太公望、異世界で猫を釣りあげる。どうやら最強軍師にスローライフは許されないようです   作:月猫

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 森にいた動物を片っ端から捕まえて食べることで、とりあえず空腹はしのいだ。

 飲み水は諦めた。一日くらい飲まなくても死ぬことはないだろう。

 明日の朝にでも城近くに流れる支流の水でも飲めばいいだろう。

 

 自分でも驚くほどぐっすりと眠れ、朝起きた時はなんならここ数日でもっとも目覚めがよかった。やはり俺という人間はだれかを手にかけることをなんとも思わないのか。死ぬことをなんとも思っていないのだろうか。まあ後者は一度死んでいるから仕方ない。

 

 ベグリもそれなりに眠れたのか、疲労感はあまりない。覚悟はできているのだろう。

 ハクラのほうは逆に眠れなかったのか、目に隈ができている。

 

「大丈夫かそんな様子で」

 

「ええ、大丈夫ですよ。さすがにちょっと緊張してきましたけど」

 

 気丈にふるまってはいるが、顔色は悪い。

 

「ハクラ、ベグリも」

 

 俺はふたりを呼んだ。ふたりの視線が注がれる。

 

 

「そなたたちは城に入ったらハクラはメイの兄を、ベグリは弟妹を探すんだ。まずは港に向かって走ればいい。そこにいなければ周辺を探せ。見つかったらそのまま港で待機だ」

 

 ふたりとも異論はないのか、黙って頷いた。

 

 背後から視線を感じて振り返ってみれば、シジュがニヤニヤとしながら俺を見ていた。

 

「なにか用か」

 

「いや、なんでも」

 

 吐き捨てるようにほくそ笑みながら、シジュは大きくあくびをした。

 

「さてと、追い起きろ」

 

 起き上がったシジュは気持ちよさそうに寝息を立てる青年の背中を軽くけった。

 青年は目をこすりながら起きた。別にまだ寝かせてやってもいいとは思うのだが。

 シジュは背中を伸ばすと、俺たち全員を見まわして口を開いた。

 

「改めて言うぞ。基本的には港に向かいながら奴隷を探せ。見分け方は知らんがな。身なりを見たらわかるだろ。ついてくる奴は勝手についてこさせていい。敵兵を見かけたら殺す。以上だ」

 

 相変わらず簡潔な説明。いつも強奪するときもこんな感じなのだろうか。

 しかし、この男、ついてくる人間まとめて自分のものにするつもりらしいが、それだけを養えるだけの糧はあるのだろうか。

 いや、この男のことだ。盗んだ財宝を食べ物に変えて一時期をしのぎながら近隣を開墾するくらいのことはするだろう。

 

 

 

 俺たちは森を出て、城に迫った。昨日夜いた何かの肉を齧りながら。多分、俺が食べているのは鼠みたいなやつだ。リスというらしい。皮までしっかりといただく。しかしながら、剣で獣を裁く青年の腕は見事だった。

 

 城に向かっていると、城門が開いて住民が労働のために外に出てくる。

 彼らの生活を脅かすのは胸が痛むが致し方ない。

 今日の空は若干の雲がかかっている。

 だが雨が降る様子はないし、太陽の動きはよく見える。

 

 時々農作業中の人がこちらを見ている。

 近辺をぐるぐると歩いているだけの人間なんて不審極まりないから致し方ないことだが。

 

「昼と言わずに朝でもよかったな」

 

 シジュが首を押さえながら言う。この男よく首を伸ばしているが、凝りやすいのだろうか。

 俺なんて肉体が70年分くらい若返ったおかげで元気溌剌だ。

 

 俺たちが侵入する予定の城門には兵士がふたり、腰に剣を携えている。

 よほどの手練れでなければ彼らを制圧するのはたやすいはずだ。

 そもそも中で異変が起きればそっちへ向かうはずだ。

 まだ城との距離はそれなりにある。おかげで兵士たちは俺たちを気にも留めていない。

 これがもっと集団なら問答無用で囲まれたりしたかもしれないが、少数なのが功を奏している。

 

