Soleil シリウスとレギュラスのお兄ちゃんが頑張る話   作:がらくた屋

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※今回オリジナル魔法植物、及び呪文が一部登場します


第六話 星見の塔

消灯目前の天文塔はどこか底冷えのする、よそよそしい雰囲気で静まり返っていた。重々しい金属製の扉を開けると、吹き抜けになった天井近くまで耳をつんざくような金属音が響き渡る。

一歩階段を上るたびに手に持ったカンテラの炎は揺れて、石造りの壁に浮かび上がる二つの影が揺れる。ふいに遠くどこかで――恐らく禁じられた森の方から。眠たげな鳥の鳴き声がして、二つの並んだ影の内、後ろの人影が大きく肩を震わせた。

 

「シシー、今のはただのフクロウだぞ」

 

先頭に立ってカンテラを持っていた俺はうんざりした表情を隠そうともせず背後で縮こまっているナルシッサを肩越しに振り返る。ナルシッサは柔らかそうなブロンドの長い髪をぎゅっと握りしめ、真っ青な顔で震えながら何度も頷いた。

 

「わ、分かっているのだけど、でも、こんなに暗い所で聞いたら怖くて……」

 

暗い所、なあ。

俺はため息を吐きながら、頭上に延々と円を描いて続いている石づくりの螺旋階段を見上げる。確かに数メートル先しか見えない様な暗闇の中では永遠に見える階段だけど、もう数分ほどで頂上に着くことは経験則で知っていた。

 

「なあ、そんなに怖いなら明日の朝早くに取りに来いよ。明日までの課題が終わってないなら俺の写せばいいだろ?」

 

談話室でも道中でもぶつけた疑問をうんざりしながら再び問いかけるとナルシッサは薄っすらと涙を浮かべながら「だって」と言い募った。

 

「私の荷物がフィルチに見つかったら回収されちゃうわ! あの人怖いから喋りたくないの!」

「あいつスクイブだって噂じゃねえか。魔法も使えないやつを怖がるなよ……」

 

思わずそうぼやいてしまったが、意外と頑固な所のあるナルシッサはこうなったらてこでも動かないだろう。

今日はとことん何というか、ツキが悪い。まさか談話室に帰った途端ナルシッサに、忘れ物の鞄を取りに天文塔に付き合ってくれと泣き付かれるとは思わなかった。今夜に限ってなんでルシウスもベラ達もまだ帰って来ないんだよ。

 

「……その、ごめんなさい。昼間あんなことがあったのに貴方を付き合わせて」

 

五分ほどお互い無言で黙々と階段を上っていると、不意に幾分かしおらしいナルシッサの謝罪が背中越しに聞こえて来た。

流石にちょっと悪い事をした。俺は別に従姉妹に対して苛ついている訳じゃない。明るく聞こえるように笑い声を上げて柔らかい口調を心がける。

 

「気にするなって。別にシシーにはちっとも怒ってないよ。ほら急ぐぞ。消灯まであと40分しかねえし」

「ええ、ありがとう、リゲル」

 

忘れ物を取って来て天文塔を降りて、そこからスリザリンの談話室まで戻ることを考えるとあまり時間の余裕はない。あのフィルチと飼い猫に見つかるような面倒だけは御免だ。ただでさえ今日は厄日だっていうのに。

そう、ホグワーツ二年目に突入した今日。新学期初日の授業であった薬草学で俺は最悪な目に遭ったのだ。

 

***

 

「スプラウト先生。すみません、コイオスは今日体調不良で欠席していて俺のペアが居ないんです。代わりにナルシッサのテーブルに移動しても構いませんか?」

 

去年と変わらず新しい一年生を迎えて、もしかしたら去年以上に騒々しく感じられた始業式が明けた今朝。コイオスは高熱を出して医務室で寝込んでいた。曰く、このくらいの熱なら昔からよく出していたとのことだ。

 

心配しないでとは言われたものの何となく傍を離れづらく、結局ギリギリまで医務室に居た俺は始業のベルと同時に温室へと駆けこむ羽目になった。当たり前のことだが他のスリザリン生は既に二人一組でペアを作って着席している。

前方へと進み出てスプラウト先生にそう申し出ると、彼女はその恰幅の良い身体を揺すりながら人好きのする笑みを浮かべた。

 

