祠を壊されてしまったTS娘「おまえ、あの祠を壊したんか!?」 作:葛城
──雲母学校の理事長は、とても腰の低いお爺さんであった。
傍目にも分かるぐらい、心底困り果てています……といった空気を醸し出していて、事情を知らなければ大丈夫かと思わず声を掛けてしまいそうになる空気を身に纏っていた。
まあ、そうなっても致し方ない。
毎日5人(あるいは、5件?)の心霊目撃情報に加えて、不登校や転校する生徒が出たり、保護者たちからの突き上げだってある。
ただの雇われでも相当なストレスを受けるというのに、理事長なんて立場ならば、受けるストレスは比ではないだろう。
その証拠に、自分よりも20cm以上は小さい、子供にしか見えない彼女(つまり、名無子)に対して、そりゃあもう腰の低い挨拶をしたのだ。
本当に、解決してもらえるならば、相手が誰であろうが、どんな見た目をしていようが、構わない……ということなのだろう。
霊による害を受け、本当にどうにもならなくなって藁にもすがる思いに至った者が取る態度だ。
ここで見た目で判断してナメた態度を取ってくる相手は、その時点でまだ現状を理解していないか、事が済んだら平気な顔で踏み倒しに掛かる。
だから、ひとまず彼女はここで合格点を一つ出した。
増田さんには悪いけど、こっちも商売である。
恩があるとはいえ、そういう事をされてなあなあで済まされたら、それはもう恩の切り売りでしかない。
だから、お互いのためにも、互いが納得したうえで受けるのが大事である……で、だ。
とりあえず……というか、前任者が使っていた『資料室』という名の、実質ちょっとした物置代わりに使われている部屋へと案内された彼女は。
扉と鍵を閉め、部屋の四方に札を張って結界を張り、空間を浄化してから、一つ息を吐くと……傍にて佇んでいるクソデカ筋肉ポポポ女を呼んだ。
「あれ? あそこにあるのはプロテインでは?」
「ポポポ……ゴチになります」
「え、マジであるじゃん、冗談のつもりだったのに???」
スーッと、それまで気配を消して寄り添っていたポポポ女は、何気なく彼女が指差した先……ガラス戸の棚に収納されていたプロテインの袋を見て、グッとポーズを取った。
相変わらず暑苦しいというか、隙あらばボディビルポーズを取るうのはうっとうしいというか、汗臭い感じがするから止めてほしいのだが……まあ、それは横に置いといて。
これには、さすがの彼女も驚いた。
なんでかって、本当にそこにプロテインがあるとは思わなかったからだ。
というか、何気なく指差した先にプロテインが置かれているとか、もはやコントの領域である。
彼女の中にある古き神も、『なにそれ、知らん……』とちょっと驚いていた。神様を驚かせるだなんて、雲母学校恐るべし、だ。
「ポポクンカ、ポポクンカ……この香り、野球部の顧問の人が部員のために置いてあるプロテインのようね」
「いちいち擬音を言葉にして嗅ぐやつ、始めてみた……キショすぎて背筋が震えたぞ……ていうか、臭いでそこまで分かるものなの? 犬みたいな嗅覚を当たり前のように発揮するの止めてもらえる?」
「ポポポ……至高の
「いつも思うけど、あんたと話をしていると妙に疲れてくるのよね……」
ポポポ女は色々な意味でイカれているヤベーやつだが、やはり、ぶっちぎりでイカれているやつである。
けっこう忘れがちだが、このポポポ女も怪異の一種である。つまり、本質的には生者を害する存在である。
それなのに、どうして生者を襲わないのかって、こいつはそんな事よりも『筋肉』が大事だからだ。
──人を襲う暇があるならば、自らを鍛え美しい肉体を誇れ! そこにパワーがある!!
