独りにしませんいつまでも 作:残念G級
「第八部隊、出撃命令だ」
奴隷を収容する檻から出るとそのまま装備を整えて戦場へ出る。
身体の生傷は癒えることはなく、むしろ増えていく。
あれから一体何日経っただろう。
あの日、アリステラの戦争で俺は陽菜を追ってゲートの向こうへと突っ込んだ。
結果として、俺は陽菜と再会することが出来た。だが、そのあとはただの地獄だった。
俺たちが捕まった国の名は奴隷国家【エスエルス】
他所の国から捕まえた人間を奴隷として扱い、主に戦場に兵士として扱い、それ以外は人体実験を行う、まさに非人道的な国だった。
人体実験の内容は、トリオン器官の強制成長を施したり戦場で無駄な思考をさせないよう、死に対しての恐怖をなくすための精神実験。そして痛覚を失くすまたは限りなく0にするため、肉体に過重の手術を行なったりだ。
毎日誰かの悲鳴が聞こえていた。
毎日誰かが壊れていた。
毎日誰かが死んでいた。
戦場では、誰もが敵を殺すことになんの躊躇もなくなっていた。
腕を吹き飛ばされても、誰も後退せずただ人形のように前へ進んでいた。
感情を失う者が大半なの中で、俺と陽菜だけはお互いを護るように、支えるようにずっと一緒だった。
「いつか、みんなのところへ帰ろうね。約束だよ」
これは陽菜の口癖だった。
誰が見ても無理をしているとわかるぐらいに、感情の無い笑顔を向けて。
なにか目標とか夢がないと自我を保っていられないから。
自分を失わないように、守るように。
毎日、同じ部屋だからこそ出来るお互い抱きしめて慰め合って、なんとか繋ぎとめていた。
戦果を出せば、離れなくて済んだから、俺は誰よりも敵を殺した。
トリオン兵も、敵兵も、時には味方諸共。
優先順位なんて陽菜以外になかった。
どこを壊せば人間が再起不能になるのかを学んだ。
どういう風に斬ればすぐ死ぬのか。
痕跡を残さず迅速に行動できるのか。
自身の肉体に対してもそうだ。
最悪どこを捨てても戦えるか。
己の持つサイドエフェクトがこれほど便利だと思ったことは無い。
これは陽菜も同じことだ。
俺たち兄妹にはサイドエフェクトがある。どちらもこういう戦場に特化した能力。
俺が五感の強化と陽菜がトリオン感知の能力。
運が良かった。
俺たちはまるで戦場が自分達のいるべきところだったかのように、他のどの隊よりも任務遂行数が多く、強かった。
満足な睡眠時間ももらえず、休む暇もなく戦場と人体実験の反復。
消耗は激しい。
「お兄ちゃん、いつまでこんなことをやらなきゃいけないのかな」
「お兄ちゃん、早くみんなのところへ帰りたいね」
「お兄ちゃん、帰りたいね」
「お兄ちゃん、約束覚えてる?」
「お兄ちゃん、あれ、なんか言いたいことがあったんだけど思い出せないや」
「お兄ちゃん…」
「……」
時間が経つにつれ妹の感情が死んで来た。それだけでなく、記憶力も衰え最近では口を開いても自分と俺の名前しか言わなくなった。想定よりも消耗が早いことに焦る。このままでは不味い前に約束したことが守れない。
陽菜と約束したこと。
二人で帰るんだ。
帰る。
帰る
かえ…る
どこに?
