煙が真上の昇降フードに吸われていた。
その光景を見ながら下座に2人、年が離れた女性が座っている。そして対面に背の低い女性が座っていた。
机のわきにはスマートフォンが置かれており、インターネット上にて焼かれる様子が配信されていた。この場には3人しか人がおらず、読み上げられたコメントをBGMにしながら肉を焼いていた。
:ロリコって一人の方がイキイキしてない?
「友達の前で勝ち確煽りするのちょっと恥ずかしいから……」
:今更すぎる
:子供っぽく振る舞うなよ。お前はお前だろ
「あの、私子供なんだけど……、一応10歳だから……」
:18歳だろ?
:自称18な
:18歳がなんか言ってる
:自分を10歳だと思い込んでいる18歳
:結局どっち???
:じゃあ24
:それロリコの隣に座ってる奴
「おい実年齢言った奴、ID控えたからな、覚悟しとけよ」
:こわ
「「こわ~……」」
真剣なトーンで言い始めたので冗談なのか判別つかない。
なるほど、こういうノリなのかと元FJKの二人は納得した。
巧みにトングを扱うのは長峰コトコ。頃合いを見ながら肉をひっくり返しては各々の皿にそれを乗せている。
口を揃えていたところで、目の前で焚かれていた煙がさらに吸い込まれていく。
金網の上で焼かれる焼き肉は次第に色を変えて、やがては旨味を出そうとしている。
蓬莱ダンジョン近くの街にて、個室で配信OKな場所を見つけたところ、焼肉屋が引っかかったのでそこを選択した。
「まあなんでもいいから食べよーよ、私もうお腹ぺこぺこなんだからさ!」
「もう? ほんと子どもっスね」
「えへへ」
切り替えて不満を垂らすのはロリコ・リコ。
ツバサから借りたブランド物の服を上下に着こなし、ベレー帽を被ることで軽く変装していた。
ダンジョンに向かう時はコソコソ行くか、近場まで転移することが多いため、いつものスタイルで外を歩くことは基本的にない。
これに匂いがついても問題ないのかは一応確認している。
問題ないとの答えだった。
なお、着替えの光景は配信外である。当然だった。
ロリコはタブレットを操作して適当に操作していく。
「焼肉といえばこれだよナ」口にしながら指で押したのは当然牛タンであった。
:どうせ牛タンだろ
:野菜食え
:カルビにしとけ
「ハラミにします」
:日和るな
:ガキの逆張りほど見苦しいものはない
:素直に行け
:子供なんだから好きなもん食えよな
「くそッッッどいつもこいつも保護者目線で見やがって……コトコもそう思うよな!?」
「いやーっ、合法ロリで有名なツバサさんとお話ができるなんて光栄っスね! 蓬莱には何をしに?」
「ここ地元だからいい加減潰しときたいなと思ったんですよ〜! 最近やたらダンジョンが増えてますからね。安心させとかないと」
:あっ
:……
:泣くなよ……
:俺たちがいるだろ
「あっやべ」小声で反射的に言葉を漏らしたのは長嶺コトコ。目線の先にはシュンとしているロリコ。
年相応の表情を見せているが、とはいえ中身は成人女性。対人関係はそれなりにあれど、放置されれば普通に泣く、どこにでもいる人間。
「あ、ロリコさん何か食べたいのあります!? 私なんでも注文するし焼くっスよ!」
「ぐす……ほんとぉ?」
「ガチ泣きで草」
ツバサの小声を聞き取ったのはコメント欄のみである。
氷漬けにしたユグドラごと蓬莱ダンジョン入口まで転送してしばらく待機。
その後やってきた虫博士(本物)から報酬金としてたんまりお金をふんだくり、結果として1800万を3で割った金額を手に焼肉屋に来ていた。
捕獲の立役者は毒を完封した長嶺コトコと誰もが口にするだろう。
仕上げのロリ達は火力をぶつけるのみ。下地を作ったものが、サポートに徹したコトコが最も活躍している。
故に労いたいと思うのはロリコ・リコ。なお、現在は──
「ほらロリコさんタンが焼けましたよ〜。はい、あ〜ん」
「んあ〜……美味すぎて草、涙出てきた」
「親子?」
:飯食う時こんな感じだぞ
「そうなんだ……またロリコさんのこと知っちゃったな」
:ん?
:強火か?
:なんか湿ってないここ
今の座席は個室にて、ロリコの隣にコトコが座り、その正面にツバサがいる状態。
ツバサ側に扉があり、トングを持って肉を焼けば、目の前のコトコがさっとタブレットを用いて注文をしている。
「手慣れてるな〜」なんとなくツバサは口にした。「昔からこういう役割には慣れてるんスよね」郷愁に想いを馳せながらコトコが答えた。
:面接みたいな座席とカメラワーク
:あなたはなぜダンジョン配信を始めたのですか?
