独りにしませんいつまでも   作:残念G級

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帰還

「…迅、本当に……ここなの」

 

「ああ、確実に今日、この場所にイレギュラーゲートが出る。そこに、誰かいる」

 

「救護班もすでに手配している。これで大丈夫か、迅」

 

「ありがとうございます、忍田さん。支部長(ボス)もみんなもわざわざ予定を合わせてもらって悪いね」

 

迅はこの場にいる全員に顔を向ける。そこには旧ボーダーに所属する全員が揃っていた。

普段なら絶対に前線に出ない城戸指令ですら、この場にいた。

 

「全然気にすんなよ迅!それより……その未来予知は本当なんだろうな?」

 

「間違いなく、誰かが来る。それが敵なのか味方なのかはまだなんとも」

 

その迅の言葉にこの場にいる全員が重い唾を呑みこんだ。

あの日、同盟国アリステラの戦争に参加して約2年半。

あの戦争で失ったものは大きく、彼らの心にも深い傷を残した。

ここにいる者たちの多くは、ある二人の子どもに救われた者が多い。

いや、あの子たちが残した膨大な研究データは三門市に新しく設立された現ボーダーにおいても多大な恩恵をもたらしていた。

そういう意味では間接的に、救われたものはこの町に住むほとんどの者たちだろうことは、この場にいる全員が周知していることだ。

なぜならこの現ボーダーのシステムは、ボーダーという組織を創設したメンバーである8人、その中でもシステム開発などを担当していた者たちが創り上げたものを基盤としている。

現ボーダーを短期間でここまで大きくできたのは、そうして資金や技術レベルが原因で実行できないからと残された優秀な資料のおかげなのである。

 

そして今日、これよりこの場にゲートが出現し、今も行方不明とされている旧ボーダーの人間が帰ってくる未来を迅は視たのだった。

だが視えた未来の可能性はごく僅か。迅が視えている可能性のある未来の中で、最も低い未来だった。

けれども、視えた以上、どんなに可能性が低かろうと、その未来の可能性があるのならと、迅は自身のボスである林藤匠に相談した。

その結果、その話を聞いた林藤はすぐさま本部にいる旧ボーダーの人間に連絡した。

全員で迎えに行くべきだと。

そうして全員久しぶりに顔を並べた旧ボーダーの人達は念のため全員が臨戦態勢をとって待機していた。

 

運命の時は突然やってくる。

 

『ゲート発生!ゲート発生!』

 

迅たちの目の前に突如、空間に穴が開いた。

それはみるみる大きくなり、やがて一軒家がまるまる入るぐらいに広がると、穴の中からまるでトリオン兵のような見た目をした、小規模サイズの遠征艇が姿を現した。

機体にはところどころ損傷があり、赤黒い液体が乾いたような跡が無数に付着していた。

 

『っ!ゲート、さらに複数発生!』

 

本部からの予想外の通信に距離を取る迅たち。展開されるゲートの数は脅威の10。

大小様々なサイズのゲートは無慈悲にも開いた

闇の奥底から音がする。トリオン兵が来るのだろう。

見えにくいその中からなにかが蠢く。

ゴポゴポと気持ちの悪い音がする。

得体の知れないナニカ。

その正体はすぐに分かった。

 

それは黒い泥だった。

 

穴からツゥーと垂れたかと思えばそれを機に、栓が抜かれたように、一気に泥が溢れた。

得体が知れない。あまりにも危険すぎる。

この場にいる全員が直感で感じたものだった。

全てのゲートから溢れる泥。

その泥の中には、この泥に呑みこまれたのだろう数種類のトリオン兵がバラバラの死骸になっており、ところどころに人間の身体の一部と思われるものまであった。

その数は、合計で150は超えている。

思わず後ずさる一同。

生体反応はなにもない。全てが死んでいる。

明らかに常軌を逸している。

 

その時だった。彼らに追い打ちをかけるようにさらに新しいゲートが開く。

 

