独りにしませんいつまでも 作:残念G級
失ったはずの左目が再生されている事実を目の当たりにし言葉を失う一同。
それを察してもなお、周囲の反応を無視し話を続けた。
「貴様らが見た記憶には残っていなかったか?まあ断片的にしか残せていなかったのかもな。この人体実験は、トリオン器官を強制的に成長させると共に、痛覚、感情の一切を消失させることで、ただ効率的に敵を殺す殺戮マシーンを増殖させるというものだ。痛覚がなくなればいくら傷を負っても戦えるから、感情を失えば命を落とす恐怖を感じず、敵に同情することもなく、ただ残虐に確実に効率よく命を奪うことが出来る」
真昼は淡々と説明しながらもその手は自身を傷つけることをやめない。
最早部屋全体が真昼の返り血で染まり、血の匂いとほのかに香る甘い花のような匂いが充満していた。
「その方法は、まず脳と心臓、そしてトリオン器官にそれぞれ特殊なチップを撃ち込こむ」
そう言うと真昼は自身の頭と胸をトントンと血に染まった親指で叩く。
「そのチップは肉体を損傷した時に機能する。身体強化とかそういう便利なモノではなく、その効果は独自のトリオン技術の応用によって、トリオンと肉体を形成する細胞とを融合させ、
何度も傷つけた肉体は、やがて出血が止まり開いた穴を塞いでいく。それは明らかに人ならざる光景だった。
真昼と陽菜を連れ去った国であるエスエルスは、長年人体実験を行っていたため、そのトリオンを利用した技術力というのが近界の中でもトップクラスだった。
「この人口血肉はトリオンを消費して生成される。そして、トリオン器官は使えば使う程強化される。最初はトリオン器官を強制増幅させ、次にこうして身体を傷つけ、無理やりに再生させる。痛みを与えられ続ければやがて痛覚は麻痺し、トリオンも成長する。効率がいいだろう」
再度左目を抉りとる。いくら再生されても痛覚は感じるのだが、何度もやられればその行為は最早なんともなかった。
「俺は一度、陽菜を庇うため、誘導しに来た研究員の喉を嚙み切って殺した。妹を守るために戦場でもない場所で人を殺した。それからだ、俺は妹以外の生き物を人間だと思わなくなった。妹を連れ去ろうとするたび、俺は研究員を殺した。口が開くなら嚙み千切り、口を縛られたなら脚でも何でも使って首をへし折った。腕を縛られても無理やり皮を引きちぎって解くか腕をねじ切って骨で刺した。
俺は人格を保ったまま壊れた。だがそれも限界があったが、俺の要望を聞いた奴らは妹を斬り刻むことは無く、強制的に痛覚を失くす施術を行った」
ぶちゅっとまだ眼球を握りつぶし、ふと指にはまる黒い指輪を撫でた。
「記憶の混濁も見え、壊れていくなかで俺たちは、なんとか生きる希望を立てた。この玄界に一緒に帰る。ただこれだけを希望に生きてきた。連れ去られたその日からずっとお互いに身を寄せ合い、支え合い、愛して生きてきた。
…どれだけ泣き叫び疲れても眠ることはできなかった。自分達が施術を受けていない時は他の誰かが人体実験を受けているからだ。その時の苦痛が混じった叫び声がずっと聞こえていた。むしろ静かな時はなく、常に誰かの叫びが、断末魔が、精神が壊れ嗤う声が聴こえ、ありとあらゆる不協和音が聴覚を支配した」
愛おしそうに撫でたその黒い指輪は真昼の血で赤く塗れた。
「俺たちはただお互いの顔を、声を、匂いを、肌の質感を、体温をただ忘れないように深く深く脳に焼き付けて記憶した。この世界でのことを忘れ失っても、お互いの事は忘れないようにと。だがそんな抵抗も日々の実験を受ければ壊れていく。やがて俺たちはただの同室相手になった。鏡などないから相手の顔しかわからないから記憶が消えれば、双子ということも分からず、ただずっと一緒の部屋にいる他人だ。
だが、一度お互いの声を聞いたり、匂いを嗅げば、その相手が特別なナニカだということが、失ったはずの記憶から呼び起された。それからは、そのナニカを知りたくて、見つけたくて、ただお互いを求めた。呼び起されるこの記憶はなんなのか、この奥底から訴えるものはなんなのか、記憶を失ってまた呼び起されてを繰り返す中で、それだけを追い求めた」
赤黒く光るその指環は、まるで真昼が見ていることに気づいているかのように、輝いていた。
