独りにしませんいつまでも 作:残念G級
「……敗北か」
自身の隊室にあるベイルアウトマットに落ちた衝撃で敗北を悟った真昼。
腕を顔に当てていて表情はわからない。
「…サイドエフェクトを使いすぎたか。頭が働かない」
本来なら狂う程の頭痛が真昼を襲っているはずなのだが、痛覚が機能していない今の真昼だと、ただ思考が鈍り上手く頭が働かない、まるで高熱を出した時のような状態だった。
先の戦闘の記憶もところどころ虫に食われたかのように穴がある。
「…また、同じように奪われたのか」
腕を上げ指輪を眺める。
愛しい者のなれの果てに触れる。
あの日、自身の弱さで失った最愛の妹。
弱さが招いた最悪の結末が脳内で無慈悲にも再生された。
無力感に包まれていると、遠くから隊室が開く音がした。
「…真昼さん」
弱々しい声が真昼にかけられた。
その声の主が誰であるのか、顔を見ていなくとも真昼はわかった。
その声はこれまで戦場に立つ時、必ず聞こえていたものだったから。
独りじゃないって常に支えてくれたものだから。
「…歌歩か」
「あ、あの…サイドエフェクトの副作用は…大丈夫ですか」
三上は先ほどの戦いで真昼がベイルアウトした瞬間、作戦室を飛ぶ出した。
モニター越しでしか想い人が苦しむ姿を見守ることしかできなかった三上の心情は重く辛いものだっただろう。
「真昼さん…」
「…相手の弱点を突いた良い戦術だった。全戦闘員の特性と得られる情報の中で最適な動きだったと思う。強くなったな」
「…でもわたしは真昼さんをずっと苦しめ「歌歩」…っ!」
「あそこは戦場だ。生きるか死ぬかの戦争なんだ。戦術を担当したなら相手に情けをかけるな。今回、歌歩が最後まで俺を気にかけていれば勝敗は変わっていたかもしれない。そうなれば本番はそっちの仲間は犠牲者が出ていた。残酷だがそれが戦争なんだ。奪われたくないなら奪うしかない。お前らが行こうとしている世界はそういう所だ」
淡々と現実を語る真昼に三上の表情は曇っていく。あれが正解だったとはいえ、三上がやったのは紛れもなく想い人である真昼を苦しめる行為。その事実が三上を苦しめていた。
「【この世の不利益は全て当人の能力不足】で話が付く。今回俺が負けたのはお前たちに勝てなかった俺の能力不足だ」
「…痛いですか」
「これが痛みなのかはもう忘れた。ただそうだな、少し思考が鈍るか」
「どうしたら楽になりますか」
「ほっとけば時期に回復する。前にも見せたが俺はもう普通の人間じゃない。脳は少し時間がかかるが、こういった肉体の異常はほっとけば修復される」
「…あの、触れても…良いですか」
「…ふっ、なんで確認を取るんだ?いつもはそうじゃなかっただろ」
「…今のわたしは一ノ瀬隊でいいのか分からなくて。貴方のOPじゃなきゃわたしと真昼さんのつながりはありません。そうなったら真昼さんに触れて良い理由なんて…」
三上は俯き自身の力が入った拳が視界に入る。何を言われるのか分からないからこその恐怖が彼女を包んでいた。もしかしたらあの日、ボーダーと真昼が対立した時に、自分と真昼の関係は終わってしまったかもしれない。
そう彼女は思っていたのだ。だからこそ、今までのように接することが出来ず、どうしたらいいのか分からなかった。
そんな彼女の心情を察したのか、真昼は今の考えをつぶやいていく。
「今回の戦いに負けた今、ボーダーがやろうとしている遠征に俺が何かを言う権利はない。正直に言えば、お前たちに危険がある選択をしてほしくはないし、止まらないなら今すぐにでも近界全てを亡したいとすら思っている。
だが、戦いに敗れた俺にそれをする資格はない。だがもし叶うなら、お前たちの遠征について行きたいとは思う。一ノ瀬真昼として俺と同じ地獄を見ないように全員を守る、そしてなにより歌歩が行くなら、一ノ瀬隊の隊長である俺はお前を守る義務がある」
「…えっ」
真昼の発した言葉にバッと顔を上げた三上。真昼は相変わらず顔に置いた腕で表情は読めなかった。
