太公望、異世界で猫を釣りあげる。どうやら最強軍師にスローライフは許されないようです   作:月猫

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 刃のような目をしたその男は、想像していたより若く賊でありながらどこか気高さを感じさせた。

 短く整えられた髪は暗闇のような墨色をし、俺を見つめる双眸は夕焼けのような色をしている。

 なんとも掴みにくい男だ。常人とは違う雰囲気の様相は、畏怖を覚えそうになる。

 シジュはルナを一瞥すると、その一瞬で品定めをしたのか、舌を噛みながら笑った。

 

「太公望か⋯⋯聞いたことない名だな。で、その者はお前の女か。随分と珍しい珍獣みたいだが」

 

「えっ!?」

 

 ルナが思わず声を上げ、直ぐに口を手で塞いでいるが、そんなことは今どうでもいい。

 この男は今確かに言った。ルナを珍獣と⋯⋯珍しい獣だと。

 初めてだ。俺以外にルナの姿に疑問を抱いた人間は。俺が異常ではなかったのだと、僅かながら感動を覚えた。

 

「まあいい。で、太公望とやら、俺への用はなんだ。率直に話せ。なにか取引か? それともここの住民になりたいか? 住民になるなら歓迎だぞ。俺に忠誠を誓うならな」

 

 随分と尊大な態度だが、同時に寛大さも感じる不思議な感覚だ。

 

「残念ながら、住民になるつもりは無い。取引に近いものだが、貴殿の気を悪くしてしまうかもしれないものだ」

 

「ほお⋯⋯それは楽しみだ」

 

 懐から国王の書状を取り出そうとするが、おかしな事にどこにも見つからない。 

 懐を探っているあいだも、シジュは獲物を狙う蛇のように俺を凝視している。

 

「で⋯⋯どんな取引だ?」

 

「少々お待ちを⋯⋯おいルナ」

 

 隣で冷や汗をかきながら硬直しているルナに声をかける。

 

「な、なんでしょう」

 

 緊張のあまりか、いつもの飄々さが全く感じられないが、まあいい。

 

「あの書状が見当たらないんだが」

 

「ああ⋯⋯あれなら私が預かってますよ」

 

「いつのまに⋯⋯」

 

「望さんに任せているとあそこから取り出しそうなので」

 

 なるほど。それはルナに感謝しておくべきだ。

 ルナは書状を懐取り出した。何度も開いたりしているからか、少し皺が付いた紙を、一度俺を経由してシジュに手渡す。

 シジュは意味ありげに笑いながら、文字を目で追っている。

 空気が引き締まるような、部屋自体が狭くなったような圧迫感を感じた。

 読み終わったシジュは書状を床に置くと、首を回して口を開いた。

 

「つまりあれか⋯⋯お前に協力してやれば今までの罪は罷免。しかも新し狼藉を働かなければ国からは干渉しないときたか」

 

 後半は知らなかった。あの国王どこまで大判振る舞いしているのだ。

 

「で、太公望。何に協力すればいい」

 

 俺は胸元をただし、大きく息を吐いてシジュに対面した。

 

「ヒュイにいるこの国の奴隷達を解放する手助けをしてほしい。いや、手助けではなく戦ってほしい」

 

「⋯⋯ほー。つまり、見ず知らずの奴らのために兵を出せと」

 

 シジュは天井を見ながら、軽口を叩くように言った。

 

「その通りだ」

 

 今更だが、こんなのを受けるような人間が賊になんてなるのだろうか。

 胸の鼓動が怖いほど早くなり、その音が頭の中に響く。

 断られた場合、俺たちを返してくれるのだろうか。

 少なくとも、ルナはタダじゃ済まない気がする。

 まあそうなれば、ルナだけ逃がせるように戦う他ない。

 

「よし。いいだろう」

 

「は⋯⋯」

 

 身構えていたせいで、完全には聞き取れなかったが、今確かにシジュは。了承した気がする。

 

「今なんと?」

 

「いいだろうと言っただろ。ただし条件がある」

 

 了承したのは間違いなかった。

 だが問題はその条件とやらだ。

 この国になにか要求するなら、俺では何も決められない。

 そうして時間をかけているうちに、この男の機嫌が変わったら困る。

 

