祠を壊されてしまったTS娘「おまえ、あの祠を壊したんか!?」 作:葛城
──仕事の依頼が来た。
ただそれは、彼女が想定していたような仕事とは違って……え、トンネル怪異はどうなったのかって?
そんなの、出入り口を閉鎖して終わり、である。
冷静に考えたら、普段は使っていないトンネルなのだ。いくら犠牲者が出たとしても、そんなのは当人たちの勝手である。
というか、犠牲者以前に、公的な扱いは『失踪』あるいは『行方不明』なだけだ。
凄惨な死体が見つかれば話は別だが、それだとしても、結局は出入り口を塞いでしまえば済む話でしかない。
いちおう言っておくが、彼女が誰からも信用を得ていないわけではない。非常に数少ないが、彼女は本物であると分かっている人もいる。
ただ、全体としてみたら、見た目は未成年にしか見えない、自称霊能力者でしかなく。
わざわざ胡散臭い霊能力者(笑)を呼んで解決する必要などなく、彼女の目論見はこれ以上ないぐらいスパッと外れてしまった……というわけである。
……で、話を戻そう。
場所は、『名無子心霊相談室』。
普段は閑古鳥な有様だが、仕事の依頼が来る時はちゃんと来る。その日、ノックと共に顔を見せたのは、知り合いの不動産屋の、増田(ますだ)さんであった。
増田さんは、50代半ばの男性、おとなしめの風貌。ちょっと、お腹がスーツを押し上げている。
色々あって彼女とはすっかり顔馴染みであり、心霊的な相談や、仕事の依頼をする時には電話だけでなく、直接顔を見せに来る、稀有な人である。
……なんで、稀有なのかって?
そりゃあ、『名無子心霊相談室』には、ポポポ女が居るからだ。
というのも、この筋肉第一主義のポポポ女は、暇を持て余すとす~ぐ悪戯に走ってしまう。この悪戯が、まあ怖い。
既に忘れている者が多いと思うので改めて説明するが、ポポポ女は怪異の一種である。
生きている人間ではなく、ポポポ女が自らの意思で実体化とかしなければ、常人にはその姿を見る事はできない。
つまり、だ。
窓の外(外に足場無し、地上まで10m以上)から顔だけ覗かせていたり、出入り口のガラス扉の向こうより、腰から下だけを見せて通り過ぎたり。
あるいは、声だけをわざと聞かせたり、一瞬だけ視界に映るようにしたり、唐突に筋肉をパンクアップさせて、余計に前へ張り出した乳房でビンタしたり。
とにかく、そんな悪戯を隙あらば行うわけだ。
身長2m40cm強、体重240kg、片手で人の頭を容易く握りつぶせそうな筋肉を搭載した、口癖が『ポポポ……』な女が、だ。
そんなの、怖いに決まっている。問答無用で子供が泣き出す怖さだ。しかも、常人は見えない。
酷い時は、一瞬だけパンクアップさせたビルダーポーズをチラ見せしながら一瞬ごとに実体化して接近してくるというのも行うのだから、いかに第三者視点だと恐ろしいのかが窺い知れるだろう。
……ちなみに、最後の乳ビンタだが、受けた者は例外なく『なんかとても柔らかいけど弾力があって、それでいて良い匂いがした』という感想をこぼしてしまうとか。
で、話を戻そう。
とにかく、そのせいで彼女の実力を分かっている者も、よほどの用が無い限りは怖がってここには来ないのである。
一回、ポポポ女を〆ろやと言われそうなアレだが、コイツはコイツで、仕事の時はキッチリ手伝うしマジで強いので、追い出すに追い出せない……ええい、話がまた逸れたので強引に戻そう。
「……え~っと、つまり?」
「申し訳ない、ちょっと説明を省略しました。もう一度、始めから説明します」
首を傾げる彼女に、仕事の依頼を持って来た男……増田は、額に浮かんだ汗をハンカチで拭いつつ、改めて説明をした。
その中身をまとめると、だ。
まず、増田が『名無子心霊相談室』を尋ねた理由は、とある学校の調査の依頼のため。
学校の名は『雲母《きらら》学校』。
なんか聞き覚えがあるような名前だなと思ったら、増田曰く『けっこう有名な進学校です』との説明で、思い出した。
たしか、有名大学へ何人もの入学者を出しているところだ。
学生時代の事は遠い昔のことなので、彼女もすっかり忘れていた。今でこそ見た目は女の子だが、元は学生時代をとっくに通り過ぎたおっさんだから、忘れていて当然だろう。
不動産者がなんで学校……それは、どうもその学校の理事長と増田とは顔見知りというか、幼馴染の間柄らしく、増田はあくまでも仲介役であるらしい。
それで、どうも、その学校では実は数年前から心霊現象と思わしき異常現象が起こっており、最近になってから幽霊を目撃したという相談、あるいは体験したという者が増えているのだという。
当初は、ただの流行、注目を浴びたい年頃の子供たち特有の見間違い、大げさなだけ……その程度の認識だった。
しかし、それにしてはあまりにも相談件数の増え方が異常であり、気付けばその数は10人20人では収まらない数になっていて。
その中には、教師も含まれていて。
ついには、心霊体験のショックによって登校拒否になってしまった生徒や、『学校は何時まで対応せず放置するんだ!』と怒鳴り込んでくる親御さんたちが現れ始めた。