 

 何もしない時ほど時間が進むのが緩やかになることはない。今もまさにそうだ。

 死地への時間を目いっぱい堪能しろという天の思し召しか。それとも俺がその時が来るのを拒んでいるのか。

 どちらにしても日は昇るし、雲は流れる。

 

「そろそろかな」

 

 全く変わらない様子のシジュが頼もしい。

 ハクラなんてもはやいつ粗相をしてもおかしくなさそうなのに。なんでついてきたんだったかこの男。

 

 ハクラの肩を叩くと、焦点が合わない目でこちらを見つめてくる。

 なんて声をかけるべきか決めてから触れるべきだった。

 

「ハクラ⋯⋯あれだ。お前には神が付いているんだから、どうにでもなるぞ」

 

 自分で髪を名乗るほど恥ずかしいことがあるのだろうか。こんなの人に聞かれたら孤立するのは必須だ。

 まあ、あの世界にも紙を自称し人を集めていた頭のおかしい奴もいるにはいたのだが。

 

「ええ。そうですよね。太公望様を信じます」

 

 ハクラの微笑みに頷いて応える。

 とりあえず、今回の作戦なら足が動けば生き延びることはできる。

 囲まれずに奴隷と一緒に走り続けるだけでもいい。

 

 

 

 

「お、きたな」

 

 時が来てシジュが城を見上げた。

 灰色の城壁のさらに上に黒煙が舞い上がる。中は騒ぎになっているのか、人々の叫び声が鳴り響く。

 

「よし、いくぞ」

 

 シジュが我先にと走り出す。それに続いたが、まだ城門には兵士が残っている。

 何なら俺たちが迫りくるのを確認し、剣をいつでも抜けるように身構えている。

 

「望、一人一殺だ。右側は頼んだ」

 

「わかった」

 

 まさかシジュが直々に手を下すのかと若干の戸惑いを覚えながら、先行するシジュの背中を追う。

 

「おい! とまれ!」

 

 兵士のひとりが叫ぶ。侵入者を入れないためか、すぐさま剣を抜いて構えた。

 ふたりはほとんど横一列に並んでいる。

 シジュはさらに加速すると、剣を抜いて左側の男に斬りかかった。

 その瞬間、右側の男の意識がシジュと仲間へと向かう。

 隙ができた。剣を抜き、切っ先を兵士に突き出しながら走る。

 男は俺に気が付き、構えを整えようとするが、もはや時すでに遅い。

 とっさに防御しようと剣をこちらに向けたが、その刀身の上をすり抜けるように、俺の剣が男の体に突き刺さる。

 剣は鎧を砕き、肉に突き刺さり、血が噴き出す。

 返り血で視界がかすかに赤く染めあがる。

 剣を引き抜くと、さらにしぶきが舞い上がる。間髪入れず、もはや息も絶え絶えとなった男の首筋を斬った。

 隣を見れば、すでにシジュも敵を倒していた。

 息も乱れていない。やはり武芸も只者ではなさそうだ。

 

「やるじゃないか望」

 

「こっちはお前のおかげだよ」

 

 シジュは指で頬についた血をぬぐった。この男、やけに血が映える。賊であるが故か。

 

「よし、入るぞ」

 

 剣を鞘に戻し、シジュが先陣を切る。もはや城門に敵らしきものは存在しない。

 なかでシジュの仲間が暴れているおかげだろうか。

 二つ目の城門をくぐると、中はまさに混沌としていた。

 建物が豪華だとか、城中央のボクレンの王宮よりも豪華絢爛な建物は何なのかとか、慌てて逃げる人たちの着物が上質だとか、悠長に考える暇はなかった。

 火の手があちこちから上がっている。

 火が風に揺れ、火の粉が散るのがはっきりと見て取れる。

 兵士たちは消火活動でもしているのか、シジュの仲間と戦っているのか、侵入者である俺たちを誰も気に留めない。

 特に、城の中央部がよく燃え上がり、王宮に火の手は上がってないが、その周辺からはいくつも黒煙が上がっている。

 火の手から逃れようと、住民たちが外へ向けて走り出す。中には水を持った桶を持って走る者も。

 

