「どこだよここは〜!」
「どこですかね……、これは……」
:ツバサ死にかけてるけど
「は!? 生きてるが!?」
:すみませんでした
ミノタウロスをしばき、扉が開いた。
その先に肩を組んで向かったはロリコとツバサ。リノリウム調の階段を下っていき、電気が通っていないはずなのに蛍光灯の光で閉められた空間を歩いて行った。
「いや、強がってるとこ悪いけど、ツバサちゃんは今限界だよね?」
「あっ、限界です」
「素直〜」
隠そうとしてはいるが、肩で呼吸し、何度か深呼吸をしては身体を整えようとしている。
ロリコから回復アイテムを受け取ってはいるが、それでも限界が近いことに変わりはない。
弁慶との戦いが控えている以上、ツバサをこれ以上無理させるわけにはいかない。
コツ、コツ、と。スニーカーの音だけが響く空間の中、やがてそこに辿り着いた。
「そこそこあるな?」
「12畳くらいですかね」
「そうなんだ」
:どれくらいかわかるか?
「わからんて」
「いや、ボクは大学でそういうの学ぶ機会あったから……」
「大、学……?」
:知らんのも無理ないか〜!w
:そらそうだろ。ガキだぞ
:いや、ロリコそれなりに賢いから前世は大学生である可能性が微レ存
「たはは……」
:なさそう
電気が自動的についた。
真っ先に思った印象は、何かの実験室。
三角フラスコとか、試験管とかが置いてあるような、そんな空間。
その真ん中には磔台のようなものが置かれており、傍にはパソコンが置かれてあった。
「これ付くのか?」
「持って帰ります?」
「泥棒扱いになんのかな」
:貴重品は一度回収だったろ
:ほぼないと思ってたのにあるもんだな
:電源つく?
「後で確かめてみよう。他にもなんかあるか?」
「なんかの実験室として見ていいですよね」
ツバサがそう言いながら周囲を漁っている。
金属の破片が複数、得体の知れない何かが入ったホルマリン。時代錯誤のように見える工具。
「記録でもあればいいんですけどね。今の時代で紙に残すことないか?」
「記録はないけど書き殴ったメモ用紙はあるな」
「……読めませんね」
「知ってる言語じゃないな。おにーさんこれ見たことある?」
:ないです
:斜海と同じタイプの言語かと思ったら違くて草
:すまんわからんです。資料ない?
「あ、でもここに日本語で名前書いてある。森野メメ……?」
「森野メメ? 前の会長じゃないですか」
「前の?」そう反応したのはロリコ。ダンジョン管理機関が大手町に移設する前の会長として勤めていたのが森野メメらしい。
「だからなんだ」そう思ったが、一瞬で思考を切り替えた。なぜその名前が記された紙がここに置いてあるのかが問題である。
ふーんと、息を下ろして他に何か書いてあるが見て見るが、どれも読める文字はない……というよりも。
「未確認の文字?」
:おそらく
:きっと
:maybe
「だとしたらおかしいですよ。なんで新宿で、こんな人の手が加わってそうな空間で、なんで誰かに書かれた跡で残ってるんですか」
「……手掛かりか?」
ロリコは思案する。
管理機関にこれらは渡すことになるだろうが、その前に記録を残しておくべきだろう。
筆跡を辿ればやがては誰かにたどり着くだろう。それは途方もない作業になるが、候補はある程度絞れるはずだ。
この場は新宿。この場は実験場。
人の手で使われるアイテムがそこかしこに置かれている。新宿は10年前にダンジョンとして変質した土地である。変質する前から置いてあるとは思えない備品の数々。
「弁慶のメンテ場か?」
「え?」
「そこの台に弁慶を磔にしてあれこれ施したんじゃないの? この場を作った誰かが」
:やっぱ?
