TCGクソザコナメクジ先輩と僕。   作:餅屋

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大層遅れましたが強い心で投稿です。
今回は対戦があります。文字数もあります。


13.先輩とクリスマス。

 

 カラカラと音を立てるキャリーケースに干された布団のような体勢のクランプスを引っ掛けて、僕は街の通りを歩いていた。

 通りに時折吹き込む寒風は、季節がすっかり冬となった事を教えてくれる。

 期末試験も前回に引き続きサーチビートで何とか突破し、あとは進級試験に向けて先輩のデッキに何を入れるべきなのか日々頭を悩ませている僕らだったが、今日はクリスマスイブ。

 目的地へ向かう道すがら見かける人達も、大抵は浮かれたような雰囲気だ。これは僕もきっとそうだろう……。

 

 今日の僕とクランプスは、先輩の家にお呼ばれしたのだ。

 念の為に付け加えると、無論お泊まりコースだ。

 

 先輩の家は最寄りの駅から徒歩15分ほどの住宅地にある。立地もあってか、道行く人々の通行手段は結構バラついている。

 僕のように徒歩の人もいれば、自転車を漕ぐ人もいる。道路を横断するにはタイミングを見計らった方が良い程度には車通りもあり、先輩曰く、通勤時間は数年に一度程度だが事故を起こしている光景も見られるらしい。

 

 ここらは車社会からの脱却は難しそうな地域ではある。

 なので先輩も今年自動車免許を取ろうとしていたのだが……普通にご両親からやんわりと諭されて諦めたそうだ。敗因は身長と気質である。

 なんか大きな事故ではないけどちょっと擦っちゃったりとかしそうだから……この事については僕としても安心だ。

 

 と、先輩の家まで着いた。僕が玄関のチャイムを押すと、扉越しに足音。クランプスものっそりと顔を上げた。

 今向こうから「う゛っ」て聞こえたけど多分気のせいじゃないよな。

 開けられた扉から、プルプルと震える先輩が僕をお迎えしてくれた。

 

「いらっしゃい……海君とクランプスちゃん……!」

「お邪魔しますね桜子さん……ちょっと息整えてから入ります?」

『つがいはもっと足下を見ろ……』

「助かるよ……! それと物理的に見えないから仕方がないんだよ……!」

 

 ◆

 

 そうそう、先輩の適性がいくらか判明した事により、僕らの親密さはより深くなった。

 具体的には先輩が僕を名前で呼んでくれるようになり、僕も先輩を名前で呼ぶ事が増えた。それに週末になると先輩とお泊まり研究を行う事が以前にも増して多くなった。

 そして無論えっちな事は先輩の御用命で封印だ。近頃はクランプスからの視線が痛いが、どうかクランプスも耐えてくれ。

 僕にもそういう欲求が無いわけじゃないが、それよりも先輩を失望させる事の方がずっと怖いのである。

 

 先輩が足をぶつけた痛みからの脱出に成功し、リビングに通される。ソファに座らせてもらうと、背丈以外は先輩そっくりな女性──先輩のお母さんである梅さん──が声を掛けてくれた。

 

「いらっしゃい、海君にクランプスちゃん。ちょっと入ってくるの遅かったみたいだけど何かあった?」

「桜子さんが玄関開ける前に足ぶつけたらしくて……あとこれはお土産のプチケーキです」

『久しぶりウメ。ケーキはクランプスが選んだ。きっと美味しいぞ』

 

 店先で浮きながら30分くらい悩んでたもんなあ……。

 

「申し訳ないわね気を遣わせちゃって。クランプスちゃんも甘いもの好きだし、これは食後のデザートにでもしましょうか……今日はあの人もケーキ買って来そうだけど……」

「今は痛みも平気だよ!」

『クランプスにはわかる。強がり』

 

 梅さんは豊かな胸を張る先輩に視線をやって、あらあらと漏らしながら僕の持ってきたお土産を冷蔵庫にしまうべくキッチンへと戻って行く。

 先輩もその後についていき、少ししてお茶の入ったコップと、クランプス用の小さなお菓子を持ってきた。

 先輩が隣に座るのを見てからお茶をいただく。先輩の家は緑茶派だ。

 

鹿大(ろくひろ)さんも今日は帰ってくるんですか?」

 

 先輩のお父さん──鹿大さんは、PJ公式ジャッジを勤めている。その為、年中全国を飛び回って仕事をしている事が大半で、僕も会えた事はこれまでに数度しかない。

 全国大会とかプロの試合で審判してる姿ならテレビ越しにちょいちょい見れるんだけどね。

 

「パパはいつも忙しいけど、クリスマスやお盆みたいに何か行事がある時は必ず帰ってくるんだよ。今朝もママにメッセージが来たみたいだからそろそろ帰って来るはずだよ!」

「なるほど……」

『ロクヒロはいいやつ。クランプスはロクヒロが好き』

 

 会う度にお菓子くれるからだよねそれ。

 

 先輩の言葉が呼び水となったのか、玄関の開く音が聴こえた。

 その音に先輩がソファから立ちあがり、廊下へ顔を出しに行くのに釣られて、僕も同様にする。

 玄関で靴を脱いでいたのは、灰色の長髪と、長身ではあるが身体の厚みもしっかりとある片眼帯の男性──鹿大さん。

 それに続いてゆらゆらと歩いて入ってくるのは鹿大さんに憑く精霊であるシャマシュさんだ。

 彼女の性格はクランプスと少し似ているが、なんというかこう……ちょっとめんどくさいファンみたいな性格だ。

 