「まだなにか来るの!?」

 

『未知のトリオン反応あり!来ます!』

 

「総員戦闘態勢!」

 

今までで一番勢いよく泥が放出される。

泥の池を作って。

それはまるでこれから来る者を迎える祭壇でも創るかのように。

穴の中から、ピチャッ…ピチャッ…とゆっくりとした足音がなる。

確実にこれをやらかした犯人が来る。

忍田の号令と共に全員が武器を構えいつでも、どんな攻撃が来てもいいように集中する。

非戦闘員を後ろに下がらせ、陣形を組んだ。

 

ゲートから出てきたのは、黒い人型のナニカだった。

 

「アア…アァァ」

 

血を頭から被ったかのように血だらけで、長い髪でよく見えないが、眼も虚ろな様だった。

ズルリと穴から落ちると、ドチャッっと泥の池に落ちた。

廃人のようにふらふらと立ち上がると、その姿がよりはっきりと全員の視界に写った。

 

ちらりと見える真っ白の肌以外、髪の毛も含めてすべてが黒に染まっていた。

黒いローブのようなワンピースのような、そんなものに包まれているため性別の判断はできないが、明らかに背は高い。泥の泉の中心に立つソレはまるで御伽噺の泉の妖精の様だと、大半の者が思っただろう。

 

得体が知れないソレに対し、全員が武器を構えた。涙を流す()を除いて。

それの気づいた小南やレイジ、忍田や林藤、さらには城戸まで驚いていた。

 

「ちょっと迅!?なんであんたこんな時に泣いてんの!?」

 

「どうした迅!なにがあった!何を視た!?」

 

小南とレイジが問いただす。敵かもしれないのだ、得体の知れない相手を前に隙を見せるのはあまりにも自殺行為なのだ。

そんな二人の反応に対し、林藤は迅の反応に対してある推測が生まれた。

 

「っ!おい迅、まさか…」

 

その問いに対して迅は何も答えることは無く、その代わりとして武装を解くとそのまま黒いソレに歩み寄った。

その行動に全員が驚くと同時に迅を止めるべく皆が迅に駆け寄った。

 

「迅!どうしたのよ!危険よ、武器を構えなさい!」

 

「迅!正気に戻れ!迅!」

 

小南とレイジが必死に止める。だが迅は歩みを止めない。

その時だった。

 

「ア…カ…」

 

黒い妖精が動いた。

ズルズルと覚束ない足取りでゆっくり、一歩ずつ。

枯れた声で何かをつぶやきながら。

 

その予想外の行動に流石の迅も歩みを止めた。小南もレイジも他の皆も思わず止まった。

それに反し、妖精の足は止まらない。

 

「エ…ル」

 

「カ…エル」

 

「ヤ…ソク」

 

「オ…ワッ…タ」

 

「オワッタ…カラ…」

 

「カエラ…ナイト」

 

「ヤクソ…クシタ…カラ」

 

「カエル…」

 

血を吐きながら、もう意識もないのに、妖精は歩みを止めない。

ずっとそうしてきたから。

彼に刻まれた約束は、帰る場所はもう覚えてない(・・・・・)のだから。

だから止まらない歩み続けなければいけない。

だから妖精の目には誰も映らない。

例え過去の家族だった(・・・・・・・・)としても

 

「カエル」

 

「オワッタンダカラカエル」

 

「ヤクソクシタンダカラカエラナイト」

 

もはや屍。いつこと切れてもおかしくない。

妖精の歩んだ軌跡には黒い彼岸花が咲き、侵蝕する泥が存在を刻むように広がっていく。

まるで呪いのように、泥に埋もれる気色悪い無数の口が言葉を口にした。

帰るのだと、約束したのだと、主の心を晒すように。

それがあの妖精に残された使命だというように。

 

誰もが動けなかった。重い緊張感が辺りを支配した。

少しでも動けば、なにか良からぬことが起きると警告の鐘が鳴る。

 

