カチッ、カチッと。
手慣れた操作でマウスカーソルを押して、彼女はそのボタンを押した。
いつものダンジョンとは打って変わって、自室の防音室にて。
「うっす」
:よぉ
:こんにちは
:う〜〜〜す
:わこつ
「ニートの皆さんこんにちは〜♡ 何してたん?」
:アーカイブ見てた
:寝てたけど通知で起きた
:授業中に見てます
:テレワーク最強!w
:寝てた
:真面目に勉強しろ
:お前それロリコに向かって言えんの?
カメラをオンにして、机の上にさほど長くない足を乗せて配信を開始した。
時刻は午後14時、それも平日だ。
一般的には学生、社会人ならば課せられた義務に追われる時間。
あるいは事情あって家にいる時間。
見ている人間の分類を考えると、この時間帯のロリコを見ている視聴者の接続数は6000人程度に至る。なお、休日なら1万人を超えるか超えないかくらいだ。
先日の
初心者向けと謳っておきながら、実態は未踏破のダンジョン攻略。
注目されない理由もなく、動画サイト上では急上昇と、今もなお誰かに視聴されている。
「私もニートみたいなもんだし、下手なこと言えないけどな」
ロリコ・リコ名義で活動する彼女の年齢は10歳。
一般的に見れば小学生。それも4年生か5年生。
この時間ならば5時間目の授業を受けている最中。
:なんで学校行ってないんですか?
「学校行ってない理由? え、行く必要がないから?」
:親とかっていうのは……
「ん~いなくはないけど血縁はいないね」
:この話題何回目だよ
:ダンジョン攻略後毎回やってる
「あれか? 今初見が多い感じ?」
:ノ
:ノ
:ノ
:へ
「割といるな」
先日のダンジョン攻略の影響で彼女のチャンネル登録者数は増加した。
アングラなサイトではあるものの、とはいえ勢いがあれば話題になれば誰もが見に来る。
この流れはロリコの配信の中では珍しいことではない……、が今回は比較的、彼女の目から見て多いように見えた。
ロリコが配信しているサイトは初めて送信されたコメントには、初コメの印が付くことになる。
今回それが多く目立った。
「えー、自己紹介を今更するのもめんどくさいな。ロリコでーす。10歳。おわり」
:終わるな
:もっと初見に優しくしろ
:チャンネル登録しました!
配信上の画面はシンプル。
右下に金髪ツインテールの少女、ロリコ。
その背後に視聴者のコメントが流れている。
パソコンからコメントを拾いつつ、話を続ける。どこでも見かけるような、配信のスタイルだ。
「見てくれる人が増えるのも嬉しいけども、勉強とかはしないとダメですよ?」
:お前に一番言われたくない
「うるせ〜〜〜!」
椅子の上でドタバタと動き、乗せてた足を床に置く。今日のファッションにはハーフパンツが含まれているため、その性癖を持つ視聴者からの興奮するコメントが書き込まれているが、無視する。
再三にはなるが、彼女のダンジョン探索行為は、公式には認められていない。
実年齢10歳。学校にも通わない非行少女。
受け入れられているのは彼女の実績に起因する。
「えー? 私のこと知りたくなったら過去の動画なり切り抜き見ればよくない? 初期の配信とか何言ってたか覚えてないケド」
:なら過去の配信とか切り抜き見ませんか?
