Soleil シリウスとレギュラスのお兄ちゃんが頑張る話 作:がらくた屋
「リゲル。あなたを呼んでいる人がいるわ」
「俺は居ないと言っておいてください」
賑やかなスリザリンの談話室でコイオスと一緒にチェスに興じているとアンドロメダが傍に寄ってきた。相手が誰かは嫌でも想像がついたのでルークを進めながらそう素っ気なく返すと、アンドロメダはため息を吐いて「言えるわけないでしょ」と俺をたしなめた。
「相手は監督生で、しかも7年生なのよ。ほら、行きなさい」
「僕も行った方がいいと思うな」
コイオスも彼女に静かに同意する。救いを求めたい気持ちで二人を見たが、二人ともそっくり同じ調子で首を横に振るだけだった。
渋々重い腰を上げて、心底憂鬱な気持ちで石扉をくぐるとそこには想像通りの男女のペアがいた。
「やあ。突然呼んですまないね、ブラック」
燃えるような赤毛を短く刈り込み、眼鏡を掛けた高身長の青年――アーサー・ウィーズリーがニコリと穏やかな笑顔を向けて来た。
隣に並んでいる同じく赤毛の女生徒の名前だけは俺も知っている。アーサー・ウィーズリーといつも一緒に居るグリフィンドールの7年生、モリー・プルウェットだ。彼女の方は俺に微笑みかけることは無く、緊張の滲んだ少し強張った顔でじっと俺を見つめていた。
出入口を行きかうスリザリン生達は皆、俺達をジロジロと眺めている。グリフィンドールの上級生が何の用で訪れたのか気になるんだろう。
喉まで出かかった悪態を呑み込んで、俺よりも30㎝くらいは高い7年生を見上げると仕方なしに愛想笑いを浮かべた。
「……どうも。Mr.ウィーズリーにMs.プルウェットですね」
*
「ギデオン達を助けてくれたのは君だろう? 彼らはモリーの弟なんだ。あの子達は随分脅えていたし、ひどい怪我をしたと聞いていてね。君がいなかったら消灯になっても動けなかったかもしれない。本当に助かったよ。ありがとう」
流石にスリザリンの談話室前で会話をすることは避けたかったので、手近の空き教室へと三人で移動する。魔法薬学の準備室として使用されている小さな教室は、扉を開けた途端埃とカビの匂いに混じって漢方らしい香りも漂ってきた。
瓶詰になった動物の臓器が床一面に並んでいるのを適当に避けてスペースを作っていると、扉に向かって人払いの呪文を掛けたアーサー・ウィーズリーが俺の方を振り返る。
「別にあなた方からわざわざ礼を言っていただくほどの事はしていませんよ」
笑みは絶やさないようにしているものの、どうしても素っ気無い調子になってしまう。
だって、相手はあのウィーズリー家とプルウェット家だ。聖28一族の中に数えられていながら、純血主義という考えに真っ向から異を唱える一族。しかもウィーズリー家なんて聖28一族に加えられることすら反対していたはずだ。彼らはマグルの先祖が一族に混じっていることを誇りに思っている。
俺の家とは違う主張を真っ向から掲げる一族なんて、はっきり言ってとても関わりたくない。しかもグリフィンドールの監督生だ。
当然のことながら俺は今まで出席した集まりの中でプルウェット家やウィーズリー家の人間には出会ったことは無い。口さがない親戚の中には、彼らをはっきりと「血を裏切るもの」と呼ぶ連中もいる。
だから、なるべくさっさとこの場を後にしたい。特にベラトリックス辺りに俺がウィーズリーと話していたことがバレたら絶対面倒なことになりそうだ。
「ギデオンとフェービアンは、スリザリンの上級生に突き飛ばされたと言っていたわ」
さっきまで一言も発しようともせず、黙って俺達を遠巻きに眺めていたモリー・プルウェットが進み出てきた。どこか躊躇いながらも褐色の大きな目で俺をじっと見つめてくる。その視線に強さに少しだけたじろいだ。
「通りがかった他のスリザリン生達は面白がって、わざと傷が痛むように呪いを掛けてきたんですって。それですっかり怖くなって隠れていたそうなの。だけど、あなたはあの子達を見つけても何もしてこなかった。あなたがまずしたことは自分のハンカチを破って包帯を作ったことだったんでしょう? だからあなたは安全だと思ったそうよ」
「……そもそもどうして俺だと?」
「“黒髪に青い目の、みんながいつもハンサムだって噂しているお兄ちゃん”。そんなスリザリン生はあなたしか思いつかないじゃない?」
