「というわけで生まれ変わりました。藤原楓です」
「……………………どういうこと?」
「すごい。10年近く一緒にいた中でマジで聞いたことのない声量じゃん」
「
「これとはなんだこれとは。ちょっと見た目が子供になって金髪碧眼の耳の長い人型のモンスターに生まれ変わっただけじゃん。あとお腹には謎の紋様もあります」
「ちょっと……? これが……? というか平然と受け入れているが、これは本当に楓なのか?」
疑いの瞳を常にぶつける冬花。
“人の言葉を使う詳細不明のモンスター”の襲撃から1週間が経過した。
集合場所である姫宮家の一室にやって来た冬花の眼に真っ先に映ったのは10年近く一緒にいる幼馴染の長峰コトコこと神木星歌。
そしてその手に繋いでいる子供のような何か。
人間とは思えない風貌と、中に秘められた魔力を知覚して、人間ではないと冬花は理解する。
そしてそいつは自分のことを藤原楓と名乗った。
1週間の間で破壊されたカメラの解析と、インターネット上に残されたあの日の映像を見た。
そしてその眼で、その瞬間を見てしまった。
藤原楓はあの日死んだ。身体という身体全てが切断され、八つ裂きにされ、跡形もなくいなくなってしまった。
「去年一緒に同人誌イベントに参加して年齢偽って成人指定の同人誌買ってたよね」
「おい待てなぜそれを知ってるたしかに楓と一緒に行ったときの話だが──」
「は?」星歌が口を挟むがかまわず楓は続ける。
「あとカッコよさそうだからって理由だけに私にフィギュアスケートを教わろうとしてたな、こっそりと! 二人しかいないときに! “付き合ってほしい”なんて情熱的に誘ってきたよな」
「待ってくれ、ほんとに待て。わかった、確かに楓の頃の記憶があるみたいだ。だけど──記憶を読み取っているだけって可能性もあるよな」
「同人誌かどうとかは今はいいか。……うん、そこ。そこなんスよ」
星歌は冬花の言葉に同意する。
今でこそ手を繋いでしばらく保護をしている。話を聞いていく限り、3年間共にしてきた藤原楓そのものであると言えるだろう。
自らをモンスターであると子供の姿をした楓は言った。
──本当に?
記憶を読み取っている可能性、自分が洗脳されている可能性、認識をいじられている可能性。
モンスターは人間の考えでは至らない思考をする。狡猾に、大胆に。
先のモンスターもそれに該当するだろう。
発見は
「それを確かめるべく姫宮家に集合したワケなんスよ。というわけでこちらのお方にお時間をいただきました」
「先生と申す者です。ポリグラフを持ってきました」
やって来たのは姫宮家に従事している先生と呼ばれている白衣の女性だった。
面識は何度もあるものの、真面目な話を行う機会はほとんどなく、今回初めて会話を何度も交わす相手になる。
姫宮桜が意識不明の状態の今、変わって運営しているのは彼女であった。
家内はタバコを吸えないためシガレットを咥えて、ただ仕事をしに来ただけと言わんばかりに淡々と持ってきたポリグラフについて説明を始めた。
「ポリグラフで判別できるのか……」
「ただのポリグラフではない。こいつは冒険者ライセンスを作成する時と同じように魔力を読み取る」
冬花の疑問に先生はわけもなくそのまま答える。
見ている感じ、インターネットで検索して真っ先に出てくるものと変わらない見た目をしているが。
どうにも性能が優れているらしい。
魔力を用いた犯罪なんて話も時折聞いたりもするが、その際に使われていたりするのだろう……冬花はそう納得した。
「あー、ライセンスはその人の魔力を記憶して、悪用されないように当人以外は起動しないようになってますもんね」
「魔力がどこから来るのかが一番にある。脳でもない、血でもない、心臓でもない。じゃあどこから来るのか。私は魂にあると考える。魂なんてものは人間の部位には存在しないが」
「専門外の話辞めてください」
「茶々を入れる場面ではないんスよ楓さん。続きをお願いします」
ぶー垂れてる楓の姿を見て、「やはり偽物か?」怪訝な目を冬花を変わらず見つめている。
子供らしく子供らしいその姿が記憶の楓には重ならない。重なるのは雰囲気と、子供らしい動きを除いた言動のみ。
「ごちゃごちゃ解説してもややこしくなるから簡単に言うけど、要は魔力の由来が魂に起因すると仮定して作成したのがこのポリグラフ。魔力の痕跡を当事者を照合させて、嘘を言っていないか判別を付かせる。
もしも、いわゆる転生が起きても本人だって証明できる。だって魔力は同じなのだから」
「見た感じ同じようには見えないが」
冬花も、星歌も、先生も。目の前で「ふーん」とまじまじとポリグラフを見ている楓を見てこう思う。
確かに魔力は似ているかもしれないが、何かしらないものが混じっていると。
