ゲーム自体のルールは構築してあるので追々出していきたいですね。
1.先輩はPJがとても弱い。
文明って素晴らしい、夏には特にそう思う。
僕らが通う高校から程近いカードショップ『もいらい』。
明るい店内には冷房がよく効き、今は人もまばらな時間帯。真っ白なテーブルが並ぶスペースで、僕は頬杖をついて灰色の癖っ毛を揺らす先輩を眺めていた。
「ぐぬぬ……」
「このリーサル*1対抗は2体処理要求なので鉱石デッキなら余裕で持って行けそうですが……」
目の前から聞こえてくる先輩の唸り声は必死な色を滲ませている。
涼しい店内なのに汗まで垂らして、そんなに酷い状況なのだろうか? ちょっとどうなっているのか見てみたい気持ちもあるのだが、今やっている事のマナー的にはよろしくないのでおそらくはもうすぐ来るであろう感想戦まで少しの我慢だ。
「ぬう……だめだこの手札じゃ抜ける手が思いつかないよ、ぼくの負けだ。対戦ありがとう
「対戦ありがとうございました。どんな手札と伏せだったんですか?」
「こんな感じだねぇ」
そう言うと、先輩は僕に握っていた手札と盤面に伏せていた札を公開した。
酷い有様だった。
なんというか、目玉焼きを作ろうとしたけどかつては目玉焼きだった名残が見えるスクランブルエッグが出てきたとでも言うのか……。
「鉱石テーマもダメ……と……」
「もう5戦したのに20枚ある筈のサーチカードが全く来ないねえ!」
「20枚もあったらもう少し動けそうな物なんですけど……デッキ見てみましょうか……うぉっ底にめちゃくちゃ固まってる……! 怖い!」
およそ人間業とは思えない光景だ! なんなら僕がカットしているのにこの惨劇はなんらかのスピリチュアルな事象が働いているとしか思えない! この世界にはそういうスピリチュアルが実在しているから余計に!
「ぼくと相性の良いデッキは本当に存在するのかな……?」
「先輩くらい頭が回るのにカードゲームだけ信じられないほど弱いっていうのは不可解ですからね。絶対ある筈です」
「がんばるぞぉ」
「その意気ですよ先輩」
先輩が胸を張ってもうひと頑張り、と気合を入れる仕草をする。その胸は小さな背丈に見合わず豊満であった。
さて、僕らが何をしているのか全く分からないという人も居ると思う。一応部活動だ。部員数が足りなくて同好会扱いではあるけれど、ちゃんと学校にも認可されて僕と先輩──
「今年はぼくも進級してやるからなぁ~っ!」
「先輩、ちょっと声を抑えましょうね?」
「ウッごめん……」
現状の主な活動は、カードゲームがあまりにも弱過ぎて留年してしまった先輩の特訓だ。
◆
活動はさておき、僕には前世の記憶というやつがぼんやりある。
かつてどれくらいの歳で亡くなったのかは全く覚えてはいないが、前世が今とほぼ同じ文明レベルだったのは覚えているし、前世でもカードゲームが好きだったのも覚えている。
しかし今生には大きな違いが幾つかあって、そのうちの一つはさっきから先輩と特訓している『Promise Judge』──通称PJが僕が生まれるよりも前に世界初のTCGとして発売され……現代の社会システムに組み込まれるレベルで浸透と発展が行われていた事だ。
PJプロフェッショナル──PJ専門のプロカードゲーマーは保育園児から中学生までの憧れの職業として不動の一位を譲らなかったし、多分高校でも一位だろう。
僕の父さんは仕事の営業でマッチ(対戦の事だ)をする事もしょっちゅうだから「勉強からいつまでも逃れられない!」とハイボールを飲みながらぼやく事がしばしばあったし、母さんもタイムセールならぬマッチセールを駆使して家計をバチクソに浮かすカリスマ主婦をしている。
