「──って感じなんだよな」
:なにが???
:はぐらかすな
:すまん意味が分からない。なんでロリコの記憶から藤原カエデが出てくるんだよ
記憶の迷宮を進む金髪ツインテールの配信者はそのコメントに対して「この後わかるよ」と一言だけ言った。
一面鏡の世界。ハーフパンツを履いているためスカートを切望していた視聴者からは少し不満気なコメントが来ていた。
そんなものは関係ないと言わんばかりに行われたのは同時視聴。ロリコ・リコの過去ではなく、お出しされたのは藤原カエデの配信活動の始まりであった。
「みんなの言いたいこと、訊きたいことはわかるよ。でも少しだけ待ってくれないかな。多分そろそろだから。あともうコメントに反応できないかも」
:そろそろ?
:あ
:もう最後か
「この先は行き止まり、いよいよボスのいるフロアだね。まぁここにボスはいないんだけど。奥に進めば見せたい記憶を投影してくれる。ココのダンジョンは色々な用途でしょっちゅう使われるよね。
鏡は割れること無く私の姿を見て、魂を見て、蓄積された経験を投影するんだ。薄々気づいている人、我慢できずにコメントしている人、気持ちは分かるけどちょっと待ってね! 会いたい人がようやく目の前に現れたんだからさ」
「そういうことだよ」
配信もせずに腕を組んでそいつはいた。
一瞬表情を歪ませたのはロリコ・リコ。信じられないものを見た。目は見開き、今にも怒りが表面に現れそうになる。
「でたね、藤原カエデ……うん」
けれど冷静に、静かに目の前の──藤原カエデと名乗るそいつに向かって吹っ掛ける。
「騙ってんじゃねぇぞてめェ」
喧嘩を。
既に武器を構え終えている。
いつもの斧ではなく、カエデとして生きていた時に使用していた脚を。
金属を纏わせて、爪先をとがらせて、相対する。
内なる怒りの炎はやはり抑えきれない。こめかみに青筋が浮かびつつ、嫌悪感を示すように続けて舌打ち。
「なにが藤原カエデじゃ偽物が。殺す。見てる人には口が悪くて申し訳なく思うが、確実に殺す」
怒気を帯びた声にコメントが介在する余裕はない。
無機物に流れる感情のない言葉の波がこの場の二人の耳に届くことはない。
(誘い出されているが関係ない。ここで偽物を殺す。私の遺体をいじくった奴である以上、奴が用意したに違いない)
藤原カエデとして生きた時の最後の記憶、そして残された映像。
自分の身体が分裂し、その後ろにいたサクラも巻き込まれて、そのままサクラと共に残ったコトコとフルエンドが
死ぬ際はカエデとモンスターの1対1であった。そして殺された以上、遺体はその場に残ることになる。
転生した後にコトコから聞いた話だが、カエデの遺体はその場からなくなっていたらしい。
モンスターに食べられた、そう考えていたが、遺体を操っているとなると話が180度変わる。
明確な意思を持って、嫌がらせなのか、単なる遊びなのか。不快極まりない再利用を行っているのだ。
魂のない人形の中に何を組み込んだかは解体しない限り判明しない。
徹底的に殺す。
「ずっと私のDMとメールに来るんだよな。“カエデさんが復活してますよ”、“あの殺害予告は何なんですか”って」
「殺害予告は自業自得だろ」
「は? お前が姿を現さなかったらんなことせずに済んだんだよ」
「ひどい言い草だなロリコ・リコ。……で、それで?」
相対するカエデの表情はまるでロボットのように変わらない。
冷徹に言葉を並べている。ロリコの怒りを買うように話題を組み立てようとしているかもしれない。
既にロリコの怒髪冠を衝いているのでほとんど意味を成さないが。
「感動の再会じゃないのか? でもごめん、君のことは記憶に残っていないんだ」
パンッと手を合わせて謝るカエデ。
当たり前のことである。
「コトコ、フルエンド。……サクラのことはわからないが、彼女達の知り合いなんだよな。復活してから記憶が欠けているから分からないんだよね」
困ったように彼女は言う。
ロリコの警戒態勢を無視し、本当に分からないとばかりに言う。
実際知らないのだから無理はない。
言葉を並べているうちにロリコは理解する。記憶を読み取っているのだろう、と。
先ほどの発言は嘘だとわかる。なぜならロリコの中身は藤原カエデだからだ。
今日の配信を始める何日か前に佐伯ポプラVS藤原カエデの戦いの様子は見ていた。
