太公望、異世界で猫を釣りあげる。どうやら最強軍師にスローライフは許されないようです   作:月猫

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「ていうか。ボクレンってエイに恭順してたんだな。てっきりただ恐れているだけかと」

 

 シジュは重要なことを口にした。

 

「ボクレンの王が反旗を翻したと」

 

 ようするにこれは、今現在ボクレンという国はエイの下についているということになる。

 ヒュイに国民を攫われても王が傍観しかできなかったのはそのせいか。

 

 船頭のひとりを連れて、俺たちは舟を運んだ。

 そういえば、シジュの従者が運ぶ荷車は果たして舟に乗るのだろうか。

 中には大量の藁しかないが、ただ寝具として持ってきたとは思えない。

 シジュの作戦では、この藁を使うに違いない。

 まあ、往復して強引に船に乗せてしまえば何とかなるかもしれない。転覆したらそれまでだ。

 

「ええそうですよ。なんならご子息が人質になってますから」

 

 俺の呟きに答えたのは、やはりハクラだった。

 

「てことは、令牌なんて見られたらその人質の命はないぞ」

 

 俺は斜め前で船を担ぐシジュを見た。

 シジュは果たして、そのことを知っていたのだろうか。

 俺の視線に気づいたのか、シジュは顔をこちらに向けると、相変わらず含みのある笑みを浮かべた。

 

「望⋯⋯お前さては俺が令牌を盗んだと思ってるだろ」

 

「いや⋯⋯どうやって手に入れたのかは気になるが」

 

「ふっ。まあいい。あとで教えてやるから今は我慢しろ」

 

 これはもう確実に盗んだに違いない。ヒュイが怒りを明らかにすれば、国王が送ったという人質は間違いなく殺される。

 いや、そもそも国王が俺にシジュとの協力を促した時点でそれは織り込み済みのはずだ。

 人質を殺すのはシジュではなく、俺だ。

 

 だが今さら、行動を止めるつもりはない。

 

 舟を川に運び、船頭に操舵を任せて青年以外で乗り込んだ。

 青年にはあとで荷車を乗せてもらわなければならないからだ。

 

 流れのはやい皮を、船頭は軽やかに操舵しながら渡っていく。

 途中俺たちを巻き込んでの無理心中でも去れたらと思ったが、そんな様子はなかった。

 まあ、今俺たちに何かあるとこの船頭の同居人が青年によって殺されることは間違いない。

 

 無事渡り切り、船頭は青年と荷車を乗せるために戻っていく。

 青年の身を守るためとはいえ、シジュは文字通り船頭の身ぐるみをはがした。

 股間を隠す下着だけで舟をこぐ船頭の姿が、とても哀れに見える。

 

 荷車は無理やりだが舟に乗せられ、青年とともにこちらに向かってくる。

 舟がだいぶ痛んだと思うが、本当にそれについては申し訳ない。

 

「しかしあれだな。外に見張りがいるわけじゃないんだな」

 

 シジュがぼそりとつぶやく。たしかに、祭礼のため人の行き来を制限するなら、見張りでもいてもいいはずだ。

 

「都市に侵入されなければいいのか。ていうかじゃあ俺たちどうやってヒュイに入るんだ」

 

「それについては考えがある。もし入れなくても問題はない。祭礼が行われるのは街の外だからな」

 

 シジュは腕を組みながら、エイの国を見渡すように回れ右をした。

 

「祭礼について知ってるのか?」

 

「ああ。感心したよ。今の時代あんな馬鹿らしいことしてるやつらがこの近隣の覇権を握ってるなんてな。まったく、お気楽で羨ましいものだ」

 

 言葉の意味がよくわからなかった。シジュの顔を覗くと、紅の瞳はどこか虚空を見つめているように、目の前に広がる大地さえも映ってはいなかった。

 この男も人身御供に対して思うところがあるのか。だが俺の予想では、この男は俺とは違う景色を見ている。

 俺が奴隷や生贄の顔を見ているとするならば、この男はその哀れな人間がいる国自身を見ているような。

 青年が渡ってくるのを待ちながら、エイという国について、見える範囲で確認してみることにした。

 いくつかの壁に囲まれた集落があり、作物がかすかに見える。

 前方左斜めに行くと森があり、最悪どの街にも入れなくても、身を隠すのは問題なさそうだ。

 

 やはりというか、この国の集落には壁や堀の類が整備されているところを見ると、ボクレンがやはり異様なのだろう。

 

 

「なあ」

 

 川を眺めているハクラの肩を叩く。

 

「どうしました?」

 

「ボクレンの都市に壁や堀がないのは、エイが関係してたりしないか」

 

「⋯⋯その通りですよ」

 

 やはりそうかと納得する。

 

「200年ほど前、ボクレンはヒュイに攻められ、降伏の証として首都以外のすべての防衛機能を破棄させられましたので」

 

「200年か⋯⋯ずいぶん深くまで楔が打ち込まれているんだな」

 

 ならボクレン王は、その楔を砕くつもりなのか。人質を犠牲にしても。俺やシジュを使って行動を起こすつもりなのかもしれない。

 

