クランプスが袋にぐでーっと凭れ、ぼんやりと浮いている。
ぱちん、ぱちんという音が部屋に響いている。
まだちょっと舌が痛いかな。
ぱちん。
先輩が恐る恐る薄目を開けて、僕に訊ねる。
「──あとどれくらいだい?」
「今左の人差し指が済んだ所ですね」
お風呂上がりの先輩の爪先は、ぬくぬくとして、柔らかい。
爪切りの音は程なく止み、代わりに擦り削る音となった。
僕は今、先輩の足の爪を切ってあげている。
○
先輩は足の爪を切るのがめちゃくちゃ苦手である。どれくらいかと言うと僕が見た限りでは多分PJの次に苦手なんだろうな……って思うくらいだ。
今年の春頃だったろうか、僕の部屋に泊まりに来た先輩が爪を自分で切ろうとして、凄まじく悪戦苦闘して唸っていたのを見かねて切ってあげたのを機に、時折僕が先輩の足の爪を切って軽く整えてさしあげる事となった。
普段は家族に切ってもらっているらしい。
この原因は非常に明白で、一つは先輩の身体が硬い事、もう一つはたわわなおっぱいの体積により物理的に見えてない事である。
あと足でなくても爪を切る瞬間に目を閉じる癖があるようだ。可愛い。
以前気になって訊いた所、爪切りの圧し切る構造的にどうにも怖くなって目を閉じてしまうそうだ。可愛い。
そんな訳で今は断面をヤスリ部分で軽く削っている。これをやる事になってから調べた所、本当は専用のヤスリで日頃からこまめにやるのが良いそうだが、それは手伝ってもらうのに流石に手間もかかり過ぎるという事で先輩も週一程度の爪切りとしているそうだ。
なので僕もやれる事は切ってからヤスリで多少整えて、綿棒に染み込ませたオイルを軽く塗ってあげる程度でしかない。ちゃんとした手入れはご家族の方にやってもらうとしよう。
「しかしさっきはごめんねえ……」
「僕も気が動転していたみたいで……お互い状況を忘れてましたね……」
『珍しいものが見れたから、クランプスはいい気分』
何度もやれば慣れた物で、先輩と雑談しながら爪の手入れを済ませていく。
それにしても不思議である。背丈的には僕よりもずっと歩数が多くなるはずの先輩の足裏は、びっくりするほどぷにぷにだ。赤ん坊の肌……とまではいかないが、とても魅惑的な触感をしている。
偶に頬擦りしたい欲求に駆られるのが難点だ。
パジャマが長袖なので今の季節では見れないが、夏場のお風呂上がりに汗ばむ脹脛などは恐ろしいまでの視線誘導力を発揮した。
先輩の神秘的特徴だ。
「今日はいつもよりぼくの足をじっと見ているけれど、何かあったかい?」
「いやなんだか考え事しちゃいまして」
益体のないことを考えていたら、ちょっと作業が止まってしまっていたらしい。気を取り直してそっと綿棒を爪と皮膚の境に這わせた。
震えるような僅かな吐息が先輩の口から漏れている。爪先がくすぐったいのだろう。
僕のちょっと邪な思考を察知したのか、ゆるく細い息を吐いてから先輩が口を開いた。
「えっちなのはだめだよ聖岳君、そういうのはぼくらがちゃんと高校を卒業してからだ。今のぼくらは責任が取れないからね」
「勿論ですよ」
『赤いのがここに居たら多分うるさく言ってる』
クランプスが言う赤いのとはサキちゃんの事を指す。稀にセキトも含むが、そちらは普通にセキトと呼ぶ。精霊の感覚よく分からん……。
「しかし……【散乱光】かあ……」
先輩がテーブルの上に置かれた祝福パックへ視線を向けて言った。
【散乱光】は色に関連するテーマだ。
基本的な構成色は赤青緑の3色、白と黒のカードは基本構成色に比べれば少ない種類となっているが、扱い易い性能で少量だけ投入しても十分に効果を発揮するのが良いデザインだ。
最大の特徴はこのテーマを持つキャラやエリアイベントが手札や盤面、果てには山札のカードまで染色するという点にある。
その為ちょっと見逃しただけで大きい盤面操作役が出てきたり、重めのイベントでズタボロにされたりと言った事が起こり得る、半ば処理を強要させる性質も持つのがいやらしい。