まあ、さすがにその親御さんたちも、本当に心霊現象が起こってるとは信じていなかったようではあるらしい……当たり前の話だが。
あくまでも、子供が登校拒否に陥るような状況なのに、なんで手を打たずに傍観しているんだという認識だとか……いや、まあ、それはそう。
終いには、このまま対応しなければマスコミ関係に報告されて世間からバッシングを受けかねないのでは……との可能性が出てきた。
なので、理事長含めて教師陣たちは会議を開き、『お祓い』を依頼し、それは無事に行われ……これで、一連の騒動は解決した。
……はず、だったのだが。
「……治まらなかった?」
「はい、残念ながら……」
ガックリと、増田は肩を落とした。
その姿はおそらく、彼だけではない。当事者全員が、同じように肩を落としたのは……想像するまでもないだろう。
「それで、2人目が私?」
「いえ、その後に、依頼したところと一悶着ありまして……その、他にも色々と調べまして、そっちの方にも……」
「うまくいかなかった?」
「……それどころか、逆です」
その質問に、増田は再びガックリと肩を落とした。
「以前は一日に1人目撃する程度だったのに、今では毎日最低でも5人。酷い時は、一度に十数人が目撃したってことも……」
「いや、毎日1件目撃されているのに放置する時点で学校にも落ち度がないか???」
「おっしゃる通りです……ですが、仕方がありません。私は貴女と付き合いがありますから幽霊とかそういうモノがあるというのを信じられていますが、そうでない者は……」
「それは、そう」
増田の言い分に、彼女はそれ以上何も言えなかった。
実際、彼女も今の姿(つまり、古き神と融合)になるまでは、心霊の類は欠片も信じていなかった。
そりゃあ、正月になったら神社にお参りに行くし、お地蔵さんがある場所にゴミがポイ捨てられていたら『罰当たりな……』と顔をしかめたりした。
でもそれは、あくまでも根付いた習慣と常識であり、だからといって、幽霊なんて嘘っぱちだなという認識を変えたことはなかった。
だって、普通は幽霊なんて見えない。
ポポポ女やトンネル怪異なんてのが例外で、一般的な幽霊は、常人では感じられないし触れられないのだ。
理由は、単純に霊的なパワーが無いから。
生きている者でも体力が有る者と無い者、存在感が有る者や無い者に別れるように、幽霊だってそういう違いがあり……だいたいの幽霊はパワーが無く、存在が希薄である。
そう、普通の幽霊は、よほど霊的な感覚が敏感でなければ、その気配すら察知できない。ましてや、目視で認識できる者となれば、さらに数は限られる。
そして、それは幽霊たちにとっても同じこと。
幽霊だって、全ての幽霊がそんなパワーを有しているわけではない。やはり、そんな事ができる幽霊は希少である。
それこそ、よほど変な場所にさえ行かなければ、あるいはよほど不運でなければ一生無縁なままに終わる……それぐらい、数としては少ないのである。
だからまあ、増田の言い分は常識的には正しい。
むしろ、半信半疑とはいえ、お祓いをしようとお金を出して行っただけ、十分にマシなのである。
「──それで、名無子さん。受けてもらえますか? 料金は、なんとかコレで……」
まあ、それはそれとして、だ。
スッと、目の前に差し出された用紙。そこに印字された依頼金額と、その詳細に目を通した彼女は……思わず、顔をしかめた。
「な、なんとかなりませんか? 予算に余裕がなくて、これ以上は……」
そんな彼女の表情を見て色々と察した増田が、両手を擦り合わせてお願いしてきた。
……。
……。
…………彼女が、思わず苦い顔になるのも致し方ない。
何故ならば、一般的な幽霊とは違い、頻繁に姿を見せる幽霊をお祓いする場合、高確率で危険を伴うからだ。
と、いうのも、だ。
先述したが、霊的な素養のない一般人でも認識できる幽霊……そういった類の幽霊は、その時点で普通ではない。
ぶっちゃけてしまえば、そういった幽霊はパワーがあるのだ。そして、パワーがある幽霊は、だいたいが悪霊か怪異かのどちらかなのだ。
だから、雲母学校とやらで目撃例が多発しているのは、それだけ実体化できるパワーを有した……悪霊や怪異の可能性が非常に高いということで。
そんな幽霊をお祓いするとなれば、相応の覚悟をする必要があるわけで……つまり、そんな仕事をする相手に、安く値切るというは、それだけ相手を軽く見積もっているからで。
「う~ん……」
腕を組んで、彼女は考える。
増田の気持ちを想像すると、そりゃあ焦るし困るだろうなあと、素直に思った。
なにせ、既に失敗しているのだ。
藁にもすがる思いでお祓いを頼んだというのに、状況はまったく改善せず……最低でも、これで3回目以降の依頼だ。
増田の性格や性根を知っているので、本当に出せる予算をギリギリまで注ぎ込んで、先ほどの金額なのだろう。
……普通ならば、だ。
ナメるなたわけと激怒して追い返すところだが……しかし、今回の場合は知らない仲でもない。
なんなら、恩がある方の相手というか、色々と融通してくれたというか、骨を折ってくれた相手でもある。
……。
……。
…………まあ、もうちょっと粘ってみるか?
