根が動く。
胎動する。
一つ一つが生き物のようにしなりながら動き、2人の身体を穿たんと躍動している。
「右、右、あと上から。意外と遅いな」
余裕そうに口を吐くのはロリコ・リコ。
ランドセルを抱えつつ、巨大な斧の柄を肩に乗せながら目の前の攻撃を捌いていく。
いつものハーフパンツにアニメキャラが描かれた半袖。履き慣れたマジックテープ式の靴で大地を踏んで避けていく。
舞台は蓬莱ダンジョンの最奥。
一面は野原、果ては見えないが青空の下。
障害物が何一つない空間だった。
扉を開けた瞬間にボスのユグドラしか存在しない場所に飛ばされたのだ。
「ロリコさん地中から来てます!」
「見えてま〜す!」
空中に跳ねて、地中から天に向かうように突き出た植物の根を避けた。
後ろから支援するのは長嶺コトコ。
機械の羽で宙を舞いながら指示を飛ばしている。
身体全体を機械の体で覆っていた。
赤く染めつつ、しかし所々緑色の、おそらく魔力が動いているかのように線が動いている。
腰元にはホルダーが付けられていた。
すでに開かれており、彼女の両手には二つの銃が備わっている。
そして顔の部分だけ露出しているもののの、右目部分のみスカウターを装着していた。
「あっぶな!」
植物の根はロリコを襲うばかりではない。
絶え間なく動くそれは後方で支援しつつ、ロリコが避けられなさそうな範囲の攻撃を打ち消そうとしている。
背中部分の機械の羽、ジェットが噴射するかのように勢いよく宙を駆け回り、手に持つ銃の引き金を引いた。
炎が熱線となって、流星のように落ちていく。
植物の根を焼き尽くすように、接した瞬間から燃えているにも関わらず、耐熱性があるのか燃え広がらない。
「頭おかしいスよこいつ! 草木なら草木らしく燃えればいいじゃないスか! なんで燃えないんスか!?」
:ユグドラは燃えないから……
:ポプラならなぁ
:一帯全部焼き尽くせば勝てるんじゃね
「それやって負けた奴ちゃんといるからな!」コトコが避けながら大きな声でそう言った。
絶え間がない。それがユグドラというボスの特徴なのだろう。
鯨はインターバルがあった。あるいは思考して、戦闘パターンを変えてきていた。
ユグドラは違う。
ロリコと同じように自分の強味をゴリ押してくる。
そうして疲弊を狙い、撤退にまで追い込む。
倒せるものは確かに倒せるが、一人では手数が足りなくなる。集団戦推奨のボス、ユグドラ。
難易度A+ダンジョン、蓬莱ダンジョンの奥地で、データがあるにも関わらず倒されていない。
そして──
「! 種がくるよ!」
ロリコの声が空間内で響いた。その声は確かにドローンに、そしてコトコの耳に届いている。
ユグドラの背中にある、ぽっかりと空いた穴。
そこから吹き出たように数個の種が飛んだ。
スイカの種のように黒く、ただし巨大。
コトコがそれに合わせて熱線を放つ。
放出された数は5。
コトコの持つ銃に残弾というものはない。
彼女の魔力を基に放出されているからだ。
弾切れは、コトコの魔力切れを意味する。
“高速”。放たれた熱線の速度はあくまで高速。
視線で追える範囲で、避けれるものは避けれるくらいのスピード。
各駅で動く電車くらいの、それくらいの速さ。
それ以上に早く動く快速の根。
複数折り重なることで、貫通する炎の線に秘められた魔力を吸収せんとしている。
だからこそ、選手交代。コトコのサポートにロリコが入った。
「って〜い!」
間抜けな声から放たれる斧の斬撃。
右に一度、左に一度。左右に振り、三日月を描くその斬撃は根っこを両断し、吸収を避けようとしている。
今回電撃のアクセサリーは持ってきていない。
木々に有効かどうか怪しかったからだ。
炎で溶かすか、斬り伏せるか。
この2択しか正解が出てこないため、倒し方に面白味を見出そうとしても限られてしまうような、そんな敵。
:見飽きた
:すまん寝ていいか?
