忌避感を感じる色合いなのに美しさを感じてしまう部分があるのだ。
ポプラの造形にセンスがあるのか、描いたイメージが何かに影響されているのか。
定かではないが、唯一言えるのはポプラが描く世界観は彼女の持つ魔力を以て実現しているということ。それが強さの証明。
「重い」
生み出された武器の性能によるものもある。
それでも交わった際に感じるのはポプラの力か。
華奢な肉体のどこからその力が溢れているのだろう。そこまで考えたところで、これ自分にも言えるな、口に出しとけばよかった、と後悔する。
少しでも気を抜けば弾き飛ばされてしまう。
足を床につけて踏ん張りつつ、次の策を頭で回す。
「!」
斧を振ればそれに合わせるように斧が振られ、同じく振られれば合わせてこちらも振るう。
拮抗している。
視線の先は常にロリコを見ているが時折動くことがある。腕の動きや視線を見ているのだろう。
幾度となく交わり合う斧。
戦略の組み立てが丁寧だなと思った。
密接空間で圧もかけてくるし、接近戦を仕掛けて実力が上であることを示してもくる。
次はロリコが使う斧を用いて心を折ろうとしてくる。
おまけにそれなりに使いこなす。
でも、違う。佐伯ポプラはこれ程じゃない。
彼女の力の底はまだある。
「!」
蠢く炎がゆらめいて、斧を経由してこちらに向かってきているのが見えた。刃先が溶け始めて、気付くのが遅れれば肌に傷がついていたかもしれない。
「…………」
交わる回数が2桁に到達した瞬間に、ロリコは衝突の衝撃を利用して後方に下がった。
バックステップ。それも中距離。
踏み込まれれば到達できる距離感。
「その斧どこ産? 私も参考にしていい?」
「メイドインポプラ。100%私お手製です。何を混ぜたかは秘密ですよ」
「うーん、残念だ」
口は乗ってくれる。
本人の性格の現れだろう。解説する方面に舵取りしたから癖が身についていると見える。
斧を作り直した。ただし大きさは腕ほどで。
少し軽くなった分、折れてしまうには時間はかからない。それを二つ。
「もう一回!」
離した距離をもう一度詰めた。
勢いつけて両斧で体重を乗せる、魔力も乗せる。
ポプラは両手で支えた斧でこちらの攻撃を抑えつつ、しかし出方を伺っている。
口に出せば攻撃が始まるからこそ、後出しで相手の作戦を封殺する。それがポプラのスタイル。加えて相手の選択肢を封じてくる。
「仮にその斧を破壊してももう一回作られたら世話ないね。引き出し何個あるのさ」
「数えたことないですね。写真1枚に敷き詰められてる画素と同じくらいあるんじゃないですか?」
一つを軸に無限にも近い効果を付与できるのだから、本人の経験次第ではいくらでも手数を増やせるのだろう。
「【強化】【強化】【強化】」
「あ゛!? そのゴリ押しはまずいって!」
ポプラは魔力を消費して生成や付与を行う。
その後は独立して型取られる。
生成に使用したエネルギーはその後回復し、回復した後に溜まったエネルギーを消費して斧に力を込めていく。
本人の魔力を消費して注ぎ込まれた力は、何よりこの場において有効。それを3回。
大きさは変わらないのに威力だけが上がる。
「ズルい」口にしてもそれは独り言。視聴者が聞き取れない範囲での声量。
受けるつもりはない。交わった瞬間に武器が破壊される。
視線の先にはロリコが映っている。
魔力量の差ではロリコが劣っている。
ロリコが優っているのは何か。斧を握り続けたことで得た熟練度か。前世から蓄え続けてきた己の技量か。
土壇場で機転を利かせる発想力か。
答えは全て。
目が動かなくても、身体の動作を頭で考えていても次にやるべきことは無意識のうちに決まっている。