「やがてそれすらも失い、もはや人とは言えない再生力を持ち、人として大切なものを全て失った。完全な殺戮人形になった俺と陽菜は、ずっと戦争と人体実験を繰り返した。だが、本来失われる自我をずっと残していた俺たちはある日の戦場を最後に廃棄処分となった。想定の範疇を超えたのだろう。死を受け入れる寸前、陽菜のことだけを思い出せた俺は彼女を連れて逃げるも陽菜は致命傷を負い、最後に俺へ願いと約束を託しブラックトリガーとなり、それからずっと俺は陽菜と生きてきた」
そっとそのブラックトリガーである黒い指輪はいつの間にか
「これが俺と貴様らとで違う
…今までの思い出が消えていき、身体を、精神を人とは違う化物へと作り替えられていくあの感覚を、お前たちは自ら受けに行こうとしているということだ。人は体験したことのない物に対して軽視する傾向にある。特にこと痛みに関連する物事に関しては、悲劇を受けなければ、自分たちは大丈夫だと思いあがる。今のお前たちがそれだ」
トリガーを起動する素振りや掛け声をかけずに、勝ってに黒い指輪が動き出す。
それはまるで真昼を呑みこむかのように、薄く広がりやがて真昼の身体を黒いナニカが包み込んだ。
赤黒い線が全身に走ると、鼓動すかのように微かに上下運動すると、ゴクッと喉を鳴らす音が聞こえた。
徐々に身体に広がった黒いナニカが真昼の指目掛けて収束していき、やがて元の黒い指輪へと戻った。
意思を持っているかのようなそのトリガーの動きを見ただけでも驚いた一同だっただ、真昼の身体を見てその驚きはさらに増した。
あれほど自身の血で染まっていた身体が、まるで何もなかったかのように綺麗になっていたのだ。
その身体に残っていたのは、当時の地獄を想起させる夥しい傷跡だった。
「これはまだ再生機能が馴染んでいなかった時の施術跡だ。俺も陽菜も、他の奴隷兵も最初の頃の傷は残っていた」
自身の身体に刻まれた憎悪の象徴たる古傷を指でなぞる真昼。その姿を見ていた一同はどう声をかけたらいいのか分からず黙っていたが、開発室長である鬼怒田が先ほどのブラックトリガーを見て思わず声をかけた。
「おい一ノ瀬、今のブラックトリガーの動きはなんだ。お前がブラックトリガーを持っていたのは、我々上層部は少なくとも共有されておった。だがその能力も含め、詳しいことはわからん。まさかその血を拭ったのが能力ではあるまい」
鬼怒田は真昼のブラックトリガーである指輪を見ては疑問をぶつけた。
確かに鬼怒田の指摘通り、真昼のブラックトリガーの詳しい話は例え上層部ですら知らされていない。
ただ知っているのはその製作者が真昼の双子の妹である陽菜だということ。そしておそらく、自身の身に纏って機能するということだけだ。
だからこそ、鬼怒田はそれ以上の詳しい機能を知りたかったのである。トリガーを開発し、未知のトリガーに対抗する手段を増やすためにも。
「それは教えることが出来ない」
「な、なぜだ!?まさか我々と敵対するわけじゃあるまい?!」
「その
真昼の返答に今度こそ全員が身構える。まさかこれほどまで、遠征の話が真昼にとっての地雷になるとは考えられなかった上層部は焦りの表情を浮かべた。
一応、迅からの助言として全員がトリオン体になっているため迎撃はできるのかもしれないが、相手は未知のブラックトリガーでそれを使用する男はこのボーダーという組織において誰よりも強い。勝ち目はほぼ0と言っていいだろう。そもそも最初になぜトリオン体になった方がいいと迅が助言したか、その意図を聞いておくべきだった。
もしかしたら、迅も真昼の味方をする可能性があると気づいた一同は、真昼だけでなく迅にも警戒の目を向けた。
「それだけではない、というのはどういうことだ」
極めて冷静を装い話を促す城戸。流石は最高司令官、この場にいる誰よりも冷静で弱さを見せない。
「話す意味がない、ということだ」
「……続けてくれ」
「陽菜は俺に害を与える者、与えようとするものに反応し目覚める。陽菜に
「
「陽菜と俺は繋がっている。俺の知識は彼女の知識であり、彼女の知識は俺の知識だ」
瞬間、再度指輪が動き出す。それは真昼の身体を包むだけでなく、部屋の床は当然、壁や天井全体にまで広がり、やがて部屋は闇一色になった。
鼓動音がするたびに走る赤黒い線が不気味さを煽る。
