Soleil シリウスとレギュラスのお兄ちゃんが頑張る話   作:がらくた屋

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閲覧ありがとうございます。Pixivの方とは間違い探し程度に加筆・修正してます。お兄ちゃん入学編。懐かしい人と出会います。


第三話 再会

第三話 再会

 

誰も居ないコンパートメントは実に快適で、俺は数時間の間悠々自適なホグワーツ特急を楽しんだ。通路を通り過ぎていく生徒と何度か目が合ったがどいつもこいつもちらりと視線だけを寄越して乗り込んでくる奴はいない。

 

ナルシッサも今年入学だし、きっと三姉妹でコンパートメントを占領しているだろう従姉妹達を探しても良かったんだがどうせ俺もスリザリンだ。向こうの寮でいつでも会えるだろ。

 

日が落ちて、霧が深くなってきた頃になってようやくホグワーツ特急はホグズミード駅へと停車した。ゲージの中に閉じ込められたフクロウや猫の不満げな鳴き声、興奮しきった生徒達のざわめきの中へと俺も荷物と一緒に放り出される。

 

流石にここからは単独行動という訳にはいかないので汽車から降りて一塊になっている一年生の中へと素直に合流することにした。

 

「イッチ年生はこっちだ!」

 

生徒達でごった返す人混みの中、ランタンを振って一年生達を誘導する髭もじゃの男はやけに身体がデカい。いや、冗談抜きでデカいな?! 3メートルくらいはありそうだ。

 

……まさかコイツには巨人の血でも入っているのか? 本物の半巨人か? 

 

思わず眉間に皺が寄る。頭からつま先まで、その大男をジロジロと眺め回してしまった。

 

「おいそこの坊主。お前さんもはやく乗れ」

 

案の定俺の視線に気付いたらしい汚い格好をした大男は、ジロリと俺を見下ろすと川べりに停止している小舟を顎でしゃくった。どうやら一年生は他の学年とは違って小舟に乗り込むらしい。

 

実にご丁寧な案内に無言で肩を竦めてから船の方へと歩を進める。さっさと一人で乗り込もうとした矢先。小柄な新入生の群れの中で、一際心細そうにしている生徒が偶然視界に入った。

 

柔らかそうな茶色い髪をした新入生は無言のまま周囲を何度も見渡しては、胸元を神経質そうに握りしめている。その細い肩を縮こまらせている背中がやけに目に付いた。

俺よりも幾分か幼く頼りなさげに見える横顔が、小さなレギュラスに被って見えてしまった。近づいていくとそいつは誰かと話している途中なのか、気弱そうなか細い声がぶつぶつと聞こえて来る。

 

「……だって、きみと違って僕は初めてなんだよ。そりゃ緊張しちゃうよ……」

「ねえそこのきみ、どうかしたのかい?」

 

数歩離れた位置からなるべく軽い調子で聞こえるように声を掛けると、俺よりも二、三センチ低い位置にある肩が大きく跳ねた。そのままの勢いで振り向かれ、澄んだ琥珀色の大きな瞳が更に大きく見開かれる。

 

「新入生は船に乗らなきゃいけないみたいなんだ。君も一人なら、良ければ俺と船に一緒に乗らないか? それとも、誰かと話していたのかな。お邪魔だったかい?」

「う、ううん! 何でもないです。ごめんなさい!」

 

そいつが勢いよく首を振ると柔らかそうな茶色い髪もぱらぱらと宙を舞った。俺を見つめてほっとしたように肩の力を抜くと、人の好さそうな笑みを浮かべながら遠慮がちに近づいてきた。

 

「……その、……ありがとう、ございます。知らない人たちばかりで緊張してて」

「ここじゃ皆が初めまして同士だ。そう緊張することないよ」

 

俺が微笑みながら片手を差し出すと、茶髪の彼は微かに頬を紅潮させながら両手で握りしめて来た。そのまま握手を交わしながら茶髪の少年は遠慮がちに「でも、」と俺を見つめる。

 

「君は、なんだか他の人と違う様に見えるよ。君だけはすごく堂々としているし……なんだか皆に見られることに慣れている雰囲気がある」

「そうかな?」

 

片眉を上げて見せると彼はコクコクと何度も頷いてきた。

まあ、確かに今の気持ちは緊張にはほど遠い。

だって周りに居るのは知らない顔ばかりとはいえ同い年の新入生。言ってはなんだがこの中に我が家より家柄が良い奴なんてまずいないはずだ。

 

父上や母上と共に出席する夜会の方がよっぽど張り詰めた気持ちになる。ブラック家次期当主としての一挙手一投足、その全てを観察される大人たちの集まりに比べたら今なんて圧倒的に気楽なことこの上ない。

 

「……まあ、知らない人が多い場所は慣れているから。自己紹介をしていなかったね。俺はリゲル。リゲル・アトラス・ブラックだ。君は?」

 

今にも転覆しそうなオンボロ小舟へと誘導され、不安定な桟橋から飛び移りつつ背後を振り返る。

 

恐る恐るといった調子で船底に片足を乗せていた茶髪の男子生徒は、まじまじと俺の顔を凝視してきた。

 

「きみが」

 

絞り出したような語尾は微かに震えていた。

 

「……そっか、君が、……ううん、あなたがそうなんですね。列車の中で……皆が噂していました。“あの”ブラック家の、本家の子が今年入学してくるって……」

 

すとん、と腰を落ち着けると小舟は不吉に大きく揺れたが流石に転覆するような気配はなかった。乗り心地が良いとは言えない船べりにゆったりと上体を預けながら頬杖をつく。

 

