Soleil シリウスとレギュラスのお兄ちゃんが頑張る話   作:がらくた屋

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第二話 旅立ち

 

「レジー、おいレジー。良い子だから泣くなよ。そんなに泣いたらお前のでっかいお目目が溶けちゃうぞ」

 

9と四分の三番線のプラットフォーム。見送りの家族でごった返し、満足に身動きをとることすら難しい人混みの中、俺は腕へとしがみついて離れないまま黙って涙をこぼし続けるレギュラスをなんとかなだめようと努力していた。

今日は9月1日。俺もとうとうホグワーツ魔法魔術学校へと入学する日がやって来た。

背後には元気よく白い蒸気を上げる紅色のホグワーツ特急。あと10分で発車時刻。そろそろ他の生徒達は大方乗車し終え、窓から身を乗り出して家族に挨拶をしている姿が目立つ。俺も早く乗らないと本当に置いて行かれそうだ。

弟達の後ろに控えている両親からもそろそろ早く乗れ、という無言の圧を感じる。おそらくシリウスも同じ気持ちなのだろう。心なしかこいつも顔色が悪い。何とか俺からレギュラスを引き離そうと声を掛けている。

 

「レジー、ほら、そろそろ時間だしバイバイしよう」

「やだあ……! ぼくも兄様と一緒にホグワーツ行く……」

 

レギュラスはその日の朝、おはようと言った俺の顔を見た瞬間からしくしく泣き出していた。いや、今朝からではない。何なら昨日からこいつはべそをかき始めていた。

話は昨日の夕方までさかのぼる。ちょうど明日の入学準備が終わったので弟達とお茶をしようと俺はシリウスの部屋を開けた。扉を開けた瞬間、レギュラスが俺の腰に抱き着いてきたのだ。

しがみついてわんわんと泣き声を上げるレギュラスの後ろにいたのは、途方に暮れた顔をしたシリウスだった。

 

『兄様! 兄様!!』

『んー? どうしたレジー。またシリウスが余計な事したか?』

『言っとくけどこれは俺のせいじゃねえからな!』

 

憤慨するシリウスを無視してしゃがみ込むと、レギュラスは涙でぐしょぐしょに濡れた顔を俺の肩に押し付けて来た。

 

『あのね、あのね、兄さんがね』

『おいシリウスこっち来い。話がある』

『だから俺何もしてねえって!』

 

幼い頃の舌足らずが無くなったレギュラスは俺の事は「兄様」と呼び、シリウスの事は「兄さん」と呼び分かるようになっていた。ほぼ7歳差の俺とは違ってシリウスの方が年が近い分、レギュラスにとっては一番の遊び相手になっている。

普段の仲は良いんだけどいつも一緒に行動しているからか、こいつらは割と些細な理由で喧嘩をすることもあった。そして決まってシリウスがレギュラスを泣かせているのだ。

しかし俺の言葉に「違うの」と弱弱しく首を振ったレギュラスは再度しゃくり上げながら服を握りしめて来た。

 

『さっき兄さんがね、兄様は明日からいないよって言ったの……』

 

え? 俺のこと?

 

『おお……うん、まあそうだな。俺は明日からホグワーツだし……レジーも知ってるだろ。お前も一緒にダイアゴン横丁行って買い物したじゃないか』

『やだ、兄様! 行っちゃヤダです!!』

『ええ、でもなあ……』

 

入学許可証を受け取ったのは今年の春だ。俺がホグワーツに行くって話をしてもシリウスと一緒にケロッとしていたし、てっきりレギュラスは俺が居なくても平気なんだとばかり思っていた。

どうやらたった今シリウスに言われてようやく明日から俺がいないことを理解したらしい。まあ、こいつ一週間前に5歳になったばかりだもんなぁ。そりゃよく分からないか。

 

あまりにも可愛かったので昨日は抱きしめてあやしながら一緒に寝てあげた。まさか今朝目が覚めた瞬間にも泣かれて、こうして駅のホームでもぐずられるとは思っていなかったが。

一晩中泣き通しの瞼は真っ赤に腫れあがって可哀そうなことになっている。大きな灰色の瞳からはらはらと零れる涙を服の袖で拭いてやると、レギュラスは鼻を啜りながら俺の腰にしがみついてしゃくり上げる。

 

「よしよし、良い子だからもう泣くな。ほーら」

 

