「やっほー♡ 見えてるー?」
ドローンが真っ先に映したのは幼い少女の姿だった。
二つ結びのリボンに金色の髪が目立っていた。
少女が立っているのは暗い暗い洞穴の中のように見える。
ただ、明かりがある。それなりに広い部屋。
土でできた構造で、火が灯されている。
それはつまり先駆者がここにいたということを意味する。
ただしこの場にいるのは一人。
返り血を浴びた少女のみ。
:強すぎて草
:うわようじょつよい
:なにもの?
:いつも通りやね
:俺も鼻が高いよ
ソフトの音声がコメントを拾い上げてそれらを読みあげる。
少女の右手には両刃を携えた斧――バトルアックス。左手にはピースサイン。
カメラが少女の姿全体を写すと、その背後には地面に伏しているモンスターの姿が映った。
モンスターだ。本来地球上に存在しない異形の獣。
この空間──ダンジョン内でしか現れない未知の獣。
一見、4本足のそれは犬のようにも見える。
だがその毛は黒く染まっており、目元は充血せずとも赤く染まっている。
爪、牙は鋭利に尖っており、血がついていることからすでに何者かを襲っていることも意味した。
それが何匹も。群れをなして少女に襲いかかっていたのだ。
しかし今は地面に倒れてピクリとも動かない。絶命していた。
「ぺっ。雑魚に絡まれると鬱陶しくてたまんなーい。ちゃっちゃと行こっ」
:ハウンドツードッグってB級の魔物じゃなかった?
:知ってるモンスターの中でもかなり強い方なのに……
「B級なんて雑魚中の雑魚だよ? そんなこともわかんないの?」
:語気が強い
:漏れはB級ですら倒せないのですがそれは
「雑魚乙!」
:お前が強いだけなんだよなぁ
:強い以外良いところがないガキ
:子供がダンジョンに潜るんじゃねえ
「正論でワロタ」
制止を無視し、少女は斧の柄を肩に置いて、そのまま鼻歌交じりに先へ進んだ。
その後ろを追従するドローンが少女の肢体を写している。
返り血がついていること以外はどこにでもいるような女子小学生。
服装は軽装。
母親と買い物に出かけるために、母親が選んだような服を着ているだけ。
アニメキャラクターがプリントされたノースリーブに、短パンを履いているだけ。
肌が露出している。
露出している肌に傷はない。
無傷で少女は危険地帯のダンジョンを歩いている。
歩く先は
「初心者向けのダンジョンだし、雑魚がいっぱいなのも当然だよねっ!」
:そこ未踏破のダンジョンなんだが?
:返す言葉がない
:は?誰が雑魚だ。俺はB+級冒険者だが?
:名人も湧いてます
:初見か?
「おー、そか」
:相手にすらされてない
:ロリちゃん冒険者だけど冒険者じゃないから……
冒険者としてのライセンスがある。
成人──18歳になった人に全員平等に交付される一種の免許証だ。
大気に舞う魔素を操り、己の体内に蓄えられた魔力を自在に扱えるものとして発行されるものである。
ライセンスは、人々の魂に蓄積された経験値を数値化し、あるいは身につけたスキルを可視化できるようにしたものだ。
ダンジョンを探索するにも適性がある。戦いに特化したスキルを持つもの、医療関連からインフラに至るまで。
己の実力を視覚化するために生み出された技術の結晶体であった。
なお、少女は持っていない。18歳ではないのだから。
「雑魚おにーさんたちの相手するのもたいへんだね……。私10歳だから発行されねンだわ」
:悲しい
:;;
:実は18歳なんだろ?
