「両親はもう生きていないんだ」
「どうしましたの、いきなり」
「いやなに、独り言だと思って聞いてほしい」
「はぁ」
姫宮家での暮らしに慣れ始め、そしてFJKとしての活動に地盤が固まろうとしている頃。
姫宮家の配信部屋、二人しかいない空間で楓は突拍子もなく話を振り始めた。
窓から見える夜空は季節が夏なのもあって雲が少なく、星明りが目に見えるようだ。
桜はパソコンを目の前に、キーボードをカタカタと無機物の音を叩きながら、楓の話に耳を傾けていた。
視線を寄越すことはなかった。
「九州の方に住んでいてな。つい最近まで、そこで生まれてから生きてて……14年くらい?」
「……」
「暮らしている場所がいきなりダンジョンになってしまった。今じゃ珍しい話じゃないんだよな」
頻繁に起こる話でもないが、聞かない話でもないのは事実だ。
戦える力の限りを持ってその場を離れなければならない。ある種の災害。
発生タイミングは不明。目の前で調整しているその機械を楓は見ながら、話を続ける。
「不満があるってわけじゃないんだ。むしろ、救助に来てくれた方々には感謝をしているさ。でも──」
記憶を呼び起こす。
あの日、いつもと変わらず日常を過ごしていた日。
朝早く起きて、朝食を食べて、ランニングをして。練習のために出かける準備を整えたところで。
地面が揺れた。それもひどく。体勢を崩してしまい、動きが遅れてしまったところで、異物を見た。
地上を過ごしていて見ることが基本的にない異形の怪物。学校で何度も習っていた。見たこともあった。
初めて見るモンスターに対して抱く感情は恐怖だった。
配信というコンテンツがあるということは薄っすらと記憶していた。
エンターテインメントの一つとして成り立っているし、自分には関わりのない世界。餅は餅屋という言葉もあるし、自分がそんな世界に飛び込むことはないだろう。
「夢を見るんだ。あの日、父さん母さんと一緒に逃げ回ったあの日」
「……自分を逃がしてくれた、とか。そういう話ですか?」
「……そうだ。別に悪い人ってわけじゃないんだ。私のやりたいことは何でもやらせてくれたし、いっぱい褒めてくれたし、優しかった。でももういない、もう、いないんだ」
やがて倒壊するであろうビルの間を潜り抜けて。
そこしか走れる道がないから他の誰もがその場所を走り抜けようとして。
ぱら、ぱらと。間抜けな音が聞こえて。
気が付いた時には目の前が暗くなったように見えて、背中を強く押された。
不意に後ろを見た。そこには安堵の笑みを浮かべた両親の姿があった。
「燻ぶっているんだ」
「燻ぶる?」
「生きていてよかった。当然だけどその感情はある。けれど、それ以上に──こんな目に遭わせたモンスターを根絶やしにしたいという感情が強い。復讐心ってやつ」
「……」
「この感情が強くなっていくうちにこうも思うんだ」
無我夢中で逃げ回って、逃げ切ることが出来て。
避難指示をあれやこれやと聞きながら。現実を咀嚼するのに3日を要して。
虚無感に苛まれながらも、けれど心で燻ぶった炎は血を熱く滾らせた。けれども心は冷静で。
だからダンジョンにひたすら潜っていた。
蓄積された鬱憤を晴らすため、二度と負けないように強さを得ようと考えたため。
戦い方を学んだことはあった。死と隣り合わせの学習機会に自ら飛び込んでいった。
そうして過ごしていく中で、後悔が顔を出し始めることもある。
「最初っから私がちゃんと魔力を扱えていれば救える人もいたよなって」
結論から言えば楓は魔力に関する授業に対して身を入れることがなかった。
理由は単純に、それ以上に打ち込みたいものがあったから。
テストや試験で得点が採れる程度に知識を積めればよくて、それ以上はなかった。
勉強していても将来役に立つことはない。子どもがよく使う言葉だ、楓も一部の授業以外はそういうものだと考えていた。
その考え方を改める機会に遭ってしまった。
即座に判断できなかった自分を悔いたい気持ちから、思う必要のない後悔と向き合うことになってしまった。
「結果論ですわ。その時のベストを尽くしただけ。貴女は悪くない。……こう言ってほしいのでしたらいくらでも?」
「はは、悪ぃ悪ぃ。そうだな、うん。結果論だ」
「ふむ……」
