「ふぅん」
ロリコ・リコの記憶は全て公開された。
記憶の映像はロリコと対峙している藤原楓、そして世界中にも。
今の配信の状況がどうなっているか、ロリコは分からない。
最初から最後まで回線不調に陥ることなく今の光景を垂れ流しているかもしれない。
ドローンカメラは戦闘に巻き込まれないように自動的に距離を取りながら無数の誰かの声を無機質に流している。
鏡で四方一体を埋め尽くされたダンジョン──記憶の迷宮その最奥にて。
肌を焦がして、自らの正体を晒したロリコは血を吐き出した。
やはり目立つのは長い耳。そして、腹部に描かれている謎の紋様。
ロリコはへそ出しした姿を既に世界中に公開しているが、その紋様が映っていることはない。
当然だ。その上から隠すように
煤けている。幼い肌の一部は黒い。藤原楓の一撃を身体で受けて、耐えることには成功した。
五体満足で、この後の戦闘に支障はないだろう。
「同類なんだ、あの人と」
「あの人、ね」
変な繋がりだ。ロリコは内心そう思う。
昔自分を殺したのは間違いなく“そいつ”なのだ。言葉を使う、理解できる、知性に秀でたモンスター。
残された死体がどこに行ったのかは今の自分は把握していない。
気が付いた時には
目的が分からなかった。
どこまで考えても、人数を増やして検討しても答えとして納得する言葉は出てこなかった。
説を立てようにも煮えくり返った腸を消化するために動いた方が早かった。
改めて、目の前の藤原楓にロリコは目をやる。
「……」
正真正銘18歳の藤原楓があの時と同じ状態で目の前にいる。
自分の攻撃を受けて、多少の傷を負ってはいるものの、間違いなく藤原楓のままそこにいる。
最期の記憶はバラバラにされた自分の身体を見たことだった。
目の前の藤原楓は切断されていないと言わんばかりに満足そうに身体を、脚を器用に動かして、今にも襲い掛かろうとしている。
「まァいいか。人の死体を弄ぶとはいい度胸だ。いい加減看取らせてやれよ」
「人の死体? 今の私は藤原楓だ。それでいいじゃないか、何がダメなんだ?」
ロリコの言葉に対して理解が及んでいないらしい。
その言葉に改めて自分ではない偽物であるという事実が突き付けられ、製作者の思想が現れているようだった。
「考えてもみなよ。昔どれだけ活躍した人間でもやがては老いて消えてしまうんだ。だったら再利用して何度も何度も活躍させた方が面白いじゃん」
「……」
「不幸の死、炎上による引退、失踪。好きで、推していた配信者が消えてしまう。よくない、よくない事だ。そんなことは悲しい。あの人の配信がこの先一生見ることが出来ない。……それを耐えることが出来ない」
それは借り物の言葉だった。
制作者の思想を読み取って出力された言葉並び。
人の言葉を用いているだけの、言葉としては理解できるが、感情として納得はできない話。
「耐えられないからこそ私が生まれたんだ」
感触を思い出す。
斧で触れて、脚で触れて、何度も交差して、肉体に向けて攻撃を放った。
接触した。感触は──人間のものではなかった。
魔力で身体を覆って強化を施していても感じない、機械の感触があった。
そして知能。全くもって人間のものと同じ思考回路。けれど倫理性は製作者──モンスターのそれを色濃く受けている。
「てか、お前弁慶だろ。弁慶の脳部分を基に作られたアンドロイドってところだろ」
「ん……、まぁそうだね。配信者のデータをラーニングし、能力を把握した機械の脳。そして基となる身体に組み込むと同時に、肉体の記憶、魔力を読み取って肉体を復元させて、生まれ直ったのが私さ。立ち振る舞いは本人そのものだったろう?」
「……」
カエデの評判を検索した時は当然ながらあった。当時を懐かしむ気持ちや、本人と思う声もたびたび見た。けれど、同じように目立つ声もあった。
偽物のカエデは正体を隠すことはしなかった。
ロリコの正体が分かった今、自分のことを隠す意味もない様子だった。
心底気持ちが悪い。配信で見ていたら気分が悪くなって離席してしまいそう。
嫌悪感が胸中で渦巻いていた。
もはや目の前の機械をボコボコにすることへの躊躇はいらない。
「私の正体なんてどうだっていいよな?
