Soleil シリウスとレギュラスのお兄ちゃんが頑張る話   作:がらくた屋

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第五話 約束

色とりどりのローブで溢れかえった駅の構内で、お揃いの黒いサスペンダーズボンにキチンと糊の効いた白シャツを身にまとった小さな子どもが二人。手をつないだまま不安そうに周囲を見渡している。

誰かがそばを通り過ぎる度に必死に背伸びしてその顔を眺めようとし、そして目当ての人物ではないと気付くとがっくり落胆したように肩を落としている。

 

「っ……ぐ、う……」

 

思わず喉の奥から変な声が出た。かわいい。動きがそっくりであまりにもかわいい。もう少し見ていたくもあったが、いい加減可哀そうだったので声を張り上げて大きく手を振る。

 

「おーい! シリウス、レギュラス!! こっちだ!」

「っ、兄ちゃん!!」「兄様!」

 

人混みの中でしょんぼりしていた二人は弾かれたように顔を上げて振り返り、満面の笑みを浮かべながら駆け寄ってきた。ほとんど突進に近い勢いで全身で抱き着いてきたシリウスを片手で受け止め、腰に両腕を回して額を押し付けて来るレギュラスの丸い頭はもう片方の手でぐしゃぐしゃに撫で回す。

 

「ただいま! 良い子にしてたかお前ら」

 

いたずら盛りのシリウスが遠慮なく俺の肩にしがみついてくるのも、くっつき虫のレギュラスが腰に抱き着いて離れないのも何もかも懐かしくてたまらない。たった三か月離れていただけなのに何年も会っていないような気がした。シリウスもレギュラスもぐんと大きくなったように見える。

 

ちなみに弟達からの手紙と写真は全部俺の引き出しにしまってある。暇が出来る度に取り出してニヤつきながら読み返しているので同室のコイオスからは「重度のブラコンがいる」と言いたげな冷たい目で見られることが増えた。

 

「バカ兄貴、あの手紙何なんだよ! 俺への手紙ばっか変な呪文かけやがって!!」

「おう、お兄さまからの手紙は嬉しかっただろシリウス。俺の愛しのレジーも」

 

シリウスが俺に抱き着いたままぎゃんぎゃんと耳元で叫んだ。キンキン声で文面を読み上げる便箋や、悪戯をしたら鳥の形になって頭を突きまわす便箋がよほどお気に召したらしい。

ちなみにレギュラスへの便箋は綺麗な声で歌うものや蝶々の形になって飛び回るものを選んであげた。

 

「はい、兄様からのお手紙は全部兄さんと一緒に何回も読み直しました!」

「レジー!」

 

ほわほわとお花を飛ばしながら満面の笑みで白状するレギュラスをシリウスが真っ赤な顔になって咎めた。え、ちがうの?とレギュラスに真っすぐな目で見つめられてシリウスが口ごもる。

 

「はいはい、お前も実は俺のことが大好きなのは知ってるからそろそろ行くぞ」

 

とりあえず降りてくれ、とシリウスの背中をたたいた。まだちっちゃいレギュラスはともかく、すっかり重くなったシリウスまで抱えて歩くのは少々骨が折れる。こいつもそういや7歳になったんだもんな。大きくなったなあ。

 

「違う! 俺が一番好きなのはレジー!」

「いててて、耳引っ張るな! 分かった分かった。お前の一番はレジーで二番目がお兄さまなのは知ってるから早く降りて」

 

ようやく納得してくれたのかシリウスがしがみ付いていた俺の肩から降りた。というか不満なのはそこだったのかよ。そのままレジーと手をつないでずんずんと先を歩き、何なら早く来いと言わんばかりに何度も俺を振り返ってくる。

 

お前らは手ぶらで身軽だから良いけどな! こっちは重いトランクも一緒なんだぞ! 

