(side.B)
一体いつ頃からだっただろうか。
あらゆることへの諦めがついたのは。
いつ頃からだっただろうか。
自身が"人間"でいることをやめたのは。
『悪魔』
そう叫んで逃げ惑う脆弱な生き物を衝動に任せて鏖殺する。
周りにあるもの全てを破壊し、抵抗するものはすべからく叩き潰し、消し飛ばした。
伝説の戦士として畏れられ、衝動の向くままに暴虐の限りを尽くす。
―――何よりも誰よりも、自由気儘に在る筈だった。
しかしその実、俺はただの傀儡でしかなかったのだろう。
まるで水底のように深く深く沈みこんだまま、まるで世界そのものから隔離されたような感覚で俺は"俺"を見ていた。
力が増す度、湧き上がる気が膨らんでいく度に、自分が自分でなくなっていくような意識と身体のズレもまた大きくなっていく。
完全に一致していたのはほんの僅かな時間でしかなかった気がする。
遥か以前、まだ赤子の頃。最初に力に目覚めたあの時から生じた些細な違和感は、時が経つにつれて力の増大と共に比例するかの如く少しずつこの身を蝕んでいった。
全く抵抗しなかったわけではない。
が、自らの肉体のみならず意識すらも時折呑み込まれ成す術は無かった。
そんな有様だ。自分という存在に関してすら、真に俺が手にしていたものなど殆ど何も無かったのかもしれない。
日のうち俺が俺のまま居られる時間は、"成長"するに従って徐々に短くなっていく。
取り返しがつかなくなる前に手を打ったのは親父だった。
頭に取り付けられたそれは、絶えず不快感をもたらしつつも俺という存在を確かに繋ぎ留める。
その引き換えに、感情や精神そのものも力と共に道連れとして抑圧されたが大して変わりはしない。
とうの昔から、自分の自由になるものなど何一つなかった。
深く深く沈められた暗がりの底から、まるで他人事のように届かない水面を見つめている。
―――楔が。自身の奥深くに食い込む。
いつしか太く大きく肥大し、この身体を縫い止めたまま離さない。
そして自らと同じくこの奥底に沈殿し、動かせもしない五体へまるで汚泥のように纏わりつく"それ"は、衝動と呼ぶには随分と生暖かかった。
だがそれに任せ意識を手放すたび、またこの手の中で生命の灯が消えてゆく。
生きているのか死んでいるのかすら、どこか判然としない。
制御装置により安息とも到底呼べぬ仮初の穏やかな時間はもたらされたが、その頃から入れ替わるようにして徐々に今度は親父の様子がおかしくなった。
妙な計画を言い出したのもその頃からだ。俺という兵器を完全に手中に収めたことが切っ掛けとして、長年沸々と溜め込んでいた復讐願望に火が付いたらしい。
それまではどこか二人で暮らせる場所を、などと日和ったことをほざいていた癖に今や帝国を築くとまで豪語している。
無差別に暴れることがなくなった俺が力を振るう機会は、完全に親父の計画のうちに御された場面のみとなった。
『お前は、もう何も考えなくて良い。』
『殺せ。ただただ殺せ。俺達の邪魔になる存在全てを』
日々語り掛ける親父のその言葉はまるで呪いのように染み渡り、暗がりにこの身を縫い留める楔をさらに肥大させていく。
見上げる水面の向こう側で、ただ命令通りに行動するだけの俺の姿はまさしく傀儡そのものだった。
このままいつか使い潰される日が来るまで、滑稽な人形で在り続けるのだろう。
―――もう、何もかもがどうでもいい。
計画の実行が近づく中、妙な奴が現れた。
"ブロリー"
奴がそう名乗ったのを聞いた途端、言いようのない不快感が沸き起こる。
俺が本当の意味で手にしているものなど、ほとんど無いというのに。
数少ない、そのうちの一つであった名にすら他人の指が掛かったようで久方ぶりに感情を揺り起こされた気がした。
苛立ちのままに攻撃しようとしたが、折悪くその場に現れた親父に向かってソイツが犬のように飛び掛かっていく。
まるで餓鬼の癇癪のような振る舞いを見ているうちに、こんな屑に調子を乱されたことが馬鹿らしくなりどうでもよくなってしまった。
そのまま捨て置いて忘れ去ろうとしていたが、親父が一応食わせると約束していたせいだろう。
ほんの一日も経たず奴は飯時に再び顔を見せた。
『・・・おまえは、おとうさんのこと、好きじゃないのか?』
どういう流れだったか、奴が不意に放った言葉。
それを聞いた瞬間、自らの内に妙な軋みを感じた気がした。
奴が親父のことを父親と呼ぶ度、その話をする度に、耳障りに感じて己のどこかがささくれ立つ。
普段は少量舐める程度の酒も気づけば数本を空け、この騒めきが何なのかを理解せぬまま眠れぬ夜を過ごした。
―――嫌なことというのは立て続けに起こるものだ。
ベジータに無駄な労力を割かせ連れ回した日の夜。
宮殿へ戻った直後、ある男の声を聞いた途端に俺の中の均衡が一気に崩れ出した。
『カカロット』
ベジータがその名を呼んだ瞬間、遠い果てに押し込められていた記憶が脳裏に蘇る。
人生でその名を聞いたのは過去一度きりだった。