「まさかここまでとはな」

 

 シジュとその仲間の手際には感服するほかない。

 もっと軽い火事だと思っていたが、この様子だと中央部の木造建築はかなり焼けてしまうだろう。まあ、そこは気にするところではないのだが。

 

「やるなら派手にやらないとな」

 

 シジュは誇らしげに鼻を鳴らした。

 

「さて、俺は中央に向かうが、お前はどうする」

 

 シジュがこちらを見ている。

 

「俺も同行する。ベグリとハクラは港に迎え。港に行くまではできるだけ戦うな」

 

 ハクラが返事をし、ベグリはうなずいて走り出す。

 ふたりの背中が遠ざかるのを確認し、シジュに目配せをする。

 

「お前はこっちに来ていいのか」

 

「ああ。二人の分は働くとするよ」

 

「ふっ、期待してるぞ」

 

 シジュと青年が中央に向けて走り出す。

 なんとなくだが、城の構造が分かってきた。おそらくはあの中心部周辺に貴族や高級官僚の屋敷が集まっているのだろう。そして奴隷を所持しているのはおそらくそういう連中だ。

 だからシジュは本丸を最初に叩いた。中央に敵兵を集め、おそらくは背後から奇襲を仕掛けるつもりだろう。

 

「しかし、敵が集まれば数でつぶされると思うのだが、そこはどうするのだ」

 

「ああ、あの荷車あっただろ。あの中には藁のほかに油を仕込んであったんだ」

 

「武器庫でも狙ったか?」

 

「正解だ」

 

 用意周到にすべて仕掛けられ、言うことはない。

 

「なあシジュ、お前はここに来たことがあったのか」

 

「いや、俺は初めてだ。俺自身はな」

 

 この男の命令を的確に実行できる部下が揃っているということか。

 俺が牧野の闘いの時率いた連中にそんなことができるかと思えば、たぶん無理だろう。

 

「お前はすごいな。シジュ。素晴らしい戦略家だ」

 

 シジュは振り向いて微笑んだ。瞳が怪しく光る。

 そして俺たちは路地を走り、中央部にやってきた。

 

「これは⋯⋯」

 

 中央では黒い鎧を着た兵たちが各地に散開し、頭に白い頭巾をかぶった連中と交戦している

 数では明らかに頭巾の集団が劣っているが、翻弄されているのは鎧の兵士たちのようだ。

 

「あの頭巾の連中がお前の仲間だな」

 

「ああ。お前も切り込め望、いいか、その場にとどまらず足が動く限り動き続けろ。ほら、これをやる」

 

 シジュは腰付近をまさぐり、白い布を取り出した。布を受け取って頭に巻く。これで仲間だと認識されるのだろう。しかし白髪に白頭巾はどうなのだろう。

 

「⋯⋯わかった」

 

 おそらく、奴隷たちはこの混乱に乗じて逃げているのだろう。

 シジュが流させた流言を信じていることだ。

 ベグリとハクラがどうなっているのか気になるが、今は一人でも多く逃がす暇を作るだけだ。

 

 戦闘中の兵士に背後から襲い掛かる。もはやただの的だ。

 背中に剣を突き刺した刹那、どこかの屋敷の黒い門から、若い女と小さな少女が覗いていた。

 ふたりとも真っ白な布を着て、髪は乱れ頬が煤こけている。

 門の中の屋敷で捕らわれていたのだろうか。逃げる勇気が出ないのか。逃げる機会を失ってどうしようもできないのか。とにかく、そのままにしておくわけにはいかなかった。

 