約束……
「出ろ、出撃だ」
「「了解、トリガー
敵兵はもちろん、民間人だろうが視界に写るモノを確実に壊していく。
急所を狙い、適格に。
敵の軍勢が一斉掃射を行う。
最初は弾を斬り落として行けたがだんだんと手数が足らなくなり、被弾数が増えていく。俺と同じタイミングで出撃した女性も同様、被弾数が増えていく。
俺と同じ銀の髪を持つ女性。
誰かは思い出せないが、その実力からしてだいぶ前から戦っていたのだろうことは容易に想像できた。
それからしばらくして、この国での生存者は俺とこの女性だけになった。
戦闘体は破壊され、生身は最早日々の人体実験の影響で痛覚が死んでいるため詳しくはわからないが、傷はあるのだろう。服に着いた誰の血かも分からぬそれを見て思う。
俺と同室の女性以外いない音を確認し、本部へと通信を入れる。
「戦闘終了。これより帰還する」
『いや、お前らはここで廃棄だ。ごくろうだった』
「…了解」
廃棄。つまりここで始末されるのだろう。同じく通信を聞いていた女性は、こちらの方に視線を向けるとそのまま近づいてきた。
「処分されるまで時間がある。少し歩きましょ」
「…了解」
なぜか彼女に従ってしまった。別に俺は移動したくないのに彼女の顔を見たら、断れなかった。
「あなたはいつからここに?」
「知らん。覚えていない」
「そう、一緒ね」
先ほどまで平和に過ごしていただろう国は瓦礫となっていた。
焦げ跡や血痕、死体があるだけ。人が燃える匂い、腐り始めの匂い、いろんな悪臭がこの世界に満ちていた。
死んでいく国だ。どうでもいい。ただそんな荒廃した世界で、血だらけになりながらも歩く彼女はどこか綺麗だと思った。眩しいと思えた。
「一つ、覚えていることがある」
「なに?」
「約束」
「約束?」
「ああ、何も覚えていないが、この言葉だけはなぜか離れていない」
「誰としたのかもわからないの?」
「当たり前だ。そもそも、俺たちの実験はその代償として記憶、特に人との繋がりに関する部分を早くに消される。それは名前に始まり声や匂い、そして思い出も。人との繋がりが死への恐怖を助長するからな」
「そうだね。私もなにも覚えてない。でも不思議」
「何がだ」
「貴方から【約束】って聞いたとき、なぜか胸の奥底に違和感があった」
「お前もなにかしていたのかもな。【約束】を」
「そうかも。…それだったら、……素敵ね」
彼女は初めて笑った。先ほどの戦闘時にしていた無感情の人形の様なそれではなく、見た目よりもどこか幼い、可愛らしい笑顔。
なぜだか、その笑顔を見た時、なにか大事なモノを忘れていたような感覚に襲われえる。
これがなんなのかわからない。でもなぜか、無償に今、彼女に触れたいと思った。
無意識に彼女へ手を伸ばす。触れたい。この掌の先にあるものが大切だと思ったから。
その時だった。
突如、周囲に無数のゲートが開くと、護国の兵士たちが銃口をこちらに向けていた。
処分の時間が来たのだろう。
俺と彼女はその場に留まると武器を投げ捨てる。
これでやっと終わる。
引き金に指がかかり、まるでスローモーションのように見えるそれはまもなく、確実に己の命を奪うだろう。
なぜか無意識に、でも自然と彼女に視線を移す。
すると彼女もまた、同じようにこちらを見ていた。
綺麗な赤眼のそれはなぜか涙を流していて、その姿を俺はどこか見覚えがあった。
失った記憶の中にあったのだろうそれ。
自然と声も思い出せた。
『お兄ちゃん!』
その記憶から叫ぶ声を聴いた時、勝手に身体が動いていた。
引き金が引かれ、銃弾がこちらへ撃たれた。
「陽菜ぁ!」
俺は無意識に出たその名前を叫んでは、銃弾よりも早く、彼女の方へ走るとそのまま彼女を抱きかかえて逃走する。
どうやら後ろにもいたのだろう。庇いきれず彼女の腹から大量に血が溢れていた。
兵士たちはこちらを追ってきている。
数は確か5人。生身でも、場数ではこちらが圧倒的に上。
「ねえ、さっき……」
「……このままだと追いつかれる。この布を傷口に押し当ててろ」
「ねえってば!」
「……90秒で戻る」
俺は周りにあるまだ使えそうな武器を見繕って迎撃へと向かった。
