祠を壊されてしまったTS娘「おまえ、あの祠を壊したんか!?」 作:葛城
場所は、都内から……電車で1時間、バスで30分ほど離れたところ。
空き家だらけのオンボロアパートと、真新しいけど誰も住んでいないマンションの間に、ポツンと放置されているビルの1フロア。
そのフロア出入り口に、ポツンと置かれた立て看板。
名は、『
その下には『心霊に関するお悩み承ります』と、よく言えば味がある、悪く言えば下手くそな文字で、そう書かれていた。
そして、その日、そのフロアの奥……ビル内で唯一テナントを借りているその名無子心霊相談室より、なんとも可愛らしい声色の怒声が響いていた。
「ポポポ……わたくし、思うのです。あんな小さなボロ祠、強い風が吹くたび倒壊しているじゃないか、と」
「さすがに風ぐらい耐えるよ! ちょっと前に重りを入れたのを忘れたの?」
「ポポポ……その重り、たしか缶ビールですよね? 昨日全部飲んじゃったのでは?」
「……いや、でも、ほら、トドメを差したのはそっちじゃん?」
そう、身の丈が2m40cm近くはある女を前に、この相談室の主であり、社長でもある彼女は、思わず怒鳴ってしまった。
彼女の見た目は、客観的に見て和服美人といった感じの印象を抱かれる少女である。身長は、ギリギリ11歳女子の平均に届くかどうか、であるけれども。
なお、年齢は不詳。成人しているのは確かである。
なんで不詳なのかって、中年男性にもなると自分の年齢なんていちいち気に留めなくなるし、免許証を見返して現在から逆算しないと年齢が出せないからだ。
だから、年齢は不詳だ。ただし、実際に見た目通りの年齢かと問われたら、先述したが、ちゃんと成人しているので違う。
いくらなんでも見た目が若すぎでは……そんな疑問をなによりも真っ先に抱かれてしまう彼女。
実は、理由がちゃんとある。
一昨年までは日本では掃いて捨てるほどに居る中年男性というカテゴリーの中の1人だったのだが、『とある事情』から、女の子に姿が変わってしまったのだ。
そんな馬鹿な話があるかと言われてしまうだろうが、実際にそうなってしまったのだから、どうしようもない。
この『とある事情』を語り出すと非常に長くなるので詳細は省くけど、それだと誤解が生じるかもしれないので簡潔にまとめると、だ。
──1.人生に嫌気が差した中年おじさん、山奥に向かって自殺を決行。その際、決行した場所がどうも忘れ去られた古き神が眠る場所だったらしく、そこで消滅しかけていた古き神とおじさんの魂が融合する。
──2.古き神は昔々、美しい娘だったヤマトタケルに惚れ込み、様々な形で手を貸したらしいのだが、後にヤマトタケルが男だったと知り、脳が破壊され眠りについていたらしく……最近になって、『付いている方がお得』という悟りに到達して目覚めた。
──3.だがしかし、その時にはもう忘れ去られていた影響から消えかけていて……そこに、偶然にも生贄という形で魂を捧げられた形になった古き神は、自ら命を絶ったおじさんの人生を見たことで哀れに思った。
──4.『女なんて汚らわしい! でも、女の美しさには……そうだ! 肉体は女性で、心は男性! 女ではなく、男でもない、咲きかけのつぼみのような──コレだ!!!!』
──5.こうして、強制的に融合を果たしたおじさんが、自殺のショックから目覚めた時にはもう……その身体は、推定年齢11歳ぐらいの、それはそれは美しい和風美少女へと変貌していた。
──6.なんか古き神は、『このままでは人の世は生き辛かろう』と思って、なんか不思議な神様パワーで所有者不明になっているビルやら何やらを彼女に与えて、彼女の中で眠りについた。
──7.古き神ほどではないが、融合したことで霊能力に目覚めた彼女は、なんとかそれを生かして生計を立てている。
と、まあ、これがおじさんから今に至るまでの、簡潔な流れである。
ちなみに、今の彼女は人間ではない。
限りなく人間に近しいが、その実体は神に近い。魂が半分以上が神なので、肉体もそうなっているのだ。
なので、見た目は11歳の美少女ではあるが、普通に酒が飲めるし煙草だって吸える──まあ、人前でやったら100%補導されるけど。
ちなみに、名前も神様が考えた。『名を失くした子』なので、名無子らしく、彼女(元・おじさん)が気付いた時にはもう、全ての公的機関にその名で登録されていた……というのを、記しておく。
で、だ。
戸籍上は既に成人女性として完全改変され、元に戻る手段も分からないし、元に戻ったところで……というわけなので、色々あって現在は心霊相談室という会社を──話を戻そう。
とにかく、名無子心霊相談室の社長でもある彼女は怒っていた。
どうしてって、この身の丈2m40cm近くあって口癖が『ポポポ……』という感じの、バストサイズがどう小さく見積もっても3桁より下がらないのに腰回りは信じられないぐらいに細くて尻と太ももが太いこの女は、よりにもよって『祠』を壊したのである。
『祠』とは、なにか?
