:なんで日本語で聞こえるんですか?
:そういうシステムなんだよなぁ
「この話ずっとやってますよね」
:えへへ
「だんだんコメント欄がロリコさんのところに寄ってきましたね……」
:見てる層が被ってるんじゃない?
「うーん、まぁいいか」
:ところでなんで海に来てるのに水着じゃないんですか?
「もう水着はいいですよね?」
:え?
:は?
「え?」
:見損なったぞ
「見損なわれるのには慣れてるんですよねぇ……」
:嫌な慣れ
夏の日差しに匹敵するかのような暑さの下。海岸沿いの砂浜をカメラを回しながら観光の光景を配信している女性がここにいた。
名前を佐伯ポプラ。大学生兼配信者。最近の配信は専らダンジョン配信。
今は麦わら帽子にワンピースと夏らしい恰好をしつつ、目元はきっちりサングラスで隠していた。
:今さら隠す理由ってあるんか?
「好き放題しすぎたせいで恥ずかしいんですよ……」
:Shoreline Horizonしばいたからな
:なんて?
:今更なんだよなぁ……
:暴れているお前を見ている方が楽しい
「う、うゆ……」
:お前だんだんロリコに寄って来てないか?
「好きな配信者見ていたらその人の口調が無意識に出てしまうことはありませんか? そういうことです」
:わかる
攻略を目的としてアメリカに来たわけではない。
単に遊びに来ただけだった。イマジネーションを高めるための勉強。単純に興味があったから行ってみただけ。
趣味が海外旅行の佐伯ポプラ。お金は配信者として活躍してから貯まりに貯まっている。一度炎上した時も休止期間で海外で過ごしていた。
大学の授業はありますが、リモートで受けれるから問題ないですよね、とはポプラは決まって海外で配信する時に言う。
高校生の頃のポプラは大学に行くことを考えず、一度は高卒で配信活動だけで生きて行こうと考えていたが、姉に本気で止められた。この話題も配信内でよくしていた。
「行くとこがないからって安価で行先を決めるとか言うもんじゃあないですね。ロリコさんはよくやってますよ。私にはできない。理由は面白くできる自信がないから」
:攻略できてるお前がおかしいんだよな
:海外の反応集見たか?あなたバズってますよ
「どわーってやつですね」
:他人事すぎる
:単芝生やさないでください
「アメリカでは高難易度のダンジョンに位置してるらしいですよアレ。肌勘だとそんな感じはしませんでしたが。攻略した感覚はありません。観光感覚で行ったら奥まで行ってました、みたいな。また私何かやっちゃいました? みたいな」
:この人やっぱおかしいよ
:一度炎上した経験があるから強い
「力の使い方を学び直してるんですよ。日々成長、日々反省。破竹の勢いを持っていきたいところですね。困った時は指差し確認をしましょう、ヨシ!」
:どこに???
:お前そう言って前も暴れてたじゃねーか
:なんか騒がしくね?
「……人だかりが見えますね」
歩いている海岸沿い。人波を避けながら歩いていく内にそれが目に映った。
海上の上に円型のフィールドが形成されており、その周辺を囲むように観客席が作られていた。
その付近の砂浜の上に映像が投影されており、遠方からでも様子を見ることを可能としているらしい。
熱狂しているのか、歓声が遠くにいるポプラの元にまで届いていた。
「こんにちは。あれは何をしているんですか?」
『やぁ。魔力を用いた決闘をしているのさ。あんたもやっていくかい?』
「決闘?」
:海外だとそういうのもあるのね
:日本とは違うからな
:白熱してて草
:どこかで配信してんじゃね
「ふーん……」
:興味なさそう
「まぁまぁ。今誰が戦ってるんでしょうね」
話して、情報を得る。
カメラの前で日本語を使っている様子に現地人が一瞬首を傾げたが、ポプラは気にせずに目を凝らして会場の様子を見てみる。
湧き上がる歓声。派手に聞こえる攻撃の音。雰囲気に当てられて熱中している観客の感情が伝わってくる。
『今は日本人が10連勝してるな』
「……日本人が?」
:今配信している奴とかいたり
:一人いるくね?
:あ
どうやら同郷の人が海外で連勝をしているらしい。
教えてくれた現地人に感謝しつつ、投影された映像を改めて見てみた。
見て──活躍している日本人に目を見開いた。
知っている顔と姿をしていたからだ。
「……藤原カエデ?」
:死人じゃん
:過去の亡霊
:生き返ったんだよなぁ
:生き返った理由もアメリカにいる理由もわからないんだが?
:ロリコそこにいないか?