「そうなんですね、実はレイブンクローの方も欠席者が出ているようで丁度一人余っているんです。ブラックは彼とペアを組んでもらえますか?」

「分かりました」

 

スリザリンの薬草学はレイブンクローとの合同授業になっている。彼、と言っていたから男子生徒か。レイブンクローの連中とは碌に話した事は無いがグリフィンドールとペアになるより百倍マシだろう。

ドラゴン革の手袋と教科書を持って静かにレイブンクローのテーブルの隅へと移動するが、その道中俺はなんとなくレイブンクローの奴等から妙な視線を注がれていることに気付いた。

 

「ねえ、スプラウト先生本気? まさかブラックをあいつと組ませるの?」

「俺嫌だよ、レイブンクロー全体が彼にどう思われるか。おい、誰かペア変われ」

「ええ、僕だってあいつと組むなんてまっぴらだよ」

 

ひそひそと聞こえる囁き声にどんどん得体のしれない嫌な予感が膨らんでくる。

何があっても冷静に。俺はブラック家の顔なんだ。何があっても表に出すな。

見かけだけは涼しい表情に見える様に荷物を抱えながら足早にレイブンクロー生達の間を通り抜ける。

 

通り抜けたところで、ピタリと俺の脚が止まってしまった。

 

なんだこれ。

 

唇まで出かかった言葉を何とか呑み下し、俺は一度目を閉じた。もしかしたら俺は白昼夢を見ているのかもしれない。もう一度目を開けてみてもそこには何ら変わらない光景が広がっている。

もう一度言う。なんだこれ。

 

レイブンクローの青い群れから椅子一つ分隔てた所に座っていた男子生徒は、毛先が縮れくすんだ茶色い髪をしていた。ブラシで梳かすこともしないのか好き放題に肩まで伸びた髪は頭部全体を無造作に覆い隠している。俺が暴風に襲われた後だってこれよりひどい髪型にはならないだろう。

 

それにその耳飾り。なんだあれ。どうして茎がついた生のニンニクを両耳に掛けているんだ? 

しかも極めつけに、こいつは『基礎から学ぶ薬草学―有益な薬の材料とは?―』の教科書を逆さにして読みふけっていた。

 

……たぶんコイオスの風邪が移ったな。今の俺も高熱が出ているんだろう。ああでも高熱があったとしても、俺はここまで気が狂った夢は見ないから目の前の光景は現実なのか。畜生が。

 

「………………隣、失礼しても構いませんか?」

 

10秒ほどの重苦しい沈黙の後、やっとのことでそれだけを絞り出せた。遠巻きにこっそりと眺めていたらしいレイブンクロー生達が静かにざわめく声が聞こえて来る。

ニンニク男は没頭していたらしい教科書から顔を上げると、夢から醒めたような顔で俺を見上げて来る。ぎょろりとした大きな瞳は右目の方は俺へと向けられていたが、左目は斜め上の方へと向けられていた。

 

「あァ……うン。どうぞ……」

 

起きているのか寝ているのか分からないほどぼんやりした声でそう答えると、再びニンニク男は逆さにした教科書へと視線を落としてしまう。俺は途方に暮れたくなった。現実逃避でこの地獄が終わるならいくらでも逃避してやる。

しかしスプラウト先生はニコニコと黙って見守っているだけだし、レイブンクロー生は固唾をのんで俺を見つめている。

視界の隅でナルシッサが心底気の毒そうな表情を浮かべているのが見えた。同情するならお前のテーブルに呼んでくれ。頼む。

俺が着席しないと授業が始まらないので黙ってニンニク男の隣へと浅く腰掛けた。俺の前にはモスグリーンの植木鉢とレーズンみたいにしなびた黒い種が一粒置かれている。

 

「今日からは皆さんに“お喋りパンジー”の栽培を始めてもらおうと思います。今から植えれば春には咲きますからね。12月頃には花壇への植え替えを行いますよ。お喋りパンジーの植え替えについての注意事項を知っている人は?――ええ、どうぞ。グレイス・デール」

「種に衝撃を与えない様にそっと扱う事です。ちょっとした振動で種が目を覚ましてしまうと、延々とお喋りを聞かされてしまいます。そのお喋りの内容は種の世話に関するものですが、その大半はでたらめで役に立たない内容です」

 