「ただいまぁ」

『妾もただいまだ』

「お帰りシャマシュ! それにパパ!」

「お帰りなさい、お邪魔させてもらってます鹿大さんにシャマシュさん」

「ただいま桜子。それに海君にクランプスちゃんもいらっしゃい。お土産のお菓子はいるかい? ……海君、お義父さん呼びでも良いんだよ?」

『もらう』

「まだちょっと……」

『いらっしゃいお嬢とその契約者。妾はあんまりよくないと思うんだけど……でもロクが言うなら従うよ……』

 

 鹿大さんは去年のお盆に僕を見た時からいたく僕の事を気に入ってくれているらしく、会う度にこう言ってくる。まだ早いと思うのだが。

 反面シャマシュさんは僕らに塩対応気味だ。僕が悪い事した覚えは全くないので多分クランプスが精霊界でなんかやったんだろうと思っている。わざわざ訊くまでの事ではないけれど。

 

 シャマシュさんは鹿大さんに惚れていた……いや現在進行形で惚れているらしいが……種族差もあってか鹿大さんが普通に梅さんを選んだ今でも未練たらたらで憑いたままらしい。

 時折梅さんとのトークファイトが見られるとは先輩の談だが、一緒に居た時間だけはシャマシュさんの方が勝っているそうだ。

 

「パパ、まだ気が早いよ」

『時間のもんだい』

「クランプスちゃんの言う通り、俺はいつそう呼ばれてもおかしくないと思ってるんだけどな……とりあえず着替えて来るよ」

『おちびちゃんもとんでもない子と関わったもんだよ……。ロクがウメじゃなくて妾を選んでくれてたらなあ……』

 

 鹿大さんとシャマシュさんはそう言いながら自室へ向かい、僕らは先ほどまで座っていたソファへ戻った。

 

『ロクヒロはいいやつ』

「その言い方だとシャマシュさんが悪い人みたいな感じするけど……」

『シャマシュは最新の規則だと多分こっちには来れない。運がよかったな』

「あっやっぱりそうなんだね……」

 

 先輩がしみじみと納得したように言った。

 適性判明の一件以来、精霊史に関して精霊側の視点からどうなっているのかをちょこちょこと聞いて知識をより深めていた先輩であったが、やっぱりシャマシュさんの有様ってセーフなのか問題は気になっていたらしい。

 ちなみに精霊と恋仲になる人はまあチラホラ居る。プロにも時折居るくらいだ。

 ただ、精霊は自在に僕らの世界と元居た世界……精霊界を行き来できるが、僕らが向こうに行くのは一部の例外を除いて一方通行なのだそうだ。

 なので精霊と恋仲になっている精霊憑きは、その殆どが精霊がこちら側に留まる事で成り立っている。

 えっちな事はできても子孫残せないらしいからね。

 

『規則が改正されるといいな、多分されると思うけど』

 

 クランプスが言うには、『人間界には帰れるけど一度こっちに来るともう人には戻れないので帰らない方が良い』らしい。

 僕はこう……フィルター的なやつで人間に戻れなくなるとかかなと思っている。

 先輩の推論はと言うと、精霊自体がオカルトな存在なので精霊界への突入にあたり人類の持つ物質面が再構成され、不可逆的に精神面の存在に置換されるんじゃないかとかかんとか言ってたが学力ノーマルな僕としてはさっぱりだった。

 頑張って理解しようとしているのだがどうにも両耳をスライドして、単に先輩の究極プリティーボイスを堪能するだけで終わってしまいがちだ。

 

 先輩と雑談していると数分など瞬きのように過ぎ去る。

 ラフな服装に着替えた鹿大さんがシャマシュさんを連れてリビングまでやって来たのは、ちょうど梅さんがカセットコンロをテーブルに置こうとしている最中だった。

 

「ただいま〜梅ちゃん、ケーキ冷蔵庫に入れとくね」

「お帰りなさいあなた。さっちゃん、とりわけ皿を持ってきてくれる? 早速ご飯にするわね。今日はなんと……」

 

 帰ってきた鹿大さんを見て、梅さんの表情がぱぁっと華やいだように感じる。ウチの両親もそうだが、僕の周囲の親達は皆して仲がめちゃくちゃ良い。

 一番悪くてもサキちゃんのお父さんが何かやらかしてはお母さんにケツをぶっ叩かれているらしいって聞くくらいだ。

 

「お鍋だね?」

『妾はロクが帰ってくる度に鍋ってどうかと思うんだ』

「パパが好きだもんね鍋料理」

「そういえばお盆の時もお鍋でしたね……」

『クランプスは好きだぞ、お鍋』

 

 クランプスが先輩の胸元に向かおうとして、梅さんの方に向かった。先輩の背丈だと食べにくそうだもんね。

 

「それならもうすぐだけど大晦日はお鍋にしようか?」

『うれしい』

『おちびちゃん、お嬢を甘やかし過ぎるのはあんまりよくないよ……』

「そういえばシャマシュはクランプスちゃんの事初対面からお嬢って呼んでるけど……」

 

 初対面の時の反応を思い出すに、どうも向こうで面識があるっぽいのだが。

 

『色々あるんだよ……オトナにはね……』

「シャマシュはオトナと言うには口論が弱過ぎるけどね〜」

『ハァ……ハァ……!』

『シャマシュは敗北者。クランプスはバカンス中、勝利者』

 

 クランプスは息を荒げるシャマシュさんを眺めながらそう言い、取り分けてもらったクタクタの白菜をモリモリ貪っていた。

 

「うん、やっぱりつみれは梅ちゃんのが1番だ……そうそう、桜子から少し聞いていたんだが、かなり進展があったんだって?」

「あと16枚をどうしたものかと悩んでいます……出来れば8枚くらいまで絞り込みたいんですよね。それくらいに絞れれば多分進級試験も大丈夫なので……」

「【答え待つもの】に適性があったのは助かったねえ……」

「安い時期に多めに買い込んでて助かりましたね……」

 

