シームレスに戦闘へ移行する。
動き出したのはサイクロプス。瞬きする間にすでに目の前に近づかれていた。
ドローンはすでに上空に移動しており、俯瞰する形で双方の様子を映している。
細やかな攻防は見えない。壊されるリスクを考えると、必然的に見える光景は上空からで限られてしまう。
視聴者から見た光景。
1秒時が進んだだけで少女の目の前にサイクロプスが移動していたということ。
腕を掲げて顔に今かと拳を突く直前。
瞬発力の高さに目を見開く者が多かった。
:はっや
驚きから感想は打ち込まれた。
プログラムがそれを音声として読み込んだ瞬間、サイクロプスはすでに仰け反っている。
そこには、少女が手に持っていた斧を振り切った姿があった。
「おっそ」
その声は拾われている。
視聴者の反応は追いつかず、次第にコメントは加速していく。
少女の顔があった位置に拳は確かに振るわれていた。
振るわれるよりも早く少女が屈み、そのままくるりと一回転。回転の勢いと共に振り払われた斧がサイクロプスの脇腹へ衝突したのだ。
刃によってサイクロプスの肉体は切れなかった。打撃痕が残ったのみだ。
切り傷は残らず、明確にダメージを与えられたとは判断がつかない。
「かったーい♡」
腕が痺れていた。
確かに振り払うことに成功はした。
振り払い、飛ばしただけ。
肉体を抉るような感覚は感じられず、硬い鉄の壁を叩いたような感覚。
飛ばされていたサイクロプス、空中にて体勢を立て直し、地に足を付ける。
なんともない様子だ。首をゴキゴキと横に動かしている。さながら挑発するような動作。
“お前の実力、こんなものなの? 笑”
言葉にされてはいないがそう言ってもおかしくないよな動きだった。
対する少女。
「はっ」
鼻で笑う。
同時に身体に力が漲り始めた。
魔力という概念がダンジョンの発生とともに確認された。
身体中を循環するそれは人間の意志によって自由に操ることができ、そしてダンジョンの発生と共に現れた魔素を用いて扱われる。
その使用方法として確立された手段はイメージだった。
イメージを持って力を振うことができる……と、簡略的に解説はされている。
言い換えれば魔法。
よくあるイメージに沿うならば、炎とか水を放出。風は生み出し、土を隆起させる。
あるいは、身体能力の向上か。
無から物質を生成できることが可能となった。
肉体が活性化し、硬質化するに等しいその身体は傷をそう簡単に負うことはない。
個人差は当然ある。
上限もあり、出力に差はある。
それは人類でもモンスターでも変わりはない。
「ただ早いってだけじゃなさそ〜」
少女は地面を蹴り上げた。固まった土が衝撃で飛ぶ。
宙を浮くかのように真正面に突撃する少女はすでに変質した巨大な斧を構えていて、いつでも腕を動かせるようにしている。
軽々しく扱っているそれだが、質量は大きく、当たればただじゃ済まないということは、視聴者の誰もが認識している。
故にこそ、一発喰らってもなんともないサイクロプスの異質さが目立っている。
「…………」
腕を構えている。
待ち受けているサイクロプスは拳を前に置いてカウンターを仕掛けようとしている。
狙いは顔か、腹か、それ以外の部位か。
少女が殴られる光景が映ると、成人規制が入ってしまう。それはよろしくない。
少女の勝利条件には無傷で完勝することまで含まれているのだ。
配信活動を始めて3ヶ月。少女は未だ傷を負っていない。
「それ♡」
空気を踏んで、さらに上空へ。
ドーム状、その空間はとても大きい。
上空で位置していたドローンが真正面に少女の姿を捉えた。
同時に斧を肥大化させる。
上空に構えたそれを、振り下ろすかのように、再度空気を蹴り、回転しながら突撃する。
増していく。勢いが増されていく。
1秒経過するごとに回転数は上昇する。
ただ硬いだけなら勢いをつければいい。
安直な打開策。
避けられれば意味を成さないが、目の前のサイクロプスは避けてこないという確信が、少女にはあった。
「…………」
少女は最初の攻防で、サイクロプスに対してカウンターを成功している。
故に、サイクロプスのこの行動には意趣返しの意図を感じていた。
