リュージョンに地球の手が加わって以降、それまでの常識が根底から変わった。国にもよるが大抵の場合、身分階級の廃止、奴隷制度の廃止、表現・思想の自由、自由民主主義、共産主義、基本的人権の誕生…。
様々な事が変わった現代だが、中でも教育の自由と制度化は大きな波紋をもたらした。それまでは貴族や豪族などの一部上流階級の人間しか教育を受けられなかった所を、現在では納税さえしていれば誰でも最低限の学びを得ることが出来る。『学問と知識は人を豊かにする』という言葉は紛れもなく真実であり、それまで考えられもしなかった形でリュージョンに大きな変革をもたらした。
アイレンが招き入れられたヘスペリデス学園も、地球によって門戸が解放された学舎の一つであり、文明社会において欠かせない存在となっている。ただ……この学校がリュージョンで見られる一般的な義務教育を行う初等学校や中高大学といくつか違う点が見られる。
ひとつは年齢層が幅広い事だ。ここには11歳〜18歳の人間が寮生活を行い、島で一年の大半を過ごしながら学園に通っている。学園に通う生徒は皆女性であり、彼女らを教え導く教員やサポートスタッフ、その他関係職員全員までもが同様である。
ふたつ目は……ここで教わる事がリュージョン人類の存亡に深く関わっている事。
そして三つ目------------生徒はみな普通の人間ではない。
「どうぞ」
ヘスペリデス学園・生徒会室にて、有栖からビニールに包まれたクリーニング済みのスーツが手渡される。仕立てが良く生地も上質だがリュージョン製ではない。よく見ると『フランス・2010年製』と記されていた。アイレンはあまりスーツに詳しくないのだが、どうやらフランスの高級ブランド、『ランバン』のダークネイビースーツの様だ。
「以降、学園ではそれを仕事着、正装としてください。今のその格好では生徒達が不安がります」
「…確かにな」
アイレンは自分の姿を見下ろす。森の凶戦士を彷彿とさせる緑色が強い戦闘迷彩が描かれたBDUは、女子校では明らかに悪目立ちする。『現代において戦闘服は騎士の鎧であり、鎧を己の一部として誇れ!決して肌身から離すなッ』と戦闘服に対する認識、心構えは騎士団で散々教え込まれたアイレンだったが、今の自分には騎士である前に教師として振る舞う事を求められている。スーツを受け取る際、その様な相手側の要望を強く感じた。
「着替え終わったらこの島の司令官をご紹介します。その後私と一緒に集会場まで行き、そこで開かれた全校集会にて少……ユクスキュル先生を皆に紹介します。集会が終わり次第配属される教室に案内し、クラスのメンバーに改めて紹介後、授業の見学をしてもらいます。学校が終わった後は生徒会で用意した宿舎に案内し帰宅、明日以降のスケジュールはそこで話します。------何かご質問は?」
「……ひとつだけいいか?」
アイレンはやや重々しく口を開く。
「君は……俺の事をどこまで知らされている?」
「………」
無言で返される。言いたくない……というよりは、どう返せばいいのか迷っている感じの様子だった。
「…そうか」
短く応じると、有栖は小さく頭を横に振る。
「すみません…。その……私も最低限の情報しか与えられていないんです。ユクスキュル先生の力の詳細や過去を知っている者は、おそらくこの島では学園長くらいだと…」
歯切れが悪くいうと、それきり有栖は黙り込んでしまう。
「…俺がこの島に送られた理由は知ってるか?」
「はい…」
今度は即答される。だが何を知らされたのか、その表情はどこか心配そうだった。
「なら大丈夫だ。俺は確かに異質な存在だが、君らの味方には変わりはない。それより----------ここで着替えるのか?」
生徒会室にはアイレンと有栖しかいない、ここで年頃の少女にむさい野郎の着替えシーンなんて誰が見たがるのだろう。有栖はハッとした表情をするとコホンッと軽く咳払いし、くるりと踵を返す。
「…終わったら呼んでください」
去り際の有栖は若干顔が赤かった。可愛い反応だが、おそらくそれまで男性禁制だった学園での生活が長かったからだろう。
……そんな場所にいる自分もまた、かなり------あるいはそれ以上に特別な存在なのだろう。
------------’男のガイスト'なんて-------。
*