PJを発売した『METALNUSS』社は実質的な国営企業となって入社にあたって国家公務員資格が必要だなんて実しやかに囁かれているらしいし、アフリカや中東といった前世では大抵キナくさかったであろう地域ではいつからか銃やナイフではなくPJを代わりの武器として決着を決めるようになったという。
僕らが通う学校でもそれらの浸透は同様で、中学からはカードゲーム試験なんてのも実施されているのだ。事前のデッキ検討とその構築から始まり実際のプレイングまでを試験官を勤める先生達の前で行い、その結果が成績に響くのだが先輩はここで躓いてしまった。検討も構築も良いのにプレイングが信じられないくらいにナメクジ過ぎて。
僕? 僕は普通に先生に勝った。というか中盤くらいで降参された。
これ大丈夫か? なんか変な催眠波でも出てるんじゃないか? ってくらいに世界中に浸透しているので最初はホビー漫画か何かの世界なのかと心配を──今もその疑念は抱いているが──していたくらいだ。
幸い世界が滅びる*2だの悪の組織*3だのといった事件にはさっぱり遭ってないしニュースで見たりもしていないのでそれっぽいだけの世界なのだろうという見解でいる。
技術発展も結構歪で、小型かつ高品質なホログラム端末技術とそれの利用に伴う体感フィードバックシステムが既に実用化されている。こちらは流石に公認カードショップや世界大会が行われるような大きな箱物には大抵あるがまだまだ少ないのが実情だそう。2年以内にはその辺のデパートにも設置される見込みと言われているがまあまだ先の話だろう。
そんなちょっと変な世界ではあるが僕は楽しく過ごせている。まあ高校に通うにあたって一人暮らしも始めざるを得なかったが、仕送り+マッチによる賞金で仕送りは必要ないんじゃないかと思ってるくらいには生活に余裕もある。
前世の記憶がある僕としては偶に奇妙な感覚に囚われる事もないではないが、先輩と会えたのもこのちょっと変な形になった社会のおかげだし、トータルで大きくプラスだ。
それと遊んでお金稼げるのはやっぱ楽しい。
実家周辺のカードショップで大会出禁にされたのは痛かったけど。
「PJ全然わからん……!」
僕が色々と思い返していたところで、うねうねと世の無情に身をくねらせていた先輩がフッとバッテリーが切れたように止まって僕に訊ねる。
「ところで今日も何かパック買うのかい?」
「最近はビートダウン系のテーマばっかりでしたからね……コントロール系のテーマが多いのだと……店長さーん! コントロールテーマ多いオススメのパックありませんかー?」
僕がレジの方に声をかけると、髪を適当に後ろで纏めた、制服代わりのエプロンを着けたすらりと長身の女性がぬっと顔を出す。『もいらい』の店長である神田さんだ。
「在庫余ってる奴だと……アストレア・コールとか最近売れ行きよくなくてねえ……」
「アストレアは2年前のパックだしそりゃそうでしょ」
僕らには部室がない。その代わりに『もいらい』の対戦スペースをちょっと貸してもらう形で活動しているので、結構な頻度でカードパックを買う事で『もいらい』へ還元させて貰っている。
「それじゃしばらくはアストレア買う感じにしますね」
「助かるよー……聖岳君本当にお小遣い問題無いの?」
「ガチな方なら店長より強いし問題無いだろタケちゃんなら」
僕の言葉に、店内を見回りつつ掃除に励んでいたモヒカンさん(本名不詳)がちょっと口を挟んでまた去っていった。あの人見た目だけ変なんだよな……。
「私は聖岳君とやった事ないから実際どれくらい強いのかわかんないんだよね。お客さん居ない時に一回やってみる?」
「お客さん居ない時間帯だと僕らも居ないんで当分無理じゃないですかね……」
「ほら……定休日とか……」
「聖岳君はぼくのだからダメだよ店長」
いつの間にか側に来ていた先輩が店長さんへの抗議とばかりに僕にくっついてきた。
「おっほ呼吸タイミングありがたい……」