人混みで見失わないよう早足で追いかけたらあいつらも早足になった。小走りになったことに気付かれるとあいつらのスピードも上がった。やばい。この流れはまずい。絶対に非常にまずい。

 

「おいこら待て! お前らはぐれたら俺が怒られるんだぞ!! 馬鹿、こらシリウス! 追いかけっこじゃない、ホームで走るな! レジーも待て!」

 

トランクを引き摺りながら走って弟達を追いかけるブラック家長兄の姿をたまたま見掛けたアンドロメダは姉妹との談笑を止め、彼らの様子を何気なく眺めていた。

学校ではあれほど常にブラック家らしく一筋の髪も乱れさせない佇まいをしていたリゲルが声を張り上げ、髪を乱しながら焦った表情で弟達を追い掛け回している。

 

仲良く手をつないだ弟達は、幼い子ども特有の甲高い歓声を上げつつ人混みの間を縫うように走っていた。

ようやくレギュラスの手を摑まえたリゲルは肩を上下させ、息を切らしながらシリウスの頭を片手でチョップする。

頭を押さえてうずくまったシリウスをレギュラスは心配そうに見下ろしていた。そんな末弟に対しても、リゲルが腰に手を当てながら説教をしていると、そこへとうとうブラック家のハウスエルフを従えた両親が傍に寄ってきた。

そこでようやく説教を止めた彼はトランクをエルフに預け、シリウスを引っ張り上げてからそれぞれと手をつないで再び歩き出す。

 

「何をニヤニヤしてんだい、気味が悪いよ。ドロメダ」

 

知らず知らずのうちに口角が上がってしまい、「ふふっ」と小さな笑い声を漏らした途端隣を歩いているベラトリックスがぎょっとして顔をひきつらせた。

 

「ドロメダ姉様?」

 

アンドロメダと手を繋いでいるナルシッサも不思議そうに眼を瞬かせてこちらを見上げて来る。

 

「ふふ、いいえ。なんでもないの」

 

自分達のような身内やごく親しい者に対してのみ、リゲル・ブラックという少年は年相応の顔を見せてくれる。

逆に言えばリゲルは他者と認識したものに対しては明確な一線を引く。丁寧で優雅な態度は崩れないものの、決してそれ以上の内面へは踏み越ませない頑ななところがある。そんなところは彼の父である現当主、オリオン・ブラックに本当にそっくりだ。

 

だからこそアンドロメダは、リゲルがルシウスやコイオスと仲良く過ごしている姿に少し安心した。身内にはどこまでも甘く、しかし身内以外には些細な関心すら払おうとしない彼がホグワーツになじめるのか少し心配だったから。

 

「さっきリゲル達が見えたのよ。ほら、リゲルって外じゃあんなにお澄まし屋さんなのに、シリウス達の前じゃ『ただのお兄ちゃん』なのがおかしくって。シリウスもレギュラスもしばらく見ない間に随分大きくなってたわ」

「へえ、あの小生意気なチビとビビリな泣き虫がねぇ」

「ベラったら。いい加減シリウスをいじめちゃだめよ。可哀そうでしょ」

 

アンドロメダがやんわりと咎めるような眼差しを送るものの、ベラトリックスは鼻で笑って済ませるだけだ。打つ手なし、とアンドロメダはため息を吐いて見せた。

 

「ねえねえドロメダ姉様! リゲルから聞いたの! 今年のクリスマスはリゲルのお家に行けるって本当?」

 

アンドロメダとつないだ手を軽く揺らしながらナルシッサが目を輝かせる。隣の姉から漏れ聞こえた「は?」という呟きを無視して、アンドロメダはにっこりとナルシッサに微笑んだ。

 

「ええ。25日の昼に伺う予定よ。楽しみね」

「わあ! たのしみ!」

「ちょっとドロメダ。私は聞いていないんだけど」

「今言ったわ、姉さん。オリオン様達とお茶をしていたら良いじゃないの。言っておくけれどシリウスへの意地悪は禁止よ。せっかくのクリスマスなんだから」

 

アンドロメダにしっかりと釘を刺されてしまったベラトリックスは苦々しい表情をしたまま黙り込んだ。ナルシッサは大喜びで従兄弟とどんなクリスマスを過ごしたいか計画を練っている。

そんな無邪気で愛らしい妹の様子にアンドロメダは思わずクスリと笑みがこぼれた。

 

「ふふ。シシーは本当にリゲルが大好きなのね」

「ええ! ドロメダ姉さまは?」

 

キングズクロス駅の改札口で、太ったマグルが詰まってしまった切符を取り出そうと躍起になっている。そのすぐ脇をさりげなく通り抜けながら出口のアーチを潜り抜けると両親が待ち構えていた。そちらへと手を振りながらアンドロメダは妹に秘密を打ち明けるようにささやいた。

 

「私ももちろん、あの子達もシシーのことも大好きですとも」

 

***

 

