Soleil シリウスとレギュラスのお兄ちゃんが頑張る話 作:がらくた屋
「俺の人生初ホグズミードがよりによってお前とだなんて」
「私も叶うならば、四年初のホグズミードの相手はお前以外が望ましかったな」
案の定コイオスは一週間たってもなかなか熱が下がらなかった。折角だしナルシッサとドロメダを誘おう、と思ったが二人は姉妹仲良くマダムなんとかって最近出来たカフェに行くらしい。
なので上級生が皆出払った人気の少ない談話室で、俺はあのルシウス・澄まし面・マルフォイを睨んでため息を吐いている。
別に同級生の誰かを適当に誘ってもいい。誘っても良いんだが、そうなったら俺はずっと外面のままで過ごさなきゃいけない。初めてのホグズミードくらいは羽を伸ばして楽しみたかった。となると、あと誘えるのはルシウスしかいない。
今更コイツに対して気を遣うことなんてなにも無いので大げさに嘆いているとルシウスも眉一つ動かすことなく言い返してきた。
「どこか目的地はあるのか。お前と宛ての無い散歩を楽しめるほど暇じゃないぞ」
「うるせぇな。とりあえずハニーデュークス行こうぜ。弟達に菓子買わないと」
何か一言俺を煽らないと気が済まないらしいルシウスの言葉を聞き流しつつ、俺は他の店に比べて一段と込み合っている店のガラス戸を開けた。途端に甘ったるい匂いが飛び込んでくる。目がちかちかするほど色とりどりの菓子がずらりと並ぶ店内は、満足に身動きできないほどの生徒達でぎゅうぎゅう詰めになっていた。
ルシウスは顔をひきつらせて一緒に入店することを拒否したので仕方なく俺一人で果敢に乗り込む。正直あまりの人混みでゆっくりと商品を吟味することもできない。というか、商品に満足に手を伸ばせない。
舌が溶けるほど強い酸をもたらすペロペロ酸飴だったり、ゴキブリごそごそ豆板だとか母上が悲鳴を上げそうなものは避けてどうにか安全で美味しそうな菓子を見つけ出すと“呼びよせ呪文”で掴んで会計する。
人混みに揉まれまくったせいで髪の毛がボサボサになり、ローブまで皺だらけにしながら戻ってきた俺を見たルシウスは一言「勇敢だったな」とだけ言ってきた。
「何を買ったんだ?」
「“七変化キャンディ”。舐める度に味が変わるんだってよ。あいつら同じものあげないとすぐ喧嘩するから」
フルーツの絵が描かれた青色の缶を二つ取り出して軽く振って見せるとカランコロンと軽快な音が聞こえて来た。ルシウスがちらりと俺の手元にあるもう二つの赤い包み紙を見つめてきたが、それ以上何も言うことは無かった。
そのまま郵便局へと寄らせてもらい、弟達にホグズミードの絵ハガキ付きで飴を荷物にしてフクロウを飛ばす。ついでにルシウスの目を盗んで地味なモリフクロウにもこっそりと赤い包み紙を持たせた。
ホグワーツの方角へと飛び去って行ったモリフクロウを見送っていると頭の中にあの赤毛のうるさい双子の笑い声が弾ける。……いや、だって、俺がホグズミード行ったってバレたら絶対あいつらお土産寄越せって煩いんだろうし。だったら最初からさっさと渡しておく方がいいって思っただけだ、うん。
「他に行きたい所は?」
「悪戯専門店は別にどうでもいいしな……あ、バタービールだけ飲むか。コイオスに買って行ってやりたいし」
「……ふん。ならばこっちだ」
良い店がある、といってルシウスはさっさと歩き出した。そっちは『三本の箒』とは反対方向だ。どこに向かうつもりなのかと追いかけると表通りからは一本外れた路地へと入っていく。
くねくねと入り組んだ細い道を抜けた先には随分と小洒落た外見の店が人目を避けるようにひっそりと佇んでいた。鮮やかな深緑色の外壁に、銀の装飾で彩られた看板の対比が美しい。ヒュウ、と軽く口笛を吹く。こんな悪くない外観の店、さびれた裏通りにあっても噂になりそうなもんだが周囲に俺達以外の人影はない。看板を見上げると看板の枠に彫られていた蛇達が俺の視線に気付いてスルスルと動き出して一つの単語を作った。
