壊却のオフィウクス   作:唯尊

6 / 21
第六話 希望の楽園、或いは新たなる却火

 

 ホームルームが終了し、1時間目の授業が始まった。担任の冬華が担当する近代史の授業だ。

 

『今から78年前、リュージョンの地に初めて、地球と呼ばれる異世界から、一つの国家が訪れた』

 

教室内に用意された大型のテレビからは、教材向けに編集された歴史学習のビデオが流され、渋めのナレーションが映像と共に流される。それを冬華が黒板に白いチョークで要点を書き記している。

 

『地球圏の西暦1940年、当時欧州に勢力を広げていたナチス・ドイツがリュージョンのプロキシオン王国北部に突如として現れた。彼らがリュージョンに来る以前から、我々リュージョンは異世界から特定の人物を少数ではあるが召喚してきた歴史がある。『魔王戦役』時代、地球から呼び出した勇者などの事例もあった為、当初はさほど驚かれなかった。しかし、ナチス・ドイツが開発した『アストライオスの星橋』は互いの世界を自由に行き来する事を可能とした。ナチスはかつてプロイセン王国から魔王討伐の為召喚された勇者が建国したプロキシオン王国と同盟を結び、プロキシオンは科学と魔法の融合により近代文明が劇的に発展、当時リュージョンで最も強大な国家となった」

 

だが、西暦1945年にナチス・ドイツが敗戦し、勝利した連合国各国が『アストライオスの星橋』の所有権を得ると、翌年の1946年にアメリカ、イギリス、ソ連がリュージョンに足を踏み入れ、その他の地球の国々も、やがて各国ごとにリュージョンの国々との国交の樹立、同盟関係の構築や入植が始まった。

 

『やがて、リュージョンは地球圏の列強各国によって二極化された。ソ連の支援により共産化された旧レグルス帝国がラーフェンストヴォ連邦となって共産主義陣営の盟主となり、アメリカによる入植支援を受けた新大陸国家がイプト・アル・ジャウザ連邦共和国となり、資本主義陣営のリーダーとなった。やがて両国はナチスから手に入れた『神域魔法』の研究・実験を行いながら対立した。その過程でリュージョン各地で代理戦争が起きた」

 

やがて映像は紛争地の戦闘状況に切り替わる。一番新しい映像でも10年以上前の物だ。撮影機材が古い上に、キャッシュが粗く、お世辞にも見やすいとは言えなかったが、迫撃砲や無反動砲が放たれる音と、砲弾が着弾して炸裂する音は怪物の絶叫にも聞こえ、攻撃魔法により家屋が吹き飛ばされ、家を焼かれて逃げ惑う人々の悲鳴が生々しく映されており、教室内はしんと静まり返っている。皆、食い入る様に映像を見つめており、何人かは手が白くなるほど握りしめている。

 

『そんな中、西暦1991年に転機が訪れる------』

 

それが、ソ連の崩壊と、地球圏における米ソ冷戦の終結である。

 

『長期化した『アフガニスタン戦争』と、核開発、共産主義経済の失敗によりソ連は弱体化、それに前後してポーランドや東ドイツなどの東側諸国が次々と民主化していった。当時のソ連書記長であるミハイル・ゴルバチョフによるペレストロイカもあって、ソ連はそれまでの政治体制を廃止し、国家資本主義を掲げるロシア連邦として再出発した。WTO(ワルシャワ条約機構)も解散し、80年代後半から進められていた核軍縮条約により、恐ろしい大量破壊兵器は大幅に制限された。かくして、2つの強国が世界の命運を左右する時代は終わりを迎え、地球には平和が訪れた-----------が、……リュージョンは違った』

 

ソ連という最大の支援国からの援助が途絶えた事により、ただでさえ経済的に困窮していたラーフェンとリュージョンの東側陣営各国はますます弱体化、その後ラーフェンもロシアや中国と同様に国家資本主義を取り入れつつあったが、他の東側の同盟国の面倒までみる余力はなかった。やがて、そんなラーフェンに愛想を尽かした東側陣営の国々が次々と離脱、西側に着いていった。時間が過ぎる事に味方が減っていく現状に危機感を抱いたラーフェンは、西側に寝返った周辺国にイプトや西側諸国のミサイル基地の設置などの脅威に対抗するべく、神域魔法の更なる研究を進めた。