しかしこのデッキには忘れてはならないメリットとデメリットがある。
「よし終わり、お疲れ様でした。面白い性質のテーマではあるんですが、かなり扱い難しいと思いますよ」
「ありがとう……そうなんだよね、めちゃくちゃ狙われやすいんだよねえあの手のテーマのキャラ……」
PJにおいて染色は、かなり大きなアドバンテージを得る効果に分類される。
手札であれば該当色を持つカードの代替コスト支払いが容易になるし、【アズーロの前奏】のように山札から公開した特定色を全て手札に加えるなどは確定で最大バリューを叩き出すし、チャンス時に公開されたカードの色によって特殊な効果を反応させるキャラクターやエリアも存在する。ここまでがメリット。
デメリットは……染色効果を持つカードは狙われやすい。ちょっとした理由もあり親の仇くらいに狙われる。
1ターンでも放置するとリスクの跳ね方が尋常ではないから仕方ないのだが、警戒され過ぎてこの手の染色型と呼ばれるテーマは今のスタンダードレギュレーションだと勝率がそこまで高くない結果となってしまっている。
その理由として大きいのが以前の……4年前くらいの環境で中々に暴れたテーマによる物だ。
「以前のレギュで【月虹】テーマがかなり暴れたのもあってまあ皆警戒しますよね染色キャラ。次のレギュまで行ったら多少緩みそうではありますが……」
いやあ【月虹】は凄かった。
【散乱光】ほどあらゆる領域を染めはしないが、盤面染色に特化していたタイプだ。
目玉レアにあった【月虹の女帝 輝夜】の常在効果が味方全体に保有色分のブレイクバフだったり染色されてると自分以外の味方全体をアンタッチャブル化するキャラが居たりでとんでもないゴリラテーマとしていい感じに名を馳せた中速ビートである。
そして風見が当時のスタンダードレギュで割と握っていたテーマかつ僕が食い物にしたテーマでもある。
ハンデスにめちゃくちゃ弱いのが【月虹】……ハンデスメタ入れても結局後手になるか先手でも早期染色用のカードをコストに支払う必要に駆られたりで結構隙が多かった。
ただハンデス以外には滅法強いというか、異常火力でガンガン殴って行けるので天敵以外は大抵有利かトントンで殴り殺せる素敵な相性もあってビート使いにはかなり人気だったな……。
なお今は輝夜が無事収監中だ。
「染色ギミックが楽しいのは分かるけど! 分かるけどさあ……! もうちょっと実装の間を空けてよ……!」
先輩が嘆いた。ついでに豊かなお胸が揺れた。眼福。
先輩の気持ちはちょっと分かる。あと1年……いや2年後に出てたら多分親の仇ではなく夏場のオオカブトムシくらいの狙われ度になっていたはずだ。
でも今出ちゃったし僕らには進級試験というラスボスも待ち構えている。
やっと見えた希望に手を伸ばすしかラスボスを張り倒す手はないのだ。
僕はうぬぬと唸る先輩を宥めつつ提案した。
「とりあえず……今足りない部分は僕の手持ちのパーツで補うとして、雛形組んでちょっと回してみます?」
「そうしてみよっか……」
そういうことになった。
◆
──2時間後。時計の短針は12を指し、もう夜中である。
「ぜんっぜん回らないねえ……!」
「出たカード的にもこの構築でだいたい合ってる筈なんだけど……なんでだ……?」
僕らは早速謎の見えない壁にぶち当たっていた。
やっぱりいつものようにちゃんと回っている感覚ではない。
ただ軽く組み換えながら2〜3戦やってみて奇妙なのは、祝福パックから出たこのテーマの中核カードである【揺蕩うマアンナ】と【未知色領域】がほぼ決まったターンに手札に引き込まれるという事。
「マアンナと未知色がほぼ決まったターンに来てるって事はその2枚は先輩の適性カード、それもノってない日の風見くらいの高適性で間違いない……でも他はむしろ適性がない動きっぽいから多分適性外……なんだこれ……?」
全然わからん!
染色を行うこの2枚が適性で、他のテーマ内カードが適性外……そんな事があるのか……?