「歌歩が解散したいならそれでいい。もともと期限付きの「しません!」…」
三上は思わず天音の上に飛び乗るとそのままギュッと力強く抱きしめた。
もう絶対に離さないように、一切の隙間が無くなるほど密着する。
「前にも言いました!わたしは一ノ瀬隊の、真昼さんのOPです!期限があるのはわかってます。それなら、その時が来るまで、そして来てもわたしの気持ちはずっとここにあります。貴方がわたしを離さない限り、わたしから貴方の下を離れることはありません!一緒にいたいんです!だからもうわたしが解散したいならとか、そういうこと言わないでください…その言葉は、嫌です」
「…わかった。ごめん」
そこで初めて、真昼は顔に置いていた手を離し三上の背中と頭に回すと優しく撫でる。
真昼は現在トリオン体ではないためか、真昼の首元を濡らす三上の流す涙の温かさを感じていた。
落ち着かせるためにしばらく彼女をあやす。
どれだけの時間が経ったか、なんとか泣き止んだ三上は真昼の顔の横に手をつき、覆いかぶさったまま身体を起こし真昼を見下ろした。
その眼は何かを決心したかのように強いものだった。
「真昼さん」
「なんだ」
「わたしはまだ怒ってます」
「…そうだろうな」
「何に怒ってるかわかってますか?」
「離れて良いって言った、こと」
「それはもういいです。ダメですけど、もうその話は終わったので」
「…わからない」
ジッと真っ直ぐに目を合わせる三上に、真昼葉思わず目線を逸らした。
彼女の目がいつもと違い、強い意思が籠っていたから。その眼が弱いことを真昼は自覚していた。今はもういない最愛の人が同じ眼をしていたから。
「なら罰として目を瞑って下さい」
「…わかった」
一切目を逸らさない三上の迫力に従ってゆっくり目を瞑る。
光を失ったためか他の感覚が研ぎ澄まされる。相変わらず頭は働かないが情報が減ったことで少しマシになった真昼は先ほどよりもリラックスしていた。
三上が僅かに動く気配を感じ、それに合わせてマットの擦れる音が聞こえる。
そしてそれに重なって三上の少し浅い息が真昼の耳に響いた。
一度起き上がったはずの三上の身体がまたゆっくりと真昼の身体に重なっていく。
三上の熱っぽい息が近づく。
「んっ…」
そのまま三上は真昼の頭を抱くようにすると自身の唇を真昼の綺麗な桜色のそれへ重ねた。
ピクッと真昼の身体が僅かに跳ねた。
その振動が三上にも感じたのか、彼女の口から小さく声が漏れる。真昼の身体が跳ねたその反応が三上は嬉しかったのか、唇を重ねている最中の彼女の目は細められた。そして少し唇を離すとまた重ねる。
「んっ……わ、わたしは誰でもこういうことをするわけじゃないです。今のは、真昼さんのことを独りにしたくない女の子がその気持ちを知ってほしいからしたことです。わたしは…独りになっても良いって考えてる真昼さんに怒ってるんです」
本当に怒っているのだろう、三上の発する声音はいつもより強かった。
「んぅっ…はぁ、知ってください。貴方を大切に想ってる人がいること。独りにさせたくないって思ってること。離れるのが怖いって思ってること。もっとちゃんと自覚してください」
何度も唇を重ねる三上。自分のことを大切にせず、ただ独りになろうとしている真昼を怒るように、そして言い聞かせるように何度も言葉と唇を重ねた。
「はぁ…。貴方の優しさは、もう色んな人の心に沁み込んでるんです。きっと、真昼さんに対してこんな気持ちを抱いているのはわたしだけじゃありません。…わたし一人で真昼さんを繋ぎとめれたらいいですけど、きっとそれは難しい。だから誰でもいいです、真昼さんが独りになっても良いなんて思わないなら誰でもいいんです。本当は嫌ですけど、いいですから、真昼さんは色んな人から大切に想われていることを自覚して、もう自分から独りになろうとしないでください」
ぽろぽろとまた涙を流しながら、真昼を見つめる三上。
その涙一粒一粒が真昼の顔を濡らしていく。
甘ったるい味と香りが口内に広がっては抜けていく。
