配信の通知がやってくる。
誰もが開く彼女の配信。その姿が映された。
そこは海。燦々と照らす太陽は後方に、真後ろには荒れ狂うように蠢く波、緩やかな風とは反して回転する渦巻き。
そしてカメラ正面に映るのは少女。
ご存知ロリコ・リコの顔。しかしその下はタオルによって隠されている。
ボタンで止めて固定する大きめのタオルだ。
小学生が水泳の授業で使われるタイプ。
足元にはビニール製の鞄が置かれている。これもまたそうで、本来ならばゴーグルだの、小物だのが入っているものだ。
実際に入れられてるのは別物なので、使用用途は明らかに異なる。
:うお
:わこ
:きたああああああああああああああ
:ダンジョンクラッシャーに負けないでくれ!
:佐伯ポプラさんには負けないでください!
:ダンジョン破壊される前にクリアしろ!
ロリコはSNSの運用はしているが昨日今日に限って深くは使っていない。
普段ならば放送の告知と情報収集程度には使うが、今SNSには佐伯ポプラの攻略情報が溢れているからだ。
ネタバレの波が押し寄せてくるのだ。自衛のために検索を避けても避けられないのがSNS。
行かない選択も取れなくはなかったが、とはいえ安価は絶対。行かない理由にはならない。
タイムラインが更新される前に告知だけサッと行ってここにいる。
吊り上がった口角。
大胆にドヤ顔。
くすぐる潮の匂い。
梅雨が明けて数週間が経つ。潮風で靡く金色の髪は、いつものツインテールとは異なり今回はポニーテールだ。
動物の声さえ聞こえてくる。カモメかウミネコか、ロリコには判断ができないが、とはいえそれらの要素が海の近くにいるという事実を強くしている。
「おはよ〜ございま〜〜すっ! 朝の5時からどうもどうも! こんな時間に何してるの?」
:オメーの配信を見に来てんだよ!
「そうだよね! あっ、そうそう! 先んじて言っておきますけど私先駆者の配信は何一つ見てないんで! この言葉を信用できるかどうかは君の目で確かめてね!」
:ポ、プラ
:ポプ、ラ
:イ左イ白ホ゜フ゜ラ゜
びしっと包まれたタオルの間から指を刺す。
「別にコメントNGに設定してはないけどね。迷惑はかけないでね? 当たり前だけど」
ルールを守って楽しく配信! 付け加えて彼女は言った。
そしてカメラに近づく。
話を区切って前を行く。リボンのついた黒いサンダルの、砂浜の上を歩く音をドローンがとらえる。
動きに反応してズームインするカメラに「刮目せよッ! 我が肉体をッ!」と大きな声を出してそのままタオルを脱ぎ捨てた。
「どどん!」
動画ではないので口で効果音を。
腰元に手のひらを置いて、小学生らしい肉体、その肌が画面上に映された。
本音を言えば旧式が欲しかった。ロリコは思うだけで口にはしない。
腰より下はズボンとなんら変わりはない。着衣泳ではないので入水しても泳ぐことは可能。ただその上。露出は少ないが手を挙げれば脇本は見えるだろう。
紺色のその衣装に、胸元には手書きのワッペン“ろりこ”。まさかのひらがな。自力でつけたらしい。
なんてことのない身体だ。筋肉質というわけでもなく、触れれば柔らかそうな印象が視聴者に与えられる。
繭から飛び立った蝶類か、あるいは寒空の中で走る流星か。
神秘のベールに包まれたその肢体をカメラが捉えている。
シチュエーションによる効果は大きい。
いつものファッションスタイルであることに否定はない。ハーフパンツにノースリーブはロリコの鉄板小学生スタイルだ。
それがスクール水着という属性が付与された、水の中でも使える衣類という事実にこそ価値が宿る。
自ら晒すという行為。血縁者のいないロリコは自分から晒すことによってお金を得ようとしている。
人生が二度目なのと、割り切っている部分が大きいため、使えるものは使うという判断からか。タチが悪い。
加えて、これからダンジョンを冒険する冒険者として相応しい格好をしているという自信を抱えている。これもまたタチが悪い。
この時間帯からロリコを見にくるような視聴者に性癖が下の方によっている人はいない。当然のことだ。
彼らはダンジョンを攻略する者。一人の冒険者として攻略の光景を覗きに来ているだけ。当然のことだ。
それはそれとして捉えられた姿に反応して投げ銭がやってくる。5桁の金額ゆうに飛んでいる。当然のことだ。
「え? まさかとは思うけどよくじょーなんてしてないよね」
:当たり前だろ
:何言ってんだこいつ
自分から煽るようなアピールをしておいてこの発言だ。
しかしここにいるのは紳士。お布施によりお金をなくしたとて、ズボンはきっちりと履いている。
くるりと一回転。隅々まで見てくれと言わんばかりだった。
「ほんとぉ?」
:本当だが?
