ツバサ──新狩翼は背が小さかった。
それは子供の頃から満足に与えられなかったからという訳ではない。
子供らしく、両親からの寵愛を受けてスクスクと成長はしていった。
ただ身長が伸びなかっただけである。身長約140cm。小学校に上がって5年目、そこから身長が伸びることは無くなった。
「わたしの妹でけ〜……」
翼には上と下に姉妹がいる。
姉も妹も自分より遥かに身長が高く、妹に身長を抜かれてからは徐々に姉としての威厳は消えていった。
それまでは問題がなかった。
問題は中学に入学した時に起きた。
魔力の使い方を学び、そして実用できるように訓練する授業が毎週行われることになる。
魔力は最終的に一つの形に形成されていく。
ロリコ・リコなら斧として。
長嶺コトコなら全身を覆う機械として。
佐伯ポプラなら空想を具現化して。
才能に引っ張られることは多々あるが、主軸がそこにあり、そこから派生として様々なものを形作りやすくなる。
極限を言えばなんでも生成することができる……が、身体への負担はその分大きくなる。
だからこそ個性が生まれていく。
得意な分野が生まれていく。
見本となる先生は弓矢を生み出した。
隣の男子生徒が剣を生み出した。
隣の女子生徒が包丁を生み出した。
力の発現は一斉に行われる。人の目の中で、ある意味監視されるような形になる。
新狩翼は文房具の生成が上手だった。
※
「──フッ」
ミノタウロスからの斧の猛攻。右振り左振り果てには足元狙いで、今は避けることができているが、その動きは先ほどまでと異なる。
「動きが速くなった? なんでだ?」
:さっきの魔法のせいじゃね?
:空間一帯になんか張られてるもんな
:歪んでいます!おかしい!なにかが!空間の!
「空間が?」
ツバサは周囲一帯に気を配る。確かに白一色で巡らされた空間ではあるが、ウニョウニョと、波打つように揺れているように見えた。それでいて紫色の光が走っている。
「……! 注視はダメですね、こいつなんか速くなってるし!」
ロリコのように斧の形を自由に変えてくることはなく、ただ先ほどよりも速く、首元めがけて斧を振う動作をしてくるだけ。
そこにパワーが混じってくるので、鋏を用いて弾こうとしても力の差で押しつぶされてしまう。鋏を斜めに立てて受け流すにしても、先に進むことができない。
防戦一方、けれど避けることしか許されない。
今はまだ避けることはできる、だが──
「ロリコさんにこの場を任された以上は殺し切る! 殺せなくても7割殺す!」
:割合なのか……
:でも勝ち筋見えんぞ
:どうするツバサ
「とりあえず速くなった理由! それを考えなきゃ先に進めない……気がします!」
距離を離しつつ、こちらに向かって攻撃するように誘導していく。空中に投影するは無数の鉛筆。どれも高速で回転し、さながらミサイルのようにミノタウロスに向かって行く。
先ほどまでなら命中が叶う攻撃であったが、今は当たらず、地面や壁にぶつかってしまうだけだった。
それでもなお、攻撃を続ける。
:Q.ミノタウロスが速くなった理由とは?
:素早さを上げるスキルを使ったから?
:実は元から速かった
:部屋に何か意味がある
:斧が怪しい
:弁慶仕込みのびっくりどっきりスキル
「どれも有りそうだけど……!」
戦闘にかかりっきりでも考察に思考を向けられるほどツバサは器用ではない。
戦いの中で見つけるか、視聴者からのコメント頼りになる部分がある。
「斧か今いるこの空間が怪しいでしょ、多分!」
口を回しつつ、頭は戦闘に使いながら。
なおも目に追えない速度でツバサに迫ってくるミノタウロスの攻撃を、避けては、弾いていく。
「接着!」
一瞬見えたミノタウロスの影に向けて液体糊を取り出して、そのまま地面に向かって放出。
ミノタウロスの脚が糊に触れると同時に接着作用が働き、動きが一瞬だけ止まった。
「突き穿つ!」
声と同時に鋏を手にし、首元めがけて刺突。
首元に風穴を開けたかったがそれは叶わない。
力が足りない。力量差がそこにある。
一瞬仰け反ったが、それでも致命傷には至らない。
:なんでロリコは避けれなかったんだ?