自分よりも、当然ながら見た目は格下で、ひ弱な相手に負けるわけにはいかない。
そんな大人のプライドからか、あるいはモンスターとして、最下層を担うボスとしての誇りからか、相手に実力差を理解させることにサイクロプスは意識を向けている。
それが誘導によって起こされた行動であるとも知らずに。
「更に回転ッ!」
接敵する。
加速する。
少女の瞳はサイクロプスを捉えている。
急速な動きで彼女は発声することができない。
動きで視聴者を魅了させるのはいい。
だが、動きだけでは相手が理解してくれない時もある。
少女の意図が読み取られなければ、視聴者からの反応も芳しくなくなる。
舐めプをして負けた。
煽り散らかした挙句なんか負けた。
順当に負けた。
敗北の経験はレッテルとなる。
無敗神話を貫かないと見られなくなる。
彼女は本気で、そう考えている。
少女の勝利条件は一つ。
無傷にて、モンスターを殲滅すること。
彼女は少女である以前に、冒険者で、配信者。
エンターテイナーとして、視聴者を楽しませなければならない。
:うおおおおおお
:行けえええええ
:どりゃあああああああああああああ
見て分かる行いは、言葉にせずとも理解に繋がる。
わかりやすく、盛り上げられれば、配信の雰囲気は固まり、視聴者も同様に盛り上がる。
「ッ!!」
接触する。
拳と刃が交わり衝撃波を生む。
土は抉れ、少女が押し返されそうなるが……、空中で彼女は踏ん張っている。
乗せられるほどの体重はない。
一般的な小学生と差し障りはない。
魔力を火力に上乗せしているだけだ。
「!」
刃が拳を切りはじめた。
血が噴き出ているのを、少女は視認した。
──行ける。
このまま突き進んで腕ごと切り裂き、そのまま胴体を撫で切りにせんとする。
魔力を通した身体は、確かに肉体に変化をもたらす。
少女の一撃が、今回は優った。
様子見の一撃で力を振るったのだろう。ゴリ押しが通りそうだ。
勝ちを確信した少女はそのまま力任せに斧を振り下ろそうとする。
「……ぴり?」
棘に一瞬触れたような感覚が身体を走った。
思考が加速する。
目の前の状況に対して、即座に次の手を考えなければならない。
感覚から、記憶の底に閉じ込めていた蓋を開く。
棚に飾った本を開くかのように、該当するページを読み解く。
電気。
:電気か?
感電を恐れて、少女は距離を取った。
そのまま持ち手を肩に置いて一息つく。
「あー、めんどくさ」
ドローンに聞こえる声で、空間内に響く声で彼女は続ける。
「属性とかいうやつ、対応間違うと普通に死ねるんだよな。しかも電気て。斧通して私それ浴びちゃうじゃん」
:通るの?
:通るんだろうなぁ……
サイクロプスは血が出ている己の拳を見ている。周辺には黄色い波線が見えていた。
それが地面に触れると穴を生み出している。
雷のようなもの。そう見た方が理解が速くなる。
迂闊に周囲に近づくと、それらが身体に触れてダメージを負ってしまうだろう。
痺れるようなダメージ、感電すれば動きは止まり、サイクロプスから放たれる剛腕によって一撃で昇天してしまうかもしれない。
「!」
悠長に考える暇を与えないのはサイクロプス。
ロリコが内心で策を練っている間にも、すでに攻撃を開始している。
膝を曲げ、腰を下ろし、正面に向けて拳を振るうかの動作。
ただ、少し違うのはその右手だ。
周囲を走っていた雷がその拳に集約しようとしている。
同時にロリコも感知する。
右手いっぱいに集まり、高まったその魔力の塊。
恐るべきはその速度か。魔力を一点に集めるという技量の高さを示しつつ、その速さに緊張感さえ湧いてくる。
すでに放出可能なのだ。
額から汗が流れてくる。
目が渇きを防ぐために瞼を閉じようとする。
一瞬、次に目が開くまでのコンマ数秒の中で、その雷は放たれた。
「───」
それは円柱のような形をしていて、黄色く、青く、雷という概念を押し込めたような一撃だった。
ロリコがいた地点は無くなっている。
地面は崖下のように開かれて、奥の壁は穴がぽっかりと開いていた。
:え、死?
:嘘だよな?
「あぶね……」
:な、何故生きてる?
