壊却のオフィウクス   作:唯尊

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第七話 最後の希望

 

 ヘスペリデス学園の地下演習場から地上に出た時には、夕日が地平線の彼方に沈む所だった。

 

 アイレンは現在、有栖に案内されながら、今後この島で自分が暮らす事になる宿舎に向かっていた。

 

「ユクスキュル先生は、確か米軍の出身でしたか?」

 

「どうした?突然」

 

海辺沿いの舗装路を歩いてる時、隣を歩く有栖から唐突に質問を投げかけられる。

 

「いえ…、先生の事は簡単なプロフィールで見た情報しか知らない物ですから、少し気になって……その、無理にとは言いませんが」

 

地雷を踏まないよう慎重に言葉を選ぶ。

 

「…15でプロキシオン騎士院養成準備学校に入って、そこで士官候補生適性評価をパスした後、17でアメリカ陸軍士官学校に留学。卒業後、21で任官、所属部隊と派遣地は言えないが……まぁ、1年間ずっと最前線勤務に就き、今朝ここに異動。現在に至る。今年で22歳----------こんな所か…」

 

 とりあえず大っぴらに話したが、これでいいのだろうか。チラリと有栖の反応を見る。

 

「…………22ッ????」

 

絶句していた。

 

「……今までいくつだと思っていた?」

 

 有栖が少し逡巡すると…、

 

「ええと………30歳位かなと…」

 

「……………………………」

 

消沈。

 

「あ、いや!なんか逞しくて頼り甲斐がありそうって意味で、年長者の貫禄というか……特有の精強さと渋みを感じるんです!」

 

 必死にフォローしてくるが、今更である。

 

 アイレンは内心で嘆息する。元々彫りが深く濃い顔立ちのせいもあるのだろうが、丸々一年最前線で生活していた影響で、全体的に擦り切れた印象を相手に与える容貌になりつつある。男慣れしていない歳下の少女からしてみれば、自分は20代に見えないらしい。

 

 まぁ、気にした事はないが。……というか自分が派遣されていたあの戦線には、10代の戦闘要員も大勢いたが、半年もすれば白髪白髭の中年風貌初年兵の完成である。

 

 ……あくまで生き残った者は…だが…。

 

「…そういや、なんでこの島は今まで完全に男性禁制だったんだ?」

 

アイレンは気まずい雰囲気を変える為に、別の話題を振る。

 

 ヘスペリデスが男性禁制なのは有名な話だが、その理由はあまり知られていない。自分が聞いた話だと、'ガイストの効率的な育成が目的'との事だったが。

 

 すると有栖は気まずそうに目を逸らす。心なしか頬が赤い。

 

「…?どうした?」

 

「……ユクスキュル先生は、何故ガイストは女性しかいないのかご存知ですか?」

 

アイレンは首肯する。理由は至って単純だ。リュージョンに存在するあまねく精霊は、皆、女性だからだ。

 

 精霊は『神格型知的生命体』と位置付けられており、従来の生物とは異なる立ち位置にある存在だが、生物的特徴としては人間の女性に近い身体構造をしており、精霊が人間の女性に憑依できるのは'器'として最適な構造をしているからだ。その為、精霊の本体である'神格実体'が身体構造上収まりづらい男性には精霊が宿らない………そう思われていた。

 

「知っての通り、リュージョンの人間の体には魔力回路が備わっています。精霊はこれに自分の魔力回路を繋げて魔素と霊力(精霊が持つ魔法属性を含んだ強大なエネルギー)の供給・交換を行うのですが、魔力回路は肉体的・精神的な影響を受けやすい器官なので、その……異性との濃密な接触があると、最悪の場合、能力を消失するリスクが…」

 

「………」

 

有栖が言わんとする事が理解できた。要するに、性交や妊娠などにより魔力回路が変調すると、ガイストは力を失うという事だ。

 

