視聴者とは、勝手に救われる生き物である。
ツバサがロリコの配信に辿り着いたのは偶然だった。SNSで実しやかに噂されていたことがきっかけだ。本物の女子小学生が難易度の高いダンジョンにひたすら突っ込んで、攻略しているという内容。
初めて見た時は「アホくさ。んなもんあるわけないだろ。現実見ろよな」と、冷ややかに眺めていた。
「…………」
大学4年生を通り過ぎて、就職活動は済んだものの無味乾燥。たまにダンジョンに潜っては金を稼いで1日を終えると言うオーソドックスな生活スタイル。
ぶっちゃけ、つまらない。そして面白くない。
この身体で、この声で、この武器ならば。視聴者に合法ロリ枠として受け入れられて、それなりにチヤホヤされながら日銭を稼ぐ楽しい生活が待っているかもしれない。実際そうは思った。
だが、見られない。配信者が見られるきっかけは、偶然でしかない。
偶然急上昇に乗っかって閲覧者が増えた。
偶然自分の動画が拡散されて知られる機会が増えた。
偶然にも切り抜きチャンネルが伸びて本配信を見る人が増えていった。
偶然に偶然を重ねる。それは宝くじを買うのと同じことである。上澄にいる人間は視聴される機会が多く、そして固定ファンが付いている。
見られなければ始まらない。見られたところでつまらなければ意味はない。
ツバサは配信を始めるために、練習として動画を投稿しようとした。
喋りながら、自信を満々に、やりたいことを押していく。
「見られないな……」
投稿しては何度も消していた。
自分がいたという証拠を消していた。
口には自信がある、実力も自負がある。
けれど、足りない。
偶然を必然に昇華させるきっかけが足りない。
それを繰り返して2年弱。ついには投稿して1日が経過しても見られることはなかった。
配信者が飽和化している点もあるが、純粋な話、ツバサのモチベーションが地に落ちていた。もうやめて、配信はせずに淡々とモンスターを狩ってお金を稼ぐ副業ポジションにチェンジさせるか。
自分に足りないものが何なのか。
見えない枷が付いているように感じた。学生時代を通じて浴びた言葉の枷、その音が今も耳に残っているような、そんな感覚。
中途半端で、最後まで妥協した選択を行っているという自覚しか残らない。
「…………まぁ、好奇心ということで」
そしてロリコ・リコの存在が目に止まった。
バカにしてやろうという気はあった。仕事も終わって酒を嗜み、することもないままインターネットを巡回して見つけただけの存在。変なコメントを残してもリスクを負うようなことをしなければ問題ないだろう。
おそらくきっと、自分と同じ立ち位置で、たまたま運よく目に止まって、存在が拡散されたから話題性が出ているだけだろう。運だけの一発屋だ、決めつけてURLを押した。
『ロリコ・リコで〜〜す! よろしく!』
「本物、だと……!?」
一瞬で理解した。否、理解させられた。
ツバサは自分のことを知っている。
身体のことを深く知っている。若く見えるために──若作りをしているわけではないが─―自分の体のことは労わるし、肌年齢もよく見ている。いつでも子供であると誤認させるために身体を作っている。
時たま研究のために、ファッションモデルとして活躍する子どもの画像や動画、SNSのアカウントを見て「こんな大人でいいのか?」と我に返ったりもする。
けれど、違う。
目の前の画面上に映る少女は、本物の女子小学生だ。
そして違法ロリが空を舞う。鮮やかに、そして煌びやかに。鼻歌混じりに天真爛漫。ロリコ・リコの放つ一撃がモンスターを刈り尽くした。
『雑魚すぎて草』
ネットスラングにも精通している。
才能の塊かもしれない。
気づけば腕を組んでロリコ・リコの配信を視聴している。そんな自分に驚いていたりもした。
所作、振る舞い、言動。しかしところどころ見える大人っぽい口の使い方。
不思議な存在だった。一節にはモンスターが人間に擬態化している可能性も出ていた。
だが、だが。
そんなものはツバサには関係ない。
気づけば配信に釘付けになっていた。そんな日を過ごして2週間。仕事を終えた後の楽しみは専らロリコの配信を観ることであった。
『──最近人生に悩んでいます、私はどうすればいいですか。はぁ』
ロリコ・リコは時たま視聴者のコメントを拾っては回答することがある。
スーパーチャットと共にそんな質問が送られた。
配信者側からすれば雰囲気や話の流れが止まるコメントであるため、答える時は場とタイミングを弁えることがある。
ロリコは黙々とダンジョン探索をしないタイプなので何でもかんでも拾っていた。
「……子供相手になーにをコメントしてんだか」
スーパーチャットを送ったのは別の誰かだったが、ツバサはロリコがどう対応するのか純粋に気になった。
ロリコはそんな言葉唸りながらも斧を持って敵対してきたモンスターをしばきまわしている。