と、前に理由を尋ねた時の返答がコレだったのだから、もう筋金入りである。しかも、なんか鏡の前でポーズをキメながら、だった。
まあ、それ以前に、だ。
冷静に考えて、ガラス戸の向こうにある、チャックで閉じられた分厚いビニール袋の中身を臭いで当てたやつが、やばくないわけがない。
せめてパッケージの文字が見えていたならともかく、置いた向きが逆のためかパッと見ただけでは分からない……いや、本当に、キショ過ぎて背筋が震えるよ、これ。
「ポポポ……おいでなさい、我が筋肉の森へ……」
「せめて手に取って口から食えや!!」
堪らず、彼女は怒鳴りつけてポポポ女のケツを蹴った。まるで、分厚い大木を蹴ったかの感触であった。
ちなみに、なんでそんな事をしたかって、なんかグッと胸を張ってポーズを取るだけで、だ。
ガラス戸の向こうに置かれているプロテイン袋がベコベコと勝手に動き回り……つまり、手も触れず、袋の中のプロテインをこいつは吸収しているのである。
あまりにも気色悪過ぎて、もう言葉にできない。
やっている事はとんでもなく極悪極まりないが、見たままを語るなら、誰かさんのプロテインをつまみ食いしているだけである。
プロテインをつまみ食いする怪異とは?
仮にこの場に霊能力者などの類が居たなら、目の前の現実を受け入れられずしばらく意識を飛ばしていたぐらいの衝撃だっただろう。
……。
……。
…………で、だ。
資料室内に保管してあるプロテインを根こそぎ吸収したポポポ女が、部屋の隅で『ポポポ……さあ、今日も頑張ろうね、大腿二頭筋!』と床に寝転がって筋トレを始めている。
彼女のような特別な力を持っていなければ、その姿を目撃数ことはない……が、仮に見えたとして、どうするべきか。
学校に忍び込んでいる巨女が、なんか人知れず筋トレをしている……それも、『ポポポ……まだよ、もっと行けますとも!』一心不乱に。
はたして、怖がれば良いのか、怒れば良いのか、困惑すれば良いのか……まあ、気にするだけ無駄だ……で、そんなクソボケ筋肉レディをを尻目に、だ。
彼女は、『名無子心霊相談室』の業務として、事前に用意してもらっている、一連の情報資料を改めて確認していた。
ソレは、この雲母学校で起こっている心霊現象に関することがまとめられている。
学校側がまとめた……というのではない。
彼女が来るまでに、事前にこの学校の心霊現象に対応した……これまでの依頼を請け負った前任が残した資料である。
正直、そんなモノが残っていることに驚いた。
普通、そういう資料は個人情報の塊でもあるので、依頼主に引き渡すか、承諾を得てこちらで保管しておくか、あるいは処分しておくか……この三つ。
とはいえ、こちらで保管する事はまずない。
学校など未成年が大なり小なり関わっている案件は、面倒臭い保護者なり何なりが湧いてくるので、よほどの理由がない限りは依頼主に全て渡して判断に任せる。
けれども、依頼主がそれを保管しておくかと言えば、あまりそういう事はしない。
やはり、一般人からしたら気味の悪い資料になってしまうし、経緯を知らない第三者からしたら、『こんな頭のおかしい調査を!?』という評価を下すのがほとんどだから。
今回はまだ事件が解決していない&処分して良いものか判断に困る……という理由から、たまたま残されていたっぽいが……それでも、けっこう珍しい事であった。
……で、だ。
ぺらり、ぺらり、ぺらり……前任者が残した資料を確認していた彼女は、ふ~む、と首を傾げた。
(事の始まりが分からないな……発生時期も、気付いていないだけでもっと前の可能性があるし……)
理由は、今回の心霊現象の根本的な原因部分までは記されていなかったからだ。
内容的には、心霊現象を体験した(実際に心霊現象かは不明)者からの聞き取り内容が個別に書かれていて。
それがどこで、いつ、どういうタイミングで起こり、性別や学年を含めて客観的に記され。
そのうえで、役所や近隣に住む年寄りの家を訪ね(地鎮祭を行うための調査というも名目で)、今では忘れられている事件なども調べただけでなく。
この学校を含め、この近辺でもっとも霊的な地場が悪い場所までもを調べ上げて……それら全てが記されていた。
(私の見る目が悪かった、ごめんなさい……でも、ここまで調べても?)