「攻撃見てから回避は余裕でした……うん、余裕だったよ」
強がりのようだ、視聴者はそう捉えた。
ロリコは咄嗟に右側に避けて回避していた。
脚の速さを自負している。学校に通っていれば50m走では1位を取れるし、運動会ならアンカーを任されていただろう。
足が速いから避けられる。油断があっても後出しで行動を取ることができる。
履いている靴がそこそこ特別だから、その負荷にも耐えられる。
マジックテープ式の靴だが丈夫さはピカイチだ。親御さんが購入するにも安心設計である。
改めて見据える。
雷を放出したサイクロプスは少し疲弊しているように見えた。
貯める速度は速いが、リチャージに時間を要するものなのか。
結局のところそれすら早ければ意味はない。
避けれるなら避けて、ネチネチと、遠距離戦を仕掛けてじんわりと潰すという策を採った方が安全かもしれない。
「…………」
サイクロプスは少女をもう舐めてかからない。
大人としてのプライドは今の攻防で消えている。一人の戦士として認識し、相手と向き合おうとしている。
「めんどくせぇな〜」
確かに時間をかければ、いずれどこかのタイミングで倒すことができるかもしれない。
でもそれでは視聴者が飽きる。
彼女は何よりもテンポを重視している。
耐久配信ならともかくだ。
技で魅せても、実力で唸らせても、振る舞いで満足させても、時間をかけて仕舞えば視聴者は別の配信者に移動する。
それはよろしくない。
広告収入が減ってしまう。
コメントで『まだやってて草』なんて見た日には暴れ散らかしてしまう。
視聴者にだって生活がある。
配信開始時刻が18時からで、学校と会社帰りの視聴者も安心して見れる時間。
現在は22時。メイン層が明日のために眠る時間。そして今日は平日の間。
学校に通ってない少女は、ぶっちゃけると24時間立て続けに行っても問題ない。
ただしたがらない。
見てる人が少ないから。
どうせ見られるならたくさんの人に見られたい。
面倒くさがりながら、少女は戦略のプランを建て続けている。
あれこれ考えて、一分が経過。
「結局のところゴリ押すのが一番早いんだよ♡」
力こそ全てってね。
すでにサイクロプスは駆け出していた。
空中で構えをとって、先ほどの少女と同じように空中から迫りかかる。
違いを挙げるならばそれは速度。
落下の加速と同時に突進しており、雷を纏いながらの動作である。
少女が瞬きすれば、サイクロプスはすでに目の前。足の裏が視界に映っている。
周囲を舞うは雷。足を中心に、さながらドリルのように螺旋を描き、少女の身体を貫かんと突撃している。
今度は雷を身体に纏わせることを選択したらしい。本来込めている魔力に加えて雷が添えられたことで、より一層威力も、その速度も高まっていることだろう。
その動きを捉えることができたのは、視聴者を含めてわずか三人。
うちの一人である少女は咄嗟に斧を構えた。
避けることは選択肢から即座に除外。
後方、空中。避ける方角に向かっても、余波によって身体にダメージが通ってしまうからだ。
刃を立てて、文字通り反射的に対応。
刃と足裏が、さらなる衝撃を生み出す。
「あっやっば」
拮抗する、肉の皮が剥がれそうになる。
片手でしか支えていないため、下手をすれば右手が消し飛んでしまうだろう。
気を抜いてしまえばそのまま後方の壁に追突し、敗北してしまうだろう。
理解される。このままだと自分が負けてしまうと。
:ロリ、嘘だよな?
:見損ないました。ほな、ポプラ行くけどお前らもどう?
「ちょっ、お兄さんたち、それちょっと話違くない!?」
焦りながらも負けじとフルパワーで応戦する。
それでも彼女が左手で斧の持ち手を押さえて、支えることはなかった。
「ッ!」
魔力と魔力が衝突し、果てに衝撃波。
煙が上がり、周囲が見えなくなる。
だが少女のドローンが、そのカメラがその姿を捉えている。
サイクロプスの目の前に少女はいなかった。
振るわれた拳の先、己が拳に斧が突き刺さっている。そして、攻撃の余波で荒れた跡が広がっている。
無手勝流ではあるものの、確立すれば一つの戦法。
「こっちだよ♡」
上半身を曲げて、人差し指で目の下を伸ばす。
加えてそのまま舌を出して余裕綽々。
挑発するような笑み。
先ほどまでの、焦燥はどこへやら。
勝ちを確信し切った顔でサイクロプスに目をやる少女がそこにいる。
一眼がそれを捉えた。
無理矢理、突き出した拳を戻して、くるりと回って対応しようとするサイクロプス。
「だから言ったじゃんね」
改めて拳は突き出された。
ただし、そこに魔力なんてものはなく。
同時に───
「ッ!?!?」
上空から回転と共に落ちてきた斧によって、その腕は切り裂かれた。
「遅いって♡」
:え、なんであいつの腕切れてるん?