「だろうね。知らないところで噂になるのは慣れてるよ」

「……きみは、ほんとすごいなあ。僕はコイオス。コイオス・グリーングラスです」

「やっぱり。グリーングラス家の子だったんだ。君に声を掛けて正解だった」

 

え? と小さく呟いて止まってしまったコイオスの胸元を留めてある金ボタンを指さして「そのローブ」と短く告げる。

 

「ダイアゴン横丁の、“トウィルフィット・アンド・タッティング”で買ったんだろう? ボタンに“T”の文字がある。俺も同じものを買ったからさ」

 

ダイアゴン横丁にはホグワーツ用の制服を売っている店が複数あるが、大半の生徒は“マダム・マルキン”の店を使う。あそこが一番手頃な価格で提供しているからだ。一番安い絹靴下でも5ガリオンはかかるトウィルフィットの店とは客層が違う。

 

そして、そんな高級店のローブを身に付けているという事は間違いなく名家の出身だろうと踏んでいたがどうやら当たっていた様だ。

 

「君の御父上には何度かお目にかかったことがあるんだ。これからよろしく」

 

俺がそう言うと、コイオスの目が分かりやすく歓喜に輝いた。むずむずと唇をうごめかせたあと、へにゃりとでも形容したくなるような眩しい笑顔が零れ落ちる。

 

「……うん、ありがとうございます。リゲル様」

「……」

 

時間にしたら二秒にも満たない間ではあっただろう。だけどその間、確かに俺は息を吐き出すことを忘れて、その笑顔を見つめてしまった。

 

「……どうかしましたか?」

「あ、いや……うん。何でもないよ」

 

言葉を交わしたこんな僅かな間にも、くるくると変わるその表情に少し意表を突かれる思いがした。

 

他人に心をさらけ出すことは弱みになる。弱みを握られたら、それを利用される。付けこまれる。だから隠せ、どれだけ狼狽えても何があっても常に優雅な微笑みを絶やしてはいけない。

 

11年間、ブラック家で骨身に叩き込まれて来たことだ。そしてそれは他の純血貴族に生まれた奴等も同じだと思っていた。だって大人達はどこで出逢っても皆、似たような笑顔を顔に張り付けていたのだから。

見え透いた上っ面だけを見て来た俺にとってコイオスの何というか、その素朴な反応全てが新鮮だった。不安そうな顔も、ほっとした顔も。

そして今、心底嬉しくて仕方ないと言いたげに、はにかみながら微笑むその笑顔も。

 

なんだか10時間前にホームで別れて来た弟達と再会したような気分だ。

 

「……グリーングラス家の次男は病弱で、あまり外に出たことがないと聞いていたけど君の事なのか?」

「あ、はい。僕は今までずっと家の中で過ごしていたから家族以外と喋ったことが無くて……だから、こうして話すことが出来た同い年の子はリゲル様が初めてなんです」

 

目を細めて笑う顔は春の温かな日差しみたいだ。何だかその笑顔をずっと直視していることが出来なくて、俺は頬杖を突いて黙ったまま視線を反らす。

 

「……なあコイオス。俺のことはリゲルでいいよ。べつに敬語も要らない。俺達は同級生だろ」

 

船が巨大な石橋の下をくぐり抜けていくのを眺めながらぽつりとそう呟くと、コイオスは丸い琥珀色の目を大きく見張った。ゆっくりとアーモンド型の瞳が二、三度瞬かれ、そしてゆるやかな弧を描く。

 

「うん。ありがとう、リゲル」

 

その控えめにはにかんだ笑顔を見て、こいつは俺の大事な友達になるんだろうなと直感した。

 

**

 

ほどなくして俺達を乗せた船はホグワーツ城の裏手に回り船着き場に到着した。かび臭い匂いが立ち込める暗い部屋であっても新入生たちの顔は晴れやかだ。ぐらぐらと揺れる不安定な船上から固い地面へ足を付けることが出来て嬉しいのだろう。

 

「ご苦労様です、ルビウス」

 

玄関ホールに到着した俺達を迎え入れたのは、ルビウスと呼ばれた半巨人とは対極の背丈をした魔法使いだった。

今度はまた冗談抜きに小さい。並んだら俺の膝にも届かないんじゃないか。まさかこの教師の正体は小鬼かハウスエルフか?

……おいおい。さっきの巨人みたいな男といい、まさかホグワーツの教師って魔法生物との混血だらけなのか? 

俺はそんな所で7年間も学ぶ羽目になるのかと内心げんなりしていた頃、キーキーと甲高い声で目の前の小柄な魔法使いが叫んだ。

 

「新入生の皆さん、初めまして。私はフィリウス・フリットウィック。レイブンクローの寮監を務めています。これから皆さんを組み分け儀式へと案内いたします」

 

ちょこちょこと新入生を先導する彼を蹴とばさないように注意を払いながら先頭集団の後について階段を上ると、隣のコイオスが嬉しそうに興奮した声でこそこそと囁きかけて来る。

 

「フリットウィック先生は呪文学を教えてくれるんだって」

「知ってるのか?」

「うん。ぼくのお父様も教わったそうなんだ。とても素晴らしい先生だって言ってた」

「ふうん……そりゃ楽しみだな」

 

俺が薄く微笑みかけると隣を歩くコイオスは「うん!」とウキウキした表情で頷いた。

石造りの大階段を上った先で俺達を出迎えたのは、四つの長テーブルが並ぶ大広間だ。大広間に入ってすぐ、出入り口付近の空きスペースで俺達は立ち止まるように指示される。

 