そこで初めて彼女はぎこちなく、しかしはっきりと微笑んだ。微笑みながら告げられた内容に俯きながら目を反らす。はっきり言って居心地が悪い。居たたまれない。グリフィンドール生に褒められている、というのが最高に落ち着かない。
「……別に大したことはしてません。ただ怪我をしている年少の者に対して、やって当然のことをしただけですので」
「なら、それに感謝を伝えるのも姉として当然のことでしょう?」
「いやそれはもう充分、受け取りましたので」
俺の声はもはやボソボソと途絶えそうになっている。モリー・プルウェットってこういうタイプだったのか。滅茶苦茶に押しが強い。これは勝てそうにない。
Ms.プルウェットは何が面白いのか最早俺を見てニコニコと微笑んでいる。やめろ、その弟を見るような笑顔はやめろ。
「ブラック」
アーサー・ウィーズリーがふと笑顔を引っ込めて、真面目な表情を浮かべた。何の用だ、と見上げればウィーズリーは右手を差し出してくる。
「僕は正直、今まで君を勘違いしていた」
右手と共に吐き出された言葉の内容に耳を疑った。その顔と手を思わず交互に見詰めてしまったが、そんな俺へウィーズリーは穏やかに目を細める。
「ブラック家の君も他のスリザリン生と同じだろうと。僕達を軽蔑し、敵対意識を持っているんだろうと思い込んでいた。そんな先入観を持っていたことを謝るよ。君はとても賢く、優しい心を持っている」
向こうは7年生で、こっちはまだ2年生になったばかりだ。
だというのにウィーズリーはまるで同年代に接するような、心からの尊敬と親しみを込めた口調と微笑みを向けて来る。
「だからこそ、君はごく当然の様に他寮の下級生を助けたんだ。たとえグリフィンドール生であっても。それを僕はとても素晴らしいものだと思う。僕はそんな君に敬意を払いたい」
――ああ、アーサー・ウィーズリーという人間は。本当のグリフィンドール生とはこういう人なのか。
「ブラック家とではなく、“君と”親しくなりたいんだ。どうかな?」
煩いだけじゃない。野蛮で不作法な連中だけじゃない。
常に新しくあろうとするんだ。偏見を持たない様に努力し、新しい価値観を持つことを恐れない。
だからこそ、相手がマグルであってもスリザリンの下級生であっても平等な目を持てるのだろう。何のためらいも迷いもなく手を差し出せるんだろう。
「…………無理な話でしょう」
「何故だい?」
かなりぶっきらぼうに吐き捨てたのに、ウィーズリーは優しく目を瞬かせるだけだ。
俺は小さく息を吸って、自分よりはるかに長身のグリフィンドール生を真っすぐに見上げる。
「俺は我がブラック本家の嫡男であり、スリザリン生です。誰になんと言われようとこの身体に流れる血を尊く思い、伝統ある我が家を誇りに思います」
ほんの刹那。一年前の光景が脳裏をよぎった。
俺達を見て脅え、立ちすくんでいたハッフルパフのマグル生まれたちがウィーズリーを見た瞬間、ほっとしたように顔を輝かせていたのを。
「それに、何より」
アーサー・ウィーズリーの薄い色合いをした瞳に映っている俺は、自分でもそうと気付かない内に少しだけ微笑んでいた様だ。そのへたくそな笑い方に舌打ちしたくなった。
俺はなんて不格好に笑っているんだろうか。情けない。
「俺はあなたの様にはなれない」
目を見開いて何かを言いかけようとしたアーサー・ウィーズリーは、しかし無言のうちに唇を閉じてそれ以上言葉を紡ぐのを止める。
これ以上の対話に意味はないだろう。俺はもう一度ニコリと微笑んでから優雅に一礼してみせた。
「では、俺はこれで失礼いたします。ああそうだ、Ms.プルウェット。貴方の弟達にも、今後一切我がスリザリンに近づかない様にお伝えください」
それだけを言い残すと俺は後ろ手に扉を閉めて、空き教室を後にした。
寮が違う。家の理念が違う。きっと価値観も違う。ならこれでいい。これが一番いい。
もう二度と関わることなんて無いし、無くて構わない。
***
「って昨日の俺は本気でそう思ってたんだけどな!?」
「お兄ちゃん」
「何の話を」
「「してるの?」」
「お前らの話だよ、退けこのガキ共!!!」
いやー! と双子達は綺麗に唱和してそっくり同じ顔をしかめながら俺の腰にそれぞれしがみ付く。