「あ、スパチャどうもどうも」
近づく。音声を耳で聞き取りながら、法律違反スレスレの行動。
ロリコ・リコに血縁者はいない。
止めてくれるような間柄の人間はいない。
生まれ変わった彼女は孤独の身ではあるが、前回の人生で関わった人に支えられて今ここにいる。
その割には学校にも通わずに危険なダンジョンに潜り込んでいるわけなのだが。
ロリコの配信しているサイトで、いかにロリコが成人指定の行動を起こしてもBANされることはない。
自由だ。翻って大手プラットフォームには規制が走るため、今回の活動は切り抜かれることはないだろう。
だからスク水でひたすらアピールしている。
お金を取られたくないから。
コメントの勢いはなおも止まらないし、読み上げツールも苦しそうに言葉を拾っている。
「さてと」
ビニールバッグにタオルをしまいつつ、振り返って後方にロリコは目をやった。
雰囲気を変えて、神妙な面持ちを作りつつ、口を開く。
「斜海ダンジョンはご存知急激な潮の流れによって作られた渦巻きの中にあるダンジョン。その周りすら壁という名の渦。一度入ってから出た人間は記録にないんだ」
そう言いながら右手に斧を生成。
ブーメランの要領で海中に投擲した。
海面に触れた瞬間、斧は細切れになった。
切先が常に回転しているようなものだ。
螺旋を描くそれはモノを、生物を受け付けることはない。
「対策方法は二つあると思うんだよ。おにーさんたち、わかるかな?」
:わからん
:身体を魔力で変換する
「誰かの配信を見たのかな? それが一つ目なんだよね」
実際佐伯ポプラの配信を視聴中にやってきた、ロリコの配信通知から移動してくる人はいる。
あるいはタブを二つ開いて同時視聴か。
佐伯ポプラの回答は身体を魔力体に変換させることだった。
魔力によって身体を研ぎ澄まし、力の向上や硬くして防御力を上げることはできる。
外側に纏わせることによって魔力が激った身体になるのだ。
魔力体はその逆。肉体の性質の変換。外側よりも内側に、身体全体を魔力で構築するような感覚。
「維持できるか、できないか。先駆者はできるでしょ。その気になれば1ヶ月はそれで生活できるんじゃない?」
渦は魔力の塊だ。
気配を隠すために魔力体に変質させることもある。魔力で気配を感知する敵から避けるためだ。
「渦と同じ存在ですよ〜と認識されれば流れに沿ってそのまま入っていける……っていうのが侵入方法の一つ」
ただ欠点としては魔力を帯びて攻撃ができなくなるだけなのだ。
同じ存在として同化して、するりと侵入していく。
「じゃあもう一つは? その方法今からお見せしちゃいま〜す♡」
ビニールの鞄に手を突っ込む。握って現れたのはアクセサリーのようなものだ。
琥珀色のそれを首にかけて、改めて斧を生成した。
そして、肥大化させていく。
同時に迸るは雷。
普段の戦闘スタイルを知っている視聴者に見覚えなどなかったものだ。
「サイクロプスくんのツノを素材にして作ってきたんだよ。名前は決めてないからアクセサリーって呼ぶね」
魔物を素材にして新たに道具を作り出すことは珍しい話ではない。
ある者は武器を製作してみたり、ある者はアクセサリーとして身に纏ったりだ。
ゲームでアイテムを装備するのと同じ。
装備すればその分攻撃力が上がる。
身に付ければその分体力や魔力が増加する。
持っていれば行動速度がアップする。
今回はサイクロプスの、額についていたツノから作成したらしい。
配信に1日間が空いた理由の一つがこれである。
もう一つはスク水の用意だが。
ガルカガの体毛には再生効果が含まれる。
ここにおける再生は魔力の再生だ。
消費した分を無から生成し、それを自分の身体に補給する。
ガルカガの不死性の根底には魔力があり、ひいてはその体毛に秘密がある。
故にこその素材。完成したのがスク水だったというだけの。
「ちなむとこのスク水はガルカガの体毛を素材にしてるよ♡ かわいいね。魔力のロスエネルギーがゼロに近いよ♡ かわいくないね? 私だけが愛してあげるね?」
:高級スク水
:誰だよこれ作ったやつ
魔力を高める手段として、道具を用いる。
言ってみれば外付け。
加えられたものに過ぎない。
サイクロプスの雷属性の要素。
ガルカガ──不死鳥としての再生要素。
これらを装備した状態で今回のダンジョンに臨んでいる。
装備は万全。おそらく今後の活動ですら衣類の中にスク水を着用する可能性が出てくる。
「もう一つの答え、それは──ッ!」
高く飛び立つ。斧を右手で大きく掲げて、魔力を集中させる。
一点集中。身体全体に流れているそれを生成した斧に注いでいく。
晴れ間だというのに周囲を走る雷が海面に触れている。触れた箇所から一瞬、黒点のようなものが開くがすぐに閉じられていく。
:これいつものやつ?