 無事に青年と荷車がこちらの岸に到着し、船頭はもう俺たちとかかわりたくなさそうに、急いで帰っていった。

 てっきり、シジュが顔を見られたからと船頭を殺したりしないかと肝を冷やしたが、そんなことはなかった。

 しかもよく考えると、命は助けてやるといった相手を不意打ちで殺したのは俺だ。

 

 

 とりあず俺達は前方左に見える森を目指した。

 都市に入れない以上、そこを拠点とする他ない。

 

「ああそうだ望」

 

 ふいにシジュが振り返る。

 

「さっきの令牌の話だがな」

 

 俺も忘れるところだった。やはり盗んだのだろうか。

 

「お前の言った通りくすねたものだ」

 

 まあ、俺はいちども盗んだかなんて口にはしていないのだが。ただ思考を読まれてただけだ。

 

「今までの罪を罷免するとは言われてても、それはまずいんじゃないか」

 

「まあ話は最後まで聞け。盗んだものだがあれはボクレンの物じゃない」

 

 嫌な予感がした。いや、嫌な予感なんてものじゃない。背中に悪寒が走る。

 

「あれはボクレンともエイとも関係ない第三国の物だ」

 

 ねっとりと反り返った弓のような口で笑うシジュをみて、不気味さを覚えながらも少しほっとした。

 しかしこの場合、彼らが令牌をエイの人間にみせた場合、怒りを買うのはボクレンなのかその第三国なのか。

 

「ていうか⋯⋯令牌なんて国の重要機密盗めるって⋯⋯シジュさんのお仲間どうなってるんですか」

 

 呆れながらも感服した様子で、ハクラが眉をピクピクとさせた。

 

「まあ、手癖の悪い連中が集まってるからな」

 

 誇らしげなシジュがもはや清々しい。

 森へはいる頃には、もう日が暮れていた。

 結局移動しただけでほとんどなにも変わっていない。

 しかもよく考えてみれば、帰りの舟がないのでどうやって解放したもの達と国に帰るかという問題も新たにできている。

 

 だがそんなこと気にもせず、シジュと付き人の青年は食事を終えるとすぐ横になった。

 

「いや⋯⋯この人たち気も座りすぎじゃありませんか」

 

 心地よい寝息を立てるシジュを見下ろしながらハクラは火のそばで膝を抱えているが、まったくもってその通りだ。

 まあハクラはいい。この男も臆病な一面はあっても、芯の強さがはっきりと様相に現れている。

 その証拠に、数分後には膝を抱えたまま横になって眠っていた。

 気がかりなのはベグリだやはり。

 現在進行形でどこかに行っているが、この暗闇の中ではどこにも行けないはずだ。

 まさかひとりでヒュイへ向かったなんてことはないだろうが、気になったので木の棒に焚火を移して探しに行くことにした。

 

 夜の森というのは、その存在そのものが人間にとって畏怖するべきものであり、俺の時代の人々は常に畏敬の念を抱いてその森に挑んだ。

 確かに、自然というのは我々人間が生きる上で欠かせないものであり、同時に死をもたらす場所であるからして、そこを敬い祈るという行為が間違っているとは思わない。

 なら、ありもしない神や死者のために人を犠牲にして祈る行為には、果たして何の意味があるというのか。

 たとえ親の亡骸を足で踏みにじっても、それによって神や死者から命を奪われることなんてない。ただ周りから不孝として非難されるだけだ。

 もし神や死者の怒りがあるのなら、人身御供を好む為政者はその証拠を見せるべきだ。

 

 それなら俺も、多少は事情を呑み込めたかもしれない。

 いや、子供が親や家族を奪われて受け入れられるわけがないか。

 

「ベグリ⋯⋯」

 

 ベグリは小さな枝に小さな灯をともし、その下で剣を振っていた。

 その顔には焦りと怒りが汗とともに滲み、その体が強張っていることは、動きを見れば明らかだった。

 

「はああっ!」

 

 掛け声とともに、剣が地面に振り下ろされ、土がガっと削れる。

 かなりの膂力だ。剣が折れてもおかしくなさそうな。

 息切れを起こしながら、ベグリは俺に気が付いた。

 

「あんた⋯⋯」

 

「⋯⋯ベグリ、言っても無理かもしれないが、まだ気負うのは早いぞ」

 

 ベグリは肩の力を抜きながら、剣を鞘に納めた。

 俺は地面に転がる小さな火種に砂をかけた。

 

「なぜだ」

 

 ベグリが呟く。あまりにも小さな声で、気づくまでに時間差があった。

 

「なぜあんたやあの男たちはそうやって飄々としてられるんだ。当事者じゃないからか」

 

「⋯⋯」

 

 ベグリの言う当事者とは、身内が捕らわれているかどうかということだろう。

 俺の持つ炎で照らされたベグリの目は、やはり昔の俺に似ている。

 

「俺はただ良くも悪くも戦いには慣れているからな。おそらくはシジュとあの従者も一緒だ。ハクラはまあ⋯⋯あいつには信仰心があるからだろうな」

 