独り言だと言っておきながら反応した桜。
目の前の作業にキリが付き、既に誰かのダンジョン配信の様子を見ながら相槌を打っていた。
面白くない話。誰かに聞いてほしかった話。
既に桜も通った話である。
「前にも言いましたわね。私も両親がいませんのよ。二人とも死んでいます」
「──」
話が始まると思っていなかったため、楓は反応に遅れてしまった。
目をパチパチと、信じられないものを見たような表情をしているその光景に桜は少し笑い、話を続けた。
「私が小学生の頃、発生したダンジョンの調査に駆り出されることになったんです。そして──帰ってこなかった。最期の言葉は“いってらっしゃい”。よく覚えていますわ」
「……」
「楓さんと初めて会った時にこうも言いましたわね。両親との約束があると」
「あぁ」
「これは子供の頃の私の言葉ですわ」
今も子供だろ、一瞬ツッコミたい気持ちが沸いたが留まる。
そのまま、言葉も出さずに相槌を打ちながら聞く。
「知らない場所を見てみたい。あり得ないものを見てみたい。さりとてそれが危険なものでも、それ以上に好奇心が勝ってしまう。
配信する文化は面白い試みだと思っています。同じダンジョンなのに自分が見ているものと違う景色が広がっている。だからこう言いましたの。
──私もパパ、ママみたいにいろんなダンジョンに行ってみたい。一緒にいろんな場所に行ってみたい、そんな言葉を」
「……子供らしい言葉だな」
「今も子供ですのよ」
こいつ。
「二人はもういませんが。私の好奇心は薄まることはありません。……遺品を持ち歩いてダンジョンに入っているわけではありませんが、心にはいつも二人がいる。
ただそれだけでいい。自分が残した言葉を全うしたいだけ。罪悪感とか、後悔なんてものは存在しない。やりたいからやっている。それだけの話です」
「我儘だな」
「よく言われました」
笑いながら桜は言う。
配信以外で見る初めての笑顔だった。なんだか照れくさくなってしまう。
「それよりも貴女が身の上話をし始めたことが気になって仕方がありません。早く教えてください」
「急にギアを上げてくるなこいつ。……なんだ、まぁ、なんでもいいだろ!」
「つれませんわね」
「っせ。そのうち言うから、そのうちな!」
※
時間は経過する。
何があっても平等に。感情なんて置いてけぼりにしながら。
2112年は過ぎ去り、2113年、2114年。高校生活は佳境に入り、FJKとしての活動は躍進していき──
踏破したダンジョンの数が100を超えようとしていた。それは一種の偉業だった。
4人組の、今だ子供の女子高生。それでも実力は折り紙付き。
名声を浴び、知名度は伸びていき、知らない人間の数を少しずつ減らしながら日々が過ぎようとしている。
「だから言ってるじゃないっスか! ここでフルエンドさんとカエデさんが連携して叩けば楽に済んだって! 何をしたか言ってくださいよ!?」
「何も考えずに脚をぶつけました」カエデの言。「後方から圧をかければ一掃が早くなると思ったんだ」フルエンドの言い訳。
ダンジョン配信も終盤に近づいたころ、大ボスを倒し終えた後でのコトコからの言葉である。
詰められている二人は話を聞き流している。
ダンジョンの最奥に向かって歩きながら、両手両足には武器を構えて襲ってくるモンスターを蹴散らしながら。
それなりに難易度の高いダンジョンか、出てきて間もないダンジョンにしか潜っていない4人組はやはり注目度が高かった。
「なにが
「私の心は不動だ」
「こいつ~!」
視聴者からすれば見慣れた光景である。
3年も配信を追っていれば月に1度か2度ある展開である。
“まーた始まったよ”、“いつもの”、“親の顔より見た言い合い”……テンプレコメントが流れ始めている。
「カエデさんもカエデさんですよ! カエデさんただでさえあたしらより強いんスから周りの影響を考えてくださいよ! ……ってこれ毎回言ってませんか?」
「面目ない。ハッスルしちゃうんだ、ついな」
「これ前にも聞いた!」
「うゆ……」
「クソッッッちょっとかわいいから許したくなってきた」
「おい私と態度がちがいすぎやしないか」フルエンドのツッコミを流しながらカエデは反省する。
どうもモンスターを相手にする時は心の内で燃やしている復讐心が全面的に出てしまう。