:そうなるか
「新宿やたらとワープポイント多かったからな。こことどこかを繋ぐ装置とかあったかもね。知らんけど。10年の間で何度かここを行き来して、弁慶をメンテナンスしていた。
した理由は分からんが、しに来た奴は碌でもないに決まっている。私が探し求めていた奴かもしれねぇな」
「……」
ぶつぶつと頭の中に浮かんだ考えられる要素を口にしていたところ、隣にいたツバサがぽかんと口開いて、こちらを見ていた。
「あ、ごめんツバサちゃん。久々に興奮しちゃった」
「いや、いいんですよ。ロリコさん、なんか楽しそうですし」
:そいつモンスターへの復讐しか考えてないぞ
:異常ロリ
:なんでそこまで藤原カエデの仇を取りたいんです?
「いや仇取りたいだろそりゃ……、何言ってんだこいつら……」
:えぇ……
「えぇ……」
なぜか引かれてしまった。
「とりあえずこの辺りの備品全部持ち帰りたいんだけどな。猫の手ぼしゅ!」
:ノw
:今からここまで行けるわけないだろ!
:リア凸できる奴がいるわけwww
「私に任せろ」
「!?」
「誰だおま──!? え、おま、は!?」
入り口から知らない声が響き、その声に反応するように二人のロリは後方を向いた。
一眼見て分かるのはスーツを着ている女性。
顔は女児向けアニメのメインキャラクターのお面で隠されており、誰かはわからない。
ただしツバサだけだ。
ロリコは知っている。というか、数時間前に見た姿である。胸元の下で腕を組むその姿は学生時代から何度も見ていた。
「フ……フーちゃん!? え、なんでここにいるの!?」
「午後休」
仕事帰りらしい。
「ダンジョン行く気はもうないって前に言ってたじゃん!」
「誰の話をしているのかは知らないが。友が近くに来て手を貸さない奴があるか。偶然だ」
「偶然ならしかたねーか!」
ピースサインを片手で作って答えた──佐伯フルエンド。仮面で表情は見えないが、その裏はにっこりと笑顔である。
理由は仕事終わりでプライベートだから。誰にも見られていないのだから問題はない。
ダンジョン管理機関にいる時の行動はほぼ見られている。それは仕事を熱心にこなしているかの意味であるが。
元FJKとしてそれなりに名前が売れていた。変にロリコに業務上で関与すれば繋がりがあると見られてしまう。
けれどロリコが活躍する場を設けるためにはこの場所にいなければならない。
だからダンジョンに潜る時間もなく、潜ることもなくなった。妹に迫られてもそのスタンスは変わらない。
基本的には。
仕事は午前のうちに終わっている。というより彼女は休日出勤であった。午前で終わる手筈なので済ませて引き継いで交代。そして中に侵入してロリコの跡を追っていた。
ミノタウロスが原因である。ロリコが死んでしまえば計画どころの話ではない。
佐伯フルエンドはロリコが気絶したときに急行できるようにいつでも準備が整っている。
顔は見せられない。大胆に行動して正体を探られるのはよろしくない。
ロリコはこのため昼は雑談、夕方にダンジョン配信のサイクルを組むし、耐久配信時はロリコの監視役としてフルエンドはいつでも出られるように構えている。
今回はツバサの存在があったため、行ける行けないの間にいたが、ツバサの奮闘により出番がなかった。
咄嗟にフルエンドとしての名前を呼びかけたロリコだがフーちゃんと言い換えることでなんとかバレを回避していた。
「え、知り合いですか?」
「知り合いって言うか、リア友って言うか……」
「リア友!? いいなぁ……いや、それはともかく、なんでここまで来れたんです!?」
「配信を追ってたら付いた」
:リア凸できる奴いたのか……
:友達コトコとポプラ以外にいたんだ……
:ミノタウロスに合わせてこいよ
「終わったのがさっきなんだ。許せ」
実際に終わったのがつい先ほどである。
「コトコの方には行かなかったんだ?」