知っている動き、知っている技、知っている戦法。
確信を抱くには早かった。
「だから私は気になっているんだ。ロリコの正体が」
ロリコの言葉を無視してカエデが続ける。
何度もインターネットを含めて議論された話題である。
ロリコ・リコは自他共に認める実年齢10歳の本物の小学生だ。
義務教育を放棄してダンジョンに入り浸り、時には飯を喰らい、時にはダンジョンを攻略する生粋のダンジョンジャンキー。今でこそ18歳の合法ロリの箔が押されているが、実際は10歳──前世と合わせて28歳──なのだ。
最初に配信の世界に現れたのは
「長峰コトコとの配信。随分が仲が良かったね。姪っ子とかかな? でも会った記憶がないな」
コトコとの配信があった。
いろいろあって拾った、コトコはそう語っていた。
事情を把握している本人に聞けば早いだろう。だがやって来たのはロリコ・リコ。
ならば本人に訊いたほうが早い。そしてこの場である。
「いい加減見せてもらいたいものだね。私の記憶と混線していたから、ロリコの記憶が流れてないんじゃないかな?」
「アホ言うな。本当に私かよ、てめェ」
「……? なんだって? なんて言った?」
ロリコが動く。
数秒先の光景が見えているロリコは理解している。
このままカエデが襲ってくることはないと、だから不意打ちを仕掛けられる。
地面を蹴って、空中に移動、そのまま右足を振り上げてカエデの上へ。
そのまま振り落とさんとする。
「荒っぽいな。子どもらしい」
身体を捻ってカエデは対応する。逆立ちを行う勢いで両手を地面に付き、天井を向いた脚でロリコの一撃に対応する。
対応されている。
ロリコの動きを見てから反応された。18歳から何一つ変わらないカエデのその動きはまさしく全盛期そのもの。
状況が状況でなければ“流石自分”と褒めていたことだろう。
金属音、舞い散る火花。振り落とせないとロリコは直感で理解する。
だから一度距離を取った。一瞬だけ力を入れて、振り払われる反動を利用して後方へ退避する。
地面に脚がついて──同時に滑走。
それは視聴者含めて先ほど見てきた“カエデ”の行動パターンであった。
クルクル回転しながら脚を覆う金属は形を変えて、気づけば膝元に鋭く刃先が伸びている。
加速する回転、空気が弾かれて飛んで行く。
「……驚いたな」
カエデは心底そう思って口にした。
ロリコの読んでいる通り目の前のカエデは記憶が欠けているわけではない。
生まれてからカエデが死ぬまで、カエデ本人の人生が本のように記録されている。
1ページをめくって藤原楓という女性の人生を理解して、だからこそ驚嘆した。
その動きは自分でも行っている動きだからこそだ。
「記憶の迷宮が読み取る相手には光が当てられてるんだ。カメラもしっかりその姿を捉えていたよな?」
既に配信を回しているカメラはロリコから離れている。
この場にいない視聴者に向けて同意を求めて、聞こえない答えが流れるのを待ってさらに続ける。
「私の記憶なんだ、何もかも。楓として生きて、動いて、そして死んでいった。
私の名前は藤原カエデ。死んで転生して、ロリコ・リコとしてここにいる」
「──」
いかにダンジョンという不可思議な存在が現れたとしても、“転生”の概念が発生することはなかった。
ダンジョン内で死んだ人間は当然ながらいる。
けれど死んだ人間が新しく生を持って生まれてくることはない。
そんな事実がどこにも存在しないからだ。
けれど、目の前のロリコ・リコに──
「あぁ、ようやく合点がいった」
偽物の藤原カエデは理解した。
ロリコの言葉に否定することもなく、それ以上に起きていた現象に対する答えを探そうとしていた。
「通りで出生がないと思ったんだ。生まれてきた人間はすべからく記録に残されるというもの、けれどロリコ──いや、宇賀神リコという名前はどこにもなかった。宇賀神を名乗っていてもそれは偽名だとは分かっていた」
偽物は続ける。
背後で操っている黒幕の思想が流れているのか、答えを得るために頭が働いていく。
「じゃあどこから現れたのか。仮に生まれた地にダンジョンが発生したとしても、生まれた事実が亡くなることはない。ダンジョン内で出産した夫婦がいた可能性も考えたけど、そんな人間はどこにもいなかった」