それが子供。移ろいゆく風のように颯爽と思考の海を駆けていく。
刃先が交差する瞬間にロリコは斧を手放した。
そのままもつれ込むようにスライディング。ポプラはポプラで斧を構える際に足を開いているので、その間を縫うように移動した。
「ぅえ!?」
「下だよッ!」
力の行き場をなくした斧が振られた。
帯びていた炎は前へ前へと波打つように蠢き、衝撃波が前方へ突き進んだ。
一方、床をスライディングしていたロリコは足から抜けたタイミングで両手を床に付けて逆さに落ちた。
振り落として身体をかがめていたポプラは当然ながら対応に遅れてしまう。
手を離して迅速に後方へ向くが、視界にロリコの顔は映っていない。
「ど……!?」
目に映ったのはおてて。
可愛い可愛い白いお肌の手だ。柔らかそうで、先ほどまで斧を握っていた手とはまるで思えないほどに純白。傷ひとつ感じない、むしろ手に触れたら折れてしまいそうな美しさを錯覚してしまう。
「パァン♡」
心を撃ち抜く弾丸は液晶画面まで飛び越えた。
蠱惑的な瞳に惹きつけられて、目元に置かれていた両手に意識が向かなかった。
おててのしわとしわ。少しずらして重なった。これを猫騙し。頭の中で並べられていた文字列を吹き飛ばし、不意を打つ攻撃は思考を一度リセットさせた。
「いっぱーつっ!」
ポプラの身長の先を行き、縦回転、横回転。空中でも自在に動く。空中で斧を生成するのはいい。大きくしてもいい。ただ、仰け反ったポプラに致命打を与えるにしても時間をかけてしまう。
地に足が付いてからでも間に合うだろう。
床に足元がついた瞬間に前へ跳ねて押し倒した。同時に鎖斧。両手をそれで巻きつけて押さえ、床に刃を立てた。
「きゃっ」
マウントポジション。
お姉さんの上に乗っかるロリの構図がここに完成した。
ただ、このままでは逃げられてしまう。
縮地だの透明化だの、やりたい放題できるのがポプラだ。基本的に喉元に魔力が集まっているのは把握している。
「ふぐっ!?」
:えっど
:うおおおおおおお
開いていた口に指を詰めた。
舌に絡まっていた唾液と指が交わった。
手全てが入るわけでもないので、口元で斧を生成するなんてことはできない。
ジタバタと足と腕を動かしているがロリコの体勢は崩れなかった。
明確なポプラの弱点。詠唱させない事。口をふさいでしまえばそれで終わり。指の次は口で埋めてやろうかとさえ検討する。
「さてポプラちゃん。どうする? 身動きは取れてないね? 負けを認めるなら顔を横に振りなよ。そしたらこれでおしまいね」
片手は空いていた。
いつでも斧を作って殴れますよと言う意味だ。
目が見開いている。制服の擦れた感触が太ももに通っている。
「ふ、ふが!」
制服に付いていたリボンが光り輝いた。
同時に目の前のポプラが消えて尻餅をついてしまう。
前を見てもそこにはいない。後方を確認すると息切れたポプラがそこにいた。
「緊急テレポート……やっぱりあるよね。使わせて正解と見ようか、これは」
ポプラの明確な弱点を挙げるならば喉元か口元を誰もが指摘するだろう。
言葉を軸に攻撃手段を取ることしかできないなら、力の源を潰せるように動くのが戦いの常。
だから弱点を潰すための回避手段の一つや二つ持っていると踏んでいた。
それを使わせるのが今回の攻防におけるロリコの目的とも言えた。
「その回避手段、もうないでしょ」
「……どうでしょうね」
実際なかった。
1度使用した後のリチャージには時間がかかる。ロリコの持つアクセサリーと変わらない。
常時発動する効果のガルカガの特性とはまた異なる性能。素材によって効果も性能も異なる魔道具ではあるが。
次の攻防で緊急回避を行うにしても口にしなければ効果を発揮できなくなる。