『知るか、そんなん。なんて、昔の私なら言ってましたが……、お答えしましょう』
「…………」
:敬語だ
:存在しない眼鏡をぐいっとあげるな
:10歳なの?ほんとに
『昔私も同じことで悩んだことがありましてね。困惑することも毎日を生きていればあるもんです。子供だからね』
「…………」
『だからこそ──自分らしくいけよと、私は言われたんですよ』
珍しく真面目なトーンでロリコは続ける。
『自分を貫いて、その覚悟を突き通す。マイノリティにいようが関係ない。
常に挑戦すればいいんだよ。人生は一度きりだからね。奇跡なんて起きるもんじゃない。
自分らしく、覚悟を持ってやりたいことをやりきる。
それが人生じゃないんですか? 私はそう思ってここにいるんだよ。
普通じゃないことは何度も起きないからね』
「──」
:感動した
:この歌詞私のことだ……
:涙が止まらん
:人生何周目?
おそらくきっと、大半の視聴者は真顔でコメントを打っているだろうが。
ツバサはただただ呆然と、ロリコの言葉を咀嚼していた。その姿を見て、目に焼き付けていた。
説得力を感じていた。顔色一つ変えずに、何かを背負っているようでいて。
声色は何一つ変わらずに、やり遂げるまで止まらない意志の表れが見えていて。
10歳の子どもから出てくる言葉としては似合わない、決まりきった覚悟に衝撃を受けていて。
自分に足りていないものが何かを目の前で言葉にされたような気がした。
だから、ロリコの言葉に面を食らって、身体が固まっていた。
『やりたいことをやって、最後まで押し通す覚悟が必要なんですよ、この世界は! だから私は小学生らしく学校にも通わず日夜ダンジョンに篭っているわけでさァ』
:学校行けや
『行きません。理由はそんな時間ないから』
:し、死に急ぎ野郎……
『強ければ許されることが多いんだよ! 雑魚の皆さんはご存知ないかナ~? おっ、A級モンスターのカオスキマイラ! こんちゃーっす! ロリコでーす! 死ねッ!』
:俺のトラウマが一撃で吹き飛んだんだけど
:えぇ……
:天下無敵?
『変に迷ったら私の配信でも見ててね。死にそうになった時でも私の配信を見てね。面白いからさ。まぁ理由なんてなくても見てくれるだけありがたいんだけどネ』
「…………」
所詮は子供の言葉。
けれども喉元に深く刺さったそれ。無理やり引き剥がそうとは思えなかった。
ロリコ本人にとっては大層な言葉として発した自覚はない。心に残った指針を言葉にしているだけ。真摯にただ、回答として適した言葉を選択した。
人によっては聞き流して終わることだろう。
ツバサにとってはそうではなかった。
:ありがとうございます
コメントを打ってツバサは立ち上がる。スーパーチャットを送った本人ではないが、そんなことは関係ない。感謝のコメントが読まれることはなかったが、送信した後の気持ちとしてはどこかスッキリとしていた。
息を吐いて、首をゴキゴキと左右に振り回して、腕を伸ばして身体の調子を整える。
「仕事辞めるか」
ロリに成るならロリらしく。
道化を演じるなら演じ切れるように。
冷たく笑う誰かがいても、そんなものは知らねーっと突っぱねるほどに熱く、血を激らせる。
現実なんて知ったことではない。今、やりたいことをやる。子供らしく、天真爛漫に。
それが正解だと、自分が判定したのならそれが正解なのだ。
他人の言う不正解が、提案してきたレールの上が人生の進路を固めても、責任を取ってくれることはない。
迷うのならば、今を全力で生きればいい。
先のことなんて考えない。
その覚悟を持てばいい。
だって、それが今一番やりたいのだから。
「みなさんこんにちは!」
そうして彼女は配信の舞台に立った。
人の目に留まるタイミングなんてものは考えない。自分が配信をしたいと思ったから配信をする。
承認欲求は二の次だ。承認欲求を満たすために配信をするんじゃない。自分がやってみたいからやるのだ。
「ツバサと、申す者です」
小細工なんて何のその。
まずは、満足するところまでやってみよう。
「名前だけでも覚えて帰ってね!」
そうして彼女の配信はリスタートした。
人の目に留まり始めるのはこの数週間後のことである。
死ぬほど口が悪いくせにそれなりに強い合法ロリとして、だが。
※
(きつい)
ツバサは内心毒を吐く。
今の状況を一度整理しつつ、自分の認識に、思考力に問題がないのかを確認する。
「状況は最悪。ロリコさんはグーパンでノックアウトからの気絶。
場所は変わらず白い空間内。出口はなし。
以降5分弱の戦闘をツバサことボクが引き受け、空間内には速さ関係を入れ替える結界。
ロリコさんの速度で迫りかかったミノタウロスの凶撃を受けながらも、腕を切って。
お互い満身創痍の状態なのにミノタウロスが発狂。残った右腕をこちらに向けながら攻撃。
正味きつい。もう眠い」
:生きろ!!!!!!!!