:いいね
:やれ
その時の会話の内容やコメントの状況によって、配信のトピックスも変化する。
「せっかくだし見てみる?」
今回は新規層に配慮する方向性に舵を取って、配信上の画面に動画サイトが映し出された。
彼女の配信プラットフォームは、収益性が高いものの、そこまで人が集まっていないような場所だ。
運営している会社が資金源を豊富に有している。運営が始まったのはほんの数年前。動画のアップロードが可能なため、著作権に反している動画すら投稿することができる。
ただ削除されない。それで収益を得ることは叶わないが。
場合によっては成人指定の活動者ですらおり、混沌としてはいるものの、それでも活動者の数は少ない。
大手プラットフォームに50万人活動者がいるとすれば、ロリコの配信しているプラットフォームで配信しているのは100000人程度と見れる。
なぜ人がいないのか。
信用がないからだ。
お金は支払われるものの、その情報がいつ漏洩するかはわからない。
というか実際に漏洩している。
なんなら、一時期収益が支払われないとかで炎上もしている。
ロリコがなぜそこでしか配信しないのか。
そこでしか配信できないからだ。
通常のプラットフォームで活動してもその先でアカウント削除を喰らってしまうので、居着いた先がそこでしかなかった。
活動してからまだ、収益は払われ続けている。
:http://……
「助かる……ってこれ、ホイチューブじゃん。え、あるの?」
:あるぞ
:録画保管庫とかあります
「おい勝手に抜くな。払え、金を。折半しようよそこは」
:えっど
:江戸──東京の旧名、古くは江戸市の
:江戸の解説助かる
コメントされたURLを踏んだ先にはホイチューブと呼ばれるサイト。
ダンジョン配信における、大手プラットフォームの一つだ。
老若男女誰もが動画、生配信を見るなら、真っ先に検索エンジンでそれらしいワードをかけると一番上に出てくるようなサイトだ。
開かれて、映像が映し出される。
先日のサイクロプス戦の切り抜きらしい。
ドローンの映像が映す少女の姿、目まぐるしく動く戦況に合わせて自動で、その姿を追尾している。
加えて画面上にはその時に送信されたコメントが右から左に流れている。薄ら透けて見えるため、画面を見る上では気にならない程度だ。
斧を構えては回転したり、攻撃を弾いては移動を繰り返す。
僅か10分しないその攻防は今もなお再生数が増加している。
チラリと投稿者の情報を見た。
【非公認】ロリコ・リコ最高の瞬間まとめ
チャンネル登録者・2.5万人
※10歳と名乗っていますが18歳です。
※合法です。
※発言の全ては冗談です。
「注釈多くね?」
:妥当だろ
そこそこ登録者数がいるのがなおムカつく。
数日前にホイチューブで活動する用のアカウントを作成した瞬間に削除されたので、なおのこと気分が悪い。
本人であるとの証明が通れば切り抜きアカウントは消せるかもしれないが、活動できない名前と顔を持ってるため通せるかすら不明である。
SNSを運用しているが、アカウントを見つけることが出来ない。このため連絡を取りづらいもので、自分が得られるはずの収益の何割かを掠め取られていると考えると不愉快な気分が募る。
さながら違法動画を見ているような気分だ。
どうしたものか、と考えながらもロリコは画面に集中する。
視聴を続ければ流れた広告や再生回数分収入に寄与するが、配信中のコメントすら違法動画に集中し始めたので止めようとした手を止めた。
自分が戦闘する様子を見ることは少なくない。
ダンジョン攻略に死は付きものだ。
常に背中に張り付いているそれに対応するには日々成長しなくてはならない。
アスリートが技術向上のために練習に励むのと何も変わりはない。
生死がかかっているお金稼ぎでぽっくり逝かないように自らの力を己で測る。
「うーん」
ここ好き、うっま、みたいな感想が流れていく中で、自分がその時に頭で考えてたことを口にしてみる。
「やたら硬かったんだよな、こいつ。でも視覚外からの攻撃には脆かったし、魔力を帯びるタイミングとかあったのかもね」
:魔力です、か
:未だによくわかってない
「自分の考えたものを目の前に出現させる力、としか言えないんだよね」
サイクロプスの戦い方なんて、今振り返ったところで確信を持てたことは言えない。
ロリコから見たサイクロプスの戦い方は、攻撃を振るう時、攻撃に応じる時、守りを固める時、そのタイミングで魔力を帯びているとしか言えない。
それで視聴者が納得するかは別だが。
「ま、次やり合う時にはそこまで苦戦しないけど。電気を帯びる前に潰すのが吉か」
当たれば即死の攻撃だったように思える。
当たらなければどうということはないが、見てる人間がどう感じるかは不明だ。
視聴者の中にダンジョンを潜ってる者がいるか、いないかなんてわからない。
的外れなコメントが流れることもあるし、そのコメントを起点に荒れることもある。
コメントの統制すらも配信者の仕事であるとも言える。