天上に瞬く星々や、ぷかぷかと宙に浮かぶ蝋燭をみて呆気に取られている者。遥か前方で横一列にずらりと並ぶ教師陣を興味深そうに眺める者。あるいはテーブルに座りこちらを眺めている在校生の誰かに手を振る者。隣のコイオスも目の前の光景に小さく感嘆の声を上げ、そして黙って周囲を見渡していた。

 

俺はどれにも属さず、ただ退屈な気分で背の高い魔女が運んできたうす汚い帽子を眺める。

あの眼鏡を掛けたとっつきにくそうな魔女の外見は、どうやら普通の人間みたいだな。

教師陣のテーブルにざっと目を走らせてみたが、あの大男とフリットウィック教授だけが例外だった。中央に座っている校長のアイスブルーの瞳と半月眼鏡越しに目が合ってしまった気がして、慌ててさっと目を反らす。

 

組み分け帽子がしわがれた声で何かを歌い出すのを、欠伸をかみ殺しながら適当に聞き流している内に歌が終わった。万雷の拍手の中で一歩進み出た眼鏡の魔女はするすると羊皮紙を広げる。

 

「では、今から組み分け儀式を始めます。名前を呼ばれたものは前へ出なさい。――ヘレン・アボット!」

 

金髪の柔らかそうな髪をした小柄な女子が小走りに通路を駆け抜ける。椅子に昇ろうとして段差につまずき、眼鏡の魔女に助け起こされていた。女子はまごつき、耳まで真っ赤になりながら帽子をかぶる。

 

「ハッフルパフ!!」

 

帽子の継ぎ目が裂けてそう叫ぶ。叫び声が大広間中に響き渡った瞬間、黄色の横断幕が垂れたテーブルから拍手と歓声が沸く。口笛が飛び交う中を真っ赤な頬でぎこちなく微笑みながらヘレンがハッフルパフのテーブルへと向かって行った。

 

「始まっちゃったわ」

 

怯えの混じった呻き声がする。俺の真後ろに並んでいる同い年の従姉妹、ナルシッサ・ブラックの元々色白な顔は更に蒼白になっていた。ほっそりとした両手を胸の前で祈るように組んで、きつく指を握りしめている。

あれは相当緊張しているときの彼女の癖だ。

 

「おいおいシシー、ビビり過ぎだろ。ベラによっぽど言われたのか?」

 

身体だけは前方を向いたままこっそりと耳打ちすると、ナルシッサはほとんど泣きそうな顔で何度もこくこくと頷いていた。こっそりと俺のローブの肩口まで握りしめてくる始末だ。

 

「ねえリゲル! 私、もしスリザリンじゃなかったらどうしよう!?」

「落ち着けって。俺たちが狼狽えてたら他の連中に舐められるぞ? 大体、俺達がスリザリン以外のどこに行くっていうんだよ。他の寮に選ばれたら入学辞退してやれ」

 

意地悪な姉にどうやら散々脅されていたらしいナルシッサは、俺の言葉に目を見張った。

 

「そんなことしていいの?」

「ホグワーツだけが学校じゃないだろ。俺は別にダームストラングでも良い。少なくとも、ハッフルパフなんかに行くよりずっとマシだ」

 

俺がそう言いながら鼻で笑ったところで眼鏡を掛けた魔女はナルシッサの名前を呼んだ。

ブラックの名が大広間に響いた瞬間、生徒達の目がちょっとした好奇心に輝くのが見える。

組んでいた両手を下ろして、表向きだけは優雅に見えるようにそつなく歩くナルシッサは、しかし指先が細かく震えているのが見て取れた。僅かに青白い顔で帽子を受け取って椅子に腰かける。

 

「スリザリン!」

 

10秒ほどの沈黙の後、帽子が高らかにそう告げた途端ナルシッサの顔が分かりやすく安堵に緩んだのが分かった。割れるような歓声と指笛が一番左端のテーブルから飛んでくる。

帽子を脱いでそちらへと向かう途中、目があった彼女からニッコリと笑いかけられたのでこっそりウインクを返しておいた。

 

「リゲル・アトラス・ブラック!」

 

大広間にさっきまでとは違う、さざなみのようなざわめきが起こった。

 

好奇と興奮の混じった分かりやすい視線が周囲からも大テーブルの方からも飛んで来る。中にはわざわざ腰を浮かせてこちらを見てこようとする奴もいた。それらすべてを無視して短く返事をすると前に進み出る。

大理石の足元がやけにふわふわしているように感じられる。周囲の音が壁一枚を隔てたように遠い気がする。しっかりしろ、と冷たい指先に命じながらローブの袖をこっそり握りしめた。

 

こんな大勢の前でさっきのアボットみたいな転び方なんて絶対にしたくない。顎を軽く引いて背筋を伸ばし、足先まで意識しながらただ帽子だけを見詰めてひたすらに歩く。

靴音を響かせながら段差を上り、バサリとローブを翻しながらお粗末な古い椅子に深く腰掛けた。

 

つま先にまで意識を払いながらリラックスして見えるように両足を組む。ほんの僅かに顎を引いて正面をじっと見据えると、大テーブルに座った何百と言う生徒達の顔がこちらに向けられているのが分かりふっと息が漏れた。

 

緊張は悟られなかっただろうか。高貴なるブラックの名を背負う嫡男として、堂々と見えていただろうか。

なにせこの後に二人も弟が入学してくる身だ。こんな大勢の前で毛ほどの失態も晒す訳にいかない。

 

「――スリザリン!!」

 