 僕が初動で割と枚数出てたのと追加で買ってたから、足りなかった分を先輩に譲っても財布には2人で映画観に行ったくらいのダメージで済んでいる。

 

「桜子のPJが改善されていくのには嬉しさしかないね! 箸も進むよ!」

「あなたさっちゃんが小さい頃は帰ってくる度に唸ってたものね……」

『おちびちゃんのPJ弱い原因ってなんだったんだい?』

「精霊が憑いてから剥がれてたんだって!」

 

 元気よく先輩が答えると、シャマシュさんの動きが止まった。

 やっぱりクランプスよりも昔にこっちに来ている精霊からしても、普通にアウト判定になるレベルの珍事らしい。

 

『マジか…………もしかしてお嬢が助言した?』

『した。推論だからもしかすると生まれつきなのかもしれない。でもこの適性で憑いてないのは変。なのでほんの少しの間だけ憑いて、すぐ飽きて何処かに行ったんだと思う』

『お嬢の見立てなら多分合ってるんだろうね。もっと早くに判ってればなあ……私もロクに見直されただろうに……』

 

 ため息を吐きながらシャマシュさんがお茶を飲んでいた。

 

『シャマシュは目が悪い』

『そりゃお嬢に比べりゃ誰だって目が悪いでしょうよ!』

「シャマシュも見る目はあるはずなんだけどね。俺の眼の事もあるし」

「……アレ、鹿大さんの眼帯って、ファッションじゃなかったんですか?」

 

 単なる前世基準での前衛的ファッションかと思ってた。

 

「ファッションもあるけど……1番は仕事の為だね。海君くらい強いなら多分分かると思うんだけど、相手の伏せとか手札とかを感覚的に感じれるプレイヤーって居るだろう? あの手のやつさ。俺は視覚的に捉えられるんで仕事的に反応しちゃうと不味いからね。効かないようにしてるんだ」

「なるほど……ノってる時の風見みたいな感じなのか……」

 

 ノってる日の風見は匂いで伏せの危険性だったりを感じ取れるようになる。僕からすると善し悪しな能力だなと思うけど。

 

「海君はどういう風に感じてるんだい?」

「どういう……風……???」

 

 全然分からない。謎視覚とか嗅覚は僕には備わってないからだ。

 

「海君、とりあえずいつもやってる時に見えてる事を言ってみたら良いんじゃないかい?」

「えーっととりあえず相手の適性による動きからデッキの系統が判って……遅くて5ターン目くらいで相手のデッキと手札がほぼ判って……伏せも6〜7ターン目くらいにだいたい読めて……」

「多くないかい?」

 

 鹿大さんが浮かんだ汗を手元のハンカチで拭いながら呟いた。鍋で身体が温まってきたのだろう。

 

「もしかして海君ってさ……パパみたいな不思議な進化はしてなかったりする?」

「相手の挙動で伏せの打ち消しの数読むとかはしてますけど……感覚的ではありますが五感で判別って感じではないですね。多分このカードな気がするなみたいな感じです」

「やっぱりぃ……」

「あと五感で感じるのって日常生活で難儀しそうで……」

 

 いつだったかノってる日の風見と遊んでる時に、風見のクシャミがしばらく止まらなくなった事がある。

 落ち着いてから聞いたら何処かから凄い匂いがしてきたらしいのだが、僕はさっぱり感じなかったので多分風見だけが感じた匂いだったのだろう。

 

「そうなんだよちょっとめんどくさいんだよこの眼……通行人の持ち歩いてるデッキが色付いて見えたりするし……俺が自動車免許持ってないのこれが原因だからね?」

『良かれと思ってあげたのに!』

「プロ祝いって言いながら確認取らずにあげたのはよくないよね〜」

『ロクの資質もあってだし……資質が無かったらあげてないし……』

 

 シャマシュさんのやらかし結構多くない? 気のせい? 

 

『ご主人にこの手のやつをあげると多分めちゃくちゃ怒られる。だからクランプスはあげない事にしてる』

「今が丁度良いからやめてね」

 

 絶対やめてねクランプス。信頼してるからな。

 皿につみれを追加した鹿大さんが、僕へ訊ねる。

 

「そうそう、海君。今日はデッキは持ってきてるかい?」

「勿論持ってきてはいますが普段使いだけですね。先輩のデッキ検討が主だったので……何かありました?」

「桜子から話には聞くけど、海君が実際どれくらい強いのか肌で感じたくてね……ご飯終わってからちょっと俺と対戦してくれないかい?」

「喜んで」

「即答だねえ!」

 

 新しいプレイヤーと対戦ができる、これは鹿大さんから僕へのクリスマスプレゼントなのかもしれない。

 

「梅ちゃん、そういう訳だからちょっとご飯の後席外すね」

「判ったわ、さっちゃんも対戦観に行って良いわよ」

「ありがとうママ!」

『なら妾も……』

「シャマシュは私と後片付けね」

『どうして……』

「だって貴女対戦ってなったら勝手に一時適性上げるでしょう? 鹿大さんも疲れてるだろうからダメよ」

『嫌だ……ロクが負けるところは見たくない……!』

 

 シャマシュさんが見た目にそぐわぬ駄々を捏ね始めた。これがなければ頼れそうなお姉さんで済むんだけど。

 

「桜子が生まれる前は割と負けた経験あるんだけどなあ俺……生まれてからジャッジに転職したけど」

「あなた負けても糧に出来るプレイヤーが1番強いって昔から言ってるものね〜」

「多分海君はパパより強いんじゃないかな……海君はどう思う?」

「うーん……」

 

 先輩に言われたのでじっと鹿大さんを観察してみる。

 