帰ってきた日の夜。最上階の俺の部屋までクリーチャーにトランクを運んでもらってから家族で夕食を囲んだ。父上と母上からはスリザリンに入寮したことや俺の学業について二言、三言お褒めの言葉を頂いてからそれきりだ。

 

本当は両親ともゆっくり会話をしたかった。だがそれより両隣に座ったシリウスとレギュラスがそれぞれバラバラに話しかけてくるもんだから、俺は左右の耳で聴き分けながら弟達の話相手をする羽目になったんだ。

入学する前と何ら変わりない懐かしくも慌ただしい夕食を終えて風呂も済ませた。さてあとは寝るだけと天蓋付きのベッドに転がって一息ついたところで枕をもったシリウスとレギュラスが突撃してきたのである。

 

「兄貴、ホグワーツの話聞かせてくれ!」

「僕も聞きたいです!」

「お前らあんなに手紙で書いておいて、これ以上何を話せって言うんだよ」

 

風呂に追っ払おうにも二人とも既にしっかり風呂も済ませて寝巻にも着替えている。本当にこいつらはこういう時だけ結託する。

どうやら三か月というのはまだ小さい弟達には長すぎる期間だったらしい。レギュラスどころか、反抗期に入ったものとばかり思っていたシリウスまで、帰って来てからはずっと俺の後ろを付いて回っている。

 

仕方なく重たい体を起こして杖でベッドサイドのランプを灯してから弟達を手招く。未成年の魔法使用は禁じられているけれど、正直この家の中だけならどうとでもなる。

遠慮なく俺のベッドに上がり手足を広げて寝転がるシリウスと、ちょこんとお行儀よく端に腰かけるレギュラス。

少しは弟を見習えとシリウスの頭を小突いてから二人に話をしてやるべく俺は口を開いた。

 

「あー……つっても何聞きたいんだ? 俺の勉強とか、ホグワーツで知ってることはお前らに全部話したぞ?」

 

三日に一度は手紙を書いているとそれこそ改めて話すネタもない。ホグワーツに居れば毎日何かしら発生して内容に困ることも無かったが。

 

「兄貴がいつも誰と居るのか聞きたい!」

 

シリウスが両手をついて飛び起きた。いつも……いつもなあ。それこそ従姉妹やルシウスとはよく話すけど、ベラの話はシリウスが嫌がるしこいつらはルシウスを見たことも無いもんなあ。ドロメダとシシーのことは手紙でも話しているし……あ、それなら。

 

「俺の相部屋がグリーングラス家の出身でさ、コイオスって奴なんだ。よく一緒につるむ奴はあいつかな」

 

結局コイオスは最初こそ恥ずかしそうに嫌がっていたが、俺がついつい朝の寝癖直しを手伝ったりお茶を淹れたりと世話を焼いている内に、すっかり慣れてしまったらしい。

クリスマス休暇も目前に迫った今では、夜のシャワーを終えたら「ん」とふてぶてしくタオルを手渡してくるようになっていた。

 

「人をタオルドライに使うな」

「どうやら君は案外、他人の世話を焼かなきゃ死んでしまう生き物だと分かったから」

 

それでもぶつぶつ文句を言いながらあいつの髪の毛を拭いてやる俺がどうかしているのは分かってる。……分かってるんだけど、こう、あれだ。落ち着かないんだよ。

 

『おいシリウスじっとしてろ。ちゃんと乾かせこのバカ! 風邪ひくぞ!!』

『やだよ、俺早く寝たいのに!!』

『兄様、髪の毛乾かせました!』

『一人で乾かせて偉いなあ、レジー。こっちにおいで。兄様が綺麗にしてやろうな』

 

と、まあ家では毎晩こんな感じで嫌がるシリウスをとっ捕まえて無理矢理にでも髪を拭いてたし。自分できちんと乾かせたお利口さんのレギュラスを褒めつつブラシで梳いてやってたし。なんかこう、ルーティンと化してたものが急に取り上げられるとどうにも落ち着かなくて……。

 

いや、もう言い訳しない。多分俺は一度懐に入れた奴に対してはめちゃくちゃ過保護なんだ。とりあえず無性に世話を焼きたくなる。

だってコイオスの世話を焼くようになってから俺の身体の調子が滅茶苦茶いい。夜もぐっすりだし朝は一気に目が覚める。最近は魔法史の授業でもそこまで眠気に襲われなくなってきた。

 