:たし蟹
:いつものロリコなら避けれただろ
:疲れてんじゃないの?理由は子供だから
:ロリコは見てから避けれるぞ、大半の攻撃を
:基本ノーダメの幼女だからな。斧で受けて気絶しちゃったけども
:ぶっちゃけロリコがまともに攻撃を受ける瞬間あまり見たことないから困惑してる
:それな!
:外傷ないし問題はなさそう。
:ロリコスヤスヤでワロタ
:スヤスヤ(腹パン喰らって気絶)
:咄嗟に斧で合わせてダメージを最小限にしてるロリコがおかしいんだYO!
呑気なコメントだが言っていることにツバサは同意する。いつものロリコなら難なく避けてカウンターの一つや二つ、喰らわせることができたはずだ。
それらの信用は今日までの積み重ねによって強固となっている。
では、なぜロリコの動きが遅れたのか。
「直前でロリコさんが飛ばした斧! いつも以上の速度で回転してたけど、なんで避けられた?
──違う、避ける必要性がなかったんだ。だって遅く見えたんだから。
大袈裟に動かなくてもいい。だから最小限の動きだしから、避けることを意識せずに、こちらへ全力で向かって来れたのか?
ロリコさんはなんで遅れた? ちがうな、なんで避けれなかったんだ?
見てから回避を基本とするロリコさんが、なんで受けることを選択したんだ?
――受けを選択させられたのか?」
:ロリコ総受け!?
「そそるけどそっちじゃない」
逃げる場所はない。白い空間の中を動き回っては抵抗し、ロリコの元へ攻撃しないように注意を引きつけながら攻撃を続ける。
時間が経過するごとに洗練されていったのはミノタウロス……ではなくツバサの方だった。
思考を口にしつつ、鋏から持ち替えてシャーペンを手に待ち、ミノタウロスの身体に突き立てている。
穴は開き、血は吹き出ているが、それでもミノタウロスの動きは止まない。それどころかさらに加速しているように見える。
まるでロリコ・リコのような速さで。地面を蹴るようなテクニカルな動きはしていない。魔力の使い方が切り替わったのか、アジリティが上昇し、一度でも目を離せばすでに後ろにミノタウロスは位置している。
やけに速い。動きが遅れたロリコ。ここから導き出される答え──
「もしかして……、ミノタウロスが速くなって、ロリコさんが遅くなった? 入れ替わったのか? 速さが」
バチコーンと、頭の中で解が導かれた。
:素早さ関係が入れ替わったか?
:ロリコがもつ素早さと、ミノタウロスの持つ素早さが逆転してる的な
:対象を選べたらそいつまあまあ器用じゃね?
:元のミノタウロスこんなんできねーぞ
:弁慶クオリティってこと?
:ロリコは初見殺しに死ぬほど弱いから……
「対象を選んで自分の速さを入れ替える……ゲームにありそうな技だな、ロリコさんとスワップしたってことは……。
「厄介なことは変わらないですね。時間制限があるのか、それともないのか、死ぬまでこのままなのか、見極めないと死んじゃいそうだね」
:お前死んだらいたたまれないぞ
「死ぬわけねーだろ」
なおも戦闘は続く。
※
「文房具……?」
力の使い方を学ぶ時間があった。
中学時代、魔力を使用するために専用の空間があり、その場で自己の力を高めることを目的としていた。
他の人を見てみれば武具を取り出す者、炎や水のようにわかりやすく武器に転用できるものを生み出している。
時には銃、あるいは全く知らない武器になるのかどうかもわからないものを出す者もいたが。
「これでどう戦えっていうんだ……?」
ツバサは独りごちる。とはいえこれが一番出しやすいのだからそれに従った方がいい。
はじめに出したのは消しゴムだった。
手を離したら浮いた。
飛んで行けと命じたら前方に飛んでいった。
高速で回転したそれは壁にぶつかって穴を開け、先生に怒られた。
「やれるじゃーん!」
気に入った。自分の体型と相まって、小学生の姿のまま行動することとなる。
将来的には配信活動をしながらご飯を食べていきたい。ダンジョンを攻略できれば上々だろう。就職? ダンジョンに潜って稼いだ方がまだマシだった。というか、中学生の時点でそこまで思考は回らなかった。
「しかし私はほんっとーに、身長が伸びんな」
月日が経過し、成長期を迎えても身長に変化はない。縮むことこそなかれ、伸びても数ミリ程度だった。
ただ妹は、姉は、自分とは真逆にすくすくと身長を伸ばしていった。180cmを今は超えている。スポーツ選手として今も世界で活躍しているらしい。