絶斧をもう一度握る。
武器の性能、魔力保有量においては間違いなくポプラの方が上。
戦闘のやり直し、一度得意でやると宣伝していたため課されたルールに則って戦ってくる。
(まっすぐな人だな)
だから口を出す。
ポプラの性格を読み取った上でそれが有効だと考えついたから。加えて、手と足だけでは文字通り手数が足りないから。
聞かれれば返答を必ず行う彼女の癖を利用する。
「ポプラちゃんさぁ」
「……?」
聞けば必ず答えてくれるだろう。
染みついた癖はそう簡単には治らない。
「なんで水着じゃないの?」
「…………………………………………へ?」
「海に来てるのに水着じゃないことなくない!?」
キレ気味に口にしていた。
内心楽しみにしていたものの一つであった。
「私はっ! ダンジョンを攻略しに来てたんですよ!? 水着なんて着たら被弾する箇所が増えて死んじゃうじゃないですか!」
「じゃあなに? ポプラちゃん深海ステージの時着衣泳だったの?」
「そうですが!?」
「えー、視聴者さんたちかわいそー。私の配信見とけばよかったのに。子供がスク水でサメちゃんと戯れる姿が公開されてたのに」
:地獄みたいなイメージビデオ
:戯れる(笑)
生み出した斧を、ポプラはいつものように振り回すことができなかった。
ロリコの言葉に応じてしまったから。
聞かれた言葉は受け止めて答えてしまう、自分の癖が仇となった。
「見たかったなー、ポプラちゃんの水着。今度一緒に遊びに行かない?」
「今どういう状況か分かってます!?」
「分かってるよ? え、何かおかしいこと言った?」
「こ、この人……っ!」
ロリコが常にペースを握る状況。
斧を巧みに振りつつ、しかし決定打に繋がらない均衡した状況でも口は回っている。
斧と斧が交差する。ロリコの斧の刃が溢れているが、ポプラの絶斧は砕かれてない。
力量の差、お互いの残り魔力量。
ポプラは配信二日目だが常に余力を残している。
ロリコは今朝方配信を開始したが、鯨との戦闘でかなり疲弊している。
それでも優位に立てるのはロリコの方が経験値が上だからだろう。ここにおける経験、それは。
「ポプラちゃん、対人戦したことないでしょ」
「……! なぜそう言えるんですか」
「配信で一度も見たことないから」
「ぅ……くっ」
一振り当たればロリコは即死だ。
心臓が止まるではなく、配信活動が止まるという意味。
それでも臆せず攻めるのがロリコ。攻めない自分は自分じゃない。
それはロリコ・リコではないと解釈違いを起こすのも理由に含まれている。
ポプラに好き勝手されると途端に即死が決まる状況。
ロリコはポプラをよく知っている。
配信活動を始める前に、自分の力を研ぎ澄ますために戦い方の参考として活躍する配信者の姿を目に焼き尽くしていた。
その中の1人が佐伯ポプラ。活動当初から今の活動まで把握するほどに、彼女を理解している。
斧と斧が交差する。
言葉に詰まって一瞬緩んだのか、ロリコの一撃でポプラの重心が崩れた。握る手が、弱くなっていた。たとえ性能差で負けていても崩せる隙が与えられれば当然組み負ける。
「しまっ──」
「遅いッ!」
横に払い、絶斧と呼ばれた武器を地面に落とす。刃を通すのにはここから左へ回転するか、斧の向きを転換させるしかない。
一瞬の時間を与えられては逃げられる。
打撃をぶつける。払った斧を力任せに振り戻す。
火力重視で刃先を一点にしていたのが裏目に出たような気もするが、咄嗟に生成する余裕もない。
「【飛翔】!」
固定していた飛翔状態に切り替えて後方に飛びながら避けていく。
「な……!」
振り終えたロリコはそのまま斧を手放し、右手で小ぶりな斧を生成。そのまま上へ投げつつ、足を伸ばして床に飛びつき地面に手をつけた。