「……なあ、俺ってもしかして鬱陶しい性格しているのか?」

「僕の兄は3歳上だけど、ここまで世話焼きじゃないよ。君は弟たちが反抗期になったら悲惨なことになりそうだね」

 

コイオスの兄貴はスリザリンの四年生だ。俺も何度か話した事はある。実家では兄弟らしくそれなりに仲良くするものの、二人の趣味は違うからあまり一緒に遊ぶことは無いそうだ。

俺からしたらちょっと信じられない話だと伝えると「つくづく君はブラコンが過ぎる」と冷めた目で返されてしまった。

 

「万が一、君がその顔で女子の世話を甲斐甲斐しく焼き出したらホグワーツ中の女子が勘違いしてしまうからね。君の世話焼き欲求はしばらく僕で我慢しておきなよ。僕も楽出来るし」

 

そう言ったコイオスはフフンとちょっと悪い笑顔を浮かべていた。何かあいつにその内良いように使われそうな気がする。いや今もう既に使われているのか……?

 

「別に良いんだけどよ。あいつ段々調子に乗って箒に乗せろとか朝起こせとか言ってくるんだよ。いや、別にあいつだから全然良いんだけどさ。弟扱いされて嫌がってた割にはやっぱ弟みたいな所あるんだよ」

 

そこまでぶつぶつと呟いた所でさっきからシリウスとレギュラスから何のリアクションもないことに俺はようやく気付いた。

 

「……なんだ? お前らそろってそんな顔して」

 

そこには頬袋をはち切れそうなほどに膨らませ、俺を睨みつけている二匹のハムスターがいた。そうしていても可愛いが普段に比べると不細工だ。

手近にいた図体のデカイハムスターの頬袋を片手で押し潰してやったら、なんとも間の抜けた音がした。

 

「なにすんだバカ兄貴!」

「お前らこそどうしたよ。なあレジー、俺の小さいお姫様は一体何が不満なんだ?」

 

ハムスター(大)のシリウスがわめき散らすのを適当にいなしながら、いまだに頬袋を溜め込んでいるレギュラスの顔を覗き込む。むっつりと黙り込んだままレギュラスはぷいっと顔を背けてしまった。からかい過ぎたか。

 

「えー、ごめんってレギュラス。ほらシリウスも、機嫌直して笑ってくれよ、な?」

 

つーか何でこいつらそんなにご機嫌斜めなんだ? 強請られた通りに友達の話しただけだぞ? 

顔を背けたままのレギュラスの頭を抱き込んでごろりとベッドに寝転がる。ついでにシリウスの腕も引いて隣に転がしてやった。無駄に広々とした実家のベッドは兄弟三人並んでも余裕で寝ることが出来る。

 

「……兄様は僕たちの兄様なのに……」

 

艶々とした真っすぐなレギュラスの髪を撫でていると俺の胸元に顔を埋めたまま、不貞腐れた呟きが聞こえて来た。

 

これはアレか。要は友達の話は聞きたかったけど思ってたよりずっと夢中になって話されて面白くない。大好きなお兄ちゃんが取られたみたいで寂しいって事か?! シリウスとばっちり目が合ったけどシリウスにも気まずそうな顔で目を反らされた。

 

「…………俺の弟達はたいへん可愛いが過ぎるな」

 

「何言ってるんだこいつは」と言わんばかりのシリウスを無視して二人をそれぞれ両腕に抱きかかえる。レギュラスはどうやらすっかりそれで機嫌を直してくれたらしく、子猫のように喉を鳴らしながらぎゅっと抱き着いてきた。

もうこどもじゃないと腕の中で暴れまわるシリウスも問答無用で抱き締める。俺の片腕で抑え込めている内は十分子どもですー。

 

「なあシリウス、レギュラス。お前らもいつかホグワーツできっといい出会いに恵まれるよ。お前らにも素晴らしい世界が待ってる」

 

杖を一振りしてランプの明りを消す。二人の名前を呼んでそれぞれの前髪をかき分けてそのつるりとした額へと唇を押し当てると、シリウスとレギュラスは揃って俺を見上げてきた。天井近くの窓から白い月光がおぼろげに差し込んできて、二人の目が星色に輝く。

こいつらの目の色は、俺がこの世で一番好きな色だ。

 

「兄様みたいに?」

 

二人の背をトントンと軽く叩いていると少しだけ眠そうなレギュラスの声がした。ゆっくりとまばたく瞼は、いつもよりとろんと垂れてみえて俺はつい小さく笑う。

 