「……」
:どうした
佐伯ポプラは静かに藤原カエデと、対峙している相手の様子を見ていく。
カエデの脚は鉄で覆われている。これはカエデが真っ先に行う行動であり、いわばルーティン。
真っ先に行ったその動きに、ポプラはどこか懐かしみを覚えていた。
(知っている動きだな……)
口には出さないが、とはいえ見慣れた光景に。もう見ることが出来ないと思われていた光景に感動を覚えてもいた。
尚の事疑問に思う。何故この場にいるのかということに。
インターネットには既に藤原カエデが惨殺された光景は拡散されている。
今は規制されているが、規制されていない映像も探せば視聴することは叶う。
ポプラはその時の配信を目に焼き付けている。かつて推していた配信者である藤原カエデだ。しばらくはトラウマとして心に深い傷を負ってもいた。
「……この前ロリコさん達が新宿を攻略してたじゃないですか」
:どうした急に
「羨ましいなと思っていまして」
:あ
:あ
:ふーん
「お金が欲しかったという話じゃないんですよ? 過ごせた時間の問題でして」
新宿配信時は自分は配信を行わず、ロリコの配信を食い入るように見ていた。
名誉ロリコファンを自称しているポプラは例外を除いてロリコの配信と時間を被らせてはいない。
隣にいた合法ロリに“羨ましい”という感情を持ちつつ、とはいえお疲れさまでした雑談までしっかり配信を見ている。
見ていたからこそあの時のロリコの顔を覚えている。
驚愕の二文字が適切と言えるほどに、同時に何かに対する怒りを示しているような顔と声。
「まぁここのダンジョンを攻略してた時にも考えていたんですけど、溜まっていまして、ストレスが。
発散のために海外に来てるのになんでさらにストレスを溜めてるんですかね、この人は」
推し変をしたというわけではない。
ポプラにとってのロリコは一種の信仰対象のようなもの。カエデを失った時に負った傷を、ロリコの配信で埋められたというだけの話。
カエデを嫌うという事は一切ないが、しかしロリコのあの表情は初めて見るもので、そして見たことのない顔。
ついでに──
(ロリコさんの休止投稿。あからさまな縦読み。何かを抱えているに違いない)
何かを知ろうという気はポプラにはない。
ただロリコがカエデを見つけて殺しに行こうとはしている。
(……正解が分からない。ロリコさんがあの場にいるカエデを殺しにかかる理由って? 殺したいほどに愛しているとか? さすがに違うか)
本人に訊いてみたいという気持ちがあった。
同時にあのカエデの正体を確かめてみたいという気持ちもある。
──佐伯ポプラの目には既に魔力が灯っている。
魔眼と呼んでいるそれは魔力の動きを読み取るもの。読み取れば相手の行動を先読みすることが叶うから。
その動きそのものが何度も見てきた藤原カエデによる魔力の運用方法そのものであると理解してしまった。
『まぁまぁ。というか私、ロリコさんがどこから来たかなんてさして興味もないですよ』
自分で数ヶ月前に、ロリコに向けて話した言葉だ。
嘘偽りはない。ロリコの正体としてあり得る後ろ姿にそれは違うと自分に対して首を振っていたが。
「ま、かつて憧れた配信者さんが死の淵から復活して、今この場にいるというのなら──その力を確かめたくなるというものでしょう」
:ロリコみたいなこと言ってる
「えへへ」
:かわいっ
(ロリコさんが仮にそうだとして、目の前にいるカエデが……、カエデ本人でないのならば)
ロリコ・リコの正体はどこでも語られている。
10歳であるという事は公にされていないだけでほとんどの人間が知っている事実。
「飛び入り参加OKで助かりましたね。さっそくボコボコのボコにしましょうか」
:かつての憧れなんだよな?