先輩の言葉と仕草に店長が喘ぎ身悶えする。曰く若者のアオハルで生命を繋いでいると自称しているので時折こういった奇行に走る事がある。この奇行に目を瞑れば人格者だし店舗経営もしっかりできるしと良いおねーさん*4なのだが……。
「店長悶えてないで先週買取分の販売査定頼みますよー!」
「はぁーい……」
くねくねしていた店長はモヒカンさんに叱られてトボトボとバックヤードに戻っていった。オーナーなのに。
ちなみにモヒカンさんもPJはとても強い。僕も負けるかと思ったくらいだ。
流石ジャッジ資格持ってるだけの事はある。そんなエリートモヒカンな彼がなんで普通に個人経営のこの店で働いているのかは謎だが。
というかこの世界は見た目のアクが強い人が多過ぎる。僕も髪色は青だし先輩は灰色癖っ毛ちび巨乳だしモヒカンさんは言わずもがなだし学校の同級生も髪色豊かなのはともかく私服のセンスがちょっと前衛的だったりする事が多い。
全国チェーンの衣料量販店に棘型アクセサリのついたリストバンドが専用コーナーで売られているのを見て我が目を疑ったのも今となっては昔の話だ。
店長さんも店に出てる時は年中Tシャツジーンズなのでもしかして店の制服がそれなのか……? と思ってた時期があったが、以前訊いたら違っていた。単に『もいらい』が自宅兼店舗なのもあり部屋着の上に制服エプロン着けてお店に出てくるだめな大人だった。
ちょいちょい、と先輩が僕の制服の裾を引っ張って来る。
「デッキは今日組んでみる感じかい?」
「うーん……僕の家に帰ればアストレアの収録カードもありますけど久々にベースは他の人に頼んでみます? それとも先輩が組みます?」
先輩の訓練デッキは彼女のカード資産の問題で4割くらい僕がベースを組んでいる。5割は先輩だけで組み上げ、一度対戦してから回し方を僕が指南したりこの辺のパーツを入れた方が良いのでは? とアドバイスしたりする。残り1割はパーツだけ投げて知り合いに頼んでみる場合だ。
今回はこの1割にでもしてみようか。
「最近はベース組むのも聖岳君に頼りっぱなしだったからねえ……」
「他の人の色も見たいしちょっとモヒカンさんに頼んでみますか……モヒカンさーん! ちょっとアストレアコールでコントロール軸のデッキ組みたいんで手伝ってくれませんかー?」
スペースから顔を出して奥のモヒカンさんに呼び掛けてみるとこっちに目を向けて腕時計を見てから手を開くジェスチャーが返ってきた。僕も釣られて腕時計を見ると15時55分、彼は5分後の休憩時間で全てを終わらせる気だ!
──5分後。
「アストレアの収録テーマならこんなとこだろ。この後いつもみたいにタケちゃん家で組んで回して解散ってやるんだろ? このレシピなら安いしパーツ足りないなんて事も無いだろうから間違いなく組める筈だ。回し方も……適切にカードが引ければ問題ない。でも嬢ちゃんにはそれが一番の敵なんだよな……」
「引けないねえ……!」
先輩が悔しそうに呻く。僕やモヒカンさんのような恵まれた側には絶対理解できない感情が籠っていた。
「いつもありがとうございます」
「学生が社会人に気を遣うもんじゃねえのよ。んじゃ帰り道気をつけてな」
いつの間に書いたのかレシピシートに必要カードを全て書き上げて持ってきたモヒカンさんは手をひらひらとしながらバックヤードに去っていった。店長が入れ替わりでレジ前の方に出てくる。
「ククク……そろそろお客が増えてくる……モヒ君が戻ってくるまでの10分間を果たして私は乗り切れるのか……!」
「忙しくなりそうなのと家でデッキ組まないとなんで僕らも今日はお暇しますね」
「また明日ね店長さん」
「また来てねー」
何やら言っている店長に退店することを伝え、僕らは帰宅する。もちろん手を繋いでだ。
◆
学校最寄りの駅からは電車一本で暮らしているアパートに着く。着いた時間は16時半頃だった。これなら2時間くらいは遊べるだろうか?