眼鏡をかけたおさげ髪のレイブンクロー生は、教科書の一段落に掛かれている内容を丸々暗唱してみせた。

 

「レイブンクローに五点あげましょう。デールの言う通り、何よりも種を起こさないよう慎重に扱う事です! 成長し、花になってからは楽しい話し相手となってくれますが種の間のお喋りは……ええ、そうですよ。ディアボーン、まだあなたにはピンとこないでしょうが、下らないお喋りに延々と付き合いたいのならどうぞ」

 

マダム・ポンフリーに名指しで呼ばれた別のレイブンクロー生は、今まさに種へと手を伸ばしていた片手を慌てて引っ込めていた。

その後も2,3の細々とした注意事項やアドバイスのあと、スプラウト先生は「では始めてください」と呼び掛けた。生徒達は賑やかにおしゃべりしながら一斉に作業へと取り掛かる。

 

種植えと言ってもただ土を敷いて種を埋めればいいというものではない。花を咲かせるための土づくりから始めないといけないから、ドラゴンの糞を計量したり水の調整をしたりと意外と作業量は多いのだ。

しかし隣のニンニク男は一言も発そうとせず黙って教科書を逆さに読んでいるだけ。さっきまでの先生の説明をちゃんと聞いていたかさえ怪しい。俺はもう黙って手袋を付けると肥料の糞を取りに行って、さっさとカップに計量を始めていた。さっさと一人で済ませて一刻も早くここから出たい。今の願いはそれだけだ。

 

「君、ブラック家の子だ。皆がいつも君の噂をしている」

「…………ああ、そうですが。それが何か?」

 

あと5グラムは欲しいな、と小さじで慎重に掬っていたら隣からぼんやりした眠そうな声が飛んだ。手元のさじが狂って1グラムオーバーした。心の中だけで舌打ちして再び掬い直す。

 

「僕はゼノフィリウスだよ。ゼノフィリウス・ラブグッド」

「とても良い名前ですね」

「人に名前を聞いたら自分も名乗らなきゃいけないんだ。ブリンバリング・ハムディンガーは不作法なやつの脳みそを啜るのが大好きなんだよ」

「ブ――いま、なんて?」

 

適当に聞き流そうと思っていたのについ俺の手が止まってしまった。植木鉢の中ではドラゴンの糞と栽培用の土が中途半端に混ざったまま強烈な臭いを発している。

ゼノフィリウスはびっくりしたように目を大きく見開いたまま大真面目な表情で頷いた。

 

「ブリンバリング・ハムディンガーさ。普段は目に見えないんだ。だけど不作法なやつのことが嫌いで、マナー違反を見掛けたら耳に嘴を突っ込んで脳みそを啜っちゃうんだ。対策にはあいつらの嫌うニンニクをこうやって身に付けるしか――」

「そんなものは存在しないし敬意にうるさい動物はヒッポグリフのことだろう。それに君はご存じないようだがニンニクを嫌うのはヴァンパイアだ、ラブグッド。君は黙って手を動かすか、それともその耳からぶら下げている馬鹿げたものを口に突っ込まれるか今すぐ選んでくれるかい?」

 

これ以上その戯言を聞いていると頭が可笑しくなりそうだったので俺はピシャリと遮った。普段他人に対して意識している口調より多少荒っぽくなってしまったのは仕方ない。悪態を吐かなかっただけ相当我慢したぞ。

さっきから俺達の会話に聞き耳を立ててニヤついていたレイブンクロー生の何人かは、俺の冷え切った声を聞いて蒼褪めていた。お前らが代われ。クソが。

 

水を計ろうともしないのでゼノフィリウスの手から水差しを奪い取って規定量を計り取ると土と混ぜ合わせて湿らせる。最後に種を放り込もうとしたら苛々して勢いをつけ過ぎてしまった。

土と勢いよくぶつかった萎びた種は、その皮をぺらりとめくると甲高い声でぺちゃくちゃとお喋りを始めたのだ。しまった。たまたま傍を通りかかったスプラウト先生は少し慌ててスコップで土を掬う。

 

「あらあら、早く土を掛けて眠らせておやりなさい。種のお喋りはね、あまり長いこと聞いていると正気を失ってしまうんですよ」

 

その言葉で周囲の生徒達は慌てたようにフカフカのヘッドフォンを耳に着けた。

 