投げられたそれを両足で掴んで挟み、踵落とし同じ要領で投げ込んだ。鮮やかに、滑らかに。行い慣れない動作に荒さはなかった。
方角はポプラの回避地点のど真ん中を突いていた。
飛翔で生やしていた翼で咄嗟に間に合わせ、魔力の翼が崩れ落ちた。
地面に落ちてくる。ポプラが落とした絶斧を手に取ってそれもまたぶん投げた。
確実に衝突する軌道で投げられる。
「あー。やっぱ対消滅するんだ」
制服には防御魔法が施されていたらしい。
服と斧がぶつかるにしてはやたら金属チックな音を立ててお互いに消滅した。
地面に落ちるように身体がついた。
「詠唱したら切り落とす」
首元には斧の刃が付いている。
緊急回避の手段は絶った。ロリコの勝ちに見える。
「ポプラちゃんさぁ、まだ手抜いてるよね」
「……!」
「屋内にいるときは面で圧をかければいいし、ここにきた時もわざわざ得意でやる必要ないじゃん」
目を見開いてこちらを見ている。
殺さずに捕獲はする、同意してもらうためにロリコを気絶させるないしは屈服させる。
それがポプラの勝利条件。
「ノーダメージ縛りを掲げている子供にそれをしてこないのは舐めプだよ。本当に舐めてる? あぁ、指は舐めたか」
:言われてみればそう
:な、舐めプ!?www
:えぇ……
:ロリコさんちょっと優位取れたからって調子乗りすぎじゃないんスか?
「シャラップ、
:なんスか
昔からの友達にやりたいことを話した。
いつもと変わらない話し方で。
「活動はこのまま続けたいけど、それはそれとしてポプラちゃんの本気も見たいんだよね」
:強欲スね
「私はいつもこんなのだろ」
:それもそう。死なない程度に頑張るんスよ。私たちはまだまだなんスから
「ん。また今度コラボしよう」
:おk
:俺たちを放置するのやめてね
:まーたコトコとイチャイチャしてる
:ミラー配信してるし行きませんか?
:3配信同時に見てます
「長嶺コトコ……元FJKの一人、じゃないですか。どこで知り合ったんだ……?」
「え、今そんなこと関係なくない?」
けろっと、なんてことのないように言葉を塞いだ。体勢は何も変わらない。
ポプラのドローンからロリコを非難するコメントさえ飛んでくる。
このまま繰り返しても結末は同じ。
ポプラの攻撃をロリコが捌いて、もう一度退避してを繰り返すだけだろう。
視聴者は疲れ果てて配信を切るし、仕事や学業で断念するものだって現れる。
「私に遠慮してたりする?」
「まさか、そんなことは」
「じゃあなんで出してこないのさ、本気」
「…………」
「何に迷ってるの? 教えてよ、私一応配信歴長い方だから相談に乗れるよ?」
「命の取り合いしている相手にすることではなくないですか?」
「ほらよ」
手に取っていた斧を分解した。
ロリコは胡座をかいてポプラからの言葉を待っている。
この戦いの結末は、ロリコが逃げれるかどうかだろう。結論から言えば、今のロリコは逃げることが可能だ。
ただ、それだとこの後が面倒になる。
ロリコの視聴者はポプラの配信を荒らしに行くかもしれないし、その逆もあり得る。
ポプラが敗北するという瞬間がインターネットに映ることで活動の幅が狭まるだろう。
何も命を取るまでのことはしない。
ただ誰もが納得する終わり方に持っていく必要があった。
ポプラは何かを迷っている。
ロリコはポプラの実力なら、自分程度簡単に倒し切ることができると考えている。
だから、本気で遊んでくれないポプラに疑問を抱いた。
だが。
「ふぅん」
首元の斧が離れた瞬間に距離を離してくる。
どうにも、彼女は内面を見せてくれる気はまだないらしい。
「焦燥に満ちた顔を見せられても怖くはないんだよナ」