「ああ。俺はそう信じてるし、そうであってほしいと願ってる」

「……あのさ、やっぱり兄貴もさ、俺はスリザリンに入るべきだって思う?」

 

もぞ、と身動きながら今度はシリウスが俺の顔を見上げてきた。こっちはまだぱっちりと目を開けている。首だけ起こしてその顔を覗き込みながら髪を撫でてやると、少しだけシリウスは昔よく甘えに来た時のように身を寄せて来た。

 

「どうした。誰かに言われたか?」

「父さんも母さんも、会う人みんなそう言うんだ。アル叔父さんは何も言わなかったけど」

「あー……」

 

ブラック家は代々スリザリンに決まっていると確かに父上も母上も言う。まあ実際そうなんだろう。親戚連中の誰を見てもスリザリン以外の卒業生はいないし。

俺としては、もちろん弟達がスリザリンに入ってくれたらすごく嬉しい。素直にそう述べると、シリウスは苦い薬を無理矢理飲まされた時のような顔をした。

 

「なんだよシリウス。お前スリザリンが嫌なのか? 俺と同じ寮だぞ?」

「ベラトリックスと同じ寮なんて、“マーリンの髭”だ」

「こんど母上の前でその低俗なスラングを言ってみろ。口を縫い付けられるぞ」

 

一体どこでこんなことばかり覚えて来るんだ。ため息交じりにたしなめるとシリウスは口をへの字にして黙り込んだ。こいつはほんとに、と苦笑が漏れる。

 

「それともお前、どこかほかに行ってみたい寮があるのか?」

「行ってみたい……んー……」

 

いやに歯切れの悪いその頬をうながすようにつついてやると、シリウスは意を決したように目を輝かせた。

 

「あ、あのな! 兄貴、俺グリフィンドールに行ってみたい!」

 

半オクターブ上がった大きな声で告げられた寮の名前にぎくりと肩が跳ねた。俺の腕に頬を預け、眠りの世界に片足を突っ込んでいたらしいレギュラスの身体も小さく揺れる。

レギュラスは何が何だか分からない、という寝ぼけ眼で頭だけを起こして俺とシリウスをぼんやり見渡していた。

 

「……ふうん、グリフィンドールか。どうしてだ?」

 

グリフィンドールに対しては正直いい印象は無い。あいつらは総じて落ち着きが無くてうるさいし、何よりやたらとスリザリンをライバル視してくるのにはうんざりしている。多分あっちは俺達のことを、鼻持ちならない連中とでも思っているんだろう。

 

何よりグリフィンドールにはマグル出身の連中や、俺達のような家をやたら敵視するような奴が多い。純血はマグル出身を差別していて、碌な連中じゃないと大っぴらに言ってくるような奴らばかりだ。

流石に出合い頭に呪いを掛けるほど毛嫌いしていないが、とにかく俺とは根本的な考え方も違うだろうし関わりたくないというのがグリフィンドールに対する本音だ。

 

微かに眉間に力がこもってしまう。棘が感じられないようにあえてゆっくりと尋ねると、しかしシリウスは想像していたよりもずっとあっけらかんとした笑顔を浮かべた。

 

「だって、赤色ってカッコいいだろ? 俺は、ホグワーツのあの四色の中なら赤色が一番好きだ! なあ、レジーは何色が好き!?」

「…………??」

 

勢い込んだシリウスは上体を起こし俺の胴体を乗り越え、今にも瞼がくっつきそうになっているレギュラスの肩まで揺さぶる始末だ。こら、やめてやれ。

レギュラスは何事かをむにゃむにゃ呟いてから再び俺の腕を枕にして身体を丸めてしまった。シリウスは不満そうに唇を尖らせている。

 

とうとう我慢できずに噴き出してしまった。肩を震わせ、声を押し殺して笑いの発作に襲われている俺をシリウスは珍しいものをみたとばかりに凝視する。

 

「あっはは……! はは、あぁ……いや、うん、そうだな。赤は……確かに良い色だ」

「だろ?」

 

あまり大きな声を上げるとまたレギュラスが起きてしまう。何とか笑いを鎮めるとシリウスは得意げに胸を張っていた。

 

「兄貴は俺がグリフィンドールとか、他の寮に入ったら嫌か?」

「まさか。たかが寮が違っただけで嫌いになるもんか。お前やレジーがどこに行ってもずっと大好きだよ。お前らは大事な俺の弟なんだから。いつまでも一緒だ」

 