『クランプスの感覚としては結構つよそう。でもまだまだ』

「多分、モヒカンさんと同じくらい……? 葉山先生には届かないくらいじゃないですかね」

 

 葉山先生が適性に対して異様に強いっていうのはあるけれど、モヒカンさんもAプロは全然やっていけるレベルの人だ。なので鹿大さんもAプロ平均くらいには強いだろう。今現在でもそうなのかはちょっと分からないが。

 

「葉山先生って担任の人よね?」

「先生もそんなに強いのか……桜子の志望通り篠ノ芽に行かせて良かったな……」

「元プロだしね葉山先生」

「最近は現役時代の強さに近くなってきてる感じがしてるね先生も」

 

 実際バリバリ現役当時の葉山先生とやってみたい気持ちはあるんだけど、以前本人に言ったら無理って無慈悲な返答を貰った。

 先生は愛すべき生徒の心意気にちゃんと応えて欲しい。

 

「最近の海君は強さの読み取り精度がめちゃくちゃ上がってるよね……」

「葉山先生が僕と対戦する度に強くなってるんですよね。なのでそれに引っ張られたんだと思います」

 

 先輩の言う通り、今年の夏くらいから対戦せずともかなり正確に相手の力量が読めるようになった。先輩のPJが大きく成長をしたように、僕もPJの成長期が来ているのだと思う。

 

「久々にワクワクしてるかも」

「推定格上挑戦は現役以来だものね〜」

『見たくないよォ……! 負ける所……!』

『まだ言ってる。あきらめろ』

 

 クランプスの無慈悲なコメントがシャマシュさんを襲っている。

 

 ○

 

 そんな訳で、シャマシュさんを除いて和気藹々の団欒鍋も終わり、食後のケーキタイムで先輩はクランプスとケーキを食べさせてあげながら鼻唄交じりの上機嫌だ。

 僕は思わずスマホを取り出して写真を撮った。

 

「わ! ちょっとびっくりしたよ」

「海君後でその写真送ってくれないかい?」

 

 驚いた先輩の声に、鹿大さんが写真をおねだりしてきた。

 

「先輩は送っても大丈夫です?」

「もちろんいいよ!」

 

 先輩はニコニコと快諾してくれる。

 

「ありがたい……」

「ありがたい……」

 

 僕と鹿大さんの心はこの瞬間全く一致していた。

 

「さて……桜子とクランプスちゃんが食べ終えたら対戦といこうかな。2人は大丈夫かい?」

「うん。もう少しだしね」

『そろそろクランプスもお腹いっぱい。まんぞく……』

 

 袋に身体を預けたクランプスが両手でサムズアップをして浮遊している。

 

「鹿大さん、レギュはスタンダードで良いですか?」

「どっちが海君としては楽だい? 誘った側だから俺が合わせるよ」

「ならスタンダードでお願いします。ノーリミはちょっと……あんまりよくなくて……」

「普段使いのデッキだとまあそうなるよねえ……」

 

 持ち歩いてるノーリミ構築あるあるだ。

 親しい相手(被害者達)曰く、僕の場合は相手のメンタルにダメージが行く場合もあるあるだそうだ。

 

「今日はちょっとお風呂遅めにしようかしら。さっちゃん、もう少ししたらお風呂入れてきてくれる?」

「うん!」

 

 僕らは先駆けた先輩を追うようにして、鹿大さんの書斎兼マッチルームに向かった。

 

 ◆

 

 鹿大さんの書斎は仕事柄、PJ関連の書籍が非常に多く、かなり広い。16畳くらいの広さがある。

 対戦用の大きなテーブルなどでスペースは取られているが、それでも余裕のある部屋だ。個人の持つマッチルームとしてなら、かなり立派な造りだろう。

 

「いつ見ても立派な部屋ですね……」

「仕事柄収入も良いからね、こことお風呂は建てる時に奮発したんだ。それじゃやろうか、先攻後攻はどうする?」

「サイコロがあるのでそれで決めましょう……5ですね」

「俺は2か、後攻だね。対戦よろしく」

 

 置かれた椅子に双方座り、向かい合わせとなる。自宅だとクッションだからちょっと新鮮な気持ちだ。

 お互いに礼をしてから対戦開始だ。

 

「こちらこそ対戦よろしくお願いします。スタンバイからドローまで、手札を2枚伏せてから1リソースと手札の緑1枚青1枚で【幸運の芽】をプレイします。効果で僕のリソース上限が1増加し、次のターンの僕のドローフェイズ時、1枚の代わりに3枚引きますね。プレイ後の【幸運の芽】は除外ゾーンへ、ターン終了です」

 

 今回の僕のデッキは、先輩のデッキをあれやこれやとしている最中で組んだランプ型となる。新規テーマである【ブラックマーケット】を主軸とした、青緑黒主体のフルカラーデッキだ。

 ランプではあるが、リソースブーストよりはコスト軽減などが主体なのもあり、この手のテーマとしては珍しく、自由度が高いのが特徴的である。僕の好みだ。

 

 先ほど打った【幸運の芽】は【ブラックマーケット】を持つ変則的なブーストカード。擬似的なハンデス耐性もあるが、【袋小路】のようなドローフェイズでの手札補給を無効化するタイプのカードには滅法弱いのが難点だ。

 

「ターンを貰うよ。反応があったら都度伝えてくれるかい。スタンバイからドロー、手札を1枚伏せ、1リソースと白2枚で【正道のアグレッサー】をプレイ」

「キャラのプレイに反応、【古い案内板】をプレイしますね。僕のダストに青のカードがある為0コストでのプレイになります。アグレッサーを手札に戻してください」

 

 アグレッサーはメタキャラクターの一種になる。リソースコストよりも大きいキャラクターが出た時に、山札の一番上を除外する事で出る代わりにダストボックスに置かせるというものだ。