『あら素敵な坊や。深い海のような目をしていてとてもハンサムね。あなたに埋めてもらえるなんてあたしも幸せものだわ。ねえ、優しく埋めてちょうだいね。お水は一日五回は欲しいわ。あたしはバラの香水付きのものが好きなの』

「違うよブラック、ブリンバリング・ハムディンガーは実在するんだ。僕は去年の夏にヨークシャーまで父さんと出掛けたんだけど、そこで素晴らしい痕跡を――」

 

目の前の種か、それとも隣のラブグッドの頭か。どちらかを真っ二つにカチ割れたらどれだけスッキリするだろう。

 

そんな誘惑を何とか押さえつけながら無心で土を掬う。目覚めたばかりの種はまだ眠りたくないらしく、皮を使って土を弾き飛ばしてくるのをスプラウト先生と二人がかりで数分間格闘した末にようやく種を眠らせることができた。

植木鉢が静かになったことを確認するとスプラウト先生は額の汗を拭った。相変わらず夢見心地のラブグッドを厳しい目で見つめ、俺に対しては同情するような眼差しを向ける。

 

「ラブグッド。ブラックにばかり作業をさせてあなたはちっとも手伝おうとしないのは何事ですか。レイブンクローは10点減点です。ブラック、貴方には気の毒ですが……種を起こしてしまったのでスリザリンは1点だけ減点とします。貴方の成績ならばすぐに挽回出来ますよ」

「……すみませんでした」

 

最後の方には優しいフォローが入ったけれど、それでも入学以来初めての減点をこんなところで食らうとは思ってもいなかった。呻くように謝る俺の隣でラブグッドはどこを見つめているのか分からない目でまだぼんやりしている。

 

それから30分後。今日の実技について皆でレポートを書いていたら終業を告げるベルがようやく鳴った。あの鐘をこんなにも待ち遠しく思ったことは無い。

ベルの音が耳に入った瞬間に立ち上がり、教科書と羽ペンをかっ攫って鞄に放り込むと全員が黙って見つめる中、温室から誰よりも早く足早に出て行った。隣のニンニク野郎はまだブラなんとかについて戯言を言っていたけれど全て無視だ。

 

午後になってもクラスメイト達は皆どこか恐々と俺を遠巻きに見詰めていた。コイオスが不在な中、俺と一緒に行動してくれたのはナルシッサだけだ。

廊下ですれ違ったルシウスでさえ普段の軽口を止めて「どうしたその顔は」と素直に目を見開いてきた。

 

「可笑しなことを仰いますね。俺の顔に何か付いていますか、ルシウス先輩?」

「……貴様はそうしているとオリオン様にそっくりだな」

 

殊更にこやかに微笑んで見せるとルシウスは何故か顔をひきつらせていた。全くもって失礼な野郎だ。

 

午後の魔法薬学は去年満点を取った得意教科だが、それ以上にスラグホーン先生は滅茶苦茶に俺を気に入っている。多分俺がブラック家の嫡男だから、というのが大きいんだろう。彼のお気に入りの生徒達を集めたスラグ・クラブに毎回のように勧誘してくる始末だ。

あのしつこい勧誘さえ無ければ気のいい爺さんなんだけど……いや、家の事を考えたらクラブには入った方が良いのか。確かルシウスも入っているはずだし。でも爺さんの相手を授業以外でも、ってなったら面倒なんだよなあ。来年ぐらいになったら入っても良いか。

 

相変わらずの熱心な勧誘を笑顔でのらりくらりと交わしつつ、それでも完璧に仕上げた忘れ薬を絶賛したスラグホーン先生はスリザリンに10点をくれた。お陰でささくれた心が少しだけ穏やかになった。

魔法薬学が終わると俺は夕食を持って医務室に立ち寄り、朝よりは顔色が良くなったコイオスに薬草学の愚痴を思う存分ぶちまける。

完全に他人事扱いのコイオスは涙が出るほど笑い転げていたのでコイツにはいつかラブグッドの相手を押し付けようと決意した。

 

***

 

そして消灯一時間前に談話室へ戻った俺はいま、こうしてナルシッサの忘れ物に付き合って天文塔にいるわけだ。ナルシッサは魔法薬学が終わってから夕食までの自由時間、天文学の予習をやろうと友人と共に望遠鏡を覗いていたらしい。

 