 

『周辺国を通じた西側からの軍事侵攻や武力による牽制、それによりもたらされる西側諸国の優位性を懸念したラーフェンは、安全保障の一環として、STARTⅠ(第一次戦略兵器削減条約)により廃棄予定だったソ連製の核兵器を密かに受け取り、さらに神域魔法の兵器化による強大な武力を背景に西側との対等な関係を保とうとした------』

 

だが、神星歴1885年、5月24日、午前2時47分---------ラーフェン連邦と国境を接する西側加盟国、『アルギエバ共和国』との国境から約50kmの無人平野にて、極秘に稼働していたラーフェンの魔法・魔術研究機関である『第932防疫給水部隊・開発研究所』にて、リュージョン史上最悪の厄災が発生した。

 

『同機関で開発された神域魔法、コードネーム【Pleiades.E】の暴走事故により、研究所から半径90km圏内の凡ゆる物が消滅した。その際、大気の魔素に異常きたし、半径150km以内の生命は例外なく全てが酸欠や特異な病症により死滅した。後に【プレアデス事件】と呼ばれたこの未曾有の惨劇は、60万人以上の死者と、200万人以上の避難者を出した』

 

当然、批難の矛先はラーフェンに向いたが、当時のラーフェン連邦の書記長だったアンドロニク・カルムイクは、世界中から要求されたプレアデス事件の詳細の開示を拒否し、さらには『事故の発生原因はイプト、並びにアメリカを中心とした両世界の西側諸国による破壊工作が原因』と主張し、西側陣営との対立が深まる事となった。

 

 神星歴1885年、6月1日----------。

 

『アメリカ、イプトを中心としたプレアデス事件調査の為派遣された『マゼンタ調査団』が現場入りする直前、ラーフェン軍に拘束される事態が発生、ラーフェン側は『調査団の一方的な派遣と無認可の調査は、我が国の重要な知的財産の侵害行為であり、自国の国益を守るべく凡ゆる手段を執る』として、他国であるアルギエバでの隠密的軍事行動と調査団員の拉致拘束を正当化した』

 

幸い、その後の交渉により、『研究所を中心とした半径150km圏内への侵入の禁止』を条件に調査団のメンバー35名は全員解放されたが、他国領内での強引なラーフェンの行動は、これまでにない程リュージョンを緊張状態にした。

 

 そして、極度に緊張した状況の中------世界に激震が走った。

 

『アルギエバの反ラーフェン主義を掲げる民兵組織、『アウラの盾』の民兵がラーフェン軍と衝突、交戦する事態が発生、衝突のきっかけは現在も不明のままだが、これを機にラーフェンは『西側からの侵略行為』として、アルギエバに軍事侵攻を開始、これに対し、アルギエバ軍、イプト駐留軍が応戦------リュージョン史上初の世界大戦、『リュージョン大戦』が勃発した』

 

映像が再び変わる。アルギエバに侵攻するラーフェン軍主力部隊が映され、ミサイルや野戦榴弾砲が撃ち込まれ、大量の戦車や装甲車が歩兵と共に平原を疾走する映像は、かつてアイレンが戦時中に見たニュース映像と同じだった。

 

「……ッ」

 

知らず、アイレンの握る手に力が入る。思い返すのは、豪雨の様に降り注ぐミサイルと砲弾、攻撃魔法から放たれた火球の嵐。冬華も当時の惨状を思い出したのか、自然と顔が強張る。

 

 ここにいる生徒達は皆、戦時中に生まれた身だ。アイレン達の様な戦争体験者-----『焼き尽くされた世代』程ではないが、当時の黒く燃える空は、彼女らの記憶にも遠からず存在する。その為、教室内の空気は陰鬱極まる物となっていた。