着替え終わった後、案内された司令官室は大画面のディスプレイが目立つ近未来的な様相だった。掃き清められた室内は目が痛くなるほど白い壁や床が光を反射していたが、その光を差し込ます大窓からは豊かな島の自然と広い海が一望出来る為、ここでオフィスワークするのも悪くないと思える環境だった。
「ようこそ、ヘスペリデス学園へ。私が本校の保安管理と直接防衛を任されている。風森冬華だ」
目の前にいるスーツ姿の女性はアイレンとそこまで年が変わらない様に見えた。
「君が配属されるクラスの担任でもあり、リュージョン連合軍の大佐を務めている」
ショートボブの黒髪と160そこらの背丈、若干小柄に見える体格と小顔は目の大きさも相まって幼い印象を与えるが、雰囲気と気迫は間違いなく司令官の名に相応しい貫禄を備えている。
アイレンは敬礼しようと姿勢を正すが「学園で敬礼はよせ」と止められる。彼女は皮椅子から立ち上がり微笑を浮かべながら手を差し出してきた。
「アイレン・H・ユクスキュルです。よろしくお願いします。大佐殿」
握手に応じ冬華の手を取る。女性らしい小さく柔らかい掌だったが、明らかに兵士の手ではない。クールで真面目な雰囲気を醸し、動きもキビキビとしているが、アイレンからしてみれば軍人ではなく文官タイプの官僚に思えた。
「ここで大佐殿はよしてくれ、君も私もここでは一教師に過ぎん。敬礼も不用だ。…まぁ大佐と言っても、私は大学在学中に予備士官教育を受けて任官した身だ。この島でまともな軍歴があるのは君だけだよ」
冬華は苦笑しながら言うと、皮椅子に戻り腰を落とす。真面目な顔つきに戻ると、改めてアイレンに向き直る。
「…さて、君はこの学園の存在理由を知っているかな?」
アイレンは黙ったまま頷く。
「『精霊紋』を持つ女性---------'ガイスト'の保護育成を目的とした魔法・魔術学校です」
「その通りだ。16年前のリュージョン大戦勃発直後、大量破壊兵器や神域魔法により、世界中に存在する霊脈が破壊、或いは汚染された。古来よりリュージョンは霊脈から発生する魔素により、生命が育まれ、生物が呼吸するための酸素を作り出し、それらを魔力に変換し、魔法や魔術で莫大なエネルギーを生み出し、それらによって自然が形成され、人類社会が成り立っていた。そんなリュージョンの根幹が破壊され、魔素の供給量が激減した事により、魔法や魔術は致命的な弱体化に陥った。------そんな中、ひとつの希望が現れた。それが精霊紋保持者------通称、ガイストだ」
リュージョンに存在するあまねく精霊たちは、大戦前まではリュージョンにおいて、火、水、風、土、光、闇の魔法属性を司る存在だった。これら6属性は全て魔素からなる存在であり、術者が魔力に変換後、魔法として行使する上で、精霊なくしては属性魔法は使えなかった。
「精霊たちはみな霊脈から誕生し、霊脈から供給される魔素が生命源だ。だが大戦で正常に機能する霊脈が減少すると、精霊たちは次々と死に絶えた。が……その後霊脈は、新たに生まれる精霊たちの生態機能を変え、魔素の少ない環境下でも生き残れる様に進化させた。それが『精霊紋』だ」
新たに生み出された精霊たちは、第二次性徴期の少女たちに対し、魔法の素質の有無に関わらずランダムに憑依し、それが形となって現れたのが精霊紋と呼ばれる。精霊紋は自然学的な紋様であり、サイズや色などは個人によってバラバラであり、紋様の位置も同様だ。
「精霊紋に宿る精霊たちは自ら直接魔素を取り込むのではなく、精霊紋保持者が日々の呼吸や食事によって体内に取り込まれる魔素を分けてもらう形で当人と共存している。そんな精霊に選ばれし少女達が16年前から現れ、彼女らは精霊つき------ガイストと呼ばれる様になった」
ガイストは己の精霊紋に宿る精霊との共存の見返りとして、魔法の素質がなくとも属性魔法が使える。火の精霊が宿る少女は炎を、水の精霊が宿る少女は水を無条件で生み出す事が出来る。
「大戦前は通常魔法の素質に加え、精霊との相性が良くなければ属性魔法は使えない。しかも精霊との直接契約でもしない限り、術者の体内魔力を体外にいる精霊を通じて放出する羽目になるからな、魔法の使用料よろしく放出した魔力の大部分が魔素に分解されて精霊に取り込まれる為、非常に燃費が悪かった。だが、ガイストにはそんな縛りがない。いくらでも強大かつ大きな利益を生むのが属性魔法だ。それを魔力が尽きない限り事実上無制限に稀少資源やエネルギーを生み出せる。彼女らの力は荒廃したリュージョンを復興する上で欠かせない存在……人類最後の希望なんだよ」