知覚するのに限界はあるものの、とはいえである。
自認が楓であると言い、加えてモンスターの少女の正体を判明させるのにはうってつけの機会であった。
「ではさっそく」楓を椅子に座らせて先生はポリグラフを装着し始めた。
同時にパソコンを操作し、専用のソフトを起動、準備が完了されていく。
楓の身体、右手の指、腕に部品が取り付けられる。「大げさすぎないか、いやこうでもしないと無理か」楓は小言をぶつぶつ漏らしながらも、取り付けられた部品に目を向けている。
「質問してみてくれ。それでわかるだろう」
用意されている冒険者ライセンスには楓の魔力が記録されている。
パソコンと同期させており、画面には様々な生理反応の波が走っている。
開口一番、冬花が直球を投げる。
「あなたは藤原楓ですか」
「そう。転生して生まれ変わった藤原楓だよ」
「変化なし」
「本物じゃん! 藤原楓(偽物)みたいなハンドルネームじゃなかった!」
画面を見ていた先生の言葉に真っ先に星歌が反応した。
冬花は目を見開き、顎に手を置いて何か考えているが、星歌の反応に返って楓も反応した。
「星歌お前まだ私の事疑ってたのか!? 一週間一緒に暮らしてきたのに!」
「言葉が! 言葉が本人らしくなくて内心殺されないかびくびくしてたんですよォーッ!」
「こいつーッ!」
「うっさいよ君たち。他に質問はないの?」
一番に訊くべき事柄が終わったので星歌は次の質問がすぐに出てこなかった。
「では」冬花が挙手しながら本人であると証明した楓に対して質問する。
「楓であると同時にモンスターである。間違いは?」
「ない。楓としてして生きてきた記憶もあるし、別の……なんて言ったらいいんだろうな。欲求みたいなものがある」
「欲求?」
「自由に気ままに、生を全うして、何も考えずに暴れろ的な」
「こわ」「こっわ」
先生以外の二人は率直に感想を口にする。
当然のことながら波は激しく動くことなく、いたって楓が本人であることの証明が着々となされている。
「もしかしたらモンスター本来としての欲求が勝って楓クンの人格に悪い影響をもたらすかもしれないねェ」
「え」
「薬の開発も必要だな。抑制剤みたいなやつ。要はさ、楓クンは元がモンスターである子供に転生したってことでしょ」
「……」
「元の魂を塗りつぶすように入っていったのならば、元のモンスターの人格……人格? まぁいいか。それが作用している可能性なんて十分に考えられる。
そういえばモンスターを喰らって生活していたとか言ってたな。変に食べ過ぎてそういう能力を手に入れたって可能性もあるな……。気になる要素が多すぎる」
「心が二つあるんスね」呑気な星歌の言葉に「そんな感じ」先生は答える。
例のない存在として生まれた藤原楓。そして転生という概念の証明が初めて観測された。
「で、君たちこれからどうするわけ? 桜は一命をとりとめて、楓くんも転生して帰って来た。FJKは配信休止を発表済みでしょ」
「愚問だよ先生」楓が答える。自分の行いたいことは既に星歌に話していた。「楓さんとここに来るまでに色々と話しました。覚悟は決まってます。冬花は?」星歌は淡々と答えた。既に決めていること。よどみなくすんなりと。
楓と星歌が見やった先にいる冬花。息を吐いて答える。
「お前らがやるって言うのなら私もやらねばならん。まぁ、そうでなくてもやるが。なんにせよ、あいつを放っておくわけにはいかない」
「……そういうことだよ先生。桜のところに行っていいかな?」
3人の言葉を聞いて先生はにやりと笑って、桜が眠っている病室へと案内した。
※
「──ということらしい」
「何がということかは理解できませんが……、えぇ……そんなことがあるのですね。目が見えないからわかりませんが。確かに楓と楓以外の別の何かを感じます」
場所を変えて病室に来ていた。
重症を負った姫宮桜が入院している病室、ようやく意識が戻ったと聞き、元FJKの面々が集まっていた。
桜の姿は
「楓の事はよくわかりました……わかりたくありませんが。とはいえ」寝たきりの桜はそう言いながら、改めて自分に置かれている状況を口にした。
「
100億円。
元の状態に戻すのにかかる金額。
ダンジョンの発生が活発化している時代において、稼げなくはないがとてつもない時間がかかり、それ以上に命を懸けなければ到達することが出来ない金額だった。
姫宮家の資産でどうこう出来るものではなかった。このまま桜を放っておいても生きることはできるだろう。
口しか動かすことのできない状態のまま、穏やかに死を待ち続ける状態だが。
「じゃあ私がお金を稼いでくるよ」
「本気で言ってますの?」
真っ先に楓が桜に向かって宣言した。
ポリグラフが付いたままでも波が急激に動くこともなかっただろう。
既に決めていたことらしい。腕を組みながら楓は続ける。