 

 やがて、映像本編の終わりを知らせるテロップが流れ、タイトルにあった『映像で観る歴史〜世界大戦前夜編〜』の再生が終了した。

 

 テレビの電源が消されると、教室全体からどっと気の抜けた声が漏れる。

 

「は〜…、やっと終わった…」

 

「キツイよね、戦前の歴史資料って、エグいのが多いし…」

 

 少女達が愚痴と共に重い息を吐き出しながら机に突っ伏す。そんな彼女らを見ながら冬華が嘆息すると同時に、授業終了のチャイムが鳴り響く。

 

「今日はここまでだ。一応言っておくが、次回は戦時中の内容になるから、今回以上に悍ましい話を聞く事になるぞ」

 

黒板のチョークを消しながら冬華が嫌な知らせをする。

 

「えぇ〜〜ッ?」

 

「また死体の映像とか見させられるの〜!?」

 

「教材向けに画像処理されている。怖いかもしれないが、お前たちには必要な事だ」

 

「そうだけどさ〜…」

 

ぶつくさと文句を垂れる少女達に対し、冬華は一瞬苦笑すると、すぐさま真面目な顔に戻る。

 

「この中には、『討伐隊』や、それに入隊しようと考える者もいるだろう。そんなお前たちには、戦争が、どの様な物か知る必要がある。今後、お前たちは守られる側ではなく、守る側となるのだ。凡ゆる過酷な状況でも、決して使命を投げ出さず、命を守る為に戦う心構えが求められるのだ」

 

冬華の鋭い言葉に、全員が押し黙る。…特に、先の仮面男と戦っていた5人は、表情に厳しい物を浮かべていた。教室内が再び張り詰めた空気となる。しばし緊張が漂う中、ふ…と冬華が表情を崩す。

 

「お前たち新しい世代には、私や他の大人たちの様に、全てを奪われ、焼き尽くされる人生を歩んでほしくない。今後、平和な世界を作るのは君達なんだ。その為に…、ここで多くの事を学んで欲しい!過去の過ちや惨劇を知り、二度と繰り返さぬよう、人の温もりに満ちた世界を、君達が作りッ、生きて行って欲しい!」

 

熱の籠った冬華の言葉に、全員の視線が釘付けになる。

 

「全てがお前たちの未来を照らす。だがら、決して無駄だなどと思うな。歴史も…勉強も…。世界大戦が残した教訓を、決して忘れるな!!」

 

 冷静ながらも、熱弁を振るう冬華の言葉は、少なからず少女達に向上意識と希望を持たせた。

 

 しかし、アイレンはその様子を1人、どこか冷めた目で見ていた。

 

(…教訓だと?リュージョン大戦が終わってから10年、世界各地で復興が進んでも、未だゴタついている地域は山程ある。現に新たな火種も燻りつつある。何より-----------)

 

先日、クリスに対し希望はあると自分は言った。あの言葉は嘘ではない。実際、アイレン自身も信じていた。この世界はまだ終わりじゃない、明るい未来は手を伸ばせば届くと、いずれは笑顔と花が咲き誇り、全ての人々の心が灯されると信じていた-----------この島に来るまでは。

 

(俺がここに呼ばれた時点で、希望は更に遠退いたって……言ってるような物だろッ…!)

 

 かつて、全てを焼き尽くされた青年の歯軋りする音は、遂に誰にも届く事はなかった。

 

 

 

 

 

ヘスペリデス学園の通常授業は、地球の中高レベルの教育水準となんら変わりはない。地球の先進国からの教育支援により定められた一般科目の授業がその後も続き、放課後になると、理雄は冬華に連れられ、何人かの生徒と共にエレベーターで学園の地下に向かう。その中には火打羽有栖の姿もあった。有栖はアイレンの姿を見つけると、こちらに話しかけてくる。

 

「クラスの皆んなはどうでした?」

 

「……個性的、としか…」

 

今の所は取り敢えず職務に支障はない。すると有栖は安心した様にホッと息を吐く。

 