それは皆様ご存じの通り、『祠にちょっかいを掛けた者には問答無用に男→女へTSさせる』という呪いが掛かっている祠の事で、名無子と融合した古き神が餞別として用意したモノで……現在はフロア内の端っこに安置してある。
祠って動かせるモノなのかと疑問に思われるかもしれないが、重要なのは祠そのものではない。
祠の最奥にあるモノが重要であり、なんならダンボールのミニチュア祠に入れようが、発泡スチロールの手作り祠に入れようが、モノが収まってさえいれば、そこが『祠』なのである。
……で、そのフロア端っこに安置してある祠だが、今回はダンボール製である。
スーパーのお持ち帰り用の段ボールを使って作ったので、耐久力など無いに等しい。
ただ、室内から運び出すことが無いので、壊れたらまた作れば良いという程度の間隔で作られた代物である。
ちなみに、この祠。
女が祠にちょっかいを掛けると『全身の臓腑が神経ごと引き千切れるような激痛を体感7年味わって死ぬ』という呪いが掛かっているらしい。
なんでも、『カイシャク・チガイ』だとか……で、話を戻すが、このポポポ女は、その祠を壊したのである。
どうも、鍛え抜いた肉体によるボディビルポーズをとった際に放たれた衝撃波で半壊したのだとか……普通ならば、このポポポ女も激痛の最中で命を落とすのだが、名無子とこの女だけは例外である。
名無子は、そもそも古き神と融合しているので呪いの対象外。そして、ポポポ女は……鍛え抜いた鋼のごとき筋肉によって呪いが弾かれ、無傷に終わるから。
意味が分からないって?
大丈夫、彼女も同意見である。
そう、このポポポ女……身長も乳も尻もデカいのだが、それ以上に目立つのが……ダイヤモンドのように凝縮された細身の身体だが、その実、推定240kgの筋肉を搭載した女なのだ。
ムキッと力を入れたら、それはもう力瘤に挟んで人が殺せそうな、それは見事な上腕二頭筋が隆起し、脈打つ血管の太さと来たら、惚れ惚れする。
腹筋に力を入れたら、もはや刃物はおろか弾丸すら皮を削るのが精いっぱいではと思ってしまう、見事に割れた筋肉が盛り上がり、今にも弾けそうなマグマを想起させる。
背中を見せてポージングを取れば、放たれる強烈な肉圧によって周囲を威圧し、ダンボールで作られた祠なんぞ、ひとたまりもなく潰れてしまう。
それが、ポポポ女だ。
ちなみに、人間ではないらしく、怪異と呼ばれる心霊的な存在らしい。
名無子からは、『てめぇみたいな人間が居るか!』と真顔で言われているが、ポポポ女自身は『筋肉が未熟だから隠しきれない……』と本気で恥じているのだとか。
……ね?
会話が通じているようで通じていない、怪異の証でもある。
で、話を戻すが、よりにもよって、昨日修繕したばかりのところを、ポポポ女は壊してしまったのである。
ただでさえ金欠なのを、無理やり修繕費を捻出して、昨日やっと修繕したばかりだというのに……ガムテープだってタダではなのだ。
「だから言ったじゃん! ポーズを取るのは外でやれと……」
「ポポポ……外でやると警察を呼ばれるから……」
「警察呼んだって、おまえは常人には見えないじゃん」
「ポポポ……そうは言っても、時々私のことが見える人が紛れていますし……」
「そりゃあ、そんな筋肉達磨女が夜な夜なボディビルポーズとっていたら、私でも通報するわな」
一つ、溜め息を零した彼女は、それはもう今日は仕事しないと言わんばかりだらりと肩の力を抜くと、ソファーへバタンと倒れ込んだのであった。
……。
……。
…………『名無子心霊相談室』は、いわゆるオカルト界隈においては、無名も無名、知る人ぞ知るどころか、まず知る人が居るのと首を傾げられるぐらいの無名である。
何故なら、彼女は『名無子心霊相談室』の宣伝を一切していない。例外は、会社を立ち上げるキッカケとなった人たちだが、それも結局は狭いコミュニティ。
こういった商売は信用第一で、とにかく件数を受けて口コミが広まっているところにほど依頼が集まる。また、心霊関係の相談なんてそうそう多くはない。
ましてや、それが精神的な幻覚&幻聴ではない、本物の心霊関係ともなれば、さらに少数。
彼女がここを立ち上げてから、今に至るまでに来た本物の仕事の数は10件にも満たず……そりゃあ、金欠に陥って当たり前である。
それでもギリギリ飢えずにいられたり、風呂にも入れずなんて状態になっていないのは、これまで助けた人たちが差し入れとして食料を送ってくれたりするおかげである。
……少し話を逸れるが、『名無子心霊相談室』では基本的に移動費を始めとした諸経費以外の前金は取っておらず、それ以外は成功報酬だけである。
