耳にするのは、銃声と爆発音------。
鼻に入るのは、火薬の硝煙臭と死体の腐乱臭------。
目にするのは------死体。人間、非人間問わず、見渡す限り死体が広がる世界で、アイレンは生きている。
この戦線では、異形の怪物以外にも、戦火で故郷を失い、彷徨い続ける亡国の民から生まれた山賊やゲリラが敵となる。その大半が、前線付近で固まる難民キャンプに潜んでおり、近辺の国々に侵入しては、小規模な集落を襲撃、住人を虐殺し、略奪の限りを尽くす。
今の世界には、彼ら難民に救いの手を差し伸べる国や組織は存在しない。リュージョン大戦で凡ゆる余力を削られた以上、金も食料も水も、難民に分け与える物は何一つないのだ。
結果、世界各地の難民キャンプで大量餓死事件が発生し、死に物狂いで奪い------殺して生きる難民達がテロや襲撃事件を起こすニュースも珍しくなくなった。
「------オラァッ!早く歩けクソガキ!!」
BDU(野戦服)に身を包んだ兵士が、9歳の少女の頭にアサルトライフルを突きつけ、20人程の列に並ばせる。列にいるのは全員難民------立っているのは10歳未満の少女達だけだった。
彼女らの後には、ボロ布を纏った'難民だった者達'が転がっている。こちらは老若男女と様々だが、全員が共通して、顔を絶望と恐怖に染め絶命していた。中には赤子を抱いたまま死に絶えた女や、足腰が立たず杖が傍に投げ出された老人もいた。
ここから50メートルも離れていない場所には、彼らの住処である難民キャンプがある。今でもそこでは別の部隊の兵士達が、『食べ頃で美味そう』と言って残した12歳〜16歳の少女達をレイプしているのだろう。少女達の悲痛な叫びがここからでも聞こえてくる。
この戦線に配備されてから半年、既に見慣れた光景だ。
ああいったキャンプに潜む山賊まがいの連中の頭に砲弾を落とし、キャンプを焼き払い、そこで息をする人間と'人間モドキ'を死滅させる------それが、自分達に課せられた任務だった。
それを遂行している人間達が、栄誉と高潔を声高に唱える自国の騎士団だと聞いて、内地で平穏に生きる人々はどう思うだろうか?
旧貴族出身で、虫を殺すのにも強い抵抗を示した心優しい同期の青年が、ここでは泣いて命乞いをする8歳の少年を、笑いながら銃床で殴り殺し------。
奉仕精神に満ち、苦しむ人を助ける為なら、どんなに過酷な訓練でも乗り越えてきた芯の強い女騎士が、病気で歩けない妻を背負って逃げる夫の背中を真顔で撃ち------。
紳士の鏡とまで言われ、内地での勤務ではもっぱら好評だった上官の男が、泣き叫びながら必死に抵抗する15歳の少女を組み伏せ、服を破きながら愉悦を浮かべ、『こいつは滅亡した国の元王女だ。顔が綺麗だろう?オッドアイの目も金の髪も高貴なままだ…、白い肌も柔らかいし、綺麗な内に食っとけ』と言い、必死に腰を振りながら犯し尽くしていた------。
------これらを聞いて、見て、それでもテレビのニュースで流されている様な、『国家の平和と安全の為の聖戦』などと嘯けるのだろうか。
派遣されて1ヶ月目は、野戦陣地のトイレに駆込み、ひたすら嘔吐した。
2ヶ月目になると、ゲリラに襲撃された村で、殺された村人やレイプされた後に殺された女性を目の当たりにした。
200人以上の死体の山も見た------。
親を失い泣きながら歩く5歳の女児を見た------。
首のない死体や、全身を切り刻まれ電柱に吊るされたままの死体もあった------。
怒りに震え、凡ゆる情けをかけず、難民は排除すべき敵として見た。チェルノボーグを殺す時と同じ様に、この世から絶滅せんばかりに戦った。
奴らは罪を犯した------。故にその血で贖わせる。奴らが生きるという事は、大勢の罪なき命を奪い続けるという意味に等しい。
これは聖戦だ。男も女も子供も老人も、ここにいる人間は全て敵だ。こいつらを生かせば自分の大事な人が奪われるかもしれない。