「学園創設以来初めての男性ですから、正直もっと揉めるかと心配だったんです。その様子なら大丈夫のようですが------やはり、妹を救ってくれた功績が大きかったのでしょう」

 

「…妹?」

 

「私の事ですよ!」

 

ひょこっと有栖とアイレンの背後から茶髪のショートカットが特徴的な少女が顔を出す。2人が驚くのを構わず、火打羽由花が2人の間に小さな体を割り込ませてくる。

 

「由花、人の間に割り込むな」

 

「ハハ…、ごめんごめん。お姉ちゃんとユクスキュル先生、なんか仲良さそうで気になっちゃってさ」

 

有栖からの注意を軽く受け流しながら小さく舌をだす由花、2人の距離は非常に近く、よく見れば整った顔立ちはそっくりだ。

 

「2人は姉妹なのか?」

 

アイレンが問うてみると、由花が有栖とよく似た涼やかな笑みを浮かべながら答える。こちらはまだ幼さが残る印象だ。

 

「はい!私が13歳で、姉が16です。…それで、2人は会ったばかりなのに、随分と仲が良いんですね?」

 

由花はどこかニヤニヤと面白そうな顔をしている。それに対し、有栖はやれやれと軽く首を振る。

 

「お前たち後輩を助けてくれた事を話していたんだ。あと……同郷同士だから、な…」

 

アイレンを見ながら、有栖は少し遠慮気味に話す。話して良かったのだろうか…という顔だった。

 

「…俺は日系2世のウルサ人なんだよ」

 

なんて事ない風を装いながら、アイレンは呟くが、由花はその僅かな表情の翳りに気付いたのか、少し言葉を選ぶ間を取ると、再び口を開く。

 

「------そうなんですね!私たち、地球にルーツがある人と初めて会いました!」

 

 由花は興味深々といった様子を崩さぬまま、下手に相手を気負わせない為に、笑顔を絶やさぬように話してくる。子供に気遣われる自分が情けないなと感じながらも、理雄は意識を切り替える。

 

「ここには俺以外に地球出身者や関係者はいないのか?」

 

「う〜ん…どうでしょう。私の知る限りはいなかったと思います。最初は1000人近く居ましたけど、大半が死んじゃったので…」

 

「あー…」

 

まずい事を聞いたと自分の迂闊さを恨む。つい先日、大勢の友人や知り合いが死んだばかりだというのに。

 

 そんな気まずい空気に満ちた籠が、地下4階で停止する。扉が開かれると、アイレン達を迎えたのは、目が痛くなる程の白色だった。

 

 直径1キロにも渡る広大なキューブ状の空間。床から壁まで、辺り一面が白いタイルで覆われている。エレベーターを降りて直接床を踏み締めると、普通はある程度硬質な筈のタイルは、何やら得体の知れない床材で出来ているのか、軽く踏み鳴らすと、どこか柔らかい、ゴムの厚みに似た耐久性を感じる。そのくせ容易に変形しそうな性質を兼ね備えているのは、科学的な矛盾を結晶化したようだった。

 

 ふと辺りを見回すと、この場にいるのはアイレンと冬華、制服姿のままのユリーナ、リナ、アイリーン、優雨、由花、そして有栖の8名のみだ。

 

「冬華先生、ここは?」

 

「『討伐隊』が使用する地下演習場だ。毒ガスや放射線などの危険物質を誤って生成する可能性がある為、こうして地下深くに建造された」

 

「…討伐隊?毒ガスや放射線って……」

 

「取り敢えず、まずは見ていろ新任教師。我々は向こうだ」

 

 そう言ってアイレンと冬華は白い壁に備え付けられた扉から、壁の中に入る。そこには大量のコンピュータとそれらを操作する女性職員達がひしめき合っていた。大きさは地球で見た事のある大きめの映画館程の大きさだ。暗闇の中、端末の放つブルーライトの光が辺りを照らしている。

 

『演習システム、現在待機状態を維持』

 

『各チェックポイントオールクリア。最終確認異常なし』

 