「そんなガイスト達の力を伸ばし、世界に奉仕させる為に、この学園は造られた…」
アイレンが最後の辺りを意訳すると、冬華は微笑を浮かべたまま頷く。
「まぁそんな所だ。とはいえ今説明したのは表向きの理由、もうひとつは……君が呼ばれた理由のひとつに関係する」
「………」
その時から、互いに笑みの消えた会話がしばらく続いた。
*
集会場はカーテンが閉め切られ、暗闇に包まれていた。壇上に登っているアイレンと有栖にはスポットライトが浴びせられ、全校生徒及び全職員からの視線が2人に向けられる。
ふとアイレンは集会場を見回して思う。建物の大きさの割に人間が少な過ぎる。ざっと見積もっても1000人は軽く収容できるスペースがあるにも拘らず、この場にいる者は100人もいない。目で数えてみると、生徒は50名、教師職員等は46名だった。
…考えるまでもない。あの輸送機の墜落でここにいる筈だった人間の多くが死んだのだ。
「男のガイスト…?」
「噂で聞いた事あったけど…、ホントにいたんだ」
「でも何もこんな時に…」
「最悪のタイミングね…」
友人の多くを失った彼女らの表情は総じて暗い。この様な状況で外部からやってきた男を歓迎する気にはなれないだろう。
そんな時、有栖がマイクを手に取る。彼女が前に進み出ると、会場内の重苦しい空気がピンと引き締まる。いつもの涼やかな顔は有栖にはなく、生真面目で厳格な雰囲気が会場内を支配していた。
「昨夜、私達は凄惨な出来事により、多くの学友や教職員の方々を失いました。このような状況で全校集会が開かれた事、私も大変悲しく思います。…ですが、これ以上大切な人達を失わない為にも、私たちは前に進まなければなりません。以前連絡した通り、今回は悲惨な襲撃から、皆さん自身の身を守る術を教えて頂ける方を紹介します------プロキオン騎士団から来られた、アイレン・H・ユクスキュル先生です」
それまで有栖に注がれていた視線が一気にアイレンに向く。アイレンは今、両手を後手に組みながら休めの姿勢で待機している。ここに登壇してから既にうんざりする程女子生徒の視線に晒されている。未だ喪中が覚めない彼女達からの視線は、それでもやはり好奇と警戒が混じっておりどうにも居心地が悪い。しかもこの場にいるのが自分を除いて全員女性なのだから尚更である。
「見ての通り彼は男性ですが、れっきとしたガイストの1人であり、私達の同胞です。女子校同然の我が校に男性を迎え入れる事に疑問を覚える方も多いと思いますが、性別で差別する事なく共存する事により、私達ガイストの社会性と人間性が証明され------」
有栖の演説を横目で見ながら、アイレンは内心舌を巻いていた。ボートの上で見せた苦悩や葛藤を抱えながらも、彼女が生徒会長として多くの人望を得ているのは、有栖に向けられる生徒たちからの目を見れば分かる。それまで暗い顔をしながら俯いていた者も、今では熱い眼差しで有栖を見つめ、話に聞き入っていた。
「------であるからして、彼が問題を起こした場合は厳重な処罰が下される為、皆さんの安全は守られます。彼にもこの学園の校則と風紀を守り、生徒との健やかな学園生活を送ってもらう様お願いします。皆さんにも、彼を温かく迎え入れ、互いに理解する様努力し、より一層人格と魔法技術の研鑽に励んで欲しいと思います。どうか新しい学園の一員をよろしくお願いします。------最後に、ユクスキュル先生から一言お願いします」
マイクを手渡されたアイレンは、改めて壇上の下の生徒達を見遣る。有栖のおかげで、彼女達からアイレンに対する印象はだいぶ良くなったのか、アイレンもそこまで気負いせずに済んだ。
「アイレン・H・ユクスキュルだ。ここではプロキシオンの騎士ではなく、一人の教師としてここにいる。…不安も多いだろうが、俺も君らと良好な関係を築けるように努力する。よろしく頼む」
有栖と共に深く頭を下げると、会場から拍手が鳴り響く。会場内を満たしていた沈鬱な空気はだいぶマシになり、とりあえず自分は受け入れてもらえた様だ。