両手でその真っすぐな髪の毛をぐしゃぐしゃと撫で回していたら毛先があちこち跳ねてぼさぼさになった。普段ならそろそろ鈴が転がるような声で笑い出す頃合いだけど今日ばかりは効果が無いらしい。

 

「なあレジー。昨日も言ったろ? クリスマスには絶対帰ってくるからさ。今年はドロメダ達も呼んでクリスマスパーティしようぜ。それに12月なんてあっと言う間だぞ? ちっちゃなレジーがあと100回寝たらクリスマスだ」

 

頭上で母上の咳払いが聞こえた。そろそろ口調を改めないとお叱りが飛んでくるかもしれない。最近シリウスも俺を真似て乱暴な言葉遣いをするようになってきたから、母上は俺の振舞いについて余計に口うるさくなってきている。

怒るならすぐに人の真似をするあいつを怒ってほしいもんだ。それに俺は人前ではちゃんとしているというのに。

レギュラスは俺の精一杯の慰めにも腕に顔を埋めたまま黙って首を横に振るだけだ。どうしよう。このままだと本気でしがみ付いたままホグワーツに同行し兼ねない。こうなってしまってはお兄ちゃんとしてはお手上げである。

でもこんなに泣いてる可愛い奴を置いていくのもだんだん可哀想になってきたな。……あ、いいこと思いついた。

 

「よし分かった。レジー、俺のペットってことにして一緒に来いよ。ほらトランク入れ」

「行きます! 入ります!」

「バカ言うな!」

 

レギュラスは可愛いし子猫だって言い張ればいけるかもしれない。こいつまだまだチビだからトランクにも入れるだろ。

俺の提案に本気の声色でレギュラスが即答したので慌てたシリウスが俺から力づくで引き剥がしやがった。勝ち誇った顔でレギュラスの肩を抱く弟を恨みがましそうに睨みつけると鼻で笑われる。こいつはあと五年は家で一緒にいられるからって。畜生。

 

「ほらレジー。あに……アー…兄さんに挨拶しような」

 

母上の前だからってよく咄嗟に“兄貴”呼びしそうになったのを誤魔化せたな。偉いなお前。

シリウスの声でようやくレギュラスは顔を上げてくれた。まるで今生の別れを告げるように悲痛な声を絞り出す。

 

「に˝、兄さまぁ……あのね、僕の事忘れないでねぇ……」

「忘れる訳無いだろ」

 

たとえ涙と鼻水の大洪水が起きていても、レギュラスは今日も絶好調に可愛い。

 

「って訳でレジーは俺に任せて兄さんはさっさとホグワーツに行ってくれ」

 

シリウスは今日も絶好調にクソガキ。お前文句なしに可愛かったのが5歳までってどういうことだよ。

餞別にその頭をはたいてやろうとしたがひょいっと身を屈めてよけられた。日に日にこいつは生意気っぷりが加速してる気がする。

 

「おいシリウス。お前も嘘泣きで良いから泣けよ。大好きなお兄さまの旅立ちを少しは悲しんで見せろ」

「別に何も悲しくないのに泣けない。兄さんもクリスマスに帰ってくるんだし。レギュラスも泣くなって、俺がいるだろ」

 

優しい笑顔を浮かべながらレギュラスの涙を指で拭うシリウス。まことに残念なことだが末の弟は俺と同じくらいシリウスのことも大好きで懐いてる。こいつは常日頃、つまらない悪戯をしてレギュラスを散々泣かせているというのに!

優しい言葉で涙を引っ込めたレギュラスはシリウスと俺の顔を交互に見詰め、相変わらずその目に涙を浮かべてはいるもののやっと小さく微笑んでくれた。

 

「……兄様、お手紙ほしいです。絶対書いてくださいね?」

「もちろんレジーが望むならいくらでも。毎日だって書いてやる」

「いや毎日は要らないだろ」

「お優しい兄さまはお前にも毎日愛の手紙を送りつけてやるからなシリウス」

 

こいつ宛ての手紙だけは無限に増幅する呪文とか掛けてやる。もしくはキンキン声でうるさく歌う呪文とか。そんなものあるのか知らないけれど。似たような呪いがあったら絶対に掛けて送りつけてやる。

てっきり本気で嫌そうに吐き捨てられるかうんざりした顔をされるとばかり思っていたのだが、シリウスは俺の言葉に一瞬だけ目を丸くして黙り込んだ。

そして。

 

「うるせえ」

 