 敵味方をかき分け、二人のもとへと走る。

 

「何をしている。早く港へ走れ」

 

「あ⋯⋯、は、はい」

 

 親子だろうか。近くで見るとよく似ている。

 女性が胸元に手を置きながら、震えつつ頷いた。

 やはり奴隷だろうか。靴も履いていない。

 

「さ、はやく」

 

 女性の手を取り、外へ出そうとすると、その背後に大きな男が現れた。

 いかにも悪人という顔つきで、顔だけ見たらシジュよりも悪人に違いない。

 背が俺よりもかなり高く、肩幅も一回りくらい大きい。

 抱えるように大きな鉄の棒を持ち、女たちと俺を見下ろしている。

 

「その女をどこに連れて行く気だ」

 

 重厚な声で男が呟く。

 

「なんだ。お前の女か? 悪いが俺がいただくことにした」

 

 男の目に殺意が芽生えたのを感じ、慌てて女の袖をつかんで後ろへと引っ張る。

 

「いいか。港だぞ。港に行けば助けてもらえる」

 

 嗚咽のような声を漏らしながら、女性は子供の手を握り走り出した。

 この近辺の兵士は逃げる奴隷にかまっている余裕なんてないはずだ。

 戦闘自体はシジュの軍勢が押している。

 寡兵にもかかわらず、ひたすら近隣を走り回り、周り全てを使いながらの運動戦に、兵士たちは翻弄されっぱなしだ。

 

「さてと」

 

 改めて男に対面すると、問答無用で鉄棒を振りかざしてきた。

 

「そなた、主はすでに逃げたのだろう。働くふりだけして逃げるほうが賢い生き方だぞ」

 

 攻撃を避けながら剣を抜く。

 正直なところ、集団戦と不意打ちには自信があるが、こういう一対一の闘いは得意じゃない。

 というか、剣の鍛錬で以外行った覚えがない。記憶を80年くらいさかのぼってもない。

 

 男はうなり声をあげながら、何度も乱暴に棒を振り回す。

 すでにこの屋敷内にも火の手が上がり、時間をかければ門と塀にまで火が回りそうだ。

 

「それともなにか、自分より下の存在が枷を引きちぎる姿が見過ごせないか」

 

 図星だったらしく、男の声に怒気がこもる。

 攻撃事態は大振りで当たることは無さそうなのだが、そもそも背が大きく腕が長いのと、操る望が長くてうかつに近づけない。

 

「用心棒なら棒術はもっと洗練するべきだな。これではやみくもに時間をかけるだけだぞ」

 

「だまれっ」

 

「平常心を失っては勝てる相手にも勝てないぞ。ほら」

 

 挑発しつつ男の周りを駆け回り、砂を拾って顔にかける。

 

「ぐあ」

 

 男が目を閉じ、顔を手で覆った。

 攻撃することしか考えていないからこうなるのだ。

 俺の一挙手一投足を観察していれば、膝を曲げて手を地面に伸ばした瞬間に予測できたはずだ。

 

「たとえば棒をおとりにして俺を組み伏せてもよかったはずだ。お前の体格ならそれもたやすい。それをその鉄の塊と膂力だけに頼っているからこうなるのだ」

 

 言い終えた瞬間には、俺の剣は男の胸を貫いていた。

 いつも胸を貫いている気がする。絶命させるだけなら首か頭を狙ってもいいのに、俺に剣を教えた師の教えを忠実に守っている。

 

「剣など単純だ。突いて斬るだけのものだ」

 

 あの人の言葉が頭の中で響く。

 仰向けに倒れた大男を見下ろしながら、剣を体から引き抜く。

 あの男は剣の真理を知りながら、なぜ自らの手で帝辛を葬ろうとはしなかったのだ。

 いや、今考えることではない。

 

 今は殺すことだけを考えるのだ。目的を阻害する者たちを。

 

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