“サラザール”。
「三本の箒は煩いしホッグズ・ヘッドは汚いからな。利用するならここが一番良い。スリザリン出身者以外には侵入者避けの呪文がかかっている」
「俺達専門のパブって訳か。なるほど」
ドアベルを鳴らしながら入店すると樫で作られたカウンターの中、グラスを丹念に磨いていた初老の男性が顔を上げた。戸口に立っていた俺達を見て顔を綻ばせ、いそいそとカウンターを回って出迎えて来る。
「ルシウス様。お久しぶりでございます。お連れ様はもしや……ブラック家のご子息ですか?」
「ええ、リゲル・アトラス・ブラックと申します。初めまして、マスター」
「おお、やはり。一目で分かりました。あなた様はオリオン様によく似ていらっしゃる。オリオン様にも学生時代、私どもの店を贔屓にして頂いたものです」
目尻に皺を浮かべながら懐かしそうに微笑む店主に向かって軽く礼をする。オーク材の木目が美しい調度品が並ぶ店内にぽつぽつと見える学生達はやはりというか、俺がよく知っている名家の奴しか見当たらない。
「いつもの席を頼めるか?」
「承知いたしました。こちらでございます」
店主に案内されながら二階の個室へと通される。一目で高級品と分かる磨き上げられたテーブルに着席するとシルクのクロスが浮かび上がり、優雅な仕草でテーブルに覆いかぶさった。食器棚から飛んできたグラスとカトラリーが俺とルシウスの前に着地し、スパークリングウォーターのボトルが勝手に俺達のグラスへと中身を注ぎ始める。
「そういやこの店は純血の奴しか見掛けないけど、半純血も出入り禁止なのか?」
「いや。スリザリン生ならば入店資格がある。ただし紹介制だ。リゲル、夕食はどうする」
「いま17時か……ちょっと早いけど食って帰ろうぜ。お前と同じメニューでいい」
ルシウスが誘うってことはこの店かなり美味いんだろう。コイツの舌は滅茶苦茶うるさいからな。再び戻って来た店主に注文を伝えると十分ほどでオードブルが運ばれて来た。フォアグラと色鮮やかな野菜で飾られたテリーヌを一口サイズにカットしてから頬張ると、想像していた以上に繊細な味わいがして目を見張る。
「へえ、美味いな」
「だろう?」
俺が飲みたいと言っていたバタービールも大衆向けの大振りなジョッキでは無くすらりとした流線形のビアグラスで運ばれて来た。口に含むと品の良い甘みと爽やかな後味が広がる。絶対これも超高級品なんだろう。コイオスも甘いものが好きだし大喜びしそうだ。
俺がグラスを掲げながら感嘆の声を上げると向かいに座るルシウスも少しだけ頬を緩めた。
そのまま二人でしばらくぽつぽつと世間話や授業について話しながらスープと白身魚の料理を楽しんだ。口直しに木苺のソルベまで出て来たのでどうやら中々に本格的なフルコースらしい。
「なあ、わざわざお前が飯に誘ったって事は俺に何か話があるんだろう? そろそろディナーデートの目的を教えろよ」
メインディッシュのステーキを音を立てずに小さく切り分けて口へと運びながら本題を促す。バタービールのグラスをあおったルシウスは無言でグラスを置き、ちらりと扉へ視線を送った。
「……“あの”マグル初の魔法大臣、ノビー・リーチはそろそろ辞職することになる」
ルシウスが素っ気なく言い放った一言に、二切れ目のステーキを口に運ぼうとした手が止まった。
「まさか。俺達からの支持はともかく、少なくとも来期も続投出来るくらいにはマグル生まれからの人気があったろ」
「健康上の都合というやつだ。近いうちに新聞の一面になるだろう」