そんな中、有栖から小声で耳打ちされる。
「ユクスキュル先生には風森先生が担任を務める『アイグレー教室』の副担任となって頂きます。…問題児の多い教室ですが、頑張ってくださいね?」
妙な事を言う有栖であった。
*
ヘスペリデス学園の教室は学年ごとに分けられている。11歳〜14歳の者は中等部に、15歳〜18歳の者が高等部に振り分けられる。アイレンが配属されたアイグレー教室は中等部の教室だった。
黒板の前に立たされたアイレンは少女達の前で改めて冬華に紹介されている。
「今日からこのアイグレー教室の副担任を務める事になった。アイレン・H・ユクスキュルだ」
「よろしく」
「ひとつ、ご質問を宜しいでしょうか?」
席から立つのは金髪を腰まで伸ばした白人の少女だ。色素の強い紅い瞳はこちらを射抜く様に見つめてくる。年齢の割に大人びた、気の強そうな印象と共に、どこか高貴な雰囲気を纏っている。彼女------ユリーナ・ファン・ファンセンフセは輝く金髪を右手で靡かせる様にすくと、鋭い視線と口調を投げかけてくる。
「あの時、仮面の男からわたくし達を助けて頂いたのは、貴方ですの?」
「そうだ」
即答する。すると彼女はこちらの真意を窺うように見つめてくる。互いに見つめ合い、やや張り付いた空気が教室内に生まれる。しばらくそうしていると、やがて彼女は小さく息を吐き、緊張と警戒で強張った表情を消す。
「そうですか…、まずは先にお礼を申し上げます。窮地に陥ったクラスの仲間を救って頂き、ありがとうございました」
丁寧に頭を下げる仕草は、やはり上流階級特有の上品さが垣間見えた。やがて彼女は再び頭を上げる
「男性のガイスト……と仰っていましたが、それは本当ですの?噂で何人かいると聞いた事はありますが、どうにも信じられませんわ」
そう言われたアイレンは無言のまま右手の甲をかざして見せる。
「Losbinden(解け)」
アイレンが呟いた瞬間、右手の肌色から突如して黒い紋様が浮かぶ。手の甲全体から手首にかけて現れた黒炎を巻いた蛇の頭部をもした紋様が姿を晒した。
「君達とは少し異なるデザインだが、こうして俺は精霊紋を持っている。普段はこうして偽装魔術で隠しているが……これで証明できたか?」
ユリーナは少し考える素振りを見せると、
「…よろしければ、属性魔法も披露して頂けませんか?」
横目で冬華に確認を取ると、「危険がない程度にしてくれ」と言われる。とりあえず許可は貰ったので、アイレンは再び魔力を全身で練る。
「…『炎よ宿れ、人と世を照らす灯火よ……ライト・ファイア』」
人差し指を立て、その先端に鶏の卵サイズの小さな炎を灯す。それを見た少女達も今度こそ息を飲んだ。ガイストにしか使えない属性魔法、その一つである炎属性の魔法を使って見せたのだ。それも、本来使える筈のない男性がだ。
「…あ、貴方の属性は炎ですの?」
「あぁ」
クラス全員からの視線がアイレンに集中する中、少し驚いた様子の金髪の少女の問いに簡潔に答える。嘘は言ってはいない。
「ユリーナ、もうこれぐらいでいいだろう。朝のホームルームが迫ってる」
「ですが…」
「この学園に男が入る事に疑問があるのは分かる。だが命をかけて優雨を救った者がお前たちを害すると思うか?」
「それは……」
「これは学園の決定事項だ。どのみち覆らん」
「------私は、信じても良いと思います」
冬華に諭されても未だに不満そうな様子のユリーナ、そんな時、彼女の隣に座る黒髪の少女が手を挙げる。
東洋系でパッチリと開いた黒水晶の瞳と、肩につかない程度まで伸ばした髪を右側でワンサイドアップにした小柄な少女、式織優雨が席から立ち上がる。
「私は、その人……ユクスキュル先生に助けられました。先生がいなかったら今頃……、もし私達に戦う術を教えてくれるなら、大事な仲間をこれ以上失う事もなくなるかもしれません!」
「優雨さん…」
「優雨…」
目尻に涙を拭った跡を残し、両手を僅かに震わせながら切実な声で訴えてくる。ユリーナがその想いに打たれたように声を漏らし、優雨の後ろの席に座っていた茶髪ショートカットの少女も同じ様に呟く。よく見ればこの教室の人間は皆、集会場にいた生徒群の中でも特に暗い顔をしていた。
(…もしかして、あの時仮面男と戦っていた面子か?)