:いつものゴリ押し
:親の顔より見た
:力押し効かないってどっかで見たけど
「そう思うじゃん?」
:あ
:サイクロプス兄貴の雷じゃないか!
攻撃の動作は先日のサイクロプスと同じ。
魔力を一点集中せて、放出してきた時と同じ。
アクセサリーが輝く。体を通って放出された魔力が斧に集中する。
ばち、ばちと。豪雨が地面に触れた時のような音を鳴らしていく。
「正解は、魔力によるゴリ押し! でしたー! いやー、難しかったナ?」
:知ってた
:知ってた
:知ってた
「うん、難しかったみたいだね! まだまだだな〜。こんなのもわからないんだ?」
:うん
:えへへ
「素直だね♡ 美徳だよ♡ もっと自信を持って生きてね♡」
「見ててね〜」自信満々に彼女は言う。そうして彼女は飛び立った。
講演会でピアノを演奏しにいく幼い子供のように。
スイミングスクールの昇格テストに臨む幼い子供のように。
見守る視聴者を保護者の関係と置き換えれば聞こえはいいかもしれない。
存分に蓄積された魔力が、それが込められた斧をロリコは振り翳す。
衝撃と、雷撃と。閃光は煌めき、真夏の青空の下なのに、雷は明確な形となって見えていて。
渦の中心、さながら台風の目に向けてぶつけていく。まさしく雷が地面に衝突するのと同じ音を鳴らして。
「え~いっ!」
轟音を立てて、周辺に刃のように鋭利な水が飛び交って、加えてロリコに衝撃の余波が飛んでくる。再度斧を生成してこれを盾に塞ぐ。
ノーダメージ縛りを解除する気は毛頭ない。
弾けた雷がこちらに飛んでこようと関係ない。防げばいいのだから。
ついでに今の一撃で海中で泳ぐモンスターを一掃できればなおよし。算段を立てての攻撃だった。
四方八方に分散されたそれだが、時間が経過すれば魔力でコーティングした身体で防げる。
先ほどまで立っていた砂浜にすでに着地している。空中にはドローン。今回は防護用に円球型のカプセルに入れて撮影をしていた。中にビニールバッグも入れて準備万端だ。
「わっ♡ おっき〜い……」
その映像をスマホでロリコは確認する。
視認したのは黒い穴。サイクロプスの放った攻撃と同等の穴。
スコップで砂を掘ったような跡が出来ており、滝のように海水が落ちていくわけでもなく、空いた穴の周辺ですら渦巻いている。
魔力で構成された渦。そこに一筋の穴が開かれた。
それを視認し、彼女は走っていく。
「行ってきま〜す♡」
砂浜から飛び立った。
プールにはしゃぎながら飛び込む子供のようにその穴へ向かって降りていく。
満面の笑み。目を輝かせて、飛び込む姿は天真爛漫な子供にしか見えない。
海水の穴へ、大の字開けて降りていく。
ドローンもそれに追随し、流れる視聴者のコメントを耳にしながら、斜海ダンジョンへ。