壊却のオフィウクス   作:唯尊

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第四話 仮面の男

 

 ヘスペリデス本島は他の島々から一番遠く、ヘッツァー島からは200キロ近く離れている。他の島々から一番外れた海域に位置しているこの島に学園が置かれている理由はやはり外界との徹底的な隔離の為だろう…と、アイレンは強めの風を浴びながら思っていた。

 

 陽光でサファイアの様に輝く海原に出て既に2時間は経っている。有栖が操縦するボートは最高時速80キロを出せる高速艇で、空よりは少し狭い水の世界の表面を疾って行く。

 

 ヘスペリデス学園の校章が施されたボートは最大でも5人しか乗れない程狭く小さいが、その分速度がある為、風と波を切る音はアイレンを退屈させないスリルがあった。風を切り長い黒髪と制服をはためかせる有栖のスカートは短く、途中勢いよく捲り上がって思わずギョッとするが、健康的な長い美脚の腿の辺りから腰までを黒いスパッツが覆っていてホッとした。

 

「少し速すぎますかー!?」

 

「いや!風と波が気持ち良い、そのままスピードを維持してくれ!」

 

立ち姿勢のまま舵を執る有栖はエンジン音に負けない大声でこちらを気遣ってくる。最高速度のまま港から沖まで来ているが、最新のモーターボートの速さはアイレンにとって大変新鮮な刺激となっている。

 

「凄いな!ボートレーサー志望か?」

 

「いいえ!仕事柄色んな免許を取る事になっただけです。けど乗り物は好きですよ!」

 

 ボートを走らせて体が風とスピードを浴びた事により気分が少し晴れたのか、ようやく有栖は真の元気さを垣間見せる。話す時を見計らっていたアイレンは慎重さを忘れずに彼女に話しかける。

 

「-----少しは元気になったか?」

 

「え------?」

 

突然の言葉に有栖が目を丸くする。

 

「朝からずっと顔色悪かったからな…、正直心配だったんだ」

 

「あ…あぁ……、すみません。顔に出てましたか?」

 

「隠そうとしていたのは分かったな」

 

「あ…あぅぅぅ…」

 

少し恥ずかしそうに顔を赤くすると、やがて沈鬱そうに顔を伏せる。

 

「…昨日、襲撃された輸送機に乗っていた人達の葬儀が行われました」

 

ポツリと呟かれた言葉は海の底へと落ちていく。彼女の背後の席に座るアイレンからはその表情が窺えない。

 

「あの襲撃で帰省していた生徒・職員合わせて死者547名、行方不明者98名が出ました。今も救助捜索は続けていますが……彼女らの大半が遠洋の離れ過ぎた海域に投げ出されたので、その…遺体の回収にも難攻しているらしく…」

 

「……彼女らを守れなかったのは俺たちの責任だ」

 

ヘッツァー基地に駐留しているリュージョン連合軍の主な任務はヘスペリデスの島々の防衛にある。アイレンの籍はヘスペリデス学園に置かれたが、仮にも騎士の立場である自分があの場において務めを果たせたとは言えなかった。抑えた声で謝罪に近い言葉を発すると、有栖は前を向いたまま首を横に振る。

 

「…良いんです。チェルノボーグによる襲撃なんて今まで無かったんですから…、それに………もうお別れは済ませましたから…」

 

アイレンは無言で続きを促す。

 

「仲の良い友人や先生方が沢山亡くなりましたが……私は生徒会長です。今は悲しんでる時間なんてありません。学校内は不安や恐怖に満たされています。私が皆んなを取りまとめないと…」

 

そう言いながらボートの舵の把を強く握りしめる有栖、アイレンには表情こそ見せないものの、声から滲む悲しみと悔しさに震える声までは隠しきれていない。そんな少女になんと声をかけた物か解らずにいると、有栖は話題を変えるかの様に声のトーンを幾許か明るくして話す。

 

「-----そういえば、少尉はどこのご出身ですか?」

 