:違法ロリがダンジョン内を跋扈してますよっと
ダンジョンが現れたことによって世界には変化が到来した。
初めて現れたのは日本だった。数百年前の話である。
当然ながら、即座に対応できた人間はいなかった。
形状はドーム型。東京ドームほど大きくもないが、しかし中はとてつもなく広かった。
日本を起点として国内の各地へ、果てには海外にも発生していく。
日本に真っ先に現れ、攻略のノウハウを確立していき、安全の太鼓判が押されるようになるまでそこから50年近く。
その先で生まれた文化がダンジョン配信であった。
「攻略配信は最高だね。カメラ一つあれば配信できるし、お金も稼げるし。サンキュー違法サイト」
配信の光景は、地上波で映せる光景ではなかった。
ダンジョン内で跋扈するのは人類が観測したこともない異形の怪物。
魔力の扱い方もわからない、スキルを持たない頃の人類の武器は銃火器。
人が死ぬ可能性が当然あり、誰の目にも触れることができない映像が映る。
ダンジョン配信の源流は違法サイトでの配信から。
攻略の風景自体は流れていたが、そこを発展させたことが一つの文化として根付いてしまった。
深い深い、インターネットの中でも奥底、誰も近寄らないような違法動画ですら投稿されているような居場所での記録だった。
「見ようと思えば無料で最新映画見れるもんな。独占配信とか予告してないのに」
:草
「面白かったです」
:見るなw
そのサイトで見ているとは言っていない。
ダンジョンを踏破した。
人類は技術を取得した。
同時にダンジョンがさらに現れた。
世界各地に転々と発生するダンジョン。
街中、洞窟、地下、森林、深海。
幾多の形で現れ、しかしこちらに対する脅威になることはなかった。
ダンジョン内には異形の怪物、モンスターがいる。
モンスターはいる、が、地上に現れることはない。
土地を占有するだけで有害性はなく、中に侵入しようものなら生きて帰って来れるとはいえない。
危険を冒してでも攻略するメリットはあった。
持ち帰った品物が発展に繋がるのだから。
「それでお金は稼げるようになったし、ほーせーび? ってやつも入って、なんやかんやした結果、ダンジョンの攻略の目処が立って、私がいる」
:いちゃいけないんだけどな
:子供が入っていいわけないんだよなぁ……
:普通にダメなんだけど?
:いいんだよ、強いし攻略できてるし
「実は私ぃ……こう見えても18歳でぇ……」
:エロゲじゃねンだわ
:※ダンジョンに入れるのは18歳からです
:ダンジョン管理機関から見逃されてるの、マジで何?
「さぁ?」
年齢10歳。
学校には通わず、日夜ダンジョンに潜っては配信業で生計を立てているのがこの少女。
配信場所は違法動画が跋扈するプラットフォーム。動画投稿、配信によって、規定条件を満たせば誰もがお金を稼げる。
少女は規制されていない。
大元が規制する理由がないから。
少女は活動を止められていない。
それで収入を得ているから。
少女は武器を振るう手を止めない。
唯一無二の強さで人々を熱狂させているから。
ダンジョンでの配信活動が盛んになってから数10年。
攻略に加えて、生物との戦闘シーンが映る以上は規制が避けられない。
けれど記録として残して、攻略を最適化させておきたい。
二つの要素をまとめ上げるために配信サイトを作り上げて、そこで活動する配信者が登場することになった。
それがダンジョン配信の始まり。
だが、専用プラットフォームがあるだけだ。AIによる規制を走らせたプラットフォームが。
他のサイトで規制されているかといえば、そうは言い切れない。
それが今、少女が配信しているプラットフォーム。
収益を一番得られるからそこで活動してる。
「下りまーす」
階段を下る。
明らかに人の手で作られたその階段を降りる。
マジックテープで閉まるタイプの靴が音を立てて、その音が空間内に広がるが、少女の声と読み上げられたコメントが音を上書きしている。
「洞窟内だとちっせぇ奴が多くて困るんだよな」
:ちっせぇの部分、もう一回言ってもらえますか?
「嫌です……おっ、敵さんはっけーん」
降りていくと少しひらけた空間内に辿り着いたが、目の前の、その天井付近で巨大なコウモリが5匹ほど佇んでいた。
だが、少女の存在を感知したその瞬間に目をひらき、今にも翼を開こうとせんとする。
:ただのコウモリやんけ! 勝ったな!
:無知が騒いでて草。あれパルスバットな
:パルスバット!? 群れで襲ってくるその強さはA級クラスとも言われている……!?