「話を戻そう。お前たちがどれほどの浅い覚悟を持ったのかはこの際どうでもいい。一度でもその愚考をし、賛同してこの場にいる時点で、俺の中での貴様らはすでに愚者へとなり下がった。
陽菜がこの
誰かがクスリと笑った。
その声はやがて増えて行き、次第に大きくなっていく。
その時、誰かが気付いた。
部屋を包む黒いナニカから不気味な口が生えては嘲笑うかのように形を歪めている。
その口は部屋中に存在し、全てがこの場にいる真昼以外の全員を嗤っているかのようだった。
「近界に行きたいなら行けばいい。一度地獄をその身に刻まれないとわからないというなら、存分に刻まれ味わえ。ただし行くと決断したその瞬間、俺は貴様らを捨て、俺の艇で向こうの世界へ行き近界の星々を全て破壊し陽菜と二人で暮らそう。この世界を愛した陽菜の願いであるこの世界の守護を、俺が近界を亡ぼすことで果たそう」
赤黒い光が走るたびに微かに照らされる真昼の顔は、今まで見たことのないようなほど冷たく無慈悲な眼をしていた。今までの楽しかった思い出も何もかも、まるで最初からなかったかのように、他人に向けるその眼は、真昼が放った言葉が本気である照明となった。
それが分かったからなのか、はたまた実際にそういう未来が視えたのか、迅は強く拳を握りながらも真昼へと話しかけた。
「本気、なのか…?」
「ああ、このままいけば貴様らは必ず向こうの世界で犠牲を出すだろう。死ぬか、ブラックトリガーになるか、俺たちのように奴隷になるか。どちらにしろただ奪われるだけだ。
…一つ教えてやる。【この世の不利益は全て当人の能力不足】で説明がつく。弱さは罪だ。弱ければ自分の主張を通せない、価値も尊厳もない。それがこの世界の構図だ。それに当てはめればわかるだろ」
真昼は迅の眼を真っ直ぐと見つめた。
「貴様らは弱い。この小さく平和な世界しか知らないただの井の中の蛙だ」
「…だったら、おれたちが強ければいいのか」
「……なに?」
「おれたちがお前より強ければ、こっちの考えを認めてくれるか」
「…そうだな。もし仮に俺よりも強ければ、少なくとも俺が貴様らに言えることは無い」
「だったら勝負しないか?
迅の発した提案に、真昼はもちろん、その場にいる全員が反応し、迅に視線が集まる。
「遠征に行くのは隊員だ。この戦いに上層部は戦闘面で関与しない。おれたちは少しズルいがこの場にいる全員でお前と戦う。俺は風刃を使うけど、陽菜ちゃんを使うかは真昼が決めていい。おれから見てもこっちのトリガー技術はどんどん上がってると思う。少なくとも数年前に比べたら断然に。ただ、遠征に行く際、最も危険な存在はその国が持つブラックトリガーの存在だ。真昼だったら例え陽菜ちゃんを使わなくてもブラックトリガーレベルの脅威があると思ったからこその提案だ。…みんながブラックトリガーに対応できる実力を持っていたら、真昼の心配もなくなるでしょ」
迅の提案は至ってシンプルだった。この場に集まっている全員でブラックトリガーレベルの真昼と戦う。
無事に勝てれば、遠征先での戦闘はほぼ心配はないだろうと。
その迅の主張を聞いた真昼は、ただ静かに周りの人間に顔を見渡す。
一人ひとりの目を見ては最後に迅へと戻る。
全員が全員、とまではいかないが強い意思が込められた目を持つ者が多かった。
「…いいだろう。一週間後にこの場にいる全員相手にしてやる。陽菜は使わない、ただそれでも全力で相手してやる。力を示して見せろ」
部屋を包みこんでいた真昼のブラックトリガーが蠢き出すと、ぎゅるぎゅると音を立てて真昼の指へと収束していく。
みるみる部屋が元の明るさを取り戻していくと、先ほどまで真昼の返り血で赤一色だった部屋が、まるで何もなかったかのように綺麗になっていた。
そのまま真昼は部屋を後にしようと背を向けると、その時、ずっと怯えて震えていた三上が咄嗟に真昼の袖を掴んだ。
「…なんの用だ」
真昼から発せられた冷たく他人行儀な声が、三上の心臓を大きく跳ねさせた。
聞いたことないその声音が、まるで今までの関係がなかったかのように錯覚させた。
「わ、わたしは…真昼さんのOPです。ですから、今回も…」
「
三上の手を振りほどいて部屋を後にする。
背後で泣き崩れる声を無視して。