「……ウルサ・マヨール」

 

「あ、そうなんですね!私も同じなんです」

 

少し間を空けて答えると、同郷の人間と会えた事が嬉しいのか、有栖の顔が少し綻ぶ。

 

「東洋人だからもしかしたら…と思ったんですけど、まさか同じウルサ人だとは…」

 

「いや、俺は日本人だ」

 

アイレンは有栖の回答をバッサリと切り捨てた。すると有栖は思わずビックリした様な顔で背後のアイレンに振り向きかけ、「事故るぞ」と注意され慌てて向き直る。

 

「両親が日本出身なんだよ。まぁ、俺自身はウルサの生まれだけどな…」

 

「あぁ…なるほど…」

 

納得した様子の声を漏らした有栖。しかしその時、ふと有栖の脳内に疑問符が浮かんだ。

 

「あの……聞いてもいいですか?少尉」

 

「…なんだ?」

 

「……何故極東の島国であるウルサ出身の貴方がプロキシオンの騎士に?」

 

「…………………」

 

アイレンは答えない。操艦中の有栖は今の彼がどの様な顔をしているのか知る術を持たなかったが、明らかに踏み込まれる事を拒絶する様な沈黙を返された以上、それ以上追求する事は躊躇われた。

 

 しばらく気まずい沈黙が続く。

 

 重い波を力強く掻き分ける音…モーターボートのエンジンが獣の様に唸る音…海水が跳ねる軽やかな音…海鳥の間延びした鳴き声の音……目を閉じたまま波に揺られていると、一見何も無い様に見える水平線の世界も、あらゆる音が存在する。音のある場所には必ず何かが在る。それがどの様な物でも自分と同じく確かにこの世界に存在しているのだ。それを耳で聴いていると、『お前は生きているぞ、この瞬間を。俺たちと一緒に生きているんだ!』と励まされている様に思った。魔素に祝福されし生命達からの喝采を浴びながら、アイレンは忌まわしい記憶が脳裏から消されるのを感じながら、そのまま心地良い眠りに着いた。

 

 

 

 

------声が聞こえる。女性の声がぼんやりした薄闇の中を響く。

 

「-------少尉……ユクスキュル少尉……起きてください?」

 

ゆっくり瞼を開けると、眠りに着く前と同じ船上の光景が視界に映る。

 

「着きましたよ」

 

有栖に言われ体を起こす。いつの間にか眠っていたらしく、既に目の前にはヘスペリデス島が迫りつつあった。

 

ヘスペリデス島------南洋であるズュートゼー海の南に位置する全面積約5.000平方キロメートルを誇るこの島は、かつてイプト(イプト・アル・ジャウザ連邦共和国の略称)の領地であり、現在はヘスペリデス学園の私有地となっている。

 

ボートは既に減速しており、大声を出さなくても普通に会話が可能となっていた。有栖から距離は残り数百メートルと言われたが、島に聳え立つバカみたいにデカい山のせいでアイレンはイマイチ距離感が掴めない。

 

「随分デカい山だな」

 

「ここの霊脈が魔素で火山を生んで、それが噴火して出来た島ですから」

 

「じゃあ…アレは火山なのか?」

 

「はい、火山であり霊脈の中心部です。今は噴火しませんし、そのおかげで地熱発電が出来て色々と助かってるんですよ」

 

ほぉ…とアイレンは感心した。世界大戦とその後のゴタゴタでどこも慢性的なエネルギー不足に悩まされている状況にもかかわらず、ここはそんな心配がないと言う。

 

「それじゃあ風呂も入り放題か……こんな時だし、着いたら早速入りたいもんだな…」

 

この暑さで既に全身が汗まみれなのだ。すると有栖が口を開く。

 

「その前に生徒会室で異動と配置の最終確認です。お風呂はその後にしてください」

 

「お互い汗まみれなんだ、君も入った方がいい」

 

「………………」

 