「10分以内に倒すからまぁ待とうよ!」
:ほんとぉ?
:お、コトコの攻撃が命中した
熱戦は確かに種を貫いた。
しかし──―
「やっべ1つ取りこぼした〜!」
「腕鈍った?」
「ロリコさん本気出したら根本から潰せるんじゃないんスか!?」
「いや〜きついっしょ」
種が割れて、木の根が生え始めた。
数秒経たないうちにそれは一つの大木となり、すでに一軒家程度にまで伸びている。
:あれなに?
「毒です」
:は?
「止めどなく攻撃を続けるユグドラさん。攻めても攻めても相手を倒すことができません。ユグドラはこう考えました。“せや! 自分以外には効く毒を吐き出せば勝てるんちゃうか!?”
こうして、ユグドラは体内にある器官から毒を吐き出す術を考えて、木を植えれば良くないかと思考しましたとさ」
「めでたしめでたし。感動した。涙が止まりません」
:バカなの?
:ユグドラって根で叩いてくるか毒の木を生やしてくるしかしてこないからな
:ちゃんと強いからダメ。ナーフしろ
ロリコが涙を拭くふりしながら手を叩いた。
風が吹く。葉っぱが揺れて、鱗粉のように毒の粉が撒かれていった。
「まぁ対策すれば問題ないんだけどさ。いざしてくると厄介なことに変わりはないんだよね」
:ロリコさんに対策手段が!?
「コトコさんお願いします!」
:普通に他力本願だった
「っせ! ちまちま風起こすんだったらこっちのが速いンだわ!」
「任せろ〜!」
バリバリバリバリッ!
身体に纏っていた機械が駆動する。
「
そして、身体から離れた。
迸る電撃の中、一つ一つのパーツが変質していき、そして再度コトコの身体を覆っていく。
先ほどの赤を基調とした装甲とは変わり、紫と緑色を主軸とした色合い。
けれど背中の羽は無くなり、手に持っていた銃も弓を模っていた。
「──
頭の部分に耳を生やしながら、彼女は口にした。
打って変わって顔が隠されている。
緑色の眼が目には見えないほどに細かい鱗粉を捉えていた。
「ほっ!」
直進。毒なんて知ったことではないと言わんばかりの突進ぶり。
「目に見えないと思うから解説するけど、今毒がコトコの身体に吸い取られてるよ」
:マジ?
「磁石にくっつく砂鉄みたいなものなんだよね。人間の身体に害があると判断したものを自動で掃除機のように吸い込んでいくのさ。
……昔理科の授業でマグネット貰ったっけ。S極とN極を合わせて円型の磁石を飛ばすみたいな」
:学校に通ってない奴がなんか言ってる
:それっぽいの貰ったことあるわ
「毒にはコトコ、根っこにはコトコ、それ以外の攻撃もとりあえずコトコ投げとけばなんとかなるよ。コトコが4人いればドリームチームだね」
:お前何してんの?
そのコメントに返答する前に隆起し始めた地面に向けて斧を振り翳した。
大地をも砕く一撃に中の木の根が動くことなくそのまま動きを止めていた。
「コトコの対応にも限度があるからさ……」
故の己の役割。
とはいえ攻撃力の面で見れば勝るのはロリコ。
ロリコの対応に時間がかかる部分をコトコが補い、全面的に攻めれる部分はコトコが後ろに回る。
「一人でやるにしても時間をかけずに一撃で殺さないと無理なんだよなぁ……」
:でも安価で選ばれたら行っただろ?
