太公望、異世界で猫を釣りあげる。どうやら最強軍師にスローライフは許されないようです   作:月猫

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猫と羊と不滅の記憶 1

 川から離れて道に出ると、延々と伸びた道には、車輪の跡がくっきりついていた。

 それもひとつではなく、いくつもの車輪が地面を走ったのだろう。轍は何種類もできていて、どうも道は歩きづらい。

 これではきっと、この轍をつくった者たちも、道を進むのは面倒だったはずだ。

 

「それで、俺は今どこに向かってるんだ」

 

 後ろで手を結びながら、俺の前を軽快に歩く謎の獣と人間が融合した少女、ルナに声をかける。

 

「どこって、街まで住む場所を探しに行くんですよ?」

 

振り返りながら、ルナは愛嬌のある幼い顔で微笑んだ。

 街と言われて、前方を改めて確認すると、背の高い石か木のようなものがあちこちに立ち並ぶ、奇妙な場所があった。

 見える範囲では、その背の高い物質はそれぞれ独立し、その上部には雨風を凌げる屋根がついている。

上部の物が屋根だとしても、あの立ち並ぶ背の高い壁はなんなのだろうか。

 まさか、ひとつひとつが城壁というはずは無い。

 それにしては小さすぎるし、城壁に木を使ったりするのだろうか。

 

「なあルナ」

 

「どうしました?」

「あの、前に見える高いやつはなんだ? 宮殿って訳でも城壁って訳でもなさそうだし」

 

 ルナに肩を並べ、前方を指さす。

 

「へ?」

 ルナは困ったように小首を傾げ、口をポカンと開きながら、徐々に顔をひきつらせた。

 

 思ったがこいつは驚くとすぐ「へ?」とこちらの気が抜けるような声とともに首を捻る。

 

 

「何言ってるんですか⋯⋯あれはただの家ですよ家。まあ、木造とか石造りとかそれぞれ個性はありますけど」

 

「あれが⋯⋯家?」

 

 ルナの言葉を疑い、気がつくと釣竿の根元でこめかみを擦っていた。

 

「あそこには貴族や王族でも住んでるのか?」

 

「いいえ? 一般人だと思いますけど」

 

「ここでは民があんな大それた建築物で暮らすのか」

 

「へ? 普通の家だと思いますけど」

 

 普通の家⋯⋯と平然と言い切るが、あのように地面から壁が伸びている建物なんて、商の王宮や諸侯の屋敷くらいでしか見た覚えはない。

 

「じゃあ、望さんはどんな家に住んでたんですか? あれよりも小さい家だったんですか?」

 

「まあ、小さかったし、あんな地面から壁なんて生えてなかった」

 

「壁がない⋯⋯? どうなってるんですかそれ」

 

 俺の言ってることが理解できないと言いたげに、ルナは隣から煌めく双眸をのぞかせた。

 多分、文明の程度が俺の生きたあの場所とは違うのだろう。

 これは説明してやらなければ、俺と彼女の感覚の齟齬でいつまでもお互いに首をひねっては同じやり取りをすることになるだろう。

 一緒に暮らすなんて御免だが、今この世界で頼れるのは彼女だけなのだから、今のうちにしっかり俺が生きた情勢を知ってもらう必要がある。

 

「えっとな、まず地面を掘るだろ?」

 

「ああ、基礎のためですか」

 

「基礎? 何のことかわからないがとにかく、穴を掘るんだよ。大きさはまあ、人が住めるならどんなのでもいい。そしたら掘った土で周りを囲んで、穴の真ん中に支柱を埋めてその上から屋根をかぶせる。それが普通の家だ。まあ、俺も晩年は土の中には住んでなかったが」

 

 伝わったかと様子をうかがうと、ルナは額に汗を滴らせながら、腕を組み、難しそうな顔で眉間にしわを寄せていた。

 俺の説明がわかりづらかったのだろうか。人に家の形なんて説明したことないから、うまくできたのか自信がない。

 

「あのぉ、それってものすごーく古い時代の人たちの家ですよね?」

 

 大きく息を吸い込み、語尾ですべてを吐き出すような息遣いでルナが言う。

 

「それはわからんが、俺が昔住んでたのはそういう家だぞ」

 

 ルナはうなり声をあげながら、人を憐れむような冷めた目で俺を見据えた。

 

「望さん、文字ってわかりますか?」

 

「わかるよ⋯⋯なんかすごい侮られてる気がするけど文字くらいわかる。この世界の文字が読めるとは思わんが」

 

「そうですか。すみません。もしかしたら望さんがとてつもなく原始的な生活をしていたのではないかと疑惑が生まれたので」

 

「原始的? 何のことかわからないが、そなたたちの文明よりも低い水準だったのは間違いなさそうだな」

 

「いや、それ言葉の意味わかってますよね?」

 