鍵を開けて家に入れば、むっと熱気が立ち込めている。僕はすぐさまエアコンを点けた。
「先輩今日はご飯食べていきます?」
「聖岳君は大丈夫なのかい?」
「それなりに稼げてるので余裕ですよ」
「それなら御相伴に与ろうかな」
この関係が始まって早1年と少し、先輩も慣れたものでスタスタとリビングまで行き、先輩専用となっているクッションの上に腰を下ろした。
「ただいまクランプス」
「お邪魔するよクランプスちゃん」
『おかえりご主人……とつがい』
「まだそういう関係じゃないってば」
「そうだぞクランプスちゃん、そういうのは卒業してからだ。それに何度も言うがぼくの名前は門倉桜子だよ」
『つがいは弱っちいからつがいでいい……』
テンションの低い子供の声が、部屋の天井の隅の方から聞こえてくる。身長20㎝くらいの少女が、自身よりも大きな袋をベッド代わりにし、眠たげな顔でふわふわと浮かびながら僕らを見ている。同居人……というか僕に憑いているクランプスは今日も大人しくしてくれていたようだ。とはいえこの子は大抵ベッド代わりの袋で浮きながら寝ているかごろごろしている超ダウナー妖精なのだが。
この世界に実在するスピリチュアル存在なクランプス──もとい精霊は、PJが強い者に大抵憑いている。それと霊験あらたかな場所*5にも結構居る。
僕やモヒカンさんは憑いている側で先輩は憑いてない側だ。店長さんは知らない……一度対戦してみたら多分判断できるけどやった事ないので。
高々数十年前──つまりPJがリリースされた時に精霊が発生した訳ではなく、今の精霊達にとってのトレンドがPJを介した僕ら人類との交流らしい。
人類と精霊に大人気とか凄いヒットの仕方である。クランプス曰く、人類とは寿命とかの感覚も違うので多分100年単位で精霊と人類の交流は続くんじゃないかとの事だ。
「アストレアの入ってるストレージはどれだい?」
「2年前のパックなんで上から3番目だと思います」
「これかな? あってるみたいだ。それじゃちょっと時間を貰うよ」
「どうぞー。僕はちょっと夜ご飯の準備しときます」
「今日は何にするんだい?」
「暑いので週末に買っておいたこんにゃく冷麺ですね。あと昨日作った簡単ガスパチョ」
「さっぱりして良いねえ……」
とはいえほぼ出来合いなので事前にやる事は夏の熱気で温まっていた皿を冷蔵庫にぶち込んでおく事くらいだ。朝に作っておいたお茶と氷を入れたコップを持ってリビングに戻る。
「しかし毎度ながらキッチリ整理されたストレージだね?」
「デッキ組む時に探し辛いと困りますから……特にフォーマットレギュ変更の年とかは……」
PJも数十年やってるだけあって大会時のレギュレーションも定期的に変わる。だいたい4~5年で1サイクルで、その年間に出るパックと過去の特定区間のパックが公式大会では使用可能だ。この過去区間のカードの再録もほどほどの頻度で行われる。年に一回くらいではあるけれど。
このレギュレーション変更は一大イベントとなっていて、この時期のショップは大抵ソワソワした空気だったりお祭り騒ぎになりかけていたりする。『もいらい』は後者らしい。
「公式大会で何度も優勝するくらいだと変更への対応も大変そうだね……」
「僕は相性良いデッキの特徴的にそこまで変えなくても済むんですけど運が悪いと公式大会で得意なデッキ握れない時期とかありますよ。僕からすると一番悲惨なのはビートダウンが得意なタイプですかね」
レシピ通りにカードを出していく先輩と話しながら、ビートダウンが得意だった中学時代の友人の事を思い出す。
「ビートダウンが得意ならむしろ対応しやすいんじゃないのかい?」
「対応しやすいから逆に公式大会で勝とうと思うとお金がめちゃくちゃ飛んで行くんですよ……」
「ああ~……」
勝てるなら稼げるが負けるなら赤貧、PJプロフェッショナルへの道は高く険しいのである。
「よし、出来たよ」
「回し方は分かりましたか?」
「勿論!」
胸を張って先輩は答える。流石学力トップの貫禄だ。
『引ける気は?』
「全然だねえ!」
『つがいはいつもちょっと変……』
クランプスの声にも元気よく答えた。
先輩はPJが弱いが、PJプレイヤーとして最も必要な物は十分に備えている。
「それじゃやりましょうか」
「本棚の一番下です」
「あった。さあやろう!」
先輩の元気な声がアパートの部屋に響いた。