そう結論を出した彼女は、もうちょっと出してくれたら増田からの仕事を受けることに──決めた、その瞬間。
──ひゅん、と。
「あいたっ!?」
ナニカが増田へと飛んできて、それが増田の頭に当たって──その直後、ぼわん、と増田の全身が白煙に包まれた。
「は?」
あまりに突然のことに、彼女は目を瞬かせ──直後、ハッと我に返ると、フロアの片隅に安置してある『祠』へと視線を向け──思わず、頬をひきつらせた。
何故ならば、そこには祠の中に納められている核が感じられなくて……代わりに、今しがた増田の頭に当たって床を転がったそれ──あ、ソレだ。
「──封っ!!」
懐より取り出した封印札を投げつける。
それは狂いなく『祠』の核へと当たり、すばやく包み込み……次の瞬間にはもう、封印札に包まれた核が転がっていた。
……。
……。
…………ちらり、と。
モクモクと、増田の全身を覆い隠していた白煙が晴れてゆき……露わになったそこには。
「……え、なに? 何か飛んできたの?」
見事なまでに成熟した色気を詰め込んだ、『The・美魔女』の姿になった、それはそれは……男が途切れないタイプの熟女が呆けていた。
そう、それは正しく、人知を超えた奇跡。
男だった時の腹に溜め込んでいた脂肪は乳房を形成し、今にもスーツが内側より弾けんばかりに胸元を押し上げていた。
加えて、こう……見た目が30歳前後にまで和歌がっているだけでなく、なんとも雰囲気が色っぽい。
スーツより伸びている手や首筋は白く、目尻の泣きほくろ。香水とはどこか異なる、なんとも胸に残る甘ったるい匂い。
これはもう、言葉では説明できないタイプの色気だ。
青少年の性癖を堪らず狂わせるばかりか、熟女好きを量産してしまう……下手に1人で夜道を歩かせるとヤバい事になる、そういう魔性を感じさせた。
「それで、受けてもらえないかしら?」
「……あ~、ちょい待って」
それは、とても困った様子で両手を合わせてお願いをする、その姿からも……たっぷり、感じさせた。
なんというか、色気たっぷりな美貌なのに、妙な可愛らしさを感じる……己の状態を自覚出来ないから、余計に。
商店街とかで買い物をしたら、オマケとかよくされそう……と、思った彼女は、床を転がっている封印札(in祠の核)を手に取り、睨みつけた。
(おまえ、なにしとんのじゃい! 自分から飛びついてくる祠があるか!! そろそろ本気で封印するぞ!!)
『……仕方ないのだ。アレほどの逸材、男にしておくのが間違いなのだ』
核から伝わる、義憤に燃える念が伝わってくる。まあ、義憤と捉えているのは、この核だけだが。
(だからって、逸材を見付ける度に女にするんじゃない!! それで、どれぐらいで元に戻るの!?)
『……小一時間ぐらい』
(ええい……これでは、受けるしかあるまいじゃないか……)
『……どうして、困っているのだ? これほど滾る存在がこの世にあると思うか?』
(おまえの性癖なんぞ聞いてねえよ!!!)
いくら、術が解けて男に戻り、その時の記憶が残らないにしても……危険な状態にしたことには変わりない。
別に彼女が責任を取る必要はないのだが……不注意だったのは否めないし、恩人ではあるので……泣く泣く、その金額で受けることにしたのであった。
名無子心霊相談室の祠は、自ら動いてTSを生み出す先駆者です