「すでに弁慶とやり合っている。ロリコを間に合わせるためにここに来た」
「助かる〜。フーちゃん脚速いからな。頑張ればコトコの近くまで3分くらいで行けるか〜!」
フーちゃんのことをロリコはよく知っている。
むしろここで駆けつけてくれたことに喜びを感じている。
久々に肩を並べて共闘できることに心を躍らせている自分もいる。
このまま四人で弁慶に挑みたいところだが、しかしそうも行かない。
「ボクも行けますよ!」
「ツバサちゃん……いや、それは嬉しいんだけどサ。流石に休んでてほしいなって……」
「ダメです。ロリコさん、行きます」
「ほんとにごめん」
「ロリコさん、無理です、行く」
「ダメです」
「そんな……」しゅんと落ち込み始めるツバサ。ここで無理させることもできなくはないが、負担を更にかけるわけには行かない。
というかここに来るまででツバサは限界ラインのスレスレをずっと行き来している。
アドレナリンが分泌されて、痛覚が少し薄れている影響かも知れない。
強めに説得しないと帰らなそうだ。
「ツバサちゃん……」
「ふわっ……!?」
正面から抱きつき、耳元に顔を近づけている。
ASMRポジション。ロリコは一度視聴者にせがまれてASMRを行ったことがある。
運営に警告されてしまい以降禁止にしたが、この場において、対象を一人にするなら問題はないとの判断。
「ツバサちゃん。お疲れ様。今日はよく頑張ったね♡」
「わっ、わぁ……!」
「大丈夫だよ♡ あとはお姉ちゃんに任せて、ね? 今日はいっぱい頑張って、疲れちゃったでしょ?
ありがとう。大助かりなんだよ。だから、あとは任せて? だいじょーぶ、ロリコ死なないから♡」
「うおおおお! 休みます! 帰還の宝玉投げます!」
:ちょろ
:何話してたか知らんけど羨ましい
:ずるい!ずるいぞちくしょう!
:俺たちにもやれよ
:ポプラ号泣中
:見てないから……
「やだよ法律に引っかかって私の稼ぎ場所が死ぬだろうが」
そんなこんなで。
ツバサは実験室にある備品もろもろを回収して新宿から撤退した。後ほど会うということを約束している。打ち上げ会場の予約をしておく、なんて言葉を加えながら。
「いいファンを持ったな」
フルエンドがそう言う。
カメラに付属されているマイクが拾えない声量での会話だった。
「私にこういうファンが付いたなんて、桜に言ったら驚くだろうな」
「違いない」
「目ん玉が飛び出てほげー! なんて言って」
「言わんだろう、それは」
回顧して、ツバサを見送って。
二人は一人奮闘する戦場に辿り着く。
「いつものよくわからん喋り方せんの?」
「卒業した。就職には不要だからな」
「戦闘中に本性が出ることにお金賭けていいか?」
「やめろ。私も本性を出す方にベットしちゃうだろうが」
※
「
「え? ロリコさんマジで言ってます?」
フーちゃんこと佐伯フルエンドが親指と人差し指を立てて銃を発砲し続け、同時に弁慶の猛攻をいなしている様子を見ながら、ロリコはコトコにそう提案した。
「前にインストールしようとした結果、ゲボ吐いたじゃないですか」
「そりゃ前の私ならそうだったけどさ、今の私なら問題ないだろ」
:これ配信してた時の話?
「いや配信外の話。私がデビューする前にコトコに提案したんだよね。未来見れたら最強だよなーって」
:それは、そう
:なんで未来が見れる機械を作ってるんですか……?
「まぁ、いいじゃないスか。細かいことは」
「……で、コトコは自分でデザインしておいて使えない置物の力とか何個かあるから、それを自分が何個か拝借してんのよ。そのうちの一つが
「正確に言うと、敵と認識した相手の魔力の流れ、筋肉の動き、癖を目を通じて解析。得た情報から読める選択肢の可視化と推測されるびっくりパターンを脳内にぶち込むだけなんスけどね」
:びっくりパターンってなんだよ
「何より意表がつける一撃」
:?