:A.金が稼げるから
:内定!w
「あなたがダンジョン配信を始めた理由はなんですか、だってさ。私はお金と復讐があーだこーだ言ってるしな」
コメント欄はコメント欄で勝手に盛り上がっている。
食事配信の需要は、正直薄い。
人が食べている様子を側から腕を組んでみるだけだ。
同じ空間にいる気分を味わうために、同様に食事を摂るか、あるいは会話が気になるから見に来ているか。
この二択、もしくは作業用BGMのために流していることもある。
視聴者数は攻略配信の時よりも減っていた。
拾いやすいコメントが目立つ。
スマートフォンで流れるコメントの光景を見ながら、ロリコは質問した。なお、これは面接ではない。
「ツバサちゃんってなんで配信始めたの?」
「おぉ、急に切り込みますね」
「お互いに知り合おうよ。私たち、もう友達でしょ?」
「友達……」
「……?」
「あ、あぁ! なんでも、なんでもないんです! ボクの事情なんで!」
深堀った事情がありそうだった。
聞く気はないのでロリコは適当に相槌をした。
「んまぁ言うて私も友達と呼べる相手なんて……、コトコでしょ、ポプラでしょ、先生だろ、あとあいつだろ、あの子だろ、そしてツバサちゃん。6人しかいないじゃんね」
指で数えることが可能な程度。
けれどそれで十分。最初に生まれてからロリコに転じてから2人増えただけだ。
「十分じゃないっスか」
「そう、十分。私はそう思うけど、ツバサちゃんは?」
「うん、十分ですよ! だってボクは──ボクらしくいられるからここにいるんですから」
ロリコを見つめながらツバサはそう言った。
:あっ
:ふーん
「……? ね、コトコ。こいつら何に反応してるの?」
「それロリコさんが分かってなきゃダメなやつっス。ヒントは過去。あたしは答えを知らないけどそんな気がします」
「何も浮かばないや」
「いいんですよ、それで! ボクが勝手に救われただけなので!」
視聴者にも種類はいる。
学生、主婦、社会人、ニート、冒険者。数え上げればキリはない。
目的を持ってみることの方が少ない配信。
誰かが勝手に、誰かの放送を眺めて、ある人はコメントをしたり、お金を渡したりするだけ。
コメントを送るものは視聴者の中でも30%にも満たない。
残り7割は腕を組んでみるかBGMにするだけなのだ。
多種多様で、話も展開もその時次第。
その時の言葉が心に残ることがある。
「ただ、それだけの話なんです」
「それだけの話なんだ。採用です。ようこそ我が社へ」
「事務所とか作ってましたっけ」
「ない!」
なんて、たわいもなく会話を進めながら。
肉を口にしては舌鼓を打ち、だらだらと言葉を交わすのみであった。
※
「次はどこのダンジョンに行かれるので?」
腹八分目までロリコが進んだところでツバサが話題を出してきた。
「なーんも決めてない」ロリコが何も考えずにそう答える。「ソロで行くか二人で行くか何にも決めてないんスよね」爪楊枝で歯の間に挟まった肉を取りながらコトコが続けた。
「いいとこ、知ってますよ」
「詳しく聞こうか」
「今、新宿が熱いらしいんですよ」
「……新宿が? ソースは?」
「はいス」
「焼肉のタレじゃなくて」
差し出されたタレを小皿に入れて育てていたタンを口にしつつ。舌の上で踊る旨味に気が持っていかれそうな心を制御しつつ。
「最近になってダン管が新宿の攻略に本腰を入れようとしてるんですよ」
「ふぅん……、隠滅のためスかね」
:新宿ってあれよな、前に炎上したとこ
:ダン管がやらかしたやつな
:前任の取締役の首が飛んだやつ
「近年増え続けるダンジョン。その足掛かりとして奴を討伐しようという噂が転がってきています」
SNSか、掲示板か、それとも所属しているものか。
どこから流れ始めた情報かは分からない不透明でしかないそれは、首を促く条件としてはまだ遠い。
何よりも、新宿には面倒な奴がいる。
そいつはモンスターではなかった。
「10年以上そこにいるものですから、記録を残している可能性がある。この3文字にかけるために攻略班の募集を行おうとしています」
「…………」
「新宿には奴がいるス。10年前、新宿がダンジョンと化した時に人に負担をかけず、金だけに負担をかけた、試作兵器。
「迷宮攻略用高機動戦術兵器──―弁慶」
:ゴミ
:誰もが手のひらを返したゴミ
:人を救わずモンスターを救うゴミ
「新宿を攻略した後、不具合によって暴走。以降10年ボスとして鎮座しているスね」
弁慶はダンジョン攻略の方法がある程度成り立った形で現れた産物だ。
今でこそ攻略配信ができるほどに土台が立ってはいる。けれどそれでも難易度の高いダンジョンの放置は看過できない。
人に負担をかけずに攻略したいならば、魔力を帯びたロボットを投入すればいいじゃないか。
誰かの発言が形となり、そうして現れたのが弁慶。
魔力を持ち、多彩に武器を扱い、スキルを振るう。モンスターを殲滅する姿を見れば、人間の希望とも言える存在だった。
「ボスのミノタウロスしばいた後、動き止まって急に後ろのカメラを破壊したんだよな、確か?」
:ロリコ生まれてないのに見てたの?