三上の体温が口を通じて直接真昼の中へと伝わってくる。
この感覚を真昼は知っていた。
あの日、全てを失い、そして与えられた時に最愛の妹と交わしたものによく似ていた。
冷えた身体を直接温めるような、冷えた空のグラスに甘く熱いものがゆっくり注ぎ込まれるようなそれ。
その時の情景を思い出すと、突然真昼は三上の頭に手を添え、そのまま彼女を抱き寄せてはその小さな唇を重ねた。
「んぁっ!?真昼さっ…」
真昼からの突然のキスに驚くも、想い人から求められていることに喜び、進んでその口づけを受けいれた。
なぜ急に真昼から口づけをしたのか、聡明な三上はおおよその推測は出来ていた。
(多分、真昼さんは今わたしを見てない…きっと亡くなった陽菜さんを重ねてる。一度離れていった最愛の人を繋ぎとめようとしてるんだ…)
三上は真昼が今自分のことを見ていないことに気づいていた。だが、それでもいいと答えるように真昼の身体に抱き着きながら何度も唇を重ねる。小さな舌を一生懸命動かして、熱い真昼のソレに絡める。
妙に慣れている真昼にやきもきするも、それよりも真昼とのキスが気持ちよく、一瞬で思考が空っぽになる。
(今はわたしのことを見てくれなくてもいい!今はまず、真昼さんをここに繋ぎとめられればそれで)
ドロドロに溶けては溢れてくるナニカが三上の心を染めてく。
脳を刺激する甘く熱いそれが彼女の思考を鈍らせ、真昼のことだけでいっぱいになっていく。
それからどれだけそうしていたのか分からない。
呼吸をするのも忘れて肩で息をする三上。
いつの間にか二人の顔は離れ、見えるのは光に反射して輝く軌跡だけだった。
そこでようやく、自分が正気じゃなかったと気づいたのか、真昼は慌てて自身の親指の腹で彼女の唇を拭った。
すると、三上は真昼のその手を掴むと「はむっ」っと指を咥えなめとった。
「…落ち着きましたか?」
そのまま真昼の手を両手で包みながら、見上げるように見つめる三上。
「…きっと今、真昼さんは陽菜ちゃんを見ていたんですよね?」
その言葉に真昼の身体が僅かに跳ねる。
「…悪かった」
「良いんです。真昼さんが求めるならわたしはなんでもしてあげます。わたしを重ねて陽菜ちゃんが見れるなら今はそれでもいいんです。貴方が孤独を感じなくなるなら、なんでもいいんです」
三上は左手で真昼の手に指を絡ませ、右手でそっと真昼の胸を撫でた。
「貴方の心が満たされるなら、今はそれでいいんです。今の真昼さんはその冷え切った心を温めるのが最優先なんです。人の熱を感じて下さい。いくらあなたが孤独を歩もうとしてもわたしはそれを許しません。どこまでも優しい貴方は、きっとわたしたちを守る為なら喜んでその身を差し出すんでしょう。貴方が進んで孤独を選ぶなら、わたしはそれを何度でも阻みます。きっとわたし以外にもそうする子はたくさんいます。わたしたちは、貴方にばっかり守られる弱者にはなりません。一緒に戦えなくても、その身体を支えることはできます」
三上はゆっくりと真昼の手を手繰り寄せて、自身の胸に置いた。
「貴方はもう独りじゃないんです。もうそんなことさせません。これからずっと、真昼さんが嫌がるその時まで絶対に独りにしません」
涙を流しながらも優しく微笑む三上。その彼女の表情を見て、どこか胸の奥に潜む重いナニカが微かに溶けていく感覚を覚えた。
俺はもう独りじゃないのか
ふとそう思い込んだ瞬間、ピリッと指輪を嵌めている手に痛みが走った。
明らかに陽菜が何かに反応したもの。
それは果たしてずっと独りだと思い込んでいたからか、はたまた自分以外の相手を受け入れようとしたからか。
お兄ちゃん
鈴の音の様に凛とした声が聴こえた気がした。
ああ、わかってる。俺にはお前しかいない。この先何が合っても、俺は必ずお前と共に在るよ
信じてるよ、お兄ちゃん
ゆっくりと空いている手を三上の頭へと乗せると、優しく撫でる。
「…これからもよろしく頼む、歌歩」
「…っはい、どこまでもご一緒します」
二人はお互いに微笑み合い、静かにその身を寄せ合った。