 魔力回路はリュージョンで生きる人間全てが持っている。(地球から移住してきた移民第一世代系は除く。自分の様な第二世代は魔素の影響下で生を受けた事により、魔力回路が備わっている)だが、魔力回路はある程度発達していないと機能しない。その発達の度合いが『魔法使いの素質』である。魔力回路は身体の成長に合わせて発達し、大抵の場合10歳前後で機能の有無が確認できる。大半の人間は発達不十分で魔術・魔法が使えない。

 

 その後の発達は比較的緩やかだが、20歳を迎えると再び変質が始まる為、ガイストは20歳前後で能力が自然消滅すると言われている。

 

 ちなみに、獣人や魔族といった亜人種は魔力回路の形質が人間と異なる為、今の所はガイストに覚醒した者はいない。

 

 ここまで聞いた後、有栖は鋭い視線を向けてくる。

 

「ですから、くれぐれも生徒との距離は考えてください。もし生徒の誰かを妊娠させたりすれば、懲戒審査にかけられ処罰を------」

 

「しねぇよッ、俺はロリコンじゃねえ!」

 

「そうでしょうか?優雨なんかは大分お近づきになりたい様でしたし…、あの子は誠実で責任感も強いですけど、あの様子だと、一途に想いを寄せてくるかもしれませんよ?御伽話の王子様みたいに命を助けてもらったんですから」

 

今度はどこか楽しそうにクスクスと笑う。その表情はどこか悪戯っぽい。

 

「……俺が王子って顔か?」

 

「精巧で綺麗なお顔ですよ?」

 

「さっき30に見えるって言われたんだが?」

 

「そういうのが好きな子も多いですよ?」

 

「渋く見えるけど若いぞ俺は?」

 

「甲斐性がありそうですよ?」

 

「若くは見えないのかッ?」

 

「魅力は人それぞれです」

 

「………別になんでもいいけどよ、その辺は心配しなくていいぞとりあえず」

 

「何故です?」

 

断言するアイレンに怪訝そうな顔をする有栖。アイレンは黙ったまま左手を顔の前に翳す。薬指に嵌められた銀色が夕日に反射し輝く。

 

「俺は婚約中なんだよ。ついでに言えば今年中に結婚予定なんだ」

 

「……えぇッ!?」

 

今日一番驚いたんじゃないかという顔をされた。

 

「…そんなに意外か?」

 

「いえ……まぁ…、でも、貴族の出なら珍しくもないかな…縁談とか…」

 

「違う」

 

「え?」

 

「今の俺はプロキシオンでは平民だ」

 

「え、でも…ナイトなら騎士爵が…」

 

「プロキシオン騎士団は平民でも入れるんだよ」

 

 身分階級制度が廃止される以前から、プロキシオン騎士団は国家警察として平民からも騎士を募っていた。無論、上官の大半が今では単なる称号と化した貴族出身者が占めており、未だ平民出身者との軋轢や差別などの問題は残っているが、国家騎士院の隷下には騎士団の他にも幾つかの実働組織が存在する。特に自分がいた組織は実力社会としての側面が強く、その辺で苦労はしなかった。養成準備学校では似たような事件があったが……少なくとも自分が標的となる事はなかった。それが幸か不幸かは微妙だが。

 

 余談だが、ヘッツァー基地司令のローの出身国であるアトラスには、騎士爵が存在し、ロー自身も伯爵の地位を保有している。おそらく有栖はそれと混同したのだろう。同じ騎士団でも国よって組織の性質はバラバラなのだ。

 

「そうなんですか…すみません。私……あれ?」

 

その時、有栖が立ち止まりおとがいに手を当てる。

 

「今度はなんだ?」

 

「いえ…、『プロキシオン』で思い出したんですけど、そういえば『ユクスキュル』ってどこかで…」

 

「…なんだっていいだろ。行くぞ」

 

