「知らない天井だ」
「そりゃそうですよ。ここは私が宿泊しているホテルです」
「ホテル……、あっポプラちゃん?」
「はい、佐伯ポプラです。お久しぶりです、ロリコさん」
ロリコが目を開けた先に見えたのは少し前に一戦交えた相手──佐伯ポプラの顔。
そのまま目を動かして周囲を見てみれば、こじんまりとした空間にテレビが一つ置いてあって、パソコンが机の上に置かれてある。電気がついていて、カーテンが閉じられていた。
カエデと戦った配信が日中であったと記憶している。今は遅い時間帯なのだろうとロリコは察した。
どうやら自分はベッドの上で横たわっているらしい。ロリコが状況を把握してきたところで、まずは一言。
「なんで私膝枕されてるの?」
「え? 私がしたいと思ったから?」
「疑問形で返されることあるんだ」
「欲望にまみれてるな……」そう言いながらもロリコは身体を起こす気にはならなかった。
単純に疲労がたまっていた。少しすれば回復するだろうと感覚的に理解はしているが、それでもしばらく動くことが出来ないのもわかっている。なすがままにされるしかない。
「頭も撫でてくるじゃん」
「可愛さを気にし始めててよかったです。ツバサ……さんのおかげですよね」
「なんでちょっと悔しそうに名前を出したの???」
撫でる手は止まらない。どことなくこそばゆいなと思いながらも、ポプラの顔は変わらず笑顔。
満足しきっている。怖くなってロリコは視線を逸らした。
「一応さ、ポプラちゃんさっきの私の配信見てましたよね?」
「はい。見てたからさっき救援に入れたと言いますか。全部凍らせて、身体を破壊した後に見えたのは、ぐてーっと倒れてるロリコさんだけでしたし」
「うん、助かったよ。ありがとうございます」
「ふふ……どういたしまして。アレを取り逃したのは心残りですが、仕方がないですね」
モンスターの群れが視界を覆った後、倒れる寸前のロリコが見たのは周囲一帯にいたそれらが氷漬けにされた姿。
氷塊と化したモンスターが崩れ落ちていく中、攻撃を行った相手の姿を捉えた。
見知った顔で安心して、ロリコは目を閉じて──今に至る。
それなりに時間は経過したのだろう。
「そのうえで聞くんだけど」その言葉を口にするロリコの声は震えていた。
動ける両手を子供らしく控え目な胸の上に置いて、人差し指同士でこすりながら言う。
「私の正体、わかってるよね?」
「はい。転生した藤原楓さんですよね」
「一応私、精神年齢的には28歳なんだけど……」
「? ロリコさんは10歳ですよ? 自分で言っていましたよね、何をおっしゃるんですか?」
「ひぇっ」
「……まぁ、半分冗談ですが」
(半分なのか……)
心底本気で言っている声音だったので、ロリコは今すぐその場から離れたくなった。
「そしてその正体はダンジョン内に潜んでいるモンスター。正直分かりませんでした」
「……まぁ“化粧”って形で頑張って隠したからね。そう簡単にはバレんよ。それで、どう? 私を殺す? 人類を脅かすモンスターですよ~?」
「ロリコさんに殺されるなら本望では?」
「ダメだこの人話が通じない」
「……まぁ、半分冗談ですが」
「デジャヴ?」
「なんですかロリコさん。不安なんですか? 嫌われることが。一度炎上した私が復帰しても暖かく迎えてくれる環境ですよ。そう思う必要はないと思いますが」
「どちらかって言うとなぁ……」
ロリコは次の配信のことが頭によぎっていた。
元凶のモンスタ──―森野メメを見つけて殺しに行くという配信である。
気にしていたのは配信の雰囲気。先ほどまで行っていたロリコの配信を振り返ってみても、ロリコと記憶の迷宮が投影したロリコの記憶を一方的に公開しただけなのだ。
インターネットを覗いていないので、今ロリコが自分に置かれている状況を把握できていない。
次の配信で自分に対する質問で占められていたらどうしよう。
一緒にモンスターを討伐する際にギャハハと笑いたいだけなのに。
「あぁ。なるほど、配信の雰囲気を気にしているんですか。可愛いですね」
「……」
無性に悔しくなったが黙ることにした。
ロリコは数分の会話で理解している。ポプラは自分のペースで話を進めてくるものだと。
「この言葉に対する私は回答を持ち合わせていません。ですが、ロリコさんの不安をなくす方法は知っています」
「え、身体を差し出せって話? きゃっ、ポプラちゃんのえっ」
「冗談でも辞めてください」
「あ、はい。すみませんでした」
線引きを理解できずにいた。
理解する気はなかった。
「とりあえず、配信でもしましょうか」
「え」
そう、ポプラは提案した。
※
【緊急配信】夜雑談! ゲストはまさかの……!?