瞬間、冷たい目でジロリと睨まれる。

 

彼女には遠回しに『身も心も疲れ切ってるだろうから風呂でゆっくり休め』と言ったつもりだったのだが、どうやら『汗臭いから風呂入ってこい』と受け取られたらしい。アイレンにそんな気は毛頭なかったのだが、やはり思春期の少女にはもう少し気を使って話すべきだったのだろうか。

 

 先程とは違った意味で気まずい空気に満たされる中、訂正しようとアイレンが口を開きかけた時------。

 

「------ッ!?伏せて!!」

 

「ッ…」

 

有栖の言葉に反射的にボートの上で伏せる。刹那、アイレンの頭上数十センチ上を何かが高速で擦過する。ソレが近くの海面に激突すると、一瞬で海水が蒸発------強烈な蒸気を上げながら轟音と共に爆発した。

 

------光線ッ!?

 

 アイレンが顔を上げると、地上から100mも離れていない空では壮絶な魔術戦が行われていた。

 

有栖が着ている物と同じ、青と白が特徴的な薄手のブレザーと比較的短めのスカートはヘスペリデス学園の制服であり、それを着込んだ10代前半から半ばの少女達が1人の男と対峙していた。空中に浮かぶ彼女らは魔法で空気を操りながら飛び回り、手にしている武器を振るう。各々の装備は剣、槍、弓、本、杖とバラバラだが、それらは決して旧時代のアンティークなどではなく、魔法で生み出された特別な武器だと悟る。

 

 数えてみれば彼女達は5人いたが、誰も敵の男に傷一つ負わせられてない。しかし、それ以上に目を引くのはその男の容貌にある。

 

 身長は180cm弱だろうか、煤で汚れあちこちが破けたボロボロの黒いマントで全身を覆い、内側から覗く手足は判読不能な古式魔術の文言が描かれた包帯に巻かれ肌が見えない。清潔感の無い白い髪は肩まで伸び放題になっており、何より肝心の顔はアイレンが地球で見た古代ローマのグラディエーターが使用していたマスクに装甲を追加した様な重厚な物で隠されている。素顔は確認出来ないが、胸の膨らみがなく筋肉質な体型からかろうじて男性だと確認できる。

 

 そんな男の前に長い金髪を靡かせながら、あの中では最年長と思われる少女が果敢に槍を構え突撃する。

 

「『光よ貫け、その一閃は疾く鋭く------ライトニング・スピア』!!」

 

少女が構えた槍の先端から滅失の光線が放たれる。音速よりも早い光速の一撃は男の胴体を貫く------かと思われたが、被弾すると同時に男の姿が陽炎の様に掻き消えた。

 

「ッ……どこに…!」

 

金髪の少女が呟いた時、その背後についていた少し短めの黒髪をワンサイドアップにした少女がふと悪寒を感じた。恐る恐る背後をみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------鈍い銀色を放つマスクが鼻の先にあった。

 

 

 男は一言どころか呼吸音すら発さない不気味な静謐を纏って少女を見据えている。視界どころか光すら通さない様なマスクの奥から、凍てつくほどの冷たい視線を感じた黒髪の少女------式織優雨は恐怖と共に息が詰まる感覚を覚えた。

 

「ア……」

 

金魚の様に口をパクパクさせながら呼吸を求める様に喘ぐが声は出ない。体内を血と共に巡る魔力が強まる拍動に掻き消され。やがて魔法を維持する事が出来なくなり、持っていた弓が霧散----消失する。

 

「優雨さん!!」

 

慌てて金髪の少女が向かうが、その前に男の腰のホルスターから抜かれたガバメント・クローンが彼女の眉間を至近距離から照準、恐怖で動けない少女に対し引き金を------。

 

 

 

 

------『Zusammen(共に)!』

 

突如、足元から聞こえた怒号に下を向く。直後に銀の輝きを持つ短槍が軌跡を残しながらガバメント拳銃に直撃------空高く弾き飛ばす。

 