アイレンは歩調を早める。慌てて付いて行く有栖は、ますますこの男の謎が深まるばかりだと、困惑を隠せなかった。

 

 

 

 

 

陽が落ちた頃には、アイレンは宿舎の中だった。海辺からさほど離れていないこの施設は、元々はヘスペリデスの防衛に関わっていた職員達の為の宿泊施設だった。

 

 連合軍が防衛するのはヘスペリデス諸島全域だが、ヘスペリデス本島は特殊な事情により迂闊に戦列部隊を配置出来ない。その為、本島直接防衛の為に編成された女性のみの部隊が誕生し、やがて彼女らは学園の指揮系統に組み込まれ、そのまま学園の職員となった。

 

 しかし、その大半が今は輸送機の残骸と共に海の底である。

 

 夕飯を終え、アイレンは比較的広い------それこそ2人分のスウィートルームに匹敵する部屋のベッドでアイレンは横になっていた。シミ一つない綺麗な天井を仰ぎ見ながら思いに耽る。

 

(俺は……ここに’隔離'されたのか…)

 

ベッドから起き上がり、廊下に出る。50人分の個室を備えるこの施設だが、その中は驚くほど人の気がない。

 

 廊下を歩きながら辺りを見回す。部屋の大半はドアが開けっ放しになっており、部屋の中からは主の遺品が詰め込まれたダンボール箱が、無言で配送の時を待っていた。

 

「どこに行くつもりですか?」

 

玄関のドアを開けるのと同時に、背後から声が聞こえる。振り向けば長いポニーテールを揺らす有栖の姿があった。

 

「食後の散歩だ」

 

「…門限は8時です。あと30分ですので、それまでには戻ってくださいね」

 

「了解だ。------そういえば、君もここに住むのか?」

 

「はい。私は討伐隊のリーダーなので」

 

「…そうだったな」

 

それだけ言うと、アイレンは宿舎を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の海辺を歩きながらアイレンは思考を------厳密には、地下演習場指揮室での冬華との対話を思い返す。

 

 

『大戦後、世界各地においてエネルギーの主産である霊脈の多くを失ったリュージョンは、絶望的なまでのエネルギー不足に苛まれた。地球からの支援や原発、その他科学エネルギー産業を持ってしても、霊脈がリュージョンの生命線であり、国を建て直すには圧倒的に足りない』

 

国際機関のリュージョン連合管轄のヘスペリデスが世界に資源やエネルギーを供給している現代においても、未だ人々は苦しんでいた。そして、1番の問題は…

 

『核の惨禍やチェルノボーグの脅威に唯一解決策を見出せるのが、『ミスリル』と呼ばれる希少金属と、『コールダー粒子』だ』

 

放射能で汚染された大地を浄化する事を可能とするコールダー粒子と、チェルノボーグが忌避するミスリルは、リュージョンが抱える全ての問題を解決する上で必要不可欠な存在だ。今後、失われた領土を取り戻すべく、復興を遂げた国々がその2つを十分に確保する必要性は想像に難くない。

 

『だが、リュージョンに存在するミスリルには限りがある。現在、世界に供給されているミスリルの産出の5割をヘスペリデス諸島が占めている。コールダー粒子も今のところ確実に生み出せるのはガイストだけ…。いずれ、世界に残された数少ない使用可能な霊脈であるここ、ヘスペリデスとガイストを狙う国や組織が現れる』

 

ラーフェンやイプトの様な大国は、広大な領土を取り戻すべく、一刻も早くミスリルとガイストの確保を求めている。実際、国籍不明機による領空の侵犯は近年劇的に増えており、他国からの工作員の存在も報告されている。

 

 そして、何よりの脅威は…

 