「生きます」
纏まらない思考のまま、目の前の攻撃を処理することにしか対応ができない。
ロリコの調子は問題がないか。
次にミノタウロスを潰せるタイミングがどこになるか。
自分はあと何分動けるか。
魔力をたぎらせても蓄積された疲労が生成を阻害してくる。握り拳で殴ることしか今はできないらしい。
「あ」
:うそだろ
:やだやだやだやだ
:あ
ミノタウロスの血で濡れていた地面に触れて、体勢が崩れてしまった。
横から地面に落ちる身体、そして続いているミノタウロスの猛攻。死を、予見する。
「──生かせます。サンキューツバサちゃん。おかげで調子が戻ってきた」
一瞬、1秒先の最悪から背けるために目を閉じていた。
開いたタイミングで見えた世界は、ロリコの膝蹴りで仰け反ったミノタウロスの姿だった。
そのまま勢いよく蹴り飛ばされたのを確認して、ロリコは「しゅたっ」と口を添えながら着地した。
「ごめん、本当にごめん。そしてありがとう。ツバサちゃんがいなかったら、私はマジに死んでたよ」
手をぎゅっと握って、ツバサに目をやる。
汗に塗れて、化粧は落ちて、隅々までケアした肌は汚れている。髪はボサボサになっているが、そこまで気にしてはいない。
「……ボクはまだまだやれますよ?」
「あとはロリコちゃんに任せてほしいんだけどナ……」
「ボクやれます。最後まで、殺すと宣言した以上は殺しにかかります」
「えぇ……、……うーん」
:サイコロリが2人に増えちゃった……
:私は嫌いじゃないですが?
:もう勝てそうだな!ほな風呂入ってくるわ
:ロリコ身体の調子は?
:何で目立った傷ないのあいつ
目は死んでいない。戦闘が終わるまでツバサは止まる気にはなっていない。ロリコは一瞬迷ったが、しかしまだ戦えるのは目で見てわかった。
やれると言うのならばやれるのだろう。
止める気はそこまで湧かなかった。
けれど武具を生成するまでの力があるかどうかと言われれば、なかった。だから手渡した。
「じゃあ私これ使うから、ツバサちゃんはこれを使いなよ、私の斧」
「!?」
これ、と言いながらロリコが手に取ったのはミノタウロスの斧だった。
見るからに重そうなそれだが難なく持ち上げてブオンブオンと振り回す。「ふーん、悪くないね」専門家のように言いながらロリコは斧を構えた。
「魔力捻る力もほとんど残ってないっしょ? 私の斧で一緒に細切れにしちゃおっか♡」
「!!!!!!」
「すごい嬉しそう」
「……まぁツバサちゃんが腕をちょん切ったおかげで結界が解かれたみたいだし、身体の調子も戻ってきた。──さっさと殺すか」
「はい!!!!!!!」
:今一番元気なんじゃない?