「そういや天文塔くらいはさ、消灯時間過ぎても自由に出入りできるようにしてくれたって良いのにな。実習じゃないと夜間の天文塔に行けないとか不便過ぎる。夜中しか見えない星とかあるじゃねえか」

「あら知らないの? 天文塔で昔何があったか」

 

頂上からの帰り道。螺旋階段を降りながら俺がぼやくと、俺の後に続いているナルシッサが回収してきた鞄を両手でしっかりと握りしめながら囁いた。

 

「昔はね、消灯時間後も自習の為に天文塔だけは自由に生徒が出入り出来たんですって。でも、転落事故があったそうよ。当時3年生だった子が一人亡くなっちゃったんだって。それ以来、夜中の天文塔は先生が許可しないと入れないの」

「ふうん」

 

まあこんな高い所から落ちたらそりゃ魔法無しじゃ死ぬなあ、と呑気な相槌を打っていたらナルシッサはますます小さく潜めた声でこそこそと囁いた。

 

「――それにね、夜中になったら出るんだって。死んだ生徒の幽霊が!」

「ゴーストなら俺達だって毎日散々見てるだろ。ビンズの爺だって死んでるぞ」

 

こいつが陽が落ちた天文塔に昇るのを散々怖がっていた原因はコレか、と心の中だけでため息を吐く。ナルシッサの怖がりは、昔からベラトリックスが面白がってあること無い事吹き込みまくったからだろうな。

 

「その幽霊のことは噂でしか皆知らないのよ! あのね、その子は何もしないでじっと何かを訴えるみたいに見つめて来るんだって。それでね、しばらく目を合わせた後で消えてしまうの! 顔も身体も血だらけだからどんな見た目か分からないそうよ」

「じゃあそいつは天文塔にたまたま来てた血みどろ男爵だろ。ほらここから走るぞ」

「もう、リゲルったら!」

 

階段を降り切って木製の扉を開けたらあとは長い廊下が続いている。ここからスリザリンの談話室までは位置的にはほぼ反対方向だ。消灯まであと20分と考えると時間的にはギリギリだ。

俺が走り出したら背後のナルシッサも抗議しつつ追いかけて来た。あまりうるさくならない様に、でも急ぎ足で中庭を突っ切って玄関ホールにたどり着く。

 

「……ねえ待って、何か聞こえない?」

 

ナルシッサが不意に俺の腕を掴んで動きを止めた。脅えたように小さく囁きながら落ち着きなく周囲を見渡している。俺も立ち止まって辺りを眺めてみたが閑散としたホール内に人影はない。

 

気のせいだろう、と言いかけた俺の耳にもふと、微かなすすり泣きが聞こえて来た。無言のままナルシッサと顔を見合わせる。

聞こえて来たのは大階段のあたりからだ。無意識に息を潜め、ポケットからこっそり杖を取り出すと足音を忍ばせながら正面の階段へと近づく。

階段の脇に立っている巨大なガーゴイル像の後ろに、ちらりと赤い髪の毛が見えた。

 

「……」

 

俺の背後からそっと覗き込んだナルシッサは「あら」と小さく呟いて固まる。俺も杖を掲げたままどうしたものかと考えあぐねてしまった。

 

まだ真新しいローブに身を包んだ赤毛の少年二人が、石像の後ろでべそをかいていた。

 

ちらっと見えたネクタイの色は深紅。こいつらはネクタイの色に負けないくらい真っ赤な髪の、毛先のはね方までそっくりだった。

そういえば今年の一年生に、一卵性の双子がいるとかでちょっとした話題になっていたな。グリフィンドールに入ったから気にも留めていなかったけれど。

 

「……お兄ちゃんたち、だあれ?」

 

ガーゴイルの台座に腰かけてしゃくり上げていた方が、俺達の気配に気づいたらしく涙に濡れた顔を上げた。その両膝はひどく擦りむいていて血が滲んでいる。向かいに座り込んでいた片割れも目に涙を浮かべながら俺を見上げて来た。

こいつらはグリフィンドール生だ。普段だったら廊下ですれ違ったとしても注意すら払わなかっただろう。今だって、もしもこいつらが怪我をしていなかったら。泣いていなかったら。俺は視界にすら入れずに素通りしていたに違いない。

 

でもこいつらは実際怪我をしている。二人とも泣いている。涙をいっぱいに浮かべた目で無防備に俺を見上げて来る。

 