下手なことは言えないが、ほぼ女子小学生であるロリコの言葉は基本的に疑われない。
活動し続けた結果の信頼だった。
「どうせなら初期の配信とか見てみるか」
チャンネルマークをクリックして、アカウントの紹介ページに飛ぶ。
活動初期の頃の動画が短縮された形で投稿されている。
というか、ほぼ全ての配信の記録がそこにあった。
「何でもあって草。こいつ〜〜!」
「一言よこせよ〜〜!」と、でかい声で騒ぐ。
再生中に広告が流れた時点でそういうことである。
どうせここも切り抜かれるんだろうなと思いながら、一番最初の配信の切り抜きを選択した。
サムネイルすら凝っているように見えた。
画面の右側に躍動する自分の姿見。
左側にはそのダンジョンのボス。
ロリコが最初の配信で攻略したダンジョンは、攻略不可として周知されていたダンジョンだった。
故に、そのモンスターの姿見も広く知られており、この動画が一番に再生数を伸ばしていた。
【激闘】謎のロリvs不死鳥ガルカガ
動画タイトルはこんな感じ。
謎のロリ、というのが肝だとロリコは思った。
合法であれば男性層の視聴者は惹かれる可能性が出る。ガルカガの名はダンジョン攻略者にとっては知っている人が多いため、それもまた引き寄せられる。
ドローンカメラが映す姿でロリコを切り抜いている。いつもの斧を構えて、ガルカガという名の火を纏わせた鳥に激突する姿。
少女に傷はなく、集中線を添えつつ、メインである二人の姿を際立たせる。
やけに作り慣れてそうなデザインだと思った。
そして、それまでの記録の、4時間超えの配信を1時間に詰めた切り抜きだった。
『はじめまして〜! ロリコ・リコで〜す! 今から未踏破ダンジョンの一つ、
正確に捉える少女らしい、しかしどこから上から見下ろすような快活な声。
金髪ツインテール、丸っこい装飾品のついたゴムで留められている。
ノースリーブにハーフパンツ。背中に加えるは桃色のランドセル。そして手に持つは斧。
ロリコの背景に映るは火花の様に散る桜。
そして右から左に流れる批判のコメント。
非難轟々。
止めろ、というコメントが7割。
楽しんでいる様が3割。
プラットフォームがいかにアングラでも、良心的な意見が流れるという珍しいご様子。
拡散された情報が、釣られた餌に引っかかった視聴者が配信のURLを踏んで知らない無数の誰かがやってくる。
止まらないからなおのこと視聴数は増えていく。
視聴者はどこまで行っても他人だ。自分が関わらない安全圏から口を出すことができる。
時にはそれが人を動かし、果てには人生まで動かされることもある。
ロリコは視聴者に質を求めない。
見てくれるだけでマシだから、そう考える。
『うるせ〜〜! 早速行ってみよー!』
故の一蹴。
「生意気だなこのガキ」
鏡見ろ、というコメントは一度置いておく。
当時の配信で流れているコメントは非難の海。
合法じゃない本物が斧を担いで桜が舞う草原を歩いている様子が映される。
音質は上々。
ロリコ自身でも配信を確認はしている、アーカイブとして。
とはいえ、外野が作った動画を介して見たことはないため、視聴者から見た光景として初めて見ることになる。
『初見です! 声可愛いですね? 嬉し〜! ロリコ頑張っちゃう!』
「誰これ」
お前だよ、というコメントはとりあえず拾わない。
二度目の人生と言っても魂に刻まれた前世の情報からこの振る舞いをとったわけでもない。
ウケが良さそうだから選択されただけなのだ。
ロリコは前世の出来事を記憶している。
自分の戦闘スタイル、自分の情報、自分の死に様。
今の自分ならば年相応の言葉なり振る舞いを使っておけば視聴されるだろうという、安易な考えではあった。羞恥心はなかった。
実際伸びた。
ただロリキャラを演じ続けることはできなかったが。ロリキャラを出しつつ、嗜虐的な様を見せる姿がウケた。
その様も相まって、ロリコ・リコという情報が拡散されて、今視聴されている。
シークバーを動かして一番の見どころ、ガルカガ戦に移動した。
『じゃあガルカガ戦の解説をしていくね! そのモンスター、攻略記録がないんですけどって? 問題ないよ! まずは斧を構えます』
「問題なくなくない」
自分で突っ込むなというコメントが目に映ったが関係ない。
そのまま高速で、縦に回転しながら突撃した。
桜のように舞う火の玉、口元から放たれる周囲一帯を焼き尽くすような勢いの光線。
猛烈なスピードで回転し続けるロリコはそれを切り裂き、そのまま口元まで激突。
叫びのように聞こえる悲鳴をマイクが捉えた。
身体に穴を開け、回転を止める。
ロリコはそのまま空中を足場にジャンプ。ガルカガの頭に着地し、さらに飛翔。
その動きに呼応して、ドローンは鮮明にロリコの姿を捉えている。
サムネイルのシーンだ。
無傷無血で歯茎を見せるかのような笑顔で、後方からサイドスローでボールを投げるかのような動作で斧を振らんとする。
首を、掻き切った。
『不死鳥ガルカガの名の由来は切っても切っても死なないから。だから不死鳥なんてご大層な異名を待っている。でもさ、それって本当?
