苦難の道を進んできた。
そして現在、神星歴1904年4月---------。
*
式織優雨は、新設された生徒会室の窓から、復興したヘスペリデスの美しい景色を眺めていた。
あの日に観た地獄は、時の流れとともにすっかり消え去っていたが、自身の心の内側には、あの時の光景が、血潮と死体の臭いが、目の前で死んだ友の最期が、深く刻まれたままだ。
「------生徒会長、例の指令書の件、無事完遂したそうだ」
背後から黒のスーツに身を固めた
「そうですか……」
窓から外の景色を眺めたまま、優雨は答える。有栖が正面の出入り口から退出すると、不意に呟く。
「やっと会えますね…………アイレン先生」
ウミネコの鳴く声が、ズュートゼーの海に響き渡った。