 信じられない物を見るかの様に仮面の男は自身の手を見遣る。槍の切先が僅かながら拳銃の持ち手を切り、流血させていた。

 

 やがて男は短槍を投擲した者を確認しようと下を見る。高速で動くボートの上から此方を睨み据える青年がいた。

 

 身長180cm、硬く荒んだ黒髪をオールバックにした格闘家の様に引き締まった身体付きの20代前半の男。東洋系だが顔の彫りは深めでやや大きめの目は眼光が鋭く、薄茶色の瞳は烱々と光っている。濃緑と薄緑を基調としたフレクター迷彩のBDU(戦闘服)の下からでも筋肉の厚みが伺える程鍛え込んでいる。

 

 仮面の男は暫くの間その青年------アイレンと無言のまま睨み合っていたが、やがて何を思ったのか、突然目の前の少女を無視して島の森林地帯へと急降下した。

 

「…!逃すかッ」

 

「ち、ちょっと!」

 

背後から聞こえる有栖の制止の声を無視して飛行魔術を無詠唱で展開、魔力で寄せた集めた空気を風として自身の周りを包み込み------逆巻く。

 

瞬時に発生した突風で体を弾き飛ばす様に森林地帯に飛び込んで行った。

 

 有栖が呆然としていると、ガバメントを突きつけられていた優雨が系の切れた人形の様にフッと意識が途切れ、それまで何とか保っていた飛行魔術が消失、落下が始まる。

 

「!優雨さん!」

 

「優雨!!」

 

金髪の少女が叫ぶより先に茶髪をショートカットにした少女が高速で自由落下する優雨を地面に激突する寸前で受け止める事に成功する。

 

『こちら由花。優雨を無事確保したよ!』

 

ショートカットの少女がBluetoothイヤホンから全員に仲間の無事を伝えると、それぞれから安堵のため息が聞こえた。

 

そんな中、金髪の少女がふと疑問を呟く。

 

『あの人は…一体…』

 

その一声に周囲の少女達が三々五々に口を開く。

 

『槍の先端に魔力が篭っていたけど、武器そのものからは魔力を感じなかった……私達の『精霊武装』とは違う』

 

『槍の投げ方も凄かったしね……並の使い手じゃないよアレ』

 

『一体……何者…』

 

戦闘中、下から投げられた高速の槍。その使い手は既に森に姿を決してしまったが、アレは間違いなく男性だった。…ここには本来いない筈の男が2人も存在し、うち1人は自分達を襲い、もう1人は助けてくれた。混迷する状況に混乱しかけた少女達に、突然別のチャンネルから無線が入る。

 

『こちら有栖!お前たち大丈夫か!?』

 

切迫した声を発したのはボートからこちらを見上げる火打羽有栖だ。自分達『討伐隊』の指揮官である彼女に全員無事の知らせを返すと、有栖は安心した様にホッと一息吐く。

 

『ともかく全員学校に戻れ、私がいない間に何が起きたか聞きたい』

 

『はい!……あの、生徒会長。あの人は…』

 

金髪の少女------ユリーナ・ファン・ファンセンフセは遠慮気味に尋ねる。すると有栖は生徒会長の面目で話す。

 

『以前言っていた新人教師だ------後でお礼を言う様に』

 

 

 

 

 

 リュージョンの生態系は地球と大して変わらないとアイレンは思う。温暖な地域、寒冷な地域、乾湿な地域にそれぞれの環境に適応した生物が自生している。ヘスペリデス島の大部分は亜熱帯気候に分類され、植生は常緑広葉樹が主体となる亜熱帯林が成立していたが、アイレンが仮面男を追って入った高山地域は温帯気候に分類されるのか、気がつくとアイレンの周りは落葉広葉樹林や針葉樹林、あるいはそれらが混ざり合った混合林に囲まれていた。

 

 鬱蒼としげる木々を開きながら進む。既に仮面男の姿はない。

 