 手札の代替コストによる高コストの早期着地が容易なPJにおいて、このタイプのメタカードはかなり人気が高い。

 僕も今は立たれるとめんどくさいので、着地を遅らせてもらった。

 

「おっと幸先が悪いな……それなら【炸裂する知恵 ライブラリ】をプレイするよ。出た時の効果でダストに送り、3枚引く。追加で1枚伏せてターン終了だ……うーんやりにくい……眼帯外しても良いかな?」

「自宅なんですしもちろん良いと思いますけど……でも鹿大さんってあんまりその眼帯外さないですよね」

「それじゃあ失礼するよ……いやあこの眼帯は梅ちゃんがプレゼントしてくれた物でね、なるべく身に着けるようにしてるんだ」

「ああ、道理で梅の花が……」

 

 何種類があった覚えがあるし、結婚記念日で数年おきにプレゼントされてるとかなのかな? 

 

「悪かったね、改めてターンを返すよ」

 

 その時先輩がクランプスを連れてマッチルームに入ってくる。

 

「あっもう始めてた。終わったらパパと海君でお風呂入ってだってさ」

「わかったよ、ありがとう」

『クランプスはウメ達と入るからご主人は心配しなくていい』

「了解、ターン貰いますね。スタンバイからドロー、では前のターンの【幸運の芽】の効果で3枚引きますね」

 

 まずまずの手札かな。ただ鹿大さんのデッキも見る限り、きっちり腰を据えてやった方が良さそうだ。僕は椅子に座り直す。

 

「手札から【マーケット案内所】をプレイ、これが場に存在する限り、僕がドローフェイズ時に3枚引き、同様にそちらが2枚引けます」

「俺にも利点があって良いのかい?」

「そういうデッキとして組んであるので……多少相手にメリットがあっても我慢ですね」

「なるほど? 美味いタイミングで除去した方が良さそうだ……」

「続けてリソース3で【マーケット案内人 コロカス】をプレイ、効果で山札の上から2枚をダストに置き、その後2枚引きます。伏せを1枚増やし、バトルフェイズまで」

「反応は……ないね」

「コロカスでプレイヤーへ攻撃、公開されたのは【答え待つもの】、手札に加えますね。特に何もなければエンドになります」

 

 多色が多めの構成なので、もちろん【答え待つもの】も入れている。スタンダードレギュの間はちょこちょこ頼るのでよろしくね。

 

「攻撃もそのまま通すよ。ターンが戻って来たのでスタンバイからドローまで……おっと2枚引けるんだったね……」

「リソース2と手札から白2黒2で【ラクタル二次元体】をプレイ、プレイ時に2リソースを使用した為、出た時の効果で白と黒のカードをそれぞれ1枚ずつダストから手札に加える。更にこれが場にある時、全てのプレイヤーがチャンスをプレイする際にリソースコストを支払う時、その値が2増加する。そのままバトルに入る。プレイヤーへ攻撃」

「反応や変更は無しですね」

「公開されたのは【静寂のサイレンス】だ。手札に加えて3点だね。何もなければエンドまで」

「無いですね。ターンを貰います」

 

 鹿大さんのデッキも分かってきた。ガッツリメタクリーチャーで制限しつつのコントロール型だ。となると1ターン毎のリソースの余裕はあんまり無いかな。

 これは……先に先輩達にお風呂へ行ってもらった方が良いかな。

 

「スタンバイでコロカスを回復、ドローフェイズ時に案内所の効果で3枚引きます。メインに入り手札から【痛み分け】をプレイ、反応は?」

「伏せの【キャンセリング】を反応させるよ。山札の上から1枚を裏向きのまま除外し、痛み分けを打ち消す。除外したカードは次の俺のターンの開始時にダストへ送られる」

「通しますね。……リソース2と手札から【マーケットの女主人 耀鳴(ようめい)】による緑3コスト分2枚で【マーケットの女主人 耀鳴】をプレイします。反応は」

 

 今僕がプレイした【ブラックマーケット】の目玉カードの一つである耀鳴は、代替コストとしての有用性と広範囲のコスト軽減、そして貧弱な本体をカバーする他者バフを持つとても優秀なキャラクターだ。その分狙われやすくもある。

 

「無いね……厄介なのが来たなあ……」

「耀鳴が場に居る時、僕のプレイする緑白黒のいずれかのカードはプレイコストが1軽減されます。という訳でリソース1で【新たな絆】をプレイ」

「反応したいけど出来ない……」

「ではダストから黒のキャラを2枚回収しますね。回収先は勿論耀鳴となります」

 

 この感じだと鹿大さんのデッキは反応範囲絞ってその分プレイコストを抑えてるタイプだな……。

 

「だよなあ……というかちょっと気付いたんだけど」

「はい」

「多分だけど海君は五感による超感覚への対処法理解してる感じだよね?」

「視覚ではないんですけど、友人に似たような事が出来る奴が居るので……先月実験してた時に覚えましたね……」

 

 実験に協力してくれたのは勿論風見だ。

 サンキュー風見。

 

「だよねえ〜……絶対変だよなって思ってたんだよ伏せの色が見えたり見えなかったりするし!」

「なんなら多分今すぐ変えれますよその色……これでどうかな」

「ウワッ……本当だ……怖いな〜今の若い子……」

 

 鹿大さんがちょっと引いた感じでぼやいた。

 

「多分なんですけど五感による判別って相手の挙動による状況の変化をより鮮明に示すマーカー的なものなんでしょうね。なので今回の僕みたいに相手がそういう事出来るって知ってたら余計効きにくいみたいです」

「なるほど……桜子、海君は逃がさないようにね」

「勿論だよ!!!」

 

 鹿大さんの言葉に、先輩がフンスと鼻息も荒く答えた。

 