「アーカイブなんてネットの奥を掘れば見つかるからサ……」
:インターネット優良児
:目悪くなるぞ
:誰だよこいつにネット環境与えた奴。しばいたるわ
「ID控えたっス」
「「こわ……」」
弁慶が次に姿を現したのは別の誰かの配信である。
白銀の体、緑のモノアイ。弁慶という名前のイメージから程遠い、機械にして人の形をした兵器は、確かに人間を敵と認識して攻撃を振るってきた。
攻略以降10年近く、新宿は攻略禁止地区として指定されている。
「ああ──なるほど、そろそろ初見殺しが効くかもしれないから打診してるんスね」
「そうそう! 10年も経って昔の配信者なんて引退してたりしてなかったり……しますからね!」
「あたしを見ながら言われても」
:配信歴13年の女だぞ
:ロリコ生まれてないやん!
なお、年齢の結果によって魔力が衰えることはない。
体力の衰えはあるが。
「弁慶のキモいところはラーニングですからね。初見の敵でも時間の経過で適応をしてくる」
:勝ち筋なくね
:だから時間の経過が必要だったんですね?
:記録にない攻撃で負荷を与え続けて破壊するってことね
:弁慶のことよく知らないんだけど錆びないの?
:魔力で誤魔化してる
:弁慶がゴミってことはわかりました
:でもなんで弁慶は10年も新宿から動かないんだ?
「動かない理由って何だろうね?」
「それを確認する意味もありますねぇ!」
「「……」」
乗り気か乗り気でないか、面白そうか面白そうではないか。あらゆる要素を加味して、面白くできるか。
「ま、公式から発表が来ているわけでもないし、前向きに検討だよね、コトコ?」
「ん、そうスね。弁慶が何か抱えているならそれは攻略対象ですからね」
「何の話です?」
「気にしなくていいよ〜」ロリコ達の最終目標が人語を話すモンスターの討伐である以上、手がかりを捨て置くことはできない。
新宿の攻略は考えていたことではあるが、人手が足りないと考えていた。
ロリコが育ってから行くべきか、強行するかの2択まであったのだ。
死んで再度転生できるかと聞かれれば、出来ないので時間をかける必要はある。
なお、安価で選ばれた場合は勝算を出してから攻略しようとしていた。時間はかかるけどそのうち、というやつである。
:お
:なんか来たな
「なんか?」
と、ロリコが口にしたところでコトコとツバサのスマートフォンに通知がやってくる。
それは、ダンジョン管理機関と提携したアプリからの通知であった。
そんなものを入れてないロリコは仲間外れになるためさっさとコトコの隣に移動。
肌と肌がぶつかる距離感で、同じ画面を注視した。
「このタイミングで大々的に発表を?」
:その発想は頭アルミホイル案件だぞ
一週間後に攻略するため大々的に人員を募集。
ゴーレム討伐報酬で討伐者に10億出します。
簡潔に内容をまとめればこんなものである。
ダンジョンと化した新宿は、その地区全体がダンジョンとして覆われているというもの。
魔術を施した壁──―結界により侵入を遮断、または抜け出すことを禁じた空間と化している。
「10億で草」
「バカの考えた数字すぎません?」
「わざわざ討伐を指定してくるのおもろいっスね」
新宿攻略のメリットを考える。
モンスターに支配されていた地域を解放することで交通機関は回復するし、過度に集中していた地区から人が離れていくことになるだろう。
回復にはそれなりの時間はかかるが、とはいえ人が生活しやすくなる環境が戻ってくることに変わりはない。
「でもあのゴミって新宿に入ってから今日までのデータを記録してるんだよな?」
「そうっスね。こちらにデータを送ることはなくなりましたが、記録してることは確かなはず」
「じゃあ私たちがやることは一つじゃね」
「と、言いますと?」
「弁慶をしばいて10億貰っちゃうぞ!」