「クソ…どこに…」

 

その時、前方の茂みの奥から銃声が聞こえた。重い響きを空気に刻む45口径弾が数発撃発される音を聞き、アイレンは歩を早め目の前の薮を突き破る。すると目の前に小さな山小屋が現れる。石造りの壁は蔦の侵食がかなり進んでおり、屋根も端が欠けている辺り相当古い建物だろうと推測できる。

 

------銃声が聞こえたのはここだ。

 

 腿のホルスターからSIG SAUER P250を抜き扉の前に立つ。古びた木製ドアの前で呼吸を整えると、覚悟を決め蹴り破る。同時に屋内に入ると、カビ臭さと湿気、そして-----------血臭がした。

 

 物置小屋として使われていたのか、辺りにはハンマーやパイプレンチ、その他工具や建築資材らしき物が所狭しと並んでいたが、その中央には1人の男がアイレンに背を向けて佇み、その傍には……人間だった肉塊が2つ、血と臓物をぶち撒けて転がっていた。よく見ればヘスペリデス学園の女子生徒だ。

 

 物置小屋の隙間から差し込む陽の光に照らされる仮面の男にSIGを照準する。

 

「逃げるのは終わりか?仮面野郎…」

 

低い声で恫喝するアイレンに対し、仮面の男はゆっくりと此方を振り向く。

 

「こんな女しかいない島に何しに来たんだ?新手の変態か痴漢か?」

 

「…生憎とどちらでも無い」

 

仮面の奥から響く声は爽やかなテノールの美声だ。リュージョンでは聞き慣れない独特な巻き舌の英語を話している。素顔を見せる事を頑なに拒絶する鉄製の仮面越しに聞くと妙に不気味に感じる。やがて生気を感じない緩慢な動きで此方に身体ごと向けると、

 

「何故なら、この子達を殺したのは…………私だ」

 

瞬間、アイレンの脳が目の前の男の危険度を更新、すぐさま排除にかかる。神速の踏み込みから放たれた掌底が鉄仮面の顎を捉え------直前に止められる。

 

「!?」

 

「悪くはない…だが…」

 

完璧な間合いからの一撃を止めると、一拍置く間もなく腹に拳が打ち込まれ、肺から空気が絞られ蹲る。

 

「ガッ……シィッ…!」

 

後ろへ数歩たたらを踏むが、負けずと立ち向かい顔面に三本連突きを放つが全てを腕で防御される。やがて仮面男の上体が沈むと後ろ回し蹴りが跳ね上がる様にアイレンの側頭部を捉える。至近距離からの回転蹴りをすんでの所で両腕を頭部に付けるようにクロス、直撃は防いだものの余りの威力に体が横に吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる。倒れたアイレンを仮面男は無言のまま見下してくる。

 

 先程の死人じみた希薄さが消え、暴力的な生命に満ちた力で獣じみた動きに変わる。こいつは一体…。

 

 その時、扉から黒スーツ姿の女性------おそらく学園の職員3人が短機関銃を構えながら突入してくる。

 

「教え子たちの仇だ!!」

 

「バカッ、やめろ!」

 

アイレンの制止を無視して3人は発砲、しかし弾丸は全て仮面男の体をすり抜けていく。蜃気楼が生み出した幻影を撃つかの様に。

 

 やがて全ての弾を撃ち尽くすと、仮面男は3人に首だけを巡らせる。悪寒を感じてアイレンが動こうとした時、

 

-----------3人の内1人、1番右の職員の首が不可視の刃で跳ねられた様に飛んだ。

 

「え…?」

 

中央の職員が間の抜けた声を上げ右隣を見遣る。右隣の同僚の身に何が起きたのか理解できぬまま、右から中央、左へと攻撃を次々と受ける。

 

首から噴水の様に鮮血を噴き出しながら倒れる3人が視界に入るや否や、憤怒に駆られたアイレンが瞬時に構え、全身に張り巡らせた魔力を拳足に集中----強化する。

 

蒼部式戦闘術、壱の型四番------!