先程のハッフルパフ生やナルシッサの時よりも早く、帽子を被せられた瞬間に俺のすぐ耳元で高らかに寮の名を告げられた。

一瞬の間をおいて緑の横断幕を掲げたテーブルから大歓声と指笛が飛ぶ。元から分かり切っていた結果ではあったが、名前を告げられた途端に体中から力が抜けそうになってしまった。顔が安堵でだらしなく緩みそうになるのを堪えて薄く微笑みながら立ち上がる。

 

「ありがとうございました」

 

被っていた帽子を自ら脱いで一礼し、微笑みながら隣の魔女へと手渡した。ええ、と頷く魔女は四角張った眼鏡の奥からじっと探る様な目で俺を見つめて来る。

その視線を無視した俺は拍手や歓声が鳴りやまない中、両手をポケットに突っ込んだまま段差を降りて悠々とスリザリンのテーブルへ向かう。

 

テーブルの最前列へと座る、『P』のバッジを胸元に留めた男女の二人組と真っ先に目が合った。俺が微笑みかけると彼らも上品な笑みを浮かべながらさっと立ち上がる。

 

「スリザリンへようこそ、我らがリゲル・ブラック。僕は監督生のコーバン・ヤックスリーだ。直接会うのは一昨年振りになるな。こうして君をスリザリンに迎えることが出来て光栄に思うよ」

 

艶がかったブロンドの長髪を後ろでまとめた男子生徒が、敬意のこめられた温かい視線と共に俺へ握手を求めてくる。それに応じているとヤックスリーの向かいに座る黒髪ボブの女生徒も優雅な仕草で一礼した。

 

「同じく監督生のアネット・パーキンソンです。この日が待ち遠しくてなりませんでした。スリザリン生一同、ブラック家の次期当主たるあなたを心から歓迎いたします」

「勿体ない歓迎をありがとうございます。Mr.ヤックスリー、お父上は息災でしょうか。Ms.パーキンソンも昨年は晩餐会にご招待頂きありがとうございます。あれは本当に素晴らしい会でした」

 

それぞれと握手を交わしながら滑らかな挨拶を述べているとすぐ隣のレイブンクロー生達どころか、ハッフルパフ生やグリフィンドール達からも唖然とした表情が向けられていた。

彼らからしたら信じ難いんだろう。一人の新入生に対して寮の代表である監督生自らが挨拶のために立ち上がり、しかも彼らの方から恭しく礼をしている光景なんて。

 

だけど俺達純血一族にとってはいたって当然のことだ。

ここに座る面々のほとんどは、父上と共に出席したパーティーで一度は見掛けたことのある顔ぶれだ。見慣れないスリザリン生にも、魔法界の王族であるブラックの名は浸透している。俺にとっては何度も経験した社交場の延長でしかない。

 

「リゲル、こっちだよ」

 

懐かしい声に振り返ると長テーブルの中央付近、一際大きく豪華な燭台が飾られている四人掛けのテーブルへと手招くベラトリックスが見えた。

他のテーブルでは監督生や主席のバッジを付けた上級生の座る位置だがスリザリンでは話が別だ。ベラトリックスの隣にはアンドロメダが座っており、ドロメダの向かいに腰かけたナルシッサが満面の笑顔で手を振っていた。

 

監督生の二人に別れを告げ、従姉妹たちに軽く会釈をしてから席へとついて残りの組み分けを見守る。コイオスは他の生徒より少しだけ時間がかかっている様だったが、スリザリンと帽子が叫んだ途端、無意識に肩の力が抜けた。

 

組み分けが終わり、帽子が片付けられたところで校長の短い挨拶の言葉と共に宴が開始される。目の前の大皿にそれなりに豪華な料理がいくつか現れると、お腹を空かせた生徒達の目が一斉に輝いた。

 

「まあ、当然の結果だね。改めてリゲル、シシー、スリザリンへようこそ」

「おう。歓迎をどうも」

「えぇ! えぇ、本当に良かったわ! ありがとうベラ姉さん!」

 

女王の様に尊大な表情で俺の向かいにふんぞり返っているのは従姉妹で五年生のベラトリックスだ。隣に座っている彼女の妹、アンドロメダからも優しく微笑みかけられる。ナルシッサは無事にスリザリンへ入れたことが嬉しいらしく姉の言葉に何度も笑顔で頷いていた。

 

そんな末妹の様子に唇を緩めていたベラトリックスは、ふとステーキを切り分けている俺へと視線を送る。

 

「そういやリゲル、最後に会ったのは5月だったかね。また背が伸びたみたいじゃないか」

「本当ね。会うたびに背が伸びてるわ。それにそうしているのを見ると、やっぱりあなたって目の色以外はオリオン様にそっくりなのね。」

 

姉の言葉に目を丸くしたアンドロメダは、俺を頭のてっぺんからつま先まで眺めながら可笑しそうに笑った。

 

「母上にも同じことを言われたよ。どうやら俺は年々父上に似てきているらしいな」

 

先程までの丁寧な物言いも身に沁みついているが、小さい頃から顔を合わせて来た従姉妹たちの前でなら素が出せる。思わずニヤリと砕けた笑みを向けるとドロメダとシシーはクスクス笑い出し、ベラでさえ傲慢そうな表情を崩して微笑んだ。

 

四か月ぶりの従姉妹たちの変わりない様子に安心していると隣からの視線を感じる。プラチナブロンドの髪を神経質そうに撫でつけた色白の二年生と目が合った。マルフォイ家の一人息子、ルシウスだ。

 

「久しいな、リゲル」

 

つんとした独特の声に込められた親愛の響きにこちらも笑顔になる。

 

「ええ。今年の春以来ですね。ルシウス様もお元気そうで何より」

 

ルシウス・マルフォイはそれこそパーティーで何度も顔を見ている腐れ縁、あるいは幼馴染というやつだ。こいつの誕生日が7月で俺が10月だから学年は一つずれてしまったが、ほぼ同い年だし他の貴族連中より圧倒的に気安い仲だと言えた。

 

右手を差し出すとルシウスは相変わらずの気取った笑みを浮かべながら、それでもしっかりと握手を返してくれた。

 

「どうした貴様。急に良い子になったような挨拶をするじゃないか。私の屋敷で悪さをしていた頃とは大違いだ」

「うわバカお前、それベラ達の前じゃ黙っててくれって言っただろ!」

 

思わず素の口調が出た。マジかコイツ! ここで昔の話を急に蒸し返してくるのかよ!!