「言葉の意味は分からなくても文脈でなんとなく察することはできるだろ」

 

「うーん。本当に知らないなら普通出来ませんけどね。やっぱり神様になるくらいだから望さんって頭いいんでしょうね」

 

「考えたことがないからわからん」

 

 頭の良し悪しなんてどうやって図るのかわからないが、帝辛が愚かな人間だったことは間違いない。

 あの男が理知的であれば、西伯侯らが立ち上がることもなく、俺はただ商に対して怨嗟する愚かで醜い塵芥として生涯を終えていたはずだ。

 

 

 話していると、街が近づく。

 街は草原の真ん中に、今歩いている道を囲むようにつくられ、こちらから見える範囲には畑はなく、代わりに鮮やかな赤い果実を枝から生やす木がいくつも植えられている。

 俺から見て右手には、先ほど俺たちがいた川の分流らしきものが流れている。おそらくその分流の奥に畑があるのだろう。

 街はかなりの規模を誇り、人口はかなり多そうで、商の都よりも活気がありそうだ。

 

 石や材木で作られた建物が、道に沿って建てられ、さらにその周りに広がるように彩っている。

 全体は不規則な形ではあるが、やや丸みを帯びたような全容をしている。

 建物がかなり密集していて、左手には草原が広がり、その中に柵に囲まれた牧場のようなものが見え、家畜もわずかに確認できる。

 堀や土壁といった、街全体を守るような設備はなく、街の出入り口に見張りはひとりも立っていない。

 

「平和なところなのかここは」

 

 街の中に足を踏み入れ、と言っても境界線が厳密にあるわけではないのだが、とにかく、街に入ると風が少し強くなってきた。

 

「この街は首都の近くなので平和ですけど、この国全体が平和かというとそんなことないですね」

 

 ルナは街ゆく人に手を振ったり、振り返したりしながら歩く。

 もしかして、この化け物は、この世界では普通に受け入れられている存在なのか。

 

「なるほどな」

 

やはりどこの世界にも、不変の平和などないのだろうか。これでは俺の生活が危ぶまれかねん。

 

「まあ、ここが平和なら十分か」

 

「随分と志が低いですね望さん」

 

 突然、声色を低くしながらルナが言うので、俺の肩がわずかに震えた。

 いままでの飄々とした可憐な風貌からは考えられないほど、声が重たく響く。

 

「志? 俺にそんなものはないぞ。何か期待してるなら今のうちに捨てておくんだな」

 

「神様になるくらいすごいことしたのに、そんな考えなんですか」

 

「⋯⋯急にどうしたのかわからないが、俺は自分が神として祀られるようなことをした覚えはないし、人々から感謝されたいなんて思ったこともないぞ」

 

 一体なぜ人が変わったように詰問してくるのかは不明だが、俺は神になりたいなんて思ったことないし、死んでからも敬われたいとも考えたことすらない。

 なぜなら、俺にとって神や先祖を祀り敬う祭事こそがもっとも忌むべきものであり、商を潰したいという何十年にも続く恨みの原動力になったからだ。

 

「俺はもう静かに暮らす。こう決めたんだ。何かさせるつもりならあきらめて他を当たれ」

 

「勘がいいんですねぇ」

 

 ルナはため息をつくと、やれやれと首を振って先ほどまでの淡い笑みを浮かべた。

 なんだか彼女の笑顔を見ると心が癒される気がしたが、先ほどの深遠な風貌が恐ろしかった反動だろう。

 

「まあ、それなら好きなだけスローライフを満喫したらいいじゃないですか。お手伝いしますから」

 

「す、すろーらいふ? なんだそれは」

 

「望さんが望んでる生活のことですよ」

 

「ほお、そのように呼ぶのか」

 

「なんか今一気に年寄り臭くなりましたね」

 

「だって年寄りだし」

 

 またルナが嘆息を吐く。知らない言葉を聞くと頭が痛くなる。

 そういえば、俺とルナでは生きていた世界も文明も何もかも違うのに、よく話ができているものだ。

このことについて考えると、余計に頭痛が酷くなりそうだったので、考えるのをやめた。

 

 

 街を歩いていると、見たことのないものが並ぶ店が道を挟んで左右にいくつも並ぶ場所についた。

 先ほどまでも歩いていた、俺にはなじみのない布服を着た老若男女が、その店の前に並び、品物を見定めては購入している。

 その中のひとつに、建物の灰色の壁に武具を立てかけている店があり、偶然目に入った。

 

「いらっしゃい」

 

 足を止めると、店主らしき無精ひげを蓄え、目じりに皴を作った男が声をかけてきた。

 その声は一見快活そうに感じるが、なんだかすこしだけのどに引っかかるような、疲労感のようなものを覚えた

 俺の目についたのは、ひとつの剣だ。

 