そんなモンスターをダンジョンのボスに配置するわけがない。どこかに弱点はある。そう思わない? まぁ、それを探る前に撤退するか死ぬかをして来たのが今なんだろうけど』
掻き切った側から再生をし始めている。
新たに首元が生え変わり、黒点のない目がロリコを正確に捉えている。
穴を開けた箇所すら塞がり始めている。
これこそが不死鳥と呼ばれている所以。その再生力がそこにあった。
『ここでおにーさんたちにしつもーん! 切っても潰しても倒しても死なないモンスターに対する有効手段とは……?
逃げる、サレンダー、ない……。いやもちっと考えてよ』
コメントも乗ってきている。
非難のコメントはそれなりに流れているものの、応援するコメントが母数になっている。
時間経過に伴い、実力が認められたのだろう。
桜火ダンジョンは当時(配信時)では最も難易度の高いダンジョンとして謳われていた。
ボスである不死鳥もさることながら、道中のモンスターに対抗できないこともよくあること。
注目度が高まるとともに、視聴者数が増加する。
『簡単なことですよ〜! 再生しなくなるまで殴るだけ! 簡単でしょ?
何言ってんだこいつ、あんた正気か? 寝てから言え……? はっ、雑魚がよ。……私のこと見逃さないでね?』
強がりか、粋がっているのか。
真偽はその数秒後に明らかになる。
ドローンが捉えるはロリコの行動。
目にも止まらぬ速さで羽を削ぎ落とし、尻尾を切り裂き、嘴をへし折り、風穴を開けたり。
高速で動き回るそれをカメラが追従。
ガルカガが攻撃する暇も与えずに追撃を重ねる。
相手の攻撃にこちらの武具を重ねることもなく、対抗のために思考を練ることもなく。
ワンパターンの攻撃スタイルに見えるが、相手に攻撃させないことが最善と、ロリコには考えている節がある。
配信のテンポを重視していることもあり、戦略を練るより力でのゴリ押しを幾重にも乗せることを重視している。
『あは、あはは! あははは!』
笑みが溢れている。
ガルカガの身体がみるみる小さくなっている。
不死鳥の優位性、その再生力は身体の再生を重ねるごとに体内の魔力を消費。
その後自動で魔力が回復がされるからこそ不死鳥として成立している。
だからその時間を与えないだけ。
与えられないほどの火力を当てている証明にもなっている。
「結局私は、力でゴリ押して潰すことしかできんのよ。それが一番早いと思うので。その中で……まぁ、魅せプレイができたらいいなとは思う」
画面上でガルカガが地に落ちた。
粒となって消滅していく、その前で画面上のロリコがいぇーいとピースサインを出している。
「他の人でも倒し方が華やかだったり、鮮やかな人はいるさな。魔力の使い方に長けてるやつは私よりも多いよ」
:ロリコ的に一番魔力の使い方に長けてるのって誰?
「使い方に長けてるのは……」
顎に手を置いて思考、即座に回答。
「佐伯ポプラ」