「というわけでこんばんは、佐伯ポプラです」
:こんばんは!
:画面暗くないですか?
:佐伯ポプラさん、こんばんは
:なにがというわけなんだ
「画面が暗い? この後明るくなりますよ。さて、今日はゲストが来ていますよ、珍しいですね。私の配信基本一人だけなのに。最高ですね。あはは!」
:テンションたか
:何かキメてる?
:うおw
:あいつか?
:ロ、リコの配信でお前の声してなかったか?
:ロリ、コだろこれ
:まさか……誘拐か?
:ダンジョン管理機関の指令達成したじゃん、おめでとう
:今ダン管燃えてますよ
「そりゃ燃えるに決まってるじゃん。私を殺したヤツがトップのとこなんてサ」
:でたわね
:産声
:ポプラの配信で姿が見えるのは2回目か?
:最後の交流は口リコの配信でしたね
:ポイントの特典はどうなったんですか!?
「それは二人だけのひ・み・つ、だよね」
「そういうことです。ぐへへ」
「この人普段こんな感じなの?」
:ロリコの話するだけこうなるよ
「こわっ」
:本人の前で言ってやるなよ
「いやでも、ポプラちゃん嬉しそうに私のことを見てるし、もう何でもいいかなって……」
:いい加減姿を見せろや
:モンスターって本当なんですか?
:耳が長かったけどあれはなに?
:AI?
「はい。ポプラちゃんカメラ付けて!」
「お任せください!」
:テンションたけ~
:うつった
:ロリコ膝枕されてるじゃん
:ポプラそこ代われ
「譲りませんが!?」
:声でか
「耳きーんなるからやめてね」
「すみませんでした」
「どうもこんばんは。ロリコ・リコで~す! 今日の私かわいい?」
:かわいい
:28歳だろ無理するな
「は? 10歳なんですけど? 都内の小学校? に通ってますが?」
:嘘こくな
:耳長いね、エルフかな?
:装飾品?
「いーや、これは正真正銘私の耳さ。偽物が言った通り、私はモンスター。“雌餓鬼”だってよ、ウケる」
:ギャハハ!
:自認モンスターじゃなくて本物のモンスターなん?
「そうだぞ。ダンジョンに蔓延る恐ろしいモンスターなんだ。私と、あの会長と、偽物は」
「あの人たちロリコさんを殺しに来てましたね。許せないですよね」
:ロリコがモンスターである証拠って他にないの?
「長い耳、臍の紋様。並の人間以上にある魔力量。これで提出とさせていただきます」
「ちなみに私は気づきませんでした。節穴でしたね、死のうかな」
「いや気づかれる方が困っちゃうから……」
:そいつモンスターですよ、殺さないんですか?
:ダンジョンを破壊するモンスターを殺す理由なくね?
:元が人間だから耐えてる
:なんで転生できたんですか?
「知らね。人間もモンスターもどこからやって来たか分からんでしょ? そういうことよ」
:どういうことなんだ
「ぶっちゃけモンスターバレで配信が荒れてのびのびと出来ない事しか恐れてなかった。嫌われたくないからね……。杞憂で終わったからよかったけど」
:引退とか最近考えてなかったか
「引退するくらいなら死ぬ。殺されないといけない状況になったらおとなしく死ぬさ」
「まぁ別に、ロリコさんが死にたくなったら私が殺しますから、ちゃんと安心してください」
「安心できね~」
:ポプラが殺しにかかるなら安心だな
:ならヨシ!
:死ぬならさっきできたダンジョンを攻略してからにしてくんね
「さっきできたダンジョン?」
「あぁ、言いそびれてしまいましたね」
:言ってないだけやろなぁ……
:空中に突然変な建造物が出来たらしいぞ!
:魔力を帯びてるぞ!
