Soleil シリウスとレギュラスのお兄ちゃんが頑張る話 作:がらくた屋
「おや。シシー。今終わったのかい?」
「ええ! ベラもお疲れ様!」
魔法薬学の授業を終えて、シシーやコイオスと共に夕食に向かおうとしていると大階段でたまたまベラトリックスと合流できた。姉の問いかけにシシーがニコニコしながら答える。そのまま何となく人混みの中を四人で談笑しながら歩いていると、唐突に俺の左肩へと鈍い衝撃がぶつかって微かによろめいた。
「ご、ごめん!」
無言のまま、肩越しにジロリと視線だけを向けると衝突してきた相手は随分気おくれしたようだった。顔も名前も知らないハッフルパフ生だが同じ一年生なんだろう、多分。
少し離れた所にいる友人らしき生徒が少しだけ蒼い顔で俺達を見つめている。
「このばか、お前よりによってブラックにぶつかるなんて何考えてるんだよ。呪われたらどうするんだ」
ぶつかってきたハッフルパフ生が一目散にそちらへと駆け戻るとそんな囁き声が聞こえて来た。ナルシッサとコイオスが揃って顔を曇らせ、ベラトリックスの形のいい眉がぴくりと動く。
「おやおや、ずいぶん生意気なガキ共だね。マグル生まれの連中かい?」
「ベラ、放っておこうぜ。あんな奴ら、関わるだけ時間の無駄だ」
杖をもてあそびながらせせら笑いを浮かべるベラトリックスの肩を叩く。
ホグワーツに入学してから分かったことだが、随分とここにはマグル生まれだったり半純血の連中が多い。流石にスリザリン内は俺の知っている顔がほとんどだったが、それ以外の寮には逆に純血の家は非常に少なかった。
そして、そんな純血以外の家からは俺達聖28一族が、そしてスリザリン生がこのホグワーツでどんな目で見られているのかということも最近薄々分かるようになってきた。
弱みを見せない態度は傲慢で、不躾に深入りしない態度は高慢ちきらしい。心の底を見せない笑顔は冷笑で、純血を受け継ぐことは時代遅れの価値観を持っているそうだ。
ふざけるな。
魔法族の家系を、古き血を守っていく事の何が悪い。
由緒正しい純血の家は徐々に減っていると父上からは聞いている。だったら、それだけ希少なものは守るべきだろうが。
少なくとも俺はお前らと違う。どこの血が混じっているのかも分からないお前たちと違って、中世までさかのぼることの出来る我が家の家系図を誇りに思っている。
そんな気持ちを込めて俺が軽く睨むと、目が合ったハッフルパフ生は肩をすくませて縮み上がった。いつの間にか周囲に人が少なくなっている。大広間へ向かおうとする生徒達は皆、俺達の周りを避けて足早に通り過ぎて行こうとしていた。
「どうしたんだい?」
そこはかとなく漂う不穏な雰囲気に誰かが呼んできたのだろう、“P”のバッジを胸元に掲げた監督生が人混みをかき分けるようにして現れた。他の連中よりも頭一つ分高い身長に豊かな赤髪。人の好さそうな笑みを見た途端、ハッフルパフのチビ共が一斉にほっとした表情を浮かべた。
「ウィーズリー先輩!」
「ええっと、これは一体なんの騒ぎかな? ……Ms.ブラック?」
わっと取り囲まれたアーサー・ウィーズリーは少しだけ困ったように笑いながらもハッフルパフ生達の肩を叩き、そしてベラトリックスの顔を見た途端わずかに顔を強張らせる。ベラはフンとつまらなさそうに鼻を鳴らすと杖を仕舞い、シシーを促しながら人混みへと消えて行った。
「……Mr.ブラック。君は?」
何も言わずにそのままベラを見送ったウィーズリーは、ポケットに手を突っ込んでハッフルパフ生を見つめている俺に優しく声を掛けて来る。スッと睨むのをやめて、ウィーズリーに向かってニコッと会釈した。
「いいえ。何でもありませんよ、先輩。俺はこれで失礼します」
これ以上長居して無駄な追及を受けることも避けたい。俺もさっさと一礼してからコイオスと共にその場を後にする。
段々と遠くなっていくウィーズリー達の声がついに聞こえなくなったくらい離れたところで、隣のコイオスがホッとため息を吐いた。
「Ms.ブラックがあの子達に呪いを掛けるんじゃないかとヒヤヒヤしたよ」
「いっそ掛けりゃ良かったんだよ。呪いの一つや二つくらい」
俺はコイオスの言葉に思わず舌打ちした。
「周りに人が居なかったら俺だってベラを止めなかったさ」
「リゲル」
率直な意見を吐き捨てると、コイオスにどこか非難交じりの視線を向けられた。
「生憎お前と違って、勝手に人を悪者扱いしてくる奴等に掛けるお情けなんて持ち合わせてないんでな」
刺々しい俺の言葉に返ってきたのは呆れ顔とため息だった。
「リゲル……君って澄ました顔して実はけっこう短気だろ。家のことで何か言われたらすぐ苛々してるよね。家に対する忠誠心は素晴らしいものだけど、もう少し抑えないと」
ずけずけと容赦なく言われる内容に上手い反論が出てこなかった。痛い所を突かれた俺が唇を曲げながら黙り込んでいると、今度は「仕方ない」と言わんばかりに淡く微笑まれてしまった。
*
「……なあ、コイオス。さっきは俺にあぁ言ったけど、お前はあんな態度とられて平気なのか?」
夕食を終えて談話室に戻った後。俺はコイオスと向かい合うようにして暖炉の前の肘掛椅子に座り込む。照明が絞られた薄暗い暗闇の中で、ぱちぱちと爆ぜる薪の音だけがやけに陽気だった。