:あーなるほどね
:格闘家がサイコキネシスを使ってくる的な?
「相手に意表がつければ動揺が生まれますよね。動揺が生まれればその分相手にラグが生まれる。で、ラグが生まれればその隙を殴れる。
だから相手は仕掛けてくるし、もちろん。自分も仕掛けることがある。動いてくることがわかっていれば動揺なんてしないし、むしろ一方的にボコボコにできる」
続けてコトコが言う。
「だからあたしは考えた。相手の動き方、考えられる予測パターン、考えられないパターン、それらを含めて相手の動き方から解析すれば思考予知として実現可能ではないかと。
これらを踏まえて、未来を読むとは相手の思考を読むことと定義し、自身が敵と判断した相手の思考回路を自動的に分析、そして機械を介して出力するツールをあたしは開発した――それが
「すまん、まだか。やたらロリコの元に向かおうとしてるぞこいつ」
「3分だけ待ってくんね」
佐伯フルエンドは近づかせない。
存在しない空間から銃弾をただひたすらに飛ばしている。それは炎を帯びたり、あるいは雷を帯びたり。属性を付与させた銃撃は有効打にならずとも、とはいえ時間を稼ぐのには十分な攻撃であった。
ただ──
「おっと」
銃弾を掻い潜り、フルエンドを無視してロリコに突っ込んでくる怪人弁慶。
進行方向上にいる二人は、しかし弁慶に目をくれない。
それはフルエンドを信頼しているから。フルエンドは請け負った仕事は基本的にミスを起こさないから。だから、何もする必要はない。
「君の行き場所はこっちだ。地獄への片道切符を握りしめてこちらに来い」
フルエンドは指先を天に向けて突き刺して、「パンっ」スターターピストルを使うように彼女は言う。
音に反応して生成されるは銃弾の塊、それが雨となって弁慶の上側から降り注ぎ──衝突。
視界の外から降ってきた一撃。開かれた大穴に向かって弁慶は落ちていく。
:未来を読む=相手の思考を読むってことでおk?
「そんな感じ」
「普段からあたしがやる解析はこれの劣化です。時間がかかる代わりに身体への負担は少ない。ロリコさんが求めてるのは一度入れたらずっと使えるけど導入するまでがきつい」
「だから配信外で試そうとした結果おえーしたんだよな。みっともないからね」
:ロリの嘔吐がみっともないわけなくね
:何言ってんだこいつ
:もっと吐けなの
「ダメだ変態しかいない」
「本調子っスねこいつら。地球が滅びる前も同じこと言ってそう」
:えへへ
:よせやい
一度やると言ったら聞かなくなるというロリコの性格をコトコはよく知っている。
「なんで今になって?」訊いたところ返ってきたのは「ネオミノタウロスにボコボコにされたから?」疑問形で返された。
「は、カ、ロリコさんが最強じゃないのは解釈違いなんスが……」
「いや私これでも今回含めて合計二回負けてるから……」
「あっ」
一回目いつよ、なんてコメントを無視して「はよ寄越せ」ロリコはそう言って手を出す。
「まだか?」
おまけにフルエンドまで急かしてきた。
「……ったくぅ! じゃああたしとフーちゃんがインストール終わるまでなんとかしとくんで、ゲボ吐かんといてくださいね!」
「別に弁慶を倒してもいいんだけど〜?」
「そしたらあんた見せ場がないとか言ってゴネるじゃん! オラよッ! はよインストールしてゲボ吐け!」
「どっちなの?」
手渡されたのはヘルメットだった。
あまりにメカメカしいデザインのそれに視聴者は、これ大丈夫なやつ? そういうジャンルのやつ? などとコメントを残している。
「うるせ〜!」
いつもの否定。
躊躇う素振りも見せずにそのまま装着。
「――