「まぁ、いいか。嫌いじゃないし」自分ではそう思っていても、周りからはそう思われていない。いかに中学生であるツバサがそう思えてもだ。どの時代でも変わらない。いかに才覚があろうと関係はない。
やがて一つのコンテンツが彼女の目に留まった。
配信である。現代に存在しているダンジョン。潜ってモンスターを狩ることがあれば、それを調理して食材にする者。あるいは持っている魔力を用いて芸術を描く者。
ダンジョン内ならば魔力を自由に振るうことが許可されている。なので自在に、表現したいことを世界中に発信している。
目を惹かれたのはダンジョンを攻略する配信者の姿だった。4人組の女子高生グループから、1人で高難易度のダンジョンに侵入しては華麗に攻略せしめる者。
どれも液晶画面を通じて見る姿は、翼にとっては輝いて見えていた。
そうして思うようになる。自分も同じことをしてみたいと。自分でもやってみたいと。
承認欲求が介在していることはなくはなかったが、それ以上に楽しそうで、面白そうだから飛び込んでみたいという気持ちが強かった。
おまけに、強みと呼べそうな武器も持っていた。
「どこまで行っても子供らしく、大人らしく振る舞わずに行けばギャップでウケそうだな、合法ロリの配信者はいないし、注目の的だな」
高校に無事に入学できた。
面接時に身分の確認を何度か行われていたが特に気にもしなかった。身長にあった制服が見つからず、オーダーメイドになったことについては申し訳なく思ったが。
文房具を取り出して、攻撃する姿は様になった。今度はランドセルを持ち出してもいいかもしれない。
好き好んでいた。このままでいいと思っていた。
「はァ?」
姉と比べて身長が低いとかわいそうだ。
誰かが自分を評価する声が聞こえた。
自分が気にすることではないが、その声が耳に入ってからは意識するようになってきていた。
気にしたことはない、気にしてもいない。
逆だ、気に入っていた。
けれど他の人から見ればそうではないらしい。
チビ。
クラスメイトがそんなふうに揶揄ってきた。
悪口と認識していないため、ギャハハと笑って「小さいのがいーんだよ」って言い返した。
年下と間違われた。
最初は気にしていなかったが、頻度が増えるたびに疑心が生まれた。少し小馬鹿にされている? いや、気にするな。何度も翼は自分に言い聞かせる。
「おねーちゃんと一緒に歩いてたの、友達に見られてたんだけど私が姉でおねーちゃんが妹として見られてた」
「おお」
「恥ずかしいかも」
「おぉ……なんか、ごめん」
自分のせいで周りの人間が恥をかく。それはよくない。自分1人で生きれるならそれで良いが、この時点でのツバサはまだ高校生。
親元で暮らして、大学進学も決めて学生然とした生活を送っているだけなのだ。
両親は自分のことを悪く言わない。姉妹も、恥ずかしがってはいるけれどそれでも自分を姉として、あるいは妹として慕ってはくれている。
揶揄われる機会が増えた。
顔は童顔、声も高い。夜を歩けば警察官に補導されそうになる。今までは気にならなかった。
少しずつ、気になってきた。
今まで反抗の言葉を一つもせず、毅然とした面構えで受け取ってきたからこそ、言葉がヒートアップしていることに気づかず、目を背けていた。
※
「──速くなった」
ギアを上げてきた。ツバサは目の前のミノタウロスを見て、その意味を込めてコメントした。
思考猶予を与えない高速。重なるロリコの陰、そこに乗っかるパワー。持っていた鋏はカチ割れ距離を取らされる。
ミノタウロスは振った勢いそのままに地面に手をつけて、勢いよく離すと同時に地を蹴った。対応して鋏を作り直す。
体勢を立て直す暇なんて与えず、こちらのやりたいことをそのまま押し付けてくる、ロリコ・リコらしい行動パターン。目の前にいるミノタウロスが仮にメスの子供ならば、彼女もロリに該当するかもしれない。
「ってのは世迷言なんだけどさ」
余裕混じりに声を出してみるが、視聴者からの反応は芳しくない。
それもそうだ。目に見えてわかる不利な状況。応援の声が届きとすれど、訪れる可能性のある未来が脳裏に走ってしまう。
「確実にわかるけど、こいつボクを痛ぶって弄んでるよね」
火花散る戦火の中、言葉を使って状況を説明していく。
ロリコが気絶して10分。ミノタウロスのスピードが上がりつつあれど、こちらのスピードは純粋に落ちていく。疲労に疲労に疲労を重ねている。胃液が込み上げてくる感覚がして気分も悪い。
:嘘だろ?