つまり、なにかしらの小道具を使ったり交通機関を使ったりすれば料金がかさむが、そうでない場合はその分だけ前金が安くなるシステムになっている。
なんで出張費とかは取らないのかって、面倒だからだ。
実際に行ってみて、心霊じゃなくて精神病の類と発覚した時もそうだが、インチキだとか何だとかで踏み倒そうとする者がけっこういた。
だから、面倒に思って成功報酬にしたわけである。ちなみに、数珠や開運グッズといったモノは販売していない。
作るのが面倒臭いし、そもそも、そんな才覚がない。わざわざ発注して作ったところで売れるとは思えないし、そういう意味での才覚があったら自殺などしていないから、始めから取り扱わないようにしている。
……で、だ。
仕事が無い日の名無子は、基本的に暇を持て余している。
今どきはネットぐらい繋いでいないと……というわけなので暇潰しに事欠かないが、かといって、別に熱中しているナニカがあるわけでもない。
せいぜい、ビックリ映像とか昔の番組(違法アップロード)とか、なにかしらの実況チャンネルをボケーッと眺めるぐらいで……あとは、朝と夕方に自作した
HPとは言っても、古本屋で買ったやつを片手に四苦八苦しながら作っただけで、中身は『名無子心霊相談室』のタイトルと、『お悩みに関するお問い合わせ』のリンクだけ。
SNSのアカウントだって、業務的に宣伝を行っているだけで、それ以上の事はあまり……プライバシー流出が怖いので、写真一つ上げていない。
おかげで、今でもフォロワー数は12。そのうち、12個は怪しい業者からの、である。
当然ながら、検索エンジンに登録とか宣伝サイトに登録とかもまともにしていないので、検索に引っ掛かる事はほとんどない。
一回、どれぐらいのページにて引っ掛かるのかと調べた事があるけど、約98000件の内、6000件目までを調べた辺りで面倒臭くなって止めてしまった。
そしてまあ話を戻すが、正直なところ、趣味らしい趣味もない。
新しく何かを始めるにしてはやる気が出ず、かといって、積極的に仕事を探したいかと言えば、そんなわけもなく。
鏡の前でうっとりとした様子でポーズを決めては、なんかピクピクと筋肉をケイレンさせているポポポ女の方が、よほど健全ではないだろうか。
……いや、冷静に考えたら、このポポポ女は怪異の一種だし、対応次第で害をもたらす……いや、でも、対応を間違えさえしなければ……ん~……まあ、いい。
「ん~……やっぱ登録したり宣伝したり、色々やらないと駄目かなぁ……」
結局、この日も特にする事はなく、彼女はカチカチとマウスを動かしながら、ディスプレイをボケーッと眺めて時間を潰すので──ん?
「……あらまぁ、この人たちってば危ないところに向かうのね」
それは、とあるライブ配信の映像である。
今の時刻は……夕方だ。場所によっては、もう暗くなる頃合い、逢魔の刻というやつかもしれない。
リアルライブ配信のようで、年若い3人の男が、なにやらペラペラと雑談をしながら目的地へと向かって行く様子が映っている。
場所は伏すが、どうやら有名なオカルトスポットらしい、『晩羽田《ばんばた》トンネル』という場所へと突撃するっぽい感じだ。
別に、それは良い。
分別の付かない子供ならともかく、見た感じ全員が成人しているっぽい。それなら自己責任だし、どうなろうが知ったことではない。
たとえ、そのトンネルには本物が居るとしても。
前にポポポ女を連れて様子を見に行った時に確認出来ているから、この者たちのこの後が余裕で想像できた。
……だが、しかし。
なんというか、雰囲気からして迷惑系というやつではなく、なんか仲間内でワイワイやっているだけで、別に再生数とかに拘っている……という雰囲気ではないのが気にかかる。
(う~ん……コメント欄も、なんかオカルト系っていうよりは、人の手が離れた廃墟とかそういうのを見に来ているって感じだなあ……)
まあ、それはそれで、私有地への不法侵入とか、許可無しの無断配信とか、色々とダメな点はあるけど……とりあえずは、だ。
「……ちょっと出て来るから」
まあ、若い頃は誰しもそういう時があるし……これで死ぬのは可哀想と思った彼女は、そう言って椅子から腰を上げた。
「ポポポ……私も行く。
それを見て、なにやら右胸をピクピクとケイレンさせたポポポ女は、そう言ってポーズを中断した。
下手したら自身の頭なみにデカいのではと思わなくはないビッグボインが、筋肉のケイレンだけで、たぷんたぷんと弾む様を前に。
(毎回そうだけど、
心の中で、毎度の事ながら、彼女はそうツッコミを入れずにはいられなかった。