奇跡的に今は俺達しかいないとはいえ、ここが本来大勢の生徒が行きかう廊下だということも忘れてついつい怒鳴りつけてしまった。以前こいつらにも見せていた外面はかなぐり捨てている。それなのにプルウェットのクソガキ共は全く離れる気配が無い。
頭上を浮遊していた灰色のレディが俺の吠え声にビクッと肩を揺らして、そしてジロリと俺を睨んでから壁の向こうへと消えて行った。悪いとは思うがついでにこの双子も連れて行ってはくれないだろうか。
午後の授業も終わって夕食までの自由時間、図書館にでも行こうかとコイオスと共に廊下を歩いていたら突然脚に小さくて赤い塊が二つしがみ付いてきた。そして今の状況だ。
隣のコイオスは俺がグリフィンドールの一年生にしがみ付かれている光景が呑み込めないらしく、目を白黒させて黙り込んでいる。
「おい、スリザリンには近づくなってお前らの姉貴に言われたよな?!」
「言っていたけれど!」
「お兄ちゃんに近づくなって言われてないもん!」
「お前らには俺のネクタイの色が見えないのか?」
二年生の中でも高身長の部類に入る俺は、新入生の中でも一際チビだったこいつらにしがみ付かれたところで一応身動きは取れる。下手するとこいつらよりシリウスの方がデカいんじゃないか?
しかし左右から交互にまんべんなく話しかけられるもんだからいい加減気がふれそうになる。こいつらはお喋りパンジーの種と同じ効果を持ってそうだ。
べりっと片方を引き剥がしたらもう片方がくっ付いてくる。そしてもう片方を引き剝がしたら片割れが……の繰り返した。あぁクソ、キリがない!
「リゲル、話だけでも聞いてあげたら? この子達はなにか用事があるんじゃないの?」
「グリフィンドールのチビ共が俺に用ある訳ないだろ」
「あるよ!」「あるもん!」
どこまでも優しいコイオスがおろおろと声を掛けて来る。双子を引きはがしながら俺が横目で睨むと、双子はそろって頬を膨らませた。
「あ? 何だよ」
じろりと睨んで首根っこを掴んでいた方をとりあえず地面に下ろしてやると、双子はニコニコと俺の事を見上げて来た。双子の片割れは、いつの間にか両手で何かを大事そうに握りしめていた。
「僕達お兄ちゃんにね、お礼言いたかったんだ」
「ギデオン、あのあと全然痛くなかったんだって」
「あの傷、寝る頃にはすっかり塞がっちゃった!」
「……そうかよ。そりゃ良かったな」
ああ、この子たちが例の。双子達の一部始終を伝えていたコイオスは納得したようにそう呟くと、にやにや笑いながら俺を眺めて来た。口パクで「懐かれちゃったね」と伝えて来る。うーん、殴りたいくらいのいい笑顔。
「お兄ちゃんにハンカチを返したかったんだけど」
「僕達じゃ元通りに出来なかったんだ。ごめんなさい」
双子はそっくり八の字に眉を下げると、一人が大事そうに握った両手をそっと広げる。
掌の上でぐっすりと眠っていた布製の白蛇が、そっと目を覚まして俺に向かって頭をもたげて来た。
「せめてなにか格好良い動物にしようと思ったんだけど」
「でも、お兄ちゃんにライオンをあげるのは違う気がして」
「やっぱりお兄ちゃんの寮なら蛇かなって」
「……」
俺のハンカチで造られた白蛇に向かって指を伸ばすと、白蛇は糸で出来た舌を何度か出したり引っ込めたりしたあと満足そうに目を細めながらするりと俺の指へと巻き付いてきた。そのまま満足そうに俺の手首に尾を絡めると再び瞼を閉じて眠り始める。
ハンカチの縫い目がはっきりと残っている。鱗なんて何一つ表現できていない。動きだってぎこちない。はっきり言って下手だ。
マクゴナガルが見たら眉を吊り上げそうな出来だろう。多分こんな中途半端な変身呪文ではあと数時間で解けてしまう。
それでも、一年生にとってハンカチを蛇に変身させるなんてとんでもない難易度だ。
「……とてもよく出来てるな。上手いじゃないか」
蛇の頭を人差し指で撫でながら勝手に口からそんな言葉が漏れた。不安そうにもじもじと俯いていた双子は俺の言葉で顔を輝かせると歓声を上げて腰に再び飛びついてくる。
「ねえねえ、お兄ちゃんのお名前は?!」
「僕達お兄ちゃんをなんて呼んだらいい?!」
「俺の名前なんかどうせ学校中が知ってるだろうが。退け、暑苦しい!」
なんでグリフィンドール生に俺の名前を教えなきゃいけないんだよ。そう怒鳴って引き剥がそうとしたがまたもや双子は揃って悲しそうに肩を落とす。何も俺に非は無いはず、…………はず、だよな?