「あのモンスターを放置したままにするのも嫌だしな。そして何よりも、このままやられっぱなしでいたくない。だから私は転生したと思うんだ」
「……」
「金がないなら私が稼ぐ。だから桜は──」
「待てっスよ」「待て楓」
口を挟んだのは二人組。楓の後ろに立っていた星歌と冬花。
「あたしも同じっス。このままの状態で安心して生きていける気がしないし、あいつに顔面に一発ぶん殴りたい」
「あぁ。何もできずに逃げることしかできなかった。……今は違う、あいつに脳天に一発ぶち込みたい」
「桜。みんな同じ気持ちなんだ。私もあのモンスターを見つけて顔を歪ませないと気が済まない」
「頭部ばっか狙ってますわね。しかし……私も同じ気持ちですが、何も私を放って、身体を治さなくてもいいのに。なにより、今度は──」
「また私が死ぬんじゃーとか思ってる?」
楓の言葉は桜を指す。桜は何も答えない。
どうせ桜はこういうだろうと、楓は過ごした日々の中でそれを知っている。だからこそ返したいと思っている。
「過ごした3年間を忘れない。忘れていないからこそケリを付けたい。……まだ夢の途中でもあるしな」
「……! ですが、それであなたたちの未来を!」
「また隣に立って歩きたいんだ」
「──」
言葉が止まる。
「一緒に歩いて、戦って、なんてことのない話をして。時には一緒にご飯を食べて、寝て、過ごして。まるで家族のように過ごしてきたよな、私たち。居心地の良い時間だった」
「──」
「チャンスがあるんだ。その日常を取り戻すチャンスが。取り戻せるのなら──命を投げ捨てる覚悟はある」
楓の言葉に星歌、冬花も頷く。
FJKは既に解散を発表している。今回の件は既に災害事案として登録されているものの、FJKと遭遇して以来目立った目撃情報は現れず、ダンジョンは前と変わらず存在し続けている。
そのうち忘れられてしまうだろう。けれど身を隠している状態にしか過ぎないのだ。
知性のある災害なのだ。早急に手を打たなければ被害者は増えるかもしれない。
「本気、なんですのね」
「あぁ。……と言ってもこのまま再戦してもまた負けそうだからしばらくは身体を鍛えないとな。ダンジョンの発生予測ポイントの連絡が来たら即座に向かうさ……コトコが」
「こいつ……。まぁその間はあたしが楓さんの面倒を見るっス。姫宮家には顔を出すようにはするんで」
「星歌……、冬花は何をお考えで」
「大学入ってダンジョン管理機関に就職する。いたほうが情報がすぐに入りそうだからな、あのモンスターの」
道は別れることになる。
けれど最終的には一つに交わることになる。
桜は治療に専念し、冬花はダンジョン管理機関に所属する職員となり、その間、楓の面倒を見つつ、ダンジョン配信にて星歌は収入を得ていく。
果てしない道に終わりは見えないものの、終わりがあるという事実はある。
「……皆様の事はよくわかりました。相変わらずおバカのままで安心しました」
やれやれと桜は嬉しそうに言った。
放っておいてほしかったのは事実であったが、それ以上に親身になってくれた事実は生きる希望となった。
冬花は静かに決意の炎をたぎらせ、星歌は今後の生活に不安を抱えながらも、楓の頭を撫でていた。
楓はそれに対して少し照れくさくなったものの、改めてルートを定めたところで、一つの疑問点に辿り着いた。
「私は楓ではあるけど、世間的には藤原楓じゃないよな」
当たり前の事実を口にした。
藤原楓が死んでいることは配信を通じてインターネット、SNSにて拡散されて周知されている。
このまま名乗る訳にはいかない。
「新しく私の名前が必要になるな、なんかない?」
「ロリっ娘らしくそれを売りにすれば注目されるんじゃないんスか?」
星歌のアドバイスに唸る楓。
考えたことをそのまま口にしていく。
「……じゃあロリ……コ、ロリコ。よし、ロリコにしよう。活動名はロリコ……寂しいな。語感がほしい、口にしやすいやつ」
「リコは?」
桜の助言に「それだ!」と楓。
「ロリコ・リコ。よし、私の名前はロリコ・リコだ」
「いや待て、冒険者ライセンスを最終的に作る必要があるんだ。本来の苗字もいるだろう」
冬花の言葉に確かにと頷く一同。
既に何か言うのだろう。聞くまでもないことだが楓は訊いた。
「冬花。苗字にいい案でもあるのか?」
「宇賀神」
「……ちなみに理由は?」
「かっこいいから」
言うと思ったよ。
FJKはそろって笑った。
ロリコ・リコ。
藤原楓から新しく生まれ変わった名前。
身体をまともに動かすのにこの先10年かかったものの、とはいえ50億を稼ぎ、ロリコとして改めて配信界隈に参入して、短期間で50億を稼いだ。
FJKは二つの目標のうち、一つを達成させている。
そして残り一つの達成は確実に近づいてきていた。