流石にテーマ適性無しでカード単位の適性を持ってる人というパターンは覚えがない。そもそも先輩のレベルで事故る人も知ったのは先輩が初めてだしな……。
「次はこの2枚と相性が良さそうなテーマ外カードで組んでみようか……」
『ん……ご主人とつがい、何してるの?』
しばらく黙々とデッキを組んだりしていたからか、少し寝ていたらしいクランプスがのんびりと目覚め、目を擦りながら僕らに訊ねた。
「先輩の適性が行方不明から座標不明になっちゃってね……」
「今2人で頑張って座標を探してる所なんだよ」
『ふ〜ん……』
「クランプスは何かわかる?」
『ん〜……珍しいご主人のお願いだし、助言する』
僕の言葉に、クランプスは唇をむにゃむにゃとさせてから答えた。
『多分、ご主人もつがいも勘違いしてる……』
「「???」」
僕らは顔を見合わせた。
クランプスが心底ダルそうな目で僕らを見た。
『
適性は人につく物であって精霊はその後押しをしているだけ、というのは精霊側の共通認識だ。
それもあって僕も先輩も適性が存在しないという結論には早々至らなかったし、諦めずに探し続けた理由だった。
クランプスがこういうって事は確かにあるんだな先輩の適性。
『でもつがいは精霊が剥がれてるから適性の範囲がとても狭い。だから今まで弱っちかった。合わないカードばっかり使ってたから』
「ぼくは合わないカードとしか会ってなかったんだよクランプスちゃん……」
「クランプスちょっと待って、精霊が剥がれてるって何!?」
唐突に新情報を出すのはやめてくれないか!
「知らない情報が多過ぎて困るねえ……ちょっとメモ取ろう」
先輩がスマホのメモ帳を開いたのを確認して、クランプスが続ける。
『クランプスたちは人の文化で言うと……スポンサー……生来の才能としてご主人達は思い込みがち、けど全然違う。クランプスたちが見初めたという意味では才能として見てもいい? やっぱりちょっと違う。観戦する、クランプスたちは良い席を取り合ってる。試合が始まる前にそうして各々の席に着いてご主人であったり、赤いのだったり、緑のだったりの元に来た』
クランプスが自分なりの言葉で伝えてくる。たまに身振りもあるが、そもそもの動きが小さ過ぎて全然伝わらないのはご愛嬌だ。
『だから滅多にはないけど、自分の意に沿わない席からは離れる事もある。それを精霊が剥がれるって言う……』
どうもスポンサーではあるけど、席からの見通しがよくなくて今日は帰るか……という感じらしい。時間感覚の差もあって今日(クソ長い期間)だったりするから洒落になってないのだが。
『つがいはどういう経験なのかは分からないけど、自分に憑いてる精霊を知らないまま精霊が剥がれてる……と思う。これはクランプスの推測』
「そんな事あるのか……?」
せっかち過ぎないか……!?
「この話で論文書けそうだね……スポーツとして考えると、スポンサーが離れたらガタガタになるのは道理だよね」
『よろこべつがい。クランプスは向こうでとても頑張ったのでこういうのは詳しい』
そう言ってクランプスが自慢げに胸を張った。
いやこれ張ったと言えるのだろうか? 数度上半身の傾きが変化したくらいだ。誤差では?
『だから剥がれる事は滅多にない。クランプス達は元々持ってる適性はあんまり上げられないけど、その適性に合わせて他の適性を引き上げることは出来る。だから大抵の人はほとんどのデッキを扱える。扱えるの差はもちろんある。ご主人が赤いのの得意なデッキを扱うのが苦手なように』
これは適性の低いデッキを回した時のぎこちなさとかの事だ。僕もサキちゃんの適性デッキを握ったりすると相当改造してギリギリ原型あるけどこれ元テーマのデッキって認められるかはかなり怪しいなくらいまで持っていかないと回らなくなる。
PJの対戦においてはどうしても適性が絡むので、どの程度デッキが回るかというのはかなり重要な要素だ。
それもあって、高校あたりまでは単純に生まれ持った才能での勝負になりやすい傾向がある。勿論テーマ毎のパワーの差なんかもあるが。
だからこそ、僕がやるわざと事故らせての対応誤認みたいに盤外的な戦術は有効な場面が多い。昔のサキちゃんが最善手沿いの殺し間によく引っかかったのも、その傾向による才能任せでの回し方が大前提として根付いていたからだ。
才能勝負での限界に気付いた時、初めてそういった盤外戦術による読み合いの発生に気付く。葉山先生は気付いてしまったって言うけど、僕としてはあの人のプレイスタイルは非常に好ましい。
「もしかして……聖岳君みたいに、強いプレイヤーがビートダウンやコントロールみたいなデッキ体系が得意なのってそれが理由なのかい?」