 

「リゲル、どういうこと?」

 

ドロメダがスープを口に運ぶのを止めて俺を軽く睨んだ。やばい。脳内で警鐘が鳴り響く。ルシウスは顔色を青くする俺をあざ笑うように見つめてから、もったいぶった様子で従姉妹たちを見渡した。

 

「コイツは幼い頃から周りに人がいなければ私をルシウスとぞんざいに呼び捨てし、止める者がいなければ父上が飼っていた白孔雀の羽をむしるような奴だったからな。いやはや、よくぞここまで立派に成長したものだ」

「まあ! あなたそんなことしていたの?!」

 

シシーがパイを切り分けるナイフを止めて目を丸くする。ベラが腹を抱えて大爆笑するのと対照的に、ドロメダは目を吊り上げて俺をきっと睨んだ。

 

「アブラクサス様の大事なペットになんてこと。おば様に言いますからね」

「ドロメダ待ってくれ、とっくに時効だ! おいルシウス、お前だって俺と一緒になって羽むしりしてたよな?!」

「覚えていないな」

「こ、この野郎……!!」

 

たった5年前のこと、忘れたとは言わせねぇぞ!?

 

マルフォイ家のパーティーに招かれた当時の6歳の俺は、大人達の会話に退屈して会場をこっそり抜け出した。両親やハウスエルフはまだ生まれたてのシリウスにかかりきりになっていたのである。

マルフォイ邸は俺の家に負けず劣らず広大だった。シャンデリアに飾られている妖精をからかいながら散策している内に、俺は誰も居ない裏庭にうっかり迷い込んだんだ。

 

『あれ?』

 

そこで見掛けたのは、なんともご立派な羽を扇のように広げて佇んでいる白孔雀。つんと頭を高く上げてつまらなさそうに足元を見下ろすその立ち姿は、マルフォイ家当主のアブラクサス様にそっくりだった。

それが妙に好奇心をそそられたというか、まあ、うん。つまりあれだ。退屈しきった悪ガキにとって格好の得物だったわけで。

 

『……きみ、何をしているんだ?』

 

ギャーギャーとうるさく泣き喚く白孔雀を押さえつけて、ふさふさの尻毛の中でも特大の羽根を毟った瞬間に頭上から降ってきた声に俺は顔を上げた。

月のようなプラチナブロンドの髪をきっちりと後ろに撫でつけ、白いタキシードを身に付けた同い年くらいの少年がすぐそばに立っていた。薄緑色の瞳を見開いて、全身を羽毛と擦り傷だらけにした俺をまじまじ見つめている。

しまった、と思った。

その時も名前だけなら知っていた。だってその会場に居た他の子どもはそいつだけだったから。

ルシウス・マルフォイ。アブラクサス様の一人息子で今日のパーティーの主役だった。

 

『これ、お前の鳥?』

『……いや、違う。父上のペットだ』

『お前はこいつのこと好き?』

 

流石に大事にしているペットだったなら正直に謝ろう。しかしルシウスは俺の手の中でバタバタと翼を振り回して暴れる白孔雀を見下ろしほんの一瞬ためらってから、『あんまり』と小さな声で言った。

 

『そいつは父上の前じゃないと危険なんだ。僕の事はくちばしでつついてくる。父上が見てないところで散々追いかけられたし蹴ってくることもあるんだ』

 

6歳ながらにこの鳥は中々に生意気だな、と思った。やっぱりペットというのものは飼い主の気質に似て来るのかもしれない。

隙あらば手の甲をつついてくる乱暴なくちばしを両手で握りこんで押さえつけ、俺はルシウスをニヤニヤ笑いながら見上げた。

 

『なあ、じゃあ一緒に仕返ししようぜ。俺が抑えとくからさ』

 

悪ガキの誘いは、当時箱入りのお坊ちゃまだったルシウスにとって非常に魅力的なものだったらしい。

二人で夢中になって取っ組み合いをしている間に、気が付けばそいつの尻に1クヌートほどの禿げをこしらえてしまった。激怒している孔雀をとりあえず二人がかりで物置に押し込めて、さて流石にどうやって誤魔化そうかと悩んでいたらルシウスはけろりとした顔でストレスのせいにしようと提案してきたのだ。

 

『裏庭に閉じ込められて、苛々して自分で毛をむしったことにしちゃえばいいさ』

『黙っていてくれるのか?』

『僕だって普段こいつに散々やられていたからね』

 

君と共犯になってあげる。つんと吊り上がった瞳をかすかに細めながらルシウスはそう笑いかけ、その日から俺はあいつと悪友関係になった。

 

マルフォイ家もブラック家に次ぐ名家だからあいつもよく大人たちのパーティーには出席させられている様だった。自然と顔を合わせる機会は頻繁に訪れる。それに父上もアブラクサス様とは昔から親しかったらしく、マルフォイ家を個人的に訪問する事も多かった。