『ミスリルから発せられる磁場により、世界は自国領内を守る術を手に入れた。ミスリルは『トゥルリス』と呼ばれる巨大なミスリル製の柱を何本も建てる事により、ミスリル磁場の結界を作って自国領内へのチェルノボーグの侵入を防いだり、砲弾やミサイルにミスリルを混ぜる事により、高い再生能力を持つチェルノボーグを効率的に倒せる様になった。だが……我々人類だけじゃなく、ヤツらもまた常に進化している』

 

件の輸送機襲撃の時の様に、チェルノボーグはミスリルの加護が効かない高空において、人類が用いる航路を割り出し、待ち伏せを執る戦術や身体の変異による対レーダーステルス等、その進化の速度は文字通り規格外だ。

 

 いずれ更なる進化を遂げ、この島を含む世界中への大規模攻勢を可能とする日が来るかもしれない。

 

『連合軍は他国からの本格的な軍事侵攻があった場合、連合安保理事会の議決なしには動けないし、多国籍軍という構成上、場合によっては迂闊に行動出来ないリスクがある。チェルノボーグやテロの脅威に関してもだ。いずれにせよ、シュッツァー駐留軍とヘスペリデス学園の防衛戦力だけでは不安が残る。故に------』

 

ガイスト達に、戦う術を身に付けさせた。

 

 自衛の為、学園を守る為、精霊使いの少女達で構成された戦闘集団------通称、『討伐隊』が結成された。

 

『ガイストの力は強大であり、需要は幾らでもある。その為、世界中でガイストを’家畜'や’兵器'として徹底的に管理・利用する国が後を絶たず、闇では拉致誘拐による人身売買まで行われる始末だ…。結果、ガイストの人権保障と身の安全を引き換えに、ここ------ヘスペリデスでの生活を送らせる事となった』

 

ガイストは、その力の強さ故に危険視される傾向もある。近年、ガイストを利用した犯罪や内乱、そしてガイスト自身によるテロが多発し、やがて人々はガイストを恐れ、迫害や弾圧を始めた。世界中で多くの国がガイストに対して人権の剥奪、戸籍の抹消といった法的強行策に入り、収容所での過酷な強制労働に就かせ、エネルギーや資源の生産の他、'生体兵器'として酷使し------------最悪の場合、虐殺の対象となった。

 

 その為、一般社会からの完全な隔離と、生産義務を負う見返りとして、彼女たちに小さな……平和の箱庭が与えられた。

 

『6年前、連合の人権保護委員会が各国の反対を押し切り、ガイスト達の唯一の楽園として造られたのが、ここ------ヘスペリデス学園だ』

 

アイレンはふと立ち止まり、月光に照らされる地平線の彼方を見据える。

 

 ------この島を出たが最後、ガイスト達には過酷な命運が待っている。

 

『ヘスペリデスは単なる魔法学校ではない。ガイストが------彼女達の様な年端もいかない少女達が安心して暮らせる最後の楽園……だった』

 

 冬華はそれ以降、話を続けようとはしなかった。彼女の表情は、悔しさとやるせなさに満たされ、握られた拳は少し震えていた。

 

 今となっては、この島を守る主戦力は、ガイスト自身だけだ。人間に襲撃されても、チェルノボーグに襲撃されても、この地を失えば、彼女達は今後、人間として生きていけなくなる。

 

 誰も守ってくれはしない、世界が自分達の敵であり、生き延びるには戦うしかない。

 

「…世界から狙われてるのは、俺も同じか…」

 

失笑気味に自分の手を見遣る。そこにあるのは、今まで隠してきた精霊紋だ。

 

「………」

 

暫く見つめていると、視線を逸らし帰路に着く。そろそろ門限だ。

 

 

 

最後に、冬華は自分に縋るような言葉をかけた。

 

『私たち大人では、彼女達を守りきれない。だが君なら……同胞である彼女達を守り、未来に導く事ができるかもしれない』

 

『……自分は…』

 

『分かっている。君の立場が……力の事も。だが、それでも頼む。君が彼女達にとっての……最後の希望なんだ』

 

 

 

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