『リハーサル完了。スケジュールに変更は認められず』

 

『被害対策班、待機完了』

 

周囲から聞こえる報告を聞きながら、冬華は正面の巨大スクリーンを観る。スクリーンの中には、先程の6名の少女達が映っている。

 

「ここは……演習指揮所ですか?」

 

「そうだ。こかは倒すべき敵を迎え討つ『討伐隊』、霊脈と世界の安定を守る乙女達の戦場を擬似的に再現する場所だ」

 

冬華は一歩を踏み出し、少し息を吸うと------闇を払う光の息吹をもって声を飛ばす。

 

「これより!第5回、本島防衛戦想定演習を始めるッ!!仮想現実展開!バトルフィールド------『シュヴァルツヴァルト』起動」

 

『motionreality prism battle Simulator Ver.10.1 Starting.Virtual reality development------』

 

 スピーカーから響く英語の機会音声と共に、スクリーンに映される世界がぐにゃりと歪む。

 

 気付けば、少女達は森に放り出されていた。

 

 スクリーンから映る森は辺り一面に針葉樹林が広がっており、日差しはさほど強くなく、空は雲一つない快晴で、冷たい風が吹く寒冷な気候を思わせる景色だ。

 

「コレは……」

 

驚きに口を半開きにしていると、冬華が少し誇らしげに胸を張る。

 

「驚いただろ?」

 

「はい、しかしなんでいきなり森が…」

 

「3DCGによるボトムアップ方式とリアリティキャプチャーによるトップダウン方式…、そして魔術による気候調整と瞬間的な擬似樹木の急成長…、他にも砂漠や市街地なども作れる。だから生えてる木や建造物などは限りなく本物に近い」

 

 魔術と科学の融合による産物か…。感心する中、演習場に標的が現れる。

 

 映像が断片的に構成され、赤い瞳とダイヤモンドの様な輝きと硬度を放つ鱗を全身に張り巡らせ、胴体が体積の大半を占め、首のみが異様に小さい。多脚が特徴的な地虫に似た全長30m強の巨大な生物が大地に降り立った。

 

 ------チェルノボーグ・トラルテクフトリ(要撃型)の仮想標的だ。

 

 冬華がヘッドセットから無線で優雨たちに指示を送る。

 

「各自、状況開始!!」

優雨たちが全身に魔力を巡らせ、飛行魔術を構築する。

 

『Der Wind,tragees!』

 

由花から順番に風が彼女らの周囲に風を生み、やがて彼女らの体を優しく包む。気付けば少女達の体が空に浮かんでいた。

 

 彼女らは標的のトラルテクフトリを見据えると、やがてユリーナが声高らかに叫ぶ。

 

『Lichtspeer(光精の槍よ)!』

 

彼女の左脇腹にある精霊紋が黄金色に似た光を放ち、全身が幻想的な輝きを放つ精霊の魔力に包まれ、それは最後に手に集中する。魔力はやがて一振りの刃を持つ長槍を形作り、僅かに透明なままのそれが武器として顕現した。ユリーナは槍を構えて標的に切先を向ける。

 

「さぁユクスキュル先生、見せて差し上げますわ!わたくしの力をッ!」

 

 魔力が槍の先端に集束し、眩い光が強いエネルギーへと変わる。

 

「『光よ貫け、その一撃は疾く鋭く------ライトニング・スピア』!!」

 

槍の先端から放たれた光線が標的に突き刺さり、爆散------消滅した。

 

 

 

 

アイレンはスクリーン越しにそれを見ていた。初めて見た光景に、思わず反応が出来なかった。標的自体の耐久性はともかく、その周囲に起きた爆発の衝撃はケタ違いの威力を誇っている事が映像越しでも解る。

 

「アレは……属性魔法?だが…威力が…」

 

「アレが『精霊武装』の力だ」

 

 驚きを隠せないアイレンを他所に、冬華がスクリーンの光景を見ながら補足説明をする。

 

「以前、ガイストには魔力燃費の縛りがないのは説明したな?」

 