 黒い重量感のある柄から、空に向かって真っすぐ両刃の刀身が伸びている。

 刃の光沢は、俺の姿を反射するほどあり、柄には蛇を象ったような細長い装飾があちこちに散りばめられている。

 他にも剣やその他見たことのない武器が並んでいるが、なぜだかその剣だけが気になってならない。

 

「どうしたんですか。その剣になにか」

 

 隣に来たルナも剣に目を向ける。

 反応からして、別に珍しいものでもないのだろう。

 だが俺にとっては剣という武具自体が貴重で、普通目にすることのない代物だったのだ。

 俺の世界では、剣はもっぱら祭事に用いられた。

 位の高い人間は武器として持ち歩いていたが、その希少さから、戦争で用いられることはなかった。

 牧野で帝辛の大軍勢と戦った時も、剣を持っていたのはごく一部の将だけだった。

 

 そんな剣が平然と雨ざらしになるような場所で売られている。

 今は晴れているが、それでも柄が日焼けして色褪せたりしないのかと自分のものでもないのにもったいなく思えて考えてしまう。

 

「もしかしてほしいのですか」

 

「いや、欲しいというより、剣がこんな風に売られていることが信じられなくてな」

 

 これ以上見ていると、店主に購入を催促される気がしたので、その場から離れながら答える。

 

「へえ、貴重なものだったんですね」

 

「ああ。そもそもあまり人が持つものではなかった。俺は持っていたけど」

 

 昔の記憶を思い出しながら呟くと、ルナは目を細めて俺を見つめながら苦笑いした。

 

「なんですかそれ、俺は珍しいもの持ってたんだ自慢ですか。いまいちピンとこないんですけど」

 

「それはひねくれすぎだ。そもそも貰い物だからな」

 

「むう、そう思っても仕方ないじゃないですか。望さんわかりづらいんですよ」

 

「そんなこと言われてもなあ」

 

 頬を膨らませるルナを一瞥し、向かい側から来る人とぶつかりそうになったので軽くよけた。

 そういえば、このまままっすぐ道なりに進むと、街を出てしまいそうだが、俺たちはいったいどこに向かっているのだろう。

 

「今のだって、偉い人と知り合い自慢と取られてもおかしくないですよ」

 

「だからひねくれすぎだって。俺に剣をくれたのは世捨て人だぞ」

 

 その時のことはまだ覚えている。あれは俺がいた姜族の集団が商の軍勢に捉えられ、壊滅してすぐの話だ。

 

 北方の民族に世話になっていた俺は、偶然どこかの山の洞くつでその世捨て人に出会った。

 髪は散らかり、白いひげが柳のようになびく、不気味な男だった。

 その男に剣の技を授けられた俺は、そのおかげでその後何度か危機を救われた。

 いつも生きているのか死んでいるのかわからないような、生命力が薄い男だったが、あの人が語る言葉のひとつひとつには深い意図と重みがあり、胸によく響いた。

 

 俺が西伯侯と出会えたのも、巡り巡ってあの男のおかげだったかもしれない。 

 俺はいつの間にか男に恩を抱き、会いに行くときは何か手土産を持って訪ねていた。

 男は世捨て人ではあったが、仙人の道を志す者ではなかったので、俺の俗物的な手土産をいつもありがたそうに食べたり飲んだりしていた。 

 男と話すことが楽しかったし、もしかしたら、男と話している間は、商への憎しみを忘れていたかもしれない。

 だが男と出会ってから十年ほどすると、男は突然姿を消した。

 その日は男のために酒と肉を持って訪ねたのだが、洞窟にも山のどこにも男の姿はなかった。

 洞窟の中には確かに生活の跡が残っていたから、心霊の類ではなかったはずだ。

 つい手放してしまった肉と酒で男の寝床を濡らしてから以降、二度と男を探すことはなかったし、俺も洞窟へ行くことをやめた。

 

 しばらくして、また復讐心が再燃して朝歌で羊飼いをするようになると、近隣から妙な噂を仕入れた。

 謎の浮浪者が王宮の前で帝辛の罪を高々と叫び、その場で自刎して果てたというのだ。

 さらに噂によると、その男は帝辛の叔父で、昔帝辛を諫めて追放されたという。

 何の根拠もないが、その自刎した男が俺に剣を与え、生きる道を説いた男としか思えなかった。

 

 俺はあの男に、俺が抱く商への恨みをすべて吐き出した。それでも男は俺に剣を与えたのだ。

 あの男が俺の復讐を良しとしたかはわからない。

 だが、あの男は王族でありながら帝辛を蔑み、自ら命を絶っている。

 

 そんな男に、俺の復讐を否定されるいわれはないだろう。むしろあの男は、俺や誰かが商を、帝辛を滅ぼす日を待っていたのではないかと、男にもらった剣を持つたびに考えたりした。

 

 

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