先輩が疑問が解けたような表情で訊ねれば、クランプスは頷いた。というか座標が上下した。
『……ご主人は素で【ギフト】の適性がとんでもなく高い……だからクランプスがちょっと手伝って適性が【ギフト】の適性に引っ張られる形で上がってる。ただご主人が面白いのは、クランプスが適性を上げてなくてもロックギミックやコントロール系の適性が結構高い所。そんな適性してるのはご主人で初めて見た。だからクランプスはご主人に憑いてる。面白いから』
「それは知らなかったな……」
初耳だよ。小さい頃から一緒だし精霊史については習う側だったのにね。
「色々見れるからスポンサーになったって感覚なのかな?」
先輩がクランプスの言葉を咀嚼して訊ねると、再びの頷き。
『つがいの考えで合ってる……ご主人、クランプスは甘い物が食べたい。ある?』
「今クランプスが食べそうなのだと桃缶くらいしかないよ。明日……もう今日か。買いに行くつもりだったから」
僕の部屋の冷蔵庫はクランプス用の甘味が常時ストックしてある。
実家に至っては、クランプス用の冷凍室付き冷蔵庫もある。実家のは母さんがいつだったか買ってきて使われていたが、こっちで一人暮らしする際に持ってくるかどうかで一悶着あった事を思い出した。
一人暮らしで冷蔵庫2つは流石にだよ母さん。
それはそうと要望通りに冷蔵庫から桃缶を取り出し、サラダ用の深皿に開けてからフォークを2人分刺してテーブルに持っていくと、クランプスは頬を膨らませて文句を言った。
『ご主人、せめて小さく切って欲しい。あと小さいフォークも欲しい』
「実家だと半分の桃に飛び込んで貪ってるのに?」
「その……めちゃくちゃダイナミックな食べ方をするんだね……?」
先輩がちょっと引いていた。
やっぱおかしいよねそれ。今度実家帰ったら母さんに言っておこう。
『ご主人の家だと飛び込んで食べてもクルミが洗ってくれる。でもご主人は多分やってくれないし……何より今日はお風呂に入ったからあの食べ方はしたくない』
「爪楊枝でいい?」
『うん』
注文の多い精霊だ。僕はペティナイフを取りにキッチンへ引き返した。
○
「体積比で見るとあの量を1人で食べ切るのは圧巻な気がするよ……」
「クランプスはドカ食いファイターですよ先輩。思い出してみてください。夏場によくあげてたアイスも子供用とはいえ、僕らからしたらバケツサイズのアイス食べてるような物です」
「言われてみればそうだね……!?」
僕も見たことのある精霊は数多く居るが、クランプスほど見合わない食べ方をするものには会った事がない。
桃をたらふく食べてご満悦なクランプスが、お腹をさすりながらふぅ、と息を吐いた。
『ごちそうさま。それで、つがいはご主人と似てる』
「……それは考え方がかい? それとも別の物がかい?」
とろんと急激な眠気が来たらしい表情をして、クランプスは言った。食ってすぐ寝ると牛になるぞ。
『適性が似てる。クランプスが見た感じだと多分ロックギミックの適性が高い。だからそのカードを入れてそういうデッキなら扱えるはず。あとは適宜弄るといい。クランプスはやさしいのでつがいにも教えてやる……まんぞく。クランプスは眠る……』
言いたい事は言ったとばかりにクランプスはゆったり袋に凭れかかり、のんびり瞬きをして寝る体勢に入った。数分もすればまた微睡みに囚われるだろう。
「今僕らが知りたかった事全部言ったなクランプス……」
「灯台下暗しってやつだねえ……」
先輩のぼやきに、クランプスがうとうとしつつ僕の方を見て反応する。
『今までご主人に聞かれなかった。だからクランプスは答えなかった。クランプスは約束を違えない』
「ああ昔の……あの時は悪かったね」
僕は昔一度だけクランプスに怒った事がある。勝手に適性の一時上げをされてデッキの感触がめちゃくちゃ変わったんだったなあれは。
僕は一時上げしてマッチするならそれ専用のデッキを組んでるのでよかれと思っても適性を上げられると困る。
ちなみに普段から適性を一時的に上げてる訳じゃないプレイヤーは上位層になると結構居るそうだ。
かつてその事を知って僕に怒ってマッチを挑んできた後普通に負けたサキちゃんも、今ではここぞという時に上げているらしい。まあデッキの感触とか変わるのは皆嫌だろうしね……あと個人差あるけど疲れるし。
それでまあ、その時に約束したのがお互いに頼まれたらやるけど頼まれなかったらやらないという内容だ。
これは適性の一時上げ以外にも適用するので僕がクランプスのおねだりやらわがままを可能な限り聞くのはこの時の約束が理由だ。