「何言ってるんですか。今もですよ。
今だからこそ、確かめておきたいんですよね。何もかもを。
……私こんなのばっかだな。頑張れ私、負けるな私」
※
「次のチャレンジャーは誰かな?」
海上の上に建てられたリングの上。夏の日差しがさんさんと照りつく 真昼間の輝き。
照らされて立つのは水着の女学生。
女学生である。似姿は当時のものと変わらず、18歳の姿でアメリカの海岸の上に彼女は立っている。
長くなびく髪の毛が風の揺られている。何度結んだか分からないヘアゴムを取り出して同じように彼女──藤原カエデは結び直す。
その動きは当時のものと変わらない。気を引き締め直すときの彼女のルーティンであった。
……当の本人は結び直す暇があるなら攻撃を仕掛けようと子供らしく奔放することに思考が変化したが。
「お?」
歓声が沸いた。飛び入り参加のチャレンジャーに対してそれは送られている。
「ふーん」と言葉に漏らしながらやって来たその姿を一目見て、カエデの口角は吊り上がった。
強者の匂い、そして雰囲気を漂わせている。
屈伸、腕を伸ばして軽くジャンプ。カエデはやって来たチャレンジャーに目を向ける。
佐伯ポプラは既にサングラスと麦わら帽子を外しており、戦いに来たと言わんばかりに水着を着こなしていた。
ロリコに見せるために選んだものであった。写真は既に送信されている。
「佐伯ポプラでしょ? こんなところにわざわざ来るなんて、相当暇なんだな。海外配信見てたぞ」
「えぇ。暇してました。外配信。し得だって昔好きな配信者が言ってたんですよね」
「あぁ。サクラがそんなこと言ってたっけ。懐かしいな……」
「……」
確かに言っていた。ポプラは内心そう思う。
FJKの配信を欠かさず見ていたし、繰り返し見ていたからこそ、記憶のうちに残るものがある。
(偽物か、本物か)
:カエデ懐かしすぎて草
:なんでこいつアメリカにいるんだよ
:本物?
コメント欄も盛り上がってきている。
ちらほら、ロリコに関連したコメントも見受けられる。
戦闘態勢は整い始めている。
白熱し始めるコメント欄、そして観客。
審判の声に合わせて──
「じゃあ、やろうか」
カエデのこの一言で火ぶたが切って落とされる。
ルールは簡単。魔力による攻撃は何でもあり。リングの外に出たらアウト。
簡潔で誰が見てもわかりやすい。
賭け事も勝手ながら行われており、オッズは拮抗している。
魔力が胎動する。ポプラの眼はカエデを捉えている。
脚を中心に、まとわりつくように装着されたそれ。銀色の輝きを帯びて、鉄の塊が脚を覆っている。
「
佐伯ポプラの記憶の中にある藤原カエデの動きは。
空中を足場にし、自由自在に空の上を跳ねつつ、スケートリングを滑るスケーターのように駆け回り。
言葉通り、眼にも止まらない速さで、捉えられないスピードで動く彼女。
そうしてポプラの眼の前からカエデの姿は消え去った。
蹴れども聞こえるのは彼女の動く音である。
「【結界】」
ポプラの思考。
カウンターを仕掛けること。
「【揺らめく心】」
誰も言葉の意味を理解していない。
理解するのはポプラだけでいい。
ポプラを中心として円型の結界が創り出され、ポプラの瞳は閉じられた。
身体が蜃気楼のようにブレ始めている。
「【
感覚を研ぎ澄まして、身体を魔力に預けた。
これより身体の動きは藤原カエデが結界に侵入した瞬間に動き出され、同時に攻撃が入るように行動する。
(知っている行動、知っている動き……知っている顔)
ポプラは常に頭を回している。
眼の前で動き回るカエデの正体を。本物か偽物か、確かめるためにこの舞台に足を踏み入れた。
耳を研ぎ澄まし、何かが動く音のみが空間内で響く中。
結界内にカエデの脚が侵入した。
知らない技にも怪我する事を厭わずに突っ込んでいく──カエデのその姿も知っている。
「全部、知っている動きです」
「!」
瞬間、ポプラの脚がカエデの頬を捉えてそのままカエデを弾き飛ばした。
成功したカウンター。けれど効果が薄いのか、リングの淵で身体が留まり、そしてカエデは目を見開く。
傷のついた頬を手で触れつつ、やがては笑みを浮かべて改めてポプラに対峙する。
「いいね。面白くなってきた」
「……一応訊いておきますけど」
「おう。なにがだ? 何でも答えてやるよ」
口は乗ってくれる。
本人の性格の現れだ。
「死んでますよね、その身体」
「……」
「カエデさんなら確かに今のように攻撃を仕掛けてくると思いますし、そこに疑う余地はありません。
でも死にましたよね。あなたは誰なんですか?」
直球ストレート。本人が何でも答えるというものだから、ついぞ投げてみた。
反応を伺って、情報を得る。危険性はあるが、この場は決闘の場。
殺し合いに発展すれば後々どうなるか理解しているはず。
「誰がなんて言おうと、私は藤原カエデなのさ。その事実に変わりはない。でも、そうだな……」
その言葉にカエデは表情何一つ変えずに、笑みを浮かべてこう答える。
「私を負かしたら話してやるよ。約束してやる」
『私を負かしたら話してやるよ。約束してやる』
少し前のロリコと戦闘前に行った会話と重なる。
ならば同じようにポプラは答えるだけだ。
「……そういうと思いましたよ」
「じゃ、仕切り直しといこう。日本で屈指の実力者のポプラとの決闘だ。間近で見れるなんて運がいいな」