もはや目の前にいるカエデの言葉に本人であるという証明が出来ない。
話を聞いているロリコは、戦闘意思を丸で見せない人形の言葉を淡々と聞いていた。
自分の正体もやがては辿り着くだろう。
それが今であるとも理解している。
「確信を得るにはロリコの身体を調べる他、ないッ!」
カエデが動く。
星のように煌めきを放って姿を消した。
だからなんだと、ロリコは左脚を軸においてそのまま右脚を攻撃するかのように置いて回転した。
脚と脚が交わる音が聞こえた。ロリコの回転は止まって、目の前のカエデの顔に目をやった。
極めて変わらない無の表情。ブラックホールのように真っ黒に染まった目は、まるでこちらを解析するかのようにロリコの肢体を捉えている。
いつもの調子なら“えっち”などのコメントが一つ二つ飛んでいただろう。状況が状況であった。
「
今度はカエデが上に跳ねた。
回転するように動き、炎を身体に纏わせている。
「やべぇ」ロリコは言葉を漏らした。逃げ場がない。
回避行動をとるために入って来た穴に目線を向けるもいつの間にか塞がれている。
攻防の間にカエデが仕込んでいたのだろう。
広範囲、この場一体に炎の衝撃が飛んでくる。避けることがないなら防ぐために動くしかない。
ミラーマッチの経験なんてものは当然ない。
自分が相手だから自分がどういう動きに弱いか理解はしているが、今この場で対応はできない。
火力を押し付けてくるのならば、こちらも火力を押し付けるしかない。
上をすでに取られている以上、地に足付けて、転生したことで一から鍛え直して得た力を全面に出す。
「いつもの斧!」
技の名前を考えるのを面倒くさがったのは生を受けて5年後。
身体の動かし方を理解し、両手も使えるようにしておきたいという発想から。
斧を選んだ理由はともかく、手札を増やせば対応手段が増えていく。
“月光”。巨大化した斧を蹴り上げ、衝突と同時にもう一度蹴る動きは使えない。
水があっても蒸発されてしまうだろう。今ロリコにあるのは首元についているネックレス。
サイクロプスの魔力を借りることである。
「私の腕に迸るは雷!」
電撃が動く。地面が割れていく。
気温が上昇して、汗がにじみ出る中、カエデの動きに対応する。
「
以前潜った
あの時は技名をバカにされたが、威力は折り紙付きである。
放出される電撃の波動。炎を纏ったカエデの一撃に触れて、割かれていく。
ダメージは確実に入っている。けれどその痛みをもろともせずにカエデが突っ込んでくる。
今の条件で最もロリコが放てる最高火力であった。
カエデの接敵に、ロリコはもう一度動く。振り切った斧には変わらずジグザグと雷が走っている。
炎と電が交差する。お互いに歯を食いしばって、身体から血が出ていることを気にせずに。
被弾しないことを信条にしていたロリコの姿に、配信当初からロリコを追っている視聴者からすれば見たくもない光景なのかもしれない。
最期にものを言うのは力の差。ロリコはカエデからの攻撃で、轟音の中で確信を得る。
力は自分の方が上であると。
「……さて」
煙が舞う。
カエデの身体は纏っている衣類がボロボロになっており、金属が欠け始めていた。
人間らしく血も流しながら、見据える先に対して言葉を使った。
「どこから現れたのか。さっきまでの攻防でようやく分かった」
化粧が剝がれていた。
人らしい形をしているが、色として表すことのできないその身体は人間の物とは思えなかった。
神々しくも見えていた。人間と、魔力が織りなすにしても表現できない姿がそこにあった。
形容することのできないその身体の輝き。人の形をした別の何か。
耳が長かった。隠されていたのだろうその耳は人の眼からすれば人間の物ではないと分かるだろう。
「君もモンスターだったんだな。あえて名前を付けるなら──」
それでもロリコは立っていた。
カエデの一撃を貰いながらも、なにもなかったと言わんばかりに、しかしいつもの笑顔を見せずに。
体勢を立て直すように斧を構えて、脚に金属を纏わせて。
スポットライトが当てられた。光の先にはロリコがいて、やがて映像が投影されようとしている。
「モンスター、
同時に流れてくるのは──藤原カエデとして最期の記憶と、ロリコ・リコが生まれ育った時間であった。