これだけで、前任者はちゃんと霊能力を持っていて、どれほど真剣に、ちゃんと仕事に取り組んでいたのが分かる。
だが、分かるからこそ、前任者がお手上げした理由も察せられる。
医療に例えるなら、血液検査をして、CTスキャンやMRIを撮影して、心電図や超音波検査も行い、胃カメラや大腸検査までもを行って……それでもまだ、一切の原因不明という状態なのだ。
しかも、この場合はそれに加えて、普段の食生活の調査に、自宅のハウスダストなどの調査、親族の病気の有無を確認して遺伝性の疑いがあるか……というレベルまで調べ上げた状態だ。
正直、ここまで調べてもなお何も見つからなかったなら、彼女とて『もう分からん、む~り~』とお手上げしているところである。
だが、『む~り~』は出来ない。だって、まだ何もしていないから。
無理だと判断するにしても、せめて、別方面から調査しましたけど、それでも原因が分からないからお手上げです~ってポーズが取れる程度には、なにかしなくては示しがつかない。
……。
……。
…………う~ん。
(とりあえず、現場を直接見てみるか……なにか、変化が起こっているかもしれないし)
しばし考えていた彼女だが、考えた程度で答えがすぐに出るなら、前任者が既に解決している。
一つため息をこぼした彼女は、さて……と椅子から降りて……ふと、いつの間にか筋トレを止めて静かになっているポポポ女に、彼女は視線を向けた。
「どうしたの?」
彼女が不思議に思うのも、致し方ない。
普段のポポポ女ならば、自身の筋肉を追い込みきるまで中断しないし、邪魔すると本当にしつこくネチネチ嫌がらせしてくるから、彼女も極力トレーニング時は声を掛けないようにしている。
そんな筋肉に憑りつかれたポポポ女が、トレーニングを中断して……呆然とした様子で、いつの間にか開いているガラス窓から校庭を眺めているのだ。
彼女でなくとも、いったい何があったのかと声を掛けるのは、当然の反応だろう。
「ポポポ……祠が……」
「祠? 祠って……っ!?」
そこで、彼女は……テーブルのうえに無造作に置いてあった鞄の口が空いていることに、ようやく気付いた。
──あのクソボケ性転換祠っ、何時の間に潜り込んだんだ!?
これには、さすがの彼女もビックリである──だが、今は驚いているだけではいられない。
何故ならば、あの『祠』は、男に対しては女に性転換させて悦に浸るだけの被害しかもたらさないが、女に対してはとんでもない被害をもたらす邪悪な祠である。
万が一、女子生徒たちが気付かず触れようものなら、おぞましい地獄絵図を生み出してしまう。
もちろん、そうさせないよう事前に彼女の方か、もしも禁を犯したら消滅させてくれと1万回懇願《こんがん》するような苦しみの中で半永久的に封印すると厳重(意味深)に注意している。
加えて、封印札で影響を抑え……いや、滾った状態の『祠』の前では、あの程度の封印ではいずれ破られ……でも、万が一にもそんな事は……っと。
ひゅ~、と。
開けた窓の向こうより、『祠』が飛んできた。
まあ、『祠』というよりは、その中の『核』だが……とにかく、それは何事も無かったかのようにコロコロとテーブルを転がり……スポッと、カバンの中に入ったのであった。
……。
……。
…………???
「おい、何をしていたんだ?」
とりあえず、勝手に封印を破いて動いた事は後回しにして、理由を尋ねる。
『なにやら不穏な気配を放っているモノがおったのでな──我が成敗してやった』
すると、返答がそんなものであった。
「いや、どういうこっちゃ? 悪霊でも居たのか?」
もちろん、説明が足りなさ過ぎるので、詳細を尋ねる。
『うむ。女が死ぬには構わぬが、アレは男も殺す。男が減るのは絶対に許されぬ……ゆえに、我がお仕置きをした』
「そ、そうか……」
『うむ。今頃、あやつは苦しみのたうちまわっているだろう……まあ、自業自得というやつだ』
「そうかな……そうかな?」
それでもまだ、説明が足りなかったが……『祠』の性癖に関わる部分だと察した彼女は、そこで話を打ち切ると。
(……まあいいか、やる事はやろう)
思考を切り替え、『祠』に再び封印処置を行い、調査を開始するのであった。