 ハクラには信仰心があるなんて、自分が神だと自惚れているみたいで恥ずかしいが仕方ない。

 

「だがベグリ、今のそなたの気持ちは俺にはよくわかるぞ。何なら俺は、家族を奪われてから何十年も今のそなたみたいになっていたからな」

 

「そういえば前に逝ってたな⋯⋯なあ、教えてくれ」

 

 ベグリの目にわずかな光が浮き出る。

 

「あんたの過去に何があったのかを」

 

「ああ、いいだろう」

 

 俺はベグリに微笑んで見せ、すぐそばの大木にもたれかかりながら座り、地面を軽く掘って灯りを地面に突き刺した。

 となりにベグリが座るのを確認し、俺は目の前の暗闇を見つめながら口を開いた。

 

「信じられないかもしれないが、俺は一度死んだ人間だなんだよ」

 

 いきなり核心に迫ったが、ベグリは静かだ。口を開こうともしない」

 

「以前は別の世界にいた。この世界ほどの文明もない世界だ。俺はそこで多分100年くらい生きた」

 

「ずいぶん長い気なんだな」

 

 簡潔な相槌だろうか。少し声が軽かった気がした。

 

「ああ。だから嫁も息子も先に死んだし、孫や曾孫も何人かは先にあの世へと向かった。まあ、そもそも子供など死んで当たり前の世界だったからな」

 

 地面に触れると、火照った体が僅かに冷めるような気がした。

 何十年も前に亡くなった身内は、妻と同じくもはや顔も思い出せない。

 

「まあそれはいいか。でなベグリ。俺はその人生の大半⋯⋯半分近くを今のお前のような状態で生きた」

 

「今の俺と⋯⋯」

 

「ああ。家族を奪った国家への復讐にとらわれてな」

 

 ベグリは口を閉じていたが、視線は確かに感じた。

 俺は目の前の闇を見ているが、ベグリは俺を見ているに違いない。

 

「俺のいた世界には当時商という大国が当時あってな、そこは神と先祖への供養と称して人間を生贄にしていたんだ。その対象となるのは基本的に、罪人や俺のような少数部族の者だ。俺の一族は各地を転々として生きる部族だったんだ。定住する土地を持たない、遊牧民というやつだな。でだ10歳くらいの時、家族が商の人間に連れ去られた。人身御供のためにな」

 

 その事件よりも後に起きたことや出会った人間はかなり忘れているのに、その時のことは何よりも鮮明に覚えている。

 兄弟の悲鳴を聞き、父と母にお前だけでもと逃がされ、炎の海に包まれた草原を走り続けたことを。

 足から血が出ても、息ができなくなってもひたすらに走り続けた。止まれば死ぬとわかっていたからだ。

 

「俺だけが助かり、それからは復讐のための人生だった。だがひとりになった俺に商と戦える力なんてあるはずがなく、途中で同族の部族に世話になったが、彼らも商にとらえられ、生贄の代わりに奴隷にされた」

 

 彼らも俺と同じ志を持っていたが、そもそも俺たちの部族は数が少なく、軍事力もなかった。

 俺はその部族の中で時間を浪費し、そしてその場所さえも失った。

 

「本音を言えば、復讐を果たすまではずっと死にたいと思っていた。俺は首長でもなければ貴族でもない。何の力も持たないものが国に復讐するなんてできるわけがなかった」

 

「でも⋯⋯あんたは成し遂げたんだろ」

 

「ああ⋯⋯だが復讐を終えた時、俺の手には何も帰ってこなかった。家族は死んでいたし、奴隷にされた仲間も生死不明の行方知れずだ」

 

 ベグリの呼吸が荒くなる。俺はこの男を慰めるために話しているのに、これじゃ逆効果だ。

 

「ベグリ。お前の弟妹はまだ生きているはずだ。そこが俺との大きな違いだ。焦る気持ちがあるなら、その時は弟妹としたいことを考えろ。再会したら何がしたい」

 

 ベグリは俯きながら、両手の指を太ももの上で小さく動かした。

 

「何がしたいとかじゃないんだ。ただどこかで笑って過ごしてほしい⋯⋯なあ、最近こんな夢を見るんだ」

 

「⋯⋯どんな夢だ」

 

「家に入るとな、弟と妹が机に伏して寝てるんだよ。何か起きるわけでもない。ただ幸せそうに向かい合って寝てるんだ。見てるだけでこっちか幸せになるような寝顔で。そして俺はいつも、二人と一緒に机に伏せるんだ。そしたら、夢の中なのに涙が止まらなくなるんだ」

 

 最後のほうには、ベグリの声は震えていた。

 俺にも同じような夢を見ていた覚えがある。

 存在しないはずの住処に帰ると、母が背中を向けていつも眠っていた。

 俺はただ母の傍により、背中を合わせてすすり泣いた。

 何度も何度も、何十年も同じ夢を見続けた。

 その旅に、朝目を覚ませば寝床は湿っていた。

 ただ、結婚した後くらいからは、朝起きた時の涙の量が減少していた気がする。

 あれは、悲しみが色褪せたからだったからだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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