「もう逃げられないと思っていますが……!」

 

 先輩に捕らえられていると言うか……僕が進んで監獄に入ってると言うか……。

 

 ◆

 

 それから1時間ほど経ったろうか。

 

 お互いジリジリと削り合いつつ結構ターンが進んだ。一度鹿大さんがトイレに行ったり、それと元々結構考えるタイプだったりもしたのでかなり時間が経っていてもターンの進み自体は30ターンほどだ。

 双方残りライフは10、僕がキャラ2伏せ3手札6で鹿大さんはキャラ4伏せ2手札5の状態。何か崩れると一気に死ぬラインではある。

 

 山札は先ほどのターンでお互い3周したし、僕のデッキもほぼ見切られていると思っていいだろう。

 鹿大さんのデッキはテーマ混合、白黒を主軸とした封殺型の構成。様々なメタ効果を持つキャラを中心に、相手の動ける範囲を狭めながら決着まで持っていくタイプだ。パーミッションって呼ばれるタイプだが、極端に止める訳じゃなく、それぞれ要所を見極めて止める形でプレイコストを安価に抑えている。

 じわじわと取り返しのつかない盤面まで押し上げていくタイプのデッキだ。

 

 相手が僕じゃないならもっと早く決着も付いている。例えばサキちゃんが相手してたら多分7ターン目くらいでサキちゃんが勝ってる。

 

 しかしこれが逸見君だと10ターン目くらいで詰み手まで持って行かれているだろう。それくらいには強いのだが、いかんせん僕と先輩の周囲には強いPJプレイヤーが非常に多い。

 なので鹿大さんは僕らの周りで考えると五指に入るくらいの強さだが、不等号は結構入り込んでるなといった具合になる。実際に対戦してみた感じ、やはりモヒカンさんと鹿大さんとノってる日の風見がほぼ同じくらいの強さだ。

 その中でも鹿大さんはかなりモヒカンさん寄りっぽい適性だと思う。

 

 話が逸れた。

 ともあれ、このデッキの対応出来る幅はレギュレーションにも左右されるので、今のスタンダードレギュでは幾つかの穴が生まれている。例えばハンデスメタを持つキャラクターは今のレギュだと使えず、しかし【ノイジー・オストリッチ】のようなマッドネス持ちは平均よりは豊富にあるといった具合だ。

 イベント封殺キャラクターも存在はするのだが、明確なハンデスメタが存在しない事により出る前に潰されることもしばしば。そうやって僕と鹿大さんはチマチマ地道に削りあっていた。

 

 流石にこのタイプのデッキだと既存の勝ち筋に這わせてこっちの勝ち筋を仕込むというのも気付かれやすくて難しい為、ちょっと塩い展開でコツコツ積み上げている。隙があったら押し込んでいけるラインなんだけどね。

 それと先輩達は先にお風呂に入りに行った。長引きそうだったからね……。

 

「ターン貰います。スタンバイからドローまで、1リソースで手札から【徴税官アシタバ】をプレイ、出た時の効果で次の相手ターンの終わりまで、イベントとチャンスのプレイコストが1増えます」

「うーん反応、1リソース支払い【マーフィーズ・ロウ】をプレイする。アシタバの効果を無効にする。本来なら手札を捨てる必要があるが、俺のダストに白と黒のカードがある為このコストは支払わずに済む」

「続けて【消せない想い】をプレイ。ダストのキャラを1枚除外し、除外したキャラと同じ色を持つカードを2枚まで手札に加えます。除外するのは【地獄道の牢主】、回収するのは【マーケットの女主人 耀鳴】と【地獄道の牢主】ですが反応は?」

「伏せの【キャンセリング】が反応、ダストの【新世界秩序】を除外して【消せない想い】を無効にする」

 

 と、まあこのような感じで。

 鹿大さんのデッキはなんでも打ち消しって構成じゃないんだよね。区分けされたカードで適切に止めていくタイプだ。

 なのでもう少ししたら穴が空くと思うんだけど……。

 

「リソース4で【ヒュージカメリオ】をプレイ、反応は?」

「無し、エンドまで行くかい?」

「行きます。ターンをどうぞ」

 

 ヒュージカメリオはテーマ無しの汎用アタッカーだ。パワーこそ500と超低いが、ブレイク2とアンタッチャブルに幻影にキャラからの攻撃拒否まで持ってて全体火力じゃないと仕留められない。

 詰めに良いカードだ。

 

「ただいま〜……クランプスちゃんの言った通りまだやってる……」

『そろそろウメとシャマシュが見に来ると思う』

 

 お風呂から上がった先輩達が僕らの盤面を見て呟いた。これはちゃんと理由があるので仕方ないんです。

 

「うーんそれだとちょっと急いだ方が良さそうだな……今できることも多くはないけど……スタンバイからドロー、手札を2枚伏せてから8リソースで【血戦の支配者クローヴ】をプレイ」

 

 大型フィニッシャーだ。止めておこう。

 

「反応ありです。3リソースと手札の黒で【咒声明(まじないしょうみょう)】をプレイ、通ります?」

「うーん……通すよ。通したくはないけどね」

「僕は場の耀鳴とアシタバをダストに送り、同じ数の相手のキャラをダストに置きます。対象はクローヴとアグレッサーで」

「痛い!」

「ちょっと急いちゃいましたかね?」

「デッキの相性もありそうだけど……多分俺が眼を使ってやるのが久しぶりなのもあるだろうね」

「僕個人としてはあんまり頼らない方が良いと思うんですけどね……」

 

 鹿大さんには悪いが、僕からすると単純に情報がノイズになる。

 なのでキッチリ公開情報からデッキなどを推察する精度を高めた方が、ずっと強くなれると思う。

 