少なくとも俺は我慢ならない。他人に気安く弱みを見せることの危うさも、適切な距離感を保つという礼儀も全て父上と母上から教わったことだ。何よりマグルの血を入れずに、魔法族だけで守り通してきた数少ない家柄だからこそ、高貴で価値あるものと言えるんじゃないのか。
俺達の歴史も、先祖から積み上げて来たものも知らない連中に好き放題言われたくない。
俺の家を、家族を馬鹿にしているとしか聞こえないじゃないか。
「……僕は、うん、そうだね。色んな考え方がある、って思うかな……。リゲルの言う事も分かるよ。僕の家も“純血”だから」
俺の話を聞いたコイオスは肘置きに手をつきながら、長い事考え込んだあとでそう呟いた。
「そういえばお前からマグルについてどう思ってるか聞いたこと無いな」
「分からない、っていうのが正直な所かな」
暖炉から目を離し、俺の方を見つめたコイオスは曖昧に笑った。琥珀色の瞳が暖炉の炎のせいで茜色に輝いてみえる。
「僕はホグワーツに来るまでほとんど外の世界を知らなかったから。きっと君はブラック家の跡継ぎとして、御父上と一緒に何度も純血の魔法族と交流してきたんだろう? だから純血主義の価値観を君が持つのはごく自然なことだと思う」
でも、とコイオスはそこで息を吸った。
「僕は今まで家族以外の魔法族とも、ましてやマグルともろくに知り合ったことが無いから。僕自身が彼らを、純血主義をどう思うかはこれからゆっくり考えようかなって」。
「……なんかお前、随分大人びた考えしてるよな。幾つだよ」
「今月末で12になるよ。これで君と同い年だ」
その落ち着いた笑顔を見ていたらさっきまでの苛立っていた自分が子供らしく見えて来て、何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。
背もたれにもたれかかりながら俺がそうぼやくとコイオスは面白がるような笑い声を上げる。
「――ねえ、リゲル」
「なんだよ」
先程までの笑いを引っ込めて、不意に真面目な顔をしながら俺を呼んだ。
「君、弟が二人居るんだよね。弟達のことは大切?」
「そりゃ勿論」
「じゃあ、“ブラック家の長男”であることと、“お兄ちゃん”であること。君はどちらが大切だと思う?」
不意に暖炉の中で軽い音を立てながら薪が爆ぜた。
問いかけられた言葉の意味がよく分からず黙り込む。コイオスはそんな俺を見て二本の指を立てた。
「リゲル・ブラック。君は二つの顔を持っているんだなって思って。“ブラック家の長男”として振舞っている君はいつも礼儀正しくてにこやかだけど、他人には決して深い所に踏み込ませない雰囲気がある。純血主義で、マグル生まれと関わりたがらない。正に“スリザリン生らしいスリザリン生”だよね」
黙ったままの俺を見て、「でも」とコイオスは目を細めた。
「弟くん達の話をしている時の“お兄ちゃん”な君はとても暖かく笑っていて、穏やかな顔をしているなあって」
何が言いたいのかが見えてこない。“ブラック家長男”であること。“兄”であること。どっちも俺にとっちゃイコールだ。
顔中に疑問符を浮かべながら背もたれに預けていた上半身を起こすと、コイオスは「もしもね」と前置きをしたうえでカーペットへと屈みこんだ。
暖炉から飛んできた薪の燃えかすは、コイオスの杖の一振りで細かい塵となってかき消えた。
「君がこの先、どちらかの道しか選べないとしたらどっちを選ぶのかなって少し気になっただけ」
「そんな事態に陥ることが想像できないけど……そうだな。どちらかしか、なんて俺以外の誰かに決められたくない。もしもそんな事になったとしても、俺は家族も、家も守ることが出来るいちばん良い方法を探す。だって俺はあいつらの兄だから」
膝の上で両手を組みながら力強くそう言い切ると、コイオスはぱちぱちと目を瞬かせる。そして。
「うん。なんだか君、って感じの答えだ」
とどこか満足げに笑っていた。
登場人物紹介
コイオス・グリーングラス 1954年12月31日生まれ
グリーングラス家の次男。兄もスリザリン生。茶髪に琥珀色の瞳。
心優しくあまり目立つことを好まない性格。一人で静かに読書をする時間が好き。
しかしリゲル曰く「大人しい顔して意外と頑固」。
ルシウス・マルフォイ 1954年5月13日生まれ
マルフォイ家の長男。リゲルとは6歳からの付き合い。
リゲルとは顔を突き合わせれば「澄まし面」「傲慢」と互いに罵り合っている。
ナルシッサ曰く「二人とも、人の事言えないわよ」。
ベラトリックス・ブラック 1951年3月3日生まれ
リゲルの従姉妹。現在5年生。
同級生にロドルファス・レストレンジがいる。
最近のお気に入りはアンドロメダに説教されているリゲルを見て爆笑すること。
アンドロメダ・ブラック 1953年4月23日生まれ
リゲルの従姉妹。現在3年生。
身内の前では雑な一面を見せるリゲルを時々説教している。
本人曰く「リゲル。やめなさい。コイオス君の魔法史のノートを借りようとしないの。自力でやりなさい!」
ナルシッサ・ブラック 1955年7月24日生まれ
リゲルの従姉妹。現在1年生。
ルシウスとリゲルの皮肉と嫌味の応酬をクスクス笑いながらいつも聞いている。
本人曰く「二人とも、なんだかんだ言って仲良しよね」