「私もそう思う」
壁で崩れた破片と共に、飛び出してきたのはミノタウロス。隻腕にも関わらず体勢は崩れない。武器を持っていないため、ステゴロでこちらを屠ろうとしてくる。
だが、動きは遅い。力を込めて精一杯。ロリコの放つ一撃がミノタウロスの身体の一部を肉片に変えてしまった。
「結界なし、武器もなし、今のお前に勝ち目はないよ? ツバサちゃんの勝利に変わりはないよ」
「ロ、ロリコさん……」
:泣いてる!?
「っばか、泣いてないっての……、泣いてなんか」
:おい戦闘中だぞ集中しろよ
「クッッソこいつら感慨にもふけさせてくれないじゃんほんま。けど許す、気分がいいから」
「てかこれかっっる!」いつも持つ武器よりもさらに軽く、おまけに威力のあるロリコお手製の斧に感動を覚えるツバサ。力を入れずに振るってみれば、肌を貫通して肉を抉る感触が出てくる。
「ワハハ! 今のボク何でもできそーですよ! ロリコさんすっごいですねこの武器! どんな効果が付与されてるんです!?」
「え、何もつけてないけど……。こわ〜……」
「なんでもいーや! 何も考えずに叩きつける! これが正解! 最強!」
「うーん、私もそう思う! オラッ! 死ね!」
そうしていくうちに脚が切られた。もはや立つことすら、ミノタウロスはままならない。
言葉として表現もできない悲鳴をあげて、手を地面につけて息を荒く吐くミノタウロス。
その様子を上から目線で見下す2人のロリ。
「あーあ、なーんにもできなくなっちゃった。ただの牛さんになっちゃったね。ちなみに私は牛さんの部位だとタンが好きです。ツバサちゃんは?」
「サーロイン!」
しかし、しぶといことは事実。
びっくりする必殺技を持っていたことに内心腹が立ったし、ロリコは自分自身にも悔やんでいる。
1人だったら死んでいた。この事実はどう足掻いても消えることはない。
油断したとは思わない。あの場においての行動パターンとしてありそうなものは浮かべた上で、読めない行動を取ってきた。
いかにもパワー系のミノタウロスが魔術を用いて自分との速さ関係を入れ替えた。
(誰が予想できるんだ)
雑に考慮するものを増やせばかえって選択肢が増えて自分の弱体化に繋がる。
そんな人間は配信を通じて何度か見たことがある。ロリコの片足はすでにそこに浸っている。
「──ま、次以降の対策はもう決めた。腹を括ろう。
しかし本当に腹立つよ、はっきり言って
でも、ありがとね♡ おかげで初心に返れたし、次の課題も見つかったんだ。運が良かったよ。
おじさん、相当強かったね。でも──ツバサちゃんの方が強かった」
「悔しいですか〜♡ 小学生2人に膝をつかされる屈辱は今後2度と味わえないですよ〜♡
情けなくて笑えてきちゃいますよ♡ ざぁこ♡ ほんとにざぁこ♡」
「この人めちゃくちゃ煽るじゃん」
:悪い、マジに負け惜しみにしか聞こえない
:そりすぎてソリになった
:ロリコが理解らせられちゃった……
「は?
「とはいえ汚いし、毛も硬いし深いし不快だし気持ち悪いですよ。ほらさっさと殺しましょ」
「ん、そうだね。ミノタウロス……、2度目の人生なところ申し訳ないけど、また殺されても文句は言わないでね?
何分経っても、私たちに勝てることはなかったね♡
いっぱい襲ってきちゃって、もしかして好きだったのかな、私たちのこと……私たちに負けて、負けっぱなしで、そのまま死んじゃうなんて、ほんとに、グスッ、ザコなんだからぁ……」
:泣かせるタイプのロリだ
:演技派じゃん
:感動しました。ハンカチ取ってきます
:おかしい。目の前が滲んで見える
:雨が降ってきましたね……
:まだ死んでないですよ
:うわほんとに泣いてるよ
「というわけで死ね! 2度と顔見せるな! そしてありがとう! 次私が会得する技の方針が定まりました!」
:切り替えが早すぎる
「へぇ! 何を取得するんです!?」
「未来を、視ます!」
「へ?」
:は?
:随分未来を見てやがる……
:草
:えぇ……
:やはり、発想がガキか……
:できるの?
そしてスポーンと、間抜けな音を立てながらミノタウロスの首は斬首された。
かくして2人のロリによってミノタウロスは討伐されたのである。
「できらァ!」