「桜子が独り立ちしたらプロ復帰でも目指そうかと思ってたんだけど、この感じだと相当鈍ってるな……大人しくジャッジ継続の方が良さそうだ」

「僕は嫌ですよ鹿大さんとプロの舞台でやるの……」

 

 とはいえ僕は大学卒業してからプロ入りしようと考えているので、仮に鹿大さんがプロ復帰に動いたとして、年齢的にも当たる確率は低そうだが。

 

「評判悪くなりそうだしねえ……バトルフェイズに入るよ」

「2リソースで伏せの【法治】を反応です。このターン中プレイヤーへの攻撃が出来ず、お互いのキャラクターはダストに送られません」

「キャラへの攻撃は行えるから一回攻撃はしておこうかな……【静寂のサイレンス】で残ってる耀鳴へ攻撃するよ。チャンスで公開されたのは【血戦の支配者クローヴ】、手札に加えてエンドだね」

「こっちのターンに入ってスタンバイからドローです……うん、多分このターンで決着が着くかな」

 

 僕の伏せ予測が間違ってなければ多分止められないはずだ。

 

「怖い事言うね……」

「海君の決着予告は僕が見た限りだと10割的中してるから、パパは死ぬ気で凌いでね! 多分負けると思うけど!」

 

 先輩が慰めにもならない激励を鹿大さんに行なった。かわいい。

 

「凌ぐのは出来なさそうだよ桜子……」

「4リソースで【Without U】をプレイ、3枚引きます。軽減により3リソースと手札から赤白1枚ずつで【答え待つもの】をプレイします。反応はどうですか?」

「あ゛っ」

 

 先輩! 

 先輩にも進級試験の頃には【答え待つもの】で無法してもらわないといけないんです! だから耐えてください! 

 

「一応……打つかな……。伏せの【デルクイバースト】をプレイなんだけど……」

「1番飛ばしたい対象が飛んでくれませんね。最大コストを参照しての除去なので……」

「だから耀鳴なのかあ……先に耀鳴をきっちり処理できていたら……いやたらればだし終わってから悔やもう」

 

 鹿大さんのこの姿勢には好感が持てる。

 

「という訳でデルクイで耀鳴が飛びます。伏せに2枚置いてからバトルに入りますね。反応はあります?」

「無いんだよね……! いや正確にはあるんだけど! どれ撃っても負ける色が見えてるからどうなってるんだろうねこれ?」

 

 鹿大さんに自分の伏せがどう見えてるのか気になる所だけど、それはまたそのうちに訊いてみることにしよう。

 

「プロ復帰するなら視覚に頼り過ぎるのは改善した方が良さそうですね……【答え待つもの】でプレイヤーへ攻撃時にプレイヤーへ4ダメージ、攻撃時の回復効果も使います。デッキの1番下で……【マーフィーズ・ロウ】かな」

 

 多分合ってるはずなんだけど、合ってなかったらちょっと処理伸びちゃうな。

 

「ボトム落とすね……合ってた……」

「答え待つものが回復しますね。対象変更はします?」

「エラッタ後も何度か使ってる所見たけど、やっぱりあのカードダメじゃないかい? ぼくも使う事になるからあんまり言いたくはないけどさ!」

 

【答え待つもの】は悪くないんですよ先輩……。

 悪いとしたらプレイヤー側の進化なんです……。

 

『つがいが使うと中々当たらないと思う。ご主人みたいなのが使うとよくないだけ。だから平気。多分』

「負け確だしなあ……流石にしないかな……」

「了解です。再度攻撃、赤効果で4点です。対戦ありがとうございました」

「こちらこそありがとう。最後の詰みまで持って行ったのはどうやってるのあれ?」

「うーんこう……凌ぎながら良い感じの盤面になるまで頑張って……タイミングが来たらよっしゃって気合いを入れる感じで……」

 

 風見との実験で判明した撹乱方法だ。とはいえこれはあくまでも相手が五感による超感覚で判別しているのを知っているなら使える方法なので、実際に使う事はそう無いだろう。

 

「海君って大抵言語化できるのに、パパみたいな超感覚への対処はめちゃくちゃふわふわしてるよね」

「僕がその感覚分かんないですからね……なので先月はよくノってる日の風見とフリプして実験台にしてたんです」

「……ぼくは風見君の犠牲でパパの課題が判明したと思う事にするよ」

「今度風見にお菓子でも贈りましょうか」

「そうしよう」

 

 風見……お前の尊い犠牲は確かに世の為になっているぞ……。

 

『やっと終わった……ウメは精霊使い荒いよね……』

「多分シャマシュにだけじゃないかな?」

『ロクは勝てた? どう?』

「ついさっきボコボコにされた所だけど……」

『キー!』

 

 ダメなファンモードに入ったシャマシュさんの頭に向かってクランプスが飛んで行き、上に乗ってから偉そうにふんぞり返った。

 

『ロクヒロよりクランプスのご主人の方が強い。わかったかシャマシュ』

『お嬢が妾の事苛める……』

『元からクランプスの方がえらい。妥当』

「あなた〜? そろそろお風呂入ってくれる〜?」

「今入るよー! さてじゃあいい加減お風呂行こうか海君」

「広いお風呂は久しぶりなんで楽しみです」

「広いとは言っても大人3人で足伸ばしてゆったり浸かれるくらいだけどね」

「自宅のお風呂だと多分最上位ですよそれ」

 

 先輩の家のお風呂は広いので複数人の入浴も楽々である。

 それにしたって3人て。

 

 ○

 

 身体を洗い終え、男2人で湯船に浸かってぼーっとする事数分。

 

「ああ〜やっぱり自宅だと疲れが滲み出ていく感じがするね……」

「僕も将来家建てる事があったら、お風呂は大きくしよう……」

「良いよね広いお風呂」

 