「なんだ⋯⋯事によっては俺の一存ではどうにもできないが」

 

 シジュを見据えると、男は目を光らせ、歯を見せた。

 

「簡単だ。解放した奴隷は俺に寄越せ」

 

 背筋が冷りと、凍りついた気がした。

 たったのひと言で、忌まわしい記憶が呼び起こされる。この男も、彼らを⋯⋯奴隷を奴隷として扱うつもりなのか。そんなこと⋯⋯奴隷を救出するためにここに来た俺が受け入れるわけないのに。

 やはり、この男は最初から受ける気など無かったのか。

 

 だがそれならば仕方ない。ここから無事帰り、新しい案を考えるだけだ。

 

 俺は席を立とうと、右手を床に着いた。

 その右手に視線を感じる。正体はシジュの双眸だ。

 

「心配するな。俺はそいつらを奴隷になんてするつもりはない」

 

 シジュは俺の内心を見透かしたように笑った。

 

「⋯⋯どういうことだ」

 

「その奴隷は俺のとこの住民にする。こっちが解放した奴隷があの国王のところに帰るとなったら業腹なんでな」

 

 これはつまり⋯⋯この男の配下にするということだ。つまりは彼らを賊にするということだ。

 果たして、そんなことを俺の一存で決めていいのだろうか。

 だが、シジュはこれ以上譲歩するつもりは無いだろう。

 

「わかった。それでいい。ただひとつ頼みがある」

 

「物わかりの良い奴だな。いいぞ言ってみろ」

 

「開放された奴隷の家族が見舞いにここを訪れる事を許可してもらいたい」 

 

「ふっ⋯⋯なんとも情に厚いヤツだ。いいだろう。そいつがここを気に入って定住しても文句は言うなよ」

 

「そこは⋯⋯俺はこの国の人間じゃないからどうでもいい」

 

 シジュは声に出して笑うと、膝をビシッと叩いた。

 その瞬間笑いは消え、空間から一瞬音自体が消えた。

 

「お前⋯⋯何考えてるかわからんな」

 

 それはこちらの台詞だと言いたいが、言えるはずもなく、俺はおもむろに頷いた。

 

「昔からよく言われる。俺としては治したいのだがな」

 

「ははっ。それは無理だな。人の性というものは死んでも変わらん」

 

 若いのにどこか達観した男だ。

 俺も口では治したいと言ったが、実際には治すことは難いと思っていた。

 しかしそれを口に出してしまうと、この性格に関して言い訳になるので、俺はそれを言わなかった。

 

「まあいい。なら決まりだ太公望。俺達は今から戦友だ」

 

 シジュはそう言うと、立ち上がって右手を差し出してきた。

 これは、手を握ればいいのだろうか。

 よく分からないが、とりあえず立ち上がって、シジュの手を握った。

 硬い岩のような無機質さの中に、どこか温かみを感じる。

 いや⋯岩と言うよりは水に近い気がする。  

 滝として流れ落ちる水が、地面に打ち付けられると、石の方に硬くなっている感覚が近い。

 

「で、太公望。お前の方の兵は何人いるんだ?」

 

「⋯⋯俺を入れて3人⋯⋯」

 

「はっ?」

 

 シジュの手がはらりと落ち、眉を寄せながら首を捻った。

 

「3人だと⋯⋯? お前⋯⋯俺が断ってたらどうしてたんだ」 

 

「その時は⋯⋯地道に人を集めるか⋯⋯3人でなんとかする方法を考えただろうな」

 

「その無謀さ⋯⋯本当に面白いやつだ。なにか奴隷を解放したら褒賞でもあるのか?」

 

「そんなものはない。ただ奴隷が嫌いなだけだ」

 

「⋯⋯そうかそうか。それはいい。お前からは俺と同じ匂いがする。気に入った」

 

 シジュは両手で俺の肩を叩くと、ふっと笑みをこぼした。

 俺はこの男のように若干獣臭いのだろうか⋯⋯なんて野暮な事は頭の隅に置いておき、いったいどこを見てそう思ったのだろうか。 

 

「では、十日後にここに来い。それまでに策を携えておけ。ちなみに、こちらが出せるのは70人ほどだ」

 