さっきまであんなにうるさかった双子達は火が消えたように黙り込んでいる。おい、おい、やめろ。そんな黙り込むな。俺が悪い事したみたいだろ。コイオス。お前までそんな目で見て来るのを止めろ。
まだ周囲に他の生徒がやって来ないのを確認して、髪の毛をガシガシと掻いてから俺は深い溜息を吐いた。
「…………リゲル。俺はリゲル・ブラックだよ。名前くらい聞いたことあるだろ? 言っとくけど、他の奴等が居る前で飛びついて来やがったら本気で呪いかけるからな。あとこの前の事は誰にも言うなよ。俺もお前らも面倒なことになるから」
「うん! 分かった、約束する!」
「皆にナイショのお兄ちゃんだね!」
白蛇を渡してきたギデオンが両手を上げて万歳するのと同時に、頑なにさっきまで俺にしがみついていたフェービアンが何度もコクコクと頷いた。
その後の双子は実に素直に俺の言いつけを守っていた。廊下ですれ違っても上手に視線をそらしているし、大広間では決して近付いてこない。
……“俺の周囲に他の第三者が居る時は”という言葉がオマケで付いてくるが。
あいつらはいったいどこで見張っているのか、俺が単独行動して居たり、コイオスとだけ行動している絶妙なタイミングで絡んでくるようになった。そして一しきりまとわり付いて思う存分オウムのように喋りたおし、誰かが現れようものならごく自然に溶けるようにして居なくなってしまう。
言っとくけど俺は「ほかに誰も居ないときなら遊んでやる」なんて言った覚えはない。微塵も無いのだが、それでもあんな満面の笑みで心底嬉しそうに駆け寄って来られたら、他のスリザリン生と理由も無いのに行動する気が失せるというか。
ああ、クソ!!
お兄ちゃんって呼んでくるのがダメなんだよ!! そう呼ばれたら絶対「どうした?」って反射で思っちまうんだよ!! だってあんな可愛い弟達の兄を長年やってきたんだぞ!
「……リゲル」
「言うな」
その日も双子達は俺が一人で廊下を歩いていたところに嵐の様な勢いでやってきた。
やれ魔法薬学の分からないところを教えてほしいだの、新しく覚えた呪文を見てほしいだの、昨日食べたカスタードパイが美味しかっただのと次から次へと喋り立ててくる。
一通り相手をしてやって適当なところで追い払い、ぐったりしながら寝室に戻ってきたところにコイオスが待ち構えてた。呆れと可笑しさを同居させた、奇妙に生暖かい笑顔で俺を見る。
「今回の件でよく分かったよ。君、とにかく“弟”って感じの子が放っておけないんだ。しかも懐かれたら絶対邪険にできない。これから他にも新しい弟が増えるんじゃない? よかったね、お兄ちゃん」
「だから言うなって……」
登場人物紹介
ギデオン・プルウェット&フェービアン・プルウェット
※フレッド&ジョージとイニシャルが同じだな、という理由だけで双子になりました。
グリフィンドールの一年生。一卵性双生児でとっても仲良し。ギデオンの方が少しだけやんちゃ気味。
姉のモリーとは年が離れている分とても可愛がられている。