『いい。クランプスはあの時に人についてさらに学んだ。それと仕事が減ってバカンスの質が上がった。WIN-WINの関係……』
悔しいが倫理観の成長性では僕を上回るであろうクランプスが、そう言って袋という名のベッドに沈み込む。先輩が思い出したように顔を上げて睡魔に誘われるクランプスに質問する。
「そういえば……いつも答えてくれなかったから今のうちに聞いておきたいんだけど、どうしてぼくをつがいって呼ぶんだい?」
『ご主人と適性が似てた。それにご主人とよくくっついてた。だからクランプスはつがいをつがいだなって思った。けど違うって言うから早く理解しろってそう呼んでた。わかったかつがい。今度こそクランプスは寝るぞ……』
なんで気付いてないんだとでも言いたげな表情をして、少し不機嫌そうにクランプスは袋の中に小さな手を入れた。そのまま引き出された手には小さなアイマスクが燦然と輝いており、クランプスはそれをさっと着けて再び夢を見る旅へ向かっていた。
これガチ寝する時のやつじゃん……と時計に目をやる。
午前1時である。
「返す言葉も無いねえ……!」
「僕は先輩にくっつかれるの好きですよ。偶に困りますけどそれはそれとしてもう寝ましょうか……」
「続きは明日だね……」
「明日の午後から『もいらい』に行ってちょっと進展した事でも話しますか……」
そんな訳で2人で歯磨きをして、クランプス同様僕らも睡魔に誘われたのであった。
◆
翌日、『もいらい』。
「──という事が分かったんだ。まさか精霊が憑いてたっぽいだなんて考えた事もなかったよ!」
「えっマジ!? 桜子ちゃん私と同じ目に遭ってたの!? これってミラクルじゃん!」
いつにも増してテンションが高い店長さんが話の流れでしれっととんでもない事を言った。
「えっ……店長さんって……えっ……?」
先輩みたいな事になってたの!?
モヒカンさんがため息を吐きつつ僕に教えてくれた。
「ムーさんに精霊は憑いてない。もう適性見つけてるから嬢ちゃんほど酷くねえけどな。しかし嬢ちゃんがムーさんと同じ案件だったなんてなあ……」
「ぼくは精霊が憑いてた自覚すらなかったからね! それにしても身近に先達が居たとは……昨日に引き続きびっくりしてばっかりだねえ」
「いやー私の場合は篠ノ芽通い始めてしばらくしたらいきなり飽きたとか言ってそれっきりだったんだよねー! あの野郎次会ったら殴ろって思ってたら余裕で10年過ぎてたよ! アハハハ!!」
「僕はてっきり昔結構強くて稼いだ賞金とかでこのお店始めたのかなって思ってましたよ」
「宝くじ当てただけだぞ……」
信じられんだろうが……とモヒカンさんがぼやいた。
ハイテンションのまま店長さんが続く。この人なんで今日はこんなにテンション高いんだろう……。
「私昔から金運良いからね! 実家も太いし! お店も特に傾いたりする感じしないし!」
僕はこの日店長さんの性質を悟った。多分この人先輩より遥かにオカルトめいた生き物なんだ……と。
「ソシャゲは現金天井続きじゃないですか。前素引きできたのいつでしたっけ?」
「『ブルスク401』で前のバレンタインの……ZSRフューチャーちゃん!」
「そういやその頃無料10連で引き当ててましたね……」
「店長さんソシャゲやってるんだ……趣味人だな……」
PJが娯楽として強過ぎるとはいえ、ソシャゲもちゃんとある……が、毎度お馴染み前世の記憶君の素敵なうろ覚え情報と比べると基本的に物凄い速度でサ終していってるので、やっぱり娯楽としてはあんまり根付けていないらしい。
まあPJだと現物としてカード残るしね……売却もできるし……そりゃ根付かないだろう。
ただ店長さんみたいな熱狂的なファンが付いた作品もちらほらとあるようで、そういうタイトルはなんとか踏ん張っているみたいだ。
「タケちゃんに言っとくけど、俺ムーさんがやってるソシャゲ遊んでる人はムーさんしか見た事ないから、気の迷いで一緒にやろうとか言うのやめような? 絶対だぞ?」
「肝に銘じときます」
「ハフバイベントも楽しみだなー!」
店長さんは……運営会社にとっての丸々肥った餌だったようだ。
まあなんかこの感じだと店長さんの懐には実質ノーダメっぽいから良いか……。
この後、店長のテンションが高いのは僕らがお泊まり後に来たからだろうとモヒカンさんに言われた。
そっちかあ〜。
○クソザコ男性陣のお役立たない情報
・聖岳君の好物はラムネ
・風見君は高校卒業後プロになる予定を立てている
・氷川君は中学時代にサキちゃんに告白したが、「先約があるから」とフラれた経験がある
・モヒカンさんの下の名前は大鯨
・葉山先生に憑いている精霊は鷹