 

 

風が吹いた。肌を撫でるようにささやかな風。

いつもなら気持ちのいいものだと感じるようなそんな風。

そんな風は妖精にも吹く。

 

サァーと吹いては妖精の長い髪が風に靡く。

 

初めてしっかりと顔が晒された。

 

音が消えた。

 

誰もがその顔を見て言葉を失った。

 

それは数年前までともに日々を過ごしていた。

いつも双子の妹と研究だ鍛錬だとトリオン体で好き放題していた。

誰よりも頭が良くて、強くて、優しくて、ボーダーにいる全員を、組織を愛していた人。

綺麗な子たちだった。容姿も心も。二年前の戦争で自らを犠牲にしてまで、仲間を助けた、ボーダーが誇る最強の兄妹。

銀色の綺麗な髪に宝石のような赤い瞳。兄の方も女の子みたいに可愛らしく、天使のような顔立ちだったからか、姉妹とよく間違えられていた。

それをいじると少し不貞腐れていつも騒がしかった。

蘇る過去の記憶。

楽しくて、幸せな毎日だった記憶。

 

この場に全員が妖精の顔を見てそれを思い出していた。

視界が歪む。

涙があふれて止まらない。

 

思わず小南が妖精のもとへ走った。

仕方ないだろう。得体の知れない相手ではないのだから。

相手は大切な家族なのだから。

あの日、全てを失った日。

自分の弱さで何回も助けられ、最後には連れ去られてしまったのだから。

一時も忘れたことは無かった。

あの日から、明確に弱い奴が嫌いになったのだから。

昔の自分を見ているようで。

 

 

小南はそのまま妖精を抱きしめた。

血で汚れることなんて気にしないと、存在を確かめるように強く抱きしめる。

 

「カエラナイト」

 

「ヤクソクシタンダカラ」

 

それでも妖精は止まらない。

小南に抱きしめられてもなお、彼女を押し返すように、ゆっくりとその足を大地に踏みつけた。

 

「真昼!ねぇ真昼なんでしょ!私よ!小南!お願いだから止まって!お願い!」

 

「カエルンダ、ヤクソクシタンダカラ」

 

「お願い!止まってよ!真昼!」

 

押される。まるで意にも返さない様子で黒い妖精と成った真昼はただ約束を果たすために歩み続ける。

するとそこにさらに真昼を抱きしめる人物がいた。

 

「真昼!」

 

迅が小南と一緒に真昼を抱き留めた。

 

「悪かった!あの日、俺がもっと細かく未来を視ていればあんなことにはならなかったはずだ!俺が見誤った。謝って済む話じゃないけどごめん!もっとちゃんと謝りたいんだ!」

 

「カエ…るんだ」

 

「真昼!」

 

「ヒ…ナ」

 

「「!!」」

 

「ヤクソクしたんだ。ヒナト…ヤクソク」

 

「陽菜ちゃん…!」

 

「陽菜…」

 

迅と小南の二人がかりでも止まらない。それほどまでに彼の歩みは重く強いのだ。

真昼が正気を失っても、なお言葉を紡ぐそれは全て彼が今まで心の支えにしていたことなのだ。

その中には当然、彼の妹の名前が出てくる。

だが、この場に彼女の姿はない。

遠征艇が出てきた時に生体反応がないことは確認している。

誰でもわかる話だ。

彼女はもうこの世にいない。

そう誰もが確証している。

 

「ぶっ壊しちゃえ」

 

「…え?」

 

突然聞こえる女の子の声。

その声を昔よく聞いていた小南はすぐに声の主が誰か予想がついた。

だが、そんなのはあり得ないのだ。

なぜなら彼女は、この場にいない。ならそれは…

それでも、先ほど聞こえた声は絶対に陽菜のものだったと確証がある小南はまた聞こえた声の出どころをやっと見つけた。

 