だから……同じ様に全てを奪い尽くした後に、殺し尽くすことにした。
「さぁ歩けクズ共!!」
「お前らは人間じゃねえんだ。難民よりもタチが悪りぃ!」
「とっとと進んで死ねッ、悪魔憑きのガイストが!!」
その中でも、強大な力を持つガイストは優先的に殺した。専門的な魔法教育を受けなくとも、魔力の流れから炎や毒の霧を生み出し攻撃する者もいる。
かつて、難民に紛れたガイストの少女------7歳位の女児を助けようとし、彼女から放たれた炎の塊に呑まれ、生きたまま焼き殺されたのをきっかけに、この部隊では憎悪の対象となった。
他の部隊も似た様な理由でガイストを恐れ-----憎んだ。
『精霊の加護』により、体内ホルモンのバランスが調整される彼女らは容姿端麗で健康な者が多く、性的加害の標的となった。
力のないガイストは強姦され、力のある者は殺される------。
より力のある者は、同じガイストである自分が殺した。
(こいつらは敵だ…、俺とは違う悪魔の片割れなんだッ)
そうして、難民キャンプから移動する際、ポーターとして徴用した難民達を、荷物持ちとして酷使し、最後にはこうして地雷原を歩かせる。
既に立っているのは、かろうじて体力に余裕のあるガイストのみ、残りの者はこの場で全員力尽き、「使い物にならない」と言って処刑された。
「歩けって言ってんだ!!撃ち殺すぞッ」
小隊を取りまとめていた将校が空にアサルトライフルを撃ち放つ。
生気のない乾いた瞳のまま、少女達が死の行進を始める。
横に並んで進む列の内、最初の3人の足が吹き飛ぶ。絶叫する彼女らを見て、鑑賞する兵士達が盛り上がる。
恐怖で身がすくみ、その場で蹲る者は背後から撃たれ、列から離れ逃走を試みる者も、地雷を踏み絶命する。
20人の列が、あっという間に1人となった。過去の大戦で埋められた地雷はこの戦域だけでも数百万個に上る。逃げ場などない。
そして……最後の1人がこちらを振り向き、何事か呟く。
「…こんな…世界------」
銃声。
言い終わる前に、少女の眉間が撃ち抜かれる。
脳漿を撒き散らし、倒れると同時に地雷が起爆------肉片と化した。
「よっしゃー!ビール一本ッ」
「あーチクショウッ、当てやがったか…」
10歳にも満たない少女の呪詛は誰の耳にも届かず、賭け事の勝負として眉間を撃ち抜いた兵士が、仲間に酒を奢られる事を喜び、隣の同僚が悔しがる。
やがて背後の難民キャンプからの悲鳴が止み、代わりに炎が燃え上がる。
お楽しみタイムを終えた友軍が火を放ったのだ。
アイレンはそれを見ていた。黙って見ていた。
かつて自分が心の底から憎み---呪い---厭悪した筈の戦場と、空を燃やす黒い煙を------。
「………」
最悪の目覚めだった。
朝の早起きは得意だ。準備養成校時代からずっと習慣として叩き込まれた為、朝5時にもなれば自然と目も醒める。とは言え、忌まわしい夢を見た後の寝覚めは、アイレンを朝から不快にさせるには十分過ぎる程のストレスを与えた。
アイレンは広めのベッドから起き上がると、洗面台に向かい、素早く洗顔と歯磨きを済ます。鏡の自分と向き合い、コンディションを確認する。顔色はいつも通り、周囲からよく言われる所の、'特有の疲れのある目'をしていたが、正直これが良好かどうかは、もはや今の自分には判断出来ない。少なくとも、昨晩は普通に寝付けた様なので問題はないと思うが。
「……」
ガイストの少女達に己を守る術として、戦闘技術を教え込むべく派遣された身となったが、結局、教師となってもやる事は変わらないらしい。
今日の自分も、戦士の顔のままだった。
別に何かを期待していた訳じゃない、だが……本来は気が立たない筈の安全地帯よりも、戦場に身を置いておく方が、自然と心に安らぎを感じる。
お世辞にも真人間とは言えない己の心理状態に、アイレンは皮肉めいた物を覚える。