俺の手からは様々なものが塵芥のように零れ落ちていったが、この身この名と同じく僅かに残ったもののうちのひとつ。
それは矜持だ。
この世で一番強い、伝説と謳われた最強の戦士という紛れもない事実。
俺は強い。だから恐れられた。だから命を奪われかけて放逐までされた。
強かったからだ。・・・なのに。
『戦闘力たったの2のバーダックの倅がパラガスの倅を泣かせたぞ』
『戦闘力は低いがカカロットと名付けられたガキ、根性だけは大したもんだ』
力と力の衝突ではなかったとはいえ、最強であったはずの己が一度屈したというその記憶は強烈な自己矛盾を生んだ。
それはすなわち、これまで迫害され生きてきたその全てを否定されることに等しい。
―――到底許せることではなかった。
俺がここまで生き延びてきた意味も、価値も、根底から揺るがすあの泣き声を。
消さなければならない。この世から跡形もなく。
暗がりで全身に纏わりつく衝動という名のそれはやがて激情へと変わり爆発的に溢れ出した。
水面を超えて向こう側まで到達しそうなそれを、親父が起動した制御装置で無理矢理抑え込む。
その場はなんとか収まったが、箍が外れかかっているのは自分でも判っていた。
部屋へ戻るも眠れはせず、椅子に腰かけたまま昂ぶりをどうにか抑え続ける。
夜半過ぎに至っても落ち着くどころか酷くなる一方で、既に思考すらままならないほどに限界は近づいていた。
―――気が、とめどなく勝手に自らの底から溢れ出してくる。
内から湧き出る衝動そのものであり、俺の肉体を幾度となく奪っていくそれはもはやもうひとつの意思と言っても差し支えないものだ。
薄氷の上を歩くような精神状態で周りを気にする余裕など到底なかったその時。
いつの間にかすぐ傍まで近づいていた気配がひとつ、俺に触れた。
奇妙なことにそれは水面を超えて"こちら側"にまで届き得るものだと直感で悟り、反射的に拒む。
視線を上げると、俺の名を騙る例の奴が驚いた顔をしてこっちを見ていた。
・・・今、何をした?
その問いを口に出すより早く、限界は訪れた。
予想外の干渉を突如受けたせいなのか、動揺という名の綻びから気と共に膨れ上がった衝動がついに向こう側まで溢れ出す。
暗がりで動けないままの俺の意識を呑み込み、塗り潰して、叫んだ。
『カカロットォォォ!!!!!』
肉体は再び己の制御から外れ、衝動の向くまま勝手に動き出す。
こうなってしまえばもう、"俺"はただ見ていることしか出来なかった。
思い出して以降、あの泣き声が耳にこびり付いて離れない。
・・・記憶というのは厄介なものだ。ひとつ思い出せば連鎖的に余計なものまで否応なく掘り起こされる。
屈辱。向けられた殺意。食い込んだ刃の感触。打ち棄てられた絶望感。崩れていく星の輝きと生命の危機。湧き上がった激情。
あの泣き声を切っ掛けとして、思い出したくもない忌むべき記憶の数々が次々と蘇って俺を苛んだ。
そして沸き起こる負の感情が、衝動と力に転化されまるで炎に薪をくべるようにして燃え上がってゆく。
際限なく上がり続ける力を前にして、カカロットも奴も到底対処仕切れないようだった。
妙な術を使われてもなお振り切って止まらない。
このままだと歯止めが利かなくなるだろうとなんとなく感じてはいたが、最後の分水嶺に至る前に親父が慌てて場へ飛び込んできた。
これまでで最大限の輝きを放つ制御装置は、軋みを上げながらもまだギリギリのところでその役割を果たしている。
急速に気が萎み、俺は再び引き戻された。
これ以上視界にカカロットを入れないように遮られ、そのまま親父に連れられて帰還する。
部屋に戻された際、親父は何かを言おうとしていたようだが暫く躊躇った後そのまま踵を返していった。
・・・恐らくは、原因に気づいているんだろう。
半壊した部屋を抜け出し、バルコニーから外へ出た。
どうせ今日もまた眠れそうにもない。
泣き声がする。
ずっと静寂に満ちていたこの暗がりの底にまで響いてくるあの忌々しい声が、いつまで経っても消えてくれない。
あらゆることへの諦めは疾うの昔についていた。
だが、それでもまだ手放したくないものはあったらしい。
―――夜が、明けようとしていた。
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正直蛇足になるかもしれないなあとは思ったんですが、ここまで触れられていなかった部分の補足も兼ねてこっち側のことも書いておきたかったので幕間として入れてみました。
次回からはまた超ブロ側の本線に戻ります。
以下、またアンケートを置いておきますのでよろしければ一票おねがいします。
※いまのところ結末がどうなるかはもう決めていて変える予定もありませんので、あくまでみなさんの温度感を知りたいなあ程度の軽いきもちです。
なお、このお話で記載した情報などを考慮する必要もありません。お気軽にポチっとどうぞ。
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