「お兄ちゃん」

 

それは彼女の胸元から声がした。

正確には真昼の纏うローブのような泥にある口から(・・・・・・・)

明らかに真昼が纏うこの泥は普通じゃない。恐らくは黒トリガー。

黒トリガーは普通には作れない。

その製作方法は……まさか

 

「嘘…でしょ?まさか…これって」

 

その小南の反応に迅もうすうす予感していたことが的中したことに冷や汗が頬を伝った。

 

「…この黒トリガー、…陽菜ちゃんだ」

 

「嘘よこんなの、まさか本当に…」

 

残酷すぎる現実に小南の精神は限界だった。

溢れる涙を無視して真昼を止めていた力が緩まってしまう。

ぽたぽたと流れる泥に混じった血が地面に滴っていく。

 

「っ小南!今は真昼を止めよう!このままじゃ真昼の命が危ない!忍田さん!救護班をこっちに呼んで!」

 

迅は力を入れ直すと一度涙を拭って覚悟を決めた。

今すぐ真昼を止めないと命が危ないのだ。

だがどうやって止めるのか。可能性のある未来のなかから瞬時に良い未来を探す。

こちらが攻撃をしようものならどの未来でも反撃にあい、全滅する未来しか視えない。

そうして一番隅にあった未来に答えがあった。

その答えはハッキリ言ってあり得ないものだった。

 

「…陽菜ちゃん!聴こえてるか!俺だ、迅だ!迅悠一!」

 

「ジ…ン…」

 

それは真昼にではなく、黒トリガーである陽菜に対してだった。

本来、黒トリガーに製作者の意思はない。残らない。

そのため、こういった黒トリガーに対して声掛けなんて意味がないのだ。

そう、本来なら…。

 

「ここは玄界だ!俺たちはボーダーだ!みんないる!あの日、あの戦争でたくさん失った!たくさん死なせた!俺が視えてなかったから!ごめん!本当にごめん!陽菜ちゃんまで死なせた!二人には、本当にひどいことをした!謝って済むことじゃないのはわかってる!後でいくらでも俺を責めて構わない!ただ今は!今だけは真昼を解放してあげてくれ!このままだと真昼まで死んじまう!」

 

迅はただ謝った。ずっと自分の中に溜めていた後悔を、懺悔するように。

 

「カエルンダ」

 

「だから頼む!もう失いたくない!これ以上助けられる命を取りこぼしたくない!…陽菜ちゃん!今度はちゃんと、今度こそ真昼を助けさせてくれ!」

 

「ヤクソクしたから」

 

「…迅!っ陽菜!お願い!あたし強くなったから!もう陽菜や真昼に守られなくても平気なぐらい強くなったから!今度はあたしが真昼も陽菜も守るから!だからお願い!真昼を助けさせて!」

 

「ヒ…なと…一緒に」

 

「お兄ちゃん…」

 

「「真昼!」」

 

 

 

 

声が聞こえた。懐かしい声。誰かはわからない。思い出せないけど、懐かしいと思えた声。

ずっと暗く冷たい深淵の奥底にいた。

一切の音も聞こえず、写さず、感じない。

永遠の闇。そんな世界に不思議と聞こえた声。

だけど、そんなことはどうでもいい。

俺は進まなきゃいけない。

約束したから。

帰ると。

それを阻むのなら壊すんだ。いつまでも。どこまでも。

 

「お兄ちゃん」

 

己を呼ぶ声に思わず振り向く。

目の前には俺よりも少し小さい少女。

あの戦争に行く前の、壊れる前の女の子。

 

「…陽菜」

 

名前を呼ぶ。そうすると陽菜は満面の笑顔をこちらに向けた。

光が陽菜を差した。

 

おかえり

 

桜色の小さな小ぶりの唇が動く。

それは何を言っていたのかは分からない。

でも陽菜は優しく微笑んでいた。

 

「…陽菜ぁ!」

 