 夢がありますよね、自宅に広いお風呂。

 

「良いですね……あっそういえばお盆の辺りから気になってたんですが」

「なんだい?」

「鹿大さんも梅さんもどうして僕にここまで良くしてくれるんです?」

 

 僕の質問に、鹿大さんは顎に手を当てて考えつつ答えてくれる。

 

「それは……桜子はつい最近までPJが弱かっただろう?」

「はい……弱いで済むかはちょっと怪しいですが……」

 

 かつての先輩は超常的な弱さだった。今は見違えるように改善されているし、浮かれリーサル逃しももうしない。

 

「俺と梅ちゃんはそれで2人目はやめとこっかってなったからねえ……男の子が居るとどうにも世話焼きたくなるんだよね。それも海君はほぼ確実に義理の息子になりそうだし」

「あー……僕の父も似た様な事言ってましたね、桜子さんとは逆のパターンでしたが。僕が強過ぎるから兄弟仲がめちゃくちゃ悪くなるんじゃないかって懸念して2人目やめとくか……ってなってたらしいです」

 

 そうかあ、と鹿大さんが微笑みながら呟き、続ける。

 

「PJの強さこそめちゃくちゃ差があるけど、案外桜子も海君も似てるのかもしれないね」

「言われてみればそうかもしれませんね……仲良くなるのもめちゃくちゃ早かったような覚えありますし」

「あの頃の梅ちゃんの喜びようと来たら映像で記録したいくらいだったね。まあ俺は自宅に中々帰れなかったからメッセージの文面でしか分からなかったけど。留年が相当堪えたみたいで桜子もどんよりしていたみたいだから……それがみるみる明るくなっていったって言うんだから親としては感謝しかないよ」

「当時は僕としても不思議だったんですよね、桜子さんのPJの弱さ。一般層よりも知識や経験があったので余計に……まさか精霊が剥がれるなんて事が起きてるなんて思ってもいなかったんですが……」

 

 知らない現象だ……ってなったもんねクランプスに言われた時。

 

「精霊剥離現象については俺もメタルナス社の方に報告したから、これから起きないとまでは行かずとも起きにくくなるように改善されて行くとは思うんだけど……まあ長い時間がかかるだろうね。ともあれ、俺が海君に言いたいのは凄く単純だ」

「?」

「桜子を好きになってくれてありがとう」

 

 そう言って、鹿大さんは僕の方を向き頭を下げてきた。慌てて僕も同様に頭を下げて、かねてより思っていた言葉を伝えた。

 

「いえそんな、僕の方こそ、桜子さんを篠ノ芽に進学させる決断をしてくれていてありがとうございます」

「……そんなに大きいのかい? 海君にとっての桜子は」

 

 不思議そうな顔で鹿大さんが僕へ訊ねた。多分めちゃくちゃ大きいですよ。

 この地方の高校PJ勢力図が変わりそうなくらいデカいとは葉山先生の弁である。

 

「もし桜子さんと会ってなかったら……」

「会ってなかったら?」

「……篠ノ芽が全国大会を個人団体で三連覇してたかもしれませんね。僕は最初PJ部に入るつもりだったので……」

「あれ、思ってたより大ごとだな……? 冷たっ!」

 

 首を傾げる鹿大さんの言葉を打ち消すように、天井に溜まった滴が落ちてきた。

 

 ◆

 

 鹿大さんとの裸の付き合いも済ませて着替え終わった僕は、正体不明の良い匂いがする事に定評のある先輩の部屋に入らせてもらって早々、パジャマ姿の先輩と唸っていた。

 それとクランプスは僕がお風呂から上がった頃には自宅よろしくといった趣で爆睡していた。

 一応人の家だぞここ……。

 

「最低限の枚数にあたる残り2種が全くわからん……!」

「全然分からない。ぼくはふんいきでPJを触っている……」

 

 頭上にヒヨコが飛びそうだ。進級試験までは残り3ヶ月を切っている。それまでには確定させるか最悪でも少しくらい適性のあるものが見つかると良いのだが……。

 

「……まだちょっと早い時間ですけど、気分転換も兼ねてプレゼント交換でもしましょうか」

「うん……うん。がっかりしないでくれると嬉しいね」

 

 僕の言葉に、先輩はどこか不安そうな面持ちで答える。先輩から貰えそうで嬉しくないものなんてもう実家に置いてあるサキちゃんのサイン色紙くらいしかないのに。

 そう思いつつ、キャリーに入れてあった小さめの袋を先輩に渡した。

 

「僕からはデッキが3個まで入るデッキケースになります。やっとデッキが決まりましたしね」

「うん、ありがとう……海君、その……ちょっとだけ目を瞑ってくれるかい?」

「はい」

 

 僕は先輩の望む通りにすぐさま目を閉じた。

 

「……本当に閉じてる?」

「あっそうだ他の人からじゃ分かんないんだった」

 

 僕が糸目だからちくしょう! 

 

「ちょっと失礼するよ……うん、本当に閉じてる」

 

 僕の目蓋の上から少し冷たい感触がした。

 この肌に吸い付くような感触を、僕は知っている。

 先輩の指だ。

 

「色々考えたんだけど……これが一番喜ぶかなって思ってねえ……」

「もう目を開けても大丈夫ですか?」

「まだダメだね……フゥ……えいっ」

 

 目まぐるしく触感が乱された。

 抱えるように腕が背中に回され、前面には温くて幸せな気がするやわこい感触があり、極め付けは。

 

 極め、付けは……。

 

「──ぷはぁっ。続きは、ぼくが無事卒業してからにしよっか……あれ、海君?」

 

 極……。

 

「海君ーッ……!」




それと本編部分(先輩進級)はあと2話くらいで終わりです。
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