そう言ってやるとシリウスは安心したように「へへっ」と小さく笑いながら遠慮なく俺の腕へと頭をのせて来た。

緑よりも赤の方が好きな色だから。笑ってしまうくらい単純で、だけどそんな細やかな理由だけでグリフィンドールを選ぶなら。例え寮が離れたとしても、俺達は何があってもずっと一緒にいられるんじゃないだろうか。きっとブラック家にとっても、一人くらいはシリウスみたいに勇敢な奴がいたっていいよな。

 

「いっしょ……いっしょ……」

 

むにゃむにゃとレギュラスが呟きながら俺の腕に頬擦りし、シリウスの手を掴んだ。なにか楽しい夢でも見ているのか目を閉じたままニコニコと笑っている。小さく息を呑んだシリウスは自らの手を掴むレギュラスの白い指と俺の顔を交互に見詰めた。

 

「よかったなあ。シリウス」

 

俺でも分かるほどはっきりと目尻が紅くなっているのがみえて、ついからかいたくなってしまった。ニヤニヤ笑っているとシリウスはうるせえ、と乱暴に吐き捨てて勢いよく再び俺の腕を枕にする。鈍い音とともに激痛が走った。いって!! 今の、わざと俺の腕に頭をぶつけてきやがったな。

文句の一つで言ってやろうかと見下ろしたシリウスの指があまりにもしっかりとレギュラスと繋がれていて、口から出そうになった悪態が中途半端に消え失せてしまった。

 

「……おやすみ。シリウス、レギュラス」

 

もう一度杖を振ってカーテンも全て閉める。月光も遮られ、お互いの輪郭しか見えないほどの暗闇に包まれながら、俺も枕に深く顔を埋めて瞼を閉じた。

 

***

 

今年は従姉妹達も集まって例年よりも賑やかになったクリスマスパーティーが終わり年も明けると、気付けばもうホグワーツに帰る日が迫っていた。休暇の後半はどっさりと出されていた宿題を片付けることに追われていたし、最終日は一日荷物を詰めていたら終わってしまった。

 

「じゃあまた次はイースターの時な」

 

キングズクロス駅まで見送りに来てくれた両親と別れのハグをしてから弟達に向き直る。

すんすんと真っ赤な鼻を啜っているレギュラスが今回泣き出したのは出発当日の朝だけだった。こいつも成長したもんだ。抱き締めると俺のローブの胸元がぐっしょり濡れたけれど構うもんか。

 

「兄貴、俺どうしても出席しなきゃダメなのかな」

 

最後にシリウスとハグを交わしてぽんぽんと背中を叩いていると、耳元でぼそりとシリウスが低く呟いた。眉を下げて口をへの字に曲げている。

どう見ても気乗りしないと言いたげな表情に苦笑していると、同じように苦笑いしている父上と目が合った。父上の隣にいる母上はまたそれか、と鼻を鳴らす。

 

「……シリウス、ごめんな。俺の代わりだと思って少しだけ我慢してくれ」

 

この休暇中何度となく言い聞かせていたセリフを告げると、シリウスはますます気落ちして肩を落とす。しょぼくれた犬のような哀愁を漂わせているのがおかしいながらも何だか可哀そうだ。

今年の11月で7歳になったシリウスはこの先3年間、俺が不在の間に開催される親戚連中の集まりには俺の代理で顔を出すことになっている。

 

基本的に純血貴族の子はホグワーツに入学する前後くらいの年で社交界デビューするのが一般的だが、俺は5歳か、それよりもっと小さい頃には礼儀作法を叩きこまれて父上と一緒に参加していた。

俺が出席した時は大抵同い年のルシウスも一緒だったし二人で悪戯……いや、遊ぶことが出来たのでそういった集まりに顔を出すことは嫌いじゃなかった。だけどシリウスは一人だけぽっかり生まれてしまったような子で、近しい親戚に同世代が居ない。従姉妹で一番年が近いのは俺と同い歳のナルシッサだしな。

 

レギュラスは夜の集まりに出席させるにはまだ小さく、しかも人混みの中に長時間いると気分が悪くなってしまう子だ。大人たちの中にシリウスが一人だけぽつんと混じっている姿を思うと心が痛むけど、父上達のお考えも俺にとってはよく分かる。

 