「はい。ですがそれだけであの威力は…」

 

アイレンの記憶が正しければ、本来の『ライトニング・スピア』にはアレだけの破壊力はない筈だ。たとえ魔力を余分に消費しても、あんな通常の倍以上の威力が出る筈がない。だが、冬華は落ち着いた表情のまま首を横に振る。

 

「ガイストの特性として、既存の属性魔法を強化する事が出来る。それが新たな属性魔法------『精霊武装』だ」

 

「『精霊武装』?」

 

「数年前、ガイストが新たに生み出したガイストのみが使える魔法だ。精霊の魔力を一種の武器へと変換し、そこを通して属性魔法を再度使う事により、より魔法を強力に使える訳だ」

 

アイレンはその説明に少し考える。

 

「…独自の方法で魔導機器を作り出し、それを用いて魔術を行使する」

 

「原理としては合っている。あるいは君の持つ銃の様に、鉛の塊を直接相手に投げつけるよりも、鉛を銃弾に加工し、装薬が詰まった薬莢と合わせて銃弾とし、銃に装填して撃つ方が強力だろう?」

 

なるほど、分かりやすい説明だ。

 

 すると冬華はスタンド式のマイクに顔を近づけ、「見事だユリーナ!下がってよし」と伝える。

 

「このくらい当然ですわ」

 

ユリーナは涼しげな様子で長い金髪をかき上げる。ふとスクリーン越しに彼女と目が合った。フフンッと自慢げな表情を向けてくるが、あれは自分に向けているのだろうか?

 

「次、リナ・ブラウエルス!」

 

 次いで前に出るのは朱色の髪を三つ編みおさげにした少女だ。

 

 消滅したトラルテクフトリが再びポップアップする。

 

『Wasserstock(水精の杖よ!)』

 

 背中の左肩、肩甲骨の辺りにある彼女の精霊紋が蒼星の光に近い青い輝きを放つ。やがて全身を包み、両手から50センチ程度の杖、ニレの黒炭色が目立つ精霊武装が、先端が下を向く様に右手で構える。

 

「『水よ凍てつけ、氷の牙は全てを穿つ------アイス・ニードル』!」

 

詠唱と同時に、リナの頭上に冷気と水分が集まり、最後に完成したのは3m近い長さの氷の巨針だった。それが3本生成され、標的に向かって高初速で放たれる。

 

 トラルテクフトリの小さな頭部が串刺しにされ、脳髄が破壊、沈黙する。

 

「水属性の属性魔法……か…」

 

確かに凄まじい威力だが、先程のユリーナと同様、チェルノボーグを相手にするには少々粗い攻撃手段だ。

 

 チェルノボーグとの実戦経験少なさ故の、素人同然の大雑把な戦術だ。これではすぐに問題が露呈すると、アイレンは指摘する。

 

「次、アイリーン・ハルトサウケル!」

 

「…『Feuershwert(炎精の剣よ)』」

 

静かな------どちらかと言えば冷たい雰囲気と共に、上腕の精霊紋が赤熱の輝きを放ち、その細い手には不釣り合いな大剣を顕現させる。

 

「『炎よ燃え上がれ、業火に鍛えられし剣よ------ヘルファイア・ソード』」

 

大剣が炎に包まれると、彼女はそれを大きく振りかぶり------消えた。

 

「なッ…!?」

 

その瞬間、アイレンは絶句した。一瞬遅れてなんとか補足したアイリーンは、蜂に匹敵する速度でトラルテクフトリに肉薄------その後はアイレンでも目で追うのがやっとの速さで標的の全身を切り刻んでいく。

 

 標的が力尽きるまで数刻とかからず、全身に無数の斬り傷と、豪快に肉が焼ける音を残しながら、トラルテクフトリは消滅。アイリーン本人は何も感じていない様に…こんなの出来て当然といった調子で、冷徹さを感じる無表情のまま佇んでいた。

 

 明らかに常軌を逸したその強さに、アイレンは絶句すると共に酷く困惑した。

 