「行ってたけど一人で行くかは別だったナ……」
:死ななければ何でもいいよ
:お前が元気にモンスターを殺している姿さえ見せてくれればお父さんは嬉しいよ
:父親ヅラしてるやつもいるね
「ほんとか~?」
目の前のコトコが背中に置いていた弓を取り出した。無から矢を生成──形どられたのは禍々しい色合いのもの。
吸収した毒から、その魔力を変換して作り出しているらしい。
それを潜り抜けて、ぐいっと引っ張って、手を離した。
勢いよく放たれたそれは止まることなく、毒を撒き散らす木を貫いた。
「呑気にコメントと会話してないでくださいよ! もう毒の木はないっスよ!」
「交代っス!」戻りながらコトコは再度換装。
炎の属性を体内で創出する
違う点を挙げるならば、装甲以外に武器として作り出したのが、拳銃ではなくバズーカであることだけ。
「そいやっ!」
勢いのある声と共に放たれた炎を帯びたビーム。流れるビームの大きさは先ほどまでとは別物だ。その後ろをロリコが追随する。
放ち終わったバズーカ砲から煙が噴き出るが、お構いなく四方八方に撃ち抜く。
その動きに呼応するようにユグドラが植物を生やすが、しかし遅い。
植物箇所全域に穴が開き、再生が間に合わないうちにロリコが動く。
「こんちゃー! 顔可愛くて草」
:苔やん
:お目目ちっちゃい
:意外と可愛いやん
:ここまで近づいて見たことないな
「オラッ! 死ね!」
:語気が荒い
:相変わらずのクソガキ
ユグドラがロリコの存在を目の前に認識し、喫驚する。その間を埋めるようにロリコは肥大化させた斧をブンブンと振り回した。
一撃当てるたびに悲鳴が聞こえる。
抗うように足元が輝き始めた。
おそらく、くどいと言われようともやってくる根っこの波状攻撃が来るのだろう。
「無駄スよ〜」
差し込むように空中から割ってくるのは長嶺コトコ。
炎熱はロリコの後ろへ。迫ろうと来た根は先に進むことができない。
そしてユグドラの上へ移動。穴箇所へ向けてさらに攻撃を繰り返していく。
「勝ったな! 今晩はすき焼きだ!」
:フラグ立てんな!
:目の前の肉を食らえよ
「あいつまずそう! やっぱちゃんと調理されたものを食べるのが一番!」
:美味かったもんなぁ!?
:築地のタコはさぞうまかろうよ
:それは、そう
顔面顔面顔面。
噴き出た血を拭く暇もなくそのまま追撃。
ユグドラの攻撃パターンは2つ。
対策はし終えた。接近戦に持ち込んで、バックアタックさえ警戒すれば終わりも必然と近くなる。
なので、次に警戒するべき事柄が生まれる。
「──! ロリコさん初見のやつ来ますよ!」
空中から常に警戒をしていた長嶺コトコ。見てきたかのように彼女は言う。
長年の付き合い、焦りが少し入り混じるような突発的な言葉。
信頼がある。嬲ってた斧をそのままユグドラの顔面に突き刺しながら足に魔力を込めて後方へ下がった。
そして、ユグドラが叫ぶ。
草木が生い茂って――花が咲いた。
「「……?」」
次いで蔦。揺れ動くように動くそれ。
侵食するかのようにこちらに迫り来るため、さらに下がっていくしかない。
終わりのない大地の果ての果てまで。
「め〜ちゃくちゃ距離を取られたな」
ロリコがうざったらしいと言わんばかりに舌を打つ。
「あ、これやばいスね」スカウターでユグドラを見ていたコトコが目の前の様子を見てそんな言葉を漏らす。
「あいつ、成長しようとしてる」
「はァ〜?」
:せ、成長!?
:虫じゃねぇか
:ドラゴンだと思ってたのに……
「何? あいつ今まで幼虫だったの?」
コトコが見えた景色。
花咲いた蔦はこちらを追い出し、そして地中に引っ込んで元の場所に戻ってユグドラの身体を包んでいった。
その中で魔力が蠢き、一つの形に変質しようとしていた。
「今までここを攻略してた人たち、幼虫に負けてたってこと?」
:泣きました
:子供以下じゃん
:モンスターの子供に実力でわからされた冒険者わんさかで草
「そうなるスね」
:これ次どうすんの?