「音波攻撃が主体だけど対策方法があるんだよね。今からそれを理解らせま〜す」
肩にかけていた斧を構える。
持ち手が細長く、先端部分は大きく弧を描いている。
茶色に染まっているその武器を両手で構えて地面に振り下ろした。
勢いよく、旋風を巻き起こすそれは速度を伴い正面に突撃していく。
:あの斧重くないのか?
初めて少女を見る、視聴者のコメントが読み上げられた。
:軽いらしいぞ
有料コミュニティに属している、視聴者のコメントがそれを答える。
地面に振り下ろしたそれは旋風を巻き起こす。
同時にパルスバットが巨大な羽を広げ、耳の穴の部分──スピーカーで言うところの音が出る箇所──を振動させる。
それが複数。音の重なりが共なり、地面が抉れ、そのかけらと共に少女に向かおうとしていた。
「甘すぎて草」
力が上回っていたのは少女の方だ。
巻き起こされた風が勢い強く進んでいき、音を掻き消し、そのままパルスバットまで巻き込んだ。
鼓膜が破れ、呻き声が上がっているが聞こえていない。宙に飛んでいたそれらは地に伏し、やがて動かなくなった。
「というわけで先手必勝で相手の策を潰すのが早いんだよネ。こいつらは音波攻撃しかしてこないし。1匹だけなら大したことはない。
「でも何匹もいる。雑魚は群がっても雑魚だから問題ないけど。先手で潰せるならなんでもいいよ。防げなかったら鼓膜が破れるので注意してな」
:軽く言うことではない
:博識ロリ
:雑魚かな……雑魚だったか
:雑魚だったろ、相手
ピースサインを描き、伏したモンスターの方へ向かう。
近づき、少女が背負っているカバン……ランドセルにそれらを詰めていく。
ダンジョン内で獲得したものを自由に持ち歩くために改造されたランドセルだった。
何でもかんでも放り込むことはできるが、生きてるものは入れられない。
取り出しやすいところには疲労回復用のドリンクを入れていたり、入れ口が大きいところには無が広がっている。
刈り取った素材は武器の強化、あるいは調理して食事にすることもある。
一人暮らしでほぼダンジョンにしかいない少女の主食はダンジョンに住まうモンスターの肉だ。
食して自分の力を高めることもある。
「このまま次いこか」
少女の足は止まらない。
襲いかかるモンスターは倒し、ドロップしたアイテムを獲得し、苦を感じることもないまま先へと進む。
道中、少女の口は止まることがない。
故に、モンスターと接敵する割合が高く、画面上にモンスターが映らない時間の方が少なかった。
:なんでずっと喋ってるんですか? モンスターに見つかりますよ?
「喋らないとつまらないから?」
:強い奴に見つかったら最悪死ぬんちゃうか?
「タコ。死なないから喋ってるンだわ」
:その自信 is 何???
即座のレスポンス。
:身の危険より俺たちを大切にする姿勢、嫌いじゃないしむしろ好きだよ
:普通に危ねぇんだよな……初心者ダンジョンならともかく
「というか基本一人だから寂しいんだよね。付き合ってよ、話し相手くらい」
:斧をぶんぶん振りながら言われても
:脅しだろこれ
:じゃあしょうがないな
:っておい!なんかでかいの来てるぞ!
:ったく……w
:あぶねぇ!