「それだけいれば十分だと思う⋯⋯わかった。十日後またここに来させてもらう」

 

 シジュは満足そうに頷くと、ずっと傍に控えていた女性へ目を向けた。

 

「レアーナ。こいつらを外まで送ってくれ」

 

「わかりましたぁ。ではおふたりともこちらに」

 

 レアーナと呼ばれた女性は、玄関の方を手で示すと、そのまま歩き出した。

 子鹿のように足を震わせながら立ち上がるルナを知り目に、シジュを見ると目が合った。

 シジュは何も言わず、ただ口角を上げたまま俺をしばらく見ると、身を翻して奥の方へと消えていった。

 

「ほら行くぞルナ、大丈夫か」

 

「あ、ありがとうございます⋯⋯」

 

 歩くのも困難な様子のルナに手を貸すと、すんなりと手を握られた。

 ルナを連れて玄関まで戻ると、入口のところでレアーナという女性が俺達を待っていた。

 

「ではこちらに」

 

「かたじけない⋯⋯」

 

 女に導かれるまま、この集落の出入口まで向かうと、門のところに山にいた男とハクラが居たのが見えた。

 ハクラは何事も無かったようで、こちらに気づくと、男との会話を再開していた。

 

 ところで、このレアーナという女性は、シジュの妻なのだろうか。それとも下女のような存在か。

 シジュへの口振りからして、妻である可能性が高そうだが、どうも自信が持てない。

 

 村の出口の手前まで来ると、レアーナは足を止め振り返り、微笑みながらお辞儀をした。

 

「では私はここで。失礼させていただきますね」

 

 髪が風にゆれ、瞼を上げると、一瞬俺は隣にいるルナを連想した。 

 僅かにルナに似ている気がする。というより、ルナと彼女が誰かに似ている気がする。

 だが当然、猫耳なんて生やしているのはルナだけだ。

 

「ああ、ありがとう。シジュ殿によろしく言ってください」

 

 レアーナが屋敷へと戻っていく。

 門の前のハクラの方へと歩くと、ハクラは妙に浮ついた様子でニヤニヤとしていた。 

 

「太公望様⋯⋯随分と仲睦まじいご様子で⋯⋯」

 

 なんのことかと思っていると、ハクラの目が俺の顔ではなく、その斜め下を向いていることに気がついた。

 そしてハクラの目線の先を確認すれば、俺はルナと手を繋ぎっぱなししていた。

 

「ああ、これはこいつが足を痺れさせてたからな」

 

 そう言って手を離す。ここまで繋ぎっぱなしだとは気が付かなかった。不覚だ。

 

「な、なるほど」

 

 ハクラは納得した様子で、その場にいた男と言葉を交わした。

 男はその場から立ち去り、門のところには俺達一行だけになった。

 

「それで、どうなりましたか」

 

 なぜか頬を膨らませて不機嫌そうにしているルナは放っておいて、ハクラの問にこたえてやった。

 

「手を貸してくれるそうだ⋯⋯ひとつ条件は付けられたが」

 

「条件ですか?」

 

「まあそれは後で話す。今はとにかく帰ろう。十日後またここに来る。こんどはべグリを連れてな」

 

「十日後ですか⋯⋯早いですね」

 

「その条件のおかげか。シジュという男が存外やる気を出したようなんだ」

 

「気になりますねぇ⋯⋯その条件」

 

「まあ⋯⋯あまりいいものでは無いが。大局のためなら仕方がないとは思う。ここで話していても仕方ないから⋯⋯はやく王都まで戻ろう。国王に礼を言わないとな」

 

「そうですね。今から急げば日が沈む前に戻れるかも知れません」

 

「ああ、行くぞ」

 

 後ろのルナを確認すると、まだ不機嫌そうにしていたが、そっぽを向いて歩き出した。

 日は西へと傾きかけている。果たして城門が閉じるまでに王都へとたどり着くのか。

 最悪野宿することも考えなければならないが、こんな時に寝冷えして病気になんてなりたくない。

 

 ということで、俺達の王都への道のりは強行となり、王都にたどり着いた時、ルナはぐったりと俺の背中の上で力尽きていた。

 

 

 

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