カエデが尚も続ける。
「誰だって見続けたいもんな。好きな配信者の活躍を、分かるよ。だから未来永劫配信し続けていればそれでいい。いつまでも見ることが出来るんだから。だって人間は──どんなに不祥事を起こした配信者でも視聴を止めることはなかっただろう?」
それは極端な例だった。
「例え元の配信者が犯罪を犯しても、過去に大炎上を起こしても、誰だって配信を行うことはできるし、見ることが出来る。どれだけ配信者が業を背負っても“好き”という理由だけで見続けることが出来る。それは素晴らしいことだ」
続ける。
「いなくなったら寂しいだろ? 謹慎と言いながらそのままいなくなって、いざ戻ってきても引退。傍から見れば不快に思われる配信者でも、その配信者を好んでいる人もいる。それはまさしく愛と呼ぶべきものだろう」
恋愛というカテゴリにははまらない愛の形。
ロリコにも覚えがある。好んで観ていた配信者が炎上騒動を起こしてバッシングを受けて謹慎を選択していたのを見て、その配信者の切り抜きをひたすら見ていたことが。
そして──かつての自分達の配信のアーカイブも見ていた。
過ぎてしまった日々が戻ることはない。どんな生物もやがては死に至る。それは例えモンスターでも変わらない。
「だから残し続ける。永遠に。変化なんていらない。いつもと変わらず、予測の出来ない事態に対応して、リアクションを取って、エンターテイナーとして誰かを喜ばせてほしい。だから──」
「しょうもない」
「……なんだって?」
聞き続けて、ロリコは最初にそう口にした。
気持ちよく話を続けていた楓の思想に対し、ロリコは鼻で笑いながら答える。
「配信文化はこの先ずっと続くだろう。今でこそダンジョン配信が主流になっているけど、また一周周ってゲーム配信なんかが流行るかもね。
そしたら目移りしてさ、気になったら見たりして、面白かったら視聴を続けて。
でも配信って所詮は趣味の世界なんだ。確かに誰かにとっていい影響をもたらすかもしれない」
最近あった二人の配信者について思い出す。
佐伯ポプラは思えばダンジョン管理機関の命令から出会うことになったが元々自分のファンという事もあった。彼女は確かにこう言った。
『ロリコさんがどこから来たかなんてさして興味もないですよ──その破天荒さに救われている人もいます。私がそうです』
ツバサはどこまでいってもロリコのファンだった。
新宿で数時間程度、ご飯を食べたりして、親交を深めて。
『いいんですよ、それで! ボクが勝手に救われただけなので!』
ツバサの言葉を思い出す。
実際言葉の通りなのだろう。
言動がインターネットを通じて配信され、知らない誰かが救われているかもしれない。
配信文化そのものを否定するわけではない。
好きな配信者が永遠に配信し続けていたら、確かにずっと追い続けるかもしれない。
「確かに私は配信を見たり、自分でしたりしてるけどさ。何も生活の全てを捧げてほしいってわけじゃないんだ。
無限に配信し続ければその分応援するとかどうとかでお金がもらえるかもしれないけどさ。
一番は自分を優先してほしいわけで。……言葉にするのは難しいな。要はさ、感情的な話になってしまうんだけど」
「……」
「自分が死ぬまで誰かの配信を見続けるわけないだろ。だって怖いじゃん。ずっと老いずに配信し続けるなんて」
「……配信ジャンキーが良く言うよ」
「私は最初っからやるべきことがあるからそうしてるだけ。あと純粋に飽きるから、いかに配信が好きでも。お前の考えに同意なんてしてやらない。ましては死人を利用する?