 

広いパーティー会場をどたどたと走り回る、なんてガキっぽい真似はしない。ただ二人でパーティーを抜け出して大人たちのワインボトルの中身を水に変えたり、晩餐会の食事をこっそりつまみ食いした程度だ。

 

 

「あんた、シリウスの事を悪戯小僧だって散々言ってるけど自分も大概やらかしてるんじゃないか」

 

ベラトリックスの呆れた声にムッとして俺は肩を竦めて見せた。

 

「派手なやらかしをするあいつとは違うんだよ。俺はバレないようにこっそりやってただけさ。結局そういう悪戯だってすぐに飽きて止めたしな」

 

詳細は省くが、そうした正式なパーティーの場での悪戯は半年ほどで結局止めてしまった。元々退屈しのぎで始めたことだし。そこまで面白がっていた訳じゃない。

 

しかしマルフォイ邸に俺と父上だけが招かれた時は話は別だった。アブラクサス様はそれこそ赤ん坊のころから俺を知っているし、ブラック家自体とも親しい。ルシウスを誘って広大なマルフォイ邸の中で好き放題やらかしたものだ。やり過ぎて時々母上に雷を落とされたが。

 

「そうだな、お前が我が家で働いた懐かしき悪事については20は挙げる事が出来るぞ」

「ルシウス!! お前、それは黙っとけよ!」

「まあ!」

 

嬉しそうに目を輝かせるなシシー! ルシウスはお前の事気に入ってるんだからお前がそんなにノリノリだと余計に喋りまくるだろ! ベラ、笑ってないで助けろ! あとドロメダの顔がさっきからこわい! ああもう、俺が忘却呪文とか黙らせ呪文とか使えたら真っ先にルシウスに掛けてやるのに!

 

 

 

「リゲルおはよう」

「あぁ、おはよ」

 

もそもそと深緑の毛布から這い出るように顔を出して欠伸をした。何故か俺は最近深夜の内に何度か目が覚めてしまうことが続いている。お陰でちょっと寝不足気味だ。

 

季節は11月。夜のうちに下りて来た霜のせいで窓ガラスに細かい水滴が張り付くようになってきた。今日はホグワーツに入学してから60日目の朝だ。

 

弟達のにぎやかな笑い声が無い事に俺もようやく慣れて来た。同室となったコイオス・グリーングラスと共に7時前に起き、顔を洗って欠伸混じりに制服とローブを規定通りに身に付ける。

 

鏡を見ながらネクタイを結び、癖を持ってうねる黒髪を苦労しながら整えていると先にコイオスの方が支度が済んだらしい。あいつは自身の柔らかそうな茶髪を撫でつけながら感心したような息を吐いた。

 

「いつも思っていたんだけどさ」

「ん?」

「君ってほんとにきちんと制服着ているよね。他の子や上級生は着崩していることが多いのに、君はタイをきっちり締めるし香水まで付けてる」

 

最後に手首に軽く香水を振り掛けていると何が珍しいのか、コイオスはやけにしげしげ支度を終える俺を眺めていた。この香水は入学祝いにシグナス叔父から貰ったものだ。子ども用のごく薄い濃度のものではあるが、ほんのりと漂うシトラスの香りが気に入っている。

 

銀製のカフスボタンを留めて、ハンカチをポケットに入れていると本当に社交界での貴族みたいだと微笑まれた。俺は「まあ実際貴族だしな」と肩を竦めることしか出来ない。

 

「たとえ知らない奴でも、向こうは俺を知ってることなんてざらにある。そういう奴らにも俺は『ブラック家の跡取り』だって見られるわけだ。そう考えたら外じゃ下手な格好は出来ないからな」

「君は僕や従姉妹たちの前じゃ随分ざっくばらんなのに、他の人の前だと上品な優等生ぶっているのもそれが原因?」

「優等生ぶってるっていうな。無駄な敵を作らないようにしているだけだ」

 

コイオスの面白がるような声につい舌打ちをしてしまった。人聞きが悪いにもほどがあるだろ。

 

「だいたい、ホグワーツの連中なんて卒業してからどう俺の家に関わってくるか分かったもんじゃない。身内以外に対して気安く本音を喋る訳にいかないだろ?」

「じゃあ僕は出会って早々に君のお眼鏡に叶った訳だ。でもどうして?」

 

鞄を持ち上げて肩に掛けようとしていた所に飛んできた疑問で、一瞬だけ動きが止まってしまったのを気付かれた。コイオスの訝し気な視線から逃れるように目を泳がせる。俺がじっと黙り込んでいると、徐々に垂れ目ぎみな琥珀色の瞳が吊り上がってきた。

 

「あー……っと、うん……」

「なに?」

「最初に見たお前が……下の弟に似ていたから。なんつーか、雰囲気が」

 

その後のコイオスは談話室へ降りて大広間で朝食を摂っている間中、ずっとプリプリ怒っていた。一限の変身術教室へ向かっている移動中もつーんとして此方を見もしない。

 

「おい、なあ、コイオス。悪かったって。いい加減こっち見ろよ」

 

マクゴナガルが一人一人に配っている目の前のマッチ棒に向かって杖を振りながら、隣のコイオスへとこそこそ話しかける。これくらいの初歩的な変身術なら入学前に家庭教師から教わっていたので、適当に振っていても俺のマッチ棒は銀色のミシン針へと変身した。

 

コイオスは俺のものと同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上に完璧なミシン針へと変身させてからじろりと不服そうに横目で睨んでくる。

 

「僕、君と誕生日二か月しか変わらないのに」

 