とやけに小さな声で呟いて顔を伏せた。想像とは180度違う反応に俺の思考も一瞬止まってしまう。

おお、いやその、なんだ。そのいつになくしおらしい顔は。調子狂うだろ。

もしかしてこいつもやっぱり多少なりとも寂しいと思ってくれているのか。そう思うと先ほどまでの憎たらしさが薄れ、むずむずするような多幸感がこみ上げて来た。

 

「なんだよー、お前も俺の事大好きじゃん! シリウス、レギュラス、絶対手紙書いてやるからな、お前らも気が向いたら返事くれよ!」

 

愛しているぜ我が弟たちよ! 右腕にレギュラス、左腕にシリウスを抱きしめてぎゅーっと力を籠める。

シリウスは苦しい、離せと喚いていたが本気で嫌がっている素振りは無い。レギュラスはキャッキャと笑い声を上げながら、俺の首に両腕を回して頬ずりしてくれた。

 

出発の合図である汽笛が鳴り響いたので慌てて弟達を離し、両親とも別れのハグを済ませてから汽車へと飛び乗る。

扉が閉まったとたんにガラス窓越しにシリウスの顔が歪むのが見えた。先ほどまであんなにしかめっ面をしていた眉の下で、薄らと目尻に涙をためている。

俺は荷物を戸口に一旦放り出して進行方向とは逆に走った。

重たげな足取りで、しかし緩やかに速度を上げながら窓越しのプラットフォームが流れていく。全速力で通路を走り抜け、幸運にも空いていたコンパートメントに飛び込んだ。窓を力任せに押し開けると大きく上半身を乗り出す。

 

「兄ちゃーん!」

「兄さまぁ!!」

 

唸り声をあげる風の中で泣きぬれた弟たちの声がかすかに聞こえて来た。

あーあ、レギュラスのやつ。やっと泣き止んだのにもう顔がぐちゃぐちゃじゃん。そんな顔で走るなよ、転ぶぞ。ああほら、言わんこっちゃない。

シリウスもあんなに号泣してるのを見るのはいつ振りだろう。赤ん坊のころはあんなによく泣くやつだったのにいつの間にか生意気にも泣かなくなって。でも今は追いつけるはずもない列車を追いかけて、顔を真っ赤にして泣いている。

最近はすっかり悪ぶって俺の事を“兄貴”なんて呼ぶようになっていたのに。兄ちゃんなんて最後に呼ばれたのはどれくらい前だっただろう。

別にこれが最後でもなんでもない。あと三か月もしたら会えるのに。それでも泣きながら健気に手を伸ばす弟達がどんどんと小さくなる光景に、鼻の奥がつんと痛くなった。

 

「またなお前らー!! 元気でな!」

 

声がかすれるほどの大声を張り上げて両腕を大きく振る。豆粒ほどになってしまったあいつらに少しでも長く俺の姿が見えるように。地平線の向こうに弟達の姿が消えてしまっても、それでもまだ未練がましく俺は何度も何度も手を振った。

 

 




登場人物紹介


リゲル・アトラス・ブラック 1954年10月6日生まれ
ブラック家の長男。黒髪に暗い青色の瞳。歴史あるわが家の事が大好きでその当主である父親のことを心から尊敬している。年相応に悪戯も嫌いじゃないけれど弟達の手前格好つけて大人ぶることの方が多い。小さな弟達が可愛くて仕方ない。好きなものは両親と弟達。それに従姉妹と幼馴染。

シリウス・ブラック 1959年11月3日生まれ
ブラック家の次男。悪戯好きの腕白小僧。いつも悪戯をして大体母親に雷を落とされている。レギュラスを泣かせたら兄にがみがみ説教されるのが若干不満。
好きなものはチキンとアルファードとレギュラス、そして(本人は頑なに認めたがらないが)兄。早すぎる反抗期を迎え、絶賛兄貴に反発中。しかし油断すると時々「兄ちゃん」と呼んでしまう事を本人は決して認めない。

レギュラス・アークタルス・ブラック 1961年8月23日生まれ
ブラック家の三男。おっとりしていて甘えん坊。年の離れた長男のことを心から慕っているしシリウスとは仲良し。一度リゲルとシリウスが「どっちがよりレギュラスに好かれているか」で口論していた時は本気で困っていた。本人いわく「どっちが好きかなんて選べない」。
好きなものは兄達と両親。それからクリーチャー。
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