「戦闘パターン見極めて確実に嬲り殺すか、一旦撤退するかじゃないんスかね」
「えーないない。ここで負けたら敗走したって一生言われちゃうじゃん。とりあえず斧投げるか、オラッ!」
:蔦に阻まれてますよ
「大人しく待つしかなくて草」
「
「この程度に使ったら今後一生あいつに勝てんスよ」右手を左右に振って否定する。「それもそうか」ロリコはその言葉に納得する。
一度負けた相手は全力で挑んで負けたのだ。
強さの証明のためにはやはり今の力のみで最低限勝たなければならない。
ロリコは当然ノーダメージで行かなければならないし。コトコは28年の人生の中で培った力の中で、けれど本気を出す場面を見極めつつ戦う方向に舵を切った。
「もう一人欲しくないスか?」
コトコが不意に言葉をこぼした。
「う〜ん」ロリコはその言葉に少し悩んだ。
できるなら余裕を残して勝ちたい。初見攻略となるとなるべく余裕は残しておきたくなる。
何が起こるかがわからないこそ、戦略としてプランを複数立てている。
ロリコは基本ソロで潜る。
高難易度でも関わらず、勝ちを収めて踏破する。
それでも無理ならばどうするか。
マジに無理の場合は人を呼ぶのだ、ロリコは。
旧友を呼ぶのだ。
だからコトコはロリコの配信を基本的に監視することが多い。
さて、今の状況ならばどうするか。
配信の見栄えまで考慮すると難しくなる。
首を傾げつつ二人で腕を組んで考えたところで、ヒビが割れるような音が聞こえた。
「モンスターじゃなければ美しいの一言を添えられたのにな」
「蛾スよあれ。羽の模様が気色悪い」
「何が出ると思う?」
「花粉」
「最悪だ〜!」
:不評すぎる
:虫博士です。生態が興味深いので捕獲してくれませんか?
:気色悪いので早く潰してくれ
:虫はマジでムリ
:鳥肌たった
:虫博士がロリの配信見にくるの、何?
:はよ殺せ
「物騒すぎる」
「まぁ私もさっさとしばきたいし、火葬の準備を──」
¥50,000:虫博士です。お願いします。これは前金です。
「するのはやめて生捕りにします。あと改名もします。こんにちは、今日から私はエーミールです」
「お金に弱いなこのロリ」
:そりゃそうだ。はなからお前はそう言う奴
:否定する方がロリコじゃない
4本の足を持ち、身体にウロがあった形とは打って変わり、触覚を二つ生やし、歪な紋様を羽根につけた蝶へと変質した。
クジャクヤママユというわけではないが、見る人によっては美しく見えるだろう。
モンスターの生態系を知るために、依頼という形で捕獲クエストを出してくることはある。
「というか、これ鱗粉流れ続けたら防げなくね?」
「毒なら誤魔化し効きますけど麻痺とか睡眠作用がきたら終わりスね。属性じゃないから防ぐのに解析──時間が必要ス」
やはり一度は本気を叩き込むべきか。
お互いに顔を合わせて策を練ったところで。
異物が空中から降ってきた。
「「は?」」
:は?
:なに?
それは見覚えのある形だった。
先端を金属で、しかしチョキの形のように動かせるもの。桃色の柄のような箇所は穴が二つ開かれており、指で挟んで運用することを前提とした姿をしていた。
「鋏?」
「断ち鋏スね……あっこれって」
:あ
:あいつ今配信してなくね?
:ゲリラ?
:く、くる
「え、ごめん誰がくんの」
「合法ロリ」
「……あ〜」
断ち鋏が開いた。
鋏よりさらに上空。
少女の姿にしながら、しかし正真正銘の大人が手を叩こうとしていた。
「ボク様のお通りだぁ〜!」
そんな声と共に。
手は叩かれ、鋏は閉じられる。