余り時間がない。記憶障害の影響か頭がぼーっとするがそんなことはどうでもいい。
何としても終わらせて、彼女の下へ戻らなければならない。
結果として俺は脇腹と脚に一発ずつもらったが、全滅させることに成功した。
脇腹に関してはかすり傷程度で済んだために、脚だけ止血をして引きずりながら彼女の下へ向かった。
それからしばらくして、こちらに気づいたのか、彼女はゆっくりと手を振っていた。
「…まさか本当に90秒で終わると思っていなかったよ」
「そうか」
「…嘘だよ、確信してた。戻ってくるって」
「…そうか」
「昔からちゃんと有言実行を成し遂げる人だったから」
「…それはどういう」
「…記憶を少しだけど思い出したんだよ、…お兄ちゃん」
「っ!やっぱり…そうか。……陽菜」
俺は思わず彼女を抱きしめた。なぜか流れる涙の理由が分からない。いや、わかってる。
ずっと思い出せなかった。消されていた大事な記憶。
俺にはいたんだ。
忘れたくなかった人。忘れちゃダメな人。
こんな残酷な世界でただ一つ守らなきゃいけない人。
俺の命よりも大切な人。
ただ一人の家族。
この世界に生を受けてから、ずっと一緒だった俺の最愛の人。
俺の唯一の妹。
「ふふふ、なんだか懐かしい、お兄ちゃん」
「陽菜、ひなぁ!」
「はぁい、聴こえてるよお兄ちゃん。良かった、思い出せた」
「ごめん、忘れてごめん。今まで辛い思いをさせてごめん。痛い思いを苦しい思いをさせてごめん」
「…ん~ん、良いんだよ。お兄ちゃんは悪くない。私を助けに来てくれた。最初の頃は私の代わりにって実験手術も多く受けてくれてた。戦場でも私を庇ってくれてた。他にも色々、お兄ちゃんは私を守ってくれてた。全部思い出したよ」
「それでも俺はお前を、陽菜をちゃんと守ってあげられなかった!そもそもあの日、お前から離れなければこんなことにはならなかった!」
「そんなことないよ。お兄ちゃんは私たちを守ってくれてたよ。あれが最善だったんだよ。皆ちゃんと逃げ切れた、不思議とそう確信してるんだ」
陽菜は俺の頭を優しく撫でながら、まるで子どもをあやすかのように、ゆっくり暖かい声音で話していた。
自身の身体から溢れる血を無視して。
致命傷だ。このままだと陽菜は死んでしまうだろう。
ああ、なんてこの世界は残酷なんだろう。せっかく記憶を取り戻したのに、そのトリガーが、思い出した相手を失う寸前なんて。
こんなのあまりにもひどいじゃないか。俺たちはなんのために今まで生きてきた。
たくさんの命を奪ってきた。敵も味方も構わず殺した。最早この身は血に塗れてる。汚く醜いこの身体。
ここまで堕ちた結果が……これか。
「お兄ちゃん、聞いて」
俺の頬にそっと手を添える陽菜。両手で宝物を包むように。
「私は……もうすぐ死ぬ」
「…っ!」
「複雑だけど、人体実験のおかげで痛覚はないから、もう少し話せる。だから、聞いて」
血を吐きながらも、聖母のようにこちらに微笑む陽菜。その眼は徐々にだが生気を失っているように思う。
本人が一番わかっているはずだ。自分の死期など。
だからこそ陽菜は、最後の話をしようとしているんだろう。
俺は溢れる涙を無視して、彼女の言葉に頷き顔を寄せる。
「…うん、聞くよ陽菜」
「私ね、お兄ちゃんがお兄ちゃんでよかったよ」
「…うん」
「ずっと…傍にいてくれてありがとう」
「…ん」
「一回も喧嘩せず、ずっと仲良くしてくれてありがとう」
「…ああ」
「ずっと、…ずっと幸せだったよ」
「…俺も、幸せだったよ」
「お兄…ちゃん」
「…ああ、聞いてるよ」
「約束、覚えてる?」
「覚えてるよ」
「帰ろうね」
「…みんなの…ところへ…帰ろう、ね」
「ああ、帰ろう。一緒に帰ろう。またみんなと笑って過ごそう」
「帰ろう、ね。私たちの…お家に……」
「ッぁ、あぁ!帰ろう。俺たちの家に帰ろう!だから陽菜、お願いだから、死なないでくれ!いなくならないでくれ!俺を…一人にしないでくれ…」
「…泣かないで。一人にしないよ。大丈夫」
「お兄ちゃん…どこ?」
「ッ!陽菜!ここにいる!お兄ちゃんはここにいるから!ひな!」
「…いた…よかったぁ。お兄ちゃん。家族になってくれてありがと。お兄ちゃんになってくれてありがと」