こいつらの瞳の色は褐色だ。なのにそれが一瞬灰色に見えてしまった。

 

ああくそ。畜生。

マジで、今日は本当に厄日だ。

思わず俺は心の中だけで舌打ちをした。

 

「……立てるかい?」

 

一年生の質問を無視して、怪我をしている方の前に屈みこむ。俺に問いかけられた方はぽろぽろと涙をこぼしながら小さく首を振った。だよな、と浅くため息を吐きながらシシーを振り返る。

 

「なあシシー、悪いけど先帰っててくれ」

 

手を挙げて頼むとナルシッサは少しだけ迷った素振りを見せてから「分かったわ」と小さく頷いて駆け足でこの場を立ち去った。その背を見送ってからポケットに入れていた白いハンカチを取り出して杖を向ける。

 

「“エンゴージオ 肥大せよ”。“ディフィンド 裂けよ”。“ユンゴ 結べ”」

 

ランチョンマットほどの大きさになった白いハンカチを適当な幅で割き、それらを繋ぎ合わせたら瞬く間に即席の包帯が出来上がった。あとは一年生の傷口に杖を向ける。

スリザリン生に杖を向けられたら普通のグリフィンドール生は身構えるもんだが、こいつらはバカなのかよほど肝が据わっているのか、ただきょとんとしているだけだ。

 

「すこし沁みるよ。“アグアメンティ 水よ”。“エピスキー 癒えよ”」

 

杖先から水を出して傷口の汚れを洗ってから呪文を掛けると真新しい擦り傷からの出血が止まり、傷口の表面が湿り気を帯びて来た。周囲の皮膚が再生して徐々に傷口が小さくなっていく。これだけの傷でも、あとはもう30分もあれば綺麗に治るだろう。

 

「……もし明日になっても痛むようなら医務室に行った方が良い」

 

余計な汚れが付かない様にハンカチで縛ってやると二人は瞼の形までそっくりな瞳を輝かせながら俺を見上げて来た。

 

「お兄ちゃん!」「ありがとう!」

「あー……ウン、べつに」

 

うっかり頭でも撫でようものなら俺に抱き着いてきそうな勢いだったので、ぎこちなく半歩後退りした。いやだって、グリフィンドール生にハグされている所とか人に見られたくねえし。

 

「ここからグリフィンドールの塔はあっちの廊下をずっと行ったらすぐだ。フィルチに見つかる前に早く帰れ」

「「うん! ありがとうお兄ちゃん!」」

 

不愛想な顔をしながら杖先で方向を指しただけなのに、双子はニッコニコ顔で声を揃えて元気よく頷いた。本当にそっくりな双子だ。手足がひょろりとしている所や顔の造り、鼻先に浮かんでいるそばかすの数まで同じである。

 

「僕ね、ギデオン!」

 

ハンカチを足に巻いた方が声を張り上げた。さっきまでの泣きべそはどこへやら、だ。

 

「僕はフェービアンだよ!」

 

負けじと隣の片割れも元気いっぱいに自己紹介をしてくる。

 

「「またね、お兄ちゃん!!」」

「え、いや、ちょっと……」

 

いや、またって。お前らはグリフィンドールで俺はスリザリンなんだからもう関わらないぞ、と言おうとする前に双子は声を揃えて挨拶をすると、あっと言う間に立ち去ってしまった。一人残った俺も数秒程してから我に返り、慌てて走ってその場を後にする。

消灯まであと10分も無いだろう。早くしないと。消灯時間を過ぎてからフィルチに見つかったら洒落にならないことになる。

 

それにしてもあの双子、ギデオンとフェービアンと言ったか。

なんっか何処かで聞いたことあるな。直接聞いたわけじゃない、父上達の会話でちらっと小耳に挟んだ気がする。ギデオン……フェービアン……。

 

「っあ!!」

 

スリザリンの談話室まで数メートル、といったところで廊下の照明が落ちた。その瞬間に俺もつい大声を上げてしまう。消灯だ。まあでもここまで来たらほぼ大丈夫だからそれはいい。

 

そんなことより。俺はたった今思い出してしまった。

ギデオンとフェービアン。

ギデオン・プルウェットとフェービアン・プルウェット!

 

「あいつら、あのプルウェット家の双子かよ?!」

 

さいっっあくだ!!

 

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