 

「『驃騎・白毫地』ッ」

 

渾身の上段蹴上げが顎の動きだけで躱されるが、すぐさま技を繋げる。

 

「『驃騎・兜赤望舒』ッ!」

 

続け様に放たれた飛後ろ回し蹴りが仮面男の顔面に直撃、頸がメキメキと折れる感触を確かに感じた。

 

殺った!-------と思ったのも束の間、再び体が影の様に揺らめきながら輪郭を曖昧にし、パン生地の様に上下左右に引き伸ばされながら数秒で元の姿に戻る。

 

「な…!」

 

「------驚いた。君は私を傷付けるだけではなく、私の攻撃を回避する力もあると見た」

 

仮面男の声は透き通った澱みのない声だが、そこには一切の感情がこもっていない平坦な機械音声に聞こえた。

 

「君は色々と興味深いし、今すぐにでも捻り殺したいが……他にやる事があるから今日はこれまでだ。……名前は?」

 

「アイレン・H……ユクスキュルッ」

 

「アイレン……アイレンか…」

 

仮面男は口の中でそう何度も呟くと、やがて身体が揺らめき存在が希薄になっていく。

 

「また会おう……アイレン君」

 

「貴様……何者だ」

 

「私は全てを始める者------その為に全てを壊す」

 

そう言い残して、仮面男は目の前から消失した。

 

後に残ったのは、死闘により荒らされた屋内と、死体だけが戦いの壮絶さをもの語っていた。

 

 

 

 

 

 

山を降りる途中、学園の女性職員達と遭遇した。本来この島にいるはずのない男であり故、不審者として銃を向けられたが、身分証を提示し異動してきた者だと説明すると銃を下ろした。これまでの経緯と事情を話した後、彼女らを物置小屋に案内したが、屋内の惨状を目の当たりにするや否や、小屋から飛び出し草地の上に嘔吐していた。よく見れば彼女達が装備している短機関銃は安全装置が掛けられたままだった。山の中でいつ敵の襲撃があってもおかしくないという状況にも拘らず、銃のマズルコントロールとトリガーコントロールは素人同然、周囲への警戒姿勢も成っておらず、明らかに戦闘技術が一切ない人間の動きだ。

 

 不安はあったものの、とりあえずその場は彼女らに任せ、自分は指示された場所まで1人で行く事となった。飛行魔法を使えば一気に辿り着くだろうが、今、島内は仮面男の襲撃で厳戒態勢が敷かれているはずだ。正式な立場が公表されていない今の自分が空を飛べば、‘いるはずのない男の不審者'として攻撃を受けかねない。故に徒歩で行く事にした。

 

 山を降り森林地帯を抜けると港に辿り着く。そこには腕組みをして仁王立ちしている長身の少女が待ち構えていた。長めのポニーテールを風に揺らす彼女の表情は明らかに怒っていた。

 

「勝手な行動は慎んでください。貴方の事はまだ正式に公表されていないんですから、生徒たちが不安になります」

 

「悪かったよ…」

 

年下に説教されるのは普通に気分が悪いが、言ってる事は理にかなっているので文句は言えない。

 

「…ですが、貴方は私の後輩達を助けてくれました。その事には感謝しています……本当にありがとうございました」

 

平身低頭の姿勢で礼をする有栖。アイレンは軽く手を振る。

 

「礼は不要。やるべき事をやっただけだ…、それより学園に案内してくれ、早くクーラーの効いた建物に入りたい」

 

とにかくここは暑いのだ。

 

「そうですね…、ではついて来てください。歩いて15分かかりませんから」

 

そう言って有栖は舗装された綺麗な道を歩き出し、アイレンはそれについて行く。

 

歩きながら、アイレンはプロキシオン騎士団の『仔犬と大剣』が描かれた金色の徽章が付けられた黒いベレー帽を被り直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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