そんな目で睨まれても、拗ねて見えるだけだから余計子供っぽいぞ。そう言いかけた言葉を呑み込んで俺は悪かったと片手を再度挙げた。

 

「でもお前だって兄貴いるじゃん。やっぱ弟気質な所あるって」

「君まだそれをいうか」

「Mr. ブラック。Mr. グリーングラス。一発で成功して見せたあなた達の針には文句のつけようもありませんが、それ以上私語を続けるようならばスリザリンへの加点を撤回しなければなりませんよ」

 

教室の後ろの方を巡回していたはずのマクゴナガルはいつの間にか俺達のすぐ近くに立っていた。心なしか厳格そうな黒い角縁眼鏡がきらりと光って見える。俺達は慌てて謝罪して授業の残り時間は大人しく課題レポートを埋めることに専念した。

 

「ねえリゲル、僕ってそんなに頼りないかな」

 

夕食の時間帯は昼や朝と違ってほとんどの生徒が同じタイミングで大広間に集まるからちょっとしたお祭り騒ぎになる。いつもと変わらず賑やかな大テーブルの片隅に座り、ロールパンを一口サイズに千切りながらそう呟いたコイオスは珍しく沈んだ顔をしていた。

 

「何だよ、なに落ち込んでるんだ」

 

向かいに座った途端にこれだ。俺はすっかり呆れたような気持ちでシチューを一口啜った。昨日はクリームシチューだったけど今日はどうやらカボチャ味らしい。うん、旨い。

 

「だって今日の午後、君に助けられてばっかりだった」

 

午後の飛行訓練を反芻しているのか、細い肩をますます小さくしながらコイオスはうなだれた。眉を下げてすっかり意気消沈しているが、そんな顔をされるとますます落ち込んだ時のレギュラスに見えて仕方ないんだけどな。

 

今日の午後に行われた初めての飛行訓練で、コイオスは箒を中々持ち上げることが出来ていなかった。別にそこまで珍しくも無い。初めて箒に触れるなら一発で持ち上げられる奴は中々存在しないんだ。

授業開始から数分が経過し、俺は一発で持ち上げた箒を片手にぶら提げたまま他の連中が箒に向かって怒鳴っているのをぼけっと眺めていた。

 

10分ほどが過ぎて他の皆がぽつぽつと成功させていく中で、コイオスは少し焦ったように何度も「上がれ!」と命じながら手を翳していた。箒は地面に転がったままぴくりともしない。そろそろスリザリン生の中で箒を浮かせていないのがコイオスだけになってしまう。マダム・フーチはグリフィンドール生達の方を巡回していてこちらには気付いていない。

 

どう助けようか考えているとコイオスの箒がふいに軽やかな仕草で浮き上がった。

ああ、良かった。成功したんだなと思って何気なくコイオスの箒を見つめると毛束がしぼんだままだ。

 

「上がれ」、と箒に念じて魔力を込めた場合は毛束が膨らむ。あんな毛束がしぼんだまま、勝手に浮き上がることは無い。

まさかとは思ったが間違いないだろう。

あいつはこっそり浮遊呪文を使って箒自体を浮かせたんだ。しかも呪文の詠唱が聞こえなかったからあれは無言呪文だ。

 

その証拠にコイオスはさりげなく集団の後方へと移動して、マダム・フーチの目から逃れるように箒の柄を握りしめている。何食わぬ顔でまたがる姿に吹き出しそうになりながらこっそり隣へと移動した。

 

『コイオス、もうちょっと柄は柔らかく握って重心を落とせ。あと今のは黙っといてやるからあとで一緒に練習しような。フーチに見つかったら面倒だぞ』

 

顎は軽く引く。そして目線は前。目ざとい教師に見つかる前にちょいちょいっと姿勢を修正するとコイオスはやけに驚いた顔をして俺を見た。

 

『どうした?』

 

コイオスは俺の目を避けるように少しだけ目を伏せ、指摘した通りの姿勢をとった。

 

『ううん。よく見てるんだなって』

 

僕が浮遊呪文を使った事とか。囁くようにそう呟かれて俺は頬を掻いた。

何故かこいつ実は箒が苦手なんじゃないかと直感した。今月から飛行術の訓練があると聞いた時に浮かない顔をしていたから、というのもあるけどほとんど直感でそう思ったのだ。

 

「僕、君とは対等でいたいって思ってるのにこれじゃだめだ」

 

なるほど。それで夕食の時間になっても落ち込んでいるらしい。空になった深皿を押しやってからナイフとフォークを手に取る。

 

「あのな、俺は無言呪文でこっそり箒を浮かせるなんて芸当、頼まれたって出来ないぞ」

「……そ、うなの?」

 

一口サイズに切ったパイを頬張りながらそう言ってやるとコイオスの頬はちょっとずつ赤くなり、目に輝きが戻ってきた。本人には口が裂けても言えないけど……やっぱこういうところが素直な弟って感じなんだよなぁ。

 

俺からしたらコイオスの反応の方が意外だ。俺の周りで無言呪文を使うことが出来る人なんて父上くらいしか思いつかないのに。あれは魔法に対する深い理解と何より本人の素質が非常に重要なはずだ。

 

「グリーングラス家じゃ珍しくないのか? まさか俺達くらいの歳から無言呪文も練習させるのかよ」

「えっと、その、そういう訳じゃないよ。たまたまやり方を教えてもらって……試してみたのはさっきが初めてだったんだ」

 

僕も成功するとは思わなくて、と微かに頬を赤らめながら口ごもる様子に俺はパイが喉へ引っかかりそうになった。

 