「空中に浮かぶダンジョンです、か。突然現れた? 十中八九あいつだろ、元会長」
「ロリコさんは空にあるダンジョンを攻略したことがありますよね」
「正確に言えば転生前なんだけどね」
「さらに正確に言えば第12回FJKの配信回、配信タイトルは“放課後デートは空中にあるダンジョン以外ありえない”。見どころのシーンは1:23:01のカエデさんの──」
「待って待って早い早い怖い怖い怖い。この人なんなの」
:こんなポプラちゃん、見たことない
:こっわ
「ともかく新しいダンジョンが出来たみたいですし、ロリコさんはどうせ行かれるのでしょう?」
「あ、うん。テンションのふり幅どうなってるの?」
「いつ行きますか? 私も行きますよ」
「……そうだな。ぶっちゃけ私が配信している二つの理由のうち、一つはもう片が付いて、残り一つまで来ていて、その元凶が目の前にまでやってきている。今すぐにでも行きたいところだけど、今は身体が動かん。寝る」
「お供しますね」
「それはどっちの意味だ? ダンジョンか? 一緒に寝るという意味ですか?」
「……」
:笑顔
:ニパーという擬音が見えてくる
:ロリコさん固まってますよ
「私は一生ポプラちゃんに勝てる気がしないな」
「常勝不敗のロリコさんが一番! 敗北するロリコさんは解釈違いなのでまず私に負けることはありません」
「前回のアレはなんだったの?」
「あれはロリコさんが本気でやってほしいって言うから……。初めてだったんですよ? 本気でぶつけるのは」
「そうなんだ。すごいね」
:遠い目をしている
:諦めの境地
:シラフなんだよな?
:ポプラは酒を飲まんぞ
「一応聞くけど酔ってないよな?」
「ロリコさんに酔ってます」
「帰っていいか?」
:これコントかなんか?
:初見さんへ。我々も知らないポプラの姿をみてビビっています
:なんだこれ
※
配信が終わって夜の帳が深く下りた頃。
横になっていたロリコはベッドから降りて身体を伸ばしていた。
眠気はない。調子も回復してすっきり気分がいい。
先生に支給された薬を忘れずに飲んで、さっさと着替えた。
ラフで動きやすい服装。見られることも意識しない、どこにでもいる小学校に向かうための普段着のようなもの。
後ろではすやすやと寝息を立てて「ロリコさん……」と寝言を漏らすポプラがいた。
寝言を聞いて頭が痛くなった。抱き枕にされるほどに身動きを取らせてくれなかったが、ようやく解放されたので準備に手を付けるようになった。
「……」
自分でケリを付けたい。
ロリコの思考の根底にあるのは10年前に死んだ自分の仇討である。
サクラをずたずたにした分も含めてぶん殴らなければ気が済まない。
FJKの仲間に連絡をしたものの、返答はすぐには返ってこない。各々やることがあるのだろうか。
送った内容は至って単純。
「ダンジョンで配信して、情報を集めつつ、奴を殺す。配信タイトルどうしようかな」
ポプラは付いて行く気が満々だったがこれ以上お世話になる気にはならなかった。
あとから勝手にやってくるかもしれないが、それまでに事を済ませてしまえばいいとさえ思う。
4人の都合に巻き込んで、死んでしまっては元も子もないのだ。
森野メメ──10年前藤原楓を殺したモンスター。人間に擬態し、社会に溶け込んで、ダンジョン管理機関の会長に就任して。人間の反応が見たい、人間に興味を持ったとのたまうモンスター。
そして自分の身体を再利用して配信させたモンスター。生かしてはおけない。
攻撃手段は把握していた。魔力を消失させて、身体を切断させてくる恐ろしい相手。
二度も負けることはない、三度目の転生なんて、そんな奇跡が起こることはないだろう。
「うーん」
唸りながら準備を整えて、ポプラが借りているホテルの部屋から出た。
エレベーターを降りてエントランスへ、そのまま外に出て月が浮かぶ空を見上げた。
見慣れない物体がそこにはあった。日本で作られているとは思えないほどに、城。
月明かりで映されて、判別できるのは紫色で出来ているとだけ。魔王の城と表現するのに適する姿見だった。
地面に設置していた城がまるごと空中に浮いている。魔力を通して見てみると、大きく穴が開いている箇所が見えた。そこから入ってこいという意図なのだろう。
SNSで情報を集めてみる。侵入するなという注意喚起が流れていた。
自分の評判もついでに見ていた。トレンド入りしていたロリコの名前に触れて見てみれば、好感触な声と否定的な意見も見えた。
ロリコはそんなの気にすることもなく、空中に向かって地面を蹴る。空を足場にしてジャンプ、ジャンプ。
それを繰り返していくうちにやがてダンジョンに辿り着く。
酸素が薄くなったような気がしたが、ダンジョン内に入れば関係ない。
「ここは初心に返って、タイトルで初見を釣ってみるか。
サムネもだけどタイトルも重要だしな。
あと私一応小学生だからその要素も入れて、本物、ガチ、ガチの幼女。いや、ロリ……、ガチロリ。
ロリがダンジョンで配信するなんて事故みたいに思えるし、不本意みたいなタイトルにして……。
よし、配信タイトルは──【悲報】ガチロリ、ダンジョンで配信してしまう……これでいこう」
ロリコ・リコの配信人生をかけた戦いが始まろうとしていた。