:ロリコ助けてくれ
:ここでツバサが倒れたらロリコも死んじゃうってコト?
:誰か来てくれないのか?
:いやー、気配がない
「来てくれた方が嬉しいですけどもッ!」
だとしても。
「ボクが守らなければならない、ボクが戦っていかなければならない!」
:ロリコのことそこまで好きじゃないから聞くんだけど、なんでなん?
「私の星だから」
:?
「ボクが勝手にそう見ているだけですよ。ボクが勝手に救われて、今の自分を作るきっかけになったからこそ、力を貸したいんだ」
困惑する声も、疲労する頭も、思考がまとまらない脳みそも。全て今はどうでもいい。
今自分にできる最大限を尽くして、この場を打開しなくてはならない。
「まずっ──」
力の差は歴然。音速、高速、迅速。相手に思考する余裕を与えないロリコ特有の速さとともに斧は振られて、やがて鋏は割られてしまった。既に何度も見た光景。けれどそれが負けに直結するとは限らない。
「──わけないんだよなァ!」
「ホッチキスァ!」振られた直後、力の行き場が定まった腕に目掛けて挟んでいく。
持てる力を出し切る。歯を食いしばり、身体から溢れる痛みを抑えながら押さえ込んだ。
「──!」
カァンと金属が重なる音が鳴く。
斧を持つ手が血と共に地面に落ちていった。その事実に耳に劈くように響く咆哮が、場を支配した。
「うっせ……」と無意識に言葉を発していたところで、自分の腹目掛けて拳を振るわんとするミノタウロスの姿が一瞬映った。
直撃は避けられない。
一発。腹から伝わる一撃。脳が揺れて、視界の先にいるミノタウロスの姿が離れていく。
「う──!」
命中。クリーンヒット、そして吐血。
込み上げてくる血を吐き出して、回復アイテムを取り出すが、けれど肉体の疲労は蓄積されてこれ以上戦闘を継続することは難しい。
:逃げろ!
:流石にこれは無理!
:ロリコを連れて逃げるんだって!
「……いや、大丈夫。もう少しで、勝てるからさ」
ズボンに挟んでいた服の内側。前にぐいっと引っ張ったところでストンと複数のノートブックが落ちてきた。拳が彫り込まれている。
どうやらこれでダメージを抑え込んだらしい。
そして。ツバサが指差した先、ミノタウロスの左の拳には鉛筆が幾重にもなって刺さっている。膝をついてこちらを見るミノタウロス。満身創痍はお互い様らしい。
「ボクがこんなところで逃げる? はッ、ありえん。コメントした奴BANしても文句を言うなよ? 勝ちが見えてるのに敗走するバカがどこにいるんですか?」
:う、うにゅ…
冷たく笑いながら、指を刺して自虐する自分の姿を幻視したのはいつ頃だろうか。
不意にツバサはそう思った。
大学、そうだ、大学生くらいだ。
就職活動をする時期に入って、ダンジョン攻略を主とする会社に入ろうとしていた時だ。
見た目が子供すぎる。個人で動くにしても見る奴は相当おかしい部類。なんでその能力で攻略できると思ったの。ダンジョン配信に向いてない。身長が小さすぎる。本気で言ってるんですか。文房具て。一発屋。一度バズって注目されるけどそのあと誰も見られなさそう。現実を見てくれ。
様々な言葉は自分に浴びせられる中、先行きの見えない道の途中だった。
“そんな発想だから、あなたはいつまで経っても子供なのですよ”
表面化してきた自分へ向けられる言葉。
それは母親からの言葉だった。悪意がないのは分かっている。自分のことを心配しての言葉だと汲んでいる。
けれど、やりたいことを否定された気持ちを拭うことはできなかった。
自信が揺らぎ、今の自分のままで問題ないのか、心が折れそうになる。
現実を見ろよと、冷たくせせら笑う自分の声が聞こえた。
突き刺された言葉は喉に刺さった小骨のように残り、気づけばそれなりの会社に就職していた。
現実。冷たい世界ではあるが楽しいものはある。自分はその中に入れなかった。
個人で活動するにも、見られなくては意味がない。
視界の先が暗く、何も見えない世界に視野が凝り固まっていたその時に。
新狩翼の目の前で星が落ちた。
それは──綺麗な綺麗な流れ星だった。