ブラック家の、しかも本家子息がそれなりの歳になっているというのに社交界に顔を出さないというのは他の家に対して示しがつかないんだろう。ブラック家は他の家とは違って幼い頃から社交界に出ることが出来るほどの、それだけの教育が成されているのだとアピールしていく必要性は俺も理解していた。

 

他の家と違ってこそ、初めて魔法界の王族足りえるのだと。

 

俺がそれを幼いなりに意識したのは、ちょうどルシウスと出会って半年くらい経った頃の事。初めて新年を祝うパーティーに出席した時だった。

父上と手を繋ぎながら会場へ入ると、他の家の連中は合図も無しにさーっと左右に分かれて俺達に道を開けながら整然と列を作り、品よく微笑みながら静かに頭を下げて来た。

当時の魔法大臣であったはずの人物も出席し、父上に愛想よく笑いながら話しかけている光景には子どもながら仰天したのを覚えている。

 

『父様! 他の家の方たちがみんな、父様に道を開けて頭を下げていましたね!』

 

父上が魔法大臣とあんなにも親しいこと。何より、知らない人たちが皆父上にうやうやしく頭を下げている姿は幼い俺にとってとても誇らしい出来事だった。

やっぱり俺の父様は特別ですごい人なんだ。自宅に帰ってきた直後、無邪気にそう笑いながら腕に抱き着いたのを覚えている。まだ赤ん坊だったシリウスを抱きかかえて玄関まで迎えに来た母上に、「本当にリゲルはお父様が大好きなのですね」と笑われて少し恥ずかしかった。

 

『リゲル、お前には大事なことを教えないといけないね。こちらにおいで』

 

荷物をクリーチャーに預けて着替えた父上に書斎へと招かれた。不思議に思いながら父上の向かいに置いてある椅子へと腰かけると優しく髪を撫でられた。

 

『私達の家がとても古くから続いていることはお前にも話してあったね』

『はい! 母様から教えていただきました。俺達のお家はこの国の魔法使い達の中で一番昔からある、とっても特別なお家だって!』

『そうだね。そして、それだけ古くから続いてきたこの家は、イギリス魔法使い達にとっての王族でもあるんだよ。リゲル、王とはどういうことか分かるかい?』

 

王族。王様。魔法界に王様という役職は無いけれど、昔読んだ絵本で出て来た王様は金ぴかの服を着てとても太っていて、偉そうだった。

それを正直に伝えると父上は声を上げて笑った。

 

『王族とはね、例え話だよ。いいかい? それだけ私たちの家は有名で、皆が知っているということだ。まだお前には難しいかもしれないけれど、皆が私達のことを知っているからこそ、私達は他と違っていなくてはならないんだよ』

 

困った顔をして首を傾げていると父上に『ルシウスと一緒に晩餐会のデザートをこっそりつまみ食いしていたことは、私達にはお見通しということだよ。実はお前達はいつも注目を集めているんだ』とウインクされた。

 

バレていないと思っていた悪戯が実はとっくに知られていたことは予想以上に恥ずかしかった。俺はその日以来、勝手知ったるマルフォイ邸以外で悪さをすることはきっぱり止め、格調高いちゃんとしたパーティーでは、父上の傍で大人しく会話に耳を傾けることにしたんだ。

 

ただひたすら黙って観察しているだけの時間は初めは退屈に思えたけれど、数か月経つ頃には話の内容が分からなくても見て学べることの面白さに気付けた。

父上の視線の配り方。話の振り方。会話の切り上げ方。きっと父上はそういう立ち居振る舞いも学ばせるために幼い俺を出席させていたのだろう。

 

シリウスはまだ7歳だけど、ブラック家の基準で言えばもう7歳なのだ。だからシリウスには俺の代理を頼まなければならない。たとえこいつが格式ばったことが嫌いでじっと出来ない性格でも。

 

「お前チキン好きだろ、パーティーだといっぱいチキン料理も出るからさ。それ食べてろよ」

「好きだけど……」

 

多分俺が出席しなくてもいいと言うことが最後の頼みの綱だったのだろう。やんわりと促されて完全に不貞腐れた弟はポケットに両手を突っ込んで唇を尖らせた。

その頭を撫で回してもう一度「まあ頑張れよ」と慰めのハグをしてから列車に乗り込む。

扉越しに振り返ると、ぴょんぴょんと飛んで手を振っているレギュラスの隣で、シリウスはまだふくれっ面をしたままうらめしげに俺を睨みつけていた。

 

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