『国家と王家に仕える騎士は、常に人徳と武の研鑽に望み、如何なる時も常に忠誠を誓え』
その一員であり、表彰される位には真っ当な騎士になったというのに、現実の自分は戦場から出たが最後、何の取り柄もなく、退屈な毎日に圧迫される感覚を抱き、それを地獄とし、最終的には戦場を拠り所にする社会不適合者同然の存在だった。
そして、それ以前に……。
「'アドラーのガイスト殺し'が、ガイストのガキ共を守れ…?」
冗談も程々にして欲しい。外のガイストを殺し尽くさんばかりに死力を尽くした自分が、今度はこの島でガイストの希望になれ?------かつて自分は、この世界を焼いた戦争という名の業火を呪った。凡ゆる兵器に魔法と科学の神髄が詰め込まれ、殺戮の限りが尽くされたあの情景を------。
そして------今ではその一部と化した自分が、どうやって彼女らを導けというのだ。
導く先など、この世界には何処にも無いというのに……。
*
そんな陰鬱な気も知らず、話してくるのが子供という生き物らしい。
「…つまり、俺の特技を知りたいと?」
「「「そうで〜〜す」」」
朝っぱらから教室の前で待ち伏せを受けたアイレンは、11歳の女生徒3人に囲まれている。
どうやら彼女達は、優雨達を助けたという話を聞き、自分に興味を持ったらしい。好奇心に満ちた目でキラキラとした眼差しを向けてくる。
「せんせー!地球でオサマ・ビンラディンを殺したってホントーですかー?」
自分が居たのは米陸軍であって海軍ではないのだが…。
「先生ー!NAVY SEALEsの一個小隊全滅させたって本当ですか!?」
ビンラディンを仕留めた特殊部隊も殺しているらしい。
「センセー!地球の秘密結社で天使とか悪魔とかを監禁する仕事してたって本当ですかー!?」
アイレンは頭を抱えた。一体自分の情報はどこまで錯綜して伝わっているのだろうか。
「…とりあえず、俺の特技は実技授業で披露してやるから、教室に戻れ」
「「「えええ〜〜」」」
「え〜じゃない、早く戻れ!ここで披露できる代物じゃないんだよッ」
アイグレー教室の中にに3人を押し込み、子供の無秩序な元気っぷりに溜息をついていると、
『アイレン・H・ユクスキュル先生。至急、職員会議室までお越しください』
校内放送から聞こえる声に、アイレンは嫌な予感がしながらも、足早に向かうことにした。
「「「せんせ〜、お仕置き頑張って耐えてね〜」」」
教室のドアから先程の3人が顔を覗かせ、笑顔で手を振りながら何もしていないのに勝手に人を背後から罪人扱いしてきた。
心なしか楽しそうな表情をしているが、テキトーな事を言うのも子供の一面らしい。
*
アイレンの身長の1.5倍はある木製の扉の前に辿り着くと、ギッ…とやや大きめの音を立てながら扉を押し開く。
音に気付いた室内の人間が一斉にこちらを振り向き、一瞬ドキリッとしたが、軽く会釈して自分の物と思われる席に着く。楕円形の会議机には自分を除く15名の職員が列席しており、その中には冬華の相もあった。
1つしか空いていない席を見て、どうやら自分で最後らしいと悟る。
「遅いですわよ、先生」
「すまない」
見れば幾人かの女生徒が会議机を囲む様に屹立していた。その内の1人であるユリーナ・ファン・ファンセンフセがこちらを鋭く一瞥する。
急な呼び出しだったので、別に遅れてはいないと思うが、言い訳はみっともないのでしない。
この場にいる女生徒は、ユリーナ、アイリーン、リナ、優雨、由花…それから生徒会長の有栖を含め、討伐隊のメンバーである少女達が合計で6名だった。
やがて討伐隊司令官の冬華が周囲を睥睨し、出席者の確認を取る。
「全員揃ったな…ではこれより、今後のヘスペリデスにおける最大の脅威に対する防衛計画の立案会議を行う!」
会議室に備え付けられた大型ディスプレイに何枚かの写真画像が映される。