手を伸ばす。陽菜を繋ぎとめようと。

あと少し、あと数センチ。

触れた、そうなる前に陽菜はまるでそこにいなかったかのように姿を消した。

それを機に、闇に光が差し込むとそれは徐々に広がり、俺を包み込んだ。

 

 

 

泥が剥がれ落ちると、役割を終えたかのようにそれは塵となって消えていく。

黒トリガーの影響なのか元の色とは真反対の黒だったそれが、白銀へと変わっていく。

二人にずしっと重く感じる真昼の体重は、見た目に寄らず軽かった。

恐らく、碌なものを食べれていなかったのだろう、かなりやせ細ったその身体には、夥しいほどの生々しい傷跡がその身体に刻まれていた。

二人はそれを極力見ないように、すぐにやってきた救護班に預けてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

進め 地を這ってでも。

 

進め 血を吐いてでも。

 

進め 全てを犠牲にしても。

 

進め その命尽きるまで。

 

進め ぶっ壊すまで。

 

進め 約束果たすまで。

 

進め 進め 進め。

 

 

 

 

 

 

これまで、呪いのようにずっと聞こえていた声に従うように進む。

例え意識を失おうとも、一度だって歩みを止めた覚えはない。

今までも、そしてこれからも俺は進まなければいけない。

なのになぜ、俺は今進めないのだろう。身体が重い。

これは…眠っている。久しぶりの感覚で覚えていなかったが。

不味い、早く起きなければ、また奪われる。

奪われる前に摘まなければ。

 

「ん…ここは」

 

意識を無理やり覚醒させ、目を開ける。

白い空が一面に広がっていた。

どこなのだろうか。

横を視れば窓があり、どこまでも青い天井が広がっていた。

鳥の囀りが聴こえる。

そんなことはどうでもいい。

早く移動しなければ…そう思って起き上がろうとすると、ギシッと音が鳴る。

どれだけ力をいれても起き上がれない。

原因を探ろうと周囲を見ると答えはすぐわかった。

 

「…これは」

 

俺を縛るよう様々な拘束具がつけられていた。

 

捉えられた(・・・・・)

 

俺は急いで拘束具を解こうと全身に力を入れる。

このあと何をされるかは大体予想はついている。

良くて拷問、最悪、また人体実験の非検体に逆戻り。

またあの地獄を…

 

早く解かなければ…

傷があったのだろう、どくどくと身体から何かが流れる感覚がした。

恐らく傷口が開いた。

だが、そんなことは関係ない。

白いベットが徐々に赤く染まる。

そんなのどうでもいい。

器具が悲鳴を上げている。

このままやればもう少しで壊せる。

 

その時、ドアが開いた。

 

「…あはは、やっぱこうなるよな」

 

入ってきた人物は、頭にサングラスをのっけた若い男だった。

15~17歳ぐらいだろうか、見たところ武器らしいものは見当たらず、その手にはなにやら食料だろう袋を持っていた。

 

ぼんち揚げ、なぜか記憶にない字が読めたことに驚くも、そんなことはどうでもいい。

拘束を外そうとしているところを見られてしまった。

こればかりはどうすることもできない。

ここはもうトリガーを使うしかない。

そう思って布団の中で左手薬指を確認する。

 

「…っ!」

 

ない。彼女が、陽菜がいない。

ずっと一度も外さずにいた彼女の存在が感じられない。

俺の命よりも大切なもの。

早く探さなければ、そう思った時、いつのまにか目の前にいた先ほどの人物が口を開いた。

 

「…そんなに慌てなくても、陽菜ちゃん(・・・・・)ならそこにいる」

 

そう言って男が指さした方向を見てみると、白いハンカチのようなものの上に置かれていた黒い指輪があった。

付けなくともわかるそれを見て、真昼は一先ず安堵すると、再度男を見た。

 

「…貴様何者だ。なぜこの指輪を陽菜と言った」

 