「俺の方こそありがとう。俺の家族になってくれてありがとう。俺の妹になってくれてありがとう。俺とずっと一緒になってくれてありがとう」
「…すき。好き好き、大好き。真昼お兄ちゃん、大好き」
「ああ、俺も陽菜が好きだ!大好きだ!大切だ!愛してるから、だからどうかいなくならないでくれ!死なないでくれ!頼むから、頼むからもう誰も、俺の大切な人を奪わないでくれ!」
「ふふ、い…なく…ならないよ。大丈夫…だよ。一人にし…ないよ。真昼お兄ちゃん、来て」
陽菜が力の入らない手でグイっと俺の顔を引き寄せた。そのまま俺の唇を彼女の温かく柔らかいそれが重なった。
吐き出した血がまるで口紅のように、俺の唇を紅く染めていた。
甘い香りが俺の脳内を刺激した。陽菜の匂いを脳は記憶する。たった一人の家族の匂い。
俺はそれを忘れないように深く深く刻む。彼女の鈴の音のように透き通った声も綺麗に整った顔もその触り心地の良い肌の感触も。全部忘れないように刻んでいく。
「ひ…な?」
「へへ、し…ちゃった。
「陽菜!頼む、離れないでくれ!ひな!」
「…大丈夫。離れないよ」
何度目だろう。彼女がこうして笑うのは。太陽のように皆を照らし元気づけてくれるように笑う彼女のそれは、ここに来てから徐々に減っていった。それが今日、過去の分を取り戻すように何回も見ることが出来た。
そして今、彼女はまた笑った。
それも、自身の胸に光を収束させながら。
その位置はトリオン器官があるところとちょうど重なる。
その時、ここに来てしばらく、ある特別なトリガーの事を思い出した。
その製作方法は、
まさか、陽菜が今やろうとしていることは…
「ひな!?」
「お兄ちゃんを独りにしない、させない。…ずっと一緒にいるよ。いままで…お兄ちゃんがしてくれたみたいに、…今度は私がお兄ちゃんを守る。もう…これ以上失わないようにする」
光が強くなる。それに比例するように、トリオン体でもないのに、陽菜の身体に亀裂が入った。
「もういい陽菜!やめてくれ!」
「一緒に帰るんだ!お兄ちゃんと一緒に!もう何も奪わせない、お兄ちゃんから奪うやつは全部私がやっつける。
お兄ちゃんを幸せにする」
「もういい、やめてくれ!これ以上はもう!」
「約束したでしょ」
「…っ!」
「生きて、一緒にみんなのもとへ。約束したんだもん!もう離れない!忘れない!ずっとずっと一緒にいる!守る!もう泣かせないように!だから!」
「奪わせない!もう誰にも!この人から!世界で一番優しい真昼お兄ちゃんからはもうなにも奪わせない!私の全てをくれてやる!だからこんな世界を壊せる力をお兄ちゃんにあげて!ずっと奪ってきたんだから、最後ぐらい…よこしてよっ!」
光が膨れ上がり二人を包む。心地の良い優しく暖かい光。木漏れ日のような、癒しを与えてくれるような光。
そんな光の中で真昼は確かに聞こえた。
大切な人の声。最愛の妹の、もう絶対に何があっても忘れないたった一つの宝モノ。
『こんな世界ぶっ壊してね』
ああ、全部壊すよ
『約束叶えてね」
叶えるよ。一緒に帰ろう。
『私の事、忘れないでね』
忘れないよ、絶対に。
『幸せになってね』
…陽菜がいない世界で、なれるかなぁ
『お兄ちゃん』
ん、聞いてるよ
『大好きだよ、真昼お兄ちゃん』
俺も大好きだよ、陽菜
『…行ってらっしゃい』
いってきます
光が晴れる。目の前の陽菜は全身に亀裂が入ると、風に舞う花びらのように、身体を崩して消えた。
最後まで笑顔を浮かべて、陽菜は消えていった。
そして真昼の左手薬指には先ほどまでなかった黒い指輪がはめられていた。
真昼はその指輪をそっと撫でる。熱を帯びているのかどこか暖かく感じる指輪は真昼が撫でるとまるで鼓動するかのようにドクンッと脈打った感覚がした。
生きている、そう直感で思った真昼はそのまま指輪に微笑む。
これからの事について考える真昼。と言っても、やることはもう決まっている。
陽菜との約束を果たそう。
帰るんだ、みんなのもとへ
その前にまずは…
『こんな世界ぶっ壊してね』
…ああ、壊そう。あの国もなにもかも。
さぁ行こう
指輪が蕾のように膨れると黒い花を咲かせては真昼を呑み込んだ。