「…………なるほど、盛ったな? アブラクサス様か」
涼しい顔でグラスを空にする姿に何となく想像がついた。アブラクサス様は確か魔法薬学の権威でもいらっしゃるはずだ。それに魔法省の何とかって部署の高官も勤めていた。魔法大臣と接触するくらい朝飯前なんだろう。
俺の家は基本的に金銭の支援はするが政治に対してはほぼ不干渉だ。というか膨大な土地の管理や運営で忙しい父上に政治まで背負わせたら過労死する。一方のマルフォイ家は政治にも積極的でたしかホグワーツの理事も兼任していたはずだ。
「証拠はない。私にも事の真相は分からんからお前に話したところでただの憶測だ。だが父上は、純血思想の根絶とマグルとの融和を掲げる大臣を酷く嫌っていたのは事実だ」
二口目のステーキをようやく頬張り、ゆっくりと噛み締めてから水で流し込む。行儀悪くテーブルへと頬杖をつくと窓の外を睨みつけた。
「当分マグル生まれは出ないな。あれは飛びぬけて人気があったから議会も渋々承認したって聞いたぞ」
「次の大臣にはユージニア・ジェンキンスを推薦するという噂だ」
「聞いたことねえ家だな。純血か?」
「あぁ。脳の無い木偶のぼうで田舎出身だが、純血とされている出自ではあるらしい」
「無難な人選ってトコだな。実に魔法省らしい」
メインディッシュのあとは小さなケーキのデザート。そして食後の紅茶と共に小さな焼き菓子が運ばれて来た。ざくざくとした触感のクッキーを頬張り香り豊かな紅茶を啜る。料理も雰囲気も文句なしの一級品だった。やっぱこいつが認める店に外れは無い。
ついでにこのディナーコースは一人当たり15ガリオン9シックル。流石に値段も一級品だ。紹介制という意味が分かった。この店はマジで誘う奴を選ばないと友情に支障が出る。
「なかなか良い店だったな。次はシシー達も呼ぼうぜ」
「そうしよう」
バタービールのロングボトルを一本テイクアウトして、丁寧に頭を下げる店主に見送られながら店を出たのは20時前だ。ホグワーツ行きの最終列車には余裕で間に合うとはいえ流石にこの時間までホグズミードに残っている生徒は俺達だけらしい。昼間と違って誰も居ない大通りを並んで足早に歩いていると不意にルシウスが名を呼んだ。
「なんだ?」
「……ヴォルデモート卿について、お前はどう考える」
多分これが一番聞きたかったことなんだろう。風の音でほとんどかき消されそうになりながら聞こえて来た名に俺も眉をしかめて足元の石畳を見つめた。
ヴォルデモート卿。純血を尊び反マグルを掲げる魔法使い。”ワルプルギスの騎士”という団体の統率者。その名を大人達からちらほら聞くようになったのは俺の入学とほぼ同じタイミングからだった。彼についてはイギリス出身という事以上の素性はほとんど分からないらしい。
直接会ったという奴は、ヴォルデモート卿のことを完全な純血主義者で、素晴らしいカリスマがあると絶賛していた。
「純血主義は珍しくもなんともない。問題は彼を支持することが俺達の家にとってプラスになるかだな。俺達とたしかに主義主張は一致しているが……あまりに非人道的な行為に走るなら俺達の立場も危うくなるだろ。父上とまだ話はしていないがブラック家が彼を支持するかはしばらく様子見だろうな」
「さっきも言った通り、次期魔法大臣は役立たずだ。恐らくあと数年のうちにヴォルデモートの勢力は拡大することになる。お前の家も、確実に選択を迫られるぞ」
ルシウスの声に、「だろうな」と頷く。ブラック家もマルフォイ家も、ヴォルデモート卿がイギリスに勢力を拡大していく上で、喉から手が出るほど欲しい後ろ盾だろう。
多分、俺にとっての呑気な学生生活はこの一年だけで終わる。月光を浴びて輝くプラチナブロンドを追いながら、俺はふとそんな不吉な直感を覚えた。