真昼から突然放たれる殺気。返答次第では何があっても息の根を止める、という意思がビリビリと病室に訪れた男─迅悠一は感じた。

 

「…まずは自己紹介からだ、俺の名前は迅悠一。ボーダーに所属している。まず初めに、俺はお前の敵じゃない」

 

「迅…悠一。ボーダー…」

 

「…どうした?」

 

「わからない。ただ…」

 

「ただ?」

 

「ただ…どこか懐かしい(・・・・・・・)と、そう感じる。今まで誰の言葉も信用してこなかったが、だがなぜかお前の言葉は自然と信じることができた。不思議な感覚だ」

 

どこか懐かしい(・・・・・・・)、真昼から放たれたその言葉に、迅は思わず目を見開いた。

正気ではないことは容易に想像できた。そもそも真昼はここに来てから1週間、目を覚まさなかったのだ。

しかもその間、真昼は意識を取り戻さないまま、ずっと暴れていたのだ。何度も血を吐き出しながら、傷口を開きながら、何度も何度も、叫んでいたのだ。

 

進め、壊せ、約束、帰る、陽菜、これらをずっと。

 

だから迅たちは病院の先生たちと話し合って、一人部屋でなおかつ拘束具を使ったのである。

 

そこまでしないといけないぐらい、真昼は壊れていた。いや、壊されていた。

だからだろう、自分達の事を覚えていないことは必然だと覚悟はしていた。

もう一度初めから作っていけばいいと、今度はこっちが助ける番だと、支える番だと、あの日、真昼が帰ってきた時にいた全員がそう思っていた。

自分達の事を恨んでいるのなら、離れたいのならそうしようと思っていたのに、真昼は懐かしい(・・・・)と言ってくれた。

期待してもいいのだろうか。

またあの日に戻れるかもしれないことを。

自分達が真昼の傍にいてもいいことを。

 

 

「…迅と言ったか」

 

「ああ、どうした」

 

「お前は、俺のなんだ」

 

「それは…」

 

「お前は、俺の事を知っているのか。俺の事を、陽菜の事を」

 

「…ああ、知ってるたくさんのこと。俺だけじゃない、ここに来たみんなが、真昼や陽菜ちゃんの事を知ってる」

 

迅はそう言って自身の背後を見せるように移動した。

そこにあったのは視界いっぱいに広がるたくさんの花や食べ物だった。

中には色紙で何かの形を模したものや、名前の書かれたメッセージ、鮮やかな世界がそこに広がっていた。

 

「これは…」

 

「お前の事を知っている人たちからだ。みんな真昼の事、陽菜ちゃんの事を知ってる」

 

「こんなに多く…」

 

「ああ、なんでも聞いてくれ。そのために俺が来たんだからな」

 

「…そう、か」

 

視界が歪む。ツゥーと頬を温かい何かが伝う。

 

「…迅」

 

「…おう」

 

「…教えてくれ、この胸の奥から湧き上がるモノはなんだ」

 

「…そうだな、それは俺も今すぐはわからないな」

 

「…そうか」

 

「うん、まあでも、これから一緒に見つけることはできるぞ」

 

「そうか」

 

「おう」

 

「…迅」

 

「ん?」

 

「…教えてくれないか」

 

「俺のこと、陽菜のこと、お前たちのこと、ボーダーのこと、そして、これからのこと」

 

「…ああ、任せろ。たくさん教えてやる。そうだな、まずこれだけは言える…」

 

 

 

 

 

 

「二人は幸せになれるよ。お前の親友である俺のサイドエフェクトがそう言ってるよ」

 

 

 

 

 

 

 

運命の歯車が動き始めた。

 

 

 

 




少し足早になってますがとりあえず、真昼君、無事玄界に帰還しました!
これから少し時系列とかを確認しながら話を展開していきたいと思います!
矛盾や設定などがおかしい部分が出てくるかもしれませんが、暖かい眼で見ていただければと思います。
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