「先のチェルノボーグ襲撃の際、島の各所に複数設置された『トゥルリス』のミスリル磁場により、本来ならあの空域にチェルノボーグは侵入出来ない筈だった…。しかし、奴らは結界をすり抜け、我々の輸送機を待ち伏せしていたのだ」
ミスリルの磁場はチェルノボーグの高い再生能力を無効化する金属であり、ミスリルの檻に閉じ込めれば数時間で衰弱死する程だ。
「調査した結果、一昨日未明、このヘスペリデス本島の『第7号トゥルリス』が、何者かによって人為的に破壊、無力化されていた事が判明した」
周囲にどよめきが走る。新たに映されたトゥルリスの残骸跡地の写真には、全高150mの巨大な銀の塔が、まるで強酸を浴びたかの様に腐食し、根元から折れている様が見てとれる。
「残骸からは、チェルノボーグの特殊個体が精製したと思われる強い酸性部質が検出された。詳細は未だ不明だが、これにより第7号トゥルリスは崩壊したと見られる」
その時、若い女性職員が恐慌に駆られた様子で挙手する。
「だ…第7号トゥルリス崩壊により、結界の維持に支障が出れば、外界のチェルノボーグが一気に侵攻してくる可能性があるのではッ…?」
その発言を皮切りに、会議室内の全員が青ざめる。
冬華は冷静さを失わぬ様に、説明を続ける。
「…その通りだ。過去に幾つかの国で、地震や台風などの自然災害、あるいは紛争の影響でトゥルリスが崩壊し、チェルノボーグの一斉侵攻による殺戮の嵐------我々が『ゾーエの末日』と呼ぶシナリオが発生した事例がある。このまま何も手を打たなければ、我々は半日で、チェルノボーグに全員が食い殺され、全滅する…」
数年前、『ゾーエの末日」により崩壊していく国家の様子が国際ニュースで世界中に生中継された。その様相を一言で言えば、地獄である。
町が炎で燃え上がり、その中を蠢く異形の群れが津波となり、人々を生きたまま飲み込んでいく様が、ここでも引き起こされる------。
凄惨なビジョンが脳裏をかすめ、軽く身震いを起こし、口元を押さえる者が何人かいたが、冬華は「しっかりしろ!!」と激を飛ばす。
「既に代替トゥルリスの建設用意は出来ている。我々の役目は、その代替トゥルリスが完成し、結界が復活するまでの間に、チェルノボーグの侵攻を止める事にある!…質問はあるか?」
討伐隊現場指揮官の有栖が手を挙げる。
「代替トゥルリスの建設にかかる所要時間は?」
「昨夜から始まっている。第7号トゥルリスが実際に崩壊したのは昨日の夜だ。その時点で強酸による腐食、磁場の低下は起きていた様だが、倒壊するまで誰も気づかなかった…。建設にはどれだけ急いでもあと3日は掛かる」
「周辺のチェルノボーグの動きは?」
「既に一番近い大陸で、チェルノボーグ梯団の移動が確認されている」
すると、今まで1人考え込んでいたユリーナが疑問を口にする。
「チェルノボーグの動きが早すぎませんか?ミスリル磁場が弱まったと言っても、それに気付いて、いきなり別の大陸から大規模な梯団が来るなんて…」
「それは、私の仕業だ」
突如、男の声が聞こえる。
「-----ッ!?誰だ!」
「ここだ」
見れば、いつの間にか会議机の隅の席に声の主が座っていた。
装甲を思わせる重厚な鉄仮面、ボロい黒マントの内側から、古代魔術語で描かれた包帯が覗く。アイレンは素早く腰からSIGを抜いて照準。
「貴様…あの時の!」
「昨日ぶりだね、アイレン君」
妙な巻き舌のある英語に、親しみを覚える穏やかなテノールの声は、どこか機械じみた平坦さを感じる。
やがて仮面男は不気味に宙に浮いたかと思うと、会議机の上に乗り、冬華と向かい合う。その在り方は死人------幽霊じみた空気があった。
「学園長は不在かな?」
「生憎だが、貴様に会わせる者はここには誰1人いない!」
冬華は気丈に振る舞いつつ、真正面から仮面男を睨みつける。
「いや失礼、急な出張だったな。まぁ…この際だし別に構わない」
冬華の眼光など知らぬかのように、仮面男は周囲を睥睨する。