(どう見ても素人の動きじゃない。基礎的な飛行魔術の腕前…三次元起動の際に大剣と炎を利用した空力制御と加速を行っていた…)

 

間違いなく高度な戦闘訓練を受けている。それも魔術的、科学的な技術の根底を理解した上で、独自の進化を遂げた戦術。戦闘能力だけなら、下手をすればリュージョンの頂点を狙える実力だった。だが…それ以上にアイレンが慄いたのは…、

 

(危う過ぎる…)

 

内心苦い思いを感じながら口元を微かに歪める。攻撃に一切の躊躇を感じない。そして、そこには防御や回避が存在しない。完全にだ。

 

 九死一生……死中求活……万死一生なんて生易しい物ではない。十死零生の捨て身の攻撃だ。自分や仲間を守る事が鼻から想定外であり、思考に最初から入っていないその歪かつ危うい在り方に、アイレンは言葉もなかった。それが13歳の少女ともなれば尚更である。

 

 指揮所内の人間の大半は、彼女の力に対して感嘆していたが、冬華と何人かの職員はどこか悲痛そうな色を顔に浮かべていた。

 

「……ご苦労だアイリーン、もう休め…次、火打羽由花!」

 

『Erdbuch(土精の叡智よ)!』

 

 左腿の精霊紋が夕陽色に輝き、その手に魔導書らしき本が顕現する。

 

「『土よ絶て、大地の怒りは万物を滅ぼす------ブレイズ・オブ・フューリー』!」

 

瞬間、標的の足元からマグマの如き灼熱を持つ積流が天に吹き出し、一瞬にして巨大な地虫が塵と化した。

 

「やった!新記録更新ッ!!」

 

空中ではしゃぐ由花を姉の有栖が注意し、冬華もスクリーン越しにその様子を見て苦笑する。

 

「次、式織優雨!」

 

『Dunkler Bogen(闇精の弓よ)!』

 

首筋の辺りから聖夜の輝きを放ち、夜空を駆ける彗星を思わせる強いエネルギーを纏った漆黒の弓が、新たに顕現した虹色に近い暗い色彩を放つ矢を番える。

 

「『闇よ渦巻け、全てを還す虚無の矢よ------ヴォイド・アロー』!」

 

闇が閃き矢が放たれる。標的に直撃する直前、矢の先端に集った闇が膨大化------巨大な闇の球体がトラルテクフトリを呑み込み、跡形もなく消滅した。標的の鎮座した位置までもが抉り取られ、直径50m超のクレーターが誕生していた。

 

「式織優雨ッ、見事だ。標的の消失までの時間が2秒も短縮している」

 

「やった!凄いよ優雨!!」

 

 新記録を出した本人以上に喜んだ様子で、由花が優雨に抱きつく。

 

「ち、ちょっと由花、恥ずかしいから…!」

 

「そうですわよ由花さん、はしたないですわ」

 

「え〜…、そうかな〜?」

 

「アハハ、相変わらず仲良いよね〜、2人は」

 

恥ずかしがる優雨を抱きしめる由花を見ながら、ユリーナとリナが苦笑する。そんな中、由花が悪戯心のある笑みを浮かべる。

 

「そうだ、ユクスキュル先生にも褒めてもらおうよ!その方が嬉しいでしょ?優雨も」

 

「ゆ、由花!?」

 

「お〜い!先生〜〜!!見えてる〜?優雨のモチベーション向上の為に何か一言お願いしま〜す!!」

 

顔を赤くして慌てる優雨を傍に、カメラ越しにこちらに向けて手を振る由花。いやそんな事急に言われても。…と思っていたら、冬華がスタンドマイクをこちらに差し出してくる。

 

「何か言ってやれ、きっとあの子も喜ぶ」

 

「演習中ですよ?」

 

「ここは軍隊ではない、彼女らにはあくまで教師として接してやれ」

 

優しく微笑む冬華の顔を見て、アイレンは内心、少し呆れながらマイクに近づく。

 