よく言うぜ。人間の感情を度外視しすぎだ。見る者はいるかもしれないが。10年後そいつがそこにいるかは分からないというのに」
「……」
「むしろ──そこまで自分の思想を語っておいて未だに藤原楓を名乗っているお前を疑うよ。重いと思わないか? 自分が偽物であるという自覚を抱えて本人らしく振る舞ってさ。
100%本人じゃないのさ、お前は。だから私がここにいる。転生された意味は今日この日のためにあったのかもしれない」
「それでも見続けているのが人間だろう。だから、私は──」
「タコ。人間を信用しすぎだ。……確かに見ている人もいる、私もそうだった。だからこそ、思い出は思い出のままで居続けてほしいんだ。
楽しかったと思った、笑顔になれた、純粋に応援したくなった。時間を共有したからこそ尊ぶべき感情なんだ。
……わざわざ掘り起こして注目を集める必要はないんだ」
藤原楓は既に過去の人間だ。
配信デビューする以前から死亡するに至るまで、その記録は残されている。
ある者はスポーツ選手としての彼女の姿を見て、感銘を受けるかもしれない。
ある者は配信上の彼女の姿を見て、感情が呼び起こされるかもしれない。
ロリコ・リコとして振る舞ってきた理由でもあった。
そもそもの話、藤原楓として証明することはできていた。けれどする必要性はどこにもなかった。
既に過去の存在。多少の美化があろうとも、色褪せることなく記憶に留まる礎にしかならないのだ。
だからこそ。
「これ以上誰かの思い出を踏み荒らすのはやめてくれ、藤原楓はもうどこにもいない。魂しか残っていなくても、今の私は──ロリコ・リコなんだ。過去を尊ぶのは思い出の中だけでいいんだ」
これ以上の会話は平行線。
意見を曲げることのない相手に対して行うことは力でねじ伏せることのみである。
ロリコは身体に雷を迸らせた。出力最大、雷がロリコを中心に周囲をうねるように動き回っている。
触れることを嫌った楓が距離を取りながら、足元を金属で覆った。
大技を繰り出した後だが、設計元の追加パーツにより魔力の回復は人間と比べて早いらしい。
(理解不能。……
彼女にとっての最適解がその動きなのだろう。
実際正しい。ロリコの身体は既に疲労しきっている。この後のロリコの一撃を避けることが出来たら確実にとどめを刺すことが出来るだろう。
想定外があるとすれば二つだった。
「……!?」
一つはロリコは未来を見ることが出来ること。
長峰コトコが編み出した魔力装置──
未来を見ることを相手の行動分析によって成立させた装置はロリコに恩恵をもたらしている。
ロリコには見えていた。楓が姿をくらました後、分身で思考をかき乱した後に自分にとどめを刺しに来ることを。
そしてもう一つ。
「硝子の靴」
技名ではないその名前。
言うと同時に彼女の足に靴が在った。透けているその靴、靴底にはブレードが備わっていて、この世に存在しない彼女だけの靴が履かれていた。
「なんだ、それ。知らない。私の記憶にない」
「そりゃそうだろ。転生した私が修行して新しく編み出した靴なんだから」
ロリコの眼は閉じられていた。
その行動に何もかもに、理解をすることが出来ない。
もう一つ、藤原楓にとっての想定外があったとするならば──
「さようなら、藤原楓さん」
「は」
楓の首が飛んでいた。
視界が上に動く前、見えたのはロリコ・リコが一回転する様子だった。
突発的で、予想もつかない。考えに及ぶことが出来ない、理解が出来ない突飛的な行動。
解析することができなかった。目の前の出来事に対し、判断に遅れてしまった。
“藤原楓”ならどう対処するのか、思考がそう寄ってしまった。
「あぁ、そうそう。今の動き、修行して編み出したって言ったけど、全部嘘です」
嘘であれ、どうであれ。
「子供らしく、今思いついたことを私はやる。だってそっちの方が楽しそうじゃん? 目の前の出来事に対して最終的に誰がどういう行動を取るか、予想の付かない出来事に対する反応を配信で楽しんでいるわけ」
過去の産物は所詮過去の産物。
誰かの模倣にしかなれない機械人形が人間を楽しませることが出来るか。
「死んだ人間の再現。面白いかもしれないけどダメ。普通に許可取ってからにしてください。死体の二次利用を私は許可した覚えはねーんだよ」
歩き出す。首が飛んで行った楓の顔に目をやった。
切断された首の断面から血は出ていない。機械らしく配線が露出していた。
切断されたにもかかわらず、楓の身体は稼働していた。
人間らしく歯は音を立てて、こちらに対して強い敵意を向けている。
それがどうした。
「というか純粋に怖いだろ。死人が生き返って動いてたら。死んでくれ~~!」
どう取り繕っても偽物に変わりはないのだ。
生き続ける限り誰かを楽しませ続けられるエンターテイナーが生まれたとしても。
最後まで見続けることができるかは別の話。
思い出の存在は思い出のまま存在し続ける。だからこそ美しい。
ロリコはそう考えている。
だからこそ感情的に、純粋に思ったことを口にしながら、偽物の身体を破壊した。
「きっも♡ はよ死ね」
感触は、最後まで機械らしく硬かった。
冷たくて、改めて死体に触れているな。ロリコ・リコはそう思った。