「お初にお目にかかる。無能な楽園の管理人達よ、私はユーリー。ユーリー・ゾルネロヴィッチ・イヴニョーリ。端的言えば、君達の敵だ」
その瞬間、呆気に取られていたユリーナ達討伐隊が精霊武装を展開、ユーリーに向ける。ユリーナは槍を構えたまま鋭く睨みつける。
「あの時…女子生徒2人と先生方3人を殺し、優雨さんを手に掛けようとしたのは…貴方ですわねッ?」
「ん?あぁ…君はあの時の。ふむ……確かに、そこの彼に追われてる時、偶々入り込んだ古い倉庫に2人の少女がいたね、シェルターに逃げ遅れてあそこに隠れていたんだろう。ビックリしてつい殺しちゃったよ」
「…ッ!よくも…!!」
涙目で叫びそうになるユリーナ、しかしそれより先に隣の人物が動く。
「悪いのですが------」
アイリーンが大剣を振りかぶって懐に飛び込み------
「隙だらけです」
ガキィィィィィンッ!と、大剣が弾かれ空を舞う。
「な…ッ」
本人も、容易く弾かれた事に驚きを隠せていなかった。神速の斬撃が、不可視の壁の様な物に阻まれたのだ。
「悪くない一撃だが、それじゃ効かないよ------」
「アイリーン!下がれ!!」
「ッ…!」
アイリーンが後退すると同時に、冬華と職員達が抜いた拳銃が一斉に火を噴く。アイレンも撃つ。
各自の弾倉が空になるまで撃ち続けられたが、放たれた弾頭は全てユーリーの手前20cmで、不可視の壁……いや、違う。
「…影ッ?」
「正解だ。アイレン君」.
満足した様な声を漏らしたユーリーの周りから、体高3mはある黒い人型の影が三体------この場ではアイレンだけが視認出来た。他の者には無数の弾丸が宙で浮いたまま止まってる様にしか見えない。
「私の精霊が与えてくれた力だ。私はコレを魂の写し…『アプビルト・デア・レーゼ』と呼んでいる。これを視認出来るのはまず私以外いないのだが…君はやはり特別らしい。アイレン君」
「精霊だと……まさか、貴様…!」
「改めて自己紹介しよう。私は------元ソビエト連邦軍参謀本部情報総局・空挺軍第275独立親衛特殊任務連隊……コードネーム『スコーピオン』、ユーリー・ゾルネロヴィッチ・イヴニョーリだッ!!」
死人じみた雰囲気が消え失せ、衝動の籠った活力が声に宿る。響き渡ったその台詞に、全員が身を凍り付かせた。
「275ってッ…」
「旧ソ連がリュージョンに派遣したGRUの極秘部隊…存在する筈が…!」
「『スコーピオン』だと…!?」
「つまり…この男もガイスト!?」
戦慄く職員達をユーリーは悠然と見下ろす。
「信じるか信じないかは君達に任せる。さて……もう言わずとも分かるだろうが、君達のトゥルリスを破壊し、チェルノボーグを大陸から誘導しているのは私だ」
「何故そんな事をッ」
「残念ながら言えない、クライアント命令でね。ここに来たのは……ゲーム開始の挨拶の為だ」
巫山戯た事を言ながら、睨み据えるアイレンを鼻で笑うと、
「諸君ッ、これから始まるのは究極の生存闘争だ!水も、食料も、土地も、資源も…全てを奪い合い殺し合う原始的な争いだ!!リュージョン大戦で全てを失った人類が、ケダモノと化し、ひたすら血で血を洗う惨禍に身を投じ、虫ケラのように殺されていく様はまさに至極ッ、さて、開始のホイッスルを鳴らそう…………君達の悲鳴で」
瞬間、宙に浮いていた弾丸が一斉に落ちる。悪寒がアイレンの背筋を落雷の速度で駆け抜ける。
「…ッ、伏せろ!!」
叫ぶや否や、偶然近くにいた優雨に覆い被さる。ユーリーを囲んでいた影達が一斉に手を伸ばす。それらは室内を縦横無尽にうねりながら、手当たり次第に職員達の手足を斬り飛ばしていく。不可視の手は妖刀魔剣の如き切断力で屍山血河築き、阿鼻地獄を体現した。
血飛沫と悲鳴で場が支配される中、アイレンは優雨を庇いながら防護魔術を展開、ユリーナ達も同じように影の手から身を守る。
惨劇が終わった時には、室内は倒れた職員達の呻き声で満たされており、そこにユーリーの姿はなかった。