:右手で押さえてる間に左手で斧を生成→空中に投げると同時に右手の斧を離して回避→後方から挑発……ってコト?
「せいか〜い。正確には蹴ったんだけどね」
魔力を放出し切ったサイクロプス。
リチャージが速かろうと、時間を要するならばその隙を貫き穿つ。
姿を見せて、声を出して意識を向けたのはそういう意図。
上に投げていた斧を操作、なんてことは鎖をつけて振り下ろせばできるが今回は違う。トマホークを投げる要領と変わりはない。あるいはブーメラン。投げたものが一周回ってくる。それを足で蹴って行う。
故の不意打ち。成功を決める。
ピースサインを心の中で浮かべた。
:大卒
:有能
:賢い
魔力はイメージの塊である。そして、磨いた先にスキルを獲得することが出来る。
その中で、物質の生成を始めとして己の描く理想、それらを投影し、武具として振るうことができる。
時には炎。時には水。時には雷。
自分にとって扱いやすい、あるいは好みの形をイメージし、具現化し、ぶつけることができる。
「魔力を放出し切って油断した? 倒し切ったと思って出力下げちゃった?
一度目が避けられて、二度目の、自分の得意が成功して慢心しちゃった?
おじさん、それはダサいよ♡ 元の状態に戻す時間もなかったね♡
たかだか空中から落ちて来ただけの斧に切られちゃうなんてね♡ ざっこ♡ じゃ、死のうか」
挑発するように上擦った声を低く下げて、斧を振るう。
彼女の斧は魔力によって生成されたものだ。
先ほどまで持っていた斧は消失しているし、空中から現れた斧も、地面に突き刺さったと同時に粒となって霧散している。
一瞬の出来事に理解が追いつかないサイクロプス。
負ったダメージにより、雷を生成することができないまま、そのまま少女の攻撃が始まる。
「いやー、今回は流石に焦ったよね。
視聴者さんが、おにーさんたちが帰ってしまうんじゃないかってね……ッ!」
言葉を置いて、両の手で斧を生成。
二つの斧を構えることなく。そのまま刻むようにサイクロプスに迫りかかる。
ドローンのカメラは少女を鮮明に映されている。
それも近くで。目の前で映されている攻撃と、ノースリーブを着ているため、腕が上がったと同時に捉えられる腋。
視聴者は勝ちを確信する。
コメントの流れは加速し、スーパーチャット───お金と同時に流れるコメント───が急頻度で送信されていく。
上から、下から、あるいは空中から。
二つの斧を巧みに扱い、車のタイヤのように回転してはサイクロプスの身体を刻んでいく。
ギャリ、ギャリと。鋭利な刃を以て、身体を侵食し、切り落とし、両断。
金切り声を上げていたサイクロプスは───やがて声が上がらなくなり、沈黙する。
身体は斜めに二分割。生命としての活動を終えて、そのまま倒れた。
「よ〜〜〜し」
奥にある扉が開かれる。
腕を伸ばし、あくびを噛み、鼻歌混じりに彼女は行く。
ランドセルを手に取り、入れてたリンゴジュースを口にしつつ、開かれた扉の先を行く。
「じゃ、今日はこの辺りで」
:は?
:おい
「いや……だってこのあと、サイクロプスから使えそうな素材採取したり、奥の戦利品をランドセルに入れて下校するだけだよ……? いる?」
:いる
「えぇ……じゃあやりますか……」
とはいえ、疲労は蓄積している。
息を吐いて、彼女はそのまま配信を続けた。
「あぁ、言い忘れてた」
くるりと翻って、カメラ目線。
全面的に出ていた疲労を仮面で覆い隠して、少女は決まり文句を言う。
「チャンネル登録よろしくねー♡ お相手は私、ロリコ・リコでしたー♡」
カメラに向かって一礼。
そのまま奥の扉の、輝く財宝が見える場所に向かっていった。
(ここにもいないか)
内心で、次の行き先について考えながら。