あの時は低空とはいえ彼女らは空にいたから顔までは正確に視認出来なかった。自分が助けたという少女はこちらを向き、震えを押し殺してアイレンと向き合う。
「先生、私は………もう仲間を失いたくありません!戦う術を教えて------今度こそッ、私に仲間を守らせて下さい!お願いします!!」
深く頭を下げる様は、必死さがひしひしと伝わってきた。
……彼女らがどういった事情と経緯であの戦闘に加わる事になったのかは分からない。だが、この様子からして、あの仮面男に最低でも生徒が2人、職員が3人殺された場面をアイレンは目撃している。そしてどうやら、この事実を彼女らは知っているようだ。
(…まだ子供の彼女らが、何故戦わなければならないッ…?)
やはり、自分が呼ばれたここは……戦場なのか…。
アイレンは小さく息を吐く、静かな憤りを鎮めると、真っ直ぐに優雨を見つめる。忌まわしい戦場に年端もいかない少女達を引き込む現実に、この島に、学園に、自分が呼ばれた理由に、覚悟していたとはいえ、アイレンはひどく失望したが、それでも自分には、彼女らに真っ先に伝えなければいけない言葉がある。
「----俺が全てを守る」
「「「…ッ!」」」
短い一言、されどその言葉はクラス内に重く、強く響いた。
アイレン以外の人間が、クラスに放たれた壮絶な意志に一瞬言葉を失くすも、冬華がハッと我に帰り、場をとりなす様に軽く咳払いをする。
「そこまでだ。ホームルームを始める!各自、出席番号順に軽く自己紹介を行え」
気迫のある冬華の号令に、全員が着席し直す。
ユリーナも表情に若干思う所を残しながらも、姿勢を正して自己紹介を始める。
「出席番号1番、ユリーナ・ファン・ファンセンフセ。14歳ですわ、先生の事は完全に認めた訳ではありませんが…、仲間を救って頂いた事実もありますので、ひとまずは受け入れます。------信頼に応えてくれると、期待していますわ」
「努力するよ」
短く応えると、冬華が続けて号令する。
「次、出席番号2番!リナ・ブラウエルス!」
輝く夕日色の髪をやや伸ばして三つ編みにし、両肩から下げた少女が立ち上がる。
「リナ・ブラウエルスです。年は13歳。…正直、このタイミングだと、誰かを歓迎する気にはなれないので…すみません」
苦笑気味に謝るが、比較的明るく振る舞おうとしているのがわかった。場の空気を少しでも和ませようとするあたり、本来はこのクラスのムードメイカーなのかもしれない。
「次、出席番号7番!アイリーン・ハルトサウケル!」
「アイリーン・ハルトサウケルです。よろしくお願いします。先生」
丁寧にお辞儀をするが、その表情は妙に硬い。嫌われてる訳ではなさそうだが、どこか張り詰めた雰囲気を出している。背中まで伸ばした銀髪をクラウンハーフアップにし、優雅な佇まいと整った顔立ちは良家のお嬢様を思わせたが、触れた瞬間に噛み付きそうな危うい気迫を放っていた。
「次、出席番号9番!火打羽由花!」
…火打羽?
「火打羽由花です!優雨を助けてくれてありがとうございます。先生!」
茶髪をショートカットにした美少女が小さな頭を下げる。状況が状況だけに素直に喜びはしないものの、どうやら優雨と彼女は単なる級友ではないらしく、この場にいる誰よりも優雨の無事に感激してる気がした。
「次、出席番号12番!式織優雨!」
そして、自分が助けた少女が立ち上がる。
「式織優雨、13歳です。…これからよろしくお願いします、先生」
気丈に笑みを浮かべるが、彼女の心中は仲間を惨殺された恐怖と怒り、悔しさが蟠を巻いているのか、その口元は僅かに歪んでいる。
無理をしてでも弱みを見せない様にする辺りは、火打羽有栖と似た部分を感じた。
その後も自己紹介は続いた。この教室にいる生徒は全てで11名------。
…所々、幾つかの号令が抜け、幾つかの席が空いている事が、本来ここにいるべきクラスメイトが今も温暖な海の中を彷徨っていると、暗に仄めかしていた。
こうして、アイレン・H・ユクスキュルの新たな生活が始まった。