 優雨は目線を落とし、顔を赤らめモジモジしながら内腿の黒いハイソックスを擦り合わせている。どうやら少なからず期待している様子だ。

 

 マイクの電源が入ってるのを確認してから、覚悟を決め、スクリーン越しの優雨に話しかける。

 

『------その、だな…』

 

『は、はい!』

 

バッと顔を上げる優雨、少し潤んだ瞳は期待と不安で揺れていた。

 

 なんだか妙に緊張する。つい最近まで最前線勤務で女性を見る機会が極端に少なく、そのうち接し方まで忘れそうだったが、貴公子時代の自分を引っ張り出し、何とか紳士的な対応を思い出す。

 

『------綺麗だった、凄く』

 

 短くも、その分想いを込めやすい自分らしい言葉を紡ぐ。下手な事を言わない様に語彙を絞ってるのもあるが、その分声のトーンを明るく柔らかい物にする事が出来た為、まぁ、悪くはないだろうと自己採点する。

 

 さて、反応はどうだろうか?とスクリーンの優雨を見遣る。

 

『……………………』

 

目を点にして硬直していた。

 

 暫く固まっていた優雨だっだが、やがてみるみる内に顔が赤くなっていき、茹蛸の様にボンッ!と煮沸した。

 

『〜〜ッ…!!』

 

声にならない悲鳴だが歓喜だかを堪える声が聞こえてくる。

 

 やがて優雨の周りを取り囲んでいた少女達がキャッキャっと興奮気味に盛り上がる。

 

『よかったね優雨!綺麗だってさ』

 

『まぁ、女性への褒め言葉としては及第点ですわね、けれど少しは評価を上げなければいけませんわ』

 

『あれ?ユリも言って欲しかった?』

 

『べ、別にそういう訳ではッ…!』

 

 どうやら女性陣からは合格を頂けたらしい。子供相手に何をしてるんだと、どこか気恥ずかしさを覚えながら、アイレンはポリポリと指で首筋を掻く。やがて冬華がスタンドマイクを元の位置に戻す。

 

『そこまでだ、次の演習まで5分休憩とする。各自その場で小休止!』

 

『はい!!』

 

返事が返ると、冬華は椅子に腰を下ろす。指揮所内の椅子は司令官室の椅子と比べて簡素な物だ。プラスチックと安物のゴムを使用した椅子にギッ…と音を立てて腰掛けると、冬華は脱力したように「フー…」と息を吐き、こちらに視線を向ける。

 

「ここまでで何か感想や質問はあるか?」

 

「……ガイストの戦闘能力が強大なのは分かりました」

 

しかし…とアイレンは苦言を呈する。

 

「彼女達の戦術は素人同然です。火力にモノを言わせて力ずくで相手を捩じ伏せるだけでは、あっという間に魔力が尽きます。戦場がどの様に展開していくかは常に予想外です。アレでは持久戦になった瞬間に全滅します」

 

今の所、単純な破壊力だけなら優雨が一位で、戦闘要員としての素質はアイリーンがダントツでトップだ。歯に衣着せぬ物言いに冬華は苦笑する。

 

「まぁ、その為に君が呼ばれた訳だからな」

 

「…最後にひとつ、質問が」

 

「聞こう」

 

 アイレンは、一番気になっていた疑問をぶつける。

 

「何故、リュージョン最大の防衛能力を持つこの島で、彼女達の様な子供が戦う事に?」

 

「………」

 

不意に、冬華が沈黙した。その表情からして、かなり複雑な心境の様だ。

 

「…あの仮面男と、何か関係が?」

 

シュッツァー島に駐留している連合軍が周辺海空域に徹底的に哨戒の目を光らせているこの島に、何故10代前半から半ばの少女達を徴用してまで戦闘教育を行う事になったのか、何故あの仮面男はそんな鉄壁の島に侵入し、惨忍な凶行を行えたのか、アイレンはそれが聞きたかった。

 

 暫く時間が流れ、やがて冬華が重々しく口を開く。

 

 

 

 

 

 

「それは、この島が人類最後の楽園では……なくなったからだ」

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。