Soleil シリウスとレギュラスのお兄ちゃんが頑張る話 作:がらくた屋
ーー次はグリモールド・プレイス12番地で会おう。
それは生粋のロンドンっ子達にとっては『絶対に存在しない場所』を指す、ある種お決まりとも言えるジョークであった。
インナーロンドン北西部。グリムオールド通りにずらりと面する荘厳な佇まいのテラスドハウスの一画は『グリモールド・プレイス』と名付けられている。
キングズクロス駅から徒歩20分圏内。同じような外観の邸宅が並ぶこの居住区はちょっとした有名所となっていた。それは単に、シンプルな外観装飾にシンメトリーなジョージアン様式の住宅街が美しいからというだけではない。
ロンドンの地図にはこのグリモールド・プレイスは1番地から13番地まで記載されているが、何故かぽっかりと「12番地」だけが未登録扱いのまま抜けているからだ。
きっと“お役所しごと”の怠慢だ。早く訂正すりゃいいのに。連中はいつだって肝心な仕事をしないものさ。その癖ずっと意味もなく道路を掘り返すときたもんだ。
誰もがそう一度は酒の席で皮肉交じりに揶揄い、依然として訂正される気配のない奇妙な番地の謎について一度は好き勝手な憶測を述べる。しかしそれは忙しい日常を送るうちに、いつしか忘れ去られていく話題でもあった。
秋も半ばのこの日は、前日まで続いていた霧のような雨が上がって珍しく雲の隙間から太陽が覗いている。長袖だとすこし汗ばむような温かい気候だった。
散歩に出るにはうってつけの陽気な日差しを歓迎する素振りも無く、どこか恨めしそうな目をした幼い少年は一階の窓から通りを見つめている。
毛先に少し癖のある黒髪は陽光に照らされて、上質な黒真珠のような艶がかかっていた。まだ丸みが残る輪郭線に、幼子特有のわずかに赤らんだ頬は言葉なき不満を訴える様にぷっくりと膨らんでいた。
表通りを行きかう人々は、窓ガラス越しの少年には気付く素振りすらない。皆一様ににぎやかなお喋りに興じながら、あるいは忙しく夕飯の準備を済ませるためにどこかへと消えていく。
杖をつきながら目の前をゆっくりと横切って行く背の曲がった老婆を見つめながら、少年は何度目かのため息を吐いた。
窓辺から少年が外を眺めているこの住居の右隣は「11番地」であり、左隣は「13番地」である。
「ねえ父様。ぼく、窓開けたいな」
幻の「グリモールド・プレイス12番地」から眺める少年の退屈そうな視線とうんざりしたような声に、通りを行きかうマグル達は誰も気づく気配が無かった。