「……初めて試した無言呪文が一発成功したのか?!」

「だってあの場で箒を持ち上げられていないの、僕だけになりそうだったじゃないか! こんなことで目立ちたくなかったんだよ、僕だって必死だったんだ」

 

つい裏返ってしまった声を何と解釈したのか、コイオスは弁解するように慌てて両手を忙しなく振る。俺は目元を覆いながら天井を仰いで低く呻いた。……いやいやいや。こいつにとっちゃ箒に魔力を込める事よりも無言呪文の方が簡単に出来るってどういうことだよ。

 

「……少なくとも、呪文の腕は俺よりお前の方が絶対に上だよ」

「何だか君にそう言われるのは照れるね」

 

正直、ここまで率直に認めるのは悔しいがこんな天才を前にしたら流石に勝てない。無言呪文。父上だって集中したいときは呪文を詠唱しているのに。

 

そんな難易度が高すぎる代物を習ったばかりの浮遊呪文で、しかも一発成功。ここまでしておいて、こいつの自身の無さは一体どこから来るんだ? 

休み時間だってずっと図書館や談話室の隅っこで本を読んでいるし俺以外の同級生と会話しているのをあまり見かけない。こいつの能力がもっと知れ渡って、天才だって騒がれても良いだろうに。

 

「あと何よりお前、あのビンズのジジイの講義で寝ずにノートを取れるだけで全員に自慢できるぞ?」

「……いっつも君始まって5分でお休みだもんね」

 

キラキラと輝いていたはずの瞳がじとりと半目になって俺を生暖かく見つめる。

魔法史の授業初回。挨拶や自己紹介も無しに淡々とゴブリン共の反乱に関するノートを読み上げるだけの講義が始まった瞬間、俺は机に頬杖をついてこっそりと爆睡した。

あとでコイオスから聞いた話ではどうやら教室中の女子全員が俺の寝顔を見ようと躍起になっていたそうだ。

 

「という訳で俺の魔法史はお前のノートが無きゃ落第だ。俺はお前の飛行訓練を助ける、お前は俺の魔法史を助ける。な、お互いの苦手な所をカバーし合えばいい」

「僕のノートを借りる都合のいい言い訳にしてない?」

「何やら楽しそうだな、リゲル。コイオス」

 

フォークを持ったままそう言っていたら頭上からルシウスの声が降ってきた。首だけを動かして斜め上を見上げたら見飽きた澄まし面の隣でナルシッサが微笑んでいる。二人で夕食を囲んでいたらしい。仲良しな事で何よりだ。

 

「んだよルシウス。シシーを連れてさっさと帰れ」

「まあリゲルったら」

 

最近ルシウスと絡んだらろくな事が無い。こいつは入学してからの俺が周囲に対して礼儀正しく丁寧に振舞っているのが相当面白いらしく、従姉妹やコイオスには小さい頃のやらかしや悪戯を吹聴するのが趣味になりつつある。お陰でアンドロメダから過去のやらかしについて怒られることが増えた。

 

そのムカつく澄まし面を片手で追い払っていると、ナルシッサが咎めるような声を出した。でもその顔は楽しそうにほころんでいる。ルシウスは器用に唇の片端だけを吊り上げて皮肉気な笑みを浮かべた。

 

「コイオス。実に厄介なことにこいつは身近に思う存分世話を出来るやつがいないと駄目な奴だ。鬱陶しいだろうが気が済むまで世話を焼かせてやれ。おおかた、恋人のように甲斐甲斐しく世話していた弟達がいなくてまだホームシックが治らないんだろう」

「っおま、……ルシウス先輩。おかしな事を言うのは止めてほしいですね」

 

思わず「お前」と腹から声を出して怒鳴り掛けたが、他の生徒達の好奇心交じりの視線を感じて何とか声のトーンを落ち着かせる。にっこりと笑ったが唇の端がひくひくと引き攣ってしまう。鼻で笑うルシウスの表情のまあクソムカつくこと。マジで、こいつ。いつか呪い掛けてやろうか。

 

大体この俺がホームシックなんてものにかかる訳ないだろ。

シリウスがだらしなく着崩しているのを叱りながら直したり、引っ付いてくるレギュラスに本を読んであげたり出来ないからって寂しく思ったりしていない。だってあいつらからは毎日のように賑やかな手紙が来てるんだぞ。オモチャの箒に乗って得意げなレギュラスの笑顔はほんとに可愛かった。シリウスは俺が最後に見た時より背が伸びた気がする。あいつ今どれくらい大きくなったのかなあ。

 

……ああ、可愛い俺のレギュラスを膝の上に抱っこしたい。生意気シリウスの頭をぐしゃぐしゃに撫でまわして怒られたい。

 

「あれ、ねえリゲルどうしたの?」

 

…………駄目だ。まずい。本格的に弟達を愛でたくなってきた。9月の頃に時々同級生が夜に泣いていたいわゆる“ホームシック”とは多分ちがう。

なんというか、無性に今すぐ自分より小さい奴を抱きしめて頭を撫で回したくて仕方がない。

 

「リゲル? 急に黙ってどうしたの? おーい」

 

コイオスが恐々と俺の顔を伺ってくる。よっぽど険しい顔をしていたのだろうか。

……こいつ頼み込んだらあとで頭撫でさせてくれないかなあ。弟扱いされて凹むタイプの奴なんだからやっぱ怒られるかなあ……。

悶々と考え込んでしまった俺を一瞥したルシウスは顔を僅かにしかめながら「重症だな」と吐き捨ててきやがった。

お前のその艶々オールバックをグシャグシャにしてやっても良いんだぞコラ。

 

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