心を落ち着かせる術は学んでいるとはいえ、未だ道半ば。未熟であることは十分理解していた。
土壇場での判断。慎重に事を進めなければいけない場面は府としていないときにやってくる。もしかしたら1分後にいきなり隕石が降ってくるかもしれない。
フルエンドの言う
ネットに毒されてきたカエデは少しずつ口が悪くなっている。本来の口調のそれは抑えていたもので、FJK結成時には抑えていたものだ。
遠慮がなくなり、配信の場にも慣れていき、次第に居心地がよくなっていき、少しずつ自分を全面的に出していくうちに弾けていった。
「そこまでにしてもらって」
最後に止めるのは決まってサクラだった。
配信上で流れてくるコメントと会話をしながら見守っていき、それでも先に進んでいる。
阿吽の呼吸と評するべきか。言葉で交わさなくても心で理解していると評するべきか。
見ていて飽きない戦いをしている。
桜が舞い、その陰で弾丸が螺旋を描き、高火力による二撃が飛ぶ。
配信を見てもらう。
視聴目的を問わずに限り合う時間を貰う以上は楽しんでいただく。
目の前の光景、言葉、全てがコンテンツになり得る。ダンジョン配信が新たなエンターテインメントの一つとして土台が固まろうとしている時代であった。
「サクラさん~!」
泣きつくコトコ。「この人達に話聞いてくれないっスよ、サクラさんの方から何か言ってくださいよ~!」うおんうおんウソ泣きを目の前で行うコトコ。
羞恥心はとうに捨ててしまったらしい。機械を身体で覆ってげんこつの一つでもすれば話は早い。そう考えたことは二度三度。けれど行わない。3人を大切に思っているから。
コトコの頭を撫でながらサクラはそのまま歩いていく。
「今後は色々な武器を持ってみるのはどうだろう」
「例えば?」
「モーニングスター」
「一応聞くけど理由は?」
「かっこいいから」
「フルエンドは私に何をさせたいの???」
「フ」笑みをこぼして腕を組むフルエンド。会話相手のカエデは会話の流れに既に慣れており、いつもの調子で聞き流す。
気軽に会話を振って対応してくれる相手として、とはいえそれだけで話は終わらないし、今後の戦い方の流れについても話す。
冗談から入る前振りは本気で言っているのではと、カエデはたまに思う。
話の共有を行っていないので土壇場で口にしたが効果はすぐには現れない。時間をかけて身体に慣らしていくしかない。
「サクラ、調子は?」
「快調ですわ」
元気そうにサクラは言う。
ダンジョンの最奥に辿り着いて、花びらが散り行く中、後方から銃弾が飛び、前方で機械を纏う最中。
笑みを見せるのはカエデ、サクラと目線を合わせて即座に行動。
時間をかける必要はない。フルエンドみたいに大きい声で技名を叫ぶ必要もない。いつものように脚に魔力を帯びた金属を纏わせて、切り裂くように動くだけ。
復讐心は確かにある。それ以上に芽生えたものもある。
言葉にするのが恥ずかしい、クサイ言葉であるが、実際に感じている以上、いつかは言葉にする日が来るのだろう。
いつかは言えればいい、そう思う。
「
最奥のボスモンスターを倒したところでサクラがそう言いだした。
桜火は最近発見されたダンジョン。誰も手を付けていないが、桜のように火が散っている危険地帯という情報のみしかない。
ランク付けもされていなければ、誰も手をけていないダンジョン。初見攻略する者も中に入るが、返り討ちに遭うこともしばしばある。
その情報を基に攻略情報を集めていき、やがては攻略されるという流れがダンジョン攻略の流れだ。
人柱というわけでもないが、勇気をもって真っ先に動く人間はそうそういない。
ただFJKは初見で突然現れるダンジョンにも首を突っ込んで攻略して帰ってくる手慣れた集団になっていた。
「何がいるかは知りませんが、ボスを倒したらそこでピクニックでもしましょう」
「え゛。熱くないスか」
「問題ないだろう」
「問題ないでしょ」
「じゃあ問題ないか」コトコはそう言ってカメラに向かって次の配信に向けて話をする。
2114年に入り、ピンク色の花びらが散るようになった季節の頃。どこにでもいるダンジョン配信者の光景だった。
そして──FJK最後の配信が始まろうとしていた。