「脅してないよ〜」
ブォンブォンブォン。
ざくっ、ふらっ、ばたり。
「よっわ」
:草
:草
:草
:よっわ
:大型のモンスターですら倒せるのか……
両の手で、持っている斧を構えて振るう。
ただその動作から与えられる一撃は、視聴者の心を釘付けにする。
洗練された動き、無駄のない動き、決められている所作をその通りに行い、敵を屠る。
頭の中で描いたイメージを、少女は自分の身に投影している。
やりたい放題だ。
少女の表情は常に笑顔だ。
返り血がついているため、光景はスプラッタ映画を想起させる。
目を見開き、歯茎を見せながら敵を蹂躙している。
加えて、飽きさせないように、魅せつけるように振る舞うことを欠かさない。
視聴者に向けて解説もするし、側から見ていてかっこいいと思えるような動作だってする。
行なっている場所が未開の地であること以外、何もおかしくはない。
彼女は健全に、視聴者ファーストの姿勢を保って配信をする。口調は悪いが。
彼女は飽きさせないことを念頭に置いている。
見られなくなることを恐れているから。
収入がなくなるのも理由に含まれるが、いちばんの理由は寂しくなるから。
ただそれだけなのだ。
「おっ、最下層か?」
目の前には扉がある。
両手で把手を掴んで、押して開けるタイプの扉がある。
赤を基調とした色合いに対してで、なんとなくで感想を口にしていた。
頭の中で降るたびに、彼女は数字を数えていた。
坂道か、階段か。違いはそれだけ。
降った先から探索を始め、見つけた階段を下っていく。
アイテムを用いて撤退し、再度挑むときは挑んだ場所から。
故にこそ継続ができ、配信タイトルも同様に、続き物として初めて閲覧する人にも向けて配信を行うことができる。
注目度が高かった。
未踏破のダンジョンなこともあり、同時接続数は増加中。有料コミュニティに入会している視聴者のコメントよりも、初めてコメントをする人のが今は多い。
そんな彼らに向けて。
くるりとドローンの方向を向いて少女はにっこりと笑顔を向ける。
そのまま右手を振りながら。
「じゃあ今日の配信はここで終わりっ!」
:は?
:は?
コメントは一丸となった。
「続きはメンシで〜す♡」
:メンシ贔屓やめてね
:しょうもな
:コミュ抜けるわ
:泣きました。ポプラのチャンネル登録解除します
:これだからガキは
:長嶺行くわ
:すまん、これから長嶺の配信行くけど、お前らも行く?
:おつ
「嘘です。今から行きます」
:ようやった
:見直したわ
:っぱ期待に応えてくれるんだよなぁ……
:病気の母がこの知らせを聞いて完治しました
:感涙しました
:っぱロリコなんだよなぁ……
:草
:草
このやり取りも何度目か。
配信活動を始めて3ヶ月程度。惹かれた視聴者が固定ファンになるのに時間はかからない。
いつものやりとり。所詮は内輪ネタ。
それを形成できるほど、少女の配信活動は成功していると傍目から見ても言えるだろう。
普段の挑発仕草から打って変わった敬語。
10歳のエンターテイナーが見せるコンテンツが今につながっている。
「行きますよ〜」
扉を蹴破った。
勢いよく、扉はそのまま正面に、直線を描いて突き進んだ。
そのままの勢いで少女は侵入。
そこは、広い、広い、ドーム上の空間だった。
さながらコロッセオを想起させるような空間内で、蹴り飛ばされた扉が正面を直進している。
その先で、影が見えた。
鎮座するのはこのダンジョンのボス格。
そして、扉はそれと衝突し、扉は蹴り上がった。
「イカしてるね」
カメラがとらえる。
自動でズームインするその姿は人型。
特徴的なのはその顔だ。
目がひとつ。その上にはツノが立っている。
細長い角だった。ユニコーンを想起させる。
筋骨隆々のその肉体は青白く、それだけで人外であると判断することができた。
仁王立ち、腕を組んで立ちながらも、蹴り上がった足は垂直にピンと上げられている。
指の先から足の先に至るまで、鋭利に尖ったその爪に、単眼はこちらをはっきりと捉えていた。
ゴキ、ゴキとそんな音が聞こえるように、首を横に動かして、腕を組んでこちらを見ている。
判断力が高いのか、反応速度が高いのか。
特徴としてそれだけは読み取れた。
「サイクロプス? に似てるな?」
:見たことない
:誰?
:どなた?
発見報告のないモンスター。
未確認生命体。情報がないということは、先ほどまでの数秒のみで能力のおおよそを判断しなくてはならない。
このダンジョンの最奥に少女は侵入している。
存在しないはずの扉が勝手に閉められた。
後方を見ると、飛ばしたはずの扉がそこにある。
なお、取手はない。
もう一方。サイクロプスと呼称したモンスターの背後には扉。
目の前にいるそれは、守っている門番。
「生き残るか死なないと出れないやつね」
:負けちゃう?
:勝つさ
:負けるはずないんだよなぁ……
「あはは。負けるわけないでしょ、私が」
誰も彼も、少女が負けるとは思っていなかった。